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2008年1月21日 (月)

文を書く

死にかけているフェレンギ人からの忠告は信頼するな。
聞くのはかまわないが。
金儲けの秘訣 ・第73条)


ぼくは事務屋だ。
仕事柄、よく文章を書く。
もちろん、文章を書かない事務屋、
というのもいるのかもしれないが、
ぼくは、文章を書く機会が多い事務屋の方だ。

このブログの前身で、今は、∴ちちんぷんぷい・くらしっくす
という名称で、公開しているブログを始めたころ、
ぼくは、仕事で書かないようなスタイルの文章を書く、
ということを念頭に置いて、文章を書いていた。

趣味のものまで、仕事の延長線上のような、
そんな文章を書きたくなかった、ということもあるし、
自分の違う可能性、というものにも挑戦してみたかった、
ということもあった。

すでに、∴ちちんぷんぷい・くらしっくす、の方とあわせると、
500近い短文を書いてきたことになり、
ここでの自分の文章のスタイル、というものが、
徐々に確立してきたような、そんな気が最近はする。

ところが、だ。

逆に困ったことが発生していることに最近気づいた。

ここの文章の形式が、逆に、仕事の文章の方に、
影響を与えつつあるようなのだ。

無意識に、ここで使用している自分の文章のルールを、
仕事文のなかに、使ってしまったりしているのに
ふと気づくときがある。
これを今は意識的に仕事用に変換しながら、
文章を書いているのだが、
これではまるで、ひさしを貸して、母屋を取られるだなー、
と思ったりする今日この頃だ。

ところで最近はとんと見ないけれど、
むかしは、文章読本、というような名前で、
文章作法や方法論を書いた本がけっこうあった。
谷崎潤一郎など、文豪と呼ばれるひとびとが書いたもの、
が多かったように思う。
実際そんなものが役に立つのかどうか、
読んだことがないのんで、わからないけれど。

そんな大家のものを読むよりは、
将来の自分のために、今自分がどんな風にこのブログに
載せるための文章を書いているか、
その方法を記録しておこうと思う。
スタイルは時と共に変異しがちなものだしね。

もし、ぼくの書く、こんな文章をまねしたいひとがいるなら、
まねしてくれてもいっこうにかまわない。

まず、朝は3時ころ起き、滝にうたれ、精神を集中し、
その後、裸足で山道を10里ほど走る。
日の出頃には、本堂にて護摩を焚きながら、読経をこなし、
その日唯一の食事である粥をすすったあと、
おもむろに執筆にかかる、、、、、


というのは、もちろん出鱈目だ。

ほんとうはもっとデジタルな方法を使用している。
なにか思いつくと、たとえば、これでいうと、
文を書く、というテキストファイルをつくり、PCに保存する。
内容は、箇条書きで書くこともあるし、
時間があれば、ついでに少し書き始めてみる。
そのまま題名だけで捨てておかれているファイルもたくさんある。

たとえば、ケロンパの謎、猫耳萌え、服従は勝利をもたらす、
数字の一致、性差、ややこしい名前、相談役、家の掟、などなど。
今ではなにを書こうとしていたのか、思い出せないが^^;

思いつきがPCの前でなかったりすると、
自分宛にメールで送信する。
時間があるときに、以前作ったファイルを開けてみて、
続きを書いたり、事実に関して、不安があることは、
そのままPCで検索を掛けたりする。
場合によっては、複数のファイルをくっつけたり、
長すぎるときは分割したりする。

文章ができたら、完成したファイル置き場に移し、
少し寝かせて、その間に推敲したり、
金儲けの秘訣の適当な条文を最初にくっつける。
この期間は、1日のこともあるし、
数年に渡って、ほおりっぱなしになってるものもある。

いよいよアップしようと決めたら、もう一度推敲し、
その記事に合う写真を探す、というような感じだ。

目指すは、1001話、そう、アラビヤンナイト、
とだったりする、人生の砂漠化の進む、
おっさんだったりことだよ(^^)


