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2010年11月24日 (水)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その6)

鳥のさえずりで目が覚めた。

なんていうと、けっこう優雅だが、
起きる必要のないヒトにとっては、拷問に近い騒音だ。
朝5時にもなっていない時間だし。
ぼくの場合、起きるべき時間にまあ近かったので、
鳥どもを笑って許してやったけれど。

さて今日のミッションは、タイのウボンにできるだけ早く帰る、
ということに尽きる。
こんな不便な場所には、1秒たりともいれない、
との結論に昨日早くも達したのんだ。

タイの田舎に来れば、バンコクが恋しくなり、
ラオスに来れば、タイの田舎が恋しくなる。
ほんとにぼくはしようのないヤツバラだ、とは思うものの、
こういう気持ちこそが人類発展の原動力に違いない、とも思う。
都会の消費文明や原子力発電を批判するものは、
電気のない環境で1週間でも暮らせばよい、
といったいぼくは誰に毒づいてるのんか。

とりあえず朝食を食べに行く。
移動の最中、トイレがない環境があるのんで、
正しい判断であるか、心配がないではないが、
今回は行きと同じルートなので、まだしも準備ができる。
バスターミナルを出たら、国境まで40分、国境を越えたら、
1時間半はトイレなし、という感じだ。

思えば、たびは、排出との戦いだ。
飯はまる1日くらい食べなくてもなんとかなりそうな気がするし、
かばんに携帯食や水を用意することもできる。
しかし、トイレに関しては、ないとこにはない、のである。

誰かが、言った。

人はトイレの前では平等である。

どんな人間も、トイレをもって移動はできないのである。
もちろん、オムツをする覚悟があるなら、話は別だが。

しかし、ひととして、別の大切な何か、を失うような気がして、
ぼくはまだオムツをするつもりはない。
たしか晩年の故中島らも氏はオムツ着用の人生
を送ってたのではなかったか。

そんなことを考えながら、朝食を喰らうのであった。

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文明から遠く離れたこのラオスにもいいところがひとつある。
たぶん、もっともっとあるのだろうが、
ぼくにとって一番便利なことは、
ぼくのタイ語が通じやすいことだ。

タイよりも通じやすいのである。
英語でも第2外国語の者同士のほうが通じやすい、らしいが、
ぼくのタイ語も同様なのだ。
もともとタイ語とラオ語は、方言程度にしか違わないしさ。
嘘だと思うなら、ラオスでタイ語をしゃべってみよ。

食堂は混んでいた。
昨日ぼくのための安い部屋がなかった、というのは、
どおもほんとのようだ。
しかも、西洋人や日本人の団体ではない。
食堂の係りのねーちゃんに、ここで飯喰ってるのは、
タイ人か、ラオ人か、と訊いてみるに、
答えはタイ人とのことだった。
いまやタイ人も、旅行を愉しむ時代なのだ。

ついでに、ラオスの衣装の写真を撮らせてもらう。
コープチャイ、と、ラオ語で、お礼を言って、飯に戻る。

さて飯が済むと、チェックアウト、そんでもって、
バスターミナルへの移動となる。
ソンテウか、トゥクトゥクに乗ったら楽なのは知っているが、
実は昨日のラオス入国以来、1キップも両替していない。
USドルか、タイバーツで済ましてたのんだ。
店によってはだめ、というとこもあったのだが、帰る段になって、
ややこしい金の話をするのもうっとうしいので、歩く。
20分くらいだしね。

無事ターミナルに着き、バスのキップもキップなしで、買えた。
昨日と同じ200バーツでOKだったのはよかったな。
当たり前、といえば、当たり前か。

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8時半ころに出発し、川にかかった橋を渡るときに、
立派なホテルがあるのに初めて気づいた。
これがたぶん、国境に宣伝があった、パクセグランドホテル、
というやつだろう。
こっちの方がバスターミナルに近かったし、知っていれば、
こっちの方を選んでいただろうが、むしろ知らないでよかった、
泊まった方のホテルでは貴重な経験ができたな、と思う。

国境には、9時20分着、席は前の方だったにもかかわらず、
横のファランが動かないので、バスを出るのが最後になる。
おまけに、ラオスのイミグレときたら、
昨日同様、官僚的で、非効率的だ。

