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2008年3月30日 (日)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その7)

朝8時半に目覚める。
台湾ともお別れだ。
シャワーを浴びてから、昨日買っておいたおにぎりを食べる。
ぼ、ぼくは、おにぎりが、と、とても好きなんだなー
と裸の大将のようにいってみる。
ひとりだし、もちろん、誰も笑わないが。

チェックアウトをして、ホテルの前のバス停へ。
国光バスの桃園機場行きを待つ。
20分毎にあるらしいし、まだ時間も早い。
横で待っている美人が気にかかる。
この美人も空港に行くんだろか。

▼空港で見たかわいこちゃん。

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自分の乗るバスをみつけるために、次々現れるバスをみていると、
急に、エアポート?と話し掛けられる。
いつのまに来たのか、大きな荷物をもったカップルがいた。
イエス、と答えると、そのカップルが、
バス停の表示をみながら相談してる。
日本語だったので、安心させてやろうと、
ホテルでもらった紙片をみせてやる。
空港行きのバス会社名と値段、20分ごとに何時から何時まで、
と書いてあるだけだけれど、
どうせ同じバスに乗るんだし、
百聞は一見にしかず、というしさ。

30前くらいだろうか、がっちりとした体格の、
カップルの兄やんの方が30秒ほど
その小さな紙を凝視したあと、黙ってそれを返してきた。
間もなく乗るべきバスも来て、これです、
とぼくはかれらに教えて、自分が先に乗り込む。
用意していた85元(約300円)を料金箱にほおりこむと、
ぼくは一番前の座席についた。

遅れてその兄やんたちもバスのステップをあがったけれど、
財布からバス代を出すのに手間取っている。
あんまり賢そうには見えなかったけれど、
ぼくの紙をなんのために30秒も凝視してたんだろうと思った。
そこには、金額もちゃんと書いてあったんだけどね。

ぼくの反対側の一番前の席にいた、上沼恵美子を少し若くして、
なるみをふりかけたような台湾人のおばさんは、
多少日本語の心得があるようで、
もたもたしてるカップルに日本語で、170元
と値段を教えてあげていた。

親切なおばさんに兄やんはここでも黙ってうなずくだけで、
あいかわらずバスを止めたままだ。
お金を払ったあとも、おばさんにありがとうの一言も言わない。
そういえば、ぼくにもいわなかったっけ。

さんきゅー、といって、減るもんでもなし、
それくらいの常識は、身につけてから海外に行けよな、と思う。
同じ日本人として、ずかしいぢゃないか。

バスは渋滞にもあわず、順調に進み、
10時半ころに桃園機場についた。
あのバカップルは、ぼくが降りた第2ターミナルで
いっしょに降りてきた。
ふたりの会話の中で、12時45分発というのが聞こえたので、
どこの地方の野郎どもだ、と思って調べようとしたけれど、
残念ながら、その時間発の便は2タミにはなかった。
1タミの便だったのかな。
ま、それくらいの移動は自分でできるだろ。

成田行きEL2104便にチェックインすると、
座席はビジネスクラス。
あれっと思うもよく考えたら、
発券したときにCクラスを奮発したのだった。
行きの名古屋発はモノクラス運航で、エコノミーだったから、
忘れていたけれど、さ。

チェックインを済ませてしまうともうすることもない。
仕方ないので、さっさと出国してラウンジでうだうだする。
朝ご飯はすませたけれど、ソーセージをつい食べる。
この分だと、カロリー過多で死ぬ日もそう遠くないな。

飛行機は無事離陸し、順調に飛行し、
無事着陸するも、滑走路脇でしばらく待たされる。
成田出発便ががまだ出ず、ゲートがあかないそうだ。
成田は混み過ぎで、関空は閑古鳥。
世の中はうまくいかない。
伊丹空港の格下げが最近話題になっていたけれど、
廃港にしてしまえば、関空の国内線ももっと増えて、
国際線も増えるのでわ、と素人考えにふけってみる。

飛行機がゲートにつき、飛行機の出口を出ると、
速足で入国審査場へ急ぐ。
あした、羽田から那覇に飛ぶ予定なのだけれど、
もし可能なら、18時15分発成田-那覇に乗りたい、
と思っているのんだ。

