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2009年2月22日 (日)

欲しいぞ

商品にケチをつける奴は、それを買う奴だ。
金儲けの秘訣 ・第246条)


最近、ヘッドホン、ヘッドホンアンプ、
と音楽関係の買い物を続けて行った。
集合住宅に住んでいるので、夜間に限らず、
大音量で音楽を聴くのは難しいし、
どっちかというと、BGM的に小さな音量で音楽を聴くことが
多かったのだけれど、CDのまとめ買いの結果、できれば、
大きな音量で聴いてみたい音楽も紛れ込んでたりして、
つい、いいヘッドホンを買ったが最後、
今度はヘッドホン専用のアンプが欲しくなり、いいヘッドホン、
ちゃんとしたヘッドホンアンプを使って、音楽を聴いていると、
iPodの音では物足りなくなる、というある種、
無間地獄的な状況にはまりつつあるのは、
すでに先人の通過してきた道筋と同じのようだ。

しかも、ぼくの場合、それに怠け者、という要素が加わる
のんで、話がさらにややこしくなる。

iPodの音がだめなら、CDでぢかに聴けばいいのだろう
けれど、別室までCDを取りに行き、袋から出して、
CDプレーヤーにかける、という作業がすでに
邪魔くさいのんである。
それくらいのことなんでできん、というヒトもいるだろうが、
そう思うヒトは、1日でもいいから、
リモコンなしでテレビをみてみればいい
テレビのリモコンだって、そもそも怠け者的発想
からできたものなんだと思うのだよね。

そこで買ったのが、CDを300枚ほどスタンバイ状態
にしておける、ジュークボックス式のCDプレーヤーだ。
パイオニア製のこの機械は、それなりにぼくの求める機能を
充足してはくれたのであるけれど、
今ぼくの所有してるCDはでんぶで、2000枚を超えている。
とてもすべてを収納はできないし、
また、どこにどのCDがあるか検索機能がほぼないので、
聴きたいものを探すのが大変なのだ。

そこで、次に欲しいと思ったのが、CDの情報を圧縮せず、
そのままの音質で保存できる、ハードディスクプレーヤーだ。
CDの曲名やアーティスト情報が、オンラインで
ダウンロード
できて、できれば、動画を出力するためではなく、
ハードディスク内の音楽情報をテレビに映すための映像出力
もついてるようなものはないかなー、
と思って、探してみると、これがちゃんとあった。

ソニーのハードディスクオーディオレコーダー、
NAC-HD1という製品だ。

しかしながら、不満がないわけでない。
ハードディスクの容量が250GBしかなく、
CDの情報を圧縮せずに保存すると、
やはり300枚程度しか、取り込めないのんだ。
ただしこういうものが市場に出ている、ということは、
のちのちもっとハードディスクの容量が大きいものがでてこない、
とも限らない。

とりあえず、1台買うことにした。
実質7万円くらいの値段で、昨今のハードディスクの値崩れ状況
を勘案すると、決して安いとはいえないものの、
買ってやらないと、そういうものに対する需要がある
ということが、SONYや他のメーカーに伝わらないだろうしさ。

実際使ってみて、けっこう満足している。
もうハードディスクの容量は、あんまり残ってないのんで、
さらに、ハードディスク容量の大きな新製品がでないかなー、
と思っているのだけれど、
こんなもの欲しいの、ぼくだけですかい(^^?

▼必要は発明の母、というけれど、怠け心こそ、発明の母、
でわないかな、と思う今日のこのごろ。
写真は、301枚ファイルタイプCDプレーヤーPD-F1007と、
ハードディスクオーディオレコーダーNAC-HD1。

Photo Sonyhd

2009年2月15日 (日)

BNE(その3)

BNE関係のステッカーは、ぼくがみるところ、5種類あった。
BNE、とだけ書かれた、シンプルなもの。
BNE参上、と書かれたもの。
BNE確信犯、というぼくが最初に見たもの。

