« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月30日 (日)

無理

衣服を着た女なんて、台所に男が入るようなもんだ。
金儲けの秘訣 ・第108条)



最近、ご飯の話をしていて、驚かれた。

昨日の夕食になにを食べたのか?

という問いに、
賞味期限の切れた冷麺があったので、あわててそれを食べた、
と答えると、

具は?

とまた訊くので、
冷麺でも焼きそばでも、具を入れたことはない
麺だけを茹でて食べた、と答えたためだ。

上に卵を載せたり、胡瓜を添えたりはしないのか?

とさらに訊くで、
そんなめんどくさいことはしない、でったいしない
と断言した。
もちろん、けっして卵や胡瓜を憎んでるわけではない
ただ日々の食事にあまり手間をかけたくないのんだ。

さて最近、知り合いの女の子が結婚することになった。
もともとフルタイムで働いていたわけでもないし、
また遠隔地に嫁ぐので、たぶんしばらくは、
あるいはずっときちんとは働かないだろう、
とのことだった。

かのじょによると、結婚するにあたって、
配偶者となるべき相手と家事の分担を取り決めたそうだ。
平日はかのじょが食事の用意をして、休日は相手がするらしい。

かの新婚家庭では、どんなものが休日食されるのか、
ぼくは知らないのであるが、たぶん、冷麺やら、素麺やらを
茹でただけでは花嫁は許してくれないだろう感じがする。

さすれば、新郎となるおとこは、新生活の中で、
けっこうな負担を強いられるのだろう、ことを考えると、
ぼくのような怠け者に結婚生活は維持できそうにないな、
と思ったのんだ。

かのじょ曰く、
別にご飯を作るために結婚するわけではないのだから、
とのことで、
それはまったくそのとおり、ご説ごもっとも、なんであるけれど、
他方、新郎もたとえば、ひとりならしなかったかもしれない、
家事労働を結婚したがためにしなければならないかもしれない、
となると、肉体的精神的に疲弊することもあるだろう。

結婚するのもたいへんだな、と思うのだが、
女性側がそうでなければ、結婚せん、というのであれば、
結婚したいのだろう新郎は、そういう約束であっても
結婚できるのは幸せなんだろう。

結婚せんでもいい、という女性の増加がきっと、
このような状況を支えているのであろうし、
結婚すると、今までの生活水準が維持できないからしない、
という女性の話をたまに聞くが、
死ぬまで親に面倒を見てもらえるのならともかく、
逆に親の面倒を見なければならなくなったとき、
どうするんだろう、というのは、
考えないことにしているのだろうか。

ぼくがいえることは、その新郎がぼくでなくてよかった、
ということだ。
とりあえず、休日の新郎に合掌。。。(-人-)


▼せめて、休日は外食、ということにしてくれたら、
あっしだって、結婚できるのでわ、と思うのだが、
この条件で、誰か嫁に来ませんか(^^;)
もちろん、具のない冷麺でよければ、
ぼくも作らないことはないけどね。

でわ、具のある冷麺は、というと、
バンコクの8番ラーメンで、喰らうのであった。。。

Photo

2008年11月23日 (日)

ほおー

一つの星の法律を、全宇宙共通の目標(利益)の前で
当てはめてはいけない。
金儲けの秘訣 ・第165条)



三浦事件の最終章は、本人の自殺、
という予想外の展開で、唐突に幕を閉じた。
これに関して、いろいろと言われているようだけれど、
結局、本当のところは本人しかわからないのだろう。

元妻の一美さんが亡くなったL.A.で、かれが死に、
かのじょが運び込まれた病院で、かれの検死がなされたことに、
因縁というものを感じてしまうひともやはり多いようで、
かのじょの執念がかれを呼び寄せたのんだ、
というようなことを公共の電波でいってるひとさえいたようだ。

今回、かれがサイパンで拘禁されたことについて、
多くの法律家やマスコミ関係者が、一事不再理
をたてに問題提起をしていたようだけれど、
なんでそんなことが問題になるのんか、
実はぼくには理解しかねる。

