2011年11月18日 (金)

疑心暗鬼が良いビジネスパートナーを作る。
金儲けの秘訣 ・第25条)



以前、夜叉、とは鬼のことで、タイ語にも同根の言葉がある、
という話
を書いたことがある。
古来文化の発祥地であったインドより、
あまり形を変えずにタイ及び日本まで辿り着いていた結果、
両者に共通の音韻的特徴が色濃く残っていたわけだ。
もちろん、発信地が同じだった、というだけで、
必ずしもタイ経由で日本にやってきた、という意味ではない。

さて、その鬼、であるが、一般的には、妖怪の一種
と認識されており、たとえば、あのヒトは鬼の様なヒト
というように使用される場合は、決してよい意味ではないだろう。
人間らしい心を持っていない、とか、その行動に優しさがない、
というような場合の表現になるだろうか。

他方、あのヒトは仕事の鬼だ、というような使われ方をする
場合は、どこかに賞賛が入っている。
人間的な弱さをみせずに、仕事に打ちこんでいる様を表している。

つまり、鬼、という別称は、
必ずしも悪い意味合いにのみ使用されるわけでもないわけだ。
後者の場合は、むしろ、わりと肯定的でさえある、
といっていいだろう。
言葉というのは、まったく不思議なものであることだ。

ところで、恒例の人間ドックに行った。
例年は苦行でしかない行事であるが、
今年はけっこう楽しみでさえある。
なんとなれば、医者の言いつけを守り、
ずいぶんと痩せて望む人間ドックであるからだ。

いやそれどころか、あのときの担当医は、
5キロ痩せれば、ここのリストに挙がっている
問題の大半は解決がつくだろう。
5キロ痩せなさい、といったのだ。
実際は、すでに10キロ以上、
20キロにも到達しようか、という痩せ方である。
もちろん、元が太かったので、
それでも痩せすぎ、ということはないが、
BMI的には決して太っている範疇に入っていない、
ことはすでに以前書いたとおりだ。
まあ例えていうなら、売り上げ2割アップ、という目標設定を、
売り上げ倍増、で迎えた決算のような感じであろうか。
すでに自信満々である。
受診し始めて10年以上になるが、
今回ほど喜ばしく受診する健診はない、
といっても過言ではない。

さまざまな項目を淡々とこなしていく。
ふだんは苦手な胃レントゲン用のバリウムさえ、
甘露に思える
ほどの精神状態だ。
病は気から、という言葉があるけれど、
いやなことも気の持ちようでなんとでも思えるもんだな、
という見本のような事例である。

さて、健診の最終章は、医師による総合所見である。
一般的な話が済んだ後、おもむろに
ところで、体重なんですが、、、と、かれはのたまった

まさに、きたーーーーーー、ってところである。

これは、意識して?

つまり、病気とかで痩せたわけではないよね、
という確認なんであろう。

2年前に、ここで痩せるように強く言われてから、
努力してまいった結果です。

とぼくは答える。
丁寧な言い回しとは裏腹に、
きっとどや顔で答えていたに違いない。

これに対して、今年のお医者さんは、

よく頑張りましたねー
こんなにうまく痩せられるヒトはそうそういないですよお、

といった後、続けて言い放った。

 

(まだ標準体重とまではいっていないので)
 
もう少し痩せましょうね。




え?

ええ、、、^^;

 

 

鬼。

 

 

まさに鬼。
上記のすべてを満たす、鬼の姿をその医者の発言にみた、
元ぷんぷい、まだ道半ばのおっさんだったことだよ。

 

 

▼あれから、数ヶ月、さらに痩せてもいないが、
幸いにして、リバウンドもしていない。
ここんところ、不足の栄養分も補ってきたつもりだし、
そろそろ最後のもうひとふんばり、してもいいかな、
と思う今日この頃。

必要、、、(^^?

