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2010年12月19日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その13)

いよいよこの夏のバンコクともお別れだ。
まあ、タイ側に関しては、常夏なんだけれどさ。

日本に電話してみると、老親たちは無事家に帰り着いていた。
これで本当に安心した。

お昼、久しぶりに、ティダイサンでご飯を食べる。
母親の希望で、鍋ばかりだったから、
ずっと前を素通りしていたのんだ。
後日日本で母親から、あのタイ料理屋さん、おいしかったね、
もう1回くらい食べてもよかったね、と言われ、腰がくだけた。

なら先に言えよ。

▼豚肉入り玉子焼き他。ちょいと食べすぎだが、
しばらくここのタイ飯ともお別れだしね~。。。

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T02

T03

  

最終日は、スーツケースの中身を確認して、お土産を買う。
今回は、老親にいろいろ持って帰ってもらったので、
巨大な空間があった。
ただでさえ、大きなスーツケースをもってたびしているのだ。
以前書いたように、
荷物の大きさと煩悩の大きさが比例するとすれば、
まだまだぼくは解脱には至らぬ、
実にいたらぬおっさんなんであろう。

そしてまた、こういうとき、いらないのもんまで
買いこんでしまい、結局重い目をするのは、
煩悩の煩悩たるゆえんだろうか。
今日もサイアムパラゴンで、お土産を探してる間に、
つまらぬものを買い込んでしまい、
あれだけあった空間はすっかり消失してしまった。

夜、またティダイサンでご飯を食べたあと、荷造りをしたが、
必要なのにもかかわらず、捨てて帰らねばならぬモノは、
なんとか出なかった。
場合によっては、さっき買ったものを置いていかねばならぬか、
と情けない覚悟もしていたのんだ。

翌朝、といっても、4時なので、まだ日も出ぬうちに、
目覚ましに起こされる。
飛行機の出発予定時間は、7時過ぎなので、
いやいやだが、起きぬわけにはいかぬ。

チェックアウトして、タクシーを呼んでもらう。
まだ明けぬバンコクの街を疾走するタクシーのなかから、
橋から下を覗き込んでいる男が見えた。

ありゃ、なんだろう?

と運ちゃんに訊くと、あれは釣りをしてるんだ、とのこと。
あんな街なかの川で連れた魚、喰うんだろか、
ぼくなら勘弁してほしいな、と思っていたところ、
運ちゃんが続けて、

ところで、両親にはあえたかい?

と言うではないか。

え?

と思ってしげしげ見るに、
老親を空港へ迎えにいったときに乗った、やはり爺さん、
といっていい年齢の、タクシーの運ちゃんではないか。
なんたる偶然、と最初思ったが、訊くと、いつも夜に働いていて、
ぼくの泊まったホテルんとこで、客待ちしているんだという。
そういや、迎えの時間も早朝だった。

ただそうはいっても、この広いバンコクの、
何万というタクシーのなかから、同じ運転手のタクシーに
乗りあわせたのは、やはりほのかにうれしいものだ。
降りるときに、チップをはずんで、またあいましょう、
と別れたのだった。

Taxi

空港に着いたのは、5時少し前。
なんとタイ航空の国際線カウンターは、5時からしか
開かないらしく、ゴールドカード用カウンターにも係員がいない。
てっきり24時間やってるものだと思い込んでいただけに、
これ豆知識な、と独り言をいいつつ、係員を待つのであった。

台北行きの便は、どうも機材変更になったようで、
1時間ほど予定時刻から遅れたうえ、
ゲートから飛行機ではなく、地べたに降りて、バスに乗せられる。
日本に帰ってから聞いたところ、老親も同じ目にあったようで、
しかも、老親の乗るときは、えげつない雨が降っていたそうだ。
整備不良のまま、飛ばれるよりも、
機材変更してもらう方が安全なのかもしれないが、
あんまり機材変更の頻度が高いのも心配だなや。

台北に着いたら、行きと同じ、桃園機場近くの
ノボテル台北にまずはチェックインする。
2タミにシャトルバスのバス停留所があるのはわかっていた
のだが、行きに1タミの出国階でおろしてもらったので、
ひょっとして、1タミに乗り場があるのかも、と思い、
巨大なスーツケースをひきずって、1周回って探すもやはりない。
降りる専用だったことに納得して、
2タミ行きの電車に乗ろうと、空港内に戻ったが、
なんとなくスーツケースの重みが増したような気がした。

まさか子なき爺でもくっついてるのか
とスーツケースをしげしげと見るに、子なき爺はいなかった、
が、ない、車輪もひとついない
スーツケースが重かったうえに、1タミ周りのがたがた通路を
無理にひっぱったのんで、ひとつの車輪が破壊され、
3輪車になっていたのんだ。
しかも、バンコクのトゥクトゥクのように、
従来からの3輪車ではないのんで、
なくなった1輪のところは、引きずってる状態で、
その摩擦係数の上昇が重みとなって、
ぼくの自由な移動をさらに阻害
していたわけだ。

なんてこと。

この後、今日から明日にかけて、この30キログラム以上ある、
3輪のスーツケースで、ホテルに移動して、
またこの空港に戻ってきて、成田に飛び、羽田に移動し、
羽田から関西空港に飛び、
関空から実家そばの駅まで電車で移動し、
そっから、実家まで移動せねばならんのですて。

だからといって、このスーツケースを中身ごと捨てて帰るわけ
にもいかないし、空港に預ける、という手はあるかもしれぬが、
ここで、ぼくは心を決めた。

考えれば、尋常ではない重みをスーツケースに強いた
のも自分なら、そんな状態のスーツケースをひこずって、
がたがたの通路を無意味に移動したのも自分ではないか。
せめて空港内のそこここにある、移動用カートを使用していれば、
車輪もきっと外れてはいなかったろう。

ならば、その責めを負うのは、自分であるべきだ。
上等だ、こっから先、まるでスーツケースの車輪が
4輪きちんとあるように、振舞って、
無事最終目的地の実家まで帰ってやろうじゃないか。

どんどん重くなる、スーツケースを引きずりながら、
まずは桃園機場の2タミに向かう、
意固地に拍車がかかってきた、ぷんぷいに降り注ぐ、
台湾の日差しがまた容赦ないのであったことだよ。

 

 

▼バンコクのホテルの女性従業員の頭に刺さった鉛筆×3

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