かれが日本国で、再度裁かれる、というのであれば、
たしかに問題はあるかもしれない。
それでもぼくは、新証拠や科学技術の発展により、
裁判当時はわからなかったことがわかった結果、
再度裁かれるのであれば、よいのではないか、と思っている。
その場合は、一事不再理、の原則をなくする必要は
あろうと思うけれど。

しかし、今回は状況がでんでん違う。

そもそも、法律というものはその国の支配者が決めた手続きで、
その国の主権の及ぶ地域の不法行為について、
外国人であっても、従う必要がある、というのが大原則である。
日本の国内でさえ、某県の条例を他県の居住者が
旅行中に犯しても、某県の条例に従う必要があるし、
ましてや自国の主権の及ばない場所に行く際は、
その国を実効支配する権力の法律で裁かれる
ということを理解したうえで、行くべきなのは当然である。

たとえば、ある種の麻薬の使用や所持に関して、
合法の国もあれば、死刑まである国もある。
死刑まである国で、別の国では合法だ、
といっても意味がないのんだ。
いやなら行かねばよい、だけだし。

日本では現に死刑制度が残っており、
多くの国民がそれを支持いる。
死刑制度のない国からやってきた外国人が
日本で死刑相当の刑事事件を起こし、
結果、死刑が執行されても、反対意見を
唱える日本人は少ないと思う。

今般の三浦被告は、自ら進んで
米国の法的拘束力の及ぶ地域にやってきて、
米国の司法手続によって、起訴されたわけだ。

もし米国の求めに応じて、日本国政府がかれの身柄を
引き渡したのであれば、
また話は少し変わってくるだろうが、
今回は少なくてもそうではない。
そしてこの手続きに関して、米国の司法は、
日本との一事不再理の協定を勘案しても、
三浦被告を起訴することは問題ない

という判断をすでに示しているのんだ。
殺人罪と共謀罪は、別の案件と当地の司法が
判断したのであるから、
日本人が当地の法律について、
批判する権利はそもそもない
のである。
米国の法制度に同意できないのであれば、
その者は、かの地に行かねば良いだけなんだし。

この事例のように、日本人が他国の法制度について、
つべこべいうことは、はなはなおこがましいのんだ。

もちろん、将来、刑法も民法も地球規模で統一
されれば、いいな、とはぼくも思う。
しかしながら、今はまだそうなってはいない。

一事不再理、という一見合理的にみえる規則にしても、
日本ではそもそも起訴もされないが、
他国では重罪にあたるような罪状では機能しないのではないか。

たとえば、わが敬愛するタイ王国の王族に対し、
不敬なことを記述したり、話したりしても、
日本ではおそらく起訴もされないだろう、と思う。
しかしながら、同人がタイ政府にその事実を把握されていて、
タイ王国に足を踏み入れたなら、
けっこうな重罪で起訴される可能性が高い。
実は数年前、そのような事例が実際にあったかと思う。

このような場合には、日本では起訴さえされないがために、
他国で裁かれるという、ある意味、矛盾さえ生じるわけだ。

法は、悪人を守るためにあってはいけない
とぼくは思っている。

三浦被告が、当地の法に触れる可能性のあることを
過去に行ない、その地にまた出かけていったのだから、
本当に潔白であったのなら、
かれは当地の手続きに従い、裁判において、
無実を勝ち取ることで、自らの疑義をはらすべきだった、
と思うのであるが、いかがであろうか。



▼そういえば、同性愛が非合法の国もある。
ヒトの性的嗜好に国家権力が介入することに
違和感をもつひともいるだろうが、それをいうなら、
未成年に対する性行為は、片方が成人であれば、
おそらく相思相愛でも成人は罰せられるのだから、
一概に不当介入ともいえないのかもしれない。
そのくせ、日本では女性は16歳で結婚できて、
子どもを産めるのはなんとなく片手落ちな気がするのだが。
未成年同士の性行為も双方を罰するべきなんでわ?
と、とりあえず前向きの提案をしておこう^^

 

Photo バンコク都内で見かけた、
別嬪のおかまちゃん。
あまりにかわいいので、
珍子ついててもいいから、
付き合わんかな、と5秒ほど、まじで
思った。。。(-人-)ゲヒンデスビバセン・・・

