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2008年4月30日 (水)

冴えん

顧客を殺してはいけない。
その客が死んだ方が利益になる場合を除いて。
金儲けの秘訣 ・第161条)



今や恋愛小説の名手だの、青春小説の第1人者、だの、
本の帯に書かれるまでになった、
大崎善生氏の実質的なデビュー作は、
聖(さとし)の青春、という、
若くして亡くなった村山聖九段という棋士のの伝記だった。

かれは当時、日本将棋連盟発行の月刊の将棋雑誌の編集長で、
村山九段の師匠である、森信雄・現七段と友人であったことから、
村山九段の人生を書き残すことになったようだ。
そしてその作品は、高い評価を得、
大崎氏は、流行作家への道を歩むことになる。

伝記には、師匠の森と、弟子である村山の、不可思議で、
心温まる子弟関係が絶妙な筆致で描かれている。
森は、棋士としては超一流ではなかったかもしれないが、
弟子のパンツを洗ってやるような面倒見のよい、やさしい男で、
師匠と弟子の生活の部分は、まるで現代の童話のようでさえある。

そして森が伝記中で、しょっちゅう言っていたセリフが、

冴えん、冴えんなあ

という言葉で、きっと、かれの実際の口癖なんだろう。

森信雄七段とは、実は一度対局したことがある。
対局、というとおこがましいが、
要は2枚落ちの指導対局で、教えてもらったのんだ。
そしてそれが、ぼくの唯一のプロ棋士からの指導対局の経験だ。

昭和の終わりか、平成のはじめ、だったと思うが、
その当時も、かれを目の前にして、
薄汚い冴えないおっさん、という印象を持ったことを覚えている。

冴えん、という口癖のかれは、存在そのものも、
冴えん感じのひとだったわけだ。

結果は、中盤までは悪くなかったと思うが、
素人の悲しさ、一手でぐだぐだになり、
最後はぼろぼろに負かされてしまった。

でも、アマチュアの初段はあるよ、といってくれたのは、
かれの優しさだったのだろう。

最近自分の弟子をビール瓶で殴ったうえ、
死に至らしめてしまった、大相撲の親方がいた。
それは弟子の指導上のことで、
決して憎くて行った折檻ではない
ということを警察の取り調べでも主張しているようだけれど、
かれには弟子に逃げられては困る事情もあったのだろう。

相撲部屋では、弟子の多少が、
協会からの奨励金やタニマチからの献金など、
部屋の経営と直結してくるらしい。

将棋の場合は、そもそも弟子ととったところで、
一円の見返りがあるわけでもなく、
むしろ、様々な面で、負担や持ち出しが増えるだけだ。

完全に慈善、の世界なのである。
プロ棋士になるためには、師匠をもたねばならぬ、
というルールが将棋界ではまだ生きているゆえに、
完全に名前だけの子弟関係もあるようだ。

しかしながら、現実には、何の得にもならなくても、
後進の育成に熱心な、森のようなひとが、
将棋界の発展を支えているのまた事実だ。

どっちのシステムが優れているのか、合理的なのか、
そのへんは、ぼくにはわからないけれど、
自分の先生は、しっかり選びたいものだ
と思ったりすることだよ。

以前書いた、加藤一二三九段、といい、
棋士と言うのは、けっこう珍妙なひとが多いようで、
聖(さとし)の青春、をはじめ、
大崎氏の書く将棋界の話は、
かれの小説よりもさらにおもしろいように思う。
ついでにいうと、かれの配偶者の高橋大和さんも、
元女流の棋士なんだけどね(^^

 

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2008年4月27日 (日)

枯渇

経験と欲望は、若さと才能に勝る。
金儲けの秘訣 ・第49条)


子供のころ、信じられていた伝説、というか定説のひとつに、
あと30年ほどすれば石油資源は枯渇する
ということがあった。

しかしながら、もうすでに軽く30年以上は立っているけれど、
石油資源が枯渇しそうな様子は今のところ見られない。
ひょっとすると、原油価格の高騰に伴って、
採掘できる範囲が広がり、むしろその結果、
かえって埋蔵量は増えているのかもしれない。

