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2008年3月 9日 (日)

助からないと思っても助かっている

商売は戦争のようなもの。誰が勝つかが重要だ。
金儲けの秘訣 ・第282条)



歴代の野球選手のなかで、最高のバッターは?
とか、
歴代のF1ドライバーのなかで、最速のひとは?
とかいうような、そんな問いをひとは発したがる。

同時代に存在しないひとたちを比べること自体に、
無理があるのは百も承知
でもマニアはこういうことを考えたがるのんだ。

比較的比較が容易な分野があれば、比較が難しい分野もまたある。
しかしながら、完全な比較など、今のところ、
どんな分野にもありえないのだろうと思う。

それが充分わかったうえで、実力名人制度以後の、
最強の将棋の棋士は誰だろう、と考えると、
ぼくは、大山康晴15世名人ではないか、と思っている。
そして、同じ意見をもっているひとは多かろう、とも思う。

大山名人は、昭和15年、プロ棋士4段になり、
その後、戦中・戦後の混乱期のあと、
A級8段に昇段し、平成4年、69歳の時に癌で亡くなるまで、
常に名人か、A級棋士でありつづけた男だ。
A級在位40年以上、ということになる。

A級棋士は、たったの10人しか、その存在を許されない。
そして、総当たりのリーグ戦で、トップの成績を取れば、
名人に挑戦する7番勝負を行なう権利を得、
その結果、4番勝った方が名人になる。
負ければ、名人に挑戦するために、A級で戦う。
リーグ戦の成績下位の2名は、自動的にB級に落ちる。

天才の集団ともいえる将棋界で、かれは戦後すぐから、
一度もこのカテゴリーから落ちなかったわけだ。

死ぬその日まで

大山将棋は、新手一生をかかげた同時代の天才で、
兄弟子でもあり、また終生のライバルでもあった、
升田幸三の将棋とは、かなり違う種類のものだった。

升田は、すばらしい着想を勝利に結びつける、
盤上のアーティスト、であったのに対して、
大山は、常に勝利者であることを求めた、
勝利の求道者
であり、
無慈悲なまでに勝負師、であることを目指した。

平凡は妙手に勝る、というかれのことばは、
升田将棋に対する、大山の、将棋に対するスタンス、
をよくあらわしたことばだといえよう。

そしてかれは、長きに渡って、日本将棋連盟の会長も勤め、
実務面においても、将棋界の発展にも精力的に尽くした、
リアリストでもあった。

将棋界におけるかれの功績を考えたとき、
まさに大山の前に大山なく、大山のあとに大山なし
といえるだろう。

またかれの将棋は、受け重視の棋風であり、
豪腕に任せて、攻めまくって勝つのではなく、
相手の攻めを受けているうちに、優勢を広げていく、
というもので、
華麗さには欠けるが、非常にしぶとい棋風だった。

かれのことばのなかで、いつからか、
ぼくの心のなかに住みついていることばがある。
かれがよく扇子などに書いていた、

助からないと思っても助かっている

というものだ。

なかなかに不思議な含みのあることばだ。
受けの名手だけが到達しえた、ある種の哲学が
そこにはあるように感じられる。

人生もまた、一局の将棋と同じで、どんな窮地に陥っても、
まだ諦めたり、捨てたりする必要はないのんだ、
という風にも読める。
また、ひとの力が及ぶ範囲は、
所詮、たかが知れているのだ、というようにも読める。

なにかいやなことがあったり、
人生に不都合が満ちたりしたとき、
ぼくは、このことばを思い出すようにしている。

大山名人もまた、兵隊にとられたり、癌に犯されたり、
升田にすべてのタイトルをとられたり、と、
幾度もの危機的状況を、不屈の闘志と、
つねに人生に対しても最善手を模索する姿勢で、
はね返し続けた。

最期は再発した癌の転移によって亡くなったけれど、
晩年のかれの生きざまは感動的でさえあった。
棋界史上最高の勝負師であったかれの、

助からないと思っても助かっている、

というこのことばの真の意味は、
ぼくのような凡人には死ぬまでわからないのだろうけれど、
折り折りに胸に刻んでいきたいものだと思っている。


Photo




 

▼大山名人の偉大さは、ほかの大棋士と比較するとより鮮明になる。
大山名人から名人位を奪い、一時代を築いた中原16世名人でさえ、
50歳を越えると、大山のその年頃の、半分ほどしか勝てなくなり、
かつての輝きを失った。
今40代なかばの、谷川17世名人の今期A級順位戦の成績は、
3勝6敗で、降級者と星の差ひとつだった。
来期は順位が下がって、同じ成績だと危ないだろう。

だが大山名人は、その凄さ強さゆえに
いろいろといわれたらしい。
対戦相手が魅入られたように間違うので、
催眠術を使う、だとか、番外戦術が汚いだとか。
揚げ句の果てには、あの波平頭は、づらで、
づらの下にはふさふさした毛髪を隠しているにちがいないとか。
棋士という人種は、おもしろいことを思いつくものだ^^;

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コメント

「助からないと思っても助かっている」
あ〜、そうなのかもしれませんね。
色々悩んで「もう死んでしまうかも!?」と瞬間的に思っても、結局どうにか助かっていることがほとんどかもしれませんsun

私も今後窮地に追い込まれたときには
この言葉を思いだそうっとheart01

はぎ妻さん、まいど^^

>「助からないと思っても助かっている」
>あ〜、そうなのかもしれませんね。
>色々悩んで「もう死んでしまうかも!?」
>と瞬間的に思っても、結局どうにか
>助かっていることがほとんどかもしれません
>私も今後窮地に追い込まれたときには
>この言葉を思いだそうっと
窮地に陥っても、はぎ妻さんにははぎちゃんという、
百万馬力の味方がいるではありましぇんか(^^♪
ひょっとすると、将軍様も助けてくれますか(^^?

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