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2009年7月25日 (土)

転机旅館(黄金週間2009・その5)

ホテルに預けてあった荷物を13時半に受け取ると、
タクシーで空港へと向かう。
この前、空港へ行くときに使ったタクシーの運ちゃんとは違って、
がっちりした体型の、無口で実直そうなおっちゃんだった。
へらへら話しかけてこないのはいいのだけれど、
自分の運転に自信があるのか、なにか急ぐ理由があるのんか、
高速に入ってからずっとえらいスピードでぶっとばしている。
そっとメーターをみてみると、150キロに迫ろうか、
という勢いだ。
ふだんなら、もっとゆっくり走ってくれ、
とかいうところだけれど、こんなスピードを出されると、
話しかけるのも憚られる。
変に話しかけて、振り返られるのも恐ろしい状況だったので、
刺激しないように窓の上の持ち手をしっかり握って耐えていた。

空港に着くと、まだ14時になっていない。
30分かかっていないのに、また驚いた。

チェックインまで30分くらい待たないといけないんだろな、
と思ったら、3時間前の14時過ぎにはチェックインが始まった。
これはラッキーとばかりに、すぐに荷物を預けて、出国する。
中華航空は、スターアライアンスに加盟していないので、
ラウンジが使用できるわけではないが、早い目早い目に行動する
のが習い性になっているし、安心もできるしさ。

飛行機は無事バンコクを飛び立つと、
夜の桃園国際機場に着陸した。
入国審査場は、往路のときが嘘のような状況で、
ほとんどヒトがいない。
それでも、ふたりくらい並んでいる列の最後につくと、
列から列へと女性係官が巡回して、
入国書類になにか書き込んでいる。
なんだろうと思っていたら、ぼくの書類に、
転机旅館、と記入して去っていった。

Photo






トランジットホテルに泊まるための入国する、
ということだろうか。

入国が早いと、荷物がなかなか出てこない。
バンコクからの便は以前同様、麻薬犬が荷物やら、
着てる服やらをかいで回る。
あんまりりりしくかわいいワンコだったので、思わずなでたら、
係りのおばさんに、シェイシェイ、といわれながら、排除される。
たぶん、大事なワンコをばっちい手で触られたくなかった
のだろう。

荷物を受け取ると、予約してあった、
空港そばのホテルにタクシーで向かう。
台湾でタクシーに乗ったのは、記憶にある限り、
5回目かな、と思う。
他に安い交通機関が発達しているので、
あんまり今まで乗らずにすんでいたのだが、
今回のホテルは、タクシー以外方法がない。

5分ほどで、ホテルに着いた。
160元だかを払って、すぐにチェックインをすまし、部屋に。
もう10時だし、寝るだけなのだけれど、
値段のわりにはまあまあ、と、値段どおり、
の間くらいの感じかな。

翌朝、6時前に起きて、シャワーを浴びてから、朝食会場に行く。
無理して食べないでもいいような時間なのだが、
どんなご飯か、興味があったので、来てみたのんだ。
いわゆる、バンキングスタイル、というやつだが、
タイのホテルに泊まってからだと、
どうしても、豪華さには欠ける感じがする。
スクランブルエッグは、半生加減がとてもよかったけれどね。

空港までは、またタクシーで、今度はなぜか200元だった。
すぐにチェックインし、出国し、お土産を少し買ってみる。
いつもいつも、タイのものでは、芸がないしさ。

関空行きの飛行機は、いわゆる、ジャンボ機、
ボーイングの747型で、
ラッキーなことに、座席の広い2階席だった。
4区間で、諸経費、燃油代を抜くと、たった4万6千円、
1区間当たり1万1千500円しか支払ってないのに、
広い座席をあてがってもらって悪いね、と思いつつ、
たびの終わりのラッキーに、思わず顔のほころぶ、
おっさんだったことだよ。

▼桃園のワンコ(参考画像)

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2009年7月17日 (金)

謝安琪の祝英台(黄金週間2009・その4)

バンコクで、滞在していた5日間、食っちゃ寝、を実践してきた。
それ以外、とくになにもしなかったけれど、
ここ数ヶ月のリフレッシュにはなったし、とくに今回、
マンゴスチンをたくさん食べれたのがよかったな、と思う。

朝食を10時前後に食べて、夕食は17時過ぎに食べていたので、
寝る前に果物でも、と思って、
スーパーでマンゴスチンを買ってみたのだけれど、
これがなかなかにおいしかったのんだ。
今までも、食べないわけではなかったのだけれど、
ドリアンのように、毎回必ず意識して食べていた、
わけではなかったのんだ。
これからは、たぶん毎回食べることになるだろう。

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ところで、このマンゴスチンを購入した、
TOPSというスーパーなのだが、
もともとこのスーパーの創業者は、パッポン通りで、
たしかGOGOバーを経営して利益を上げ、
タイでも有名な、このスーパーマーケットチェーンを作り上げた、
立身伝中の人物だ。
しかも、ぼったくり系のGOGOバーが多いなか、
良心的な経営で、多店舗を展開を果たし、業績を伸ばした、
タイ人らしからぬ、目先の利くヒトだったように記憶している。
やっぱ、まっとうな商売をしないと、どんな分野であろうと、
どんな国であろうと長続きしない、ということだわね。

バンコクでの5日目の朝、今日はどう動くか、考える。

飛行機の時間は、現地時間の17時5分発。
微妙な時間だ。

ホテルのチェックアウトは、12時。
空港へは、最低でも2時間前には着いていたいから、
14時くらいには、市内を出ていないと、安心できない。
そうなると、そんなに自由に動ける時間もないけれど、
チェックアウトと同時に空港に行くと、けっこう長いあいだ、
荷物を抱えたまま、ぼーっと待つことになるしなー、
と当日の朝、食事をしながら、考えた。

朝食が終わってから、食堂の横にある、
ホテル内の美容院のねーちゃんに、バイバイ、をいう。
今までは、サイアムセンター内の美容院で髪を切ってたのだ
けれど、ふと気が向いて、今回ホテル内で切ってみたのだ。
値段は安かったし、とくに問題もないようだし、
あっという間に切り終わったのもよいし、なにより、
どういうわけだか、このねーちゃんには、
ぼくのタイ語が通じやすいのが気に入ったので、
また3ヶ月たったら、来るからよろしくね、
と挨拶をしといたのんだ。

意思の疎通、というのは、不思議なもので、
学歴や頭の良し悪し、知り合ってからの期間なんかよりも、
こんな風に、相性みたいなもので、
通じやすかったり、通じにくかったりするのんだ。
髪を切ってもらってる、10分ほどのあいだに、
すっかりむかしからの知り合いのように
話ができたりするようになる者もいれば、
長く話してもでんでん通じにくい者もいる。
たとえば、ネオタイのマナスさんなどは、
なぜだか通じにくい方のタイ人だったりするのんだ。

部屋に帰って、荷物を片付けながら、なんとなくMTVを
見ていたら、心持ちのいい音楽が聞こえてきた。
曲終わりにすばやくメモをする。

謝安琪
祝英台

中共のヒットチャートのようだから、中共の歌手だろうか。
妙に気に入ったので、残った時間は、
タイのCDショップでこれを探して帰るか、と決めて、
11時過ぎにチェックアウトし、荷物を預けて街に出かけた。

結局、バンコクで探し切れなかったのだけれど、
帰国後ネットで検索すると、香港人のようだ。
すぐにでてきたばかりか、
youtubeでもおんなじビデオクリップが見れたし。
そのうえ、HMVのサイトで
CDとDVDを購入することもできた。

なんて便利な世の中なんだろ。
最近の若者は、海外旅行になんか行きたがらない、
というのをどっかで聞いたように思うけれど、
自宅にいながらにして、なんでもできちゃうからなー、
とも思ったのだった。



▼サイアムパラゴンでみかけたタイ人の別嬪さん。
歯列矯正中なのは、ご愛嬌。
チャイナドレスがよく似合ってる。
切れ目が見えるようにもっと横向いて、、、

なんて、たとえ思ってもいえない。。。(^^ゞ

 

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2009年7月 5日 (日)

BNE WAS HERE(黄金週間2009・その3)

バンコク初日の朝は、10時前に目覚めた。

昨夜、台北からバンコクの空港に着いたのが25時ころで、
深夜だったせいか、検疫もなく、
機内で配られた検疫申告用紙の回収もないまま、
あっけなく入国し、ホテルには26時ころついた。

検疫申告用紙は、今回の豚インフル対策に新設されたのだろう
けれど、回収する係員がいなかったりするのがタイらしい。
あとで聞いたところによると、当時回収の係りは、
おばさんが1名
だったそうで、いくらなんでも、
アジアのハブ空港のひとつでもあり、24時間発着がある
バンコクの国際空港で、そんな体制では無理があるだろう。

ホテルの部屋に問題がないかどうかを確認し、
少し荷物を引っ張り出して、シャワーを浴びて寝たのが、
27時を回っていたので、よく寝た、というほどでもないが、
けっこうさわやかな目覚めだった。

まずは、朝食でタイ料理を食べる。
ここの朝ごはんは、けっこうおいしいのんだ。

タイご飯を堪能したあと、ホテル隣のデパートで、
携帯電話のSIMカードを50バーツ(約150円)で買う。
1週間ほどしか滞在しないし、
100バーツ(約300円)分の電話料金をプリペイドする。
一応毎日、実家に生存確認の電話をしたものの、
結局は使いきれなかったが。

まずBTSサイアム駅すぐの、サイアムパラゴンに行き、
BOSE SHOP
に入った。
日本ではすでに販売中止になっている、
M3というアンプ内蔵スピーカーがあれば、
買って帰ろう、と思っていたのんだ。
台北では、時間がなくていけなかったので、
バンコクではまず最初にやってきた。

展示していたのは、M2っぽかったのだが、
念のため、店のおぢさんに、これは、M2?
それとも、M3?と訊いてみる。
そしたら、おぢさんは、M3は日本限定品だよ、と教えてくれた。
この間、日本で限定再生産されたようだし、
新品を買おうと思ったら、そういう機会を待つしかなさそうだな。

つぎに、パッティッププラザに向かうが、
その途中、気になるステッカーを見てしまう。

BNE WAS HERE

おそらく以前見かけた、BNE関係のステッカーの、
ニューバージョンなんだろう。
BNEはここにいた(が今はいない)という意味か。
参上したあとの説明だとすれば、けっこう丁寧な性格だな。
同じところを歩いたけれど、正月にはみかけなかったので、
貼付時期は、それ以降、4月までということになるだろう。

噂では、在タイの日本人が例のステッカーを
貼って歩いているそうなので、これもたぶんそうなのだろう。
気になっていろいろ歩いてみると、ステッカーではなくて、
スプレーでの落書きも多数みかけた。
なんだかなー、と思う。

しかも、KING BNE うんたらかんたら
という落書きまである。
この国で、KING、っていうことばを使うときは、
そおとお覚悟しとかないと、お巡りさんも、
笑って許してくれませんことよ、
とまだ見ぬBNE確信犯のことを思う、おっさんなのだった。

▼例によって、証拠写真の一部を。
まずは、ステッカー。

 

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