2012年9月30日 (日)

米夫さんの転落 ~その後の米夫さん~

女と金は一緒にするな。
金儲けの秘訣 ・第149条


テレビのチャンネルを回している(この言い回しの語源が
すでに理解できない世代もいるだろうが)最中に、
見る気がなかったにもかかわらず、
ついみてしまう番組というものがこの世には存在する。
ぼく的に、そのなかの1ジャンルが、
いわゆる、あのひとは今、というやつだ。

ある時期一世を風靡したり、心ならずも有名に
なってしまったりしたひとが、今現在何をしておろうが、
まったくもって余計なお世話、なんであろうけれど、
それはさておき、知りたい、という欲望を断ち切れない
こともまた、俗人たる者の正直な本性、なんであろう。

ただ、芸能人やら、政治家やら、であれば、テレビや
週刊誌なんかで取り上げられる機会も多いのだろうけれど、
そこまで一般的でない人物であったら、どうするか、といえば、
最近は、インターネットの検索エンジンで、
そういった方々の消息がわかることも多かったりする。
まったくもって便利な世の中になったものだ。

しかしながら、こんな時代においてもなお、行方不明で
気がかりなままなひと、というのももちろん多数存在する。
以前ここで書いたことのある、坂田米夫氏もそんななかのひとりだ。

高い知性を感じさせるその文体とうらはらに、
タイ嫁に対する徹底した敗北主義的行動様式のアンバランスが、
ぼく的にはけっこうツボで、
既存の2冊の著作の続編をずっと待っていたのであるが、
その後かれはぷっつりその消息を絶ってしまっていた。
発行出版社の倒産、ということもあり、
おそらくは筆名と思われる、坂田米夫、
というキーワード以外、手がかりはいっさい残さずに。

だがその実、かれはその著作を「新潮45」という
雑誌の2002年5月号に、載せていたのんだ。
2冊以後のかれの人生がコンパクトにまとめられた貴重な作品だ。

Yoneo

  

『51歳ジャパゆきおやじの「職安放浪記」』と題された
その作品の内容は、そのタイトルが示す以上に
かれのその後の衝撃の人生模様を赤裸々につづったものだ。
興味のある方は、図書館などで、
実際にその内容を読んでいただくとして、
過去の著作に記載されていなかった新事実を列挙していくと、

・出版社勤めをやめたものの、
 バブル時に持ち家を売りぬけることができた坂田氏は、
 そこそこの小金をもっていた
・タイ人嫁との結婚の結果、坂田氏の予測をはるかに
 上回るスピードでかれの資産は失われてしまった
(坂田氏がきちんとタイ人嫁とお金のことや他のことについて、
 話し合ってこなかったことに問題があったようで、
 最後は、これだけしかもうお金がないからね、
 と通帳ごと嫁に渡してしまっていたらしい)
・かれの金融資産が枯渇した結果、タイ人嫁に促され、
 もう戻ることはない、と思っていた日本に、
 いやいや出稼ぎにでることになってしまった
(タイ嫁の家族名義になっている(タイでは外国人は
 土地所有を認められないためだ)けっこうな金額の自宅は
 存在したようだが、それを売り払う、という選択肢は、
 存在しなかったようだ)
・この記事中の2002年ころ、51歳だったかれは、
 なんとか有名企業の独身寮の住み込みの雑役夫の職を
 得ることができた
・著作では見せていなかった本人、タイ人嫁のミアさん、
 前2作品出版後生まれた息子さんの写真が掲載されている

といったところだろうか。
もちろん、自業自得といってしまえばそれまでなのだが、
嫁といえども、他人を信じすぎた男の悲劇的な姿がたんたんと、
しかし前2作よりは、感情的に書かれており、これを読めば
他人事とは思えない人も多くいるのではないだろうか。
とくに、タイ人嫁のミアさんについては、
前2作で感じられた余裕というか、
タイ人の新婦を理解しようという気持ちはもう微塵も感じられず、
かなり辛辣な書きっぷりだった。

ぼくは、坂田氏のチェンマイでの幸せな老後を信じていたので、
これは相当に衝撃的だった。
かれのこの記事の締めくくりの文章は、

「宝くじがあたればいいね」

だったけれど、それよりは可能性の高そうな、
どっかの日本の会社が、これらの作品をドラマ化・映画化
または舞台化することによって、坂田氏に原作料が入って、
かれがまた幸せにタイで暮らせることを祈るばかりである。

