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2009年3月29日 (日)

台北のBNE

早起きしたフェレンギ人はラチナムを得る。
金儲けの秘訣 ・第171条)



桃園国際機場に着陸したのは、正午になる少し前だった。
スーツケースはやたら重いし、
1泊だけなのでホテルには連れて行かない。
明日成田に向けて出発するのは、第2ターミナルなので、
飛行機が着いた第1ターミナルから移動後スーツケースを預ける。

別に第1ターミナルでそのまま預けてもいいのだけれど、
用心深い性格のぼくなんで、明日ぎりぎりに空港に着いて、
スーツケースの引き取りがために、飛行機に乗れない、
という事態が万一発生したら、とつい思ってしまうのだ。
これは性分なので、どうしようもない。
リスクマネージメントをきっちりしてる、ともいえるし、
人生を楽しめていない、ともいえるだろう。

ターミナル間はバスも運行しているが、
電車の方が本数も多く、便利だ。

150元(約400円)払って、預り票を受取り、
身軽になって台北市内行きのバスに乗りこむ。
バスはすぐ出発して、2時に目的のホテルの前に着いた。

チェックインも無事できて、まずは腹ごしらえをしようと、
1駅歩いて吉野家に行く。
台北の最初の食事は、吉野家の牛丼、
というのがここんところのデフォである。

途中、さっそくにひとつ、台北最初の、
BNEのステッカーを見つける。
ぼく自身が、歩くBNE探知機、と化していた時期なので、
当たり前のように思っていたのだけれど、結局その日、
唯一発見したステッカーだった。

Tbne1





 
 

牛丼は特盛りのセットを頼む。
冷たい紅茶とキムチが入った小鉢がつく。
紅茶セットという意味なのだろうけれど、
台湾語では、紅茶組合、というらしい。
なんとなくおかしい。

T







 

以前、集改札機のスト、について書いたことがあるけれど、
吉野家の特盛り牛丼紅茶組合の賃金闘争、
などとくだらないことを牛丼を食べながら夢想してみたりする。

特盛りのセットにしたおかげで、支払いが150元を超え、
台湾吉野屋特製ノートがもらえた。
これがもう1冊欲しいばっかりに、夕ご飯もまた、
特盛り牛丼紅茶組合をぼくが食したのは、
これから数時間後のことだ。

T_2








 
 
 
 

T_4 T_5 T_6








  

腹がくちくなったら、台北車站周辺にDVDを探しに行く。

今回は、めぞん一刻の日本語音声入りビデオCDを
みつけて買った。
画質はDVDに比べ劣るし、台湾語の字幕がうっとうしいものの、
全巻で4、5千円だったので、まあいい買い物だった。
その他にも、いろいろと購入したのだが、
その際に、太平洋そごうの海山音楽で、
グールドのオリジナルジャケット全集が、
特価6000元だかで売りに出ていたのを見つけ、
すでに以前購入済みだったのが惜しまれたの。

ぼくが買った値段は3万円弱で、80枚組なのを考えると、
それでもそうとうお買い得なのだけれど、
それがさらに半額近いわけだから、本当に安い。
もともと8000元くらいだったのを値下げしたのと、
円高との相乗効果、なのだろうが、
1枚当たり200円ほどで、グールドが買えるのだから、
びっくりだ。
もっとも、けっこうな重量があるので、買ったら買ったで、
運ぶのが大変そうだけれど、さ。

翌日の朝、早く目覚め、空港に向かうまで少し時間があったので、
ホテルをチェックアウト後、
昨日BNEを見つけた付近を重点的にもう一度探索をしてみる。
昨日は買い物してる間に暗くなり、
それ以上の探索をあきらめたのんだ。

すると、やはり集中的に貼ってある、BNEの発見法則は、
ここ台北でも生きていて、数枚のステッカーを見ることができた。
ここでは、BNE参上、や、BNE確信犯は見られなかったが、
ここが漢字の国であることが関係しているのか、
ステッカーの製作時期と、貼付時期の関係なのか、
まではわからなかった。

 

 

Tbne2 かすかに剥がしたあとが
見えますか?


