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2008年9月22日 (月)

占い屋再論

口先だけで何とかなる時は、絶対ラチナム(金、
のような価値ある希少金属)を使うな。
金儲けの秘訣 ・第60条)



ぼくは今までに何度か、占い、について、
それを信じる人間の愚かさを書き連ねてきた。
しかしながら、いまだ占いの結果を信じるひとたちの数が
減っている様子はない。
そこで、今回は、なんで信じるべきでないか、
ということを中心に書いてみようと思う。

未来の事象について、それを予見できるような、
特殊な能力をもったひとたち、
というのはなんらかの形でいるかもしれない、
ということは、実をいうと、ぼくも否定しない。

占い屋、の大半は、そんな能力を持っていないことは、
間違いない、と思うのであるけれど、
なかには、ごく少数だろうけれど、
ほんまもん、もいるかも知れない。

ただ、ぼくが思うに、ほとんどはニセ者で、
むしろ、ほんまもんは、自分の能力を悟られないように、
こっそり生きているのではないか、と思っている。

また、ほんまもん、といっても、どの程度、
ほんまもんか、という度合いがあるような気がするのんだ。

たとえば、賽の目、を考えてみよう。
当たる確率は6分の1。
それを5分の1の確率で当てられるのなら、
充分有意の数字である、と思う。
それはそれは、すごくたいそうな能力ではないか、と思う。
そう、まさに、超能力だ。
しかしながら、そんなすごいひとでさえ、
8割は外れているのんだ。

そのように8割外れるものを信じてよいのか。
それを信じることに意味があるのんか、ということを
ぼくはいいたいのんだ。

占いを信じるにんげんの大半は、その確率を検証せずに、
まるごと占い屋のいうことを信じる傾向にある、
ということが大いなる問題だ、とぼくは思うのだ。

たとえ、ふつうのひとにない能力があった、としても、
8割方ははずれるだろう予想を信じるような、そんな愚か者が、
占いを信じるひとには多いような、そんな気がするわけだ。

しかも、その能力に関して、検定試験があるわけでもない。
実際に、1000回なり、10000回なりの
賽の目テストをして、あるいは、なんらかのテストをして、
何%当たったかを半年なり、1年なりごとに実施し、
証明書を出すのであれば、ぼくだって、
その割合に応じた能力は信じよう、と思うのだ。

占いを信じる人間は、そのへんをもう一度、考えてみるべきだ、
と思うのだが、どんなもんだろうか。



▼野球の打撃成績なんかも、これと似てるかもしれない。
イチローでも、4割は撃てない。
10回に6回以上凡打を撃っているが、大打者だ。
2割5分しか撃てない打者は、守備がうまかったり、
強肩だったり、俊足でないと出番はあんまりないだろう。
その差は、10回に1回、よけいにヒットを打てるか否か、
という程度だ。
占いを信じるにんげんは、イチローが10割撃つような信じ方
をしているような、気がするのんだ。

▼もちろん、たいていのひとは、お遊びだから、
というんだろうけれど、当たりもしないことを断言したりする、
おばはんがテレビにでてもよくて、
関西テレビが、納豆ダイエットで協会を除名にまでなったのは、
どうにも納得いかない、という意見に
あっしは同意するところであることだよ。
根拠がないことを公の放送網で流してるのは同じなんだし。

▼と書いてほおっておいたところ、
上記のおばはんは、最近はテレビに出ていないようだ。
まずはめでたいが、あの手の詐欺師の根絶を願う、
あっしなのである。

Moguro



ジュセリーノにカーーーーーツ、
なんちゃって。

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