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2011年2月20日 (日)

bmi

自分の医者を相続人に任命する奴は馬鹿である。
金儲けの秘訣 ・第93条)


いよいよ待ちかねていた日が来た。

人間ドックに行った先のお医者さんの勧めにより、
いやいやながら体重を減らすべく、
不断の努力を重ねておった
のではあるけれど、
ついに目標値を下回ったのんだ。

もちろん、体重は増減するものなので、ここですべて終わり、
今日からどんな生活をしてもよい、というわけではないけれど、
それがどんなものであれ、自分が決めた目標をクリアする
ということがうれしくないわけがない、
といわゆる、二重否定で、喜びを表現したみたりする。

ぼくの目標は、BMIで25を割ることだった。
日本では、このラインが肥満とそうでない者を分ける
ひとつの目安、ということになっている。
ちなみに、世界的には、30、という国が多いらしい。

なんで日本と他の国々が違うのか、というと、
日本人には、体重が少なくとも成人病の症状が
出やすい体質の者が多い
せいだ、
という解説をどっかで読んだような気がするが、
それ以外に、他の国、たとえば、アメリカ合州国民の肥満者を、
日本と同様の25以上、と規定してしまうと、
とんでもない数になってしまうからなのでわ、
とか思ったりしているのだが、どうなんだろか。

さて、今後の方針であるが、あと3キロほどは、
1年くらいで落とすべく、引続きがんがってみようかな、
とは思っている。
次の人間ドックまでは、別の大きな目標は立てず、
人間ドックでの健康状態を確認してから、
今後のことを決するのんがよかろうかな、と。

もうひとつ、このブログだが、
名称を変更する必要があるかも知れぬ。

ぼくはすでに、でぶ、ではないのんだ。

ちちん元ぷんぷい、とか、
ちちんぷんぷいだったときもあった男、とか、
ちちんもうぷんぷいとは呼ばせない、とか、
ちちんぷんぷいって誰のこと?、とか、
ちちんお前の方こそぷんぷい、とか、を検討しているが、
こればかりは、また元の木阿弥になる可能性も多々ある。

名称変更後、ちちんやっぱりぷんぷい、とか、
ちちん定位置はぷんぷい、とか、
ちちんりばうんどしてぷんぷい、とか、
ちちんしょせんぷんぷいはぷんぷい、とかに、
再変更するのもけっこうかっこ悪そうなので、
しばらく様子をみようかな。

でわ、元ぷんぷいは帰るぞ。

 
 

▼因果関係はよくわからないのだが、
冬場寝ている最中によく足がつる、ということがあり、
経験的に痩せるとでないのだが、この冬は、安眠が続いている。
ちなみに、血糖値とか、脈拍数とか、尿酸値なども、
いい線にきているのではないだろうか、
と推測しているのだが、今しばらく様子を見よう。
半年後の人間ドックが楽しみなのは、人生初の経験だ。
うふふ。。。(←旅猿の奥貫薫さん風に)

▼写真は、パタヤでみかけた豚の丸焼き。

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2010年9月17日 (金)

ワニのいる沼

ギャンブルにも貿易にも共通することが2つある:
リスクとラチナムだ。
金儲けの秘訣 ・第71条)



このあいだ、年中行事になっている人間ドックに出かけた。
最後に結果説明があるのだが、そこで人間ドックを受け続けて
10年以上で初めて、医者から褒められた。
脂肪肝が劇的によくなっている、そうだ。

これは偶然ではない。
昨年の結果を聞いて、人知れず努力してきた成果、なんである。

でぶであること、に関してとくに不満はない。
それも自分らしさである、と信じて生きてきた。
がこのまま太り続けると、糖尿病になる可能性が高くなる、
という医者の言葉にびびったために、しかたなく、生活、
とくに食生活について、改善することを決意したのんだ。

たぶん客観的に見ると、糖尿病の入り口にも
入っていないレベルの数字だったと思うのだけれど、
ぼくは、これを、ワニのいる沼、と呼んでいる。

ワニのいる沼、に近づいてるよ、といわれても、
どれだけ本当の意味で危険なのか、
実際に近づいていかないとわからない。
しかしながら、多少なりとも危険があるがゆえ、
に警告されているのなら、そっから全力で
でったい大丈夫なところまで撤退するべく努力をするのが、
ぼくの流儀なのだ。
わざわざ危険のあるところまで、どこまで大丈夫なのだろう、
と近づく必要もない、と思うのだ。

そういう折、たまたまテレビで、計るだけダイエット
というのをみて、これをを実行してみることにした。
なんでも、毎日体重計に乗って、その記録を記載するだけでよい、
ということなので、まあこれならできそうだ、と思ったわけだ。