予約は入ってないが、今日の朝の段階では
10席以上空席があった。
でも、MCT(最短乗り継ぎ所要時間)を満たしていないので、
予約が入れられなかったのんだ。

17時55分の段階で、窓口にたどり着ければ、
乗れる可能性はある。
預け荷物台が回り始めたのが17時50分過ぎ。
一回りして、やっと自分の荷物が出てきた。
忙しい成田の税関は素通しで、
チェックインカウンターにはジャストについた。

間に合ったか。

でも、残念ながら、空席がなかった。
今度は羽田に急ぐ。
20時発の那覇行きには100席以上空席があるらしい。
18時10分のバスは満席で、18時20分に成田を出た。
混まなければ75分らしいので、間に合うか。

金曜日の夜、ということで多少は心配した道の混雑もなく、
バスは19時25分過ぎには羽田空港の2タミに到着した。
親切な成田のANAのおねーさんが、
連絡をしてくれていたおかげで、
すぐにチェックインの手配をしてくれる。

ANAという会社に限らないのだと思うのだけれど、
自社が提供しているサービスの内容を
よく把握していない職員に当たったりすると、
説明に時間がかかったり、受けられるべきサービスを
受けられなかったりするのんだ。
最初からできない、ということであれば、
ぼくもあきらめるのだけれど、できることをできない、
といわれるとマイラーの端くれとして、
一言申し上げたくなったりするのんだ。

ANAの場合は国際線と国内線のルールを
ごっちゃにしてしまう職員が多い。
成田のグランドには
ちゃんとルールを把握している職員がいたので、
話が早かったわけなのだ。
しかも、今回はその地上係員が羽田に
連絡をしてくれていたために、同じ話を二度せずにすんだ。
おそらく良心の呵責、もあったのだろう。
成田の地上係員は、満席、といいながら、
その態度には若干迷いがあって、
たぶん緊急用に1、2席空きがあるのだろうことが、
なんとなく見て取れたが、ぼくはそれ以上つっこまず、
羽田便の空き状況をみてもらったので、
そのまま移動ということになったのだ。

こっちは機体が大きいこともあり、余裕しゃくしゃくであった。
スーパーシートも空いているようだったので、
アップグレードポイントを使ってそっちにアサインしてもらう。
これもただだし。
機内では軽食が出てこれが夕食になる。

An An_2







今まで飛んだ分をかなり戻って、
那覇についたのは22時45分だった。
今日は沖縄に来れるか、東京泊になるのか、
自信がもてなかったので、ホテルの予約はしていない。
まずは預けた荷物を引き取るために一番に飛行機を飛び出した。
免税店はおろか普通の店ももうしまっているなかを
急いで引き取り場までくるも、なかなかに荷物が出てこない。
どんどん回転台のまわりにひとが集まってくるも、
驚くべきは外人率の高さだ。
でんぶがでんぶ、ということはないだろうが、
やっぱり基地のことは抜きにしてこの島は
語れないのだろうな、と思う。

3番目に出てきた自分の荷物を受け取ると、
さっそくにコインロッカーに預け、ゆいレールで旭橋に向かう。
今日はここにある健康ランドの個室に泊まるつもりなのだ。
お風呂込みで4700円。
さて、ひと風呂浴びて寝るか。

2008年3月27日 (木)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その6)

朝は来たけど、そろそろ台湾にも飽きてきた。
部屋にいても仕方ないので、てらてらその辺を歩く。
BEST電器を見つける。
たいしたもんは売ってないけれど。

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結局台北車站付近で、買い物をする。
新光三越で、豆腐乳の瓶詰めを買い、
隣の電脳系ビルの地下のDVDショップで、
「白い巨塔」と「すいか」を買う。
白い巨塔は、本を読んでて久しぶりに見たくなったから、
すいかは、好きなドラマだったのだけれど、
今まで見かけなくて、今回初めて見たので、
忘れないないうちにと買ったのだ。

夕食は、またも吉牛。
ついでに、ミスドで、ポンデリングを買う。
日本では食べないが、外国ではなんとなく食べたくなる。
とくに今回はビアードパパが移転のため、
ちょうどぼくが台北にいる期間、休みで、
代わりのなんか甘いもの、ということで、
食べることにしたのんだ。

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選んでいるとき、店員のお嬢ちゃんが妙にかわいく感じられた。
高校生くらいか。
ことばが通じないのがとても残念だ。
通じたら、店ごと買い取ってやろうか、
と思うくらい、かわいい笑顔であった。

ところが、レジで気がついたけれど、ここはミスドではなく、
ダンキンドーナッツではないか。
近所にミスドもあるし、ポンデリング風のものもあったから、
気がつかなかったけれど、間違っちゃったぜい。
でも、お嬢ちゃんの笑顔に悔いなし
食べてみたら、味はミスドと同じだったし。

恐るべし、ダンキンドーナッツの進化。
あの、甘くて甘くてくどくてしつこくてまずかった、
昔のダンキンドーナッツの面影
は、
このポンデリング風ダンキンドーナッツにはでんでんなかった。
さては日和ったか(^^?

