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2010年12月23日 (木)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その14)

長いかったような、短かったような、
今年の夏休みも今日で終わりだ。
そんな日の朝は、ノボテル台北の、
シングルルームのベッドの上で目覚めた。

行きに泊まったとき、バスタブがあったので、
あれっと思ったのだが、帰りはシャワーのみの部屋だった。

台湾人的には、あんまりバスタブでゆっくり風呂につかる
習慣がないらしく、安い宿に泊まると、
今までもバスタブがないことはあったものの、
比較的高級な部類に属する、このホテルでも、
原則シングルの部屋にはバスタブがないらしい、
とのいうのは、少し不思議な気がするな。

別にいいのだけれど、部屋の占有面積のうち、
バスタブに占める割合がそんなに大きいとも思えないのだが、
他になにか特別な理由があるのだろうか。
まさか、バスタブを持って帰る客もいないだろうし。

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昨日は、ホテルにチェックイン後、台北市内まで出かけ、
性懲りもなく、また少しDVDを買って帰ってきた。
スーツケースに隙間がなかろうが、車輪がひとつ不足してようが、
お構いなしのこの性格、実はけっこうラテン系かもしれない。

▼巨大スリッパ@台北地下街
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▼悩みの内容は日本人とご同様ですか。
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飛行機の昼からだが、少し早めに空港に向かう。
このノボテル台北も気に入ったが、
2週間前に泊まったときの記録が、
アコーホテルのメンバーズカードに反映されていない。
最近、バンコクではアコー系に宿泊することが多く、
ゴールデンウィークからメンバーズカードに加入したところ、
10泊のシルバーメンバー、というのに昇格している。

1年で30泊すれば、ゴールドメンバー、
というのになれるらしいのだが、これがけっこう微妙な情勢で、
このノボテル台北の2回分が積算対象外であると、辛いよな、
とこういう積算系のメンバーシッププログラムに嵌りやすい、
おっさんは悩むのであった。

しかしながら、友人知人に馬鹿にされながら手にした、
ANAのスターアライアンスゴールドメンバーの資格は、
現在もわが手にあり、
あの当時の修行は、もう楽に元を取ってると思うし、
こういう成功体験から逃れられるほど、
ぼくは人間ができていない。
これこそ、煩悩、といっていいかもしれない。

チェックインを済まし、空港内のエバー航空のラウンジで、
朝ごはんを食べる。
ここにソーセージがある限り、
台湾ではわざわざ別途朝ごはんを食べることはないだろう。

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ANA便は無事成田に到着し、こんどは羽田に向かう。
エアポートリムジンバスに乗るため、空港ビルの外に出た瞬間、
あまりの暑さに倒れそうになる。
熱帯圏から日暮れに帰ってきたにもかかわらず、だ。

掛け値なしに今年の8月においては、
ぼくが存在してきた各地域のなかでは、
日本が一番暑かっただろう。
なんなんだろうね、まったく。

でも、日本だなー、と思ったのんは、バスに乗る際に、
スーツケースのチェックが入ったことだ。
あとでお前壊したろ、と言われないためなんだろうが、
台湾ではシャトルバスに乗る際も、ホテルでも、
空港のチェックインでも何も言われなかったのに、
日本に帰ってきたとたん、ちゃんと確認が入った。

ああ、これ、台北で壊しちゃって、と答えて、荷物を預ける。

羽田のANAカウンターでも、チェックイン後、
ねーちゃんが追いかけてきたので、
携帯番号でも教えてもらえるのか、と思ったら、
車輪故障の確認だった。
日本の企業はどこもかしこもきちんとしてるよ。

国内線も多少遅れたものの、なんとか到着し、
駅から実家まではいやいやタクシーに乗る。
バスは、もう最終が出た後だったし。

遅い夕食を実家で食べた後、さすがに疲れてたのだろう、
いつのまにか、寝てしまっていた。
このスーツケースももう2度とタイに行くことがない、
ということに関して、
スーツケースかれ自身はどう思っているのだろうな、
とちょっとそれが気になった、
おっさんの夏の終わりだったのだった。

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▼譲る、という標識は、台湾よりも、
別の中国人に必要なのでわ、
と思うのはあっしだけではあるまいて。。

2010年12月19日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その13)

いよいよこの夏のバンコクともお別れだ。
まあ、タイ側に関しては、常夏なんだけれどさ。

日本に電話してみると、老親たちは無事家に帰り着いていた。
これで本当に安心した。

お昼、久しぶりに、ティダイサンでご飯を食べる。
母親の希望で、鍋ばかりだったから、
ずっと前を素通りしていたのんだ。
後日日本で母親から、あのタイ料理屋さん、おいしかったね、
もう1回くらい食べてもよかったね、と言われ、腰がくだけた。

なら先に言えよ。

▼豚肉入り玉子焼き他。ちょいと食べすぎだが、
しばらくここのタイ飯ともお別れだしね~。。。

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最終日は、スーツケースの中身を確認して、お土産を買う。
今回は、老親にいろいろ持って帰ってもらったので、
巨大な空間があった。
ただでさえ、大きなスーツケースをもってたびしているのだ。
以前書いたように、
荷物の大きさと煩悩の大きさが比例するとすれば、
まだまだぼくは解脱には至らぬ、
実にいたらぬおっさんなんであろう。

そしてまた、こういうとき、いらないのもんまで
買いこんでしまい、結局重い目をするのは、
煩悩の煩悩たるゆえんだろうか。
今日もサイアムパラゴンで、お土産を探してる間に、
つまらぬものを買い込んでしまい、
あれだけあった空間はすっかり消失してしまった。

夜、またティダイサンでご飯を食べたあと、荷造りをしたが、
必要なのにもかかわらず、捨てて帰らねばならぬモノは、
なんとか出なかった。
場合によっては、さっき買ったものを置いていかねばならぬか、
と情けない覚悟もしていたのんだ。

翌朝、といっても、4時なので、まだ日も出ぬうちに、
目覚ましに起こされる。
飛行機の出発予定時間は、7時過ぎなので、
いやいやだが、起きぬわけにはいかぬ。

チェックアウトして、タクシーを呼んでもらう。
まだ明けぬバンコクの街を疾走するタクシーのなかから、
橋から下を覗き込んでいる男が見えた。

ありゃ、なんだろう?