時代的には、①②③の順に古そうで、
③はぼくが調べた年末時点ではインターネットでも
ヒットしなかったところをみると、
最新のものなのだろう。

しかしながら、バンコクにはそれ以外に、
さらに古いバージョンと思われる、
④BNE1と⑤KING TIE 云々というステッカーが
複数枚残存していたのんだ。

Bneone000_2 Bneone002 Bneone007 Bneone006










 

 

Bneone001_2 Bneone004 Bneone008










⑤は、一見BNEとは関係なさそうだけれど、
④とセットで貼られていることが多く、
④を貼った者がいっしょに貼ったのはまず間違いないと思う。

その内容の分析は、他の者に譲るとして、
今度は、BNE1をPCで検索にかけてみると、
BNEONEのサイトにたどりついた。
Contemporary Artist's Official Website.
/現代美術アーティストのオフィシャルウェブサイト

という注釈とともに、検索結果が出た。

 

Top_img20080916

 

 

 

そこのトップの画像は、鉄格子のなかに、
例のBNEのステッカーが貼ってある、というものだ。

BNEONE、というのは、前記Cの落書きアーティスト
のことである、らしい。

ただし、以上のことから、この連続貼付が、
BNEONE氏そのヒトの仕業である

として決めつけてしまうのは早計である。

このような大きな手間と暇と資金をかけた壮大ないたづらを
本人やその関係者以外するわけがない
と決めつけてるヒトも確かにいるようで、
ネット上には、あたかもBNEONE氏の行いである、
かのように書いてあるものも実際存在するようだ。

しかし、こんだけの量のステッカーの貼付がなされている、
にもかかわらず、今のところ、貼っているその瞬間の、
目撃証言があるわけでもなく、
また本人から、わたしがやりました、
という声明があったわけでもないようだし。
また、このBNEONE氏が
BNEONE.COMの運営者かどうか、
さえもわからないのんだ。

今のぼくらにわかっていることといえば、
あのBNE、という意匠の一致、に過ぎないのんだ、
ということを肝に銘じておくべきなのである。

ただ言えることは、実際に貼って歩いてる者が誰であろうと、
そのうちきっと捕まるから、えーかげんやめといた方がいいよ、
ということだ。
日本の刑務所ならともかく、タイの刑務所はつらいらしいよ、
と思ったりした、ぼくなのだった。

 

▼ちなみに、タイの刑務所事情は、ブロークダウンパレス
という映画になっているし、むかし、テレビの深夜番組で、
ヒリピンのモンテンルパ刑務所に収監されている、
日本人のドキュメンタリーを見たこともあるが、
なかなか過酷で、まともな食事さえも支給されないようだ。
まだ入ったことはないけれど(^^ゞ、あれに比べると、
日本の刑務所は保養所か、リゾートホテルに思えるだろうな。
日本国政府は、ここだけは、タイやヒリピンを見習うべきだ、
あっしは思っているんだけれどね。

 

▼なお、今回記事とともにアップした写真は、
あっしが撮ったBNE写真のほんの一部に
過ぎないことを念のため、申し添えます^^;

 

Bne086 Bne085 Bne084 Bne083

 

 

 

 

Bne082 Bne081 Bne080 Bne079

 

 

 

 

Bne078 Bne077 Bne076 Bne075

 

 

 

 

Bne074Bne070 Bne072 Bne071

 

 

 

 

Bne069 Bne068 Bne067 Bne066

 

 

 

 

Bne064 Bne063 Bne062 Bne061

 

 

 

 

Bne060 Bne059 Bne057 Bne056

 

 

 

 

 

Bne055 Bne054 Bne053Bne051

 

 

 

 

Bne049 Bne048 Bne047Bne046

 

 

 

 

Bne044 Bne043 Bne042 Bne041

 

 

 

 

Bne034 Bne032_2 Bne031_2 Bne030

 

 

 

Bne029 Bne028 Bne027 Bne026

 

 

 

 

Bne025 Bne024 Bne023 Bne022

 

 

 

