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2011年3月30日 (水)

2010/2011正月休み@タイランド(その2・2軒のホテルにチェックインする)

スワンナプーム空港にタイ航空便が着陸したのは、
夜も明けぬ5時前だった。
タクシーでオールシーズンフアマークホテルへ向かう。
このホテルは、その名の示すとおりアコーブランドのホテル中、
最下位に位置するオールシーズンブランドのホテルだ。

高速を使わずに空港から15分ほど、
151バーツのメーターだった。
上乗分をいれて、200バーツ支払い、チェックインをする。
予約はしてあったのだが、
もうチェックアウトしてもおかしくない時間だったので、
チェックインできるかどうか、不安を持っていたのだが、
何の問題もなく、チェックインできる。
すでに、お金は支払っているし、当然といえば当然なんだが、
とりあえずほっとする。

狭くて、安普請はしかたない。
が、そうとうくたびれている、というか、古びている。
寝るだけだし、1泊することに意義があるのだ、
自分に言い聞かせる。
2000円しない値段なのだし。

Photo

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なんでわざわざこのホテルにこんな時間から泊まるのか、
といえば、実は、アコーホテルにはAClubカード、
というのがあり、会員なのだが、1年間で10泊すると、
シルバー会員、30泊すると、ゴールド会員に認定される。
ぼくの場合、29泊になる予定で、
無理やりここで宿泊したことにすれば、
5月にはゴールド会員になれるのでわ、と考え、
そのためになるべく少ない投資で、と思い、
ここに明け方から泊まることにしたのんだ。
しかし、1泊と計算してくれるかどうかは、微妙かな、
と思っていたし、現にここの宿泊分がぼくの宿泊履歴に載る
ことはついになかったのだった。

それはさておき、そんなわけで、普通なら泊まらないような、
ここに来たのにも、一応訳があったわけだ。

いつの間にか寝てしまい、朝9時に目覚めた。
ついてはいるようだし、飯を喰うてみるか、と1階へ行く。
フロントの向かいの狭いスペースが朝食会場だ。

客層にあわせてだろう、ベジタリアンフードが多い。
インド人風の客が目に付く。

適当な料理を適当に食べ終え、フロントのねーさんに、
この辺の地図はない?と訊いてみるも、
バンコクの地図しかないとのこと。
2名とも、若くてかわいくて、フレンドリーだ。
他のアコーホテルでは経験したことのない、
ぬるい感じのフレンドリーさで、
これはこれで悪くない気がしたな。

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10時チェックアウトして、その辺を散歩してみる。
来たときは夜明け前だったので気がつかなかったが、
2、3件ショッピングモールのようなものがある。

12時前までうろうろして、タクシーで、
ノボテルバンコクフェニックスシーロムへ向かう。
できたばかりなので、タクシーの運ちゃんは知らないかったが、
たぶんホリディインシーロムの向かい当たりだといって、
行ってもらう。
高速道路を使ってよいか、というので、いいよ、と言って、
世間話をするが、ぼくと同世代らしいかれは、
自分が貧乏だと言ってきかない。
そんなこといわれてもなー、と思いつつ、
適当にスルーすることにする。

ぼく、あんたのパパでもないし、とも思ったが、それは言わずに、
今のタイの総理大臣がねー、と話を大きくして誤魔化す。
タクシーの運ちゃんは、タイ東北部、イサン地方出身者が多い
ので、おおむねクーデターで放逐された、
タクシン支持者と思ってよく、
現政権の悪口を言っておけば、間違いないのんだ。

高速出口の信号待ちでふと左を見ると、
そこにちゃんとノボテルがあった。
高速で来て正解だったな。
ホリディインシーロムの向かい、よりは、
チャランクルン通り寄り、だったわけだ。

12時過ぎだったので、チェックインできるかな、
と心配だったが、とくに問題なし。
15分ほど待て、といわれ、読書して待つ。

フロント周りはかなりきれいだ。
ホテルというよりは、ビルの受付、という感じだが。

部屋もやや狭いが、できたばかりのせいか、きれいで問題なし。
古くなってきたら、これが維持できるかどうか、
という懸念はあるけどね。
ノボテル台北とほぼ同じ仕様だった。
これで1泊4000円を切る値段なら安いかな、と思う。
朝食もついててさ。

まずは散髪。
ぼくがいつも散髪しているホテルの美容室には、
歩いて10分かかるかどうか、という立地なので便利だ。

その後歩いて、サラデーンへ。
けっこう距離がある。
高架鉄道のBTSでいうと、サパンタクシンから、スラサック、
チョンノンシー、サラデーンだから、歩くと、
1時間近くはかかっても不思議ではない。

このノボテルバンコクフェニックスシーロムの弱点は、
BTSのどの駅にも遠いことだ。
ぼくはあんまり気にしないが、気になるヒトも、
それが原因で選ばないヒトもいるだろうな、
という感じの距離である。
サパンタクシンへも、スラサックへも、10分から15分、
といったところだろう。