 
 
 

Tbne3 Tbne4




 
 
 

Tbne5_2 Tbne6



 
 
 
 

Tbne7 これは上からテープで
消されてる。



 
 
 

Tbne8 Tbne92



 
 
 
 

Tbne9 これも剥がされたっぽい。



 
 
 
 

Tbne91 これも。



 
 
 
 

Tbne93 ちょっと角度的に
みえにくいですが。



 

空港に向かう窓からも、カメラを構え、

BNEステッカーを探してしまうぼくは、
根っからの求道者、なのだろうか、
と思ったりした、新年の台北だったことだよ。

▼その他目についたのは、

T_7 ぱんだと、




 

T_8 ぽにょ。。。

2009年3月20日 (金)

台北に向かう

血は水より濃いが、売ることはやや難しい。
金儲けの秘訣 ・第281条)



夢を見ていた。
はっきりとした夢だ。
その友人とはずいぶんあっていないし、
かれのことはすっかり忘れていたのに、
夢の登場人物として出てきたのはなぜだろうか。

モーニングコールの電話に出てから、
完全に起きるまでのあいだ、しばし考えてみる。

以前にも書いたけれど、ぼくは占いは信じないが、
夢には興味がある。
夢は自分の脳が生み出した、ある意味、作品だ。
いかに脈絡がなくても、いかに荒唐無稽であっても、
なにかしら意味することはあるはずだと思っている。
しかしながら、まだ夢からなにかをとらまえる境地には
いたっていないのが残念だ。

いつまでも、そんなことも考えてられないのんで、
さてまずは、手早くシャワーを浴びる。
5泊したこの部屋ともお別れだ。

チェックインのとき、いやに恩着せがましく、
リバービューの部屋にしてあげる

とフロントのねーちゃんが言ってた理由が、
大晦日の夜にわかった。
チャオプラヤ川で、盛大な花火が上がったのんだ。
きっと、シャングリラやオリエンタルの宿泊客は、
花火のなかにいるような、そんな景色だったろうな、
と思えるほど、近距離の花火だった。

Photo Photo_2 Photo_3









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元旦の夜9時にも、また花火が上がって、
たしかに正月のリバービューは、価値があるな、と、
帰る間際に理解できた。

4時半にチェックアウト。

門衛のにいちゃんは、手続きをしているあいだに、
大通りからタクシーをつかまえてきてくれたらしく、
助手席から降りてきた。
ありがとう、といいながら、チップをやる。

タクシーの運転手に念のため、国際空港、という。
門衛のにいちゃんがいってくれてるはずだけれど、
間違えられて困るのは、自分だしね。
ハイウェイで行っていいか、と訊くので、
いいけど、ゆっくり走れ、と注文する。
タイ人はハンドル握ると、性格変わるしさ。

運ちゃんは人懐こい性格らしく、ぼくがタイ語を話す、
とわかると、いろいろと話しかけてくる。

こっちで、仕事してるのか?

こういうときぼくは、自分の方から相手に
逆に質問するようにする。
向こうのタイ語が通じないと、お互いにストレスが溜まるし、
こっちが質問すると、相手の答えがある程度予測できるので、
ぼくのつたないタイ語でも、会話がスムーズなのだ。
こんな時間だと、居眠り運転の防止にもなるし。

ぼくは、遊びでに来てるんだ。
ところで、どこの出身だ?
嫁はなん人いて、子供はなん人いるんだ?

普通は、ここは笑うところだ。
もちろん、嫁はひとりだ、とかいって、ね。

ところが運ちゃんは、こともなげに、嫁は4人で、
こどもは、ひとりだ、という。
逆ぢゃないのか、と訊くと、かれは運転しながら振り返って、
いいや、嫁が4人だ、とそこで、笑ったのだった。

運ちゃんによると、嫁同士はお互いに知らないらしいが、
かれがタクシー運転手であることの機動力を生かして(?)、
あちらこちらに通ってる、とのことだ。
子供は20歳で、運ちゃんは、42歳だという。
ぼくと同世代なのに、その絶倫ぶりに、
少し呆れ、少し尊敬した。

なんでもかれの、学校の先生だったらしい父親は、
嫁が14人いたらしい。
それに比べれば、たいしたことない、そうだ。

仕方ないので、そんなことしてたら、そのうちばれて、
アヒルが喜ぶようなことになるぞ、と冗談をいってやる。
タイでは、浮気した男性の大事な部分をちょん切って、
アヒルにやる、という事件がけっこう昔からあったらしく、
浮気がばれることを、アヒルが喜ぶ、といったりする、
というのを聞いたことがあるからだ。