Bne020 Bne019 Bne018 Bne016

 

 

 

 

Bne015 Bne014 Bne013 Bne012

 

 

 

 

 

Bne039 Bne038 Bne037 Bne036

2009年2月11日 (水)

BNE(その2)

まずは、歩いてみる。
たまたま行った中華街の中心地には、ほんの数枚、

Bne_2 Bne_5 Bne_6







 

 

 

その存在が確認できたものの、そこから、
バンコク都内の観光客があんまり行かないような地点を
1時間ほど歩いた結果、
でんでんBNEのステッカーは、発見できなかった。

そうなると、このステッカーを貼ってる者は、おそらく、
非在住者で有名どころしか行かない観光客か、
在住者でも、タイ人ではなく外国人観光客に、
そのステッカーを見せたい者
かな、と考えた。

非在住者が、一番効率的にステッカーを貼って歩ける地域、
あるいは、外国人観光客が一番街歩きをしそうなところといえば、
やはりスカイトレインの沿線だろう。
とりあえず、日本人在住者の多い、プロンポン駅辺りから
サイアム駅のどっかではまたステッカーが発見できるだろう、
とぼくは考え、念のため、プロンポン駅の一駅向こうの
トンロー駅から、カメラを携え歩くことにした。

ところが、ぼくの予想を裏切り、トンロー駅周辺には
すでにこのステッカーが山のように貼られていた。
後日、トンローよりも向こうのオンヌット駅から
このトンロー駅間も歩いてみたが、
ぼくには1枚のステッカーも発見できなかった。
たまたま、ステッカーを貼って歩いた者と同じ地点に
降り立ったのかもしれない。

これから、ぼくはこのスカイトレイン全線を3日ほどかけて、
トンロー駅~サイアム駅間は両側を、
それ以外は、サイアム駅に向かって左側だけだけれど、
歩いた結果、以下の地点で、ステッカーの存在が確認できた。

トンロー駅~サイアム駅間に非常にたくさん
サイアム駅~アヌサワリーチャイ駅間、
サパンタクシン駅では若干、
サラデーン駅周辺では駅側よりスラウォン通りおよび
シーロム通りとそれを繋ぐソイのなかに多く貼付されている
ところがあり、サナームキーラー駅周辺では若干。

また、ぼくがの撮ったBNE関係の写真は数百枚にも及び、
以下のことがわかった。

バンコクでの貼り方をみていると、単独か、
あるいは1グループで貼られているように思われる。
バンコクでは、公共の設置物に貼られている場合が多く、
私企業の看板などへの貼付は非常に少なかった(数枚程度)。

Bnet Bne_9 Bne_8 Bne_10









 

  

  

長く保存されること意識してか、地べたへの貼付は1箇所
に留まった。

Bne_11





 

1枚の写真で数枚のステッカーが写ってるものも多いことから、
ぼくの撮った写真に写っているものだけでも、
1千枚は軽く超えるだろう。
もし、このステッカーを独力で貼ったとすれば、貼った者は、
かなり体力的に優れているか、粘着気質であるか、
あるいはその両方である。
量的に見て、台などを使用している可能性は低い
ように思うのだが、もしそうだとすれば、
貼った者は身長180センチくらいはありそう。

Bne003





  

 

貼られているステッカーのそばで、
ずっといるような職業の者(ルンペンさんなど)がいた場合、
なにか知らないか訊いてみたが、目撃情報は得られなかった。

しかしながら、貼付されたものをみているうちに、
ぼくはだんだん真相に近づいていってたようだ。
ウィキペディアのいうところの決定的証拠、
というものをついに見つけてしまったわけだ。

Bnet001 Bnet002 Bnet004 Bnet005










 
 
 

Bnet006 Bnet007 Bnet008 Bnet009








 

 
 
  

Bnet010 Bnet011 Bnet012 Bnet013










  
    
   

Bnet014 Bnet016 Bnet017 Bnet018










   
  
  

Bnet019 Bnet020 Bnet021 Bnet022










  
    
 
  

Bnet023 Bnet024 Bnet025 Bnet026









 
    
  
  
 

Bnet027 Bnet028 Bnet029 Bnet030










 
  
  
  

Bnet031 Bnet032 Bnet033 Bnet034










   
  
  
  

Bnet035 Bnet036 Bnet038 Bnet040

2009年2月 8日 (日)

BNE(その1)

チャンスはどこにでもある。
常に見つける努力をしなければならないが。
金儲けの秘訣 ・第157条)



最初にそのステッカーに気づいたのは、
バンコク都内要所を結ぶ交通機関である、
スカイトレインのサパンタクシン駅そばの路上に設置された、
緑色の物体、おそらくは、電話会社の施設だろうと思うけれど、
それに貼られたひとつからだった。

Bne001_3



 

 

それには、豆腐より少し大きいくらいの白の横長で、
BNE確信犯、という文字が2段に記載されていた。

Bne000_3




 

ここは、タイのバンコクだ。
中華街のそばのチャルンクルン通りとはいえ、
漢字はどうしても目に付く。
でもそのときはただ、なんだろう、何かの宣伝かな
と思うにとどまっただけだった。

その後、当のスカイトレインに乗り、
むかしそごうデパートのあった、チットロム駅近隣の、
ゲイソンプラザという高級ブランドがたくさん入った
ショッピングモールと、ビッグCという大型スーパーの間でも、
同じステッカーを見てしまい、ぼくの疑問は臨界点を超え
調べてみよう、とついに思い至ったのだった。

BNE確信犯、とはいったいいかなる意味で、
なぜバンコクの各所にステッカーが貼られているのんか。

まずは、ホテルに帰って、PCで検索してみるも、
うまくヒットしない。
それでわ、ということで、今度はBNE、だけで検索してみる。

その結果、以下の事実がわかってきた。

2006年前後から、東京各所で、BNE、やら、
BNE参上、やらという、正体不明のステッカーが
大量に貼られている、らしい。
誰が何のために、そんなものを貼っているのかは、
諸説あるが、真相は不明
インターネット上やテレビの報道、雑誌でもそのころ、
謎として取り上げられた。
東京のみならず、日本の各地、あるいは、世界のいくつかの
都市で、そのステッカーの存在が確認されている。
バンコクもそのひとつである。

ウィキペディアにも、
「巨大掲示板の2ちゃんねるでは単独でスレッドが立ち、
SNSのmixiではBNEの謎について考察したり
解明を試みようとするコミュニティが複数存在している。
しかしいずれも決定的な証拠を掴むまでには至っていない。」
と書かれており、真相は謎、ということになっているようだ。

Bne







 
 

 

また、真相の諸説の内訳として、以下(A~C)のものがある。

.2004年頃、2ちゃんねるに貼られた、
AAがその発祥である説。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]
投稿日:2004/04/16(金) 18:51:18.51 ID:whql4mmH0

⊂二二二( ^ω^)二⊃BNE
               参上!
バナナイーターの略ですよ>w<

.イスラエルの音楽レーベル、Brand New Entertainment
の宣伝活動説。

.米国在住の落書きアーティストの仕業である説。

さて、こんな状況であるということになると、
バンコクにおけるBNEの貼付状況を調査してやろう、
という不毛な意欲をもったりするのが、
ぼくの悲しい性でなんである。

2009年2月 1日 (日)

またティダイサンで

もし敵の秘密を知ったら、友達へも話すな。
金儲けの秘訣 ・第97条)



バンコクに来る楽しみのひとつに、
おいしいタイ料理が気軽に食べられる、ということがある。
いつも行くネオタイは大阪で屈指のタイ料理の名店である、
と信じているが、野菜パパイヤが手に入らないときは、
ソムタムが食べられない、という点でじゃっかんの弱みがある。
常夏のタイでは、年中パパイヤが手に入らない、
ということはないし、これは本場の強みであろう。

今回もバンコクで過ごした日は、ほぼ毎日同じ料理屋に通った。
ほかにもおいしい店はあるけれど、独りで入りやすい、とか、
好みの料理が多い、とか、いろんな条件を考えると、
ここに毎日通うことになってしまうのんだ。

そういうとある日のティダイサンで。

隣のカップルが気になった。
注文がすむと、料理が来るまで他にすることがないのんで、
つい近隣のテーブルの客を観察してしまう。

自信はないが、女の子の方が日本人ぽい。
向かいに座った男の子は、あんまり色黒ではないけれど、
タイ人だ。
そして女の子が、そのタイ人彼氏の汗を向かいから
拭いてやってるのんだ。

タイ人同士のカップルなら、あんまり違和感ないが、
いまどきの日本人の女の子がそんなことするんだろか。

残念ながら、拭いてもらった経験もないし、
最近日本ではとんと見ない気がするな。
しかも、かのじょの方のタイ語が流暢だし、

色白のタイ人?

かとも思った。

あとで店員に訊くと、やはりかのじょはやはり日本人らしい。
タイ彼が精算して、車で去っていく。

タイ彼が払ったということは、メンダーではないのだろうし、
それどころか、車ももってるなら、
きっと金持ちのタイ人なのだろう。
空心菜炒めを食べながら、まずは、めでたし、めでたし、
と思いながら、日本の女子も、タイではタイ女子のごとく、
彼氏の面倒を甲斐甲斐しくみるのだな、
と伝統的支配の力とか、タイ女子とのサービス競争の圧力とか、
ということについて、思いを馳せてみる。

また、別の日のティダイサンで。

隣のグループは、タイ人夫と日本人嫁と幼児、
そして、その母親風。
また空心菜炒めを食べながら、聞くとはなしに母娘の話を聞く。

聞いているうちに、母の方の話し振りが妙に若く、
親子同士の会話風でもないことに気づく。
ひょっとすると、年の離れた友達なのか。
おんなふたりの日本語の会話に入っていけないタイ人夫は、
ずっと子供の面倒をみている。

おんなふたりは、ウルトラマン太郎の歌を合唱してたかと思うと、
タイのバリヤフリーの遅れなどを批判してる。
ついこないだまで、電気製品買うために娘売ってたような国
なのに、そんな急に近代化するかよ、と思いながら、
黙って空心菜炒めを食べる。

そのうち子供がぐずりだしたので、日本人嫁はあやしがてら、
子供を連れて店の外へ出て行った。
年寄りの友人とタイ人夫がふたり残されたのだが、
母親風はタイ語ができず、タイ夫は日本語ができず、
ぎこちない空気のなか、ぎこちない会話がなされた。

通じてるんだかどうなんだか、と思いながら、
食べ終わったので、代金を払って帰ることにした。
そのとき、幼児とともに帰ってきた嫁を見て絶句した、
っていうか、もとから独りだから、誰ともしゃべってはないが、
独り密かに絶句した。
真横なんでわからんかったけど、日本人嫁は、
母親と思ってた友人と同世代ぽいではないか。
タイ人夫が若く見えた、というか、実際若いようなので、
ぼくが勝手に母娘と勘違いしたのんだ。

むかしは、タイ人の若い嫁もらうのは、おっさん爺さんで、
男の専売特許だったけど、
最近は逆バージョンもありなのねー、
と妙に感心しながらも、ぢゃあ、ぼくもひとつ頑張ってみるか、
とは思わない、孤独を愛するおっさんだったわけなんである。


▼ここの料理では、コームーヤーン(豚焼き)、
ガイトート(鳥のから揚げ)、空心菜炒め、
ソムタム(青パパイヤのタイ風サラダ)をあっしはよく食べた。
ガイトートの絶品さに比べ、ガイヤーン(鳥焼き)は
あっし的にはいまいちだったな。
あと、トムヤムクン(えびの辛酸スープ)や
ゲンキヨワン(緑カレー)は、独りだと食べきれないので、
あまり頼まなかったすね。

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