そっから、BTSのサイアムへ。
パラゴンはすごい人出で落ち着かない。

その後アヌサワリーへ移動して、ティダイサンで夕食を喰らう。
あいかわらず女性店員には愛想が欠如しているが、
だがそれがいい。

帰りは、スラサックで降りて、そっから歩く。
サパンタクシンからよりは障害物が少なく歩きやすいが、
夜は少し寂しいので、女性一人だと怖いかもな。
ファミマで買い物して部屋に戻った。

2011年3月27日 (日)

2010/2011正月休み@タイランド(その1・出かけるときは忘れずに)

もし敵の秘密を知ったら、友達へも話すな。
金儲けの秘訣 ・第97条)


その事実が発覚するまで、その日は実に穏やかな一日だった。
〆切間際の業務もなく、年内最後の就業日をツツガナクこなし、
一緒に働くヒトビトと3時にはケーキまで食べ、仕事を納め、
実家では2010年日本最後の夕食を食べ、
いつものように、余裕を持って空港に出かけたのであった。

今日はタイ国際航空の深夜便でバンコクに向かう。
22時に開いたばかりのチェックインカウンターに並び、
すぐに自分の順番が来たので、
Eチケットの控えを出したのだった。

これを購入されたときのクレジットカードは
お持ちではないですか?

という問いに、一瞬意味がわからなかった。
だって、すでにクレジットカードは一緒に渡し済みだったからだ。

番号が違うようですが、
との声にもまだ事態の重大性がわかっていなかった。

カードの番号がなければ、
ボーディングカードの発行ができないのですが、、、

との係員の説明にも、

そういえば忘れたなー、どうにかならないの?

というも、よく話を聞くと、
タイ国際航空ではクレカの番号を
ボーディングカード発券のパスワードにしているんだという。
ホームページにかように書いていただければ、
ぼくだって家中にある、すべてのクレカを持ってきたのだが、
そのような詳細な説明はなかったので、
てっきり簡単なチェックを行うのみだ、
と勝手に思っていたのんだ。

それぢゃしかないな、番号がわかればいいんですね、との問いに、
現物はなくても、番号がわかればけっこうです、
と窓口は柔軟な姿勢で対応してくれる。
なおかつ、クレジット会社のフリーコールの番号まで
教えてくれる周到さだ。

そもそもクレカの番号をパスワードに
ボーディングカードを発券する、
タイ国際航空のシステムの意味が不明ではあるが、
日本のような国ばかりではないのだし、
パスポートよりクレカが信用に足る、
国と地域もきっとあるのだろう。
あるいは、別の理由があるのかもしれないが、
カウンターでのあの様子では、このシステムが故に、
しょっちゅうトラブってるのは間違いなさそうだ。

当該クレジットカードを忘れ、
ボーディングカードが発券されない障害。
これが最初の危機だった。

まず実家へ電話する。

せっかく教えてもらったフリーコールの電話番号だが、
フリーコール故にケイタイでは電話できない。
これが、第2の障害。

実家で電話番号案内にかけてもらって、
フリーコールではない電話番号を調べてもらう。
その間に自分でも公衆電話を探し、
フリーコールにかけてみると、かかった。
公衆電話からは、OKなのだな、と新発見だが、
それを喜んでいる暇はない。

担当のねーちゃんは、ここではわからないので、
と別の電話番号を教えてくれるが、
それもフリーコール番号なので断り、
フリーコールではない電話番号を教えてもらう。

03で始まる番号に電話し、いらいらしながら、
機械音声の質問に答え、
やっとのことで、担当とやらに電話がつながる。

でも、クレカの番号は電話では教えない。
なにがあっても教えない、

の一点張りで、埒が明かない。
これこそが、第3の障害にして、最大の危機だった。

けっこう長いこと話したが、かれらは自分のポリシーを
曲げないばかりか、代案も名案も出そうとはしない
せめて、登録のメールアドレスに送るなりのサービスが
あってもよさそうだ、と思ったのだが、
でったいにそんなことをするつもりはないようで、

おたくのカード番号がわからないと飛行機に乗れないのですよ、
と言っても、それは、わたしの仕事ではない
と言い放たれるに至り、もうだめか、
と観念しかかったのだが、その刹那、ふと思い当たった。

このカードを使用するに当たり、
明細を郵便で送られてくるのが面倒なので、
ネットで明細を確認していたのだが、
そのIDと暗証番号は覚えている。

ネットから、番号の確認は可能ですか?