だがこれじゃあ、まるで、電化製品だけを進化させながら、
いつまでも無限地獄のように同じ日常を営んでる
アニメのサザエさん一家と同じぢゃん、
とか思ったりするのだけれど、サザエさん一家の日常劇と違い、
石油資源は使い続けるかぎり、いずれは枯渇する
のは間違いないだろう。

ところで、ある程度、枯渇までの期限が推測できる、
石油資源と違って、埋蔵量が読めないのが、
個人の才能
、だろう。
無いように見えて、なかなか枯渇しない才能があれば、
無尽蔵に見えて、簡単に枯渇した才能がある。

よく論議されるのが、モーツァルトの才能についてだ。
かれは、40年に足らない人生で、
大小600を超える作品群を残し、
今なおそれらはぼくたちを慰めてくれる。

もしかれが、ハイドンのように長生きしたならば、
いったいどんな風になっていただろう、ということだ。

晩年かれが残したようなすばらしい作品を
同じペースで生み出していたのんか、
それとも、あれ以上の作品はもう生まれようがなかったのか。

もう死んでしまったかれが、作品を書くことはないわけで、
この謎に答えはないのだけれども、
もしぼくが、神さまからたったひとり分だけ、
人生を延長できる権限が与えられたのなら、
ぼくが延長する人生は、自分のものではなく、
モーツァルトのものだろう、
というのは今のところの結論なのである。



▼しかしながら、われわれはたくさんの枯渇した才能や、
その才能のその後の人生をみてきた。
悲しいことに、ちょうどいいときに
そのキャリアを終えることができるひとは、稀だ。
ちょうどいいときに終えたひとは、きっとまだまだできたのでわ、
と言われ勝ちだからだろう。
ちょうどいいときに終えられなかったひとは、
生涯現役にこだわり、そして、晩節を汚すことになる。
書き手としてあっしの手本のひとりである、中島らも氏も、
残念ながら、出所後はあまりいい仕事をされてなかったと思う。
幸か不幸か、かれはその後すぐに逝ってしまったが。
かれのすばらしい作品群と、
出し切られた才能にに合掌。。。(-人-)


  

Eco 油いらずのecoタクシー@こくさいどおり。
エネルギー源は、ごはん??

2008年4月24日 (木)

鳥兄さん

耳たぶ(フェレンギ人の性感帯)で考える奴には用心しろ。
金儲けの秘訣 ・第221条)



サバイ、というのはタイ語学習者がまず最初期に
覚えることばであろう、と思う。
もちろん、ことばとして日常的によく使用されるし、
またタイ、という国を語るうえでかかせない哲学のひとつ
といってもよいだろうと思う。

また、あることがサバイであるかどうか、ということは、
タイ人の判断基準の重要なファクターであり、
サバイでないことはすなわち悪いことですらある、
といっていい、だろうと思う。
極言すれば、タイは、サバイの王国、ともいえるだろう。

では、サバイとはなにか、というと、気分がいい、とか、
気持ちがいい、とかいうことだ。
それはどこの国や地域でも、
ひとなら誰でも重要に思ってるでしょう、
という反論があるやもしれないが、
要は、程度の問題なのである。

たとえば、朝起きる。
仕事に行くことがサバイぢゃない、と感じたとき、
多くの日本人はそれでも仕事に行くだろうが、
タイでは、行かないひとの比率がより高い、かなり高い、
ということなわけなのだ。

また、サバイ、という形容詞に否定語の、マイ、をつけて、
マイサバイ、は、気分がよくない、快適でない、
ということではなく、ずばり、病気だ、ということになる。
これからも、タイ人のサバイ至上主義がわかろうというものだ。

そんな、サバイ、とともにある、タイという国で、
サバイサバイ、という曲によって、スターダムにのしあがり、
いまなお一流の歌手であり続けるのが、
ピーバード、こと、トンチャイ・メーキンタイだ。

