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2009年4月26日 (日)

年を越せない

利益になるなら、自分の母親でも売り払え。
金儲けの秘訣 ・第131条)




最近、アメリカ発の不況のために、派遣労働者が寒空に
住むところもなく、派遣雇用契約を破棄され、
放り出される事態が発生している。
ここんとこ数年、あるいは、十数年、日本は不景気だの、
デフレスパイラルだの、格差社会だの、
ネガティブな話が多くなされていたけれど、
今回のような事態に陥ってみると、実は、さほど深刻な事態
でもなかったのか、とも思えてしまうのが不思議だな。

それはさておき、そんな状況のなかで、年末に、
年を越せない、という表現が多用されていた。
たぶん、その日暮らしの人間が世間が休暇に入ることで、
日銭が稼げなくなり、生存に窮する様を、年を越せない、
という風に表現していたのだろうが、
本来的には、そのような意味ではなかったと思う。

落語に、掛取り、という噺がある。
年末の支払いに窮したおとこが、集金に来る商売人の、
好きなことにあわせて、うまい言い訳を駆使し、
なんとか支払いをやり過ごす、という内容で、
へたな落語家だと聴いてられないけれど、
名人がすると、なかなかに面白い話だ。

むかしは、米味噌醤油酒などの生活必需品の多くが、
今のようにスーパーマーケットでの買い物のように
現金で決済されていたわけではなく、
普段は、つけ、で買い、節季ごとに決済する方式だったようだ。

最初は、年2回、その後、年4回になったということだけれど、
年末はとくに重要な決済日だったので、お金の準備ができず、
たまったつけの支払いができない状態を、年が越せない、
という風に表現したのだろう。

最近のつけでの買い物、は、主にクレジットカードが
担っているのだろうけれど、この決済にも、ボーナス払い、
という形で、年2回の決済方式が残っている。
使用限度額を超えない限り、現在でもこの2回の節季払い
も理論上は可能、というわけだ。

ぼくはずっと、自分が子供だったころに比べて、
生活水準はあがっている、と主張している。
あるいは、ぼくが訪れる海外の国々、たとえば、
タイやラオスやカンボジアやミャンマーに比べて、
日本が貧しいとは到底思えない、とも主張している。
にもかかわらず、なんで「年を越せない」ような人たちが
増加しているのだろうか。

最近、よく聞くことばに、セイフティネット
というのがあるが、これの問題なのだろうか。
しかしながら、国の行う福祉政策は、さきほど挙げた国よりも、
日本の方が進んでいるだろうことは、誰も否定できまい。

結局は、ぼくが子供だったころと比べて、
日本のシステムが大きく変わったのは、家族制度のあり方
なのだ、という結論に行き着いてしまうのだ。
個人としての生活や幸福を追求するあまり、
困ったときに頼る家族や親族がいない。
ぼくが子供だったころは、家族親族がセイフティネットの役割を
果たしていたわけだ。

これを社会が肩代わりするためには、
莫大な資金が必要となるだろうし、そのためには、
消費税を始め、今よりずっと税金を納める必要があろうが、
なんでかこれを喜んで支払いたい、というひとには
あまり出会ったことがない。
そうなると、家族親族がセイフティネットの役割を
果たしていくべき、ということになろうかと思うのだが、
どっちもいや、というのは自分の順番が来たときに困るよな。

ぼくが若いころは、親孝行したくないとき親がいる
とか冗談でいったりしていたけれども、どうも最近は、
親孝行という概念、すら知らないように見える者も多そうだ。
家族が助け合って生きていくこと、を社会の基本的なスタンス
とすべきときがまたきてるのでわ、と最近になって
ぼくは思うのだけれど、これも年取ったせいですかね。


▼戦後の高度成長期に、雨後の筍のように増えだした、
団地、という名の集合住宅が、日本の家族制度を
大きく変えることになった、というのを最近どっかで見た。
それまでは、3世代やそれ以上の世代が同居するのが当たり前、
というか、そうせざるを得ない、住宅事情だった、
ということらしい。
住居の形態が家族制度を代える原動力になった、
というのはなかなかに興味深いっすね。

▼ちなみに、日本の公債残高は、800兆円ともいわれている。
いつか返さないといけない借金なのだが、ほんとに返せるの?
って思うのはあっしだけ??
そのうち、日本国が年が越せない事態に陥るのわ???
どうするよ、ニッポン????