いよいよ、あしたは日本だ。



▼ダンキンドーナツを初めて食べたときの衝撃は忘れられない。
たぶん、大学生ころか、村上春樹の小説の影響で
食べてみたのだと思うけれど。
自分が間違っているのか、と最初は思ったものだ。
しかしながら、同じように思った人が多かったらしく、
静かに日本市場から退場していった、ように記憶している。
台湾に進出してきているところをみると、
また日本にも再上陸しているか、
あるいは、その日は近いのだろう。
しかしながら、ミスド風の味わいに偽装したダンキンドーナッツなど、
あっしはダンキンドーナッツとはでったいに認めんぞー。
あの罰ゲームのような味わいをもう一度、味わって見たい。

たぶん、二度は食べんだろうが。。。^^;

2008年3月24日 (月)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その5)

元旦

この高雄、という街もそんなにはぼくを
喜ばせてはくれないようだ。
とりあえず朝ごはんをしっかり食べて、港へ行く。

台湾の南部にあるせいか、さほど寒くはない。
ぼくの基準で言えば、長袖だと暑いが、
半そでだと少し肌寒い、っていう感じか。
だって、お正月だもんね。

港はなかなかにすがすがしい。
観光客も多いのだろう。
夜には、おされなレストランも開くようだけれど、
午前中は、開いていないようだ。

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その後、漢神百貨店まで歩く。
ここのローマ字表示は、han-shin depart
はっぴ姿の店員がいたり、日本語のアナウンスもある。
ぼくのような関西人には、阪神百貨店を想起させる。
後で地球の歩き方を読んでみると、
ほんとに阪神百貨店が経営にかんでるらしい。
まー、なんと。
林威助フェア、なんかもしてたのかなー、などと思ったり。
その後、SOGOの方へぷらぷらいく。。

Hanshin Hanshin2


 

 


 

 

そうすると、地下鉄駅への通路が開いているので、入ってみる。
でも、やはり営業はしていない。
ほんとは、12月31日営業開始だったようだけれど、
延期になったようだ。
その前は、10月開業予定だったらしい。
このへんは、なかなかおおらか、というのんだろか。

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いつ開業、と聞くと、係りの女の子は、わからない、と^^;
SORRY、ともいわれるも、別にさほど困ってはおらぬよ。
どおせ通りすがりだし。

2日は、台北への移動日だ。

まずは朝ごはん。
昨日から気になっていた、四角いみそのかたまり、
のようなものはなにか、と賄い係のおばさんに訊いてみる。
もちろん、ことばは通じないので、
ボールペンと紙を持参した。
いい具合にあんまり混んでないし。

これ、なに?
と日本語で言って、ボールペンと紙を渡す。

紙には、豆腐乳、と書かれて帰ってきた。
なんとなく、今回気に入った食べ物だ。
覚えておこう。

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チェックアウトは、10時前。

荷物を持って、エレベーターのボタンを押すと、
客室の掃除を担当しているおばさんが、別れを惜しんでくれた。

実を言うと、ぼくは、このホテルの自室の鍵がうまく開けられず、
1回も自分で自室の鍵を開けていない。
部屋の前でがたがたしていると、いつもどこからともなく、
このおばさんが現れて、
手品のように部屋の鍵を開けてくれたのだ。

おばさんにしても、こんなに手のかかる、
客はあんまりいないのだろう、
妙に親しげに見送ってくれたのだった。

タクシーで高雄車站へ行く。
歩ける距離だし、行きは歩いたのだけれど、
ホテルの前にタクシーがいたし、荷物も重いしさ。

見るともなく見ると、
運転手はさん、という苗字だ。
台湾にこの苗字は多いのだろうか。

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あっという間に高雄車站について、新幹線駅までの切符を買う。
15元。

