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2011年2月27日 (日)

PDAをほおりだす

ものを手に入れる時、必要以上に金を使わない。
金儲けの秘訣 ・第3条)


今世紀に入ってから、もう10年が過ぎた。
2011年に入っている。

その前あたりから、仕事もプライベートも、
デジタル化の大波にさらされることとなった。
ワープロで業務をしていたのは、
ウィンドウズ98の出る前後までだった、記憶がある。

その後は、PCはウィンドウズがOSのものを、
文書関係は、ワードエクセルを使用し、
公私ともビルゲイツに金玉握られて、生活を送ってきたわけだ。

ところが、最近その流れが変わってきたように思う。
iPodの成功から勢いの続くアップル、それから今までの
ビジネスモデルを破壊し続けるグーグルの台頭だ。

グーグルの資金源に関しては、専門書を読んでいただくとして、
とりあえずかれらが無料で提供し続ける様々なサービスが、
ぼくらのPCライフを変貌させてきたのは間違いないだろう。

ぼくもなるべく無料のサービスを利用するべく、
最近いろいろと考えたのだった。

ぼくの一番のこだわりは、スケジュール管理だ。
なるべく手間をかけずに、完璧にスケジュール管理を行いたい。
この一点のために、ずいぶん今までお金を使ってきたように思う。
もちろん、それで得たものを大きかったが。

まず紙の手帳を捨て、ここ10年間Microsoft社が
有料で提供するoutlookを使用し、
そのデータを同期し持ち運ぶために、
さまざまな試行錯誤と投資を行ってきた。

しかしながら、昨年の夏から、outlookを放棄し、
Googleカレンダーを使用し始めた。
その方がより便利そうで、なおかつ、無料だったからだ。

その結果、今まで使用してきたPDAも必要なくなってしまった。
ネットで直接スケジュールを見ればいいのだし、
ネット環境のないところでもPCではもちろん、
iPod touchでも予定の確認が可能だからだ。

デジタルデバイスがこんな便利になっているのに、
まだ紙の手帳にこだわるヒトも多い。
それはそれで、その御仁には意味のあることなのだろうが、
紙の手帳は、ポップアップで予定を知らせてくれたり、
はするのんか。
紙の手帳は、メールで予定を知らせてくれたりはするのんか。
失くした場合に備えてのバックアップは、
どうやってとっているのんか。
毎年新しい手帳を買うのは、邪魔臭くはないのんか。
いちいち筆記用具を手に持って、
字を書く作業は辛気臭くはないのんか。
予定が変更になったとき、も一度筆記用具を手に持って、
字を書く作業に絶望を憶えないのんか。
予定が多すぎて、記入欄から溢れたときは、どうするんだよお、
などと大人気なく喧嘩を売ってみる、
おっさんなんであることだよ。


▼ちなみに、なんで喧嘩腰か、というと、
以前紙の手帳派の知合いに、
電気のないところではどうやって予定を確認するんだ、
という敵意ある意見を述べられたからだ。
あっしの場合、今まで行ったなかで一番不便な場所は、
ラオスか、ミャンマーか、ボルネオ島だと思うけれど、
電気のないところはなかったんだよねー。
ま、そいうこと。

▼ちなみに、iPadをちかぢか買ってしまいそうな予感がする。
今は新型がこの春にもでるらしい、ということで、
自分の衝動を押さえ込んでいる。
新型iPadは、ずいぶん目方が軽くなり、カメラがつくらしい。
しばらくむばらく我慢の日々である。

▼写真は本文とでんでん関係ない、
バンコクの路上で出会った、サンタ嬢。

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2011年2月20日 (日)

bmi

自分の医者を相続人に任命する奴は馬鹿である。
金儲けの秘訣 ・第93条)


いよいよ待ちかねていた日が来た。

人間ドックに行った先のお医者さんの勧めにより、
いやいやながら体重を減らすべく、
不断の努力を重ねておった
のではあるけれど、
ついに目標値を下回ったのんだ。

もちろん、体重は増減するものなので、ここですべて終わり、
今日からどんな生活をしてもよい、というわけではないけれど、
それがどんなものであれ、自分が決めた目標をクリアする
ということがうれしくないわけがない、
といわゆる、二重否定で、喜びを表現したみたりする。

ぼくの目標は、BMIで25を割ることだった。
日本では、このラインが肥満とそうでない者を分ける
ひとつの目安、ということになっている。
ちなみに、世界的には、30、という国が多いらしい。

なんで日本と他の国々が違うのか、というと、
日本人には、体重が少なくとも成人病の症状が
出やすい体質の者が多い
せいだ、
という解説をどっかで読んだような気がするが、
それ以外に、他の国、たとえば、アメリカ合州国民の肥満者を、
日本と同様の25以上、と規定してしまうと、
とんでもない数になってしまうからなのでわ、
とか思ったりしているのだが、どうなんだろか。

さて、今後の方針であるが、あと3キロほどは、
1年くらいで落とすべく、引続きがんがってみようかな、
とは思っている。
次の人間ドックまでは、別の大きな目標は立てず、
人間ドックでの健康状態を確認してから、
今後のことを決するのんがよかろうかな、と。