と運ちゃんに訊くと、あれは釣りをしてるんだ、とのこと。
あんな街なかの川で連れた魚、喰うんだろか、
ぼくなら勘弁してほしいな、と思っていたところ、
運ちゃんが続けて、

ところで、両親にはあえたかい?

と言うではないか。

え?

と思ってしげしげ見るに、
老親を空港へ迎えにいったときに乗った、やはり爺さん、
といっていい年齢の、タクシーの運ちゃんではないか。
なんたる偶然、と最初思ったが、訊くと、いつも夜に働いていて、
ぼくの泊まったホテルんとこで、客待ちしているんだという。
そういや、迎えの時間も早朝だった。

ただそうはいっても、この広いバンコクの、
何万というタクシーのなかから、同じ運転手のタクシーに
乗りあわせたのは、やはりほのかにうれしいものだ。
降りるときに、チップをはずんで、またあいましょう、
と別れたのだった。

Taxi

空港に着いたのは、5時少し前。
なんとタイ航空の国際線カウンターは、5時からしか
開かないらしく、ゴールドカード用カウンターにも係員がいない。
てっきり24時間やってるものだと思い込んでいただけに、
これ豆知識な、と独り言をいいつつ、係員を待つのであった。

台北行きの便は、どうも機材変更になったようで、
1時間ほど予定時刻から遅れたうえ、
ゲートから飛行機ではなく、地べたに降りて、バスに乗せられる。
日本に帰ってから聞いたところ、老親も同じ目にあったようで、
しかも、老親の乗るときは、えげつない雨が降っていたそうだ。
整備不良のまま、飛ばれるよりも、
機材変更してもらう方が安全なのかもしれないが、
あんまり機材変更の頻度が高いのも心配だなや。

台北に着いたら、行きと同じ、桃園機場近くの
ノボテル台北にまずはチェックインする。
2タミにシャトルバスのバス停留所があるのはわかっていた
のだが、行きに1タミの出国階でおろしてもらったので、
ひょっとして、1タミに乗り場があるのかも、と思い、
巨大なスーツケースをひきずって、1周回って探すもやはりない。
降りる専用だったことに納得して、
2タミ行きの電車に乗ろうと、空港内に戻ったが、
なんとなくスーツケースの重みが増したような気がした。

まさか子なき爺でもくっついてるのか
とスーツケースをしげしげと見るに、子なき爺はいなかった、
が、ない、車輪もひとついない
スーツケースが重かったうえに、1タミ周りのがたがた通路を
無理にひっぱったのんで、ひとつの車輪が破壊され、
3輪車になっていたのんだ。
しかも、バンコクのトゥクトゥクのように、
従来からの3輪車ではないのんで、
なくなった1輪のところは、引きずってる状態で、
その摩擦係数の上昇が重みとなって、
ぼくの自由な移動をさらに阻害
していたわけだ。

なんてこと。

この後、今日から明日にかけて、この30キログラム以上ある、
3輪のスーツケースで、ホテルに移動して、
またこの空港に戻ってきて、成田に飛び、羽田に移動し、
羽田から関西空港に飛び、
関空から実家そばの駅まで電車で移動し、
そっから、実家まで移動せねばならんのですて。

だからといって、このスーツケースを中身ごと捨てて帰るわけ
にもいかないし、空港に預ける、という手はあるかもしれぬが、
ここで、ぼくは心を決めた。

考えれば、尋常ではない重みをスーツケースに強いた
のも自分なら、そんな状態のスーツケースをひこずって、
がたがたの通路を無意味に移動したのも自分ではないか。
せめて空港内のそこここにある、移動用カートを使用していれば、
車輪もきっと外れてはいなかったろう。

ならば、その責めを負うのは、自分であるべきだ。
上等だ、こっから先、まるでスーツケースの車輪が
4輪きちんとあるように、振舞って、
無事最終目的地の実家まで帰ってやろうじゃないか。

どんどん重くなる、スーツケースを引きずりながら、
まずは桃園機場の2タミに向かう、
意固地に拍車がかかってきた、ぷんぷいに降り注ぐ、
台湾の日差しがまた容赦ないのであったことだよ。

 

 

▼バンコクのホテルの女性従業員の頭に刺さった鉛筆×3

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2010年12月16日 (木)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その12)

老親のバンコク最後の日は、10時のチェックアウトから、
一日を始めた。
Mayちゃんに、年寄りがお世話になりました、と挨拶をして、
朝ごはん替わりに、ランナム通りのスーパーの8番ラーメンで、
軽くざるラーメンを食べる。

Q1

 