かれは、おんとし50になろうか、という年齢ではあるが、
ここ数十年に渡り、タイ国民のアイドルであり続け、
男女を問わず、人気があるばかりか、
おかまさんには特に人気があるのは、以前書いたとおりだ。

ピーバードとは、トンチャイ氏の愛称で、
ピー、が年上のひとにつける敬称、バードは英語の鳥、
から来ているらしい。

タイ人は、通常お互いを本名で呼ぶあう風習はなく、
愛称を使い、また通常自己紹介でも本名ではなく、
レックだのエーだの、愛称を名乗ることの方が多い。
もちろん、場合場合にもよるけれど、さ。

トンチャイさんも、愛称で呼ばれる方が通りがいいのだが、
タイ人によくある、タイ語のノック(鳥)やガイ(鶏)ではなく、
英語のバードとしたのがちょいと一捻りだったわけだな。

一捻りで思い出したけれど、ジェンキンスさんと再会した
曽我ひとみさんが、かれの首を両手で挟んだあの技こそ、
大相撲の幻の大技、合掌捻りではなかったか、
と思ったりする、おっさんなのだことだよ。

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2008年4月20日 (日)

誤配

受け取りに来た奴は信用するな。
金儲けの秘訣 ・第130条)


たびから帰ってくると、宅配の箱が家にあった。
老親が実家に届いたのを留守中に運んでくれたのだ。
A社2つ。
B社1つ。

自分が独り者のうえ、不在がちで、
たくさんのものを発注すると入荷や送付の時期も読めないし、
最近はよほど重いものや急ぎもの以外は、
実家に届くようにしているのんだ。
だから、場合によっては、発注したこと自体、
忘れたりすることさえある。

B社のものも箱を空けてみると、
自分が買わないようなDVDが出てきた。
びっくりして、宛名を見ると、ぷんぷい、宛ではなく、
ぽんぽいさん宛
だった。

そこで、どうするか考えた。
今は、夜の9時。
B社のコールセンターは、すでに閉まっている。
仕方ないので、ぽんぽいさんに電話してみる。
留守電だ。
20秒以内、というのんで、あわてて状況を言って、電話を切る。
しかし、折り返しの電話はかかってこない。

仕方ないので、翌日の昼、B社に電話。
事情を説明する。
B社の担当者は驚き、謝罪の上、返送の要請をぼくにした。
運送会社C社(これを誤配した同じ会社)の
コールセンターの電話番号を言われ、
電話して、着払いで送ってくれろ、ということだ。

コールセンターのオペレーターの女性は、
あまり態度がよろしくない。
ぼくだって、好きで電話してるんじゃない、ですけど。

夜、ぽんぽいさんから電話。
詳しい事情を話す。
ぽんぽいさんは、C社のぼくの実家そばの営業所に電話したが、
受取済みといわれ、どこにいったんやろ、と思ってたらしい。
B社にあした返送しますので、急ぐなら、B社と話してください、
と言って切る。

そのあとすぐ、C社の実家そばの営業所から電話がある。
ぽんぽいさんが苦情を言ったのだろう。
商品が来ないので、ぽんぽいさんが問い合せたときに、
営業所の電話を受けた者は、ぽんぽいさんに、
もうすでに渡した、受領印ももらってる
とよく調べもせずに答えたようだ。

ぽんぽいさんも、苗字は同じ、ちちん、だし、
認め印、というのはまったくあてにならない。

電話でC社の実家そばの営業所員は謝罪をしてる風だが、
ほんとは大口のB社に誤配の事を知られずに、
内々に済ませたいのだろう。
今から、取りに言っていいか、という。
でもモノは職場にあったし、B社には返送するといったのに、
返送しなければ、今度はぼくがモノをどこにやったんだ、
といわれるだろう。
社と話してくれ 、といって切る。

翌日、実家の母親から電話。
まだ荷物を渡してないのであれば、
実家そばのC社の営業所員は、B社の許可を得たから、
自分たちに渡してほしいと、連絡してきたらしい。
でもぼくは、B社の担当者から、直接連絡がない限り
勝手にその荷物を実家そばのC社には渡さないとつっぱねる。