もうひとつ、この記事からもう10年が経っているので、
この続編もまた読みたいものだ、というのも付け加えておこう。

南無~(T人T)マサニ全米ガ泣イタ、ナラヌ、全オレガ泣イタ状態。。。




▼別にタイ人嫁が悪い、という風にはあっしは思わない。
もし、そう読めてしまったのであれば、
あっしの不徳の致すところだ。
日本人同士で結婚しても、同様に不幸になっている人も
多かろうし。
要は、あっし的には、人を見る目のない者は、
間違っても配偶者を持とう、というような野望を持ってはいかん、
というところだろうか。

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▼写真は、タイで見かけた、日本語のメッセージ。
「やくざおくさん」
車の所有者がそうなのか否か、はしらないが。
自分と子どもの生活のため、
いやがる夫を日本に売り払った(?)、ミアさんは、
ある意味、「やくざな」おくさん、かもね~。

2012年7月29日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2011(その6)

朝4時に目覚める。
不思議なのだが、飛行機に乗るときは、半分以上の確率で、
おきる予定の時間の少し前、アラームの鳴る前に目が覚める。
まだ暗いなかをチェックアウトし、タクシーで空港へ。
普通に飛行機は飛び、台北にも普通に着陸し、
ホテルに荷物を置いてから、
台北にDVDを探しに行くのも毎度同じだ。
んでもって、腹が空いたら、吉野家の牛丼を喰らうのんもね。

違ったのは、そごうにお土産のためのお茶を買いにいったことだ。
ふだんはあんまりDVDやCD以外は買わないのだが、
前回空港で買ったお茶がおいしかったので、
今回は事前に市内で買って、スーツケースに入れてしまおう、
というわけなのだ。

日が変わって、台北から羽田、そして大阪へ向かうことになる。

桃園空港そばのNOVOTEL台北を10時にチェックアウトし、
桃園空港に一旦移動し、松山空港へバスで移動する。
125元。

チェックインの手続きは、11時半開始だったのだが、
10分ほど前に着いた。
日本人の地上係員がいたので、日本の国内便を変更できないか、
訊くも、ここでは無理とのこと。
羽田空港で相談するか。

時間と持ち込み手荷物である背中のリュックに余裕があったので、
一旦地下鉄で太平洋そごうに行き、
昨日みていたCDのセットを買うことにした。

空港に戻ってきて、各社合同のラウンジで少しものを食べ、
いよいよ日本に向かう飛行機に乗り込む。
チェック係りのにいさんがぼくのチケットを読取機械にかざすと、
ピンポン、と音が鳴る。
幸せの警報音。

アップグレード

エコが2-3-2の座席配置なのに、ビジネスは、2-1-2。
ああ、幸せ

食事の注文。

お勧めのさばの味噌煮とお肉がございますが。

お肉の方が足りないのか、と思いつつ、以前に食べた
ときに、柔らかくおいしい肉だったのを思い出し、
もしあれば、とお肉を頼む。
タダ券エコノミーのアップグレードなのに、
わがままいって、スンマセン

羽田空港には少し早着。
まず入国。

空いてたので、有人のゲートに行くと、
係員が出国のスタンプを探しているので、
出国のときは、機械のゲートで入ったんです、と説明する。
常に空いてる方を選ぶのが自然だと思うのだが、
係員には想定外だったようだ。
公務員として、まだまだやな、きみぃ。

荷物もすぐに出てきたので、受け取り、
税関も難なく抜けて、国内線カウンターへ。
関西空港便をより早い時間の伊丹便に変更してもらう。
荷物が早く出てきたので、すぐに対応してもらえたが、
自分の後ろには列ができてたので、
スタアラゴールドさまさまだなや。

国内線ターミナルにも、すぐに移動でき、
ゆっくりお土産を買う時間もあった。
おまけに、座席はけっこう混んでたのに、
前から2列目で、3席独り占め。

今日はいい日だ。
最後の最後に、ね。

▼バンコクで見かけた、赤シャツさんの集会の写真。
一日だけだったようだけれど。
元首相のタクシンさんではなく、
妹のインラック現首相さんグッズが多かったね。

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2012年7月25日 (水)

