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2008年8月29日 (金)

不一致

口先だけで何とかなる時は、絶対ラチナムを使うな。
金儲けの秘訣 ・第60条)



むかし、悩みの相談なんかがよくテレビでやっていて、
離婚したい理由の上の方に、
性格の不一致、というのんがよくあったように記憶している。

冷静に考えれば、1卵性の双子でもないと、
性格の一致などあり得ないだろうし、正確には、
性格の不適合、とでも表現されるべき問題なのだろう。

もっと正確に書けば、婚姻当事者の片方もしくは両方が、
婚姻届け出後、相手の性格的側面に婚姻の継続を
容認しがたい事由を発見してしまったため、
離婚という手段でしか、問題の解決を図れない事案、
ということになろうか。

要するに相手の性格に我慢ならなくなった、
のを婉曲的に表現したわけだ。

性の不一致、というのもあった。
これも正確には不適合だろうな。

性が一致してしまっては同性婚になってしまうし、
みんな大好き日本国憲法は、この方面でもあんまりサバケて
いないのんで、性の一致した婚姻自体が無効であろうと思うし。

これも、相手に性的な不満がある、ということを、
婉曲に表現したのだだろうな。

思えば、昔の日本人は奥ゆかしかったし、
阿吽の呼吸で意思の疎通ができた。
あんまりもろの表現をせずに、奥ゆかしく、
伝えたいことを表現したものだ。

そういう風習がまったくなくなってしまった訳ではない、
と思うけれど、なんとなく露骨な表現がちまたにあふれ、
少し辟易してしまう、故きよきおっさんであったことだよ。



▼山崎ナオコーラ、という作家の、
「ひとのセックスを笑うな」、
という作品名にはちょいと驚いた。
驚きついでに、以前読んでみたけれど、
題名のアグレッシブさに比較して、
中身は、どうということのない内容だったように思う。
マーケティング、という側面においては、
ある意味優れた手法かもしれない。
ナオコーラ、という筆名(たぶん)もインパクトあるよな。
ペプシ派もコカコーラ派にも支持された上、
某国営放送にもぎりぎりでれそうだ(^^;)

某国営放送への出演といえば、最近、
某国営放送に出まくり三助状態の生瀬勝久氏だけれど、
以前、槍魔栗三助(やりまくりさんすけ)という名前で、
活動していたのを現在の名前に改めるきっかけになったのが、
某国営放送への出演だった、らしい。
恐るべし、マスメディアの権力(?)
あの胡散臭い占いおばば以外にひとの芸名を
指図できるのは、某国営放送くらいだろうな(^^)

写真は、台湾の郵便ポスト。
あっしは、今でも郵政民営化に断固反対しているぞー。

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2008年8月24日 (日)

8番ラーメン

会話はタダだがシンセエールには金がかかる。
金儲けの秘訣 ・第30条)



友人や知り合いとふたりでいて、黙っているのが苦手だ。
よほど気の知れたひとなら、別にかまわないのだけれど、
逆に、よく知らないひとほど、なにか話さなくてわ
と思ってしまう。

話す内容は、なんでもいいのだけれど、沈黙のなかで、
ふたりいる空間、というのが、激しく苦手なのだ。

そういう場合、無理からでも話題をつくって話してしまう。
いわゆる、毛繕い会話、というやつだ。
猿が毛繕いをしてやることで、敵意がないことを示すがごとく、
気安く会話することで、あるいは、
気安く会話するふりをすることで、あなたのことが嫌いでない、
ということをお互いに確認するわけなんである。

こういう場合、相手が関西人類だったら、話は簡単だ。
文化的共通理解が多いが故に、話のとっかかりが多い。
また、多くの関西人類は口が軽いため、
スムーズに会話が進み、話すうちに、さらに理解が深まり、
美しい友情の始まり、があったりもしようというものだ。

