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2008年6月25日 (水)

めんちゃい

第一印象の重要性を軽く考えるな。
金儲けの秘訣 ・第241条)



ヴァイオリン協奏曲、とは、独奏ヴァイオリンと
オーケストラのための楽曲で、
古くから現代に至るまで、多くの名曲が存在する。
オーケストラには、2群に別れたヴァイオリン・パートが
存在するが、それとはまた別に独奏のヴァイオリン奏者を招き、
演奏されることが多いものの、
達者な演奏者の多いオーケストラでは、
そのオーケストラのコンサートマスター、
つまり、第1ヴァイオリンの首席奏者が、
独奏者を務めることもあるようだ。

そのヴァイオリン協奏曲のなかで、
レコードやCDの種類が1番か2番目に多い取り合わせが、
たぶん、メンデルスゾーンチャイコフスキーの、
ヴァイオリン協奏曲のカップリング盤だろうと思う。
これを昔、めんちゃい、なぞと呼んだりした。

レコード時代でも、ちょうどレコードの両面に
ぴったり入る取り合わせだったし、
両曲とも、親しみやすいメロディにあふれた、
ポピュラーな名曲だったしさ。

憂いをおびた、短調のメロディで始まる、
優美なメンデルスゾーンのそれに比べ、
明るく豪華なチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、
今でこそ大人気曲であるけれど、
初演前には、演奏不能、と演奏者からいわれ、
初演直後は、批評家からこてんぱんに貶された、らしい。
なんと、悪臭ふんぷんたる曲
とまでいわれた、とのことだ。

その後、初演者の努力でだんだんと認められる
ようにはなったらしいけれど、作曲者として、
臭い、と貶された気持ちはいかがなものだったろう、
とチャイコフスキーの無念な気持ちをおもんばかってしまう。

ただ考えようによっては、ある種の臭み、というのは、
芸術にとって、必要な要素なのかもしれない、
とも最近のぼくには思えるようになってきた。
臭い、は決して褒めことばではないが、
意外と、マニア受けする臭み、というものあるのだろうと。

その臭みの良さがわからないのはまだまだ青い、
と当時のチャイコフスキーがいえれば、よかったんだけどねー、
と思う、最近は、臭みのわかる、おっさんなのである。



▼臭い、といえば、西洋人は、肉食の故か、
概ね体臭が濃いイメージがあっしにはある。
わきがのひとも多く、また、わきがの匂いが好き
なひとも多い、と聞いたことがある。
これも、美しい連鎖、なんでしょうか(^^;)

写真は、タイとミャンマーの国境で、同じ舟に乗った、
マッチョな西洋人のおっさん。

Farang

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