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2009年8月30日 (日)

ぷんぷいさん、写される

商売は戦争のようなもの。誰が勝つかが重要だ。
金儲けの秘訣 ・第282条)



昨秋のとある週末、めったに外出しないぼくが向かったのは、
南海電鉄高野線堺東駅そばに立地する、堺市役所だった。
ここで、タイフードフェスティバル堺
が2日間に渡って開催されるからだが、
もちろん、タイフードなぞはわざわざ来るほどには珍しくない。
にもかかわらず、ぼくがここに来た理由は、
その出店のなかに、ネオタイ、があったからだ。
ネオタイは、ぼくが愛してやまぬ、在日タイ料理店、
もっと限定的にいうと、在阪タイ料理店、だ。

こことのつきあいは、たぶんもう5年を超える。
当時つきあってた女性とぼくを結ぶ、キーワードのひとつに、
タイ、あるいは、タイ料理、があったのだけれど、
ある日、よく車で通過した松屋町通りの大林ビルの南の建物に、
夜目にも燦然とはためくタイ国旗をぼくらは発見した。

数度見送り、ある夜、意を決して、
この店に通じる階段を昇ったそのときから、
ぼくらは、他のタイ料理屋にほとんど行かなくなった
この店のタイ料理の虜になってしまったわけだ。
しかも、この店の魅力はタイ料理にとどまらない。
店のオーナーシェフのマナスさんと、
マダムのかなちゃんの人柄も含めて、
この店の虜、になってしまったわけだ。

その女性とは3年で別れてしまったけれど、
この店とは、ずっとつきあいが長く続いてることでも、
この店の魅力がわかろうというものだ。
仕事に行く以外は、ほぼ引きこもり状態のぼくを
あえて外出させる、魔力、がネオタイにはあるのんだ。

土曜は、仕事を終えてから、4時ころ堺市役所に着いた。
ネオタイのブースはほどなく見つかり、簡単な挨拶をしたあと、
出してもらったジュースを飲みながら、天王寺と違い、
なんとなくあたりが閑散としているのに気がついた。

営業力が不足しておる

やはりここは、ぼくの出番ではないか。
ということで、呼び込みを手伝うことにした。

以前も一度お手伝いをしたことがあるが、
そのときは来場者数の多い天王寺だった。
今回は、通行人自体がでんでん少ない。
声がかれるくらい呼び込んでも、
なかなか反応を示してもらえない。
営業経験がほぼないぼくは、
客商売の難しさを学ばせてもらったのだった。

それでもその日の商売を終えるときに、マダムのかなちゃんから、
あしたも暇なら手伝って、といわれて、つい調子に乗って、
日曜日も朝から、夕方まで、呼び込みをしたのだった。
その姿が、なんでか写真に撮られて、タイ領事館のHPにも、
さりげなくUPされているのをみたとき、
写真家にしかわからない、働くぼくの美しさ故に、
写されてしまったのだろうな、美しいことは罪だな、
と反省したおっさんなんである。

▼ちなみに、今年のタイフェスティバル2009大阪に、
われらがネオタイさんが出店します。
お暇な方は、是非9月5日・6日、天王寺までお越しください。
ぷんぷいがそこにいない、とどうしていえようかщ(゚д゚щ)カモーン

2



 

 

もうタイ領事館のHPには貼られてないようなので、
小さな写真を貼っとくでやんす(^^♪


2009年8月23日 (日)

シンフォニエッタ

常に自分が買うものは把握しておけ。
金儲けの秘訣 ・第218条)



村上春樹氏の最新作、1Q84が話題になった。
少なくとも当初は、内容ではなく、
その爆発的な売れ行きが話題の中心だったように思う。
ぼくも予約して買った口のなのだが、
以前からこんな風だったかな、と思い起こしてみると、
海辺のカフカ、という作品もそういえば、話題になり、
ベストセラーになったよな、と思い出した。

ところで、むかしからかれの作品を読んでいるヒトは
よくご存知であろうと思うが、作中に音楽の話題がよく出てくる。
あげれば切りがないので、興味があるヒトは
読み返してみてほしいが、当初はジャズやポップスが
多く取り上げられていたような印象がある。
けれどデビュー作の、風の歌を聴け、でも、
ベートーベンのピアノ協奏曲が出てきたりしたので、
必ずしも、趣味が変容してきている、とばかりもいえないようだ。

