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2008年4月30日 (水)

冴えん

顧客を殺してはいけない。
その客が死んだ方が利益になる場合を除いて。
金儲けの秘訣 ・第161条)



今や恋愛小説の名手だの、青春小説の第1人者、だの、
本の帯に書かれるまでになった、
大崎善生氏の実質的なデビュー作は、
聖(さとし)の青春、という、
若くして亡くなった村山聖九段という棋士のの伝記だった。

かれは当時、日本将棋連盟発行の月刊の将棋雑誌の編集長で、
村山九段の師匠である、森信雄・現七段と友人であったことから、
村山九段の人生を書き残すことになったようだ。
そしてその作品は、高い評価を得、
大崎氏は、流行作家への道を歩むことになる。

伝記には、師匠の森と、弟子である村山の、不可思議で、
心温まる子弟関係が絶妙な筆致で描かれている。
森は、棋士としては超一流ではなかったかもしれないが、
弟子のパンツを洗ってやるような面倒見のよい、やさしい男で、
師匠と弟子の生活の部分は、まるで現代の童話のようでさえある。

そして森が伝記中で、しょっちゅう言っていたセリフが、

冴えん、冴えんなあ

という言葉で、きっと、かれの実際の口癖なんだろう。

森信雄七段とは、実は一度対局したことがある。
対局、というとおこがましいが、
要は2枚落ちの指導対局で、教えてもらったのんだ。
そしてそれが、ぼくの唯一のプロ棋士からの指導対局の経験だ。

昭和の終わりか、平成のはじめ、だったと思うが、
その当時も、かれを目の前にして、
薄汚い冴えないおっさん、という印象を持ったことを覚えている。

冴えん、という口癖のかれは、存在そのものも、
冴えん感じのひとだったわけだ。

結果は、中盤までは悪くなかったと思うが、
素人の悲しさ、一手でぐだぐだになり、
最後はぼろぼろに負かされてしまった。

でも、アマチュアの初段はあるよ、といってくれたのは、
かれの優しさだったのだろう。

最近自分の弟子をビール瓶で殴ったうえ、
死に至らしめてしまった、大相撲の親方がいた。
それは弟子の指導上のことで、
決して憎くて行った折檻ではない
ということを警察の取り調べでも主張しているようだけれど、
かれには弟子に逃げられては困る事情もあったのだろう。

相撲部屋では、弟子の多少が、
協会からの奨励金やタニマチからの献金など、
部屋の経営と直結してくるらしい。

将棋の場合は、そもそも弟子ととったところで、
一円の見返りがあるわけでもなく、
むしろ、様々な面で、負担や持ち出しが増えるだけだ。

完全に慈善、の世界なのである。
プロ棋士になるためには、師匠をもたねばならぬ、
というルールが将棋界ではまだ生きているゆえに、
完全に名前だけの子弟関係もあるようだ。

しかしながら、現実には、何の得にもならなくても、
後進の育成に熱心な、森のようなひとが、
将棋界の発展を支えているのまた事実だ。

どっちのシステムが優れているのか、合理的なのか、
そのへんは、ぼくにはわからないけれど、
自分の先生は、しっかり選びたいものだ
と思ったりすることだよ。

以前書いた、加藤一二三九段、といい、
棋士と言うのは、けっこう珍妙なひとが多いようで、
聖(さとし)の青春、をはじめ、
大崎氏の書く将棋界の話は、
かれの小説よりもさらにおもしろいように思う。
ついでにいうと、かれの配偶者の高橋大和さんも、
元女流の棋士なんだけどね(^^

 

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コメント

>森信雄七段とは、実は一度対局したことがある。
へ〜、師匠って将棋もできるんですか?
私なんて「はさみ将棋」位しかできません。

おみそれいたしましたぁ!(笑)

はぎ妻さん、まいど^^

>>森信雄七段とは、実は一度対局したことがある。
>へ〜、師匠って将棋もできるんですか?
>私なんて「はさみ将棋」位しかできません。
>おみそれいたしましたぁ!(笑)
異種格闘技で、はぎちゃんと闘ったら、あっし、
はぎちゃんのハードパンチで2秒と持ちません。
男の実力は、やはり肉体の力でやんすよ^^;
それが、はぎ妻さんのような素敵な奥さんを
もてるか、否か、の差でしょうか。。。
 
 
 
とよいしょで油断さしといて、
将棋盤の角で、後ろからどつく、というのが、
文系がハードパンチャーに異種格闘技で勝つ、
数少ない方法でしょうか(^^♪

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