高雄車站は10時15分発で、2駅10分ちょいで、
新幹線の高雄の駅である、新左営に。

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そして、新幹線の切符を買う。
指定席で1490元。
自由席なら、2割引は知っていたけれど、
混み具合がわからないし、今回はやめておく。

新幹線は11時発。
これは各停、というのんか、停車駅が多い方の新幹線だ。

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台北までは2時間かかる。
次の11時36分発なら、90分くらいでつくのだけれど、
駅で1時間も待つのは性に合わないし。
数分でも、早くつくなら、各停で行こうと決めた。

11時17分台南。
11時37分嘉義。
12時00分台中。
12時29分新竹。
12時41分桃園。
12時53分板橋。
13時00分台北。

そっからはタクシーで、久しぶりのサンルート台北に向かった。
最近値段が上がってたので、さけていたのだが、
正月は6600円だったので、また戻ってきたわけだ。

台北のタクシーの初乗りは、70元。
台南と高雄は85元だったけど。

チェックイン後、荷物を置いて、台北車站に戻る。
正月だというのにあんまり活気がない。
なんだろな。
ホームレスのひとばっかりが目につく。

吉野家で遅い昼ごはん。
写真を撮ったら、撮るなといわれる。
台北では、牛丼も国家機密なのか。
夜は、焼き鳥秋吉。
日本ではどっちも行かないが、地図を見て、
秋吉をみつけたら、急に焼き鳥が食べたくなったのだ。
焼鳥屋でコーラ、というのも言いにくいので、ビールを頼む。
台湾の?日本の?と聞かれたので、台湾の、と答える。

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従業員はけっこう多く、おねーちゃんもかわいい娘が多いが、
日本語は、ほとんと理解しないようだ。
日本語がわかったところで、
どうっていうわけでもないけど、さ^^;


 

▼さて、高雄の地下鉄だけれど、
やっと今月、つまり2008年3月に開通したそうだ。
お疲れさん^^;

▼わんこ@台南&高雄

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Inu

2008年3月21日 (金)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その4)

朝食は粥を食べる。
こんなに宿泊客がいるのか、
というぐらいフロント前の朝食会場は混んでる。

ホテルは、プマユホテル、という名前で、
ケンブリッジホテル、というホテルの系列らしい。

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さっさと朝食をやっつけると、街に出る。
昨日の夜、食べれなかったKFCもちゃんと地図を見るとあった。

▼よってかない?

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台南の街は、ぼくの興味をひくようなものはとくにない。
なんとなくうち捨てられたような気分になってくる。
ま、別に観光がしたいわけでもないし、
適当に歩いて、歩き疲れたら、適当な店に入って、本を読む。

▼煙草吸うのは布袋さん?

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今回つれてきたのは、山崎豊子の「白い巨塔」だ。
以前にも読んだことがあるし、
ドラマも見たのだけれど、引き込まれるように読んでしまう。

ドラマでの、鵜飼学部長役の伊武雅刀、大河内教授役の品川徹、
そしてなんといっても、西田敏行の財前又一が好きだった。

台南では本だけ読んでた感じだった。
2泊して移動する。

朝起きて朝食を適当に済ますと、11時にチェックアウト。
台南は2日もいる必要のない街だったかもな。

ホテルの前でタクシーを拾い、台南火車站へ。
最初は、バスで行こうかと思っていたのだけれど、
ホテルのフロントのねーさんは、駅から鉄道で行く方が簡単だという。
本数もけっこうあるようだし、
台南から高雄だとそうかもな、と思い、
結局、鉄道の在来線を使うことにしたのだった。

窓口で、高雄、と書いた紙を見せ、
切符を買って、プラットホームで待つ。
11時半ころ、電車が来て、なんなく高雄についた。
台南と違い、駅前にKFCがあるのが心強い。

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ホテルまでは、スーツケースを引っ張りながら、歩いていく。
地図で見る限り、そんな遠くなさそうだし、
わりと歩きやすそうな感じの道だったし。

ホテルは、高雄喜悦大飯店、という名前で、
夜市に近いロケーションだ。

荷物を置いて、とりあえず、駅前に戻り、またKFCで鶏しばく。

Kfc







食後、てらてらと気の向くままに、高雄の街を歩いてみる。
街は思っていたよりもずっと大きく、歩いて回るには骨が折れる。
ほんとだったら、もう地下鉄が開通してる予定だったのだけれどね。
夜には、六合夜市にもいってみたが、日本人ばかりで、
なんだかなー、と思う。