2008年11月19日 (水)

ぷんぷいさん、サムイへ(下)

翌日、朝ご飯を食べた後、300バーツのタクシーに乗り、
隣のビーチに自分を捨ててくることから、
一日をはじめた。

今回はさすがに今までよりは、乗った、という感じがある。
バンコクのメータータクシーだと、60バーツ見当の距離か、
と思う。

街はずれのファミマの前で、タクシーを降りると、
そのファミマで水とお茶を買って、
チャウエンビーチの方へ戻るために歩き始める。
これが前回書いた、自分への懲罰なわけだ。

平坦であれば鼻歌気分だけれど、この島の道のりは、
アップダウンがあってけっこう厳しい。
しかしながら、海沿いなので景色はよいし、
カメラで風景を切り取りながら歩くのはけっこう楽しい作業だ。
帽子を持ってくれば、よかったな、と気づいたけれど、
そもそもぼくは帽子をかぶる習慣がないので、
今回は持ってきていない。
ファミマには売ってたかもしれないが、もう戻れないし、
戻ったところで、本当に売ってるかどうかわからないし、
仕方ないので、直射日光を浴びつつ、ひたすら歩く。

  

Samu_5 Samu_6 Samu_7

  






展望台なんかで休みながら、
ついにチャウエンビーチはずれのファミマにたどり着いた。
冷房を浴びながら、時間をかけて、飲み物を選ぶ。
またお外へ出かける前にからだを冷やさないないと。


▼カエル博士のレストラン?

Samu_10





 

水分補給をしながら、昨日も歩いたチャウエンビーチの
繁華街を歩く。
けっこうえー時間になってきた。
今日の夕飯は、どうするか。

ここではもうタイ料理を食べない、と決めたので、
イタリヤ料理にでもすっかな、と入ったのが、
ヴェッキア・ナポリだ。
この店はなかなかによかった。
スパゲッティもうまかったけれど、
個人的には、Tボーンステーキが気に入った。
日本では、イタリヤンレストランに入る機会などないけれど、
昨日のまずいタイ料理のおかげで、いい思いができたなー、
と思えたのんだ。

Samu_8 Samu_9






 

翌日もチャウエンビーチの別のイタリヤンレストランで
夕飯を食べたほかは、浜で、のたくたしたりして過ごし、
4日目、やっとバンコクに帰れることになった。

 

Samui_36





 

  

帰りは、朝のバンコクエア便だ。
エアバスの大きめの機体で、座席に余裕があるせいか、
ちょうど同じ時間に朝のタイ航空便にあるせいか、
安く予約できたので、この便に決めたのだ。

帰りの値段は2800バーツだったか、と思う。
行きのちょうどいい時間帯は3500バーツの
座席しか残っていなかったし、
それならと、マイルもつく、4050バーツのタイ航空の
ビジネス席にしたのんだ。

サムイ空港は、バンコクエアの私物だ。
だから、国内線の空港使用料としては、
かなり高めの料金を支払わねばならない。
この島の体質は、ぼくのような貧乏が染みついてる
おっさんからすると、ぼったくりにしか思えないのだが、
玄関口である空港からして、ぼったくりなのだ。

ぼくが心配なのは、めったに旅行しないひとたちが、
タイ全土をこのサムイのような場所と理解しないかな、
ということだ。
タイの標準からはかなり離れていると思われるこの場所しか
しらずにタイを語るような暴挙に出るひとが増えると、
ぼくのような貧乏系タイフリークが、
金持ちと誤解されそうだ。

お金があっても、お金がなくても、それなりに楽しめる
のがタイのいいとこなのだ。

以前からぼくが唱えている説に、
タイは、テーマのないテーマパークだ、というのがある。
この国では求めれば、何でも与えられる。
それも、けっこう安価に、そして、けっこう安易に

リゾートであろうと、一般的な観光であろうと、
ショッピングであろうと、沈没であろうと、勉学であろうと、
あるいは、オンナ(ヒトによってはオトコ!)であろうと、
この国は、なんでもござれだ。