職場そばのC社がB社に送るべく、荷物を取りに来る。
すでに返品用の集荷伝票も用意していたところをみると、
あの電話番号は、B社の返品専用のものだったようだ。

あーめんどくさかった
通販も便利ばっかりとはいえないな、
と今回のことで思った、おっさんなことだよ。


 

▼今回の件を、法的な面から、
誰が被害者で、誰が加害者か、検証してみる。
まず、ぽんぽいさんは、被害者。
荷物の配送を依頼したB社も、被害者か。
しかし、売買契約を結びながら、
ぽんぽいさんに対して、契約の履行を怠っている
という意味では加害者、といえなくもない。
ぷんぷいも、無駄な手間と時間と電話代を使用しているから、
被害者といえなくもないが、
ぽんぽいさんの荷物をあけてしまっているのは、
法的に問題があるかもしれない。
また、間違った荷物を受領してしまった老親は、
被害者か、加害者か。
正しく商品の配送を約束しながら、結果的にしなかった、
C社は、加害者かな、と思う。

▼あとこの荷物の所有者が誰か、というのもおもしろい。
B社か、ぽんぽいさんだと思うけれど、B社はぽんぽいさんと、
ぼくの受領した荷物の売買契約は結んでいるが、
同じ種類の商品を別送してもいいわけだから、
とりあえずこの現物の所有権はぽんぽいさんではなく、
B社にあるのではないかな、と思う。

 

Photo 台湾でみた、くろねこさん。
ちなみにこの記事のC社は、
くろねこさんでわありません^^


2008年4月17日 (木)

プレゼント大作戦

利益を考えないフェレンギ人はもはやフェレンギ人ではない。
金儲けの秘訣 ・第74条)



スタートレックDS9、というテレビシリーズで、
プレゼント大作戦、という回があった。
ドミニオン軍との戦争が予想される暗い状況のさなか、
今は廃れてしまった野球、というスポーツを
愛する父親を元気づけてやろうと、
難破船から発見された、ウィリー・メイズという、
20世紀に活躍したメジャーリーグの選手の、
1枚のカードをクワークの店のオークションで競り落とし、
それを父親であるシスコ司令官にプレゼントすべく、
現金とは縁のない息子のジェイク・シスコと、
友人のフェレンギ人ノーグが奮闘する、という話だ。

ハートウォーミングななかなかいい話で、
ぼくは非常に好きなのだが、
詳細は書かないので、興味ある人は是非ご覧下さい。

さてこの話で問題になるのは、スタートレック的未来では、
ひとはお金のために働くのではない
ということなのだ。
登場人物の多くは、いわゆる、職業軍人なのだけれど、
この時代では別に働かなくても食べていけるらしい。
それどころか、貨幣経済、というものが
基本的には地球人の社会には存在していない、
らしいのだ。

そうなると、問題になるのが、
このような希少なコレクターグッズなどを
手に入れるときに、どのような概念を持ち出して、
その価値の交換や媒介を行なうか、ということだ。

その解決法として、そのような取引きは、
人類ではなく、他の惑星の種族にまかせる、
という解決法を、スタートレックではとっているようだけれど、
これは結局、貨幣を必要としない理想社会は、
到来しないことを意味してはいないだろうか。

スタートレック的未来では、給与や報酬のような、
加算的な価値観ではなく、労働は義務であり、
もし、その義務を果たさなければ、
なんらかのペナルティが課されぬかもしれないが、
それはそれで、理想社会とはいえないような、
そんな気もするな。

それはさておき、今日の日本を考えるとき、
働かないで、生存しているひとたちが、
けっこう多くいることに気づく。

生活保護など、公的な福祉に頼って生きているひとたちの存在だ。
地方自治体によっては、予算のかなり多くの部分を
そのための支出に使用している、と聞く。
大阪市などは、一般的な予算の2割以上が、生活保護費など、
不労の民を助ける費用に支出されてるのではなかったかな。