そして数ヶ月。

エクセルの該当シートを見ると、あら不思議、
グラフは、きちんと右肩下がりになっている。

そのあいだには、食生活に関して、自分的に一番できそうな、
昼ごはんをなるべく少なくする、とか、
砂糖の入った飲料を原則飲まない、とか、
ご飯よりも血糖の上がり方が緩やからしい、
スパゲッティを食生活に多く取り入れる、とか、
実家で食事をするときは、
野菜をたくさん使った料理を出してもらうとか、
糖尿病で亡くなった方のサイトを自らの戒めとして見る、とか、
一応、他でも多少の努力したけれど、
やはり一番効果があったのは、計ることを続け、記録に残し、
グラフを眺め続けたことだったのだろうと思う。

実際に減った体重は、昨年より7キロ。
そんなに無理はしていない。
できそうもない朝ごはんを食べて夕食を減らす、とか、
適度な運動をする、とか、
ずっと野菜中心の食生活にする、とかは、していないし、
今後もするつもりはない。
自分にできそうもないことをやっても、長続きしないだろうしさ。
そして、今のところまだ余力はある。

目指すは、あと2年くらいかけて、
BMIで25を下回る水準まで体重を減らすことだ。
それで、血糖値やら、尿酸値やら、内臓脂肪やらが
これ以上改善しないのなら、
もうすっぱり人生を諦めるしかないよね。

とりあえずそれまでは、体重計と仲良くするとしよう。

 

▼写真は、ラオス南部のパクセで見かけた、
おそらくタイからの観光バスでデコレートされてた、
ミシュランのマシュマロマン。
こんな風でなくなる日はいつだろか。
それにしても、タイ人も最近は観光で旅行するらしい。
時代は変わったなー。

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▼と書いて、また3ヶ月くらいになろうか。
あれからさらに体重は減り、目標まではあと4キロに迫った。
せっかくなので、体重計も100グラム単位まで
計測できるものに変えてみた。
だから、といって、早く痩せるわけでもないが。

 

▼体重計、といえば、バンコクで最近よく泊まってた、
ホテルの部屋の体重計がなくなっていた。
8月は都合4つの別の部屋、に泊まったのだが、
全部になかったので、
(少なくとも)ぼくの泊まったグレードの部屋では、
サービスをやめてしまったのだろう。
これは残念だった。
旅の空でも、油断大敵だしさ。
体重計を持って帰る客がいたんではないかな、と推測する。
ホテルの中の人も大変だな、と少し同情。。。

 

 

2010年9月 5日 (日)

鋭い会計係は必需品だが、妻は贅沢品だ。
金儲けの秘訣 ・第86条)


結婚式に出た。
もちろん新郎として、、、
ではなく、ゲストとして呼ばれたのんだ。

生来、このような行事は苦手である。
友人も少なく、さらに、もう結婚する年頃の友人もなく、
親戚付合いも熱心ではないのんで、
幸いにしてここ数年は呼ばれることなく、
過ごせていたのだけれど、
今回ばかりはどうしても逃れられず、行くことになった。

ここのところ、けっこうなペースで出席していたのは、
葬式の方であった。
これも、正直あんまり親しくないヒトの家族など、
あったこともないヒトの場合は香典だけを知人に託し、
なるべく出席しないようにしているのだけれど、
亡くなったのが直接の知人だったりすると、
やはり最後の挨拶だけはしておこうかな、と思って、
いくことが多かったのんだ。

それゆえ、葬式の作法やら、段取りやらは、
なんとなくわかってるのであるけれど、結婚式については、
どうしたものかと、今回悩むことが多かった。

とくに、お祝いである。

相場をインターネットで調べると、ぼくの立場だと、
3万円から5万円、ということらしいが、
多くても少なくてもいやなので、
いっしょに出席する周りのヒトビトに訊いてみる。
みんな同じことで悩んでいる、ことがわかる。

そのなかの1名が、すでに3万円で事前に渡してしまっており、
ぼくがそれ以上の金額をするのはおかしい立場のヒトだったので、
あのヒトは、3万円した、そうだ、
という情報を訊いてまわったヒトタチに流す。
なんとなく、ちょっと少ない感じがするよな、ということで、
衆目一致し、みんなで別に物でお祝いでもしよう、
という風に決まり、係りを決める。