頑固なカード会社の職員に訊くと、できますよ、だって。
さっさといえよ、と思いながら、電話を切って、
ネット環境を探すよりも、ネット環境のあるとこに電話しよう、
ということで、生き別れの妹宅へ電話する。

ほんとだったら、年末に解約しようと思っていたこのカードを
よくぞ解約しなかったものだ、もし解約してれば、
ネットでの確認はできなかっただろうし、
と土俵際まで追い込まれながら、
徳俵上を巧みに回り込んでる自分を想像してしまう。

幸い生き別れの妹とその家族はまだ起きていたようで、
パソコンで確認してくれ、と某カード会社の名前と、
自分のID・暗証番号を言う。

妹の反応が悪いのに、不審を感じながら、
電話であせって指示を飛ばす。
10分以上かかって、なんとか調べがついてから、話してみると、
焦っていたせいか、1時間以上話し続けていたせいか、
ぼくの声が違って聞こえたらしく、
態度が変だったのは、妙な詐欺と勘違いしていたということだ。

なら、最初にいえよって。

せっかくの兄妹の劇的な再会だったのだが、
ゆっくり電話で話している暇はない。
急いでカウンターに戻り、カードの番号をいうと、
プリンターからぼくのボーディングカードが出現した。

ああよかった。

もう少しで飛行機に乗れないか、
チケットの買いなおしをしなきゃいけなくなるところだった。

出かけるときは忘れずに
というのはこういう意味だったのだな、
と得心しつつ、深夜のラウンジで、
飛行機のゲートが開く時間を待つのだった。

  

  

▼ちなみに、帰国後すぐ、そのカードは解約した。
だって、持っててまた使用したら、同じ目にあう可能性あるしさ。
タイ国際航空のチケットを購入する可能性があり、
クレジットカードを複数持ってる限り、
自分の番号を教えてもらえる会社のカードを使用するのが安全、
という結論だったわけっす。

▼メリークリスマス@バンコク
T

2011年3月 7日 (月)

ダ・タロー

もし敵の秘密を知ったら、友達へも話すな。
金儲けの秘訣 ・第97条)

 
 

Mozart

 

人生は謎に満ちている。
ここで繰り返し、述べてきたフレーズだ。

そんな謎のなかで、いつまでも謎のまま、のものもあれば、
ある日突然、解けてしまう、ものもある。
今日のんは、突然ぼくの脳内で閃きがあり、
解けたような気がした、謎の話だ。

浪花のモーツァルト、の名をほしいままにする、
とある作曲家の頭髪が不自然だ、ということは、
関西人の、共通の認識になっていることであるが、

なんで不自然であるか

これはさしたる問題でない、とぼくは思っている。

問題は、

なぜ不自然にもかかわらず、
あのようなものをかぶっているのか、
あるいは、かぶらねばならないのか、

ということにある。

これに関しては、決定的な学説も解もないまま、
今日に至っていたのであるが、元来繊細な問題である。
本人に訊けば、簡単に解けるかもしれない、
というのもまた真理であろうが、
そんな繊細な性質のものをかぶっているヒトに、

なんでかぶってるの?

と訊くのは、かなり無神経なヒトでも勇気がいるだろう。
それよりは、黙ってよそのヒトがその謎を解明する日を
待った方がよい、というのも、また自然な発想である。

そういう日常のなかで、ぼくのなかで、
まるで天啓のようにひとつの考えが浮かんだのだ。

なんであんなものを頭に乗っけているのんか。

そのヒントは、かれの別名のなかにあった。
そう、浪花のモーツァルト、それに、だ。

ここにも書いたことがあるのだが、
ぼくの好きな映画のひとつに、アマデウス
というのがある。

そのなかに、こんな場面が確かあった。

かれがそれを販売している業者と話しているときに、
たくさんのそれを気に入り、選びかねて、

頭が3つほしい

という冗談を言ったのだ。

音楽室にかけられていた、昔の音楽家の肖像画は、
みんな重そうな頭をしていたが、
実はあれは当時のおしゃれ、であって、
正装ではそれをかぶっていたのんだ。
今でもイギリスの裁判官は、
同様にそれをかぶっていたと記憶しているが、
そう、浪花のモーツァルトたるかれも、
音楽家としてのたしなみ、というか、
偉大な作曲家としての証左、というか、
そのための正装として、かぶっていたに過ぎなかったわけだ。
それが意識的にしろ、あるいは、
無意識に、だったにしろ、だ。

そんなこともわからないぼくたちの、
なんと無粋で、下世話だったことだろう。

ただぼくたちに、多少弁解の余地があるとすれば、
音楽室の山田耕作氏は、つるっぱげだったことだ。
あれは、正装前の姿だったのか、それとも、
髪はあったにもかかわらず、禿ヅラをかぶっていたのんか、
それは別の研究結果を待ちたいと思う、
まだまだ解くべき謎の多い、おっさんなのであることだよ。

▼ちなみに、バンコクで見かけたこの看板のヒト、
少し浪花のモーツァルトに似てはいませんかい?

Kida

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