そのことで、本当に理想社会、に近づいているのであろうか。
福祉国家こそが理想社会を具現化した社会、なのだろうか。

たしかに日本でも外国でも、助力を得られない、
ホームレスのようなひとたちをみると、
なんとなくもの悲しい気持ちにはなるし、
なんとかできればいいなー、と思わないでもないけれど、
でも、だからといって、働く者と働かない者が、
まったく同じように生活できるとなると、
働くことのモチベーションをどういう風に維持すればいいのか、
と思ってしまう。

ぼくは正直働くのが嫌いだし、
働かないでも今の生活が維持できるのであれば、
たぶん働かないで、すぐにでも自分の好きなこと、
売れない文筆業でも、不安定なパートの教員にでもなりたい、
と考えているにんげんなので、
福祉で生活しているひとたちを見ると、
不平等だなー、と思うのんだ。

行きすぎた社会的再配分はきちんと働くものの勤労意欲をそぐ、
だから、すべきでない、と断固思うのだけれど、
働く者たちよ、正直そうは思いませんか???



▼ただ世の中には、労働が趣味、というひとも
現実にいるようだ。
そして、そういうひとにも、2種類あって、
①自分の労働が現金化され、評価されることに
無常の喜びを感じるタイプ、と、
②ひとえに働くのが好き、というタイプにわかれるようだ。

ぼくは、つねづね働くことは楽しくない
楽しくないことを強いられるからこそ、お金がもらえるのだ、
と主張してきたので、
②ひとえに働くのが好き、というひとには、
使用者は、給料を払うのではなく、
むしろ、お金をもらうべきだ、と思ったりするんだが。。。



Photo ベトナムで見た看板。
きっと労働の喜び、や、
それを与えてくれる共産主義政府、
なんかを讃えておるのだろうな(^^♪

2008年4月14日 (月)

ふぃがろ

自分で売ることが出来ないものは買うな。
金儲けの秘訣 ・第54条)



たくさんのビデオ機器、VHSレコーダーや、
ハードディスクレコーダー、据え置き型8ミリビデオデッキ、
など、受信機器の多さ故に、アンテナ分岐が多くなり、
ながらくBSアナログが不通状態だったのだが、
最近、アンテナ用のブースターを買って、
めでたくBSアナログ放送が再び見えるようになった。

みえるようになった夜に、最初に録画したのが、
深夜にやっていた、ニコラウス・アーノンクール指揮の、
ウィーン国立歌劇場演奏による、モーツァルトの歌劇、
フィガロの結婚だった。

伯爵のお小姓であるケルビーノ役が、
クリスティーネ・シェーファーで、以前、シェーンベルクの、
月に憑かれたピエロ、の映像を同じBSで見てから、
その美貌のファンだったぼくとしては、非常にいいタイミングで、
見れるようになった、とうれしかったのだった。

ぼくはオペラに関しては、実はこのフィガロの結婚、
くらいしか、聴いたことがない。
音楽は主にBGMとして聴くことが多く、
真剣に映像付きで見る、という習慣がないこともあるし、
また、映像入りのソフトが若いころ値段が高く、
老後の楽しみでもいいか、と後回しにしていたせいもある。

しかしながら、もっとも大きな理由は、
ぼくに想像力が欠如している、ということに尽きるだろう。

先に挙げた、クリスティーネ・シェーファーは、
オペラ歌手としてはどちらかというと、スリムで、
キュートな女性だ。
そのような体型で、大きく、美しい歌声を出すことは、
非常に困難を伴う、らしい。

ゆえに、堂々たる体格のオペラ歌手、というのんが、
増える、というのは、無理からぬことであろう、と思う。
また、天は二物を与えず、ということばもあるとおり、
美しい声の持ち主が美しい容貌をもつ、とも限らない。