タイのイミグレ見習えよ、と心の中で、毒づきながら、
やっぱラオスはどっか社会主義国だよな、と思う。
コイズミも日本の郵政の民営化なんかせずに、
ここのイミグレーションの民営化でもすれば、
感謝してやったのに、と心で思う。
でもビザ代なしだから、今日はこれぐらいで勘弁しといてやるか、
とか思いつつ、タイのイミグレに向かう。
歩きながら、そういえば、昨日は払った手数料、
今日は払わなかったが、よかったのかな、
とちょいと気になるが、まあええやろ。

フレンドリーで効率的な、タイのイミグレを抜けて
(もちろん、ラオスとの比較の問題なので、いやみではない)、
タイ側で待っていた、乗ってきたバスに乗り込む。
ああ、タイに戻って来れた、まだ消費文明地帯の端っこだけれど、
とりあえず帰ってこれてよかったよかった、
と感動にむせぶ、おっさんなんであったことだよ。

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2010年11月21日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その5)

腕時計のアラームがなっている。
目が覚めた、ということは出かける運命であるようだ。

昨晩チェックインした、このスニーグランドホテルが、
タイの地方ホテルにしては悪くなかった、がゆえに、
パクセへの出発を決めかねていた。
朝早くから起きるのはいやだなー、という気持ちも強かったのだ。

このままだらだらウボンにいてもいいかな、というのが半分、
でも陸路による国境越え未踏のチョンメックは、
いずれ越えねばならないし、
年々なくなっていく前向きな気分を考えると、
今回を逃すともう2度とここを越える機会は
失われたままになるかもしれない、というのが半分、
例によって、起きれれば、という賭けは、まず起きてしまう、
この身の悲しさよ、というところだ。

起きた限りは行かねばならぬ。
この辺はけっこう律儀で失敗のない男、なので、
さっとシャワーを浴びると、荷物を抱えて食堂へ行く。
別に食べなくてもよいのだが、
わざわざ行ったのには、わけがあった。

ウボンのホテルは、たいてい食事がだめだ。
もちろん、リゾートをのぞく、
タイの地方ホテル全般にいえることだけれど、さ。

だが、ここは1泊1500バーツ(約4200円)である。

タイの地方としてはなかなかいい値段だろう。
で、朝食はどうなん?という興味もあった。

今までの朝食の中では、昨日タクシーで
このホテルに来るとき前を通ってきた、
パトゥムラットホテルの朝食はとくにひどかった。
記念碑的まずさ、といってもよいだろう。

まあ宿泊料だって安かったが、それを大きく越えてひどかったな。
にもかかわらず、以前は紹介されていなかった、
このパトゥムラットホテルホテルが、
最新の地球の歩き方に紹介されているのはなんでだろう。
替わりにトーサンホテルが落ちている。
ネバダグランドも。
基準がいまいちわからんな。

さて、スニーグランドの朝ごはんだけれど、
1500バーツのホテルならこんなもんか、というところだ。
コーヒーは煮詰まっていたし、品数も少ない、といえば少ないが、
少なくとも食べる気が起こらない、
このへんの他のホテルよりは健闘している、かな。

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さっと済まして、チェックアウトしようと、キャッシャーへ。
チェックに時間がかかるのは田舎ホテルの悲しさよ。

しかも、飲んでないもいない、冷蔵庫のシンハービールの
料金を請求されそうになる。
ぼくは酒飲まないんだけど、というと、
それ以上なにもいわなかったので、まあええだろ。

昨日フロントでもらった地図によると、
10番のソンテウに乗れば、バスターミナルにいけるはずだ。
信号を渡ると、すぐソンテウが来て、ちゃんと10番だ。

ビンゴ。

あっという間に、以前ムクダハンに行ったときに使った、
バスターミナルに着いた。
記憶どおり、向かいは郊外型スーパーのビッグCだし。
帰りはここでご飯を食べよう、と思いつつ、
10バーツ(約28円)払い、ソンテウを降りて、
切符売り場へ探す。

制服を着たおばさんが、どこへ?