▼なんでこんなまどろっこしい方法で書いているか、
といえば、書いてるうちに飽きてくるからだ。
なんでこんな訳のわからんこと書いてるの、あっし?
とつい我に返ってしまうのんだ。
仕事の文章は、どんなつまらないことであっても、
書かねば家に帰れないのんで、書くけんど、さ(^^;)
長い話も忘れないうちに書きたいのだけれど、なかなかねー。

Photo




 

写真は、台北で見かけた、あはん日本語完全攻略
という本。
あはん具合によって、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、とレベルがあるようだ^^
あはん文章読本、なんていうのも、続編でほしいところだな。

2008年1月17日 (木)

風が吹くと

どんな場合でも一つは逃げ道がある。
金儲けの秘訣 ・第116条)



最近、栄華を誇ったパチンコ業界が苦境に見舞われているらしい。
理由は、いくつかあるらしいが、なかでも大きなものに、
いわゆる、サラ金などのグレーゾーン金利の撤廃だという。

簡単にいうと、高金利で金を貸していた大手のサラ金が、
それができなくなったことから、儲けが減って、
リスクを避けるために、貸出しの審査を厳しくし、
結果として、そういう会社でお金を借りて、
パチンコをしていたひとたちが、パチンコ屋にいけなくなった、
ということだ。

へー、そーなんだ、そんな風に世間ではお金が移動しているんだ、
でも、ぼくは、高利の金を借りるのは性格的にできないし、
パチンコもしないし、そんなの関係ねぇー、
と思っていたのだけれど、
ところが、ぎっちょん、必ずしもそうではない、
ことが最近わかってきた。

そして、ことは重大、ぼくのたびがもろにその影響を受ける
らしい。

今まで、何度も書いてきたけれど、
ぼくは、ANAのマイルを蒐集しており、
ANAのVISAカードで日常の買物を決済することで、
最近はほとんど飛行機にチケットを買うことなく、
年に2回か、3回のたびに出ていた。

たとえば、年に100万円クレジットカードで決済するだけで、
20000マイル、日本と台湾を往復する、
エコノミークラスのチケットが手に入り、
175万円だと、35000マイル、
日本とタイを往復するエコノミークラスのチケットが手に入る。
1000円の決済につき、20マイルの高い付与率が、
ぼくのたびを支えていたわけだ。
くわえて、edyなどの電子マネーでの決済分も
クレジットカードで課金し、小額の支払いも、
光熱費や電話代のなどの公共料金類も、
コンビニ払いが可能な自動車税などの公租公課も、
できる限りクレジットカードを通過させていた。

ところが、この高率のマイル付与をちかぢかやめてしまう
旨の発表がVISAからあったのんだ。
一挙に半分、1000円の決済につき、
10マイルの付与になってしまう、という。

クレジット会社もどうもこのグレーゾーン金利撤廃の影響を
大きく受けていて、
今までのような大判振る舞いができなくなってきた、
ということらしい。

はてさて、どうしたものか、とぼくだけではなく、
多くの陸マイラーたちが、今その対策に苦慮
している状況だ。

現状での結論として、もはや普通のカードになってしまった、
VISAから、JCBへの鞍替え、というのが有力で、
難民化した一部のマイラーは、
すでにJCBへの移動を始めているようだ。

確かに現在、JCBは、100万円以上決済すれば、翌年には、
1000円につき、15マイルの付与率があるらしいが、
これも、今後どうなるかは不透明ではあるし、
慎重派のマイラーは、動かずに、ぎりぎりまで様子を見る、
という戦略をとっている。

ぼくとしても、VISAの解約はしないけれど、
決済はJCBにせざるを得ないのかなあ、
という風に今は考えている。

風が吹くと、桶屋が儲かる、
とは古人のことば、だけれども、どうも最近は、
損することばっかり多いような気がするな(-_-;)


▼実家に入れるお金もVISAギフト券にしてもらってまで、
年間200万~300万円は、クレジットカードで
コンスタントに決済していたのだけれど、
今度、このお金は、JCBに行くことになるわけだ。
考え直すなら、今のうちだよ、
三井住友VISAカードさん(^^)/

Visa

2008年1月13日 (日)

人生が二度あれば。。。

第一印象の重要性を軽く考えるな。
金儲けの秘訣 ・第241条)



今の記憶を持ったまま、もう一度人生を送るならば、
どんな人生を送りますか?