ところが、同じ文化圏に生きた民でない場合はけっこう難しい。
相手がどんな話だとのってくるのか、暗中模索を重ね、
話の鉱脈を探すことになる。

最近、北陸地方出身のひとと話すことがあった。
ぼくは日本国中、踏んだことのない県がない、
というんのがひとつの自慢なのであるけれど、
実は北陸地方は遊びに行ったことも宿泊したこともなく、
通過した経験しかない。
こっちの方はひとつの鬼門なんである。

しかしながら、行かなくても共通理解はあるものだ。
この地方出身のひととは、バンコクでよく通っている、
8番ラーメンの話を振り出しにすることが多い。

8番ラーメンは、バンコクの多くのショッピングモールに
店を構える、成功したチェーン店だ。
マクドやミスドやKFCなどと同様、タイ人の客を
捕まえることができたのが、成功の秘訣だったのだろう。

ぼくは、最初これが日本に実在するラーメン屋さん
だとは知らなかった。
つまり、タイで起業された、日本食の店だと思っていたのんだ。

なんで北陸のラーメン屋さんがタイで店舗を展開しよう
と考えたのかは知らないが、タイに進出し、
早々と撤退した過去を持つ、吉野家ができなかった
ある意味、偉業であることは間違いない。

タイ料理に飽きたら、ぼくはここで、冷麺を食べる。
辛くないものにホッとできる幸せな瞬間なのである。


▼8番ラーメンでよかった。
6番や9番や18番だったら、名前を呼ばれるときに、
あほになられるところだった(^^;)

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▼バンコクで見かけた、吉野家、ならぬ、牛野家。


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味も見た目も本家に遜色ない。


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ただし、値段も日本の本家並み。タイでは高め^^;

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ちなみに場所はタニヤのダソヒル^^;看板の裏でやんす。

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2008年8月20日 (水)

リヒテルのシューベルト

コレクションの唯一の価値は、他の誰かに売りつけられることだ。
金儲けの秘訣 ・第135条)



ヴィルヘルム・ケンプのシューベルトを聴いていたら、
発作的に思い出したことがあった。
ピアノ・ソナタの13番D664をぼくはむかし愛聴していた、
ということを。

でも、なんでそれが好きだったのか、誰の演奏で聴いていたのか、
しばらく思い出せだせなかった。
少なくても、iPodには、ケンプ以外のこの曲は、
収録されていない。
ということは、レコードか、カセットテープで
聴いていたのだろう。

ケンプの演奏が悪い、ということではないが、
若い日、ぼくが聴いていたのは、でんでん違う音楽だった。

もっと可憐で、胸が締め付けられるような、
そんなシューベルト
だった。

ケンプの演奏にオーバーラップして、
むかしよく聴いた、その演奏が、頭のなかによみがえる。

パソコンで、検索していくうちに、思い出した。

おそらくその演奏は、1979年、東京文化会館で行なわれた、
リヒテルのコンサートでのライブをレコード化したもののようだ。

スヴァトスラフ・リヒテルは、ソ連時代のロシアの、
真に巨匠といえる、ピアニストのひとりだ。
当時、ソ連の演奏家は東西を壁を自由に越えることができず、
かれもまた、当初西側には神秘のベールに包まれていたらしいが、
その存在が明らかにつれ、かれの芸術性は、
西側でも大いに認められることとなった。

それゆえか、当時のソ連のピアニストの中では、
おそらくずば抜けて、西側の聴衆に接する機会が多く、
また、多くの演奏がスタジオ録音やライブテープなんかで
残っているようだ。

同時代のソ連の巨匠的ピアニストでは、
エミール・ギレリスもまた有名であるが、
現在、かれのCDで手に入るものは、
HMVで単純に検索してみると、リヒテルの半分以下でしかない。
また、西側での実質的なデビューが遅かった
ラザール・ベルマンなんかは、さらにその半分しかあたらない。

リヒテルはまた、ヤマハ製のピアノを使用したことでも有名だ。
当時、クラシックのコンサートで、
ピアノという楽器を使用するひとの多くは、
スタインウェイアンドサンスのものを使用するひとが多く、
なかには、ベーゼンドルファーベヒシュタイン
使用するピアニストもいるにはいたが、少数で、
ヤマハ、というと、リヒテルくらいしか思いつかない。