今日は、遠出というわけにいかないので、市内を出る予定はない。
まず中華街に、タクシーで向かう。
てらてら街を見た後、適当な金行に入って、
母親に金の指輪を買う。

これは、当初母親が言っていた、数少ない希望の一つで、
中華街ならいつでも来れる、ということで、
後回しになっていたのんだ。

指輪の重量は、3.79グラム。
3790ミリグラム、といってもいいのだが、
金の重量であんまりミリグラムは使わないよな。

手数料やらを含め、4980バーツ(約14000円)、
とのこと。
ついでに、ぼくがいつもしている腕輪を測ってもらうと、
18000B(約50000円)はするよ、といわれ、
とてもうれしい。
指輪の手数料が、たぶん500バーツ(約1400円)で、
この腕輪は、15~16グラムの重さがあるということだろう。
10年くらい前だと思うけれど、買ったときは、
1万円台だったと思うので、
けっこう儲かってるのでわないだろか。
ちなみに、家で調べてみると、タイで買った、
23金の金製品がけっこうあって、今の価値なら、
全部で30万円ほどにはなりそうだ。
ぼくが買ったもののなかで、ほとんど唯一の価値の上がったもの、
といっていいかもしれない。

以前に行ったことがあるかもしれない、ということで、
今日まで来るかどうか最後まで決めかねていた、
ワットポー(涅槃寺)、ワットアルン(暁の寺)へ
老親と行くことにした。
話を聞いていると、王宮はまず間違いなく行ったことあるようだし、
ワットアルンもたぶんそのとき行っている、
ワットポーも行ってるっぽかったが、
まあでんでん何にも見ないのもなー、
ということで最後に行くことにしたのんだ。
中華街からも遠くないし。

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Q3

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Q5

 

結果的に、ワットポーはどうも初めてだったようで、
ああよかった、と思ったことだ。
ワットアルンは、入場口までは行ったものの、
前に来たのでもうええよ、と言われ、
すごすごと引き返すことにした。

その後、タクシーでサイアムスクエアに戻り、マンゴタンゴ、
というマンゴーを使用したデザートの専門店を探す。
実家で母親が、たまに日本産のマンゴーを数千円も出して
買って出してくれたりするのを、常々ぼくは苦々しく思っていて、
タイなら、たったの数百円なんだよ、
と買わないよう説得するために、
今日はこの店のおいしいタイ産のマンゴーを食べてもらおう、
という意図だったわけだ。

Q6

Q7

Q8

Q9

Q91

地図を見ながら、探すも、なかなかたどりつけない。
ようやくそれらしい場所に来ると、
あるはずの場所がどうも剣呑な雰囲気だ。
この辺の建物が火事で燃えたらしく、でんでんなくなってる
わけではないものの、店が営業している感じはない。
たぶん、バンコクで赤シャツさんが鎮圧されたときに、
燃えちまったのだろう。
せっかく探してきたのにな、とがっかりして、帰ろうとしたら、
近所の路上で営業しているのではないか。
タイ人って、なかなか生命力あるよね。

いよいよ空港に向かう時間も近づいてきたのんで、
最後にバイヨークスカイの展望台に登ることにした。
一人前、200バーツ(約560円)。
まあ、なんとぼったくり。
すっかりバーツでの物価に慣れてきた、老親たちも、
高い、に2票だったが、せっかくだから、ね。

でも、景色はよい。
値段も高いが、建物の背も高いからね。
100万ドルの夜景、ならぬ、200バーツの景色だわな。

とくに、屋上展望台は回転式で、暑かったけれど、
ここだけでしか見ることができないのは間違いないしさ。

Q92

 

ホテルに帰り、ぼくの部屋に置いていた荷物を持って空港へ行く。
タクシーでパヤタイ駅に行って、エアポートリンクに
乗る予定だったが、ラチャプラソン駅に連れて行かれる。
6時半ころのエアポートリンクに乗った。
今週いっぱいはまだただだし。

空港のブラックキャニオンコーヒーでパッタイ、ヤムウンセン、
ソーセージのセット、という軽い夕食を3人で摂る。
父親は、タイのビールがあんまり好みでないようで、
ずっとハイネケンを飲んでいたのだが、
この店には、ハイネケンから派遣されただろう、
ハイネケン服のねーちゃんがいて、
せっかくだから、と父親と記念写真を撮ってもらう。

Q99

このタイ、という国に、5日ほど老親と一緒にいて思うことは、
この国の人びとはほんとに老人に親切だ。
電車に乗っていると、さっと席を替わってくれるのは当たり前で、
そのほか、なにかと親切にされることが多かった。
むかしの日本、ぼくが子どもだったころの日本も
そんなだったよな、でも今は、、、

ともう帰ってこない、よき日々を思い出す。

タイ航空便のカウンターでチェックインするときに、
今日は年寄り2人だけで、と言って、
チケットとパスポートを差し出したときの係員も、
あんまりこの会社の職員がふだんのぼくには向けてくれない、
笑顔をくれたのだった。

すりガラスの壁の隙間から、
無事出国審査を通過するまで見送って、あー、やれやれ、
と久しぶりの孤独なバンコクに浸るのだった。

空港からの帰りは、もう無料のエアポートリンクが
終わっている時間で、551のバスに乗ろうとしたのだが、
なかなかにやってこない。
ふと後ろを見ると、アヌサワリーと書かれた、
ロットゥがいるではないか。
うら若い女性の係員に、40バーツ払って、ほどなく出発するが、
驚いたことに、さっきの女性が運転手だった。

動いてからは早かった。
おかげで一瞬早く雨を避け、閉まりかけていた免税店から、
地下の駐車場を抜けて、ホテルへ帰り着くことができた。
新ルートだな。

激しい雨の降る様子を窓から見ながら、
さあて風呂でも入って寝るか、と思う、
おっさんのバンコクも、あと30数時間なのだ。

2010年12月14日 (火)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その11)