今回の、1Q84、では、登場人物が
ジョン・ダウランドのリュート作品や古い時代のジャズ、
ローリングストーンズなんかを聴くシーンもあったけれど、
冒頭から一貫してストーリーと密接に関連しているのは、
ヤナーチェク(村上氏はヤナーチェックと書いていた)、
というチェコの作曲家の、シンフォニエッタ、という曲だった。

シンフォニエッタとは何か、とつい調べたくなるけれど、
元来小交響曲というような意味のイタリア語らしい。

でわ小交響曲とは、
小規模の楽器編成で演奏される交響曲なのか、
交響曲としては時間的に短い、小さめの作品なのか、
とまた疑問が沸いてくる。
また、小交響曲、を考える前に、ところで、
そもそも交響曲とはなんだ?
と考えると、これはこれでまた難しい。

本来は、一定の形式をもった、通常3楽章から4楽章
からなる管弦楽組曲、ということらしいが、
例外が多すぎて、あてにならない。
どおも、作曲者が、交響曲、といえば交響曲、というのが、
一番それらしい定義のような気がするな。

さて1Q84でのシンフォニエッタだが、時代的な要素もあって、
第1巻で、主人公のひとりである天吾が聴いていたのは、
ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団演奏のレコードで、
第2巻で、もうひとりの主人公である青豆が聴いていたのは、
小澤征爾指揮シカゴ交響楽団演奏のレコードだった。

発売当初、アメリカのコンクールで優勝した、
辻井伸行氏のCDとともに、HMVのネット販売の上位に、
ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団の、
この曲のCDがランクインしていて、

なんで今、ジョージ・セルなの?

というのが最初わかならなかったのだけれど、読み進むうちに、
そのシーンにあたって、やっと理解できたのんだ。
小澤盤も、HMVでは販売されていたが、アマゾンでは品切れ、
というときがあり、本来1000円ほどのCDに、
10000円以上の値段をつけて、
売っていた出品者もいたようだ。
売れたかどうかは、知らんけど。

ちなみに、ぼくはこの曲を、
ラヂオでは聴いたことはあったのだけれど、
所有している2000枚以上のCDのなかには、
シンフォニエッタはおろか、ヤナーチェクの作品が
はいったものが1枚もなかったのに、逆に驚いたりした。
別に選んで買わなくても、けっこうまとめ売りのCDのなかに、
有名どころの作品は紛れ込んでいたりしたのだけれど、
ヤナーチェクだけは、でんでん入っていなかったようだ。

村上氏がヤナーチェクのシンフォニエッタを
作中に使用したことで、
これからクラシック音楽に親しむヒトもでてくるのだろうが、
ぼくからすると、クラシック入門が、ヤナーチェク
というのはどうにも違和感があるけれど、
これも、縁、というものだろう。

村上朝日堂から、村上作品に入った、
という読者もいるようだしね。


▼1Q84、を読んでいてうれしかったのは、
ねじまき鳥クロニクル、で登場した、
牛河氏が、この作品に登場してたことだ。
もちろん、同姓の別人、の可能性もあるだろうが、
そうそうある苗字でもなく、
風体もファッションセンスも一致しているし、
話し方もそっくりだし、時代的にも無理がない。
1984年当時政治家の秘書をしていたと思われる牛河氏が、
宗教団体からの交渉人(と思われる使者)として現れる。
この本だけの読者には、かれの素性はわからないけれど、
以前からの読者にはある示唆が与えられる、
ようになっているわけだ。
ま、それ以上に、羊男氏同様、牛河利治氏は、
作者が愛するキャラクターのひとりなのかもしれないな。

1q84

2009年8月16日 (日)

余った命

死んだ顧客は、生きている奴ほど買い物しない。
金儲けの秘訣 ・第10条)




最近どっかで読んだのだけれど、
生涯独身男性の40歳時点での平均余命は、おおよそ30年、
であるらしい。
既婚男性はというと、40年くらい、らしいので、
このデータの意味するところは、
結婚していない男は早死にする、ということなのだろうと思う。
しかし、結婚しているからといって安心できない、
というのは、その統計によると、離婚した男性の平均余命は、
生涯独身男性よりまださらに短い、らしいのだ。