という問いは、むかしからよくある質問、
に分類されるものかもしれない。
そしてその答えとして、今と同じ人生を送りたい、というひとと、
まったく違う人生を送りたい、
という回答をするひととがあるのだろう。

そしてもし、まったく違う人生を送る、
という回答をもっているひとがいて、
その内容が、今からでも間に合う種類のことであれば、
いっそ今から違う人生を送るべく努力する
ということも可能かもしれないわけだ。

諸般の事情でなんでも可能、というわけではないにしろ、
可能か、不可能かを考える前に諦めているひとも
数多く存在しているんだろなと思われる。

結婚相手についても、同様のことがいえるかもしれない。
生まれ変わったら、別の相手と一緒になろう、というのであれば、
今から離婚して、違う相手を探す、
というようなことも可能なわけで、
これに関しては、今は日本でもわりと一般的に行なわれる
ようになってきているのだろう、と思う。

また、仕事についても、最近はキャリアアップだの、
ヘッドハンティングだの、転職だの、ということが
以前よりは普通に行なわれてきているようだし、
どこの調査だかはしらないけれど、
大学の新卒の3割が3年以内にやめてしまう、ということだ。

かくいうぼくも転職の経験があるけれど、
ぼくが若かったころは、転職、というのは大事件で、
当時つきあっていたおんなのこから、
転職するようなひとなんか信じられない
という風にいわれた経験もある。

そのせいかどうかはわからなけれど、
そのかのじょとは別れることになったけれど、
結果論でいえば、転職は悪くなかった、ようだ。
それ以上は、今のところ転職していないし、
当時の職場は、今はえらいことになっているようで、
同期のひとももうほとんど残っていない、らしいし。

そしてこの、新卒が3年に以内に離職する、3割
という数字は、今の日本の離婚率と符合するのんは、
なかなかに興味深かったりするのんだ。

さて、転職、ということを行なうためには、
自分がどんなことができるのか、
今までどんな人生を送ってきたのか、
どんな資格を持ち、どんな学歴や職歴を持っているのんか、
というようなことをまとめた書面をつくるのが一般的だ、と思う。

いわゆる、履歴書、というやつだ。

ぼくも過去の人生において、幾度となく書いたことがある。
最近は幸か不幸か、書く機会はなかったけれど、
またいつ書く必要がでてくるかもわからない。
そういえば、最近は釣書も書く機会がないなあ。
別に書きたい、というわけではないよ、念のため(^^)

それはさておき、これは、人事部門に勤めたことのある、
さる友人から聞いた話だ。
その履歴書、なのだけれど、
なかには、とんでもない代物があって、
その出現頻度は、ぼくらの想像を遥かに超えていると思う、
とのことだった。
つまり、意外とこの重要な書類に関して、
つっこみどころ満載のものが多い、らしいのだ。

誤字脱字は当たり前で、生年月日と年齢があわないものや、
筆記具が場所によって違っていたり、というのは、
黒と青のボールペンが混じってたのでよくわかったらしい。
一番すごかったのは、鉛筆書きのものまであったそうな。

しかも、それがけっこうな学歴のひとの作品だった、
というから、こういうものは、頭脳の明晰さ
とは直接、因果関係はない、のかもしれない。

また、パソコンで作成した履歴書でも、
明らかに友人の履歴書をコピペしたものがあったらしい。
なんでわかったかというと、コピペされた方もした方も、
両方履歴書を提出してきていたからだ、と友人は述べていた。