しかしながら、オペラを演ずる者は、
歌だけうまければいい、というものでもない。
舞台で演技もしなければならぬのだ。
ところが、せっかく舞台で演じられる、恋の鞘当てなんかが、
とどとせいうちの求愛行動にしか見えぬような、
そんな芝居でも、そこに美しい状況があるのんだ、
と思い込める、そんな想像力が、オペラ鑑賞には必要なのでわ、
とぼくは思うのだ。

若輩者のぼくはいまだその境地には達しえていない。
老境を迎え、時間ができたときに、
すばらしい想像力を発揮できるようになっていれば、
と将来の自分に期待する、おっさんなのであることだよ。


▼ちなみにぼくは、カール・ベームが指揮した、
同じフィガロの結婚のDVDを持っているのだけれど、
このDVDでのフィガロの恋人、スザンナ役の歌手は、
見れば見るほど、かしまし娘の誰かにとても似ている。

買ってから思った。


なんてこったい。。。^^;

Photo
フィガロとスザンナ

2008年4月11日 (金)

おまえからは買わない

客がいなくなれば、儲けもなくなる。
金儲けの秘訣 ・第122条)


 

国営放送のある日曜の特集で、
カタログ販売の大手の会社が、ホワイトカラーの仕事を
人件費の安い中国へ移行する計画を進めており、
その様子をドキュメント番組として放送していたのを見た。

いよいよ生産拠点である工場移転に飽きたらず、
こんなことをし始めた会社がでてきたか、と、
薄ら寒い思いした次第だ。

たしかに瞬間的には経費は浮くのだろう。
それは、間違いのない事実である、と思う。
しかしながら、もし、すべての日本企業が、
日本人を雇用しなくなったら、
いったいだれがその会社の製品を購入するのだろうか。

近所の役場だかの標語で、

買い物は地元のお店で

なんていうのをみたことがあるけれど、
これはある意味正しいと思う。

そして、そんな心配を国単位で、
しなくてはならなくなってきている、ということなんだろう。

今思えば、小泉純一郎が、自民党をぶっつぶす
といって、改革をスローガンに挙げたとき、
実は、ぶっつぶされる対象は、
自民党なのではなく、自民党政権によって培われた、
日本的な富の循環システムそのもの
だったのだろう。

国際化や民営化、改革などの美しいことばのもと、
日本人は、多くのものを失っていった。

今やぼくは、談合、という風習すらが懐かしいと思える。
富を国内でまわしていた幸せな時代の、
美しい慣習であり、生活の知恵であり、
繁栄の象徴、ですらあったのだ。

タイの地方でごはんを食べるとき、
ぼくは、近所のタイ人たちが、やってきて、
食事する様を眺める。
そして、今支払われたお金は、街から出ることなく、
またかれらにかえっていくのだろうな、という風によく思う。

富の流出のためのシステムを構築しようとする、
ひとびとへのせめてもの抵抗として、
ぼくは、あのカタログ販売の会社からはでったいものは買わない、
と激しく決意するのであることだよ。


 

 

▼政界では、いまだ小泉待望論、があるようだけれど、
いったいどんなひとびとがかれを支持しているのだろうか。
郵政民営化、で選挙には勝ったようだけれど、
振込手数料があがったくらいしか、
効果は思いつかないのだが。
んで、首都高や阪神高速道路も民営化、で、
距離別運賃体系導入、だとか。
どう考えても、実質値上げなんだよね、これって。
それで政府や自治体の借金が、
かれの政権で減ったようにもみえないし。
消費税値上げをいたづらに先送りしてただけでわ、
と思うのだけれど。
どうなるの、ニッポン(-_-;)??