このような状況は、あるいは今でも、同じかもしれない。

このへんの事情は、プロジェクトXでも放送していたが、
かれが、ヤマハを選択してくれたことは、
ヤマハにとっても、日本にとっても、
ラッキーなことだったと思う。

検索ついでに、リヒテルのそのCDを注文した。
音楽もまた、脳みそのどっか奥深くに格納されているのだな、
と教えてくれた、リヒテルの演奏に感謝。。。(-人-)



▼届いたCDを聴いてみると、ライブらしい、
演奏中の咳払いなどもしっかり記録されていた。
演奏後には、ブラボーおやじも出現していたしさ。
しかしながら、名演の誉れ高い演奏のせいか、
難しい顔でジャケット写真に写ってることの多い、
リヒテルさんの表情が心なしか、優しい。

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2008年8月16日 (土)

人生家計簿(下)

エクセルファイルは、3シートから成り、
シート1は、アウトルック編、シート2は、預金残高編
シート3は、年間収支編、になっている。

まず、シート3の年間収支編だが、
これは、今年度の年間収入予想と、
固定的な支出が記載されている簡単なものだ。
収入の部は、不明であれば、昨年の実績でもいいが、
ぼくの場合は、ある程度予想がつくので、それが記載されている。

支出の部は、税金や社会保険などの項目がまずあり、
収入の2割から3割がこれにもっていかれる。
ついで、住宅ローンの返済、住居の管理費や光熱水費、電話代、
任意保険関係、そして、給与天引きの預金、個人年金の掛け金、
と続き、それらの合計を収入から差し引いた金額が、
ぼくの生活費と自由になるお金、というわけだ。

いちいち家計簿つけるよりも、ずっと簡単ではないか、
と思うのだけれど、いかがなものであろうか。

そして、シート2の預金残高編は、
加算項目として、給与天引き預金残高以外に、
決済用の銀行の残高、個人年金の積立残高、
減算項目として、住宅ローンの残高の欄を設け、
月に1度、月末の残高を記入し、毎月の合計を過去の実績と、
10数年先までの予定を入れてある。

給与振り込みやクレジットカードの引き落とし、
ローンの返済などがすべて行なわれる、決済用の銀行残高は、
予定額をずっと100万円とし、実績額を上書きしていく。
実績でこれを下回れば、支出が超過しているので、
積立預金なんかの金額を減らすか、支出を見直すかし、
実績でこれを上回るようだと、積立預金なんかの金額を
増やす余地がある、という目安にするわけだ。

そして、最後のシート1、アウトルック編であるが、
これは、縦軸に、今後の時間の経過が定年の年齢まで、
年毎にとってあり、横軸には、年齢、勤続年数、
年金支払年数(転職経験があるので勤続年数と同じではない)、
退職金の予想金額(①)、
シート2で算出された資産の年度末の残高または予定残高(②)、
①と②の合計(③)、年金受給までの残年数(④)、
③から一定金額を引いた金額を④で割ったもの(⑤)が、
記載されている。

実際には、④は、65歳までと67歳までの2種、
⑤の一定金額が3種あるのんで、⑤は6列存在しているが、
この金額が、仕事をやめて、年金が出るまでに、
シート2で、貯まった金額を年間いくら使用できるのか、という、
いわば、預金を食い潰せる平均年額、ということになる。
そして、⑤の一定金額とは、年金で暮らすようになったときに、
予備の預金として、いくら持っておくか、という金額なわけだ。

たとえば、⑤の一定金額、つまり老後の予備資金を仮に、
5百万円(ア)、1千万円(イ)、2千万円(ウ)、と設定し、
60歳のときに、③が3千万円あったなら、
年金受給開始年齢が65歳の場合は、(ア)は、500万円、
(イ)は、400万円、(ウ)は、200万円、
年金受給開始年齢が67歳の場合は、(ア)は、357万円、
(イ)は、285万円、(ウ)は、142万円、
55歳のときに、③が3千万円あったなら、
年金受給開始年齢が65歳の場合は、(ア)は、250万円、
(イ)は、200万円、(ウ)は、100万円、
年金受給開始年齢が67歳の場合は、(ア)は、208万円、
(イ)は、166万円、(ウ)は、83万円、という具合に、
年金受給までに使用できる年間の金額が計算されるわけだ。