大晦日、残念ながら、日本語チャンネルもちゃんと映らんし、
さっさと寝るか。

▼ソフトクリーム@六合夜市

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2008年3月18日 (火)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その3)

名古屋の朝は7時に目が覚めた。
シャワーをして、朝ごはんを食べに行く。
おにぎりに味噌汁、という簡単なものだけれど、
食べ放題だし、コーヒーもあるし、けっこうけっこう

幸い、雨は降ってないようだ。
今のうちに歩いてセントレアに、と思い、
チェックアウトすると、ちょうど送迎車が玄関前に登場した。
せっかくだから、乗っていく。

8時過ぎ、ANAのカウンターで飛行機のチェックイン。
今日は満席です、とANAの係りのねーちゃんがすまなそうにいう。
どうせ特典航空券だし、席があれば、どこでいいっすよ。
それでも通路側になんとかほおりこんでくれる。

とくにすることもないので、さっそくに出国する。
保安検査場が混んでいて、うしろの方のサングラスのおっさんが、
はよーせー、と怒鳴ってる
あーゆー馬鹿を処罰する法律がないのは、
日本の刑法の欠陥
だなと思う。

ラウンジの招待券をもらって、ありがたく使わせてもらう。
朝ごはんを食べたばっかしやけど、
このラウンジのチーズが好きなので、次から次へと食らう。
たぶん、7つくらい喰った
飛行機に乗ったら、また食事がでるんだよね^^;

飛行機の機内食は、味噌かつ丼か、卵とじえび天丼で、
どえりゃー名古屋らしいメニューかも。
ぼくの直前で味噌かつ丼が切れた。
あっても選ばないけど。

あてがわれた卵とじえび天丼も残さず食べる。
朝から、まるでブロイラー。

台北近郊の桃園機場には12時半ころ着いた。
入国審査場は、めずらしく混んでいる。
日本からの飛行機は、みな満席なんだろうな。

荷物を受け取ると、バス乗り場に向かう。
今回はまず台南に行くのだけれど、
当初新幹線で桃園から行くつもりだった。
けれど正月前だし、ひょっとしてもし乗れないと、
新幹線の駅は不便なとこにあるから、
また空港に戻ってくるのもうっとうしいし、
ならいっそのこと、バスで台南に行こうと考えた。
時間も新幹線でも、乗車駅や到着駅からのバスの時間込みで、
おそらく3時間以上、待ち時間を入れれば、もっとかかるだろう。

直行のバスはないようだけれど、
こないだ行った、台中行きのに乗り、
台南行きに乗り換えればよい。

U





 

Uバスのチケット売り場で、台南行きを買うと、
410元(約1500円)だった。
別々に買うと、240元と230元みたいだから、
多少割引があるようだ。
13時過ぎ、チケットを買うと、すぐにバスは出て、
15時20分に台中につき、
10分の待ち合わせで、またすぐ台南行きのバスが出た。
バスが台南のインターチェンジを降りたのは17時半過ぎだった。

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こっから、市内へは渋滞し、バスを降りたのは、18時10分。
タクシーで予約していたホテルにはすぐについた。
初乗りの85元のところ、100元払う。

フロントは7階にあった。
荷物を置いて、すぐに街に出る。
KFCを探すも、
マクドとバーガーキングとモスしかみつからない。
不便な街だな、ここは、などと毒づくおっさん、
結局、モスバーガーで夕食をとった。

明日こそ、KFCで油鶏を喰ってやる

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2008年3月15日 (土)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その2)

さて、出発日。
今日は午前中を仕事して、午後から出かけることになっている。

出発は3時前だった。
いつも出がけに施錠や電気やガスが気になって、
くつを履いたり、脱いだりする。

幸い、降っていた雨はやんでいる。
駅までの登り坂、スーツケースが重い。
中島みゆきの、傾斜、をつい口ずさむ。

名阪特急には3時半に乗れた。
そして、名古屋駅には6時前についた。
何度か利用しているので、もう迷うこともない。

6時6分発の中部国際空港行き電車に乗ると、
なんだか様子がおかしい。
やがて車内放送で、先発電車が人身事故のため、
この電車は回送になります、というアナウンスがあり、
神宮前駅、というところで、強制的に下車させられる。

