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2008年9月28日 (日)

我思う、故に。。。

ヴァルカン人の知識への欲求には用心しろ。
金儲けの秘訣 ・第79条)



最近、テレビをみていたり、週刊誌を読んでいると、
やたら目につく学者がいる。
茂木健一郎氏、というひとで、脳科学者、だということだ。

いつだったか、某国営放送の番組で、かれの司会している番組に
棋士の羽生善治現名人がゲストで出ていて、
詰将棋の本だか、専門雑誌だかをカバンに入れていた名人に、
茂木健一郎氏が、

詰将棋がお好きなんですか?

と質問しているのを聞いて、
ずいぶん非常識な人間だなー、と思った記憶があり、
それ以来、あんまりかれのことは信用していなかったのんだ。

将棋の棋士が詰将棋の本を持ち歩くのは、
プロ野球選手がグラブを持って歩くよりも自然なことだろうし、
難解な詰将棋を日常的に解くことは、
きっと棋士としての脳のトレーニングにもなるだろう
と思うのだけれど、
かれはそういう風には考えずに質問したのだろうか。

その後、茂木健一郎氏をあなどったままであったとある日、
また、かれの番組を見る機会があり、その番組のなかで、
スタジオに参加していた女性から質問があった。

交際していたひとと3年になり、
そろそろ飽きてきたのだけれど、
どうしたらいつも新鮮な気分でいられるだろうか、

というような内容だったと記憶しているが、
このようなことは、昔はオトコが言ったり、思ったり
することはあっても、うら若い女性が衆人環視、
どころか、公共の電波の前でいったりはしなかったものだが、
日本もけっこうくるところまできてるなー、と思ったのだった。

そして、かの脳科学者の答えは、
ぼくの評価に反して、なかなかに立派なものであった。

かれ曰く、
飽きるという感情を自分がもつことを
相手のせいばかりにしてはいけない。
相手ではなく、自分が変わる、
つまり、自分が進歩していけば、
常に相手に新しい何かを発見できて飽きないものだ

ということだった。

羽生名人とのやりとりではひととき、
かれのことをあなどったものの、なるほど単なるウツケ、
というわけでもないな、と感じ入ったのだった。

ぼくも昨日より今日、今日よりは明日、
日々進歩していきたいものだ、
との思いを新たにした次第だ。


▼それしても、最近の羽生名人の復調振りは凄まじい、
のひとことに尽きる。
再度7つの全タイトルの制覇も可能なところまで来ていたが、
先日、王位戦をフルセットの末、惜敗し、
今年度の達成はなくなった。
1度でもすばらしい記録だったのだけれど、
もし、期間をおいて2度目となると、
まさに、空前絶後、といってよいだろう。
以前のようには、読めなくなった、といっていたかれだけど、
勝負師としては、いまだ進歩し続けてるのだろな、
詰め将棋など解いてさ(^^

17

 

 

ところで、7冠王も凄いが、
写真は韓国で売っている、17茶。
これも、別の意味で、すごい(-_-;)



2008年9月22日 (月)

占い屋再論

口先だけで何とかなる時は、絶対ラチナム(金、
のような価値ある希少金属)を使うな。
金儲けの秘訣 ・第60条)



ぼくは今までに何度か、占い、について、
それを信じる人間の愚かさを書き連ねてきた。
しかしながら、いまだ占いの結果を信じるひとたちの数が
減っている様子はない。
そこで、今回は、なんで信じるべきでないか、
ということを中心に書いてみようと思う。

未来の事象について、それを予見できるような、
特殊な能力をもったひとたち、
というのはなんらかの形でいるかもしれない、
ということは、実をいうと、ぼくも否定しない。

占い屋、の大半は、そんな能力を持っていないことは、
間違いない、と思うのであるけれど、
なかには、ごく少数だろうけれど、
ほんまもん、もいるかも知れない。

ただ、ぼくが思うに、ほとんどはニセ者で、
むしろ、ほんまもんは、自分の能力を悟られないように、
こっそり生きているのではないか、と思っている。

また、ほんまもん、といっても、どの程度、
ほんまもんか、という度合いがあるような気がするのんだ。

たとえば、賽の目、を考えてみよう。
当たる確率は6分の1。
それを5分の1の確率で当てられるのなら、
充分有意の数字である、と思う。
それはそれは、すごくたいそうな能力ではないか、と思う。
そう、まさに、超能力だ。
しかしながら、そんなすごいひとでさえ、
8割は外れているのんだ。