お祝いひとつでも、けっこうな手間がかかるのんだ。
ましてや、実際に式を挙げる当人は、
どんだけたいへんなんだろう、と押して知るべし、である。

結婚式、といえば、最近ほぼ絶滅状態にあるのんがが、
仲人、という存在らしい。
むかしは、それが存在することが当たり前、
自動車に任意保険をかけるくらい当たり前
だったようだけれど、今は存在しない方が、
自動車に任意保険をかけるくらい当たり前
になっている、というもの不思議なことだ。
ぼくより上の世代のヒトは大概仲人を頼んでいるようで、
下の世代は、下に行くほど頼まないのが普通のようだ。
深く静かに、しかしあっという間に起こった変化のようだ。

ま、どっちにしろ、ぼくにはもう関係ないけどさ。

当日は、とくに修羅場もなく、
新郎新婦の友人たちもけっこうまともなヒトビトで
とりあえずはよかったな、と思う。
今後は人生において、もう2度と結婚式に呼ばれませんように、
星に願う、おっさんなんであることだ。


▼式は式でもあっしの関心は、ねじ式にあったりして。
ぽきん、金太郎。
最近、録画までして楽しみに見ている、ゲゲゲの女房、だが、
水木プロ設立時にいた、アシスタントのうち、
墓場で拾ってきたヒトがつげ義春氏、なんだろな。
実際の経緯はちゃうみたいだけど。
写真は、台湾で売ってた、gegege的夫人
最初のころ、見てなかったもんで(^^ゞ

Gege

2010年6月13日 (日)

お返し

復讐は無駄。
金儲けの秘訣 ・第83条)



いつも尿酸値を下げる薬をもらっている医院の医者は、
いわゆるムーミン体型だ。
そして、看護婦さんのうちのひとりは、
さらに3割ほど肉付きが良い。
ぼくは、この医者に、痩せろと命じられたり、
この看護婦さんに、また太りましたね、とかいわれつつ、
毎月ザイロリックという薬を処方してもらってる。

もちろん、医師としての職務上の発言
であることはわかっている。
しかしながら、自分とあんまりかわらない体型の人間に、
痩せろ、だの、運動しろ、だの、食生活を気をつけろ、だの、
言われることになんとなく不条理なもの、
を感じていたのも事実だった。

中共の政治家に人権について諭されたり、
半島の人間に感情的行動を注意されたりしたような、
そんな気分の悪さを感じていたのんだ。

こういう理不尽さに関して、ぼくは執念深い。
いつか、お返しをしてやるぞ、とその機会をうかがっていた。
もちろん、痩せなさい、というのに、おまえもなー、とか、
おまえがいうなー、と返すのは、簡単だ。
しかし、そういう品性に欠け洗練されていない種類
の発言は、ぼくの好むところではない。

先日、その機会が突然にやってきた。

いつもの看護婦さんに呼ばれ、診察室に入る。
診察、というと、たいそうだけれど、実際は、
どうですか、なにかおかわりありませんか、
ではまた薬出しておきましょう、というだけなのだが。

ところがその儀式の後、ぼくが診察室を出ようとすると、
突然ムーミン医師が咳き込み始めたのんだ。
10秒たっても、20秒たっても、咳は治まらない。

ぼー、と咳が止まるのを待ってるものなんだし、

お大事に、

といってぼくは出てきたのだった。

この機会に、お医者さんが患者に、お大事に、
といわれる理不尽さをお返ししてやったわけだ。
看護婦さんは爆笑していたが、ぼくが出て行った後、
ムーミン医師に、いつまで笑てるねん、
とかのじょが怒られてなきゃいいんだけど。


▼この手の理不尽さ、というのは、
ほんとに書いて字の如く、尽きないものだ。
総選挙を経ずに、総理大臣が変わっていく政権を
批判していた現与党が、今おんなじことをしてたり、
強行採決を批判していた現与党が、今おんなじことしてたり、
押されてる方向とは違う方向に倒れて、
車椅子で出勤した現与党の国会議員がいたり、、、
これは理不尽とはちょいと違うかな'`,、('∀`) '`,、

 
 

▼写真は、政治の理不尽と闘ってた頃の、タイの赤シャツの皆さん。
かれらの詳しい話は、またそのうちに。。。

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2010年2月11日 (木)

義理

親戚の贈り物には用心しろ。
金儲けの秘訣・第18条)


義理、ということばを辞書検索してみると、

①物事の正しい道筋。人間のふみおこなうべき正しい道。道理。   
②対人関係や社会関係の中で、守るべき道理として
意識されたもの。道義。
③他人との交際上やむを得ずしなければならないこと。
④意味。わけ。
⑤直接血縁関係のない者の間にある、血縁同様の関係。

