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2007年12月28日 (金)

参議院はいらない

良い耳たぶの前では、どんな七枚舌も乾いてしまう。
金儲けの秘訣 ・第266条)


参議院選挙後、総理大臣が急に辞めたり、
与党と野党が密談したり、
その結果、参議院選勝利の立役者の野党党首が
急に辞意を表明したり、
でもやっぱり辞めなかったり、
と、いろいろややこしい事態が発生している。

今回の参議院選挙の結果で、
いわゆるねじれ国会、とかいう状況になっていて、
みんな難儀しているのは、事実のようだ。

この状況の解決策として、
あるものは、これは、直近の民意であるから、
衆議院を解散しろ、というし、
またあるものは、衆議院の優越性があるのだから、
気にしなくてもよいという。
しかしながら、いびつな政局運営がなされているのは、
まちがいないだろう、と思う。

そのなかで、自民民主が連結して、組閣を行ない、
民主の約束した、政策を実現する、
という考え方も、いいか悪いかは別にして、
ひとつの方法として、考えつくひとがいるのは、
ぼく的には理解できるのだけれど、
これも結局、頓挫してしまったようだ。

ただ、今のような状況は、民主が政権を取らない限り、
今後、6年間続く可能性が高く、
変化が激しいこのご時世にあって、
日本がとんでもない状況に追い込まれかねない、
大問題のような気さえ、するのんだ。

前述の民意、の点で言えば、
参議院の結果で衆議院を解散するのならば、
今度もし、衆議院で自民が勝てば、
参議院は解散すべきなのか。
しかし残念ながら、参議院に解散、という制度はないのんだ。

こんな状況に陥ってしまったのは、
日本の政治制度に構造的な欠陥があるため、
とぼくは思っている。
そして、むしろ、一院制にしてしまった方が
無駄な経費がかからないだけいいのではないか、
と思ったりもする。
つまり、参議院はいらない、と思っているのんだ。

日本国民は、戦前戦中のトラウマを
いまだに引きずって生きている。
自分で投票した結果、選んだ政府や立法府
であるにもかかわらず、
でんでんかれらを信用していないのんだ。

しかしながら、今の日本はひとびとの教育水準も上がり、
マスコミによる、政府の監視が行なわれ、
インターネットの発達によって、
自分の意見が誰でも述べられるような、そんな時代になってきた。
政府や政党は、世論調査の結果を過剰とも思えるほど、
気にしており、国政に反映するシステムもできつつあるように、
ぼくには、感じられる。

また、同盟国アメリカや国連から、民主的な手段によって、
政府が選ばれるように、おせっかい、というか、
助言もなされるようだし、
2院制のシステムにこだわる必要はないように思われるのだが。

今は時代の流れが早く、すばやい意思決定が今まで以上に
必要である時代であるにもかかわらず、
2院制であるがうえに、それが不可能であることに、
みんな気づくべきだと思うのだ。

ま、60年以上も憲法を変えないで平気な国だし、
これも憲法の変更無しには不可能なんで、
ずっとこのまんまなんだろうけどさ(^^;



▼戦後一貫して、この国が抱えてきた問題は、
国の最高法規である憲法に大きな問題がある、
にもかかわらず、それをそのままに、
他の部分で帳尻をあわそうとするので、
要らぬ時間と労力とお金を使わねばならない事態、
に陥っておることだ。
自衛隊、みたいな明らかな軍隊を持っておりながら、
戦争放棄、なんていってると、
嘘つき呼ばわりされても、しょうがないのでわ、
と思うのだけれど。

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テロとの闘いも軍人さんの仕事@チャンギ空港。

2007年12月24日 (月)

汝、たくさん持つなかれ

全てのモノは所有者を求めている。
金儲けの秘訣 ・第100条)


むかし読んだ本に、こんなことが載っていた。
第2次大戦中だかにドイツで言われたことば、で、
ひとには、同時に所有できない、3つの素養がある。

誠実であること、と、ナチス的であること、と、
知的であること、だそうだ。

つまり、誠実であり、ナチス的である者は、知的でなく、
誠実であり、知的である者は、ナチス的でなく、
知的であり、ナチス的である者は、誠実ではない。

このような、同時に所有できないものの話は、
他にもいろいろとあるのだろうけれど、
この例は、今でも妙に心に残っている。

ぼくは独身のおっさんで、世間的に見ると、
えー歳をして、不気味だとか、思われてるのかもしれないが、
最近、このままずっと朽ち果てていくのもよいかなー、
と思えるようになってきた。

一度くらいは結婚してみれば、
といまだにいってくれるひともいないではないけれど、
以前付き合っていたカノジョと別れて、早2年半、
そのカノジョと付き合っていた期間、
ずっと独りでいた勘定になることに、最近気づいた。

もちろん、周りに素敵な女性がいないわけでもないし、
そういった存在にまったく心惹かれない、
というわけでもないのだけれど、
かといって、現状の自分の生活を破棄してまで、
新しいパートナーがほしい、とも思わなくなってきたのんだ。