もし、ちんちん切られたら、それときはどんな風になるのか、
股ぐらを見せてくれよ、とか、でも、悪いことばかりではないぞ、
きっと邪魔なもんがないから、
早く走れるようになるんぢゃないか、とか、馬鹿なことをいって、
ふたりで大笑いしてる間に、空港についた。

空港に着いたら、メーターは251バーツ。
きっちり260バーツしかやらない。

こいつに金たくさんやったら、5人目の嫁持ちそうだし、
公序良俗に反する作用を及ぼす可能性のある、
資金提供はなるべく避ける、のも、紳士のたしなみ

というものだ。

1月2日の朝、バンコクから台北に向かう飛行機は、
タイ航空便だ。
が、台北便は、たしか朝と夜にあったのに、
いつのまにか夜の方がなくなってる。
空港占拠騒ぎの影響か、不況の影響か、
燃料高騰の影響かは知らないけれど、
選択肢が減るのは、かなんなー、と思う。

飛行機に乗り込んでも、タイ航空だと気分はまだタイだ。
タイ航空の乗務員は、日本の航空会社の乗務員と違って、
けっこう当たりはずれがあるように思う。
今日のTG634便の乗務員は、なかなかにいい感じで、
愛想がいいし、サービスもまともだ。

スッチーのひとりは、ぼくがタイ語で応対するのが不思議らしい。
最初、サワディピーマイ(あけましておめでとう)、
といったせいか、
その後、台湾のアライバルカードをもらったときに、
コープクンカップ(ありがとう)、といったら、

タイ人ですか?

と訊かれる。

んなわきゃーない

山田マリアを細くしたような別嬪さんだけれど、
判断力には若干難があるようだ。

タイ人ですか?

と訊かれたのは、人生2度目で、
1回目はたしかミャンマー国境に近いメーホーソンだった。

山田マリア風スッチーをを眺めてるあいだに、
飛行機は問題なく桃園国際機場に着陸した。

空港で最初にしたことは、スーツケースから
上着を出して着ることだった。

2009年3月15日 (日)

チャトチャ

自分の店は分かりやすい場所にしろ。
金儲けの秘訣 ・第150条)


50年に満たない人生で、細切れではあるが、通算するとたぶん、
1年か2年はタイにいた、計算になると思う。
そしてその時間の多くは、バンコクで過ごしていた。
だからといって、何でも知ってる、というわけでもないが、また、
だからといって、初めてバンコクを訪れたときの境地
にも戻れない。
ゆえに、初めてバンコクを訪問した観光客が、
いったいどんなところに行きたいか、どんなものをみたいのか、
ということが、意外とわからなかったりする。

脳内で検索してみるに、都内域では、王宮、ワットポー、MBK、
ワットプラケオ、ワットアルン、カオサン通り、中華街、免税店、
パッポンの夜店、ルンピニナイトバザール、といったところが、
バンコク初体験で訪問すべき場所、だろうか。

このうち、ぼくが今でも行くことがあるのんは、
中華街、MBK、免税店、くらいだ。
その他の場所は、よほどのことでもない限り、
自ら接近しようとは思わない。
初めての観光客のように、執拗に声をかけられたりする、
のがうっとうしいし、そもそも行く用もないんである。

もうひとつ、観光名所に、チャトーチャック公園の
ウィークエンドマーケット、という場所がある。
ここにも、最近はご無沙汰だった。

理由は、いくつかある。
たくさん商店はあるが、どこになにがあるかわかりにくいし、
とくに値段が安い、というわけでもないし、
スリやら、巾着切りやらが出没して、けっこう物騒だし、
火事にでもなれば、どこに逃げればいいかようわからんし、
なによりこれが重要なのだが、普通にしてても、暑い、のんだ。
ここの店のほとんどは、クーラーなぞ備えていないうえに、
ヒトがやたら多い。
ぼくのような暑がりのでぶが、長居できる環境にはない
のである。

ぼくが初めてウィークエンドマーケットに行ったのは、
もう10数年も前のことだ。
まだスカイトレインも地下鉄の駅もないころ、
初めての訪タイで、友人といっしょだった。

