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2010年7月26日 (月)

デモクラシーはデモ暮らし?(黄金週間2010 of ぷんぷい・下)

顧客を殺してはいけない。
その客が死んだ方が利益になる場合を除いて。
金儲けの秘訣 ・第161条)


ホテルにチェックインし、一休みしたあと、まずは散髪にいく。
ぼくの行きつけはサパンタクシン駅そばの、
今回は利用しなかったが、定宿のひとつであるホテル
にある美容室だ。
前は、田舎からでてきたばっかりで、地味に別嬪さんだった、
見習いの方のねーちゃんが派手になってて、ちょっと悲しい
都会は、誘惑が多いんだよね。

顔馴染みの門衛さんと今度は8月にまた泊まるね、
とかなんとか話をしたあと、少し歩いてみよう、と考えた。
まだ午前中だが、日差しがきつい。
帽子を持ってこなかったのを後悔する。

サパンタクシン駅から、サラデーン駅近くまでは、
軍人も警察官もほぼいなかったが、サラデーン駅が近づくにつれ、
けっこう剣呑な雰囲気になってくる。
歩道に鉄条網が張られていたり、装甲車がいたりして、
ものものしい感じだ。
なんでかなー、と思ったら、
ここが赤シャツさんたちの占拠地域との境界なのだ。

どこまで接近できるのか、いけるとこまで行ってみよう、
と妙な蛮勇を奮って近づくと、
けっこうどこまでも近づけるではないか。

デシュタニホテル前の交差点には、タイヤが引き詰めてある。
念のため、お巡りさんに、行ってもいいっすか?と訊くと、
いいよ、とのことだったので、バリケードのタイヤに
タッチしてみるも、別にどってこともない。
中の様子を知りたくて、エラワンに行きたいのだけれど、
と試しにいってみると、
チュラロンコン大学の付属病院敷地内を通ってけ、といわれる。
占領地域を恐る恐る覗きながら歩いてみるに、
別段物騒な雰囲気でもないし、
西洋人が中をへろへろ歩いているでわないか。
入っていいのか?という疑問が沸いてくる。

チュラ大の駐車場係りのおっちゃんに、
エラワンに行きたいのだけれど、いうと、
簡単に占領地域への境目の扉を開けてくれる。
あまりの簡単さに脱力しつつ、ありがとうござる、
と丁寧にお礼を言って、ぼくも、中のヒト、になった。

入ってみると、外から見ている以上に、
緊張感にかけている状況であることがわかった。
占拠しているヒトの大半は、日陰で寝転がってるだけで、
とくに攻撃的な活動を行っていない。
それどころか、生産的な活動さえ行っていない
音楽に合わせて踊ってるタイ人もいる。
これが、日本のゴールデンウィークに多くの観光客を
タイへの渡航を諦めさせた、バンコク騒乱の実態なのだ。

なんだかなー、と思いながら、ラートプラソンの交差点に
向かって歩いて行くと、出店があったりして、
けっこう楽しくなってくる。
歩行者天国だな、こりゃ、と思う。

占拠地域外では売っていない、赤シャツやら、赤帽やら、
団扇やらのタクシングッズ、赤シャツグッズを記念に購入する。
列ができているので、なんだろうと思って、見てみると、
無料の炊き出しやら、氷菓子や飲み物の配給やら、
が行われているのんだ。
食ってけ、といわれるが、申し訳ない気がして、
丁重にお断りする。

結局、滞在した数日間、毎日プラトーナム側からここを通過して、
サイヤムやMBKに行ってたのだけれど、
ぼくが今まで、バンコクで経験したイベントの中で、
ひょっとすると、一番楽しいものだったかも、とさえ思えた。
なかは平和だったしさ。

期間中、和解に向けた動きや、
サラデーン駅側では爆破があったりしもしたけれど、
とくに占拠地域ではかわりばえしない日常が繰り返されていた。

結局占領状態は収束されず、知ってるヒトは知っているとおり、
日本のゴールデンウィークが終わって、
ぼくが日本に帰った翌週の、13日にタイ王国政府は、
軍隊を使って強制排除を行い、
多くの人的、物質的な被害も出すことになった。
ショッピングモールやらが燃えたりさ。
しかし、本当にそれが正しかったのか。

国内の治安を守るための警察ならともかく、
ほとんど徒手空拳に近い民衆に軍隊を差し向ける判断が、だ。
日本の政府ならまずはしなかっただろうし、ここは中国か、
天安門かよ、とタイ好きなら思ったろうさ。

赤シャツさんは、正当な選挙で多数派を占めたわけではない、
現政権に対して、解散と総選挙を求めただけで、
ある意味、当然の要求をしただけなんだよな。

デモクラシーはデモ暮らし
っていうのを実践しただけなのにさ。

タクシン首相(当時)の軍事クーデターによる放逐と、
国王による誤った追認によって現状があることを思うと、
民主主義の正当な手続きがいかに大切か、ということを、
思い知るいい機会だったと思うな。
ぼくらみたいな生まれながらに、
民主国家に暮らす者にはね。

いわゆる、ボタンの掛け違い、というのは、
その時点まで戻らないと、
本当の意味での修正ができないのではないか、ってさ。
でも、歴史を実際にさかのぼるのは無理なわけで、そうなると、
永遠に修復不可能な誤謬を犯してしまったのでわないか、
とさえ思えるね。

まったくどうしたもんなんだろうね。

次バンコクに行くのは、8月だけんど、どんな風になっているか。
しっかり見てこよう。


▼ルンピニ公園
U01

ラチャダムリ通り(ラマ4世通り側)
U02

中のヒト
U03

ラチャダムリ通り(ラマ4世通り方面を見て)
U04

中のヒトとカメラマン
U05

盾もつ、お巡りさん
U06

占拠地域の中のファラン
U07

赤シャツグッズ屋台
U08

赤シャツ娘。
U09

簡易トイレ
U10

テントと発電機
U11

民主主義を求めて寝てる人びと
U13

民主主義を求めて揉む人
U14

炊き出し
U16

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