以前にも書いたと思うけれど、現時点においてぼくは、
自分の人生をおおよそ60年くらい、と予測して生きていた。
根拠ある予測ではなかったのだけれど、
必ずしも弱気すぎる予測ではなかったことが
なんとなく証明できたよな気がするのんだ。
生涯独身男性の平均より10年も短いのは、
充分弱気ではないか、という意見もあるだろうが、
ぼくの日常といえば、最近では休日はほぼ一歩も外出せず、
平日もデスクワークでほとんど肉体を使用していないし、
かなり不健康な日常を送っている自負がある。

にもかかわらず、食事に関しては、好きなものしか食べず、
肉体は太るに任せる、という生活を続けていた。
ゆえに、きっと平均より10年くらいは短くてもしかたない、
という結論に達したわけだ。
仮に、平均より5年短い、ということであったとしても、
60年が65年となるだけだし、そんなにかわるわけでもない。

そんなぼくだが、職場に決まりにしたがって、年に1度、
人間ドックを受診しているのは以前から幾度となく書いた。
これは業務なので仕方がない、
と割り切っていやいや受診している。

そこでついに、このままこの生活を続けると、
糖尿病になる、と診断されてしまった。
さすがにこれはちと、困ったな、と思う。

あっさり死ぬのはいいのだが、
糖尿病だと親族や他人様に迷惑をかける可能性が高くなる。
失明したり、足が不自由になったりするのは、避けたい、
と今回初めて、自分のなかで、警戒信号が点灯したのんだ。

しかたないから、じゃっかんの食事制限と微量の運動を
行う決意をする。
医者のいうところを信ずれば、痩せれば、身体に起こっている、
すべての悪い兆候は解決される、とのことだ。
脂肪肝をはじめ、内臓につきまくった脂肪も、
痩せれば、多少はましになるという。
でぶ、であることの容認が、諸悪の根源、ということらしい。

健康のために、なにかを行い、貴重な時間を費やすのは、
実に不本意で、もしそんなことをして、長生きしてしまっては、
さらに不本意なのだけれど、そんなぼくでもビビるほど、
それほどまでに、糖尿病は恐ろしい、ということなんである。

聞くところによると、糖尿病になると、
上記のような症状以外に、自分で、
毎日何度もインシュリンの注射を打たねばならぬらしいし。
注射嫌いの身としては、やはりここは努力のしどころか、
と思うのである。



▼人生50年のころは、たぶん今よりも社会のシステムが
シンプルだったろうな、と思う。
長生きするようになったために、
個人としても、社会としても、
多くの問題を抱えるようになったのであれば、
なんで長生きなんかするようになったのだろう。

写真は、以前もつかったワンコの写真。
自作のコピーととも、再掲。。。

 

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何も持たず生き、何も持たず死ぬ犬生@バンコク
そして、犬のように生きる人生@バンコク

2009年8月 9日 (日)

what's マイケル?

自分で八百長を仕組んでいないレースには、絶対賭けるな。
金儲けの秘訣 ・第188条)



あなたにとってのマイケルとは?

というような話をむかし友人としたことがある。

バケットボール好きのヒトであればきっと、
最初に浮かぶのは、マイケル・ジョーダンその人であろう。
かれが野球から戻って、ピペン、ロッドマンらとともに
大活躍した95~96年シーズンのシカゴブルズはすごかった。
勝率が9割に届こうという勢いだったよな。

マイケル・レドモンド9段を思い出すのは、
囲碁のたしなみのある人だろうし、
ポップミュージックの愛好家なら、最近亡くなった、
マイケル・ジャクソンが絶対的なマイケルだろう。

マイケル・コルリオーネを思い出すヒトは、
少し年齢が高い映画マニアか。
アル・パチーノ演ずるかれが、シチリアだかに逃げているとき、
イタリア人がかれを、ミケーレ、と呼ぶシーンが、
なぜかぼくの脳裏に焼きついている。

マイケル富岡とか、マイケル・ダグラスとか、
漕げよマイケルとかを第一に思い浮かべるヒトだっているだろう。

しかし、ぼくが今一番関心をもっているのは別のマイケルだ。

そう、ちかぢかF1に帰ってくるあのオトコ、
その名は、マイケル・シューマッカー
彼の母国、ドイツ語読みでは、ミハエル・シューマッハー
という風に呼ばれている、元F1ドライバーだ。

