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2009年12月20日 (日)

野球人生

死にかけているフェレンギ人からの忠告は信頼するな。
聞くのはかまわないが。
金儲けの秘訣 ・第73条)



このブログにぼくが書く、よしなしごとの何割かは、
車の運転中に思いつくことでしめられている。
家にいるときは、音楽を聴きながら、テレビの映像を眺めつつ、
ネットで情報を検索したり、文章を読んでいたりするのんで、
とくになにかを思い出しだしたり、
物思いに耽ったりしないのであるが、
その点、車の運転中、というのは、音楽は聴いているのものの、
頭はあんまり使っていないようで、妙に昔のことを思い出したり、
気になる事象がでてきたりするのんだ。

今日の運転中、モーツァルトを聴きながら、
思い出したのは、なんでかみなみらんぼう氏のことだ。

およげタイヤキくん、のあとあたりに、
サトウコズエちゃんだったと思うが、
子役出身の女の子が唄ってヒットした、
山口さんちのツトムくん、は、かれの作品だった。
しかしながらぼくには、かれが唄い、
さほどヒットはしなかった、野球人生
という曲の方が思い出深く感じられる。

思い出した瞬間は、さびのところ、
♪ああ野球人生、野球人生、というところだけで、
実は、題名も定かではなかったのだが、
今はネットでなんでも調べられるけっこうな時代だ。
みなみらんぼう、で検索してみると、
かれ自身のサイトにデスコグラフィーがあり、
順々にアルバムの曲名を調べてみて、
ついに、本当の曲名がわかった次第だ。

さて、音源はどっかにあるかいな、と思ってさらに調べてみると、
LPレコード時代のアルバムに入っていたあと、
長らく廃盤状態だったようで、
なんともいいタイミングだったことに、この9月に、
ベスト盤CDのなかの1曲として、再発売された、らしい。
iTuneでこの1曲のみ買えたらいいな、
という希望は残念ながら叶わなかったものの、
CD盤としては、すぐにネットで購入することができた。

まったく便利なこと、この上ない。

数日で、CDが届く。
棒読みみたいな、らんぼう氏の歌唱が実に懐かしい。
これを聴いていた当時の自分を思い出す。

たぶん、中学生か高校生か、そんなころの自分。
不自由ではあったけれど、でも自由だった、
そんな年頃の自分

ただよくよく考えると、肉体的にはたしかに老化したけれど、
精神的にはそんな成長していない気もするな。

ああ、おっさんの人生、おっさんの人生。


▼ちなみに、野球人生、40秒ほどだけなら、
ネットで聴くことも可能だ

それからついでに、なんでか、Whitney Houston の、
Whitney Houston というデビューCDと、
かのじょのビデオクリップ集も買ってしまう。
CDは、そよ風の贈りもの、という題名のついた、
邦盤の方を購入した。
当時、レンタルで借りたのが輸入盤ではなく、
邦盤の方だったので、こっちにしたのんだ。
決して邦盤のジャケット写真が、ハイレグの水着姿だったから、
という理由だけではないよ(^^♪
それにしても、DVDで見る、デビュー当時のかのじょの、
なんと溌剌として、キュートで美しいことよ。
かのじょのその後の人生は、いいことばかりではなかったよだけれど、
試練を克服し、復活されているようで、まったくなによりだ。
恋は手さぐり(原題How will I Know)のビデオクリップを
リピートでみながら、ほんとうにそう思うことだよ。

▼ところであっし、最近、つとに昔自分が好きだったものを
懐かしく思い出す傾向が高まっておるのですが、
いよいよ死期が近づいてますか(^^?
他人に見られちゃいけないものをそろそろ片付けないとなー。

写真は、Whitney HoustonのデビューCD、Whitney Houstonの、
アメリカ盤ジャケットと、

111





 

  
 

邦盤ジャケット。

200

2009年12月10日 (木)

手帳

賄賂を贈るつもりなら、自白はするな。
金儲けの秘訣 ・第180条)


たとえば、カメラ、である。

100年以上も続いてきた、アナログのカメラを
今使用しているヒトは、どのくらいいるのだろう。
数少ない、使用しているヒトの大半は、マニア、
と呼ばれるヒトたちか、新しい技術に関心のない、
あるいは、ついていけない老齢者、なのではないだろうか。