というような内容が大辞林からの情報として表示された。

結婚しているヒトだと、⑤の親との関係が重要なのだろうし、
また①とか②とかをつねに意識して、
任侠的暮らしをしてらっしゃるヒトもいるのだろう。
が、この時期、おっさんが悩まされるのは、③についてである。

そう、バレンタインデイにおける、義理チョコ、というやつだ。

バレンタインデイそのものは、
キリスト教徒の大切な宗教的行事なのであろうが、
日本人には本来あんまり関係なさそうだし、
だいたいそんなむかしからチョコレートがあった、
とも思えない。
バレンタインデイにチョコレートを贈呈する習慣
いつから発生したのか、よくは知らないが、調べるまでもなく、
なんとなく菓子屋のたくらみか、と誰しもが思うだろう。

本気で愛のやり取りのある、幸せな人びとは、
好きに菓子の送り合いでもなんでもすればよいが、
同じ空間に仕事やその他拒絶できない理由
たまたま集っている者同士が、ただ集っているが故に、
付与受領せねばならぬのが、義理チョコ、
と呼ばれる代物であろう。
もらう方は黙ってもらっておけばいいでわないか、
という意見も出ようが、もらいっぱなし、というわけにもいかず、
忙しいなか、てまひまかけて義理のお返し
することになるわけだ。

このようななんとなく習慣化されている虚礼には、
このほかに、最近だいぶ廃れてきたのかな、と思うけれど、
中元歳暮年賀状などがあるかなー。

今後、民主党政権下においては、バレンタインデイのチョコも、
仕分けして廃止していただきたい、
ここんとこ本気チョコには縁のないおっさんなんである。


▼ここで、村田レンホウ議員が、1番ぢゃなきゃだめなんですか。
2番でもいいんぢゃないいんですか、といわないことを祈る。
もっとも2番どころぢゃないのが義理の悲しいところなんだが。
今年もまだ4日も前だというのに、すでに4人がくれた。
今日11日が建国記念日の祝日だし、土日もあるしさ。
面倒だから、さっさと渡しとけ、状態。
人間はつくづく社会的生命体である、と思うしだいだ。

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こんなツマラン愚痴記事のときは、せめてサービスに、
チャイナドレス姿のタイの別嬪さんを載っけたりして。
でも背景に写ってるのは、高級オーディオメーカーの、
マランツのショールーム。
マランツ、マランツマランツマランツマランツマランツマラン、、
といつのまにか愚痴に戻ってたりして。

オチもツマラン・・・(^^?

2009年12月10日 (木)

手帳

賄賂を贈るつもりなら、自白はするな。
金儲けの秘訣 ・第180条)


たとえば、カメラ、である。

100年以上も続いてきた、アナログのカメラを
今使用しているヒトは、どのくらいいるのだろう。
数少ない、使用しているヒトの大半は、マニア、
と呼ばれるヒトたちか、新しい技術に関心のない、
あるいは、ついていけない老齢者、なのではないだろうか。

あるいは、音楽を聴く手段も、アナログ媒体は、
おおよそ駆逐されたように思う。
LP・EPなどのレコード盤やカセットテープは、
デジタルのCDやMDに取って代わられ、
それもモバイルユースは、ハードディスクオーディオに
取って代わられ、そして、ハードディスクオーディオもまた、
その使命が日々限定的になりつつある。
iPodでは、160GBのクラシック以外は、
最大64GBのフラッシュドライブに内容を
記録するものになっているし、すでにほとんどのメーカーでは、
モバイル用のハードディスクオーディオは、
製品のラインナップからその姿を消しているようだ。

ところがモバイルの分野で、今なお昔ながらの
アナログなものが、幅を利かせているものもある。
手帳、もそのなかの1つ、ではないか、と思う。

決して、デジタル方面に代替手段がないわけではない。
現にぼくは、紙の手帳を使用していない。
おそらく10年近い、と思う。

文房具好き、であることは以前書いたことがあるけれど、
手帳はそのなかでもとくに大事なアイテムであった。
そのむかし、毎年末に、どんな手帳を買おう、
と考えるが楽しい行事でもあった。

そもそも大むかし、手帳は買うものではなかった。
銀行とかからただでもらったりしたものを不自由に思いながらも、
使用するのが一般的なスタイルであった。
ぼくの記憶にあるのは、住友銀行からもらっていた、
黄土色のカバーがついた、小ぶりのものだ。