あとは、シート3の年間収支編の支出表を見て、
年間いったいいくらあれば、もうあくせく働かなくても、
生きていけるのか、自分なりに考える、ということになる。
収入の2割以上が税金などの社会保険料で
もってかれる状況を考えると、
自分がけっこう少ない金額で現状生きているのがわかる。
収入がなくなれば、支払い不要になる金額を考慮し、
現在の物価水準で考えると、ぼく的には、あと10年も働けば、
充分のような気がする、というのが、今日現在のぼくの結論だ。

ただ、年金がどうなるのんか、予定通り預金が貯まるのか、
日本の経済が今後現状を維持できるのか、
インフレに振れるのか、デフレに振れるのか、
そもそも今後今の職場があるのんかもわからないし、
リストラされてる、という可能性もあるだろう。
10年後に生きてるかどうかも、
実際のところ、わかんないんしさ。

ま、ラフにでも老後の設計図を描いてみることができる
年齢になった、ということだけは間違いない、というわけだ。

 

Photo_3  老後の設計に失敗して、
幸せなはずの老後が、
箱の中、とならないように
したいものだ。。。

2008年8月12日 (火)

人生家計簿(上)

どんなに十分でも、十分過ぎることはない。
金儲けの秘訣 ・第67条)



知り合いの女性にしょっちゅう家計簿ソフトを
買っているひとがいる。
別にソフトを蒐集するのが好きなのではなく、
どんなのを使っても長続きしないのをソフトのせいにして、
さらによさげなものを探す、という構図なわけだ。

ぼくも自慢ではないが、おおむかし、
なんの因果か経理課に配属されたことがあり、
その際は、家計簿、というか、小遣い帳をつけていた。

現金をしばしば手にする部署だったので、
自分のお金と職場のお金が混じらないように、
自分なりの工夫をしていたわけだ。

当時は、つまらないことで銀行まで行かずともよいように、
常にいろんな金種でけっこうな現金を自分で持ち歩いていた。
いざというときは、自分のお金で両替できるように、
というわけだ。

今は日常生活で、家計簿、というようなものをぼくはつけない。
そんな邪魔臭いことはしないし、したくもない。
しかしながら、人生の家計簿、というか、
老後へのアウトルック

のようなものを自分なりに作成している。
以前からよく書いているが、
働かなくとも生きていけるようになったら、
仕事をやめる
べく準備資料をつくっているのんだ。

現在の日本では、一般的に60歳くらいになれば、
老人のカテゴリーに入れられ、そのへんから65歳くらいまでに、
年金が受給できるようになり、人生を終える準備に入る、
というモデルプランがあるような気がする。

しかしながら、よく考えてみればわかるのだけれど、
60歳で、まだ成人しない子どもを持つ者もいれば、
ぼくのように、たぶん一生結婚もせず、子どもも持たず、
という者もいる。
これを一緒くたに、同じモデルで語ること自体、
すでに無理がある。
また、健康状態だって、千差万別で、
60歳で、死にかけてる者だって、
100歳越えてもぴんぴんしてる者だって、いるだろう。

さすれば、自分の人生プランは自分で考えるべきではないのんか、
とぼくは思った次第なのだ。

職場にも、ぼく同様、ひとり身で定年を迎え、
その後すぐ、亡くなってしまったひとがいるのだけれど、
あんな人生だけは、でったい送りたくない、とぼくは思った。
仕事が好きだったならば、後悔はないだろうが、
ぼくはそういうタイプの人間ではない。
その職場のひとは、女性だったのだけれど、独身老人の場合、
男性の方が、女性よりも明らかに生存期間が短い、
という統計もあるようだし。