あるいは、音楽を聴く手段も、アナログ媒体は、
おおよそ駆逐されたように思う。
LP・EPなどのレコード盤やカセットテープは、
デジタルのCDやMDに取って代わられ、
それもモバイルユースは、ハードディスクオーディオに
取って代わられ、そして、ハードディスクオーディオもまた、
その使命が日々限定的になりつつある。
iPodでは、160GBのクラシック以外は、
最大64GBのフラッシュドライブに内容を
記録するものになっているし、すでにほとんどのメーカーでは、
モバイル用のハードディスクオーディオは、
製品のラインナップからその姿を消しているようだ。

ところがモバイルの分野で、今なお昔ながらの
アナログなものが、幅を利かせているものもある。
手帳、もそのなかの1つ、ではないか、と思う。

決して、デジタル方面に代替手段がないわけではない。
現にぼくは、紙の手帳を使用していない。
おそらく10年近い、と思う。

文房具好き、であることは以前書いたことがあるけれど、
手帳はそのなかでもとくに大事なアイテムであった。
そのむかし、毎年末に、どんな手帳を買おう、
と考えるが楽しい行事でもあった。

そもそも大むかし、手帳は買うものではなかった。
銀行とかからただでもらったりしたものを不自由に思いながらも、
使用するのが一般的なスタイルであった。
ぼくの記憶にあるのは、住友銀行からもらっていた、
黄土色のカバーがついた、小ぶりのものだ。

いつのころからだろう、たぶん日本人が非常に忙しく、
また豊かになりだしてきてから、手帳は買うものになった。
より自分にあったものを選び、使用する方が機能的だし、
おしゃれだったからだろう。

ぼくのなかの、手帳における最初の革命は、
升目型の月予定表、のついたものだった。
今でこそ当たり前になっている、上記のものは、
あんまり見る形式ではなかった。
たぶん、小さい手帳が主流だったことも関係あるのだと思うが、
1週間分か、2週間分、あるいは、1か月分を横線で
区切ってあるものが主流だったわけだ。

次なる革命は、システム手帳
と呼ばれるルーズリーフ型手帳、であった。
ぼくも数年間はもっていたように思う。
中身を差し替えるだけなので、必要に応じて、
古い予定を残すことも可能であったし、
住所録や個人で作成したデータの移行が今までのものと比べ、
スムース、というメリットが、大きかったわけだ。

また、ガワは長く使えるため、ものすごく高級なもの
が流行ったりもした。
大きく分厚い手帳は、能力や仕事量の象徴のように見えた、
ということもきっとあったのだろう、
猫も杓子も、ポケットには入りそうにない、
巨大なシステム手帳をもっている、という時代があった。

そしてぼくは、今の、PCと同期できる、
電子手帳にいたっている、というわけだ。

もちろん、紙の手帳に比べて、不便にみえるところ、
あるいは、実際不便なところもある。
充電を忘れると使用できないし、ぼくのものは、
先の予定だけしかみえず、過去は見ることができない。
過去のものは、コピー元の、
PCのoutlookを開く必要がある。

しかしながら、バックアップが2台のPCに残っていること、
自分の家でも職場でもほぼPCの前にいること、
PCでは検索が容易に可能であること、
予定の多くがメールで入ってくるため、コピペするだけで、
たやすく予定の記入できること、
テキストファイルは言うに及ばず、
ワード・エクセル・写真・音声ファイルなども持ち歩けること、
必要に応じてPCからプリントして、
紙媒体としても使用可能なこと、など、自分にとっては、
今の方法が便利すぎて、今更紙の手帳には戻れそうもない。

現にこの方法に代えてからは、とくに仕事の分野のおいてだが、
ダブルブッキングやすっぽかしは、ほとんどしたことがない。

職場で、きちんと予定管理ができなくて、
他人に迷惑をかける者がいると、正座させて説教してやろうか、
と思ったりするのだけれど、
それって、いらぬお世話なんでしょうね。


▼もちろん、それが必要になる可能性は、
ぼくの場合、極端に少ないと思うのだが、
警察からアリバイを言え、と問い詰められたらすぐに、
今世紀に入ってからのとある日に、
どこにいたか、自白できる自信がある。
紙の手帳派のヒトも、過去の手帳、
でんぶ保存してるもんなんですかね。
少なくともぼくは、紙時代のものはどこにあるか、
わかりまへん。。。

▼写真は昨年買った、Murakami Diary 2009。
上記のようなわけで、眺めることはあっても、
何かを記入することはありまへんでした。
でも、けっこう気に入ってる(^^

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