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2009年10月17日 (土)

メナム川ふたたび

ヴァルカン人の知識への欲求には用心しろ。
金儲けの秘訣 ・第79条)


日曜深夜にたまたま某国営放送をつけていたら、
むかし、特集番組で放送したらしい、
焼き鳥までがタイ国産~当世にっぽん食卓事情~、
という番組がやっていて、ふだんMUTEにして、
音楽を聴いていることの多いテレビの音声を
ついついONにして、べったりみてしまった。
1985年という、その番組の制作当時のタイの風景が珍しく、
録画しておけばよかったな、ともあとから思ったのだった。

さて、その番組なのだけれど、
川を下る日本の川崎汽船の船が映り、
メナム川では今日も食材を乗せて、云々、
というナレーションで終了したのだった。

さて以前にも、一度触れたことがあるのだけれど、
ぼくは、子どものころ、タイを流れ、バンコクから、
海に注ぐこの川の名前を、メナム川、とたしかに習った。
だからこそ、某国営放送の古い番組でも、
そのようにナレーションされていたわけだ。

ところが、タイに通い、タイ語の学習をするようになると、
その川は、メナム川という名前ではなく、
チャオプラヤ川という名称
であり、
メナム、とは、川、という意味の普通名詞である、
ということを知るようになった。

そしてぼくは、そのことを知ってから、
いろんな年齢層のひとに、その川の名前は?
という問いを機会あるごとに発してみた。
結果、おおよそ30歳くらいより少しうえの人で、
子どものころ、まじめに勉強していたひとほど、
メナム川、という答えが返ってくることがわかった。

メナム川、ということばは、川川ってことになるのだから、
現地では絶対いわないし、
きっと、誰かが間違えて、教科書だか地図帳だかに記載して、
ずーーーと、そのままになっていて、検定もそのまま通過し、
誤って教えつづけた結果、
まだ多くの日本人がタイではメナム川が滔々と流れている、
と信じるような状況になったのだと思う。

しかも、すみません、間違ってました、
という公告もたぶんせずに、
こっそりどっかで修正したに違いない、と思うのだ。

そのことを知った知人のなかには、
こりゃー、訴訟ものですな、と怒ったひともいたけれど、
でも正直言って、タイに流れる川の名前を
間違って覚えていたところで、
人生にそない大きな影響はないだろう、とも思う。

しかしながら、受験に関係ない科目だから、
というような狭量な見地から、
本来同世代の誰もが勉強する権利があった科目を
勉強せずに大人になった、ひとたちは、
非常に気の毒なのではないか、と思う。

たとえば、以前問題になった、世界史などの必修科目飛ばし
なんていうのは、そうだろう。

またさらにいえば、ゆとり教育、の錦の御旗のもとに、
何百万、何千万、というひとの学力を低下させ、
ひいては、日本の国力を低下させた当時の文部省の役人たちは、
薬害問題で人命を危機にさらした厚生省の役人達と同様、
実は極刑にも値する、あんぽんたん、なのだろうと思うのだ。

政権が代わり、今後どんな政策がなされていくのか、
現状ではまだまだわからぬけれども、教育力、こそが国力の要、
ということを強く信じる、憂国のおっさん、なのである。


▼それはそうと、現状における新政権に対する、
マスコミの慈愛に満ちた報道ぶりはどうだろう。
麻生前首相なんかは、漢字読み間違えただの、ぶれただの、
口が曲がってるだの、ぼろかすに言われ放題だったのに、さ。
誰しもが財源どうすんだ、っていってたマニフェストを、
節約で乗り切れる、と民主党が主張し大勝した選挙戦から、
まだ2ヶ月たってないけれど、
もう赤字国債の増額の話が出てきてる。
これを糾弾しないマスコミは、えこひいき、なんぢゃないの?