ぷんぷいさんの夏休み2011(その5)

部屋の様子を観察するに、調度品は、さすがに豪華だ。
いわゆる、アメニティグッズ、というのんか、
石鹸やらシャンプーやらも単価高そうなのだが、
ぼくが一番気に入ったのは、歯磨き粉である。
ミント系なのだが、きつくなく、むしろ、甘くさえある。
製作したのは、Pecksniffs、というイギリスの
香料屋さんのようだが、市販はしていなそうだ。

帰国後、持って帰ってきたのんを何人かに配って、

これ、売ってないのんで、
似た歯磨き粉欲しいんだけれど、知らない?

って訊いてまわった結果、
帰ってきた答えは、ライオン子ども歯磨きだった。

その後の調査で、日本のルネサンスホテルでも同じものを
使用していることがわかったので、
いざとなれば、日本でも手に入れることはできるようだが、
さすがにそこまではこだわらないことにした。
もう、ライオン子ども歯磨きでもいいや、
まだ買ってはないけどさ。

あと自分的に評価が高かったのは、シャワーブースが広く、
しかも腰掛け部分があることだった。
なんで、というと、洗濯が楽、なんである。
もちろんホテル側は、そんなびんぼくさい用途で
褒められたくはないだろうが。

もちろん、気に入らない点もある。

食堂の係員がフレンドリーで笑顔を絶やさないし、
若い別嬪さんが多いけれど、
そのわりにおいしくない
よに思う。
味は個人の好みによるところが大きいけれど、さ。
期待値が大きいせいばかりではないと思うんだが、
違う意見もあるだろうな。

あと、冷蔵庫がただの箱だったのだが、これはうちの部屋だけか?
見ると、あまり馴染みのないメーカーで、しかも、妙に安っぽい。
他の調度品と比べて、バランスが悪いよね。

コンビニが近所にない、というのも少しマイナスポイントだ。
伊勢丹でも、セントラルワールドプラザでも、スーパーはあるし、
今は閉鎖しているけれど、ビッグCやゼンセントラルも
まもなく再開店するのだろうが、微妙に遠いのんだ。

1泊8000円ならOKだけれど、
それ以上なら、選ばない可能性が高いなー。

ほんとは朝飯は無理にはいらないしさ。

ほんでもって、4泊中の3泊目、バンコクの実質的な最終日の朝、
ホテルの食堂のねーちゃんが明日が最後ね、
といってくれたので、
実は明日は朝早いので、今日がここに来るのが最後っす、
と別れの挨拶をする。

こういうところが、高級ホテルの高級たる所以なのか、
さりげなく気配りが効いてるな、と思う。
笑顔0円、とかメニューに載せてたバーガーショップも
あったけれど、客に対する思いを演出すべを心得てるなー、
と思ったりした。
でも、料理の味を好みにしてもらう方が、
おっさんはうれしいけどね。

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2012年7月22日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2011(その4)

チェンマイでの日々をやっと終え、
朝11時前の便でふたたびドンムアンへ戻る。

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アマリエアポートホテルへの通路から降りてバス停にいける
と思ったのだが、南京錠がかかっていて降りれない。
しかたないので、国内線の方まで1停留所分歩いて、バスに乗る。

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29番でランナム通りまで行き、ティダイサンで遅い昼をとる。
その後、またバスでNOVOTELに戻りつつ、
やっぱ都会はいいよなー、なにかと便利でさ、と独りごちる。

今日は、ホテルを変わる。
アコー系列以外のホテルに宿泊するのは、ずいぶん久しぶりだ。
チェンマイですら、わざわざメルキュールホテルに
泊まったくらいだしさ。

今日からのお宿は、ラチャプラソンの交差点近くの
ルネサンスホテルだ。

なんで?

と言われれば、安かったからだ、としかいいようがない。
朝食込みで、1泊8000円、
というのに強く惹かれた結果なんである。
この機会を逃すと、もうこのホテルに一生縁がないかも知れぬ、
と思って、バンコク最後の4泊は、ここに決めたのだ。

スーツケースをNOVOTELで受け取って、タクシーに
乗り込むも、案の定、タクシーの運転手はホテルを知らない。
しかたないので、ワイヤレスロードを行って、
スクンビット通りを、エラワンの方に曲がれ、と説明し、
そごうのあった隣の隣あたりだ、と付け加える。
そごうのあったころ、この運転手がバンコクにいたかどうかは、
わからないが、なんとなく通じる。

果たして、ホテルに到達するができた。
多少渋滞には、巻き込まれたけれど。

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チェックインして、部屋に入ってから、
会員登録でネットが無料になる、というので、
すぐにフロントに降りて申込みを行う。
ネット無料のホテルも最近は多いのだが、有料の場合、
その物価に比較して、使用料金が高い、高すぎる
というホテルも多いので、いかにネット環境を手に入れるか、
というのは、ぼくにとって、タイ滞在の常なる重要問題である。
ネット無料、という理由で、ホテルを選択することも多い。

無論、ネット屋に行ってもいいのだが、
常時接続に慣れているしまっているので、
やはりホテルの室内で、ネットは利用したいよな。
わざわざPCを持って歩いてる、ということもあるしね。

夕方、出かけようとしたら、大雨が降ってきた。
立地はぼく的にとても便利なのだが、
このホテルは、建物からほんの少し、屋根がなく、
傘が必要な部分があることがこの大雨でわかる。

昼に食べ過ぎたせいか、遅くになるまで空腹を感じず、
夕食は、セントラルワールドプラザの
ディンタイフォン(鼎泰豊)
で食べる。
台湾でも、バンコクでも、いつも行列ができる店らしいが、
並ぶほどうまいかなー、というのが正直な感想だったのが、
たぶんぼくが味のわからんおっさんなんであろうなー。

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2012年7月15日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2011(その3)

朝から、ものすごい雷鳴で目覚める。
頭の上に落ちたみたいな巨大な音だ。
外を見ると雨も降ってる。

今日はチェンマイ動物園に、パンダを見に行く予定なのだがな、
と不安に思うが、しばらくしたら、雷も雨もあがったようだ。

ホテルを出ると、敷地内でぐーたらしていた、
トゥクトゥクのおっちゃんに、どこに行くのだ?と訊かれる。

チェンマイ動物園だ、というと、
100バーツ(約260円)というので、
まあええか、と思って、値切りもせずに乗り込む。

動物園は、パンダ舎入場料と敷地内の乗り物代込みで、
220バーツ(約580円)
タイ人だと半額くらいらしく、タイ人になりたいなー、
と受付のにーちゃんににこやかにからむ。

  

▼動物園でみかけた従業員の別嬪さん。
ちょっとねじ式はいってる?
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タイといえば、象。動物園で見る必要もないが。。。
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実を言うと、人生初パンダ鑑賞、なのだが、
たぶん費用的にはかなり安い部類だろうと思う。
もちろん、飛行機代やら宿泊代やらはかかっているが、
それはパンダを見ようが見まいがかかる費用ではあるしさ。

朝だというのに、じっとりとして気温もぐんぐん上昇
していくなか、適当に動物を見ながら、パンダに接近していく。
おっさん独り、動物園で浮いてたらどうしよう、
と思わないでもなかったが、パンダ人気も一巡したのか、
自分の存在が浮くほどの入場者もいない。

これで採算取れるんだろうか、
といらぬ心配をしたくなるほどがらがらだが、
パンダ以前はこれに輪をかけて、
入場する者もいなかった施設なのだろう。

パンダ舎に入ると、ええ具合に冷房が効いていて、
汗が引いていく。
さすがパンダさまは、特別扱いのようだ。

パンダ舎に入ってから、パンダさまが驚くので、
カメラのフラッシュは炊かないように、
との注意を係員から受けるが、このおやじ、
それを言うだけのために、この施設に存在してるのか、
と思えるほど、他になにかしている様子はない。
それならば、もすこし、英語が堪能な人間を雇えばいいのに、
といらぬ心配をしてしまう。

細い通路を登りきったところに、パンダさまはいらっしゃった。
ずっと笹を食しておられる。
たまに、後ろのほうから、なにやら捻り出しておられる
他は、どうということのない生命体だ。

だがしかし、誰が何と言おうと、

パンダさまはかわゆかった

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なぜか凡ちゃんがここに。。。

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実はこの絵のパンダが一番のお気に入り。

 

おそらくチベットを制圧し、やりたい放題の中共本国以外
の施設で、こんなにのんびりじっくりパンダさまのことを
時間無制限で拝観できる施設は、そんなにあるまいと思う。
そういう意味で、パンダさまマニア垂涎の施設のひとつ、
といっていいだろうな。

パンダさまへの拝謁に関しては、すべて期待以上で、
とくに子どものいる家族には、
チェンマイ動物園パンダ舎観光を強くお勧めしておこう。

▼あちこちで、寝ている従業員も見所のひとつ?
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▼コアラ舎の案内板提供は、ロッテ。
コアラのマーチは、タイでも売ってるようだ。
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今回、観光らしい観光は、このパンダ拝観のみだった。
このチェンマイには、すでに数度来たことがあり、
とくにこれ以上観るべき場所もなく、
あとはだらだらと街を歩くのみであった、
3泊4日のチェンマイ滞在、であったことだよ。

▼メルキュールホテルチェンマイ
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▼そんななかで、チェンマイでもやっぱりあった、BNE。
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2012年7月 7日 (土)

ぷんぷいさんの夏休み2011(その2)

4日間ノボテルフェニックスシーロムに宿泊したが、
毎日カメラを持ってバンコクの街を歩き、
ティダイサンで飯を食するだけの日々だった。
目新しいこともないが、慢性的運動不足の解消にはなる。
最初はなかなか長い距離を歩けなかったが、
だんだん苦にならなくなってくるのがうれしい。

チェックアウトの朝は、7時8分に目覚める。
アラームは、7時10分だった。
鳴る直前に目覚めるのは、なんとも不思議だなや。

軽く朝食を食べて、チェックアウトする。
504番のバスを待ったが、なかなか来ないので、
諦めようと思った刹那、
2台来たバスの後ろの方が504番だった。

賭けに勝ったようで、うれしい。

今日の飛行機は、ドンムアン空港発だ。
今までタイの国内線を利用するときは、
エアアジアが多かったのだけれど、
今回は、より安かったのでノックエアが予約したのんだが、
この航空会社は、ドンムアン空港発着なのだ。

せっかく賭けに勝って、バスに乗れたのだが、早く降りすぎて、
結局残りの距離をタクシーで空港に行く羽目になる。

こういう場合に、性格がもろに出る。
間違えて降りるときは、乗り過ごすのではなく、
必ず早く降りてしまう
もう過ぎたかもしれない、と思うと、
いてもたってもいられないのんだ。

空港で無事チェックインして、すぐに制限エリアに入る。
スワンナプームの新国際空港ができてからは、
ドンムアン空港にきたのは初めてのような気がする。
むかし、ここにしょっちゅうきていたので、実に懐かしいが、
閑散としているうえに、ずいぶん古びた気がするが、
もともとこんな感じだったのかもしれない。
この空港の黴臭さ、がぼくの思うバンコクの香り
でもあったのんだ。

そんなことを考えつつ、ふと見た壁の文字列に思わず、
戦慄し、凍りつき、血の気も引いて、立ちすくむ

なんて書くと、たいそうなのだが、これで長年疑問に
思っていたことのほんの少しに答えがでたからだ。

そう、空港内の壁に、BNE、の3文字が大書されていたのんだ。

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例のステッカー以外に、バンコク市内で見かけた落書きに、
なぜか王冠が書かれたものがけっこうあったのだが、
それは、こっから来ているのかもしれぬ、
とガテンがいったわけだ。

▼2009年ゴールデンウィーク撮影の写真より
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しかし、いつまでも立ち尽くしてはおれない。
店のひとに、突進するのみだ。

しかし答えは、マイサープ(存じません)。
何を訊いても、マイサープ。

本当に知らなさそうだったが、
とてつもなくめんど臭そうに返答されて、撤退するぷんぷい、
どうも、ぼくはジャーナリスト向きではないようだ。

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鳥の顔のついた飛行機に乗って、チェンマイには無事着いた。
機内ででた軽食は、アンティアン、が製造しているらしい。

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▼ちなみに、ノックは鳥、という意味っすよ。

空港に着いてから、すぐにはホテルに向かわず、
少し離れたところにある、チェンマイエアポートプラザ、
というショッピングモールを見ておく。
ここはけっこうバンコクにあるショッピングモール内にある
店舗と同じような店が入っていたような気がしたので、
食べ物やその他もろもろで困ったときのために
中身を確認しておこうというわけだ。

なにせ3泊もするのんで、観光をしないぼくには、
こういう場所がどうしても必要なのだ。
ここなら、Trueの無線LANも使えるようだし、
とりあえず一安心だ。

こっから目印の病院まで、ソンテウで40バーツ(約110円)。
ぼられてる?と思いつつ乗ったが、けっこう遠い。

そっから、歩いて、ターペー門へ。
背中の荷物が重い。

ターペー門からホテルまでもけっこう距離があった。
素直に、ホテルまでソンテウに乗ればよかったかな。

2012年7月 1日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2011(その1)

ものを手に入れる時、必要以上に金を使わない。
金儲けの秘訣 ・第3条)


兆候はあったので、まったくの突然死、
というわけではなかったのだが、出発の前の日に、
入居以来20年近く使用していた、エアコンが死んだ
東京の宿、メルキュール銀座ホテルで風呂上りにしたことは、
ネットで新しいエアコンを発注することだった。
あとは留守中、老親に現物の受領取付立会いを頼んでおけば、
帰国後、暑い思いをしなくてもすむ。

そういえば、AClubゴールドカードデビューにもかかわらず、
ここではアップグレードもなかったな。
ここんとこ、運から見放されてるのかもしれない、
前途多難を予測する。

朝起きると、エアコンの業者からメールが来ている。
電話番号と詳細を実家に知らせる。
海外に行ってる間に取り替えてもらうことができるようだ。

国際線ターミナルで昨日預けたスーツケースを受け取った後、
シップチェンジのため、チェックインの受付を
しばらく停止の放送を聞く。
スーツケースは受け出してしまったし、自由に動けず、
コンビニでおにぎりを買って、しばらく食べながら待つ。

飛行機の機内食はハンバーグ。
意外と悪くない。

台北松山空港に到着したら、バスで桃園空港へ移動する。
スーツケースもあるし、また乗継がけっこうタイトで、
うろうろする時間もない。

バンコク行きにチェックイン後、
桃園空港のCDショップを見るも、めぼしいものがない。
移動だけの一日だなや。

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バンコクの国際空港へは夜の10時半に着いた。
入国審査もさほど混んでなく、荷物もほどなく出てくる。
エアポートリンクもまだ動いていて、
11時10分ころの各駅停車、シティラインに乗る。
45バーツ(約120円)。
エクスプレスでも、最近値下げして、
90バーツと聞くがあんまり時間もかわらないしさ。

夜のせいか、パヤタイ駅の改札を降りたところでも、
すぐにタクシーを拾えた。
パヤタイ駅から、ノボテルシーロムまで、63バーツ。
70バーツ払う。

ここまで、交通費が300円ちょっと、
というのはやはり安いよな。
空港からタクシーだと、
込み込みで400バーツほどはかかるだろう。
それでも、今のレートだと、1000円ほどだけどさ。

ホテルへのチェックインもスムーズ、だと思ったが、
自分の部屋の鍵が開かず、荷物を運んでくれるにーさんが
2度ほどフロントを往復する。
マイペンライ、とかいいつつ、
座って部屋が開くのを待ってるバンコクの夜、だった。

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バンコク2日目の朝、昨夜着いたのは深夜だったので、
実質的には初日、といってもいいと思うのだが、
まずは朝ごはん会場に向かう。

少し残念なことに、前回、ぼくのために、
特製タイ風卵焼きをつくってくれた、
ネコ子ちゃんこと、クンキャットはいなかった。

大学生といっていたから、もう新学期が始まったかや?

まあ、それはそれでいいのだが、
毎朝ぼくを笑顔で出迎えてくれたチーズもいなくなっている。
ネコ子ちゃんがいないので、ねずみに引かれたか。

チーズの方はおそらく、経費削減のためにリストラされた
のだろうが、このホテルの取り柄がひとつ減ったな。

チーズはどこにいった?

とか思いつつ、まずは散髪へ、昼時を避けて早い目に行く。
ずいぶんと頭が軽くなった。

その後、77番のバスで伊勢丹へ。
なんとまた無料バスだった。

苦心して、TRUEのショップでネットのカードを買う。
300バーツで1ヶ月使い放題か、と思っていたが、
3時間のみで、がっかりする。

サイヤムセンターに寄って、ティダイサンへ歩いて行こう
とすると、外は大雨。
元祖ゲリラ豪雨。
本場モノは一味違う、とか思いつつ、しばらく待ってたが、
やみそうにないのでしかたなく、BTSで行くことにした。
食事前にひと歩き、運動するつもりだったのだがね。

アヌサワリー付近は小ぶりだったので、
傘をささずにティダイサンに行く。
通ってずいぶんになるが、ようやく認知されたらしく、
笑顔で迎えられた。

さあ、喰うぞー。

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皿とシンハ水

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ソムタム

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カオニアオと空芯菜炒め

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コームーヤーン

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ソムタム製作者(花飾り付)

2011年10月30日 (日)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その10)

今日の飛行機は、朝8時45分の成田行きの便だ。
逆算して、6時45分には空港カウンターでチェックインをしたい。
さすれば、起床はその1時間前、ということで、5時40分に起きた。

 

▼人間の落下も、墜落、らしい
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荷物はすでにほぼまとまっている。
シャワーなど朝の準備をして、食事の会場へ行く。

 

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バンコクから、台湾に戻ってきて、
ホテルの朝ごはんを食べるときに、いつでも思うのは、
バンコクのホテルに比して、簡素だな、ということだ。
むしろ、バンコクの朝ごはんが、力が入りすぎている場合が多い
のかもしれないが、朝ごはんだけ頼むといくらかかるか、
というのもわかるので、それを考えると、
台湾の朝ごはんは期待はずれ、といってもいいのかもしれない。
まあ、ぼくの場合、別料金で食べることはなくて、
込みの値段が最安値の場合のみ、朝ごはんを頼むので、
文句を言えた義理ではないのだがね。

6時半のシャトルバスで空港へ行く。
残念ながら、飛行機のアップグレードはない。
チャンスはあると思ったのだが、こればっかりは期待しても
神に祈っても、どうなるってもんでもないしさ。

 

▼撮影中請微笑(^^)
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成田空港から、直接大阪に帰る予定なので、
桃園機場でお土産のお菓子を買ってみる。
羽田空港だと選択肢が広いが、成田の国内線はしょぼいしね。

 

▼ちなみに、老婆餅、の老婆とは、
年季のいった女性ではなく、結婚した女性のことらしい。
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13時前、成田着。
国内線の予約は、18時少し前発の便で、
実はもう一つ前の便に席があれば、
それに乗りたいと思っていたのだが、果たして席はあった。
けれど、小さな飛行機なので荷物が載らない、
別途送るのであれば、という条件付きになるという。

それではスーツケースを受取るのが遅くなるし、
いっそのこと、羽田空港に移動した方が早く帰れるな、と、
座席はありそう?、と訊くと、今日はけっこう空いているそうだ。
リムジンバスで、急遽羽田へ移動することにして、
1時間かからず、到着した。

なんと15時の便に乗れたうえ、
お土産のお菓子を追加で買う時間さえあった。

お菓子の入った、たくさんの紙袋ととも乗った飛行機から、
大阪城が見えた。
しかたない、またしばらく日常に戻ろう、
と大阪の空で思った、おっさんであることだよ。

2011年10月23日 (日)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その9)

プルマンホテルの目覚まし時計には、安心感がある。
電子式なんだろうけれど、一番普通の目覚まし時計なのだ。
一応、他にもアラームはセットしているけれど、
朝早いときは幾重にも目覚ましがあった方がよいしね。

フロントには、NOO、という名札をつけた女性がいた。
朝4時半なのに、ご苦労なこった。
ヌー、というのは、たぶんチュウレン(ニックネーム)で、
ねずみ、という意味だ。
ネコが起き出す前に、一仕事、ってところかな、
とくだらないことを考えつつ、チェックアウト、を頼む。

空港に行くの?

と訊くので、そうだ、というと、ドアにいる男性に、
タクシーを呼ぶように、声をかけてくれる。
この時間だと、他に手段もないしさ。

タクシーを待っている間、

やっぱりメオ(ネコの意味。タイ人女性のチュウレンで
けっこう多い)さんが苦手ですか?

とかつまらない、冗談を言っていると、
かのじょは突然ぼくの謝謝Tシャツを、中国語風に発音した。
メイちゃんが日本語ができるように、
ネズ子さんは、中国語ができるようだ。
いろんな言語に対応しているな、と感心する。

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空港へは30分ほどで、着いた。
高速道路を使わず、メーターで190バーツ(約530円)ほど。
チップ込みで、220バーツ(約610円)渡す。

台湾の桃園機場にはほぼ定時に着いた。
東日本地震に対する台湾民衆の厚意への感謝の意思を
なんとか表現したい、ということで、
ゴールデンウィーク前に特注した、謝謝台湾Tシャツ、
を着て歩いたのだが、思ったほど台湾民衆の関心を集めない。
たまに凝視する人もいたけれど、
台湾民衆には謝意をスルーするシャイな人々が多いようだ。

台北駅前で、吉野家で特盛りセットを食べる。
これも、毎度毎度にことだなや。

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台湾独自メニュー?これを食べる勇気はなかった。。


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正月は、直接バンコクに行ったので、
今回、多い目に映像商品を買ってしまう。
げげげの女房4・5、利家とまつ、白い巨塔、武田信玄の
DVDと、スタートレック新シリーズ映画(4作+特典ディスク)
のブルーレイディスクだ。
とくに、ブルーレイは、7500円と日本の3分の1の値段で、
けっこううれしかったのだが、本当に再生できるのか、
日本で見てみるまで、不安だった。
日本語トラックがあるのだから、大丈夫のはずだよな、
とは思ってはいたのだが、ラッキーなことにほんとにOKだった。

もし見れなかったら、ぼくのことだ、きっと次回台湾で、
ブルーレイプレーヤーを買って帰ったことだろう。

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明日は日本に帰る。
今日は何故かパンダのいない部屋で独り眠ることにしよう。

   

2011年10月16日 (日)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その8)

バンコクで眠る最後の日。

昨日はあんまり体調がよろしくなく、
ルームメイクの時間以外は寝て過ごしていたが、
今日は大丈夫そうだ。

ショッピングモールを歩いていると、
今日タイでiPad2が発売になったようで、
タイ人がアップルショップで並んでる。
思わず参加しようか、とも思ったが、荷物になるし、
どういう販売形態かわからないので、あきらめる。
税金分くらいは安そうだけど、
値段も日本とあんまりかわんないようだしね。

バンコク最終日、なので、なにかと買い物をする。
今回も自分用に文房具をちょっと買った。
アナログのものは、いいと思って買っても、
使用しないままに終わってしまうことも多いけれど、
ノートやら、筆記用具やらは、まだ使用する可能性が高い。
今回買ったのは、写真の通り。
子供用に販売しているんだろうけれど、
いろんな意味でちょっとどうなの、と思えなくもない。
そんなものをつい買ってしまうぼくも、
ちょっとどうなの、といえなくもないが。

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ティダイサンは15時ころということもあり、
ほとんど客もおらず。
昨日ちょっと話したここの店の従業員だか、
オーナーだかのこどもたちと写真を撮る。
最初は、なかなか打ち解けなかったけれど、
毎日、日によっては、昼夜と顔を合わしていたこともあり、
最終日の今日には、笑顔で話をしてくるまでになった。

今日は、17歳、14歳、11歳のうち、たぶん、
14歳と11歳が店の手伝いをしていたのだと思うけれど、
いまいち自信がもてないのは、ぼくのいい加減さ、ゆえだが、
タイの子どもが日本人に比べ、
年齢よりも子どもっぽいこともある。
どうも、どれがどれだか、わかりにくい。

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ぼくが食べ終わったころ、店の卓上で、皿を拭き始めたので、
ぼくもいっしょに拭いてる、というような構図で、
店のお女中に写してもらう。
こういう冗談は、タイ人にも通じるので、みんな勉強するように。

子どもたちに、文房具でも買いなはれ、と、
100バーツずつやって、バイバイをいった。

ゴールデンウィークのタイにもバイバイだなや。

▼日本応援Tシャツ
Nippon

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