と訊くので、パクセ、と答えると、切符売り場へ誘導してくれる。
200バーツ(約560円)とパスポートを渡すと、
すぐに切符が手に入った。

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ホテルを出てから、流れるようにここまで来ると、
たびの醍醐味もへったくれもあったものではないな、と思う。
トラベルの語源は、トラブルの語源と同じ、
とどっかで聞いたように思うけれど、
こうなると、これはもうたびではない、かも知れない。
そういえば、ファーストクラスに乗って、
あちこちにテレビカメラとともに出没し、
たびびとを騙っていた元サッカー選手もいたよな。
それほどひどくはないけれどさ。

事前に調べておいたとおり、出発は9時半だ。

途中で道が砂利道になった折は、どうしょうか、と思ったけれど、
それも長くは続かず、11時過ぎに国境に着く。

まずは恙無くタイを出国し、緊張感のない通路を進み、
ラオ側のイミグレーションに着く。
出入国カードをもらい、記入後、パスポートといっしょに出す。
バスの中で、アライバルビザの申請書ももらって記入済み、
だけれど、日本人はビザなしで入国できるはずだから、
ビザの申請書出して、無用なお金を払うのもいやだしね。
でも、バスに置いてかれるのもやなので、念のため、
記入は済ませてあるのは、われながらあざといな。

なんでか50バーツ(約140円)の手数料(?)は
とられたものの、無事にビザなしで入国のはんこをもらい、
バスを探すとまだだれも戻っていない。

15分で手続きを済ませろ、とバスには紙が貼られてたけれど、
この分では無理だろうな、と思いつつ、
5バーツ(約14円)払って、
外から丸見えのトイレで小用を済まし、バスで賢く待っている。

結局、全員がそろったのは着いてから55分後、
たぶん1番に近かったぼくが済んでからでも、
30分以上は経ってからで、
予想通り、ファランばかり、仕事が遅い。

ヨーロッパ人であれば、陸路の国境越えは慣れてそうだがね。
タイ人もラオ人も(ぼくには両者の区別はつかないが)、
置いてかれるのがいやなのか、言葉が通じるせいなのか、
けっこう早くにバスに乗っていた。
暑い外にいるのがいやだった可能性も捨て切れないが。

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到着したパクセのバス停は、予想と違い、
タラート・サオのそばではなく、
タラート・ラクソーンのそばであった。
それも最初はわからなくて、チャンパホテル、
せこいホテルを見て、自分の居場所がわかったしだいだ。
明日の帰りのバスのことを考えて、
現在地をきちんと把握しておかないと、2度手間だしさ。

さて、まずは泊まるべきホテル探しだ。
ガイドブックによると、街で一番立派そうなのは、
チャンパサックパラスホテルで、
最低20USドル位からあるようだし、
ここにしようと思っていたが、
外観はけっこう貧乏人を寄せ付けない威圧感がある。
外観だけ、という可能性もあるが、それにしてもいいんだろか、
と思いつつ、意外と安っぽいフロントで、
部屋はあるか、と訊くと、
60USドルという予想外の答え。
もっと安い部屋はないの?
と重ねて訊くと、今日は一杯だ、という。

ほんとかよ、と思いつつ、とりあえず見せてもらうと、
コロニアル風、というのんか、女子受けのよさそうな部屋で、
まあまあよいかな、とここに決めた。
たしかに4階で、20USドルの部屋の3倍、眺めがよい。

階段で下って行きながら、安い、
と思われる掃除中の部屋を見ていくと、
狭そうだし、暗そうだし、60ドルの方でよかったか、と思う。
日本円なら、5千円ちょいだしさ。

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着替えなんかをかばんから取り出し、街を歩いてみるに、
ここは1泊で十分、明日の午後3時半の出発を
午前8時半の便に変更することを即決するに値する場所、
であることが判明する。
なんというか、まだ消費文明に到達していない、よおで、
ぼくのように資本主義に毒されたおっさん
長く存在することができない場所であるようだ。

国道13号線沿いを往復して、タラート・サオをみたら、
もうすることがない。

なんか変に愛想のいいインド人のおっさんのいる、
ジャスミンレストランというとこで、
マトンのマサラとナン、タンドリーチキンを食べて、
7ドルだかを支払い、ホテルに戻った。

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明日は絶対早起きして、ウボンに帰るぞ、
あさってはバンコクがぼくを待ってるぞ、
とお決まりの展開になっている、
おっさんなんであることだよ。

2010年11月10日 (水)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その4)

プルマンをチェックアウトし、
今日は19時のエアアジア便でウボンへ行く。
バンコク滞在は正味2日を切っていて、
まだなんとなくだるい感じが抜けないが、
飛行機の予約を入れてしまっているので、しかたない。

それまで時間、だらだらと過ごして、
16時半にパヤタイ駅に行き、
エアポートリンクで空港まで移動する。
無料の割には意外と空いていて、座って空港までいけた。
ほんとに22分で。
これはよい。
なにより時間が計算できるので、
無駄に早く行ったりしなくていいのがよいよな。
正式開業が8月の23日とはまったく残念な限りだ。