 

 

▼▼とこれを書いたまま、ほおっておいた数ヶ月のあいだに、
じゃっかん世の中の風向きが変わってきた。
例の、毒ギョーザ事件、からのチャイナフリーシフトだ。
今はまだ食品分野に限られるようだけれど、
もっと他分野への拡散を期待するぞ、あっしは(^^

 

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わたし、中国は、広島生まれ、
でおなじみ、ゼンジー北京さん。
弟子には、一億さん、
というひとがいたような。。。


2008年4月 8日 (火)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その10)

たびの終わりの日の空はあんまりいい感じではなかった。
雲が多くて、降るかなー、と10階の朝食用の食堂から、
空を眺めて思ったのだった。

朝食が済むと、ぼくは国際通りにある、
一軒のファミマに出かけた。

そこで昨日見かけたウルトラセブンのグッズが当たる、
くじ引きをするためだ。
1回500円で、昨日はゴドラ星人のボールペンだったが、
なんとかウルトラアイが当たらないものか、
と再挑戦にきたわけだ。

▼ゴドラ星人さんとイカルス星人さんのペン。

Photo





  
 
 

ウルトラアイは、ウルトラ警備隊の諸星ダン隊員が、
ウルトラセブンに変身するときに必要なアイテムだ。
それがぜひとも欲しくて、
沖縄まできて当てもののくじをしているわけだ。

もうずいぶんえー歳をしてなんでやねん、と思わないでもないが、
欲しいんだから、しょうがない。
幸か不幸か、今では1回500円だろうが、
くじをするくらいの財力はあるし。

しかしながら、数回くじを引き、ジオラマが当たってしまった。
これは大物で、これ以上くじを引いて大物が当たると、
持ち帰れない。

雲行きもあやしいし、泣く泣く諦めてチェックアウトする。
荷物を引きずって、駅まで行き、
プラットホームでゆいレールを待っていると、
大粒の雨が降ってきた。

まさに絶妙なタイミングで、濡れずにすんだな、
といつも間の悪いぼくだけれど、
今日ばかりは自分で自分を褒めたい気分だ。

ANAのチェックインカウンターは混雑している。
そして、那覇のこの会社のカウンターは混雑に弱い。
効率的に客をさばく能力に欠けているように思う。

ぼくは今までの経験から、
この空港では早い目にチェックインするようにしているのんだ。
もちろん、他社は使用したことがないので、
他社との比較ではなく、同じANAの他空港との比較だけれど。

個々人の能力の問題は仕方ないとして、
混雑した場合に対するシステムを見直してほしいものだ、
と思っているのだが。

上級会員の特権を使ってさえ、
けっこう長い時間をかけてチェックインをすますと、
いつも沖縄でのお土産にしている、
空港の売店で紅芋タルトを大量に買う。

今日の関空行きの便も無料のアップグレードポイントを使用して、
スーパーシートプレミアムだ。
混んでそうなときは、広い席で、ゆったり坐れるのが、
なによりうれしい。

さあて、明日から仕事かあ。
ま、しばらくまた頑張るかな。

▼那覇空港の飛行機たち。

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2008年4月 5日 (土)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その9)

朝から大浴場で一風呂浴びて、10時にチェックアウト。
飛行機は13時半だから、12時くらいのバスに乗る予定で、
とりあえず写真撮りながら街を少しあるいてみる。

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大きな一眼レフカメラを持ってる歩くと、
たまに誤解されることもある。
公設市場のあるとおりを抜けると、
店の前で泡盛を飲んでいたおぢさんに、

兄さん、カメラマンかい?

と訊かれた。

いえいえ、普通の観光客です、というと、
まあまあ座りなさい、と言われ、
ストリートの綴りを英語で書いてくれないか、と頼まれる。

この人なつっこいおぢさんは、TONYさんといい、
けっこう有名なひとのようだ。
店の中の赤木圭一郎の映画のポスターの数々をみて思い出した。
そういえば、関西地方の深夜の高視聴率番組で、
長寿番組でもある、探偵ナイトスクープ、
でみたことあるな、この光景。

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うしろの物体を拡大すると。。。

  

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結局、一時間ほどおぢさんの話を聞いたり、
おぢさんの質問に答えたり、していた。
おぢさんは、自分の商売や石垣島の観光について、
疑問や関心があるようで、自分はもうひと旗揚げたいのだ、
と言っていた。

齢65にして、まだまだ人生に目標にあるTONYさん。
朝から泡盛を呑んでる点を除けば、立派だな。

時間が迫ってきたので、TONYさんの店を離れ、
バスターミナルから空港行きのバスに乗る。
沖縄行きの飛行機はけっこう混んでいて、
キャンセル待ちの乗客までいたようだ。