今のところ、使用する予定はないけれど、
自分を見つめ直す、という意味合いで、
時間があるときに、履歴書だの、釣書だのを書いてみる
のもいいかもしれない、
と、ふと思ったりした、おっさんなのであった。


釣書、とはもちろん、
魚釣りの極意に関する書物
ではなく、
婚姻を希望する者が異性に自分を紹介するために書く、
身上書
、のことだけれど、
本質は、結婚相手をひっかけるための文章なわけだから、
釣書、という風にいうのだろうか。
違う、のだとは思うけれど、
偶然にしては、見事な一致、ではないかな(^^?

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写真は、魚の形をした、タイの調理器具。

2008年1月 9日 (水)

トゥアヤイ

ラチナム(金、のような価値ある希少金属)以外にも
輝いて見えるものもある。
金儲けの秘訣 ・第11条)



今までこのブログや、今は∴ちちんぷんぷい・くらしっくす∴
という名称で公開している、以前使用していた別のブログで、
幾たびも書いてきた話がある。
それは、タイの話であり、タイ人の話だ。

幾たびも書いてきた、という表現は、正確ではないかもしれない。
むしろ、そのことを書くために、ぼくはものを書き始めた、
といった方がよいのだろう。

そして、そのことについて書くとき、
テーマは一貫して、アメージングタイランド、であり、
また、アメージングタイ、であった。
すなわち、びつくりタイ王国、であり、
びつくりタイ王国人、であったわけだ。

しかしながら、最近、自分の書いてきたことを思いかえすにつけ、
ひょっとすると、自分が公平でなかったのではないか、
と感じるときがある。
もちろん、ぼくが書いてきたことが間違いであったり、
真実を捻じ曲げて、表現されたものであったり、
というわけではない。

ただぼくは、タイに頻繁に通った、30代からの長い時間を、
ただ驚くためにタイに通ったり、決してタイ人を笑うために、
かれらを観察していたわけではなかったのだけれど、
それが文章から伝わってなかったでわ、ということだ。

つまり、タイとタイ人のことが好きで、
タイに通いつめていたことを、
なんとなく、うまく書ききれていなかったのでないか、
と今ふと思ったりするのんだ。

タイ人と接するとき、よく感じるのは、かれらの優しさ、であり、
そういうものは、ぼくのような年代の者からすると、
懐かしい感情でもある。
それはむかし、日本人もたしかに持っていた、そんな優しさ、
でもあり、
今の日本人が、どこかへ忘れてきてしまった、そんな優しさ、
でもあるような、気がするのんだ。

地方都市から、バスに乗ったときのことだった。
そのバスは、座席指定になっており、なんの因果か、ぼくは、
他の座席に比べ、狭い席に当たってしまったのだった。

自慢ではないが、ぼくは体長50メートル、重量2万トン
巨大なおっさんだ。

そんなおっさんが、狭そうに、その席に座ってる様子を見て、
まわりのタイ人が、みな口々に、
トゥアヤイ(身体が大きい)といいながら、
ぼくに広い席を譲ってくれたのだった。

また、バンコク市内では、バスに乗っていると、
こんな光景をよく目の当たりにした。
老人や女性が乗ってくると、
タイの若者は、黙って自分から席を立つ。
老人は、ありがとう、も言わないで、
当たり前のように、その席に坐る。

こんなタイを見ていると、いいなー、って思うのんだ。

経済発展が著しく、日に日に先進国に近づいていってる、
かの国ではあるけれど、
こんなとこだけは、そのまま残って欲しいものだ、
と思うぼくなのであった。



▼体長50メートル、といえば、タイのCDショップで、
ウルトラセブンのビデオCDを買ったとき、
店じまいセールだったせいか、
1枚たったの9バーツ(約30円)で、驚いたことがある。
ただし、タイ語バージョンだけれども(^^