どうせ出発はあしただし、復旧するまで、
1時間ほどホームで待つ。
寒いが、上階に避難していると情報が入るかどうかわからんし、
常にゴール前にいなければ、を信条にしているので、
プラットホームで待っていたわけだ。

突然、特急が乗車可能になった。
ホームにいたためすぐに乗れ、
ほんとなら別料金がいるところ、ただで、
しかも、座席に座れた。
寒いなか、待った甲斐があったようだ。

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でも、電車はゆくーりと進む。
まだ、混乱しているようだ。
8時過ぎに、2時間かかってようやく空港駅に着いた。

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しかも、激しい雨が降っている。

東横インセントレア、へは濡れずには行けない。
でも、たしか送迎バスがあったはずだ。

電話で送迎の停留所を確認し、仕方ないのでバスに乗る。

結局ホテルに着いたのは9時前になっていた。
やっぱ名古屋は遠いなー。

ホテルのチェックインはスムースで、
係員のひとりが日本人ではなかったので驚く。
たぶん中華系のひとだ
利用者も、外国人が多いのだろうな、きっと。
コンビニ店員とかでは、日本人以外の人をけっこう見るけどね。

ごはんを食べていないので、
館内からいけるコンビニで弁当を買う。
ローソンでもエディが使えてうれしい。
たぶん高校生くらいの従業員の接客態度がとてもかわいかった。
普通に結婚して子をなしていたら、
あれくらいの娘がいてもおかしくないだよな。

コンビニ内で紫の制服を見かける。
中華航空のスッチーだ。
ここのホテルが会社からあてがわれてるんだな。

部屋に帰って、カツ丼&焼きそば弁当を食らう。
雨が降ってなくて、
あるいは、人身事故がなくて、早くついてたら、
空港でうなぎでも食べようと思ってたけれど、
もう何する気力もないし。
何食ってもおんなじぼくだから、まあいいや。



2008年3月12日 (水)

ぷんぷいさん、すこし南へ(その1)

チャンスは待ってくれない。
金儲けの秘訣 ・第148条)



この正月は台湾で過ごすことに決めたのは、いつだったろう。
たぶん、かなり前のことだったと思うけれど、
さだかな記憶はない。
お正月にタイに行かない
ということをわざわざ選択したのんは、
たぶん台湾の南部地方に行くためだったのだろう、
と当時の自分の気持ちを推測する。

もうひとつには、日本に帰ってから、
また沖縄本島と石垣島を経由して帰ってこよう、
という発券をしていたためでもある。
このたびは、例年に比べ、遅くしか日本を出発できないうえに、
沖縄と石垣でさらに2、3日過ごすのであれば、
むしろタイは諦めて、台湾で今まで行く機会のなかった、
南部まで足を伸ばす方が、合理的である、
と自分なりに考えたのだろう。

ま、過去の自分の決意を分析する必要もないのだけれど、
またタイですか、え、なんでタイぢゃないんですか
と訊いてくる友人たちもいるのんで、ね。

チケットの発券が済むと、次のステップは、ぼくの場合、
宿を押さえることになる。

あんまり高くなく、あんまり安くもなく、
正月料金でもなく、不便でもなく。

こんなところが宿選びの基準、だろうか。

台湾の業者にネット経由で予約を入れて、覚悟が決まる。
宿が決まれば、行くしかない、のんだ。

大きくない方のスーツケースを早い目に実家から運び、
思いついたものをぽいぽいほおりこんでいく
前日にしゃきしゃき準備するのは好きではない。
前日にしか入れられないもの以外は、すでに準備できている、
というのんが、ぼくの好みのスタイルだ。

チケットは今回もまた、ANAの特典航空券だ。
4月発券分から、特典航空券のルール変更があるようで、
詳細はまだわからないが、
今までのように、台湾に行くついでに、
同じマイル数で、沖縄や石垣にいけないような
改正が行なわれるよう感じだし、
そういうルーティングができなくなると、
名古屋からわざわざ台湾に行くのもなんだかなー、
と思ったりする。
だから、今回台湾南部を攻めてみるのは、
いいタイミング、なのかもしれない

何はともあれ、今回は20000マイル、
クレジットカードの決済額で、100万円分のマイルで、
名古屋-台北-成田-那覇-石垣-那覇-大阪、を満喫しよう、
というわけだ。
こんな奴が増えたから、ルール変更されるんだろか(^^;)