▼対岸からみた、ワットアルン(暁の寺)とチャオプラヤ川。

Photo

2009年10月 4日 (日)

夜曲

この銀河中の金持ちの大多数は、
その富を相続ではなく盗むことで築いた。
金儲けの秘訣 ・第26条)



むかし、某国営放送が銀河テレビ小説、
という20分の帯ドラマの枠を持っていて、けっこう見ていた。
家族そろってほのぼのみられるドラマが多かったように思う。
そのなかのひとつに、フランキー堺率いる4人組の泥棒が、
三ツ矢歌子だったか美人未亡人の邸宅に下宿して、
借りた地下室で、楽器の演奏の練習をしてる、とみせかけ、
その実、隣の銀行の金庫から金員を強奪すべく、
テープを回して音を消し穴を掘っていた、
というなんともたわいないストーリーのものがあった。

そのとき、ずっとテープで流されていた曲が、
アイネクライネナハトムジークの第2楽章だった、
と記憶している。

ナハトムジーク、はドイツ語で、英語だとナイトミュージック、
日本語だと、夜曲、とでも訳すのか。
そうなると、あーいーね暗いね夜曲、
とかいうことになるのか、とか考えてしまうのが、
中島みゆきファンの悲しいサガだったりする。

あの曲自体はかのじょの曲のなかでは、
けっして暗い部類ではないのだけれどね。
ま、つまらん言葉遊びなんだが。

それはさておき、アイネクライネナハトムジークは、
親しみやすい旋律で、モーツァルトの作品のなかでも、
とくに有名なもののひとつだ。
第1楽章の出だしは、曲名は知らなくても、
誰でも一度は耳にしたことがあるだろうと思う。
映画アマデウス、でも、懺悔をするサリエリが、
自分は有名な作曲家だった、といって、
自分の曲の旋律を口ずさんだら、神父はわからず、
モーツァルトの説明をするために、この曲の出だしを紹介すると、
神父は非常に興奮し、この曲を作ったのがあなたでしたか!、
といって、サリエリをさらに傷つける、
というシーンが冒頭にあったと思う。

今でこそ、モーツァルトの作品のほぼすべてを聴くことは、
さほど難しいことではない。
ぼくのもっている170枚組の全集などは、
たったの2万円ほどで購入したものだし。

ほんの30年ほど前は、モーツァルトのような、
メジャーな作曲家の作品でも、クラシック音楽市場の狭さと、
ソフト、当時はレコードということになろうが、
の単価の高さから、一般にはごく限られた作品しか手に入らない、
というのが当然だった。
海外では多少は状況が違ったのかもしれないけれど、
当時、日本の市場はけっこう閉じていたしさ。

そして、そのごく限られた作品だけが、
ごく選ばれた演奏家によって、記録に残され、
販売されていたわけだ。
そんななかで、このアイネクライネナハトムジークは、
例外的にたくさんの選択肢のある、
つまり、モーツァルトの作品のなかでも、
特にメジャーな1曲、といっていいものだった。

世の中が、まだまだシンプルで、
ある意味、いい時代だった、のかもしれない。

ただ今は、モーツァルトであろうと、中島みゆきであろうと、
簡単に手に入るのはけっこうなことだよね。

じっくり聴く時間がないことを除けば、さ。

あなたは、今夜どっちの夜曲を聴きますか(^^?

  

街に流れる歌を聴いたら
気づいて 私の声に気づいて
夜にさざめく 灯りの中で
遙かにみつめつづける瞳に気づいて

あなたにあてて 私はいつも
歌っているのよ いつまでも
悲しい歌も 愛しい歌も
みんなあなたのことを歌っているのよ
街に流れる歌を聴いたら
どこかで少しだけ私を思い出して

月の光が 肩に冷たい夜には
祈りながら歌うのよ
深夜ラジオのかすかな歌が
あなたの肩を包みこんでくれるように

あなたは今も 私の夢を
見てくれることがあるかしら
悲しい歌も愛しい歌も
みんなあなたのことを歌っているのよ
月の光が 肩に冷たい夜には
せめてあなたのそばへ流れたい

街に流れる歌を聴いたら
気づいて 私の声に気づいて
心かくした灯りの中で
死ぬまで 贈りつづける歌を受けとめて

街に流れる歌を聴いたら
どこかで少しだけ私を思い出して
思い出して

(「夜曲」詞:中島みゆき)

なんてすばらしい詞なんだろう 
まだ聴いてないヒトは、一度是非お聴きあれ(^^♪
曲がついてると、感動のあまり、泣いちゃうよ。

▼写真は、タイで買った映画、
アマデウスのデレクターズカット盤のDVD。
リージョンコードは3で、日本仕様ではなかったが、
なんと日本語字幕が入ってた。
らっきー☆彡

A

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