今日は、カンチャナブリへ行くことにした。
母親がむかし、戦場にかける橋、という映画を見てから、
いっぺんいってみたい、と言っていたのだが、
バンコクからだとけっこう距離があるし、どうかな、
と考えていたのだが、
バンコクに来てからの老親たちの様子を見るにつけ、
これは大丈夫だな、と思ったこともあるし、
バンコクにいても、とくに興味のあるものはなさそうだし、
なによりロットゥー乗り場のにーちゃんに、先週、
カンチャナブリまで、2時間か2時間半で着くよ、
といわれたこともあって、ちょっと天候に不安はあったものの、
ええいままよ、と出かけることにしたのんだ。

10時にホテルに出るときに、Mayちゃんに、
今日はどこに行くの?
と訊かれたりしながら、ランナム通りに面した、
スーパーマーケット横のロットゥー乗り場に向かう。

料金は、ひとり前、120バーツ(約340円)。
10時半発と聞いていたバスではあるが、
11時過ぎまで動かない。
ある程度、満車になるまで待つのは、タイに限らず、
発展途上国の交通機関では当然なのかもしれないが、
今までたまたまあんまり待たずに済んでいたので、
ちょっといらいらする。
しかも発車してからも、けっこう途中で乗り降りがあり、
思ったよりも時間がかかる。
結局14時少し前にカンチャナブリに着いた。
バスに乗り込んでから、4時間近く経っている。

2時間、という頭があったから、倍近くかかっている、
という風に感じるのも、いらいらの原因だ。

バスターミナルから、ソンテウを貸切りで、
クワイ川鉄橋に向かう。
ひとり50バーツ(約140円)で、
片道150バーツ(約420円)、
往復で、300バーツ(約840円)でどうだ、
といわれ、OKする。
値切れば、まだまだ安くなっただろうが、
100円、200円のために、時間を使うのもうっとうしいし、
これもタンブン(徳を積む行為)だしね。

2~3キロも走ったろうか、むかしの記憶よりは
ずいぶん観光地化した、鉄橋についた。
1時間ほど橋と駅を見る。
小腹が減ったが、しっかり食べるほどではない、とのことで、
台湾バナナ、というのか、小さなバナナを1房買って、
老親と3人で分け合って食べた。

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行きのロットゥーが時間がかかったので、帰りは、
モチットのバスターミナル行きのロットゥーに乗った。
15時過ぎに出て、17時半頃に到着したものの、
ここでぼくはひとつ判断ミスをした。
モチットのバスターミナルから、そのままサイアムに行こう
として、えらい渋滞にはまってしまったのだ。

タクシーの運転手の意見を聞きいれて、
まずラマ4世通りまで高速道路に乗り、
ここまではあって間だったのだが、
こっからでんでん車が動かない。
やはりBTSのモチット駅まで行ってもらうが、
正解だったようだ。

やっと18時半ころ、サイヤムセンターについた。

今日の夕食は、コカレストランでのタイスキで、
店員が妙に偉そうだったのには違和感があったものの、
鍋を選んだ張本人たる、母親によると、
ここが一番おいしかったそうだ。

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今日は、おにぎりは買わずにホテルへ帰る。
老親たちにとっては、バンコクで眠る、最後の夜だ。

2010年12月12日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その10)

今日も朝10時にホテルを出る。

どういう風に1日過ごすか、昨晩に考えたのだが、
今日は鉄道を使って、バンコク近郊にたびしてみようと考えた。
目指すは、メークロン、という街だ。

実は数年前、この街には行ったことがある。
原稿を書きかけて長らくほおっっっていたのだが、
今回のたびを書き始めてあわてて完成させて、
アップしたのは、先月のことだ。
先にあげといた方が、なんでそんなとこに老親を
連れて行こうとしたか、わかりやすいよな、
と思って急ぎ書き上げたのだ。

前回は、乗継ぎの待ち時間が長く、
いまいち効率的な移動、とは言いがたかったが、今回は2回目
でもあるし、敢えてタイトな乗継ぎに挑戦しよう、と考えた。

12時ころのトンブリ・ウォンウェンヤイ駅発、
マハチャイ13時10分着、そっから渡しで、川向こうの
マハチャイ駅に移動し、13時半発のメークロン行きに乗る。
これが可能であれば、ほぼ待ち時間なしに、
スムースにメークロンにいけるプランで、時間帯も都合が良い。
しかしながら、前回は、これは間に合わないよ、といわれて、
ウォンウェンヤイ駅を10時半だかに出発する汽車に乗ったのだ。
しかもマハチャイでの乗継電車は、今回の予定列車と同じだから、
待ち時間が長くてかなわなかったのんだ。

12時にはまだ時間があったので、高架鉄道BTSの
サパンタクシン駅で途中下車し、船でサパンプットへ行く。
トンブリへ行く前に、中華街をみせてやろうと思ったのんだ。
船での移動は今回初めてだし、
チャオプラヤ川も見せといてやろう、というつもりもあった。

▼チャオプラヤ川の船上にいた小坊主
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サパンプットから、歩いて辿りついたのが、
中華街というよりは、インド人の多い地域で、
かれらに囲まれると、体感温度が上がる、というか、
暑苦しさが増すような気がするのは、ぼくだけだろうか。