▼空港の駅看板
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案内標示
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空港名物の体温を吸い取る椅子に置いた、
しみしみおいしいらしい、お菓子
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ウボンの空港へはもう何度目か、すっかりよくしってる。
今日泊まる予定なのは、スニーグランドホテル、というところだ。
予約はしていないが、地球の歩き方で評価がよかった、
というか、値段が一番高そうだったのと、
明日の移動を考えたときに、一番便利そうな気がしたからだ。

▼ウボンの空港
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空港のタクシーは100バーツ。
日本円で、280円くらいだから、さほど安くはないが、
早く行かないと、飯を食べれるところが
しまってしまいそうな気がして、迷わず利用する。
元来、夜は早く寝たいしね。

到着すると、なかなかにキレイで立派なホテルだった。
地図でみたときは、ネバダグランドホテルが改装したのか、
と思っていたら、でんでん別の新しいホテルだったのだ。

なかなかよろしい。
今日はいかなかったが、部屋の窓から見てみると、
近くにロータスもあるようだし。

▼ホテル
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夕飯は、ホテル隣接のショッピングモールのFUJIで食べる。
わざわざタイの地方まで来て、日本食レストランで
食べるのも気が利かないが、明日も移動日の予定なので、
食べ物には気をつけるに越したことはない。

ぷんぷいの、あしたはどっちだ。

▼FUJIの焼きサバ定食
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2010年11月 7日 (日)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その3)

なんとなく疲れが取れないので、今日はゆっくり寝るぞ、
と思っていたが、妙な痒さを感じた、
タイ1日目のあーさー、なのだった。
目を覚まして、辺りを見回すと、ベッドに多数の蟻が。

なんでだよ?

とりあえずシャワーを浴びてから、フロントに電話する。

問題が発生した、ベッドに蟻がいる

といっても通じない。
ぼくのタイ語に難がある、ということもあろうが、
ベッドに蟻がいる、という状況がフロント係りの想定外で、
通じてない可能性も捨てきれない。
なにせここはけっこう立派なホテルなのだ。

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最初、英語で話せ、と言われ、ついで、ナニジンカ?
と訊かれ、日本人、というと、
日本語の話せるタイ人のねーちゃんがでてきた。

朝起きたら、ベッドに蟻がいるんですが、

というと、

ベッドでお菓子食べましたか?

と逆に訊かれる。

小学生ぢゃあるまいし、と思いつつ、
昨日は遅くチェックインして、寝ただけです、というと、
また電話します、と言って電話を切られる。

ベッドの蟻問題について、緊急ミーティングを行い、
結論がでたのか、今から行きます、
という電話の後、ちょっとえらそうな女性と、
さっきの日本語を話すタイ人のねーちゃんと、
技師らしいおっちゃんが来た。

ぼくが蟻を持ち込んだり、飼ったりしてたわけではない
ことがわかったらしく、技師が蟻の進入ルートを調べている間に、
部屋の用意が出来次第、部屋を変更することになった模様だ。

けっこう立派なホテルなんで、びっくらはしたが、
その後の始末はなかなかよかった。

身体は大丈夫ですか?
とマネージャーらしきちょっとえらそうな女性に訊かれたのんは、
当然ながら、あんまりタイでは予想しない種類の
問いであったことだよ。
ふだんあんまりまともなホテルに
泊まってないせいだよな、これは。

ついでに、Mayちゃんという、
日本語の話せるタイ人のねーちゃんといろいろ話をする。
いつのまにか、タイ語になっていたが。
彼女によると、日本語の話せるスタッフが2名いる、とか、
給与10000いくらかバーツのほかに、
英語できる手当てが8000バーツで、
日本語できる手当てが2000バーツで、
というような話を教えてもらう。
ついでに、長らく疑問だった、
頭に刺さってる鉛筆の謎についても、教えてもらう。

新しくホテルを開業するのに、なにかしようと相談した結果、
最初は箸を髪に挿そうとしたけれど、
えらいさんが経費がかかりすぎる、というので、
業務で使用している鉛筆になったとのことだ。
記念に写真を取らせてもらう。

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無事部屋の入替えが済んでから、飯を喰い、散髪に行く。
いつもの、別のホテルの美容室のねーちゃんを訪ねる。