ただし、テーマは、自分で決めなければならない。
それができない者は、きっと楽しめない。
今のぼくのように。

空港には、また300バーツ払って、車で行く。
もし、スーツケースを持ってきてなければ、
でったい歩いて空港まで行っただろう。

西洋人に囲まれて、ボーディングの手続をしながら、
おまえはよく耐えたバンコクで安らかにお眠りください
と自らを讃えることを忘れなかった、おっさんだったのんである。

  
   

2008年11月16日 (日)

ぷんぷいさん、サムイへ(中)

バンコク発のタイ航空便は夕方の4時発だった。
バンコクで、2日ほどゆっくりしたあとだけれど、
次の目的地に向かうときは、いつもなんだかおっくうだ。

ビジネスクラスとはいえ、乗った機体はかなり古く、
いまいち豪華さにかける。
でも1時間くらいの飛行時間ながら、どうも食事がでるのんか、
テーブルに布を引いてくれる。
その儀式がたいそうなので、どんな立派なものが出るのだろう、
と思いきや、出てきたのは、コロッケを細長くしたようなもの、
が2つだった。
前菜?、と思ったら、それで終わりなんである。
すぐに片づけられ、飛行機は降下の準備へと向かったのであった。

 

Samui_14 Samui_15 Samui_16






 
    

サムイの空港では、着陸後、派手なバスに乗せられ、
ターミナルへ移動させられる。
まわりは、ほとんど西洋人だ。
南国情緒、というのんか、この空港の施設は
オープンエアタイプになっていて暑い。
だらだら汗をかきながら、荷物を待つ。
スーツケースはどうしようか、と思ったのだが、
つい持ってきてしまった。
単純往復だし、3晩泊まるしな、ということだったのだけれど、
のちにこれを後悔することになる。

まずは、予約しているホテルに移動しなければならない。
サムイ空港の案内のねーさんに移動の手段を訊く。

タクシーなら400バーツ、乗り合い自動車なら100バーツ、
ということで、迷わず乗り合い自動車を選ぶ。
その方面行きの乗客が集まるまで、けっこう長く待ち、
どんなに離れてるんだろ、と思っていたら、
発車して5分もかからずにホテルについた。

100バーツでもぼったくりだが、
タクシーだと400バーツだったんだよな。
ホテルにつくと同時にもう帰りたくなってきた。
この先が思いやられるな。

ホテルではエアコンが故障しているので、
チェックインを少し待ってくれ、と言われる。
どれくらい?
と訊くと、1時間とのこと。
妙に1時間に自信ありげ、だったので、
たぶん、エアコンの故障は口実で、
前の客がレイトチェックアウトでもしたのだろうと考える。

部屋は、可もなく、不可もなく。
これでも、1泊1万5千円もするのんだ。
バンコクで泊まった、プルマンが1泊8千円くらい
だったことを考えると、かなり高い。
ここがリゾート地のサムイでなければ、
感覚的には逆でもいいくらいだ。

 

Samui_20Samui_22






   

部屋にいても仕方ない。
チャウエンビーチの繁華街に飯でも食いに行くか。
200バーツのタクシーに乗って出かける。
でも200バーツというと、バンコクだと、
市内から30キロ以上離れた空港までのタクシー代
と同じくらいなんだよね。

また5分ほどで、賑やかなとこに出る。
たった5分で、200バーツか。
こんなとこに来た自分を呪いはじめる。

どっかのホテルの庭先なのか、けっこう広い敷地の、
またぞろ、オープンエアーの、
要は、外のレストランでタイ料理を食べる。
ゲンキヨワン、つまり、グリーンカレー200バーツ。
高くても、うまけりゃ文句はいわないように努力するが、
味は並以下だ。
もうサムイではタイ料理は食べない決意をする。

Samui_23 Samui_24






 

Samui_26











バンコクでは、両替したタイバーツ紙幣が、
何10バーツ単位、で減っていくが、
ここサムイでは、何100バーツ単位で減っていく。

ここに来ることを決めた自分を罰しなくてわ

翌日の予定が決まった。


▼ホテルでの写真。

Samui_27 Samui_28 Samui_29





 
 

Samui_30 Samui_31 Samui_35



 
 

 
 

Samui_32 Samui_33 Samui_34

2008年11月12日 (水)