そのように8割外れるものを信じてよいのか。
それを信じることに意味があるのんか、ということを
ぼくはいいたいのんだ。

占いを信じるにんげんの大半は、その確率を検証せずに、
まるごと占い屋のいうことを信じる傾向にある、
ということが大いなる問題だ、とぼくは思うのだ。

たとえ、ふつうのひとにない能力があった、としても、
8割方ははずれるだろう予想を信じるような、そんな愚か者が、
占いを信じるひとには多いような、そんな気がするわけだ。

しかも、その能力に関して、検定試験があるわけでもない。
実際に、1000回なり、10000回なりの
賽の目テストをして、あるいは、なんらかのテストをして、
何%当たったかを半年なり、1年なりごとに実施し、
証明書を出すのであれば、ぼくだって、
その割合に応じた能力は信じよう、と思うのだ。

占いを信じる人間は、そのへんをもう一度、考えてみるべきだ、
と思うのだが、どんなもんだろうか。



▼野球の打撃成績なんかも、これと似てるかもしれない。
イチローでも、4割は撃てない。
10回に6回以上凡打を撃っているが、大打者だ。
2割5分しか撃てない打者は、守備がうまかったり、
強肩だったり、俊足でないと出番はあんまりないだろう。
その差は、10回に1回、よけいにヒットを打てるか否か、
という程度だ。
占いを信じるにんげんは、イチローが10割撃つような信じ方
をしているような、気がするのんだ。

▼もちろん、たいていのひとは、お遊びだから、
というんだろうけれど、当たりもしないことを断言したりする、
おばはんがテレビにでてもよくて、
関西テレビが、納豆ダイエットで協会を除名にまでなったのは、
どうにも納得いかない、という意見に
あっしは同意するところであることだよ。
根拠がないことを公の放送網で流してるのは同じなんだし。

▼と書いてほおっておいたところ、
上記のおばはんは、最近はテレビに出ていないようだ。
まずはめでたいが、あの手の詐欺師の根絶を願う、
あっしなのである。

Moguro



ジュセリーノにカーーーーーツ、
なんちゃって。

2008年9月16日 (火)

適度な運動

まだ動くものは売れ。よく動くものは、2倍の値段で売れ。
動かないものは、値段を4倍にして骨董品として売れ。
金儲けの秘訣 ・第80条)


月に一度、尿酸値の薬をもらうときに、儀式的に診察を受ける。
一応、検尿やら、場合によっては、採血やらをされるときもある
のだけれど、これも、なんとなく、一応
という表現がぴったりな感じの、検査なのだ。

最近、尿酸値に関しては、5点台で安定しているし、
もう数字だけみれば、一般人と変わらない。
そのうえ、定期的に調べてもらう、尿や血液の結果から、
自分の健康状態をかなりしっかり把握している、
部類のにんげんになっているように思われる。

むしろ、健康自慢で医者に行かないひとの方が、
なにかあったときには、手遅れになっているのではないか、
と思ったりする次第だ。

ところで、そこのお医者さんは、ぼくの肥満に関して、
なにも言わない

かれも、ぼくと同じような、体型をしているからだと思う。
いわゆる、ムーミン体型、というやつだ。
だから、ぼくはこの医院が好きなのだけれど、最近、
繁盛しているせいか、手伝いのお医者さんが来ていたりする。

手伝いのお医者さんは、まぢめに採血の結果をみて、
脂肪肝だから痩せるように、だの、
運動して、体重を減らしなさい、だの、いってからしか、
尿酸値を下げる薬の処方箋をくれない
それ以上時間がかからないように、ぼくは黙って、
へいへい頷いてるのが常だった。

骨折後、久しぶりにその医院にいって、採血され、
その次の時に、採血の結果を通告されたのだけれど、

最近、なにかあったのですか?

というのが、その第一声だった。

え?