再び着いた那覇の空港で、コインロッカーに預けておいた
スーツケースを持って、またゆいレールに乗る。

今日の宿は、以前に泊まったことのある、
ステーションホテル牧志だ。
駅から近いし、リュックのなかに増えてきた、
読み終わった本やもう着ない服を入れてしまいたいので、
スーツケースを出してきたのんだ。

ホテルの部屋は以前泊まった部屋の隣だった。
さすがに狭いが仕方ない。
以前のアップグレードはラッキーだったわけだ。

カメラを下げてまた街に出る。

いよいよ明日は家に帰る日だ。

2008年4月 2日 (水)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その8)

帰国後、第1日目の朝は、けっこう熟睡からの目覚めだった。
なんとなく落ち着かないなかでの眠りだったのだけれど。
9時までに出なけれならないので、7時半に起きて、
せっかく健康ランドにいるし、朝から大浴場に行く。

どういう集団かは不明だけれど、
たたみの部屋に若いおかあさんと子ども、
が何組も共同でいっしょにいるのがみえた。

8時半頃、健康ランドを出たけれど、
今日の便は、13時50分発の石垣行きだ。
けっこう時間があるので、
ゆいレールの2日乗り放題チケットを買って、
あちこっちに行ってみることにする。
1日券は、600円、2日券は1000円、
3日券は1400円で、1区間の最低運賃が200円だ。
たぶん3日目は、空港へ行くだけになるだろうから、
2日券にしたわけだ。

まず空港へ行って、飛行機のチェックインをする。
日曜だし、早い目にチェックインしておく方が、
いいような気がしたからだ。
ゆいレールは、乗り放題だし、
朝の早い時間は、あんまり行くところもないし。

空港でたらたらしてる間に10時前になる。
さて、県庁前の百貨店にいくかな。

まずは、読む本が枯渇しかかってるので、本屋に行く。
飛行機での移動の時間、読むものがないとさみしいし。

文庫本を買うと、今度は地下の食料品売り場に行く。
ぼくがとくに情熱を持って探したのは、野菜パパイヤだ。
冬になると、よく行くタイ料理屋のネオタイで、
野菜パパイヤが入荷しないために、ソムタムが注文できない、
という不幸な事態が発生したりする。

▼そむたむ@ネオタイ。おいしそー(^^♪

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沖縄に来たときは、これを買って帰って、
持込みでソムタムを作ってもらったりしてるのだ。
外国からだと、検疫にひっかかる可能性があるけれど、
沖縄からなら、一部の芋類を除き、持込み可能だし。

結局、まるごとのパパイヤは、国際通りの、
県庁とは反対側にある、三越の地下にあった。

飛行機はほぼ定刻に出発し、石垣島へ移動する。
ぼくの席は、2列目で、1列目に客がいなかったので、
1番に飛行機からでる。
預け荷物もないので、そのまま外に出たら、
誰も乗っていないバスがいた。
乗り込むと、そのままバスは出発した。

バスの乗客はぼくひとり、貸し切り状態で、
市役所そばのターミナルまで乗る。
バスを降りても雨が降ってるし、傘ももっていないので、
雨宿りも兼ねて、食堂に入る。
ごはんを食べ終わっても、雨は降っていたが、
心持ち小やみになったので、ホテルを探す。
予約はしていたのだが、地図を持たずにきたので、少し迷った。

ホテルはグランティア石垣、という名前で、
大浴場があるのと、館内を甚平で移動可能なのがいい。
雨にも濡れたし、さっそくひとっぷろ浴びる。

夕飯は、以前に行った、てぃんさぐーへ。
海ぶどう、たこわさび、みみがー、
ぐるくんのから揚げ、生ビール。
残念ながら、今回も満腹になり、
いかすみのチャーハンは頼めず。

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結局雨はやまず、ほとんどホテル内で
過ごすことになった石垣初日だった。

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