ぷんぷいさん、サムイへ(上)

貧乏はどんな名誉でもない。
金儲けの秘訣 ・第106条)




たとえば、ドリアンだ。

果物の王様ともいわれるこの果物に関して、
ひとびとの評価は綺麗に2分される。
好きな人は死ぬほど好きだし、
嫌いな人は傍にも寄りたくないだろう。

とくにその匂いに関して、いまだにTVで大げさに臭がるのを
見せるような演出に、古きよき昭和時代を思い起こす
のはぼくだけではあるまい。
その当時、海外旅行は特別な行事だったし、
ドリアンの匂いを知るものもまた少なかった。

そんなドリアンを攻撃するひとは多いし、
それは容認されている行為、なのだと思う。
それは個人的な意見の表明であり、好き嫌い、
は存在して、しかるべき
なのである。
たとえ、それでもぼくはドリアンが好きなのだ、
という人間がいたとしてもだ。

さて、これからぼくが書こうとしているのは、
サムイ島の滞在記である。
これはあくまでも、私的な記録であり、この記事に関して、
あるいは、ここのすべての記事に関していえることであるが、
ぼくは、誰にも読むことを強制してはいない。
ただ、こんな代物でも、読みたい、という人には、
それを妨げることはしてはいないのに過ぎない。
ひょっとして、なかには著しく意見の違うヒトもあろうし、
あるいは、不愉快に感じるヒトもいるかもしれない。
それがいやなひとは、敢えて読むことはお勧めしない、
というスタンスであることをあらためて書いておきたい。

前書きが長くなってしまったが、
ぼくはタイに足繁く通うようになってから、
バンコクでその多くの時間を過ごしたけれど、
また、けっこうタイ国中をもたびしてまわった。
複数回行った場所もある。

もちろん、行ったことのない場所もあるけれど、
有名どころはなるべく1度は足を踏み入れるようにしてきた。
今回訪れたサムイは、そんななかで、数少ない未踏の地
だったわけだ。

もちろん、理由はある。

おそらく、ぼくは好きではないだろう、と自ら推測できたし、
だいたいおっさんがリゾートで何をしようというのんだ、
という思いもあった。
しかしながら、そろそろタイへのリピートは、
肉体的にも時間的にもしんどくなってきたし、
次の正月まではチケットがあるのんで行くけれど、もしその後、
あんまりタイに行かなくなる可能性があるのであれば、
今のうちに行っておこうと考えたわけだ。

血迷う、とはまさにこのことだな、
と行ったあとの今では思うのだけれど、
何事も経験せずに語ることはできない

とりあえずいつものごとくに、
ホテルと飛行機の予約から始めることにした。

バンコクから、サムイに行く一番普通のルートは、
バンコクエアウェイズに乗り、空路入ることだろう。
他には、バスや鉄道でも行けないことはないが、
時間がかかるし、疲れそうだ。

しかしながら、あんまり普通過ぎるのも好きではないし、
最近はタイ航空も飛んでないことはない。
行きは、タイ航空で入り、帰りは、スラタニまで海路移動し、
そこから、エアアジアでバンコクに帰る計画を立てる。

さすれば、行きはANAの会員カードにマイルが貯まるし、
帰りは、バンコクエアウェイズの私物であるために異常に高い、
サムイ空港の空港使用料を逃れることができる。

ただし、タイ航空は便数が少ないので、席が取れるか、
あるいは、時間の都合がどうか、という問題が残っている。

さっそくにタイ航空のホームページで、
便と値段のチェックを行なう。
希望日のエコノミーは、すでに安い料金はなく、
ビジネスクラスの割引運賃は、まだあった。
高いエコノミーと安いビジネスの値段は、
2千円か、3千円しかかわらない。
マイルがエコノミーより余計につくし、
今回は、贅沢にビジネスで席を押さえる。

帰りのエアアジアもすっと席が取れた。
相変わらず安い。
飛行機代は、100バーツ(約330円)だ。
ただ、スラタニの空港使用料だの、燃料サーチャージだの、
付加価値税だの、いろいろ取られて、
最終的には、3千円近くになる。
それでも、安いけどね。