っと思ったけれど、
実は最近骨折して、今はリハビリ中なんですが、
というと、ずいぶん、不思議そうな顔をされた。

脂肪肝がよくなってますよ

と、かのお医者さんは、いうのんだ。

ぼくは、ふだん運動をあまりしないんですけど、
骨折の間は、車の運転ができなかったので、
実家に帰って、実家から職場に電車で通っていたのんで、
それが、適度な運動になってたのかもしれなせんね、

とぼくがいうと、

普通は、骨折なんかすると、
動きが悪くなることはあっても、ふだんよりよく動いた、
という症例はあまり聞かないんだけどね、
それは珍しいな

と妙に感心されてしまったのだった。

今またもとの生活に帰っているので、
ぼくの脂肪肝もきっと戻りつつあるのだろうけれどね。


動かざること、山の如し、は、褒めことば?
写真は、台北で買った風林火山。
全巻で、3000円くらいだったかな。

Photo

2008年9月10日 (水)

蛇含草

自分の医者を相続人に任命する奴は馬鹿である。
金儲けの秘訣 ・第93条)



蛇含草、という古典落語がある。
ある日、たくさん餅をもらったオトコのところに、
友人が遊びに来た。
遊びにきたオトコのいうことには、わしは餅が大好物だ、
ここにある餅を全部喰えるくらい好きだ、といったので、
じゃあ、喰ってみろ、ということになった。
餅好きのオトコは、ほとんど食べたものの、
あまりの満腹さ加減になんとか早く消化したい、と考え、
帰宅後、たまたま家にあった、蛇含草を服用してみた。

蛇含草とは、ひとを丸飲みした蛇が、
消化を早くする薬代わりに食する草だ、
という言い伝えがあるのんで、
ワラにもすがる気持ちのオトコは、試してみたわけだ。

その後、餅を喰わせた方のオトコが、
山のような餅を喰った友人のオトコを心配し、
友人宅を訪れると、友人の代わりに餅がふとんに寝ていた。
オトコの方が、蛇含草で溶けてしまったのんだ、
というような噺だ。

さて、後期高齢者医療制度、というシステムが導入されて、
案の定、否定的な意見がでてきている。
それも予想通り、年寄りは死ねというのか
みたいな紋切り型の意見も多いようだ。

以前、日本の医療について、私的な意見を書いたことがある。
ぼくは、医療現場に働く者ではないが、
日本の医療保険制度や医療のシステムは、
かなり立派である
、と思っている。
あくまで、比較の上での問題で、
無限にお金を投入していいのならば、
いくらでも完璧なものがつくれようが、
そういうわけにもいくまい。
医療費は、ただだけれど、収入の半分は、
健康保険料の支払いに消える、というのでは、
医者にかかるために生きていることになってしまうし、
そうではなく、コストパフォーマンスとか、
他国との比較におけるパフォーマンスやバランスの良さ、
という観点で優れている、と思うのだ。

最近、岩波新書で、堤未果氏の、
ルポ貧困大国アメリカ、という本を読んだ。

アメリカでは高い医療費が原因で、
自己破産に追い込まれるケースが多い
ということだ。
しかも、日本のような公的な健康保険制度も発達しておらず、
また企業に勤める場合でも、十全な保障が受けられる、
とも限らず、高い医療負担を企業が嫌って、
健康上の問題があるひとはそれが理由で
雇用されないようなケースも多く存在するという。

他方、ヨーロッパ諸国は、一般的に福祉政策は優れているが、
税金や社会保障費への支出が日本やアメリカに比べ、異常に高い。
そういった国々では、消費税が20%を超えていたりして、
その他にも所得のかなりの部分、国によっては、
租税や社会保障費を全部含めて、
収入の半分以上を持ってかれるような状況
らしい。

日本は、国民負担率に関しては、アメリカに近く、
福祉の達成状況は、ヨーロッパに近いと思うのだけれど、
そんなうまい話が長く続くわけもなく、
そのツケは、赤字国債や地方債の垂れ流しなど、
とりあえず次世代に申し送っているわけだ。