かれの凄さは、デビュー以来
250戦で91勝という優勝の数字でも、
生涯ポイント1369ポイントという数字でも、
年間チャンピオン7回、という数字でも容易にわかるだろうが、
たとえば、34歳にして惜しくもレース中に亡くなった、
天才アイルトン・セナ・ダ・シルバの、
161戦、41勝、614ポイント、3回、という数字や、
プロフェッサー、アラン・プロストの、200戦、51勝、
798.5ポイント、4回、という数字と比べるとき、
もっとはっきりとシューマッハーの突出ぶりが、
理解できるのはないだろうか。

しかも、かれはただ速いだけのドライバーではなく、
マシンの開発能力に優れ、チームを勝てる体制にもっていく、
リーダーシップがあり、そのカリスマ性でも、
余人の追随を許さなかった。

かれが1996年からフェラーリへの移籍を決めたとき、
ぼくは、なんで?
と思ったし、同様に思ったヒトは多かった、と思う。
かつての強豪チームだったフェラーリも、かれが来るまで、
実に長きに渡って、チームの年間優勝からも、
個人の年間優勝からも、見放されていたし、当時の状況も、
さほど明るいものには見えなかったからだ。
しかし、それは皇帝シューマッハーの新たなる挑戦だった。

かれは明らかに劣ったマシンでも、それなりの走りで、
年間3回優勝し、チームを鼓舞するとともに、
マシンをよりよく変革していくことで、
チームが勝てる体制を作りあげていった。
そして4年後、フェラーリは常勝チームになっていた、わけだ。
かれが駆るフェラーリがあんまり強すぎて、
F1がつまらなくなったように感じた視聴者さえ、
出始めたほどだった。

するべきことをすべてしてしまったかれは、
2006年シーズンを最後に37歳という若さで引退した。
これでF1がおもしろくなる、と思った人々もいたようだけれど、
赤い皇帝を失ったF1は、つまらなくなった。
少なくても、ぼく的には。

そして、今年。
皇帝の新たな挑戦は、偶然の産物だった。

以前フェラーリで、かれの同僚だった、
ブラウンGPのルーベンス・バルチェロが落とした部品によって、
フェラーリのフィリペ・マッサが怪我をして、
今年の出場が難しくなってしまったため、
代わりのドライバーが必要になったのだ。

ぼくもそうだけれど、シューマッハーを最初に思い浮かべた、
F1ファンは多かったろう。
かれのマネージャーが、それはないよ、
と最初に声明を出したくらいだから。

しかしながら、皇帝はF1に帰還することに決めた。
3年半のブランクと、40歳の年齢は、
必ずしもポジティブな捉え方をされないだろうし、
かれのキャリアを傷つけるだけだ、という声も多い。
でも、シューマッハーなら、かれならば、ひょっとして、、、、
と思わせるのが、シューマッハーのシューマッハーたる所以だ。

久しぶりのかれのF1での走りを楽しみにしている、
多くのF1ファン、元F1ファンの期待に、
シューマッハーがどういう形でこたえるのか、
あと10日後が実に楽しみな、おっさんなんである。


▼ちなみに、マイケル、というネコもいたな。
いきなり踊りだすかれの名前の由来は、
故マイケル・ジャクソンにあるらしい。

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        /´ `ヽ、___ /⌒i
.       {  ⌒゙ヽ } i { `ヽ j
       〉     j??i     〈
       ,′             ',
        { __   (●  ●) __ j
.       ハ´     O    `/   
       ん ヘ、三三人三三≠
.      ∧  /´ ̄`) ー=彡/
      ハ.   /  `T′ ー=7
    厂  ,′ ー=!_ノ    ,{      ∠⌒)
     {ニ  {    ノ}ヽ  ≠ハ   ∠ー/
    Ⅶ、 ゙く     イ/ ∧ ∧y'
     Ⅵ‐     ̄    / ノ∨ー/
.       〉=        //∧/
      ∧=-         / /\
      {==-    __    /   ノヽ、
     ∨==-   { `'<_ノノ      \
       ゙く ノ    j    `'ー-= 、  \
        `フ=  /          ∨ノ  }
       (_((_ノ           `ー '′