ところがその後、日程の都合からスラタニ行きは
断念することになった。
サムイの単純往復にせざるをえなくなったのんだ。
エアアジアはもったいないが、3千円だし、あきらめる。
帰りは、幸いにしてバンコクエアウェイズで
安いチケットがとれた。

ホテルも予約し、とりあえず準備は整った。
あとは、覚悟を決めて行くだけだ。


▼サムイでみかけた花ばな。

Samui Samui_2 Samu_4



  
  
  
  

Samui_3 Samui_4 Samui_12



 

  

   

  

▼サムイでみかけた動物たち。

 

Samui_5 Samui_6 Samui_9






  
  

Samu_2 Samu_3




  
  
    
  

Samui_7 Samui_8 Samui_13




  

  
  

Samui_11

2008年11月 9日 (日)

iPod的不幸

銃を突きつけるより耳を愛撫する方が、しばしば効果的だ。
金儲けの秘訣 ・第43条)




CDの大きさは、指揮者の故ヘルベルト・フォン・カラヤン
が決めたという伝説
がある。

ここでいう、CD、とは、キャッシュディスペンサでも、
クリチャンデエオールでも、チャールズ・ディケンズでもなく、
コンパクトディスクのことだ。
もちろん、中日ドラゴンズのことでもない。

当時その規格をめぐって、推進者であるフィリップスとソニー
の間で対立があった、という。
微妙に違う大きさを主張しあい、どうしたもんか、というときに、
当時ベルリンフィルと訣別し、ウィーンに拠点を移した
カラヤン氏と新規のレコーディング契約を結んでいたソニーは、
カラヤン氏の口をして、ベートーベンの第9交響曲が
ちょうど1枚に収まる、ソニー規格の方がよい、と言わしめ、
フィリップスを説き伏せた、ということだ。

真偽はともかくとして、おもしろい逸話ではないか、と思う。

そのCDだけれど、ずいぶん安く買えるようになった。
ぼくは最近、hmvのサイトから、輸入盤の組み物を買う
ことが多いのだけれど、
iPodの存在が購入の大きな動機になっている。

むかし音楽は、コンサートホールなど公共の場で聴くものだった。
一部の王侯や貴族階級のみがお抱えの楽士を扶養でき、
自宅に音楽を保有できたわけだ。
そういう状況に革命的な変化があらわれたのは、
レコード盤の発明やラジオなどの放送が始まってからだと思う。
一般のひとびとでも、自宅にいながら、
音楽を楽しむことが可能になったのんだ。

つぎの革命は、ソニーによる、ウォークマンの発売だろうか。
もちろん、カーオーディオや携帯ラヂオはそれ以前から
あったけれど、基本的にはコンサートホールでなれば、
自宅で楽しむものだった好みの音楽を
家の外に持ち出せるようになった、
という意味で革命的だったわけだ。
ウォークマンは爆発的なヒット商品となり、
携帯型再生機、という新しい市場をつくることになった。

そしてこの分野の、最近のもっとも大きな事件は、
iPodの発売だ。
PCのハードディスクに保存したデジタル音源を
コピーして持ち出すことをコンセプトにしたこの機械の、
斬新なところは、どこででも自宅の棚にある、
すべてのCDを持ち運べる、
その携帯能力の凄まじさだろうか。

iTuneによるとぼくは、自宅に1800枚ほどのCDを
持っている、らしいが、以前はCDショップでよく悩んだものだ。
このCDはすでに買ったのだっただろうか、
それとも、結局買わなかったのだったろうか。

でも今なら、それで悩む必要もない。
棚にあるのと同じ内容をいつもカバンに入れておける。
旅行先でも、職場でも、自宅にいるのとさほどかわらない、
音楽環境を手に入れることが可能になったわけだ。
しかも、動画対応になったり、音楽配信に対応したりと、
デジタルコンテンツの進化は今後も止まりそうにない。

ただ、今の悩みは、せっかく買ったCDを
ゆっくり聴く暇がないことだ。
ぼくのiPodのなかには、今120GB分以上の、
圧縮された音楽が入っている。
毎日24時間寝ないでずっと1回だけ聴いても、
全部聴き終わるには、2ヶ月半かかる分量、らしい。
1日1時間なら、5年ということになる。