いろいろ話をしたが、今回興味深かったのは、
彼女の住まいの話だ。
バンコク郊外のフラットに住んでいて、
購入価格は39万バーツ(約110万円)だったそうだ。
それなら、ぼくでも買えそうだから、
タイに老後住むときに紹介してくれ、と頼んでおく。

散髪後、伊勢丹でドリアンを買って食べて、
エアポートリンクを見に行くと、ちゃんと走ってる。
今は朝夕に3時間ずつだが、23日からは6時から深夜まで、
15分ヘッドで、空港からパヤタイ駅までは22分、
最初はプロモーションで15バーツ(約42円)、
タイムテーブルも配布用はまだないと言われた。

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夕飯を食べて、部屋に帰ると、蟻でご迷惑をおかけしました、
とカットフルーツが置いてある。

こんな蟻が寄ってきそうなものを置いとくなんて、
自信の表れか、蟻への挑戦状か、はたまた、無神経なのか。
でもこんどの部屋には今のところ、蟻はいない。

今日の夜は出ませんように。

つるかめつるかめ。

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2010年11月 4日 (木)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その2)

惰眠から抜けて、ノボテルをチェックアウトする。
今まで泊まった、台湾のホテルとは印象が違う。

洗練はされているが、少し冷たい感じをもったのは、
言葉の問題だろうか。
日本語ができる従業員がいてもいいよな、と思う。
他の客のなかにも、日本人がけっこういたようだし。
ただ、羽田の国際化後の需要はわからないけどさ。
羽田からは、今まで国内線用だった、
台北市内の松山空港に発着することを考えると、
桃園機場近くのノボテルは日本人客が減る可能性もあるよな。

まず、空港へ戻ってスーツケースを預ける。
ホテルに預けてもよかったが、シャトルバスがねー。

渋滞なんかで、ぎりぎりになる可能性を考えての行動だった
のだが、200元(約550円)もふんだくられる。
たけー。
しかも、従業員の対応がよくない。
今まであった台湾人のなかで、最低の部類に属する。
それでも我慢の範囲内、なのは台湾人のレベルの高さ故だけど。

気を取り直して、125元(約300円)の国光バスで台北駅へ。

まず腹ごしらえをしよう、と台北車站を出た、
新光三越そばの吉野家を探す。
たしかこの辺にあったよな、と思いつつ、
探すと見つからないのが、人の世の常なるかな。
昼過ぎでけっこう暑いし、ついに吉野家をあきらめて、
KFCで鶏しばく。
でも、KFCは日本の方がうまいなあ、と思う。
値段は圧倒的にこっちのが安いけどさ。

食べ終わって、歩いてるとすぐに吉野家がみつかる。
こんなものだ。

台北地下街で日本のDVDを探す。
GEGEGE的夫人があった。
それも、2巻まである。
最初の方はみてなかったので、買っておこう。

DVDに満足して空港へ向かう。

早く着き過ぎてタイ航空のチェックインで1時間以上待つ。
こんなことなら、荷物をホテルに預けるのだった、と思うが、
結果論だし、精神衛生上悪いから、過去の決断を後悔はしない。

タイのタイ航空のカウンターとは違い、台湾人は親切で、
ラウンジの案内をもらったので、行ってみると、
場所がいつのまにか制限エリア内に移転していた。
以前のラウンジは不便だったので、
とりあえず位置的な変更は評価する。
また、広くキレイにはなったけれど、食べ物はしょぼい。
エバーのラウンジが立派過ぎるので、比べると気の毒、
といえば、気の毒なのだが。

Tg

  

タイ航空便はちゃんとバンコクに着いたけれど、
ひどい雨の上に、沖止めだった。
ついてない。

この時間だと、タクシーで、ということで、ホテルへ。
雨もほぼやんでる。
あと2週間ほどで、エアポートリンクが開通していたのだが、
ちょいと来るのが早かったな。
飛行機の時間があえば、試験運行のに乗れたのだが、
今日は無理だったし。

とりあえずホテルには、無事着いた。
次回からは雨の日のタクシーで、
空港から移動することもないだろう。
それはうれしいな。

ホテルにチェックイン後、セブンイレブンへ買出しに行く。
ホテルの玄関にいたにーちゃんに、傘を持ってけ、といわれ、
もっていくも、もう雨は振ってない。
この抜けた親切さも、タイ人らしい親切、
ということで、我慢する。