このときぼくはある店で、黄色のエアマックス95を見かけた。
世間で、エアマックス狩り、なんて言葉が流行っていたころだ。

サイズもちょうどぼくのサイズだったけれど、
結局、値段を訊いてぼくは買わなかった。
騒動は知っていたけれど、本物かどうかわからなかったし、
ちょうど定価くらいの値段だったので、たびの途中、
すっかりタイの物価に馴染んでいたこともあり、
高く感じたうえに、友人の手前もあって、
つい買いそびれてしまったのだ。

日本に帰ってから、それが10万円以上の値段で、
取引されているのを知って、ぼくは悔しく思った。
それを売って儲けよう、という気はさらさらなかったのだけれど、
世間で言う、レアなもの、とか、限定もの、を所有することに
無上の喜びをもつタイプの人間であるぼくが、
激レアなものを目の前にしながら、スルーしてしまったのんだ。
その悔しさから、その後しばらくしてぼくは、
レア物スニーカーの蒐集の道に踏み込んでいくことになる。

それはさておき、今回、久しぶりにウィークエンドマーケット
に行った。
パクチーの種を買うためだ。

パクチー、とは、コリアンダー、のことで、
タイ料理によく使用する香菜のことだ。
ドリアンと同じく、好き嫌いの激しい食材だが、
これが嫌いなタイ料理好きは、真のタイ料理好きではない、
とぼくは思っている。
プリック(唐辛子)とパクチーは、タイ料理をタイ料理、
たらしめる両輪
である、と信じて微塵も疑っていない。
これさえいれとけば、焼き飯でも、ラーメンでも、
タイ風になってしまうんでわ、というわけだ。

別に禁制品でもないのに、日本ではあんまり売ってない
ものなので、ならば、普段お世話になっているネオタイさんに
差し上げるために、たまに買って帰ったりしてたのであるけれど、
いつも買っていたスーパーでここのところ見ないのんで、
わざわざチャトチャまで買いに来たのんだ。

汗をかきかき、適当に歩いているうちに、
園芸関係の商品を扱ってる一画に辿りつき、
無事パクチーの種を手に入れることができた。
今はまだ正月だから、日本ですぐに栽培、
というのは難しかろうが、今回はぬくくなってきたら、
みずからベランダでパクチー栽培してみようかな、
と思ってる。

自宅でもここだけ、気分はタイの飛び地
ってわけなんである。




▼料理を頼むとネオタイさんでは、パクチーをサービスで
たくさんいれてくれたりすっけど、別のタイ料理屋では、
パクチー1皿300円で、メニューに載っけている。
紀伊国屋文左衛門よろしく、大規模に栽培して、
タイ料理屋に売り歩くかな(^^

Photo 1袋、10バーツ。
20袋で、500円ちょいだった。


2009年3月 8日 (日)

裁判員籤

賄賂を贈るつもりなら、自白はするな。
金儲けの秘訣 ・第180条)




裁判員制度の評判が悪い。
最近、名簿に記載された裁判員候補者への通知が行われた
ようだが、予想通り、というか、予想以上に、
選任された人びとの拒否反応が強かった、ようだ。

自分たちの考えを、自分たちの社会のルールとするために、
血を流して、権利を勝ち取ってきた、
伝統が長くある西洋社会とは違い、
ルールはお上に与えられるもの、という、よくいえば、従順、
悪く言えば、奴隷根性の染み付いた、日本の人びとには、
あんまり馴染めぬ制度、というのは、
なんとなく理解できるよな気がする。

仕事を休まねばならない、ということ以外にも、被告や、
場合によっては、被害者からも逆恨みにあうのではないか、
という心配もあるだろうし、そういうリスクを負うには、
魅力的な報酬体系とはいえないよな、と思う。

さてこの制度を、希望者の殺到する魅力あるものに変革すべく、
またぞろ、ぼくはろくでもないことを考えた。
それが、表題にも書いた、裁判員籤だ。

まず、成人した日本人は、裁判員をでったいことわれない
ように制度改正を行う。
これは、古代の防人とおんなじ賦役、という形の税金だ、
ということにする。
税金が断れないのと同じ理屈なわけだ。