▼休暇、といえば、まもなくゴールデンウィーク。
世間では、16連休というとこもあるそうだ。
あっしも、少しだけ日本から消えます。
どこへか。
そう、そこそこ(^^♪

Neko

2009年4月19日 (日)

ラドン

する価値がある全てのことは、金のためになる。
金儲けの秘訣 ・第13条)



ラドン飛び交う太古の宴、という印象的なパッセージは、
はるき悦巳氏による、じゃりん子チエ、のなかで、
お好み屋主人百合根氏の愛猫だった、アントニオの遺児、
アントニオ・ジュニアによって発せられたものだった、
と記憶する。

この場合のラドンは、おそらく恐竜のラドンで、プテラノドン、
という白亜紀にいた、翼竜のことらしいが、
プテラノドン(Pteranodon)を縮めるのに、
プドンでも、テラドンでもなく、ラドン、としたところに、
センスが感じられる。
おそらくその響きのよさから、空の大怪獣ラドンが命名され、
飛行する巨大生命体としてのラドン、の知名度向上に
大きく貢献することになったのだろう。

そういえば、半世紀ほど前に活躍した、ジャズ界の巨人、
ジョン・コルトレーン(John Coltrane)の愛称も、
ジョン、や、コルト、ではなく、traineで、
Soultraineというアルバムや、青い顔で写真に写っている、
Bluetrainだのというアルバムもあったっけ、
と思い出したりした次第だ。

さてそのラドンであるが、翼竜として認識される以外に、
温泉の成分としても、よく聞かれる。
天然ラドン温泉、というような使用方法で、
温泉の売り文句にもなっているようだけれど、
実は放射性物質、らしい。
しかも、ラドンなどを含む放射能泉(というらしい)に、
本当に健康上の効能がある、という証拠は今のところないそうだ。

にもかかわらず、原子力発電所の事故については、
たとえば、冷却水漏れ、なんかについては大騒ぎするヒトも、
ラドン温泉には、有難がって浸かってるのはなんとも不思議、
なのだけれど、実際、ラドン温泉だから、避けよう、
というヒトよりも、ラドン温泉だから、行ってみよう、
というヒトの方が多いから、売り文句になるんだろう。

ぼくは、発電に関して、原子力の利用には大いに賛成である。
家電製品好きで、また超のつく暑がりの身としては、
安価で安定的な電力の供給は必要不可欠だし、
個人レベルの問題ではなく、電力なくして、
今の水準の生活を維持することが不可能な現状においては、
効率的な発電方法の追求はされざるを得ない、のは仕方ない、
と考える。
もっと言えば、もし、電力を使用しない生活を今の日本でしよう
としても、まず無理というところまできてるのでわないだろうか。
直接的に電力の使用を控えることは可能でも、
間接的にどれだけ電力を使用しているのか、
想像をはるかに超える状況なのではないだろうか。

タイは日本に比べると、物価が安く、たぶん、生活実感として、
3分の1から5分の1くらいの間かな、と思うのだけれど、
電気代は、そんなに安くない。
発電の費用に関しては、人件費など先進国が不利になる条件
の占める割合が低いのだろう。

しかも、化石燃料による発電は不効率で、
ぼくはあんまり気にしないのだが、
地球環境に対しても、あんまりよろしくないらしいし、
別の手立てを考えるべきだと思うのだけれど、風力や水力、
太陽光などで今と同程度の価格で、同レベルの供給量を維持する
のは現状ではたぶん難しいのであろうと思う。
故に、発電は原子力にある程度依存せざるをえない状況を
容認すべきである、と考えている。

しかしながら、原発を容認せざるをえない、として、
一番恐ろしいのは、実は、原子力発電所の事故なんかよりも、
テロ
なのではないか。
911の際、テロリストが、ビルやら、政府施設を
狙ってくれたからまだよかったようなものの、
原発につっこんでいたら、それでも、大丈夫なほど、
その施設は堅牢にできているのだろうか。
問題がでる可能性がもしあるのなら、きちんとテロリスト対策を
そういう施設にもしていただかないと、なー、とも思う。