というわけで、今回のたびは、セントレアから始まる。

関空からは、ANAの自前の便がないために、
名古屋始まりになるのんだ。
エバー航空がオペレートしているANA便はあるけれど、
特典航空券では発券できないし、
ANAのマイルを使用して、エバー航空便を発券すると、
日付の変更ができないチケットになってしまう。

勤め人の身としては、そんなリスクの高いチケットは使えない。
不自由な身の上、ゆえに、自由度の高いチケットが必要なのだ。

前回、名古屋から台北に行ったときは、
朝6時の新幹線を利用したが、
今回は、セントレア至近のホテルに前泊することにする。

朝から新幹線で行っても間に合うことは間に合うのだけれど、
自分の家からだと、名阪特急の方が便利だし、
それだと、前泊しないと間に合わないし。

東横インが5000円ちょいで宿泊できるので、
それだと、繁忙期料金の新幹線代とえろーかわらないしさ。
というわけで、3日ほど前に、東横インも予約する。

あとは、休みを待つばかり、となる。


▼ことばができなくても、看板が読める、便利な国だ。

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2008年3月 9日 (日)

助からないと思っても助かっている

商売は戦争のようなもの。誰が勝つかが重要だ。
金儲けの秘訣 ・第282条)



歴代の野球選手のなかで、最高のバッターは?
とか、
歴代のF1ドライバーのなかで、最速のひとは?
とかいうような、そんな問いをひとは発したがる。

同時代に存在しないひとたちを比べること自体に、
無理があるのは百も承知
でもマニアはこういうことを考えたがるのんだ。

比較的比較が容易な分野があれば、比較が難しい分野もまたある。
しかしながら、完全な比較など、今のところ、
どんな分野にもありえないのだろうと思う。

それが充分わかったうえで、実力名人制度以後の、
最強の将棋の棋士は誰だろう、と考えると、
ぼくは、大山康晴15世名人ではないか、と思っている。
そして、同じ意見をもっているひとは多かろう、とも思う。

大山名人は、昭和15年、プロ棋士4段になり、
その後、戦中・戦後の混乱期のあと、
A級8段に昇段し、平成4年、69歳の時に癌で亡くなるまで、
常に名人か、A級棋士でありつづけた男だ。
A級在位40年以上、ということになる。

A級棋士は、たったの10人しか、その存在を許されない。
そして、総当たりのリーグ戦で、トップの成績を取れば、
名人に挑戦する7番勝負を行なう権利を得、
その結果、4番勝った方が名人になる。
負ければ、名人に挑戦するために、A級で戦う。
リーグ戦の成績下位の2名は、自動的にB級に落ちる。

天才の集団ともいえる将棋界で、かれは戦後すぐから、
一度もこのカテゴリーから落ちなかったわけだ。

死ぬその日まで

大山将棋は、新手一生をかかげた同時代の天才で、
兄弟子でもあり、また終生のライバルでもあった、
升田幸三の将棋とは、かなり違う種類のものだった。

升田は、すばらしい着想を勝利に結びつける、
盤上のアーティスト、であったのに対して、
大山は、常に勝利者であることを求めた、
勝利の求道者
であり、
無慈悲なまでに勝負師、であることを目指した。

平凡は妙手に勝る、というかれのことばは、
升田将棋に対する、大山の、将棋に対するスタンス、
をよくあらわしたことばだといえよう。

そしてかれは、長きに渡って、日本将棋連盟の会長も勤め、
実務面においても、将棋界の発展にも精力的に尽くした、
リアリストでもあった。

将棋界におけるかれの功績を考えたとき、
まさに大山の前に大山なく、大山のあとに大山なし
といえるだろう。

またかれの将棋は、受け重視の棋風であり、
豪腕に任せて、攻めまくって勝つのではなく、
相手の攻めを受けているうちに、優勢を広げていく、
というもので、
華麗さには欠けるが、非常にしぶとい棋風だった。

かれのことばのなかで、いつからか、
ぼくの心のなかに住みついていることばがある。
かれがよく扇子などに書いていた、

助からないと思っても助かっている

というものだ。

なかなかに不思議な含みのあることばだ。
受けの名手だけが到達しえた、ある種の哲学が
そこにはあるように感じられる。

人生もまた、一局の将棋と同じで、どんな窮地に陥っても、
まだ諦めたり、捨てたりする必要はないのんだ、
という風にも読める。
また、ひとの力が及ぶ範囲は、
所詮、たかが知れているのだ、というようにも読める。