ただし、事前に申請した場合のみ、拒絶が可能とし、
この用紙は、1000円の収入印紙を貼ったものを
1100円くらいで販売し、役所か、郵便局、
あるいは、コンビニで申請可能にすれば、よいだろう。
インターネットで申請可能にしてもよい。

このうち、100円分を事務経費とし、
1000円の収入印紙氏収入は、籤の当選金の元本とする。
もし、日本の成人が、1億人くらいとして、10分の1、
1000万人が拒絶の手続きをしたなら、
この資金は、100億円になる。
5分の1なら、200億円、半分が拒絶すれば、500億円、
というわけだ。

これを、裁判員の賦役をしたひとのなかから、宝くじ同様、
当選者を出してやるのんだ。
賞金は、1等のみ1億円か、1千万円にすれば、
10分の1拒絶の場合でも、年に100人の億万長者か、
1000人の千万長者がでてくるわけだ。
2000万人が拒絶手続きすれば、長者の数も倍になり、
拒絶者が増えれば増えるほど、確率が高くなるわけだから、
当たりたいヒト、すなわち、裁判員当事者も文句ないだろう。
また裁判員に選ばれた段階で、宝くじとは比べものにならない、
高確率で、賞金が当たるのだから、
けっこうよろこんでする者が増えるのではないだろうか。
現行制度と同様、日当も払えば、外れてもともとだし、
前記手続きを怠たり、直前にキャンセルした者は、
高い罰則金を課し、それも、籤の当選金の元本に当てれば、
さらに、億万長者が増える、というわけだ。

うなことを考えたりしたのだけれど、駄目だよね、やっぱ(^.^)

Photo







 
 
 
 

▼ちなみに、消費税導入時に実施されたのだろうけれど、
台湾の領収書には籤がついている。
賞金体系がどうなってるのかまではしらないが。
領収書を発行しないで消費税を払わない業者をなくすため、
だったのではないかな。
新制度の導入には、工夫が必要だと思うのだけれど、
日本だとマスコミがなんかいうだろうな。
最近ではほとんどあいつらのいちゃもん、
フトンオバサンとかわんないからね。

2009年3月 1日 (日)

ちゃんたぶり

宝石は女性の友かもしれない。
しかしラチナムだけが女を買える。
金儲けの秘訣 ・第277条)

 

 

Thai

 

 

 


 

 

 

バンコクにいればいいものを、少し憂鬱になりながら、
別の場所に出かけていく予定を組むのは毎度のことだ。
今回もよせばいいのに、間に3日、
バンコク以外で過ごす予定を立てた。

しかしながら、多少の流動性、というのんか、
最悪行きたくないときの逃げ道に、
飛行機の予約はしていない。
バスで行って、バスで帰って来れるところ
というのが今回の地方巡行のテーマだ。

最近同業他社の撤退で、貧乏人の味方だったタイエアアジアも、
強気の値段設定のままだし、それでなくても、
空港占拠事件なんかもあったしさ。

最初の予定では、カンボジア国境に近いトラートへまず移動して、
チャンタブリ、パタヤと経由してバンコクに帰って来ようか、
と考えていた。
しかしながら、前日、地球の歩き方を読んでいると、
トラートにはあんまり、まともそうなホテルがないようだ。

ぼくの、タイの地方都市でのまともラインは、1000バーツ
という値段が一応の基準になっている。
この価格を超える値段設定のある、ホテルがある都市には、
さほど不愉快な思いをせずに、滞在可能である、
という自分的指標になっている。

もちろん、なんの根拠もない勝手な経験則だし、
基準はあくまで自分なのだけれど、
けっこう今までは当たってるのでわ、と思う。
1000バーツ以下のホテルだと、シャワーを浴びた後、
バスタオルで、身体を拭くのは我慢できても、
顔を拭くときは、えい、と掛け声が必要になる場合の度合い
が高いような、そんな気がするのんだ。

もちろん、値段が高くても、水準以下、という場合もあるけれど、
逆はあんまりないような気がするな。

というわけで、今回、まずトラートに行くのはヨシコさんにして、
一旦チャンタブリで宿泊し、先に進むか、バンコク方向に戻るか、
チャンタブリのホテルをみて決めることにした。
チャンタブリが2泊可、という感じであれば、トラートには
泊まらず、チャンタブリから日帰りすればいいのだし。