結局、隣り合ってる中華街までは時間切れで行けず、
そっからタクシーでウォンウエンヤイ駅に向かう。
間に合うだろか、と心配したが、飲み物を買う余裕さえあった。

▼駅
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車窓から見える風景を両親は一応楽しんでいるようだ。
ただ、1人当たり10バーツ(約28円)なので
文句はいえないが、クーラーがない車両はけっこう暑くて、
窓から入ってくる風も午後にもなると、涼しいとまではいえない。
むかしはクーラーなんかなくて当たり前だったのに、
いつもまにか人間がやわになってしまったのかもしれない。

13時10分にマハチャイ駅に着。
ぴったり時間通り55分でついてよかった。
後は川を渡るだけなのだが、ここで問題が発生した。
川向の駅行きのボートの操舵士、というとたいそうだが、
船の運転手がいないのだ。
このボートなのは、間違いない。
留守番している犬に覚えがある。
犬は、ぼくのことを必ずしも、覚えてはいなかったようだが。

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どんどん時間はせまってくるが、結局操舵士は現れず、
一縷の望みを託して、駅までは行かず、単に川を渡るだけの
汽船に乗ることにしたが、そこで13時30分。
そこにいた、リキシャのおぢさんに、駅までいくら?と尋ねると、
汽車にはどうせ間に合わないよ、といわれ、諦めて、
乗ってきた汽船で戻ることにした。
リキシャのおじさんは、余計なことを言わなきゃ良かった、
とあとで思ったろう。

ただマハチャイの川はなかなかいい感じで、
それだけはけっこうすがすがしかったかな。

帰りは、もうあの汽車に乗りたくなかったので、
バス乗り場を探す。
たぶんアヌサワリー行きのロットゥーがあるだろうと思って、
飲み物を売ってる店屋のおやじさんに訊くと、
あっこから出てるよ、と指差された。
道じゃん、と思って近づくと、道にバンが止まってる。
けっこうヒトが乗ってるので、3人乗れる?
と恐る恐る尋ねると、OKで、
次に来たねーちゃんは、満員で断られてたから、
ここのタイミングだけはよかったな、と思いつつ、
3人分150バーツ(約420円)支払ったのだった。

約45分で着いたバス停は、高速の出口の高架下、
というような感じのところで、アヌサワリー近辺は
今までずいぶんうろうろしてたつもりだったけれど、
ここは知らなかったな、と思う。
便利だし、けっこうたくさんのロットゥーがとまっていたので、
いっぺん何処行きがあるのんか、でんぶ調べてみようかな。

まだ夕方だけど、MBKへ移動して、
少し早い夕食を取ることにする。

一旦サイアム駅で降りて、サイアムパラゴン、サイアムセンター、
サイアムディスカバリーセンターと経由して、
MBKへと向かう橋の上で、人間と同じくらいの大きさの、
白い人形が配置されているのに気がついた。
でも、よくみると人間のようにも見える。
いわゆる、パフォーマー、という存在らしい。
子どもが、人形の横に置かれた花瓶に小銭を入れたら、
なんとその人形が礼をした。
子どもはえらく驚いてる。
それじゃあ、札を入れたらどうなるんだろ、と思い、
20バーツ(約56円)を壷に入れてみると、
なんと白い物体は、ぼくに手を差し出したでわないか。

握手?

と思って、ぼくも手を差し出した。
人形の手は、とてもやわらかく、また人肌に暖かかった。

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M2

M4

夕食に関して、母親に訊くと、やっぱり鍋のようなものがいい、
とのことだったので、今日はバーベキュープラザに行く。
ここのバーベキューは、盛り上がった鍋の中央部分では
食材を焼き、鍋の周囲のふちの部分には、
だし汁を入れて、煮る、という料理で、
昨日のMKのタイスキとはちょっとバリエーションをつけてみた。

これも老親には、まあまあ好評で、朝に軽く食べてから、
飲み物とお菓子以外口に入れていない、
という事情もあったにせよ、タイの食べ物で、
まだ拒否反応がいっかいも出ていないことに安堵したのだった。

またあしたのおにぎりをOISHIで買おうとしたところ、
昨日と同じ店員だったのだろう、ぼくらのことを覚えていて、
年寄り達はうれしそうであった。
帰りには、ホテルのそばを歩いたいたら、朝にあった、
部屋の掃除をしてくれる、メイドさんに挨拶される。

ぼくらはいっぺん見たら、忘れられない何かを持ってるのか、
今夜寝ながら、考えてみよう。

2010年12月10日 (金)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その9)

昨晩、お釜ショーを見終わったのが、
9時半になろうとしていた時間帯で、
ランナム通りで軽く夕食を食べて、と思っていたのだが、
けっこう食べ物屋さんが閉まるのも早く、老人2人もぼくも、
あんまりおなかが空いてなかったので、もう今日はええか、
という感じになり、セブンイレブンで、
パンやらソーセージやらを買って、部屋に帰ることにした。

タイまで来て、あんまりうまくもない、というよりは、
まだまだ発展途上、とでもいうべきタイのパンを食べる
のもいかがなものか、とも思うけれど、
考えようによっては、日本のパンのレベルの高さがわかったのは、
老親たちにとって、普通ではない、たびの経験、ともいえるよな、
強引に思ったりしたのんだ。

一夜明けた、親の訪タイ2日目は、さすがに少しゆっくりしよう、
ということで、10時にホテルの部屋を出ることにした。
しかしながら、親たちは、朝8時前から風呂に入ったり、
持参したインスタントの味噌汁を飲んだり、
自分たちなりの朝を過ごしていたようだ。