10数枚買ったのだけれど、
このときばかりは、用意していたクレカを引っ込めて、
現金で払いました、とさ^^;

Photo








写真は、ゴドラ星人さんとイカルス星人さんのボールペン。


2008年1月 5日 (土)

シューベルト

セックスと収入はどちらも長続きしない。
金儲けの秘訣 ・第4条)


クラウディオ・アラウの弾く、ショパンのノクターンを
聴いていたら、魂をもってかれそうになった。
10月の肌寒い朝のことだ。

ときどき聞こえる、かれの息づかいが
ぼくを現実に引き戻してくれる。

若い頃から、ピアノで演奏された音楽が好きで、
そもそもクラシックを聴き始めたのは、
ショパンから、だったと思う。
それも、たしかノクターン(夜想曲)だ。

当時ノクターンの全集の、レコードでの選択肢は、
ワイセンベルクか、ルービンシュタインしかなかった、
と記憶している。

高校生だった、とある土曜の夕方、
ぼくがワイセンベルクの方を買って帰ると、
テレビでは、奥さまは魔女、がやっていて、
サマンサの配偶者、ダーリン・スティーブンスが、
美しいものをたとえるのに、
ショパンのノクターンを挙げるセリフがあり、
妙な因縁を感じたりしたものだ。

その後、ショパン以外にもいろんな、
ピアノの独奏による音楽を聴いた。
バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ドビュッシー、などなど。

しかしながら、そんな若い日も、
シューベルトのピアノ曲は苦手だった。

とにかく長い曲が多いし。
弾いてるきみは気分がいいかもしれないが、
えんえん聴かされてる方はたまらん、と思ってた。
その美しさがわからなかったのんだ。
でも最近は、BGMでしか音楽を聴かないせいもあるんだろけど、
かれのピアノ曲は、お気に入りの音楽になりつつある。

ぼくのもっているシューベルトは、
ケンプの7枚組のグラモフォン盤と、
ポリーニの、さすらいびと他のCDだ。

秋の夜長、いつ果てるともしれぬ、
かれの長大なソナタたちを聴くのんは、いいものだ。

そういえば、秋の夜長、どころか、
いつの間にか、年も明けちまったけんどさ^^;


▼シューベルトとのファーストコンタクトは、たしか、
中学校の音楽の時間に聴いた、
日本語歌唱の、魔王、だった。

音楽室には、2重あごの彼の肖像画が飾ってあり、
歌曲の王、シューベルト、なる標示がされていたような。

このあいだ、通勤途上のラジオから、
誰の歌ったものだかは忘れたけんど、
冬の旅、が流れてきて、1曲目の、おやすみ、
がその日のぼくのテーマ曲になった。

冬の旅、は美しいが、とっても暗い歌曲集で、
最初の2、3曲聴いただけでも陰鬱な気分になり、
全曲聴いたら、死にたくなる、ていうような作品だ。
少なくとも、朝、仕事に行くときに、聴くような音楽ではないな。
空気読めよ、国営ラヂオ。。。

しかしながら、あっしが職場でその、冬の旅、の第1曲を
鼻歌で口ずさんでいたら、
複数のひとから、今日はご機嫌ですね、
といわれたりした(^^;)、、、
のだけれど、どんな暗い音楽も明るく表現できるのは、
ある種の才能かもしれない。

ところで、むかし、テノールのペーター・シュライヤーが、
ギター伴奏で歌った、美しき水車屋の娘、の演奏会があり、
それをテレビで見てとても気に入ったあっしは、
レコードを買って持っていた記憶がある。
ピアノ伴奏のものよりも、くつろいだ感じが好きだったなー。
HMVのサイトで検索してみると、
輸入盤が千円ちょっとで売っていたのんで、
久しぶりにまた聴いてみるかな(^_^♪

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ふらんつ・しゅーべるとさん

2008年1月 1日 (火)