いつのころからだろう、たぶん日本人が非常に忙しく、
また豊かになりだしてきてから、手帳は買うものになった。
より自分にあったものを選び、使用する方が機能的だし、
おしゃれだったからだろう。

ぼくのなかの、手帳における最初の革命は、
升目型の月予定表、のついたものだった。
今でこそ当たり前になっている、上記のものは、
あんまり見る形式ではなかった。
たぶん、小さい手帳が主流だったことも関係あるのだと思うが、
1週間分か、2週間分、あるいは、1か月分を横線で
区切ってあるものが主流だったわけだ。

次なる革命は、システム手帳
と呼ばれるルーズリーフ型手帳、であった。
ぼくも数年間はもっていたように思う。
中身を差し替えるだけなので、必要に応じて、
古い予定を残すことも可能であったし、
住所録や個人で作成したデータの移行が今までのものと比べ、
スムース、というメリットが、大きかったわけだ。

また、ガワは長く使えるため、ものすごく高級なもの
が流行ったりもした。
大きく分厚い手帳は、能力や仕事量の象徴のように見えた、
ということもきっとあったのだろう、
猫も杓子も、ポケットには入りそうにない、
巨大なシステム手帳をもっている、という時代があった。

そしてぼくは、今の、PCと同期できる、
電子手帳にいたっている、というわけだ。

もちろん、紙の手帳に比べて、不便にみえるところ、
あるいは、実際不便なところもある。
充電を忘れると使用できないし、ぼくのものは、
先の予定だけしかみえず、過去は見ることができない。
過去のものは、コピー元の、
PCのoutlookを開く必要がある。

しかしながら、バックアップが2台のPCに残っていること、
自分の家でも職場でもほぼPCの前にいること、
PCでは検索が容易に可能であること、
予定の多くがメールで入ってくるため、コピペするだけで、
たやすく予定の記入できること、
テキストファイルは言うに及ばず、
ワード・エクセル・写真・音声ファイルなども持ち歩けること、
必要に応じてPCからプリントして、
紙媒体としても使用可能なこと、など、自分にとっては、
今の方法が便利すぎて、今更紙の手帳には戻れそうもない。

現にこの方法に代えてからは、とくに仕事の分野のおいてだが、
ダブルブッキングやすっぽかしは、ほとんどしたことがない。

職場で、きちんと予定管理ができなくて、
他人に迷惑をかける者がいると、正座させて説教してやろうか、
と思ったりするのだけれど、
それって、いらぬお世話なんでしょうね。


▼もちろん、それが必要になる可能性は、
ぼくの場合、極端に少ないと思うのだが、
警察からアリバイを言え、と問い詰められたらすぐに、
今世紀に入ってからのとある日に、
どこにいたか、自白できる自信がある。
紙の手帳派のヒトも、過去の手帳、
でんぶ保存してるもんなんですかね。
少なくともぼくは、紙時代のものはどこにあるか、
わかりまへん。。。

▼写真は昨年買った、Murakami Diary 2009。
上記のようなわけで、眺めることはあっても、
何かを記入することはありまへんでした。
でも、けっこう気に入ってる(^^

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2009年8月30日 (日)

ぷんぷいさん、写される

商売は戦争のようなもの。誰が勝つかが重要だ。
金儲けの秘訣 ・第282条)



昨秋のとある週末、めったに外出しないぼくが向かったのは、
南海電鉄高野線堺東駅そばに立地する、堺市役所だった。
ここで、タイフードフェスティバル堺
が2日間に渡って開催されるからだが、
もちろん、タイフードなぞはわざわざ来るほどには珍しくない。
にもかかわらず、ぼくがここに来た理由は、
その出店のなかに、ネオタイ、があったからだ。
ネオタイは、ぼくが愛してやまぬ、在日タイ料理店、
もっと限定的にいうと、在阪タイ料理店、だ。

こことのつきあいは、たぶんもう5年を超える。
当時つきあってた女性とぼくを結ぶ、キーワードのひとつに、
タイ、あるいは、タイ料理、があったのだけれど、
ある日、よく車で通過した松屋町通りの大林ビルの南の建物に、
夜目にも燦然とはためくタイ国旗をぼくらは発見した。