ホテルを予約したときに、朝ごはんも予約するかどうか、
けっこうまじめに考えたのだが、結局やめてしまった。
もしホテルでご飯を食べたら、きっと他の食事に差しさわりが
でてくるに違いない、と考えたからだ。
せっかくタイに来たのに、ホテルのご飯ばかりが
印象に残るのもなー、と思ったのんだ。
とくに父親は、バイキングだと、つい食べ過ぎる可能性が高い、
というのは、どおも遺伝的な問題か、環境の問題か、
ぼくと傾向が似ている気がするし。

今日は天気がよかったので、アユタヤに行くことにする。
必ずしも今日、と決めていたわけではなかったけれど、
老親たちの昨日の様子を見るにつけ、
あんまり観光やショッピングには興味がなさそうで、
むしろ、乗り物に乗せていると、けっこう興味深そうに、
車窓の景色を見ていたりすることに気がついたからだ。

これからは、乗れる乗り物にはすべて乗り
合い間に観光やらショッピングを入れる、
と昨日の夜に今後の方針を決定したのんだ。
故に天気が許す限り、郊外に出かけ、移動に次ぐ移動で、
正味5日間をもたそう、と考えたわけだ。

10時少し前にホテルを出た。
ますは少し歩いて、アヌサワリーのロータリーで、
アユタヤ行きのバスを探す。
実はウボンから帰ってきたときに、551のバス停側で、
アユタヤ行きの小型バス、ロットゥーというらしいが、
を見かけ、わざわざバスターミナルまで行かなくても、
ホテルの近所から乗った方が楽やん、と思ったわけだ。

実際少し探すと見つかった。
値段もひとり100バーツ(約280円)、10人ほどが乗ると
出発するようで、10時過ぎに発車した。

途中で、数人を降ろし、お前らはどこに行きたいのだ?
と訊かれるも、帰りの乗り場がよくわかるように、
終点まで連れてけ、というのだが、
ぼくのタイ語がつたないせいで、なかなか通じない。

11時にアユタヤ着。
思ったよりも、ずっと早くついた。
アユタヤホテル、という、名前ばかりどおどおとした、
ホテルの前がバスの乗り場、だとわかる。
この小型バス、ロットゥーはとくに老親たちに好評で、
なにより楽でよい、というのがその主な理由だ。
ただ、事故やらがあったときの補償なんかは
期待できないのだろうが、立派なバスに乗っても、
タイではそもそも同じことのような気もするし、事故らない、
ということにしてしまうことにした。

アユタヤホテルそばのショッピングモール、というか、
スーパーマーケット、というか、そのような建物で、
トイレ休憩をとった後、そっからワットマハタートまで歩く。
ざっと2キロ、ということろか。
あんまり何事にも関心をもたぬヒトビトの割には、
それなりにまあまあの反応があった。
今回、たびの前に、デジカメを渡していて、
自分で気に入ったものを写真に撮るように、
と言っていたのもよかったようで、
さすがに、アユタヤの遺跡群は、絵になる風景だからね。

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ついで、エレファントキャンプに移動する。
父親が象に乗りたい、といってたので、
アユタヤのメインがここだといってもいい。
他にも、バンコク近郊で象に乗れるところもあるけれど、
アユタヤに行った、という方が、ローズガーデンに行った、
というよりも、とおりもいいしさ。

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象のえさ売り娘

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父親が象でそのへんを徘徊したあと、もうアユタヤは充分、
という感じだったので、トゥクトゥクで元の地点に戻り、
お昼ご飯を食べることにする。
1回は利用しようと思っていた、タイスキのMKがあったので、
昼はここに決めた。

灼熱のタイ王国の、クーラーの効きすぎたレストランで、
熱い鍋を食する、というのが、母親の体調にあっていたようで、
食の細いはずの母親がけっこう喜んで食べている。
これは意外だったが、こんなものでよいなら、話は簡単だ。
もとより、父親はなんでもよく食べる。
13時過ぎから、1時間ほどMKにいて、
14時にまたロットゥーの客になる。
アヌサワリーへは、やっぱり1時間ちょい。
行きと同じバスに乗って一緒にアユタヤに来たらしい、
タイ人のおばさんが、帰りも途中から乗ってきたのには、
ちょっとびっくりした。

ホテルの部屋で少しだけ休み、
今度は試運転中のエアポートリンクに乗ることにした。
なにかに乗っけて、移動してさえいれば、疲れないし、間が持つ、
というのは、今日のアユタヤ往復で、確信に変わっていた。
止まったら死ぬ、マグロのような、たびびとのぼくら親子
そこに、動くものがあれば、乗って移動するのんだ。

試運転の時間は、16時から19時の間だけなので、
16時半のパヤタイ駅発空港駅行きに乗る。
眺めはよいし、けっこう気に入ったようで、
帰りは551番のバスで帰ってこよう、と思っていたのだが、
結局帰りも、エアポートリンクに乗ることになった。
しかも今なら、ただだしね。

パヤタイ駅でBTSに乗り換えて、夜店街のパッポンに行く。
残念ながら、というか、予想どおり、というか、
両親ともとくになんの感慨もいだかなかったようで、
軽く一回りして、ああ終わり終わり、という感じだった。

夕食は軽くでよい、ということだったので、MBKに移動して、
8番ラーメンに行く。
ホテル近くのランナム通りのスーパーにもあるのだが、
けっこういつも混んでいるのんだ。

ざるラーメンを勧めたのだが、これがなかなかに好評だった。
そろそろ日本食もよいかもしれない、と思って行ったのだが、
一応正解だったようだ。

ついでに父親は、明日の朝ごはん用にOISHIの出店で
おにぎりを買っていく。
やはりタイよりも、日本で住む方が向いているようだなー、
と思った、不肖の息子であったことだよ。