日本だって、今後テロ行為と永遠に無縁に過ごせるかどうか、
それはわからない。
そのためには、きちんと自国で防衛力を保持し、
法的な裏づけをちゃんと持たせるべきだ、と切に感じる、
電気依存者のおっさんなんであることだよ。


▼ラドン、に負けず劣らず、有名な怪獣に、キングギドラ
というのがいた。
全身金ぴかで、体ひとつに首3つ、という、
異色のデザインがインプレッシブなやつばらだ。
体ひとつに首3つ、というのんは、けっこう便利かもな。
2つが漫才、1つが聴衆、とか。
2つが喧嘩、1つが仲裁、とか。
派閥ができると難儀だが。

King

2009年4月12日 (日)

夜叉

女と金は一緒にするな。
金儲けの秘訣 ・第149条)



タイ語は、アルファベットを使って表記をせず、
独自の髭文字を使用する言語だ。
それゆえ、外国人には困るときがある。
最近は、バンコクなど都会だと、地名などはアルファベット標記
も併記されている場合もあるけれど、外国人があまりいない地域、
たとえば、地方のバスステーションなどでは、
なんて書いてあるの
とタイ人に訊かねばならぬ場合がけっこうあったりする。

ぼくは、タイ語検定5級合格者だしえへん(^^♪
でんでんまったく読めない、ということはないのだけれど、
それでもどちらかというと、読む、というよりは、解読する、
という感じに近い。
漢字のような表意文字ではなく、表音文字なので、
まだその点は救われるのだけれど、
同じ、K、を表す子音が複数あったりして、
覚えなければならない文字数が多く、また、
それぞれがなんとなく似て見えるのが実に難儀だったりする。
アルファベットでないことは、外国人にとって、
タイ語学習をするうえでのひとつの障害であることは
間違いないようだ。
けっこうタイ語が話せる外国人でも
字の読み書きができない、文盲状態のヒトは多い

その覚えなければならない、文字の1つに、
ヨーヤック、というのがある。
ヨー、は子音のY、にオーという母音をつけたもので、
母音をつけないと発音できないから、
タイ語では、オーをつける約束になっている。
ヤックは、鬼、の意味で、日本語だと、イロハのい、とか、
ミカンのみ、とかいうのと同じで、ヨー、は鬼のヨー
というのが決まり文句になっている。
タイ語の教材でも、必ずこの字は、おどろおどろしい、
化け物の挿絵と一緒に勉強するのが約束だし、
それは、タイの小学校でも同じなのだ。

Photo







ところで、最近のヒトはあんまり知らないだろうが、
むかし、金色夜叉(こんじきやしゃ)、という小説があった。
尾崎紅葉の通俗小説で、ダイヤモンドに目がくらみ、
の文句で有名な話で、主人公の貫一が、
ヒロインのお宮を蹴り倒すのは、今だったら、
DV呼ばわりされかねないが、この当時は、
純真な青年の行為として、賞賛されていたようだ。

この、夜叉は、鬼、の意味なんである。
そして、うえで紹介した、タイ語のヤックの綴りを
ローマ字で表すと、YAKS、になる。
そう、夜叉、と、タイ語のヨーヤックは、
同じところからきていることば、なのだ。

もともとは、インドの仏教から来た言葉で、タイを経由して、
インドシナ半島、中国、そして、日本に来て、
ここで文化の伝播がヨーヤック終わった、、、
なんておやじギャクを読まされた読者が、
鬼のような表情になっていないことを祈るのみ、なんである。

▼写真はヨーヤックの文字入りコーヒーカップ。

Photo_2

2009年4月 5日 (日)

成田に泊まる

契約は破棄できなくても、ねじ曲げることは可能だ。
金儲けの秘訣 ・第5条)



成田空港には、17時過ぎに着陸した。
定刻は17時20分だから、けっこう早い。
ひょっとして、18時15分の名古屋行きに乗れるのでわ、
と思った。

今日は、成田のANAクラウンプラザホテルに宿泊予定だ。
普通に泊まると、1泊2万円近いこのホテルに、
ぼくが自分から泊まるわけがない。
そもそもは、ANAによる国際線の粛清が発端だ。

今回行きは、成田経由のANAの特典航空券で、
バンコクに直接入り、帰りは、台北まで台湾で買った、
タイ航空の復路の航空券で、
台北からは、また8月に使用したANAの特典航空券の復路で、
名古屋に戻ってくる予定だった。

ところが、台北名古屋便が10月の冬ダイヤからなくなり、
ANAは、当初成田経由便で当日名古屋着の便に変更する、
という連絡をしてきたのだった。

ぼくはダイレクト便だから、わざわざ名古屋発着便で、
発券したのんだ。

もし、経由するのだったら、最初から大阪発着の便で
発券していただろうし、
なんとか最終目的地を大阪にしてくれない?