セブンイレブンのキャッシャーのねーちゃんの、
まくれあがった唇をみて、タイだよなー
と感じ入る、おっさんであることだよ。


▼台湾で撮った写真

大阪焼はお好み焼きか?
東京文字焼は、もんじゃ?
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林志玲、別嬪さんっす。
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インディアンといえば、、、
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今DVDで見ている、スタートレックヴォイジャーの
副長である、チャコティは、
ネイティブアメリカン、というのか、
北米の先住民族の子孫なのだが、
最初に放送されたパイロット版の吹替えのみ、
インディアン、という呼称が出てくる。
まだ、第2シーズンのアタマまでしかみていないが。
ひょっとして原語でもそうなってるのか、
また暇な時に確認してみよう。

ところで、ヴォジャー、続けて見ると、
最初のころは意外におもしろい。
後半のイメージで記憶が曲げられてたようだ。
DS9は、後半に盛り上がっていったからねー。

やはりベルエキップの千石さんがいったように、
最後の印象が大切、なんだなー。

2010年11月 1日 (月)

ぷんぷいさんの夏休み2010(その1)

必要は発明の母である。だったら利益は父だな。
金儲けの秘訣 ・第137条)



やっと8月になった。
ゴールデンウィークから100日近くを待ち、
やっとまた日常から脱出できる。

まずは移動である。
最初は伊丹の大阪空港だ。

もう世間は夏休みモードのような気がして、
家を早く出たものの、でんでん道は混んでなかった。

制限エリアに入ると、ラウンジでPCを立ち上げる。
前日は実家に泊まったので、
ネットには約1日ぶりに接続することになる。

1時間ほどをラウンジで過ごした後、満席の成田行きに乗る。

ANAの成田便が混むのは、
関空発の国際線の自社便がないせいもあろう。
せめて成田行きの機材を大きくしてくれ、と思っていたが、
羽田の国際化でこの問題も解決かな、と思う。
東京から一番近いというだけで、
不便な田舎空港にもかかわらず、今まで偉そうにしていたが、
これからは国内線の便も枠がとれるようになるだろう。

そういえば、10月から本格開店のようだけれど、
ぼくが羽田国際線の初搭乗予定なのは、
来年のゴールデンウィークになる。
実際にいけるかどうかは、まだわからんけど、
予約だけはもう入ってる。

成田には少し遅れて到着。
大阪よりは、少し涼しい。
雨が降り出しそうな雰囲気だ。

煉獄のごとき、日本から脱出できるのはとりあえずうれしいが、
これから行く台北はどうだろか。
それにしても、このあと飛行機がでるまで、
4時間近くもまたねばならぬ。
特典航空券とはいえ、ちょいと切ない。
そういえば、大阪の人間がいったん成田に行ってから、
また西に移動するのも切ないな。

しかたがないので、またラウンジで飲み食いする。
グレープフルーツジュースが美味だった。

今日は台北は桃園機場そばのノボテルに泊まる予定だ。
台湾への移動だけで1日使うのはちょいと無駄だな、
とは思うものの、オンシーズンに安く、というか、
特典航空券で移動するのだから、文句はいわない。

でも、10月の羽田国際化後はだいぶましになるようだ。
乗り継ぎがよいし、台北への到着時間も早い。
もうひとつついでに、台北市内まで遠い桃園機場ではなく、
市内の松山機場の方に着くのんだ。
今回はがまん、ということで。

仄かな期待をしていたが、結局カウンターでも、乗り口でも、
アップグレードされなかった。
非常口座席だからよしとしよう。

エコノミー席だが、機内食のハンバーグもうまかった。
入国もスムース、荷物もさっさと出てくる。

ホテル行きのバス停もすぐ見つかったが、
飲み物を買うのを忘れて、買いに戻ったのがつまづきの元で、
結局、30分もバス停で待つ羽目に。
後で調べると、30分ごとのようで、最初から調べておけば、
こんな目にあわなかったのに、と反省。
ホテル自体はなかなかよい。
5000円にしてはかなりね。

片言でも日本語できたのが、バスの運転手だけだった
のが残念だったけれど。

  
 

▼バス停@桃園機場2タミ
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ベッド@ノボテル台北
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浴室から
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このボタンですりガラスになる
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飲み水とマニア好みの外部入力端子
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窓の外は中華航空のオフィス
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ホテルのロビー
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シャトルバス
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空港からホテルへのバス時刻表の一部
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ホテルから空港へのバス時刻表の一部
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