2009年8月 2日 (日)

S・A・C・D

高く入札してやれば、顧客は増える。
金儲けの秘訣 ・第240条)




最近、ちょいと感動した。
SACD(スーパーオーディオコンパクトディスク)
と呼ばれる記録媒体にだ。

従来型のCDとは規格が違う。
字面からもわかるように従来型のCDよりも、情報量が多く、
優れた音質で音楽を聴くことができるものだ。
が、その多くはハイブリッドと呼ばれる方式で記録され、
従来のCD再生機でも読み出し可能な情報も入っている。
ものによっては、そうでないものもあるようだが、
むしろそれは少数派のようだ。

以前、ちょっとしたきっかけから、
少し値の張るヘッドホンを買ったために、
オーディオの無限地獄の入り口付近に入り込んだ、
というようなことを書いたと思うけれど、その後も、
いくつかヘッドホンを書い足し、ヘッドホンアンプを購入した。

ある日のことだ。
自分のもっているDVD再生機のひとつがSACD規格に
対応していることに気づいた。
値段的には高級品ではない。
SACD再生が主な目的、というよりは、
おまけの機能としてついてるような感じのものだ。

戯れに、ひとつSACD盤を買ってみた。
たしか、ユーリ・シモノフ指揮ロイヤルフィルによる、
ストラビンスキーの春の祭典と火の鳥が収録されたディスクだ。
値段も千円弱だったし、
たいして期待もしていなかったのだけれど。

驚いた。

なんとすばらしい音なんだろう。
演奏もなかなかだったのだけれど、それにもまして、
再生された音そのもののすばらしいこと。
従来のCDで聴いていた音が、
へいばんに感じられるようなそんな気さえしてきたくらいだ。

こういう経験は、たしか以前にもあった。

神戸の地震の前に、初めて横長のテレビを買ったときだ。
たしか、東芝製の28インチブラウン管テレビだったけれど、
実家に帰ったおり、29型の従来型のテレビを見ると、
テレビの中のヒトが、なんでこんな四角い箱に
入っているのだろう、と違和感を感じたものだ。

今回のSACDでの感動は、それを超えたものだった。
ずきゅーん、と、おっさんの心は射抜かれてしまった。

今聴いているのは、ヘルベルト・ケーゲル指揮、
ドレスデンフィルによる、ベートーベンの交響曲全集のうち、
第7番だ。
ベートーベンの交響曲は、今までの人生で面白い
と思って聴いたことは正直、一度もなかった。
何十年間、何度かトライしたものの、ベートーベンの交響曲を
聴くことは拷問のようにしか思えなかったのに、
ぼくは今すばらしい音楽体験をしている。

もちろん、ケーゲルの演奏が優れており、
かつ今のぼくにフィットしている、ということもあるのだろう。
しかし、SACDでの優れた音質がなければ、
それに気づいたかどうか。
そもそもSACDのお買い得盤でなれば、
ケーゲルのベートーベンを買ってはいなかっただろうしさ。

ちなみに、この東独出身の指揮者は、
すでに1990年に亡くなっているが、
当時70歳だったかれの死因は、自殺だったということだ。
こんなすばらしいベートーベンを表現できるかれが、
いったいどんな理由で自殺したのだろう、
というのも少し気になるところだが、詳細は知らない。

そんなわけで最近では、可能であれば、
まだまだCDに比べると格安のものは少ないが、
SACD盤を買おうとしている自分がいる。
いよいよもって、地獄にまっさかさまに落ちていっている。

長く生きてるといろいろと便利でいいものがでてくるよねー、
長生きは3文の得、などと意味のないフレーズを
ついいってみたくなる、
真夏でもギャグは so cool なおっさんなことだよ。


▼ちなみに、今よく使用しているヘッドホンは、
DENON AH-D5000
ちょっと緩めの掛け心地がとてもいい。
音はいうに及ばす。
たしか40000円ほどもしたが、よい買い物だった。
しかしながら、D5000がここちよい、となると、
最近出た上位機種のD7000が気になる、と今日この頃。
実売80000円ほど。
か、買わないぞーーーーーー^^;

Denon2

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