▼芋を練って色をつけた菓子も買った。
あっしのお気に入り菓子のひとつだ。
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2010年12月 7日 (火)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その8)

午前3時起きる。
せっかくの休暇なのに、毎日毎日早く起きてるよな。

シャワーだけ浴びて空港へは、タクシーで向かう。
こんな時間帯でも、タクシーが普通に捕まるのは、
バンコクの優れた点のひとつで、けっこうなことだ。
今後エアポートリンクが本格的に開通したら、
長距離の客は減るんだろうが、
タクシーの台数も多少は影響を受けるんだろか。

タクシーの運ちゃんと、道みち世間話をする。
今日は、空港まで自分の両親を迎えに行くのだよ、
なんてことを話した。

タクシーは空港に4時前に着いた。
ラクショー、と思ったのだが、
両親の乗ってるはずのタイ航空便は、
すでに Landed の表示がされている。
4時20分着陸予定だったのに、
なんと予定より50分も早く着いてんの。
パイロットがエンジン全開で飛んだのか。
まいった、まいった。

しかしながら、まだ親たちは出てきてない模様で、
なんとか間に合ったようだ。
到着口からの移動、入国審査、荷物受領、と慣れないと、
それなりに時間がかかるものだし、今回はそれがラッキーだった。

日本人が出口がちらほらあらわれ始めているので、
とりあえず目を凝らしてみていると、
見慣れた顔がちゃんと出てくるのが見えた。
ここできちんと出会うのが、最初の関門だったので、
まずは一安心する。
一目散にぼくを探すこと、と事前に言っていたのだが、
制限エリア内のエアポートリムジンの客引きに
さっそく捕まってる。
そのタイの女性はぼくぢゃないから、
手招きの回転数をあげて、呼び寄せる。

空港内で一旦坐り、パスポートを預かる。
海外で命の次に大切なのがこれだから、
こういうところはきちんとしとかないと。

タクシースタンドでタクシーに乗る。
けっこうな雨が降ってるのもいやだけど、
それにもまして、この運転手、調子はいいが咳がひどい
聞くところによると、タイではまだ新型インフルエンザの患者が
でているようで、やなタクシーにあたっちまったぜ、と思う。

ホテルのチェックインは14時なので、
一旦荷物をぼくの部屋に運んでもらう。
昨日の連絡がちゃんととおっていて、
両親は隣の部屋にチェックインすることになるようだ。

コーヒーを飲みながら、8時過ぎまで待って、
まずはウィークエンドマーケットへ行く。
ちょっと強行軍だが、週末しかやってないので、今日を逃すと、
もう両親は行く機会がないし、朝の方が涼しいだろう、
ということで、この辺は予定通りだ。

しかしながら、予定外のこともあった。
この何でもあるマーケットに、
両親はほとんど興味を示さなかったのだ。
ひょっとして、買い物とかに、興味ないのんか?

植木や現地の花を売ってる店には、
多少見ようという姿勢は見られたものの、
タイの小物や、土産物はほぼスルー。
これはなかなかの誤算で、
今後の旅程も考え直す必要があるかもしれないなー、
とここでは漠然と考えていた。

それでも、1時間ほどはいただろうか。

行きは、アヌサワリー駅からモチット駅まで、
高架鉄道のスカイトレイン、通称BTSに乗り、
帰りは、チャトチャック公園内を一駅、
カンペーンペット駅からチャトゥチャックパーク駅まで、
地下鉄に乗り、そっから、BTSのモチット駅に乗換え、
今度はショッピングモールのマーブンクロンセンター(MBK)
に向かう。

開店直後のMBKのブラックキャニオンコーヒーで、
少し休んだあと、東急デパートやMBK内を散策するも、
ここにもほぼ興味示さない。
歳をとる、というのは、こういうことなのかもしれない。
最近自分も以前に比べて、なにもをしても楽しいと思えない
のであるけれど、老化減少の一環であったのか、
と両親の様子を見て確信した次第だ。
まあ、きっと例外もあるのだろうけれど、さ。
少なくとも、ぷんぷい一族の老化は、
好奇心の減退に顕著に現れる
、と思ったわけだ。

そろそろ昼に近づいてきたので、アヌサワリー駅に戻り、
ティダイサンで昼ごはんを食べることにする。
食べろ、といえば、なんでも食べるのだろうが、なにせ老人だし、
いざとなれば、毎食日本食でもしかたないかな、
と思っていたので、
最初の昼食だけは、どっぷりタイらしい、
ここに決めていたのんだ。
さすれば、少なくとも1回はタイ料理を食べたことになる。

注文したのは、青パパイヤの辛いサラダであるソムタム、
辛酸っぱいスープのトムヤムクン、タイ風肉入り卵焼き、
鳥のから揚げガイトート、なんかだったと思うが、
思いのほか、両親とも食べている。
とくに、父はよく食べる。
タイに住めそうなくらいの勢いだ。

食べ物に関しては、少し安心した。
辛いものも、大丈夫のようだ。

市内唯一のデューティーフリーショップである、
キングパワーをざっと見て、
やっと14時少し前にチェックインする。
まだ一日目の昼過ぎだなや。

ちょうど日本語のできるMayちゃんがいたので、
日本語ができるから、なんかあったら、
この娘に話しかけるようにね、といいつつ、
キーカードをもらって、隣の部屋を見ると、
ベッドがシングルふたつになっている。
大きなベッドひとつでもいいから、近所に、といって、
隣にしてもらったのだが、
わざわざベッドを入れ替えてくれたようで、
さすがは立派なホテルは違うなー、と感心する。
普段から立派なホテルに泊まってるヒトビトには
当たり前のことなんだろうが、
ぼくは貧乏たびが身についてるので、意表をつかれたわけだ。

とりあえず、ホテルで2時間ほど休む。

夕方になってから、エラワンプーム、ゲイソンプラザ、イセタン、
と市内有数のショッピング街を見せて歩くも、でんでん興味なし。
母親はぼくの生別れの妹、母親からすると、
実の娘となる女性とか書くと、なんか複雑な家庭っぽいが、
単に兄妹お互い不精で、会う機会がないだけなのだが、
その女性といっしょに、韓国に買い物に行ったりしていたので、
少しは興味があるか、と思っていたのだが、
ほんとはどおもでんでん関心がないようなのだ。
お土産買うのさえ、どうでもよさそうだ。

夕食でも食べようか、と思うが、昼に食べ過ぎたせいか、
両親ともあとでよい、というし、今日は20時から、
BTSラチャティーウィー駅前アジアホテルの、
カリプソキャバレーで、お釜ショーの予約を入れているので、
その後に食べることにして、サイアムパラゴンで時間をつぶした。
そのときに、ビアードパパのシュークリームを発見して、
つい喰ってしまったのも、夕食を遅らす原因ではあったけれど。

B

カリプソのお釜ショーは、初めてタイに来たときに
一度見た記憶がある。
そのときはまだ移転前で、スクンビット通りの
アンバサダーホテルにあった。

今回、久しぶりに見るに当たって、事前にネットで調べると、
正価の当日券は1200バーツ(約3300円)もするが、
事前に予約すると、HISだと、
半額の600バーツ(約1700円)、
業者のよっては、3分の1である、400バーツ(約1100円)
というところさえあることがわかった。

3人分だと、10000円と3400円、
こりゃ、多少不自由でも予約しないと損だよな、ということで、
不安を感じながらも、一番安かった、
ひとり前400バーツのところに申し込んだのだった。

当日、これでは見れません、と言われないか、
多少どきどきしたものの、問題なく入場でき、
しかも、前から2列目のけっこうええ席だったので、
お釜ショーが見たいか否かではなく、賭けに勝って、
お得に入場できた自分を褒めてやりたい気持ちで、
飲み物をサーブしてくれる、ねーちゃんに、
あなたは男性ですか、女性ですか、などと、
親父ギャグのひとつもかましてしまった、
おっさんの長い一日は、そろそろ終わろうとしているのだった。

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2010年12月 5日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その7)

またしても、朝は5時台に目覚める。

昨日はタイの国境から正午前にウボンのバスターミナルに着いた。
それから、ビッグCを少しうろうろしたあと、迷いながら、
ウボンの街を歩いたのだが、直射日光がきつく、
無帽だったのも無謀だったようで、へろへろの状態で、
前日チェックアウトした、スニーグランドホテルに到着した。
昨日は別のホテルにしようかな、とも思っていたのだが、
もう動く気力もなく、チェックインすることにしたのんだ。

ビッグC @ うぼん
Photo

うぼんナンバーの車
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スニーグランドの看板
Photo_3

日本レストランで食べたとんかつ、と、
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たこやき
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とくにそれ以上することもなく、適当に昨日を過ごし、
バンコクに帰る朝になったわけだ。

まずは、朝飯だ。
まずくはないが、うまくもなく、
でも、タイの地方としては、ましな朝食をつまむ。

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チェックアウトして、サービスの空港への送迎用バスを待つ。
これは送るだけで、迎えはないのんか、
急いでタクシーサービスを使用したのんで、見なかったから、
迎えに気がつかなかったのか、フロントに訊くのを忘れたけれど、
もし、またウボンに来ることがあるようであれば、
今度は迎えがいないか、探してみよう。

Photo_8

Photo_9

空港へのバスの客は、結局自分だけだった。
空港待合室で、昨日のパクセからのバスでいっしょだった、
頼んない感じだが、少し男前のファランと、
日本人基準では、ぶさいくなタイ女性(これはたぶんだが)も
同じ便でバンコクに行くらしい。

空港からは、一旦バスターミナルへ移動し、まいどおなじみ、
551番のバスで、アヌサワリーのロータリーまで来る。
チェックインは14時からだから、12時にまたティダイサンで、
飯喰ってから、ホテルにチェックインする。

Photo_10

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チェックインの際、蟻騒動のときの、Mayちゃんがでてくる。
明日から父母がバンコクに来て、このホテルに泊まるんだけれど、
というと、じゃー近くの部屋にしておきますね、と言ってくれる。
事前に話が通じていれば、安心だ。
けっこうサービスいいやん。
うっかり忘れないことを祈ろう。

バンコクに帰ってくるとほっとする反面、
だからなにかをしなければならぬ、ということもない。
ただ欲するときに欲するものがけっこうな確率で手に入る、
という安心感がよい、ともいえる。

足腰立つうちに、と考えて、自分でバンコクを見せてやろう、
と明日から両親と行動することになっている。
身内とはいえ、どんな展開になるか、予想もつかないが、
先の短い可能性の高いヒトビトではあるし、
なにがあっても親切にしてやらねばならんだろうな、
頑張らねば、という決意を新たにする。

交際相手の本性を知るには、旅行をともにするのが一番良い、
とはよく聞く話だが、両親の本性がわかったところで、
どっかに捨ててくるわけにもいかないし、
なんとかうまくこなすしかしかたないわけだし。

早く寝て、明日に備える。

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