だから、ぼくは何歳から自分が老後を迎えられるのんか、
というのを自分なりに把握し、今後の人生設計を
きっちりつけることを大いに求めておるわけなのだ。

そのようなことを把握するためのPCソフトも
きっと売っているのだろうが、
ぼくは、エクセルを使って自分なりにつくってしまった。

今後、歳を重ね、退職のためのXディが近づくにつれ、
項目はさらに増強される予定だけれど、
今は、おおよその未来を俯瞰できればいい、と考えているので、
簡単なものに留まっている。

参考までに、どういうもんなのか、
みなさんに内容をお知らせしてみよう。


▼あっしが上記の職場の女性のように、
働くだけ働いて、死んでしまえば、
些少ながら、人生の残りの期間のために用意していたものは、
親が生きていれば、親のところに行くのだろうが、
もし、親もいなくなっていれば、
生き別れ状態の妹か、そのこどものとこに行くのだろう。
ぼくのように生涯、配偶者もこどもももたず、というひとが増えると、
思わぬ遺産が転がり込む、というひともこれから増えるのだろうのな。
誰か知らない親戚が、ぼくに遺産を残してくれますように、
と祈らずにはいられない。。。(-人-)ココホレワンワン

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写真はタイのイサン地方で
見かけた、巨乳のワンコ

2008年8月 8日 (金)

お客さまは神様ではない

いい顧客は、ラチナムと同じくらいまれである。
金儲けの秘訣 ・第57条)



今日本国内で、怪物達が暴れ回っている。
その怪物達は、モンスターペアレントやモンスターペイシェント、
クレーマーなどとと呼ばれ、
日本で古くから培われてきた、謙譲の美徳
など日本土着の美しい共通理解を踏み荒らしてる。

なんでこんな怪物達が発生し、のさばるようになったのか、
いろいろと理由はあるのだろう、と思う。
米国式価値観の移入による競争原理の定着化や、
それに伴う格差社会の進行、
そしてその結果、日本の社会に蔓延したり、
増大したりすることになった、ストレスの数々。
そういったものが、種子として蒔かれ、繁茂したのだろうと思う。

しかしながら、かれらが発生する土壌は、
すでにあったのでわないか、とぼくは考えている。

それは、かつて国民的歌手であった、
三波春夫氏によって提唱され、定着させられてしまった、
お客様は神様です、という思想
でわないか、と思うのだ。

おそらくは明治以降、日本国が近代国家として、
発展していく必要から、日本国民は、
高い倫理観と勤勉さを身につけさせられていったのだろう。
また島国という限定された環境があり、
そのなかで、生活をしたり、商売をしていくうえでは、
それは実に当を得たことばであったのだろうと思う。

しかしながら、今のこの怪物の暴れ方は、
まるで外来種が日本の生態系を乱すがごとくで、
新しい価値観はまだ変化していない、
日本の土壌にやすやすと侵入し、
猛威をふるっているような状況に似ている、とぼくには思える。

これから日本のサービス業は、どこを目指すべきなのか。
その解答は、やはり外来種の発生源にあるのだろう。

ぼくは乗らないが、とある米系の航空会社は、
カウンターで、強く苦情を言うと、すぐ警察に通報するそうだ。
苦情を言うような客は、客として不要だ、
という精神に貫かれた商売を行なっているわけなのだろう。

その代わり、客が来ないとなれば、料金をさげたり、
マイルをばらまいたりして、キャンペーンをはる。
苦情処理のようなサービスにコストをかけない
という姿勢なのだろう。

これがいいかどうかは、客が決めることだけれど、
少なくても、その会社は、今のところ、つぶれてもいないし、
まだ日本から撤退もしていないようだ。

日本では、怪物達の対処に疲れ、精神や肉体を病んだり、
挙げ句の果てに、命まで絶ってしまうような、
そんな非雇用者がでている、といったそんな話を聞くにつけ、
日本も、これからは上記の米系会社のように
しなればならぬ、時代が来るかもしれないな、
と思ったりする、見た目少しモンスター系だけれど、
実は心優しい、おっさんなのであった。