ぼくは、アメリカの方式もヨーロッパの方式も是としない。
現状をなるべくうまく変更しながら、
長く保持することがいい方法だと思っている。
そのためには、行き過ぎた福祉は我慢せねばならぬ、
とも思っている。

後期高齢者医療制度は、その一環であり、
とりあえず手始め的なシステムなのだろうけれど、
出鼻をくじかれたかっこうだ。

蛇含草、ではないけれど、無理をしたあげく、
本体が失われるようなことにならなければ、いいのだけれど、
と思ったりする、おっさんなのである。


▼てなことを書いて、ほおっておいたところ、
福田首相がやめるそうだ。
総理在任中、ずいぶんぼろかすにいわれていたが、
やめるとなると、今度は、無責任だとか、
またぼろかすにいわれるんだよな。
どないせえ、ちゅうねんな(^_^;)

写真は、プノンペンの薬屋。

Photo

2008年9月 4日 (木)

かいしやかぞく

家族といえど金儲けの邪魔はさせない。
金儲けの秘訣 ・第6条)



日本語は、限定された言語だ。
地域的には、日本国政府の統治が及ぶ範囲でしか通じないし、
日常的に使用しているのも、主にその範囲に住む住民である、
日本人に限られる。
そのへんの事情は、英語やスペイン語、アラビヤ語や中国語、
といった言語と大きく異なる。

もちろん、海外で見知らぬにーちゃんたちから、
シャチョオだの、オンナイラナイカだの、
話しかけられることがないではないが、
これは日本語が通用しているわけではないだろう。

日本人のもつ、経済力のおこぼれに預かろうとする、
現地人の涙ぐましい努力の成果が言語的に結晶化された、
事例に過ぎない。

そういう者たちにくれてやる資産を持たぬ、ぼくのようなものは、
かかわりにならぬよう、足早に通り過ぎるだけだし、
仮にかれらと触れあったところで、
それ以上、かれらと日本語を通じたコミュニケーションが
なされるわけでもないのんだ。

しかしながら、日本語が限定的であるが故に、かの地で、
珍妙な日本語と出会うことがある。
海外での日本の語彙は、確実に増えているし、それに比例して、
不思議な日本語と邂逅する機会も増えているような、
そんな気がする。

以前、台北で見かけた日本語教科書の、
あはん日本語完全攻略
、などもそうだろう。
ターゲットが日本語を学ぶ学徒である可能性の高さを
考えれば、わざとフザケテイル、とは考えにくい。

また別の機会に紹介した、ひろし
という名のスナック菓子にしても、
それに投下されたであろう資本や失敗したときの
リスクの大きさを考えれば、あながち受け狙い、
のみで生産されたとはぼくには思えないのである。

それに比べ、比較的少ないロット数で作成され、
宣伝されることもないTシャツなどは、
わざわざふざけて製作されたのではないか、
と思われるものも多い。

古くは、大和魂Tシャツに始まり、数々の名作が、
現われては消え、洗われては消え、したことだろう。

そんななか、ぼくが今一番印象に残っているのは、
かいしやかぞく、と書かれたTシャツだ。

たまたま、バンコクでみかけたときには、
あんまり深く考えなかったのだけれど、
これが、日本語のTシャツとして、
海外の民によって作成されたことは、
たぶん、偶然のなせる業にせよ、驚愕を禁じ得ないのだ。

会社家族、とは、実に日本的な企業のあり方
を示したことばであり、終身雇用制度と、
それに対する見返りとしてのその企業に対する忠誠心、
という、日本の故き美風を完璧に余すところなく
しかしながら、冗長にもならず、見事に表現している。
まさに、至言、といってさえいいことばだ。

しかしながら、そんな日本にも、
アメリカ流の無慈悲な労働慣習がもちこまれ、
今や会社家族的な美しい制度は、廃れつつある。

かいしやかぞく、は遠きにありて想うもの、
になってしまったことを激しく悲しむ、おっさんなんである。

Photo




  

 

 

▼かいしやかぞくの真の意味での推進者は、
ナショナルブランドの設立者である、松下幸之助氏だった、
ということだ。
しかしながら、今やかれらもパナソニックブランド
に統一されようとしている。
あの名曲、あかるーいなしょなーる
はどうなるんだろか(^^♪

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