しかもCDが安いので、またついあれもこれもと買ってしまい、
音楽量が増えていく。
われながら、困ったおっさんだなー、
と思う今日このごろなんである。




▼今使用しているiPodの最大容量は160GBで、
ソフトウェア使用分などを差し引いた残りは30GBを切った。
毎年9月頃新製品が出て、もっと大きな容量のものが出る、
と思っていたのだが、今回は、160GBがなくなり、
80GBが120GBに変更されたのみだった。
ちかぢか240GBが発売されるという噂もあるのだが、
早く出てもらわないとCDが買えなくなるな、
とまぢに心配なんである。

Photo






ところで最近、生誕100周年とかで、
カラヤン氏のCDやDVDの企画物が安く発売され、
大量に出回っている。
40枚組のDVD、63000円、71枚組のCD、
19600円、38組は、9600円とかね。
つい買って、やはりでんでん聴けてない。。。

2008年11月 2日 (日)

ティダイサン

空腹の時はビジネスを始めるな。
金儲けの秘訣 ・第214条)



最近、故桂枝雀師匠のDVDを見る機会があって、
そのなかで、かれのひととなりが紹介されていたのだけれど、
弟子たちによると、かれは極度の凝り性で、
とくに食べ物に関しては、いっぺん凝り始めると、
毎日同じものを食べ続ける癖があった、らしい。

時期によって、変遷があったようで、
たとえば、それはマカロニグラタンだったり、
あるいは、焼き肉だったり
あるいは、テッチリだったりした、ということだ。

かれほどの偉人ではないけれど、
ぼくも若いころから同様の性癖があった。

たとえば高校生のころ、シーチキンと運命的な出会いをして、
ほぼ毎食マグロの油漬けを食していたし、
グレープフルーツを1つまるごと食べるのを
寝る前の日課にしていた時期もある。
それ以外にも、鶏の唐揚げが人生の目的だったときや、
うなぎのたれがかかったご飯を食べるために、
うな丼ばかり食べてたときもある。

数年前だったか、週に3、4回、
夕食に大量にタバスコを振ったピザを食べていた時期に、
お小水が出にくくなったことは記憶に新しい。

そして、故枝雀師匠もそうだったらしいのだけれど、
ある日突然飽きてしまい、でんでん食べなくなるのんだ。

しかしながら、あんまり同じ物ばかり食べると、
肉体的に問題が出るのではないか、
ということをタバスコピザ事件以来思い知り、
また、世の中にはうまいものがけっこう何種類もある、
ひょっとすると何十種類もある、ということがわかってきたので、
あんまり同じ物ばかり食べることはしなくなりつつある。

ただ、食べ物に関する基本的な姿勢はかわらないのんで、
最近の傾向として、美味しいものを食べると、
それを饗した店に通い詰めることをよくしている。

これだと、飽きるまでに時間がかかるし、
店の方もメニューを増やしたり変更したりするし、
楽しむことができる期間が長くていいような気がするのんだ。

ここ10年ばかりは、タイ料理にこだわっている。
日本だと、大阪・北浜近郊の、ネオタイに通うようになって、
もう5年ほどになるだろうか。
毎週のように通っていた時期もあったけれど、
最近は月に1度か2度、という感じだ。

タイのバンコクでは、この8月、ランナム通りにある、
ティダイサン、という店に通い詰めた。
泊まったホテルが近所、ということもあったのだけれど、
とても美味しい料理を出す店で、
ぼく的には、久々の大ヒットだったのんだ。

それこそ毎日、というレベルではなくて、
昼夜両方ともその店ですます日もけっこうあったくらいだ。

12月には、またバンコクに行く予定だが、
今から、またあの店のタイ料理を食べるのが、
実に楽しみな、おっさんなんである。


▼あー早く食べたい、料理の数々(*´Д`)ハァハァ

Photo Photo_2 Photo_3

   

    

 

Photo_4 Photo_5 Photo_6

 

    

     

Photo_7Photo_10 Photo_11

 

    

    

Photo_12 Photo_13

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »