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2011年9月25日 (日)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その6)

歩いてマーブンクロンセンター(MBK)に行く
ことから一日を始める。
朝ごはんはついていないので、
なにかおなかにいれないといけないしさ。
BTSだと、サイアムで乗り換えて計2駅、だけれど、
実際にはMBKはホテルと同じ通りのほぼ南に位置している。
サイアムとMBKに近いのが、このホテルの取り柄だな。

軽く食べて、ネット屋でメールを確認する。
昨日もいた、熟年夫婦が今日もいる。
なにか揉めている。
あれをみると、独身の幸せを感じるな。
負け惜しみかもしれないが。

コマパットは今日は開いていた。
正月も閉まっていて、昨日も閉まっていた。
いったいいつ営業しているんだ、っていうくらいぼくが行くと、
いつも閉まっている。
店の前には、別に紐でくくられてるわけでも、
檻に入れられているわけでもないのに、
同じ猫がいつも寝そべっていた。
つい、店の従業員に、あんたらにはなかなか会えなかったよ、
あの猫とはしょっちゅう会ってたんだけどね、
と冗談をいいながら、念願の小物袋を買うことができた。

▼昨日
Komaneko

▼今日
Komaneko2


そういえば、今回BTSに乗ったのは、これが初めてだな。
なるべく歩くようにしていたし、
スーツケースを持っての移動はタクシーだったしね。

買い物後、トンローまで歩き、そっから安安楼に行って、
北京ダックを食らう。
まだ3時過ぎだけれど、一人だし、
店が空いている時間帯の方が気兼ねがしなくていいしさ。

前は、280バーツ(約800円)だったと思うが、
350バーツ(約1000円)になってる。
空芯菜炒めとペプシで、539バーツ(約1500円)。
どういう計算か、わからんが、愛想が悪いので、
チップは、おつりの1バーツ玉を除いて、おかなかった。

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Ananro2

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店の前からそのままペブリ通りまで歩き、
90番のバスでMBKに戻る。
途中、プラトーナムの前でほぼ動きが止まる。
20、30分はそこにいたか。
ま、とくにすることもないから、ぼくはそのまま乗っていたが、
タイ人乗客が我慢しきれず、どんどん降りていっていた。
最近は、タイ人の方が忙しそうだ

MBKで、例の菓子を買う。
ふとみると、販売している兄さんに、胸ができている
実は、本人的には女性だったわけね。
お金払い、モノをうけとるときに、
どうもありがとう、とタイ語で丁寧にお礼をいうと、
胸のある兄さんは、少しねーさんぽい表情をした

だから、といって、とくにドキドキはしなかった
こっち方面はコンサバティブなおっさんであることだよ。

▼例の菓子
Reino

2011年9月23日 (金)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その5)

BNEWATERORGを追って、
サイヤム駅からエンポリのあるプロンポン駅まで歩く。
いつものように写真を撮りながら。
途中で気がついた。
よく見ると、ORGの前に、ドットがあるのに気がついた。
なんだ、URLぢゃないかよ、とがっかりする。

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ところで、ステッカーであるが、まだ貼りだして間もないのか、
貼られ方に勢いがない。
貼り方を見ていると、今まで貼ってたヒトと同じようにも
思えるが、なんとなく守りに入ってるようにも思える。
なら、貼るなよ、とだれとは知らない、貼り主に毒づいてみる。

なんで、同じヒト、と思ったかいうと、
前回唯一路上に貼られていた、サイアムセンター前の
地べたの鉄板に、今回も貼られていたからだ。

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それ以外には、とくに根拠はないが、
なんとなく、ずっと見ていて、そう思えるのんだ。

プロンポンから、38番のバスで、ランナム通りの東端で降りて、
ティダイサンで夕飯を食べ、MBKで甘い菓子を買い、
19時前にはホテルに帰る。

ああ、一日が終わった、と思いつつ、歯磨きをして、
巨大な洗面所からでてくると、こっちになにかが向かってくる。
立派な体格のゴキブリだ。

とりあえず、かれを巨大なバスルームに隔離してから、どうするか、考える。
ハウスキーピングに電話したが、誰も出ない。

ゲストサービスに電話すると、ヒトが出た。

1505ですが、ゴキブリがでました、
お手伝いしてもらえますか?

なんとも間抜けだが、十分意図するところは通じたようで、
ハウスキーピングを行かせます、とのこと。

5分後、人間としては弱弱しそうなおっちゃんがやってきて、
一撃の下に退治してくれる。

南国だからゴキブリはしかたないとしても、
あんなにでかくなくてもいいと思うのだが。
この部屋で育ったのか、それとも、どっかからやってきたのんか。
虫は苦手なんだよ、といいつつ、アリガト、
と50バーツ渡して帰ってもらう。

マレンサープ(ゴキブリ)って、ことば、よく思いついたよな、
と思いつつ、こういうの、火事場の何とかですか、
と思う、今日の夜であったことだよ。


▼ちなみに、その後TVで昔、
今よりも昆虫類がでかい時代があった、
という教養番組を見ることになった。
なんでそんなに大きく育つことができたか、というと、
植物に対する動物の比率の関係で、
大気中の酸素濃度が3割ほどで、
今よりも高かったからだ、という解説を聞いた。
昆虫類の呼吸器はあんまり高級ぢゃないのんで、
あんまりでかくなると、動けなくなる、ということらしい。
オオオトコソウミニチエガマワリカネ、
という格言があったけれど、酸素も回りかねる、のだね。

▼今は違う内容になっているが、このステッカーを
見た当時のBNEWATER.ORGの画像。

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2011年9月18日 (日)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その4)

目が覚めると、雨が降ってる。
昨日理容師のねーちゃんに、今は雨降る、と訊いたら、
この季節は大丈夫だよ、と聞いたんだけどねー。
ま、そんなこともあるだろう。

まずは、朝ごはんだ。
このホテルの朝ごはんは実はけっこう好きなのだ。
ただここで1食喰っちまうと、あとタイご飯に回る分が減るので、
実は朝ごはんがお気に入り、というが悪いところでもある。

妙に空いてたので、卵係りのねーちゃんに、

豚入りタイ風オムレツできる?

と訊いてみる。
まあ、相手はタイ人だし、コックだし、
できないことはないだろうが、規則上できるかどうか、
と訊いてみたわけだ。

そしたら、奥まで行って、豚肉を探してきて、作ってくれた。
作ってる間、話をすると、21歳で本職のコックではなく、
大学生だということだ。
ついでに、一緒に写真を撮ったりして、ちょいと和む。
名前は、キャッ、というんだという。
昔なら、チューレン(ニックネーム)も、ふつうに、メオ、
とかだったろうに、英語になっとるんだな。
ぼくは、猫子ちゃん、と覚える。

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11時過ぎてから、チェックアウト。
なんだかしらないが、フロントの兄さんたちが、
日本人の名刺を出してきて、住所をローマ字で書いてくれという。
なんだかなー、と思いつつ、
東京・青山の会社の部長さんの住所を英字に直す。
なんでぼくに頼むんだよー、と思いつつ、書いていると、
〒を見て、これはなんだ、と訊かれる。
ZIP CODEだ、と答えて書き直す。
〒マークは、日本独自の記号だったんだよな。
確か、逓信省(ていしんしょう)の、て、をカタカナで、
テ、と書いたのを記号化したのだったよな。

タクシーに乗り、次のホテルの、
VIE HOTELには12時に着いた。
すぐにチェックインできる、と思っていたら、14時まで待て、
といわれる。
フロントのねーちゃんの英語もタイ語もよくわからないが、
とりあえず2時間後に来るよ、といって、サイアムへ歩いて行く。
ここが、BTSのラチャティーウィー駅のそばで、
こういうときは困らないんだよね、そばにいろいろあってさ。

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14時過ぎに戻ってくると、
さっきのねーちゃんが部屋に案内する、という。
たいそうな話だなや、と思いつつ、エレベータで訊くと、
またも21歳の大学生だという。

部屋を開けてもらって、ずいぶん立派なのにびっくりする。
そういえば、12時の説明のときに、
アップグレードとか言ってたように思ったが、
それで、2時間待たされたか、と後でわかる。

もちろん、日本の多くのビジネスホテルのように、
あんまり狭い部屋は好きでないんだけれど、
だからといって、あんまり広くても一人だし、
どうしていいか、わかんないだよね。

あとで請求が別途くるんぢゃないよね、とびびりつつ、
まずは洗濯をする。
なんとなく、豪華な部屋でびんぼくさいことやってるなー、
とつい思う。
ネットで、調べてみると、70~80平米あるらしい。
なんと自分ちよりも広いんだわ。

ついでに値段も調べると、1泊で1番安い部屋の料金が、
8000円のときに、12000円ほどだったようで、
そんな無茶な値段でもない。
バンコクで、広い部屋に泊まりたい向きには、
穴場かもしれないっすよ。

夕方、ティダイサンの帰り、地図を見て悩んでる、
日本人風のカップルがいたので、声をかける。
どおも、エアポートリンクでパヤタイまで来て、
これからホテルにチェックインするのに、
場所を探しているらしい。
ベストウェスタンホテル、とかいう、
ありそうでないようなホテル名だったが、
そういえば、むかし、パンティッププラザからプルマンホテルに
近道して帰ろうと、ファーストホテルあたりのソイを
抜けようとして、迷ったときに、前を通ったかもしれない。
でも、あんまり大きなホテルではない、というよりは、
かなりこじんまりしたホテルで、
たぶん、歩けば30分くらいはかかるだろうし、
初めてタイに来て、歩いて到達するのは、
けっこう難易度が高そうなホテルだと思うのだが、
本人たちは、歩いていきたいようだ。

それをどう伝えればいいんだろう、と思っていると、
ぼくらの様子を見ていたのだろう、
トゥクトゥクのおやじが、声をかけてきた。
しかも、ベストウェスタンホテルを知ってるようで、
40バーツ(約110円)だという。
メータータクシーよりも安いよな。

その後どうしたかはしらないけれど、
そのおやじにふたりを預けて、無駄に広いホテルに帰る、
おっさんであったことだよ。

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2011年9月12日 (月)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その3)

5時27分に腕時計のアラームが鳴り、目が覚める。
機械音声のモーニングコールがぴったり5時半にかかってくる。
受話器を置いてから、シャワーを浴びて、服を着る。
空港で買った、缶入りレモンティを飲んでいると、
もう5時50分だ。

6時のシャトルバスに乗るつもりなので、あわてて1階に下りる。
昨日チェックインのときに、間に合いますやろか、
とフロントと相談していたのが引き継ぎ事項で書いてあったのか、
外でシャトルバスを待つように言われる。
逃すと、次は15分後だしね。

第2ターミナルを経由して、タイ航空のカウンターがある
第1ターミナルに10分ほどで着き、
あわててカウンターを探し当てるも、
またたくさんのヒトが並んでいる。
でんでん問題なかったな、と思うが、
一応、90分前には来てないと、自信がないし、
シャトルバスの始発が6時でなければ、
でったい2時間前には来ていただろう。
ぼくは、そういうヤツなんである。

朝ごはん付のプランだったのだが、食堂が開くのは6時だったし、
パスしたので、代わりにタイ航空のラウンジで、コーヒーを飲む。
こっからはずっとエコノミー席なので、ビジネスラウンジでは
心持ち申し訳なさそうに飲食をすることにする。

定時に台湾の桃園機場を飛び立ち、
10時半にバンコクの国際空港に着陸した。
入国審査場も混んでなく、スーツケースもすでに出てきてて、
キップを買い、プラットホームに出ると、
エアポートリンクの電車がすでにいて、
駅員がクイッククイックと叫んでる。
急げ、ということだろうな、と思いつつ、
乗るとすぐに扉が閉まった。

11時10分。
これまた順調な。

パヤタイ駅で、タクシーの空車を10分ほど待ったけれど、
乗ってしまえば、道も混んではいない。
待ってる間、トゥクトゥクが2台ほどやってきて、
どっちも申し合わせたように、わんはんどれっどふぃふてぃ、
となめたことをいうのを華麗にスルーしたが、
メータータクシーでも、70バーツ(約200円)ほどは出た
のんで、そんなに無茶なことを言ってたわけでもなかったな、
と後で思う。
それでも、倍以上ではあるけれど。

ノボテルバンコクフェニックスシーロムには、正月にも泊まった。
悪くはないが、不満がないわけでもない。
今回は1泊のみだ。

なんで1泊か、というと、そもそも今回、
一番早く予約をしたホテルが、明日チェックイン計3泊の
VIE HOTELだったからだ。
このVIE HOTELが、予約時にこの日程でのみ、
妙に安い値段で出していて、いっぺん泊まってみよう、
というので、決めたのだ。
その他の日程では、残念ながら1泊7000円弱の
値段は出てこなかったのんだ。
多くても、少なくても、ずれてもだめ、で、
その他のホテルは、従属的に日程を決定された形なわけだ。

ま、話せばつまらないが、そういうことだったのだね。

12時過ぎ、チェックインも完了し、パスポート他を
セイフティボックスに放り込んで、さっそくに外に出る。

まずは散髪だ。
サパンタクシンそばのホテルの理容室で、
明日はたしか定休日だし、その後だと、
わざわざここまで来ないといけないし。

いってみると、店は開いていたが、誰もいない。
しばらく待っていると、子連れで、
理容師のねーちゃんが帰ってきた。
昼ごはんに行っていた模様だ。

もう数年、もっとちっちゃいころから見ているけれど、
かのじょの子どもは5歳になった、という。
けっこう大きくなっている。
母親がぼくの頭を刈ってる間、テレビを勝手につけて、
漫画を見ている。
その様子を見て、母親の理容師が、幸せ、といった。
子どもがテレビで漫画を見ている状態を子ども的に
幸せな時間なのだ、といったのだが、
そいえば、タイでも、自分のことを幸せ、と思ってる割合が、
経済発展に反比例して、減ってきている、
という統計を思い出した。

母親的にはきっと単純にそう思ったのだろが、
子どもが大きくなるにしたがって、テレビさえ見てれば幸せ、
とは考えなくなるのでわないか、と余計な心配をしてしまう。

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その後、77番のバスで、伊勢丹まで行き、
そこからしばらく歩いて、ティダイサンへ行き、早い夕食後、
マーブンクロンセンターに行く道で、
またあのステッカーの新バージョンをみてしまう。

BNE WATER ORG 、とな。

また分布の様子を調べるんだろな、物好きなおっさんが。

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2011年9月 4日 (日)

ぷんぷいさんの黄金週間2011(その2)

朝、8時半に目覚める。
ほんとは、この時間よりも早く羽田に戻り、
台湾松山空港行きのキャンセル待ちにチャレンジしようかな、
と思っていたのだが、めったに見ることのない、
東京の街を数時間散歩するのもよかろうと思い、
予定を変更したのんだ。
スーツケースも預けたことだしさ。

昨日の段階で、ビジネスクラスの空きは、
2席と表示されていたのんで、当日待ってれば、
特典航空券の方に回ってくる可能性もあったと思ったが、
帰りも、タイペイには寄るし、
まあ今回は急いで台湾に着かなくてもいいか、と思ったわけだ。

予約は、夕方17時25分成田発だから、13時ころ、
スーツケースのある羽田空港からバスに乗ればよい。
12時くらいまで、ホテルの近辺を散策してみよう。

ホテルをチェックアウトしたあと、
銀座を歩いていると、行列がみえる。
歩いて行列の始まりにくると、アップルの直営店があった。
昨日だったかから、発売になったばかりのiPad2を
購入するために並んでいる人たちか。
本当だと、3月だかに発売される予定だったのが、
地震の影響で、今になったんだったが、
やっぱり待ってる人は大勢いたんだよな。

思わず、ぼくも並ぼうかとも思ったが、
通販でも、1、2週間待ちで買えるようだし、
第一ぼくが一番嫌いなのは、並んでまでモノを買ったり、
飯を食ったりすることだったしな。
今日はスルーすることにする。

銀座を抜けて、日比谷公園から、皇居の方へ歩く。
皇居が近づくにつれて、走ってるヒトが増える。
祝日でも関係ないんだねー。
それとも、今日走ってるのは、地元の人か。
どっちにしろ、ご苦労なこった、と思う。
昨日までと違って、気温も上がってるのにね。

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さてぼくもそろそろ移動するか、と浜松町のほうへ歩き始める。
今日はJRには乗らず、
直接モノレールで空港に行くつもりだったのだ。

1時間ほどかかって、12時過ぎに着く。
途中、KFCがあれば、昼食を摂ろう、
と思っていたのだが、結局見つからず。
しかたなく羽田空港ででも、と思ったが、羽田でもようみつけず、
ひょっとしてないのかもしれないが、
仕方なく、成田航空行きのバスのチケットを買うと、
30分先のバスしか席がなかった。
そういえば、ゴールデンウィークだったよな。

待ってる間、コンビニで買ったおにぎりを頬張る。
結局、これが一番好きだったりして。
お、おにぎりがあれば、ぼ、ぼくは、し、幸せなんだな
とか小声で言ってみる。
もちろん、誰も笑わない。
大声で言っても、きっと誰も笑わなかっただろうが。
ただ、どっちみち誰も笑わないにしろ、
誰にも聞こえない程度の声でしか言えないことに、
自分の限界を見る。
まあ、それを一般には、良識、と呼ぶのだろう。

14時半、成田空港に到着。
チェックインもさっさと済ませ、ラウンジで、ひたすら待つ。
17時に飛行機に乗り込み、定刻に飛び立った。

さすがにビジネスクラスの夕食はうんまい。
ほんとうは特典航空券でもこんな贅沢はしたくないのだが、
予約をした段階で、
エコノミーの席が埋まってしまっていたので、
しかたなく往路のみビジネスクラスにしたのだった。
キャンセル待ちを入れておけば、
エコでもきっと席は空いてきたのだろうが、
つい魔が差して発券してしまったのんだ。

と思ってる間に、台北桃園機場に着陸した。

20時。

検疫のところで、日本人用ゲートがあり、
日本人はこっちを通るように、と書いてある。
金属探知機風だったが、たぶん放射能探知機だったのだろう。
ぼくには反応しなかったので、そのまま進み、入国もさっとでき、
荷物も早く出てきたが、シャトルバスを20分待つ。
ここだけはいつも、順調とはいかないのだよな。

21時少し前、日本時間で、22時少し前にチェックインを終え、
部屋に入る。
部屋に巨大なパンダのぬいぐるみがいて、ぎょっとする。
中にヒトがはいれそうな大きさだ。

動くなよ、と願わずにはいられないおっさん、
実はけっこう気がチッチャイのんだ。

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