と訊いてみた。

電話をくれたおねーさんは、なかなかいいヒトで、

そりゃそうですねー、上司に訊いてみます

といってくれたものの、
上司の頭が固いのか、上司にはその権限がないのんか、
答えは、NOだった。
まあ、帰りが少し遅くなるけど、
なんとか当日のうちに大阪まで帰ってこれそうだし、
あんまりねーさんを困らせても、と思って、
ぼくはしかたなくOKしたのだった。

ところがそれから少しして、またANAの別のおねーさんから、
電話があった。

成田名古屋の便の時間が変わりまして、
乗り継ぎができなくなりました。
そこで、当日の台北成田のご予約は朝の便に変更して
いただきたいんですけど、まだお席が用意できていないので、
キャンセル待ち扱いになります。。。

さすがに、この提案は受け入れがたかった。

あんまりいいたくないんだけれどねー、

といいながらも、これまでの経緯を説明し、

キャンセル待ちはないんぢゃないの?

といったのだった。

そのおねーさんも、なかなかいいヒトで、

そりゃそうですねー、でわ、どのようにさせていただきましょう?

と訊くので、ぼくはどうせ無駄だと思いながら、

名古屋便を大阪便に替えてくれたら、今予約が取れている、
午後の台北成田のままでも、当日中に帰れるのだけれど、

といってみたのだった。

そのおねーさんも、

上司に訊いてみます

といってくれたけれど、
ぼくは、その上司、たぶんうんとはいわないよ
と思いつつ、その日は電話を切った。

次の日、そのおねーさんからの最初の提案は、
驚くべきものだった。

台北から一旦ソウルのインチョンに飛んでいただいて、
インチョンから名古屋に飛ぶのではいかがでしょうか?

台北ソウル間はもちろん他社便である。
自前の便を羽田大阪でたくさん飛ばしているのに、
そこまでして、ぼくを大阪まで乗せたくないのんか。

そのおねーさんも自分で提案しながら、
実はあんまり気が進まないらしく、

できれば、あんまりお勧めしたくないんですが、

と付け加えるのを忘れなかった。

インチョン経由はぼく的には問題ないのだけれど、
問題は名古屋につく時間だ。
当日中に大阪の自宅に着くのがけっこうあぶない。

うーん、家にたどり着かないな、というと、
そのおねーさんは待ってましたとばかり、次の提案をくれた。

では、台北成田はそのままで、翌日の朝の成田名古屋便で、
移動いただくのはどうでしょうか?
もちろん、当日のホテルは当方で用意させていただきます。。。

ということで、成田のANAクラウンプラザホテルに宿泊予定、
なわけなのだ。

でも、当日の成田名古屋の便が乗り継ぎが不可になった、
といっても、空港のMCT(最短乗り継ぎ所要時間)を
クリアしていないというだけで、
実際台北からの便の遅延や税関で時間がかかったりしなければ、
乗れるのでわないか、と思っていたわけだ。
一番の問題は、翌日の予約が入っていて、
その日の便の座席がキャンセルされているので、
当日でも座席があるかどうか、ということだ。

ANAの国内線カウンターに行ってみたが、
やはり満席で成田に泊まることになった。
ホテルはなかなかによかったが、寒いし、夜だし、
近所になんにもないのんで、出歩く気にもならず、
ずっと部屋で過ごした。

翌朝はいい天気で、飛行機は話題のボンバルディア
かの機は低いとこを飛ぶのんで、
機内からきれいに地形がみれたのは、すごくよかった。

天晴れ、富士山、などと思いながら、日常に帰っていく、
おっさんなのだったことだよ。

Mtfuji1 Mtfuji2 Photo




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