数度見送り、ある夜、意を決して、
この店に通じる階段を昇ったそのときから、
ぼくらは、他のタイ料理屋にほとんど行かなくなった
この店のタイ料理の虜になってしまったわけだ。
しかも、この店の魅力はタイ料理にとどまらない。
店のオーナーシェフのマナスさんと、
マダムのかなちゃんの人柄も含めて、
この店の虜、になってしまったわけだ。

その女性とは3年で別れてしまったけれど、
この店とは、ずっとつきあいが長く続いてることでも、
この店の魅力がわかろうというものだ。
仕事に行く以外は、ほぼ引きこもり状態のぼくを
あえて外出させる、魔力、がネオタイにはあるのんだ。

土曜は、仕事を終えてから、4時ころ堺市役所に着いた。
ネオタイのブースはほどなく見つかり、簡単な挨拶をしたあと、
出してもらったジュースを飲みながら、天王寺と違い、
なんとなくあたりが閑散としているのに気がついた。

営業力が不足しておる

やはりここは、ぼくの出番ではないか。
ということで、呼び込みを手伝うことにした。

以前も一度お手伝いをしたことがあるが、
そのときは来場者数の多い天王寺だった。
今回は、通行人自体がでんでん少ない。
声がかれるくらい呼び込んでも、
なかなか反応を示してもらえない。
営業経験がほぼないぼくは、
客商売の難しさを学ばせてもらったのだった。

それでもその日の商売を終えるときに、マダムのかなちゃんから、
あしたも暇なら手伝って、といわれて、つい調子に乗って、
日曜日も朝から、夕方まで、呼び込みをしたのだった。
その姿が、なんでか写真に撮られて、タイ領事館のHPにも、
さりげなくUPされているのをみたとき、
写真家にしかわからない、働くぼくの美しさ故に、
写されてしまったのだろうな、美しいことは罪だな、
と反省したおっさんなんである。

▼ちなみに、今年のタイフェスティバル2009大阪に、
われらがネオタイさんが出店します。
お暇な方は、是非9月5日・6日、天王寺までお越しください。
ぷんぷいがそこにいない、とどうしていえようかщ(゚д゚щ)カモーン

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もうタイ領事館のHPには貼られてないようなので、
小さな写真を貼っとくでやんす(^^♪


2009年8月16日 (日)

余った命

死んだ顧客は、生きている奴ほど買い物しない。
金儲けの秘訣 ・第10条)




最近どっかで読んだのだけれど、
生涯独身男性の40歳時点での平均余命は、おおよそ30年、
であるらしい。
既婚男性はというと、40年くらい、らしいので、
このデータの意味するところは、
結婚していない男は早死にする、ということなのだろうと思う。
しかし、結婚しているからといって安心できない、
というのは、その統計によると、離婚した男性の平均余命は、
生涯独身男性よりまださらに短い、らしいのだ。

以前にも書いたと思うけれど、現時点においてぼくは、
自分の人生をおおよそ60年くらい、と予測して生きていた。
根拠ある予測ではなかったのだけれど、
必ずしも弱気すぎる予測ではなかったことが
なんとなく証明できたよな気がするのんだ。
生涯独身男性の平均より10年も短いのは、
充分弱気ではないか、という意見もあるだろうが、
ぼくの日常といえば、最近では休日はほぼ一歩も外出せず、
平日もデスクワークでほとんど肉体を使用していないし、
かなり不健康な日常を送っている自負がある。

にもかかわらず、食事に関しては、好きなものしか食べず、
肉体は太るに任せる、という生活を続けていた。
ゆえに、きっと平均より10年くらいは短くてもしかたない、
という結論に達したわけだ。
仮に、平均より5年短い、ということであったとしても、
60年が65年となるだけだし、そんなにかわるわけでもない。

そんなぼくだが、職場に決まりにしたがって、年に1度、
人間ドックを受診しているのは以前から幾度となく書いた。
これは業務なので仕方がない、
と割り切っていやいや受診している。

そこでついに、このままこの生活を続けると、
糖尿病になる、と診断されてしまった。
さすがにこれはちと、困ったな、と思う。

あっさり死ぬのはいいのだが、
糖尿病だと親族や他人様に迷惑をかける可能性が高くなる。
失明したり、足が不自由になったりするのは、避けたい、
と今回初めて、自分のなかで、警戒信号が点灯したのんだ。

しかたないから、じゃっかんの食事制限と微量の運動を
行う決意をする。
医者のいうところを信ずれば、痩せれば、身体に起こっている、
すべての悪い兆候は解決される、とのことだ。
脂肪肝をはじめ、内臓につきまくった脂肪も、
痩せれば、多少はましになるという。
でぶ、であることの容認が、諸悪の根源、ということらしい。

健康のために、なにかを行い、貴重な時間を費やすのは、
実に不本意で、もしそんなことをして、長生きしてしまっては、
さらに不本意なのだけれど、そんなぼくでもビビるほど、
それほどまでに、糖尿病は恐ろしい、ということなんである。

聞くところによると、糖尿病になると、
上記のような症状以外に、自分で、
毎日何度もインシュリンの注射を打たねばならぬらしいし。
注射嫌いの身としては、やはりここは努力のしどころか、
と思うのである。



▼人生50年のころは、たぶん今よりも社会のシステムが
シンプルだったろうな、と思う。
長生きするようになったために、
個人としても、社会としても、
多くの問題を抱えるようになったのであれば、
なんで長生きなんかするようになったのだろう。

写真は、以前もつかったワンコの写真。
自作のコピーととも、再掲。。。

 

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何も持たず生き、何も持たず死ぬ犬生@バンコク
そして、犬のように生きる人生@バンコク

2008年11月30日 (日)

無理

衣服を着た女なんて、台所に男が入るようなもんだ。
金儲けの秘訣 ・第108条)



最近、ご飯の話をしていて、驚かれた。

昨日の夕食になにを食べたのか?

という問いに、
賞味期限の切れた冷麺があったので、あわててそれを食べた、
と答えると、

具は?

とまた訊くので、
冷麺でも焼きそばでも、具を入れたことはない
麺だけを茹でて食べた、と答えたためだ。

上に卵を載せたり、胡瓜を添えたりはしないのか?

とさらに訊くで、
そんなめんどくさいことはしない、でったいしない
と断言した。
もちろん、けっして卵や胡瓜を憎んでるわけではない
ただ日々の食事にあまり手間をかけたくないのんだ。

さて最近、知り合いの女の子が結婚することになった。
もともとフルタイムで働いていたわけでもないし、
また遠隔地に嫁ぐので、たぶんしばらくは、
あるいはずっときちんとは働かないだろう、
とのことだった。

かのじょによると、結婚するにあたって、
配偶者となるべき相手と家事の分担を取り決めたそうだ。
平日はかのじょが食事の用意をして、休日は相手がするらしい。

かの新婚家庭では、どんなものが休日食されるのか、
ぼくは知らないのであるが、たぶん、冷麺やら、素麺やらを
茹でただけでは花嫁は許してくれないだろう感じがする。

さすれば、新郎となるおとこは、新生活の中で、
けっこうな負担を強いられるのだろう、ことを考えると、
ぼくのような怠け者に結婚生活は維持できそうにないな、
と思ったのんだ。

かのじょ曰く、
別にご飯を作るために結婚するわけではないのだから、
とのことで、
それはまったくそのとおり、ご説ごもっとも、なんであるけれど、
他方、新郎もたとえば、ひとりならしなかったかもしれない、
家事労働を結婚したがためにしなければならないかもしれない、
となると、肉体的精神的に疲弊することもあるだろう。

結婚するのもたいへんだな、と思うのだが、
女性側がそうでなければ、結婚せん、というのであれば、
結婚したいのだろう新郎は、そういう約束であっても
結婚できるのは幸せなんだろう。

結婚せんでもいい、という女性の増加がきっと、
このような状況を支えているのであろうし、
結婚すると、今までの生活水準が維持できないからしない、
という女性の話をたまに聞くが、
死ぬまで親に面倒を見てもらえるのならともかく、
逆に親の面倒を見なければならなくなったとき、
どうするんだろう、というのは、
考えないことにしているのだろうか。

ぼくがいえることは、その新郎がぼくでなくてよかった、
ということだ。
とりあえず、休日の新郎に合掌。。。(-人-)


▼せめて、休日は外食、ということにしてくれたら、
あっしだって、結婚できるのでわ、と思うのだが、
この条件で、誰か嫁に来ませんか(^^;)
もちろん、具のない冷麺でよければ、
ぼくも作らないことはないけどね。

でわ、具のある冷麺は、というと、
バンコクの8番ラーメンで、喰らうのであった。。。

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