▼最近では、モンスターハズバンド
というのも、発生していて、
産科の医者に身重の嫁さんを診てもらって、
医者をセクハラ呼ばわりする、大馬鹿もいるそうだ。
なんなんだろ、まったく^^;

 

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写真は、約束の地、BY いしかわじゅん。

2008年8月 4日 (月)

藤岡藤巻

モラルはいつも力によって限定される。
金儲けの秘訣 ・第28条)



最近、耳につく曲がある。
ジブリ映画の音楽だ。
しかも、あの、ぽぉおにょー、ぽにょぽにょ、というのんを
つい口ずさんでいる自分をしばしば発見する。

さて、この曲を唄っているのは、小さなおんなのこ、
みたいなのだけれど、
実は、まだ聴いていない部分で、藤岡藤巻
というおじさんユニットも歌唱に参加しているらしい。

かれらの関係した音楽に触れあうのは、
人生2度目だ、と思っていた。
1度目は、里田まい、と唄っていた、
オヤジの心に灯った小さな火、という曲だ。

ぼくは、この曲を気に入って、密かにyoutubeを利用して、
練習していたりした。
しかしながら、カラオケで唄ったことはない。
いっしょに唄ってくれる相手もいないしさ。

それはさておき、今回、この藤岡藤巻というユニットが、
天下のジブリと関係したために、
その素性がにわかに注目されることになり、
かれらの過去を知ったぼくは驚いた。
かれらは、昔まりちゃんズ
で活動していたうちの2人、だというではないか。

まりちゃんズは、数々の放送禁止歌をもつ、伝説のバンドだが、
かれらの代表作、ブスにもブスの生き方がある、に関しては、
ぼくが若いころ、テレビで見たり、ラジオで、聴いたことがある。
今、これをかける勇気のある放送局はあるまい、
と思うのだけれど、当時の基準ではどうにかOKだったのだろう。

この曲は、おぃっちにーおぃっちにーおぃっちにーさん、
という掛け声で、始まり、
ぱっぱぱぱぱっぱー、という合唱のあと、
行進曲風、というか、軍歌風、というか、
そんなメロディに合わせて、以下のような歌詞が続く。

この世は美しいものと醜いものとでできている
醜い女を人々はブスと名づけたのだ
ブスよ、あなたはいるだけで、みんなに迷惑掛けている
明るいところは歩かずに人目を避けなさい
はっきリ言ってしまえば、男はブスが大嫌い
君らの顔を見ただけで吐き気を催すよ
ブスよ、惨めだろうが、自分の顔を認めよう
あなたにゃ幸せこないけど、望みだけは持とう・・・
(以下略)

そんなかれらが、今やジブリ映画に参加しているのんだ。

宮崎監督もなかなか勇気ある決断をしたものだ、と思うけれど、
意義深いことのような気もするのんだ。

過去のことの善し悪しを現在の基準で判断して糾弾する
という風潮が最近蔓延しているように思う。
消えた年金問題、にしても、
当時は課税逃れや配偶者の扶養にはいるために、
偽名で働くような行為がけっこう普通に行なわれており、
統合されていない、5000万件だかの大半は、
そういったものではないのんか、とぼくは推測している。

また、そういった問題を解決するために、
国民に固有番号を振って、そういった不正を防ごう、
との与党の意見、たしか国民総背番号制
といったと思うけれど、にまっこうから反対していたのは、
今もかすかに残っている、とある野党のひとびとだったんだし。

ひとは、その時代時代の規範に従って暮らしていたのんだ。

現在の基準で過去を裁くような暴挙は、避けたいものだ、
と思う、過去に生きる、おっさんなんである。


▼藤岡藤巻のモットーは、
妥協することにかけては誰にも負けない!
とウィキペディアには書かれていた。
あっしも常々、落としどころを知るものこそ、仕事を知るもの、
と思って働いているのだが、
たまにいかなる譲歩もしない、
という人間と出会うと困るんだよねー(^^;)
負け犬街道まっしぐらに日々生きる、ことこそ、
おっさんの生き様だと思うんすけどね。

写真は、バンコクのわんこ。

Photo

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