もうひとつ、このブログだが、
名称を変更する必要があるかも知れぬ。

ぼくはすでに、でぶ、ではないのんだ。

ちちん元ぷんぷい、とか、
ちちんぷんぷいだったときもあった男、とか、
ちちんもうぷんぷいとは呼ばせない、とか、
ちちんぷんぷいって誰のこと?、とか、
ちちんお前の方こそぷんぷい、とか、を検討しているが、
こればかりは、また元の木阿弥になる可能性も多々ある。

名称変更後、ちちんやっぱりぷんぷい、とか、
ちちん定位置はぷんぷい、とか、
ちちんりばうんどしてぷんぷい、とか、
ちちんしょせんぷんぷいはぷんぷい、とかに、
再変更するのもけっこうかっこ悪そうなので、
しばらく様子をみようかな。

でわ、元ぷんぷいは帰るぞ。

 
 

▼因果関係はよくわからないのだが、
冬場寝ている最中によく足がつる、ということがあり、
経験的に痩せるとでないのだが、この冬は、安眠が続いている。
ちなみに、血糖値とか、脈拍数とか、尿酸値なども、
いい線にきているのではないだろうか、
と推測しているのだが、今しばらく様子を見よう。
半年後の人間ドックが楽しみなのは、人生初の経験だ。
うふふ。。。(←旅猿の奥貫薫さん風に)

▼写真は、パタヤでみかけた豚の丸焼き。

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2011年2月13日 (日)

レス

セックスと収入はどちらも長続きしない。
金儲けの秘訣 ・第4条)


最近日本では、夫婦間で長期にわたって、
ある行為が行われないような事態が数多く起こっている、
という話を聞く。
ぼくは独身者で、当事者になりたくともなれない、
わけであるけれど、他人事ながら、
それが双方が望んで発生している場合を除いて、
深刻な悩みになるだろうことくらいは想像ができる。

当事者による、理屈はいろいろとあるようだ。
それについては、ぼくは意見を述べるつもりはない。

興味があるのんは、なんでそういうことが発生するに至ったか、
という背景の方だ。

以前からきっとそのような事態は発生していて、
ただ表立ってはいなかったのだ、という見方もできるだろう。
そうでない可能性もあるだろう。
そうでないのなら、なんで今、そんな事態が蔓延しているのんか、
ぼくはそれを知りたいと思ったわけだ。

こういう場合、ぼくのスタンスとして、とりあえずこう考える。
ヒト、も動物の一種である。
動物行動学的な視点で考えて、答えは出ないものか。

思いついたのは、ヒトには発情期はない、ということだ。
年柄年中発情している、ともいえる。
ほとんどの野生動物は、一番都合のいい時期に発情し、
子を設けようとするのに対し、
ヒトはこの件に関しても異端の存在といえる。
例外は、一部のサルの仲間だけらしい。

なんでそういうことのなったのか、について、
たしかこのようなことを聞いたことがある。

ヒトのオスはなるべくたくさんのメスに子を孕ませたいが、
メスの方は産んだ子を確実に育て上げたい。
産ませる性と産むの性の性質の違い、である。
子育て期間の間も他の発情したメスのところへ行かせず
自分と子どものためにえさを取ってくるように仕向けるため、
ヒトのメスは、さも子が産める状態であるかのごとく、
ずうっと発情し続ける、という戦略生物として選択した、と。

そしてここで、日本における今日的な、
男女関係の状況を考えてみる。

今や日本では、人類の歴史上、かつてなかったほど、
子を持った女性にとって、
配偶者であるオトコの必要性が、薄くなっている。
かれが他の女性の元に走ろうとも、
法律や社会が子育てに必要なモノを与えてくれたり、
カノジョと子どもの権利を守ってくるようになっているのんだ。

ヒトのメスも、自分の子どもが、
配偶者がいなくともきちんと成長するのであれば、
別の配偶者を得て、違うY遺伝子を使い、
子孫を残した方が、生物学的には有利、だという。
そんな戦略に打って出る、メスがいてもおかしくない、
ということだ。

そのような状況のなかで、配偶者であるオスに対して、
発情をやめてしまう個体がでてきた、というのはある意味、
生物として自然な流れかも知れんね、
とか、考えてみたんだが、で、どうするよ、
あれ、あんまり自分の人生には影響ないなー、
月に吠えてみる負け犬系おっさんなんであることだよ。



▼ちなみに、負け犬、という言葉はあるが、
負け猫、とか、負け馬、とか、負け鶏、とか、負け豚、とか
いうフレーズはあまり使わない。
きっと存在していると思うのだがね。
村上春樹氏の「日出る国の工場」によると、牧場における、
負け牛(という言葉は使われていないが)の末路、は、
ヒトのオス、よりもさらに不幸そうだ。
勝ち牛(種牛ということになるが)も、
負けず劣らず、不幸そうだが。
なんで、シーシェパードやグリンピースは、
行動したり、発言したりしないんだろね、牛だと、さ。
わざわざ南氷洋までいかんでも、
オーストラリアにたくさんいるだろよ。

▼写真は、バンコクで見た、薄幸そうな犬。
しっぽがポイントだな。
なんとなくヒトで言う、肩を落とした感じがでてるよね。

Photo

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