アリとキリギリス

早起きしたフェレンギ人はラチナム
(金、のような希少金属)を得る。
金儲けの秘訣 ・第171条)



古畑任三郎や、交渉人真下正義に出演していた、
石井正則、という役者がなんとなく気に入っている。
まじめな演技をしていても、なんとなくとぼけた風情があって、
それでいて、周りの雰囲気を変えないでとけ込む、
そんな押しつけがましくない存在感が好きなのだ。

しかしながら、かれはもともと役者ではない、ようで、
ぼくはあんまり見たことはないけれど、
2人組のコメディアン、で、
コンビ名は、アリtoキリギリス、というらしい。

おそらく、いそっぷ寓話のなかの一編をもじって、
このようなコンビ名をつけたのだろう、と推察される、
っていうほど、たいした推理でもないけれど。

こどものころ、いそっぷ寓話集は、
あんまり読書好きでなかったぼくにとっても、敷居の低い本で、
子ども文学全集、みたいなものの一巻として、
じぶんちにあったように記憶している。

北風と太陽、や、すっぱいぶどうときつね、
の話などと並んで、このアリとキリギリスの話は、
代表的な話のひとつではないか、と思う。
実家にあった、古い岩波文庫版では、蝉と蟻
という題名だったけど。

ところで、最近の若者たちは、この話を読んだことが
あるのだろうか、と心配してしまうのんだ。

いや、若者と限定できないな。
好むと好まざるにかかわらず、
けっこう無職の中年なんかもいるようだし。

ぼくの友人にも、親の年金で生きていくことを
決意したひとがいた。
なにかの寄り合いで知り合った、ぼくよりは、少し年上の女性で、
なかなか美貌のひとだったけれど、
子どもの頃に親といっしょにおれない環境で育ち、
それがなにか彼女の現在に重大な影響を与えている、
と本人は述べていた。

で、まだ隠居するような年齢ではなかったと思ったのだけれど、
数年前にそう宣言して、その後どうしているのか、
消息はつかめない。
年賀状のやりとりくらいはあったかな。

しかしながら、親になにかあったら、どうするんだろ、とか、
自分に置き換えると、なかなか隠遁生活をしたくても、
今の年齢では難しいよな、
と他人事ながら心配してしまうのだった。

まあ、家に財産があったりすると、
年齢が高ければ、ひょっとして逃げ切れるのかもしれないが、
若くして、ニートだの、ひきこもりだの、フリーターだの、
非正規雇用の状況下にいる若者が増加している現状に、
教育の問題を考えざるをえないのだ。
そりゃ、気楽に遊び半分、仕事半分で生きてりゃ、
今は楽しいかもしんないけれど、さ。

現憲法でも、勤労は国民の義務のひとつだし、
働かざる者食うべからず、はしっかり教えてほしいものだ、
とぼくは思っている。

なんなら、毎年、どの学年のどの教科書にも、
このアリとキリギリスの話を載せてもらって、
できれば、一日一度は、テレビのどのチャンネルまわしても、
この話の朗読や、歌唱、劇、アニメ、落語、ドキュメンタリー
なんかを流す、という風にしてほしいものだ、とさえ思う。

緊急地震速報なんかと同様、
テレビ番組の途中で必ず割り込むようにしてもいいな。

あとテレビゲームのどんなキャラクターも、
働かないとすぐ死んでしまう、とかね。

なんて、馬鹿なことを想う、
実は怠け者のおっさん、なんである。



▼毎年、日本アリとキリギリス大賞、
というのを大晦日にするのもいいかもしれない。
その年、もっともすばらしいアリとキリギリス芸術
表現したものに、その栄誉を讃え、賞を与えるのだ。
そして、行く年来る年。
除夜の鐘を聞きながら、、、
もう、いいって(^^ゞ

というわけで、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくでやんす<(_ _)>

Photo_2


写真は、ヤンゴンでみかけた、
ミッキーマウス夫妻。


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