« カラヤン | トップページ | 汝、たくさん持つなかれ »

2007年12月20日 (木)

記録とアート

機会を活かせない才能なんて、鉱山に眠る
ラチナム(金、ような価値ある希少金属)のようなもんだ。
金儲けの秘訣 ・第183条)



ふだんは、あんまり防湿庫から出さないものの、
たびの際は、デジタル1眼レフを連れて行くほどの写真好きだ。

また日常でも、カバンには、いつも小さなデジカメを入れている。
携帯電話のカメラは嫌いなのだ。

最近は、カメラなんだか、電話なんだか、わからないほどの、
立派なカメラがついた携帯電話もあるようだし、
撮った写真の画素数も、電送できないほどの大きさ、
だったりするのは、なんか不思議な話だな、と思う。
きみの電話としてのアイデンティティは、どうなるの?
って詰問したいくらいの、立派さ、ともいえるだろう。

しかしながら、ぼく的には、
電話は電話、カメラはカメラ、であって、
他のものであっては欲しくないのである。
なぜならぼくは、アマチュアではあるものの、
フォトグラファーであり、アートとしての写真
を撮ることを心がけているつもり、だからだ。

携帯電話のカメラは、所詮間に合わせの記録用機器
に過ぎない、という信念を常に持ち続けているわけなのだ。

むかし、カメラは高価な機械だった。
それこそ、家が一軒買えるような代物だった時代さえある。

そんな時代にあっては、フォトグラファーは、カメラを持つ者
と同義語であったろう、と思う。
その後、この摩訶不思議な機械はだんだんと値段を下げていき、
その所有者は、増えていった。
その結果、フォトグラフは、2つの対立する方向性、
をもつようになった、と考えている。

片方の極に、記録としての写真、が存在し、
その対極には、芸術としての写真、が存在するようになった、
とぼくは思うのだ。

そして、撮影された写真は、
その両極の線状のどこかの地点に存在することになる。

記録としての写真撮影を目指す者は、
携帯カメラを持てばいいと思う。
しかしながら、芸術としての写真を求める者は、
実際にそれが叶うかどうかは別にして、
それなりの道具を持つべきだ、とぼくは思っている。

もちろん結果として、
その線状のどこに位置する写真が撮れるのか、
あるいは、撮れたのか、というのはまた別の話だ。
写真というのは、実は確率の産物で、
プロの写真家、というのは、その確率の高い者
というのが、ぼくの持論なのである。

デジタル1眼レフカメラの値段が下がってきていて、
道具だけは立派な、ぼくのような存在がまた増える、
のだろうけれど、
それでも、アートとしての写真を撮るのだ、撮るのんだあ、
という決意だけは立派な、おっさんなのである。


▼フィルムの1眼レフを使っていた時代に比べて、
便利になったのは、撮った写真を捜すのが楽になったことだ。
そして、写真を焼かなくなった。
ただ、ハードディスクがクラッシュして、
すべてを失う可能性もあるのだけれど、
最近は、外付けのHDDもけっこう安くなってるし、
しっかりとバックアップさえ、とっておけば、問題ないのだろう。
250GBのHDDだと、1万円ほど、
1TB(約1000GB)でも、3万円台であるらしいので、
転ばぬ先の杖、クラッシュする前のバックアップ、
しないのは、愚か、といわれてもしゃーないだろうな。

▼この理論に関しては、
縦軸に、人工の写真と天然の写真、
という概念をくわえてもよいな、と思っている。
それによって、写真は4象限に振り分けられる。
①人工の記録写真、②天然の記録写真、
③人工の芸術写真、④天然の芸術写真。

①は、証明写真や、記念撮影の写真、
②は、ドキュメンタリーや報道写真、
③は、商品の写真などの商業用の写真、
④こそが、あっしが目指してる写真、ということだ。
そんな写真がとれてるかどうか、、、、
は、ここの読者に判断してもらいましょうか(^^;)

 

 

Photo

これぞ、天然の芸術!
いいのは、モデルではなく、
腕前なんだあ'`,、('∀`) '`,、

« カラヤン | トップページ | 汝、たくさん持つなかれ »

コメント

同志、こんばんは。
美しいお嬢さんと同志の腕前とのみんごとなコラボレーションですなぁ~♪

アタクシが写真に凝っていた時期に思っていたのは、主観満載の目で見るものと、客観的にレンズが捉えた写真との間に出来上がる距離がその時々で変わることでしたね。
見たものの印象が撮った写真でより鮮明になる喜び、撮った時はなんてことなかった風景が写真にすることで一枚の絵画になる稀有な瞬間・・・まあ要するに見て嬉しくなるええ写真が撮れたらなんかいいなっちゅうことでしたね。

・・・そういや最近写真ご無沙汰だなぁ。
愛機も半分以上元家に残してきたしね・・・。
手元にあるのはサイバーショットとイージーシェアとベクティスだけですわ。

同志、まいど^^

>美しいお嬢さんと同志の腕前との
>みんごとなコラボレーションですなぁ~♪
ありがとやんす^^
しかしながら、あっし、このお嬢さんがこんんなに別嬪さんとは、
写真を見るまで気がつかなかったでやんす。
実をいうと、腕前、、というよりは、まぐれ、かなと^^;

>アタクシが写真に凝っていた時期に思っていたのは、
>主観満載の目で見るものと、客観的にレンズが捉えた写真
>との間に出来上がる距離がその時々で変わることでしたね。
>見たものの印象が撮った写真でより鮮明になる喜び、
>撮った時はなんてことなかった風景が写真にすることで
>一枚の絵画になる稀有な瞬間・・・
>まあ要するに見て嬉しくなるええ写真が撮れたら
>なんかいいなっちゅうことでしたね。
異議なし。なんかいいなっちゅうことに2票(^^)/

>・・・そういや最近写真ご無沙汰だなぁ。
>愛機も半分以上元家に残してきたしね・・・。
>手元にあるのはサイバーショットとイージーシェアと
>ベクティスだけですわ。
それでも、持ちすぎかも~。
でわ、新年会で会いやしょう(^^♪

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« カラヤン | トップページ | 汝、たくさん持つなかれ »