3泊した今回のホテルをチェックアウトするとき、
スーツケースを預かってもらい、
歩いてスカイトレインの駅に行く。
このホテルは、今まで使っていたホテルに比べ、駅に近いし、
部屋に洗濯機はあるし、浴槽以外にシャワーブースはあるし、
なかなか便利だった。
なぜか今回値段があんまり変わらなかったので、
ためしに使ってみたのだけれど、
10ドル差ならこっちを選ぶかな。
20ドル差なら、安い方を選ぶけどね。

地方に行く大きなバスターミナルは、バンコクには3つある。
チャンタブリやら、パタヤやら、東方面にいくには、
エカマイにあるバスターミナルに行くのだが、
ここは、スカイトレインの駅に直結いているので使いやすい。
11時にバスターミナルに着くと、
11時発のバスがあるようなので、すぐに切符を買って乗り込む。
残念ながら、バスが発車したのは11時半だった、けれど。

ガイドブックによると、4時間半かかる、とのことだったが、
3時に着いた。
正味3時間半。
なんでかは、走っている間にわかった。
ノンストップで、どこの街にもとまらないのんだ。
タイでは当たり前の車掌さんさえ乗っていない。
珍しいワンマンバスなんである。
途中、降りる人はあったものの、乗る人もなく、
トイレ休憩もなく、チャンタブリまで一直線なのであった。
小さな膀胱しか持ち合わせていない御仁は、
この会社のバスに乗らないほうがよいだろう。

チャンタブリに着いたら、まずホテルを決めねばならぬ。
もともとあんまり選ぶ余地もないし、タイの田舎のホテルで、
空室なし、という経験はないのだけれど、
動き回る前に背中の荷物も降ろすべきだ。

こういうとき一番早いのは、バスターミナル周辺にたむろってる、
タクシーやら、ソンテウやら、モーターサイやらのおっさんに、
ホテルの名前をいうことだ。
しかしながら、ホテルまでの距離が、歩行可能な範囲、
2~3キロくらいまでだったら、
ぼくは、しばしばこの方法をとらない。

歩く。

なんでか、といえば、知らない街で迷うのが、好きなのだ。
時計は、磁石がついているプロトレックだし、たとえ迷っても、
逆に歩くまではしないだろう。
逆に歩けば、元の地点に戻って、
さきほどのおっさんたちの世話になればいい。

なんで迷い歩くのか、といえば、歩いているあいだに、
街の構造、というとおおげさだけれど、
街の感じがわかってくるし、
ほんとだったら、歩かなかったところを歩くことによって、
けっこうめっけものの発見があったりするのんだ。

ホテルに荷物を置いてからでもいいでわないか、
といわれれば、そのとおりなのだけれど、
なんとなく背中の荷物、という要素がないと、
賭けが盛り上がらない、そのへんの感じはわかりませんかしら?

迷わず着いたときは、自分で自分を褒めてあげたい気分になる。
それもけっこう好きなのだ。

さて、それはさておき、さっそく歩き始めた
どうも出発地点、というか、地図に載ってたバス停が、
降りたバス停と違っていたようで、やはり少し迷う。
それに気づいたのは翌日で、そのときは自分が方角を間違えた
ものと思っていた。

しかしながら、そのおかげで、明るいうちに、
チャンタブリに残る、古い町並みを歩くことができた。
途中にこにこしたおばあさんがいたので、写真を撮らせてもらう。

Photo




 
  

カノジョの娘だか、の女性に訊いてみると、
むかし、中国の潮州から、このおばあさんはやってきたそうだ。

宝石の取引で有名なこの町だから、中華系のひとが多いのだろう。

Photo_3



  
  

 

 

ベトナム戦争当時、タイには米軍がたくさん駐留していた
ようだけれど、この街にもそんな時代があったのかなー、
と思わせる、壁画(?)というのんか、
看板というんのんかも残っており、
いずれ朽ち果ててしまうんだろうな、と思いながら、
写真を撮ったのだった。

Photo_2



 
 
 

結局、1日しかいなかったけれど、悪くない街だったな、
と思ったりした、平成20年、年の瀬のタイなのだった。

▼別嬪さん@ちゃんたぶり

Photo_2

 

 

 

▼街並み@ちゃんたぶり

3 Photo_4




 
 

6 Photo_5

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