なにかいやなことがあったり、
人生に不都合が満ちたりしたとき、
ぼくは、このことばを思い出すようにしている。

大山名人もまた、兵隊にとられたり、癌に犯されたり、
升田にすべてのタイトルをとられたり、と、
幾度もの危機的状況を、不屈の闘志と、
つねに人生に対しても最善手を模索する姿勢で、
はね返し続けた。

最期は再発した癌の転移によって亡くなったけれど、
晩年のかれの生きざまは感動的でさえあった。
棋界史上最高の勝負師であったかれの、

助からないと思っても助かっている、

というこのことばの真の意味は、
ぼくのような凡人には死ぬまでわからないのだろうけれど、
折り折りに胸に刻んでいきたいものだと思っている。


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▼大山名人の偉大さは、ほかの大棋士と比較するとより鮮明になる。
大山名人から名人位を奪い、一時代を築いた中原16世名人でさえ、
50歳を越えると、大山のその年頃の、半分ほどしか勝てなくなり、
かつての輝きを失った。
今40代なかばの、谷川17世名人の今期A級順位戦の成績は、
3勝6敗で、降級者と星の差ひとつだった。
来期は順位が下がって、同じ成績だと危ないだろう。

だが大山名人は、その凄さ強さゆえに
いろいろといわれたらしい。
対戦相手が魅入られたように間違うので、
催眠術を使う、だとか、番外戦術が汚いだとか。
揚げ句の果てには、あの波平頭は、づらで、
づらの下にはふさふさした毛髪を隠しているにちがいないとか。
棋士という人種は、おもしろいことを思いつくものだ^^;

2008年3月 5日 (水)

言うだけ番長

口先だけで何とかなる時は、絶対ラチナム(金、
のような価値ある物質)を使うな。
金儲けの秘訣 ・第60条)


 

以前、内部告発、に関する文章を書いたことがある。
主に食品業界の、それも退職者や、
非正規労働者によるものが多いのだろうけれど、
当時に比べ、最近は内部告発、が日本でも
一般的になってきたようだ。

ぼくらが若い頃は、内部告発、のようなことは、
あんまり活発に行なわれなかったし、
そんな行為を行なえば、
チクリす・言うふらす川、などと、
メソポタミア文明発祥の地を流れる河川になぞらえて、
非難されたりしたのんで、
たとえそれが正義にもとづくものであると思えても、
実践しがたい環境にあったようだ。

同様のことば遊びで、ぼくらの間では、口は立派だけれども、
実際に仕事ができなかったり、しなかったりするひとのことは、
言うだけ番長、と呼んでいた。

若い人はでんでん知らないと思うし、
ぼくもおぼろげな記憶しかないのだけれど、
むかしのテレビアニメで、
夕やけ番長、というのがあって、
これのもじりなんであろう。
ちなみに、もともとは、荘司としお氏の漫画で、
原作はどうも故梶原 一騎さんだったようだ。

さて最近、政治の世界では、マニフェスト
ということばがしばしば使われている。
辞書を引いてみると、政権公約、
という意味もあるようで、それなら、以前からかれらは、
公約を発表してきたではないか、
とも思うのであるけれど、
カタカナに変換するだけで、必ず守るべき政権公約になるらしい。
日本語なら、こうありたい、という約束で、
外来語なら、厳守するべき約束、というもの妙な話だな。

それはさておき、そのマニフェスト、であるけれど、
少ない議席数しかもたぬ野党の方々も発表しているようだ。

もちろんかれらは、政権に入っていないから、
その守らなくてはならない、マニフェスト、
も守れていない、のだと思うのだけれど、
与党を批判するときだけは、
ご立派なことをおっしゃるのである。

もちろん、選挙民から支持されなかった結果、
野党にいるのだろうから、
かれらのマニフェストは支持されていないし、
守る必要もない、のかもしれないが、
単独で政権を取れなくても、
政権与党と組んで政策実現を行なうことも可能なのだし、
それもできないのなら、他党を批判しないで、黙ってろよ、
と思ったりするぼくは、間違っているのだろうか。

言うだけ番長、ということばを反芻してみる、
おっさんなのである。

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一身上の都合で、しばらく更新できませんでしたが、
またぼちぼち更新いたせる状況になってきました。
留守の間、頻繁に覗きにきていただいた方もおられるようで、
忘れないでいただいていた皆様に、
おっさんから、多謝(-人-)

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