女性を見る眼や女性運はたぶんあんまりなかった、
のだろうけれど、かといって、
今までそんなにひどい人生を送ってきたわけでもない。

幸いにして、生まれてこの方、さほどお金に困ったこともなく、
仕事に関して言えば、幾度か転職したけれど、
浪人時代を除けば、無職期間は人生で4日間だけ、
健康状態も今までさほど悪かったこともなく、
まだ惚けても、禿てもいないし、両親も同様だ。

結婚していないおかげで、ある程度自由にたびもできるし、
買い物もできるお金もある。
運動能力は落ちているかもしれないが、
知的水準は、学生時代から比べても、
そんなに落ちていない気がするし。

意外と悪くないのもかも知れない。
いやむしろ、あんまり努力をしていないわりには、
今のところは上出来な部類の人生ではなかったか、
なぞとさえ、思えてしまう。

これで、素敵な配偶者まで見つかれば、
それはもっといいのかもしれないが、
しかしながらそれ故に、今もっているなにか、
を失う可能性も大いにあるだろう。

ぽっくり死んぢまったりするのは、
それも運命、と諦めてもいいけれど、
惚けたり、禿たりするのは、いやだなー、
なんて、思ったりするのだよ。

とりあえず、もうこれ以上、所有しなくてもいいや、
と思うおっさん、小心者で小市民、なんでしょうかねー^^;



▼そういえば、フランス革命の際に、
革命によって、土地を得た農民層が保守化したことを背景に、
テルミドールの反動、なんて事件が起こった、
ってむかし習った記憶があるな。
持てるものは、保守化する、っていうことか。
最近、格差社会、とかいいながらも、
革新政党に票が集まらない現状を鑑みると、
日本の国はまだまだ豊か、なのだろうな。

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写真は、映画、カサブランカ。
リックの店、で、ラ・マルセイエーズに駆逐されてしまう、
ドイツ軍将校たちが唄っていた曲は、
わが母校の校歌と同じ音楽なのだよねー(^_^;)

ときに今日は、クリスマスイブ。
日本中でアベックが、キミの瞳に乾杯、とか言って、
独り者はグラスを握って、ぶつぶつ言う、そんな日だ。

あっしから、独り者たちだけに、
メリークリスマス。。。(-人-)ナム~

2007年12月20日 (木)

記録とアート

機会を活かせない才能なんて、鉱山に眠る
ラチナム(金、ような価値ある希少金属)のようなもんだ。
金儲けの秘訣 ・第183条)



ふだんは、あんまり防湿庫から出さないものの、
たびの際は、デジタル1眼レフを連れて行くほどの写真好きだ。

また日常でも、カバンには、いつも小さなデジカメを入れている。
携帯電話のカメラは嫌いなのだ。

最近は、カメラなんだか、電話なんだか、わからないほどの、
立派なカメラがついた携帯電話もあるようだし、
撮った写真の画素数も、電送できないほどの大きさ、
だったりするのは、なんか不思議な話だな、と思う。
きみの電話としてのアイデンティティは、どうなるの?
って詰問したいくらいの、立派さ、ともいえるだろう。

しかしながら、ぼく的には、
電話は電話、カメラはカメラ、であって、
他のものであっては欲しくないのである。
なぜならぼくは、アマチュアではあるものの、
フォトグラファーであり、アートとしての写真
を撮ることを心がけているつもり、だからだ。

携帯電話のカメラは、所詮間に合わせの記録用機器
に過ぎない、という信念を常に持ち続けているわけなのだ。

むかし、カメラは高価な機械だった。
それこそ、家が一軒買えるような代物だった時代さえある。

そんな時代にあっては、フォトグラファーは、カメラを持つ者
と同義語であったろう、と思う。
その後、この摩訶不思議な機械はだんだんと値段を下げていき、
その所有者は、増えていった。
その結果、フォトグラフは、2つの対立する方向性、
をもつようになった、と考えている。

片方の極に、記録としての写真、が存在し、
その対極には、芸術としての写真、が存在するようになった、
とぼくは思うのだ。

そして、撮影された写真は、
その両極の線状のどこかの地点に存在することになる。

記録としての写真撮影を目指す者は、
携帯カメラを持てばいいと思う。
しかしながら、芸術としての写真を求める者は、
実際にそれが叶うかどうかは別にして、
それなりの道具を持つべきだ、とぼくは思っている。

もちろん結果として、
その線状のどこに位置する写真が撮れるのか、
あるいは、撮れたのか、というのはまた別の話だ。
写真というのは、実は確率の産物で、
プロの写真家、というのは、その確率の高い者
というのが、ぼくの持論なのである。

デジタル1眼レフカメラの値段が下がってきていて、
道具だけは立派な、ぼくのような存在がまた増える、
のだろうけれど、
それでも、アートとしての写真を撮るのだ、撮るのんだあ、
という決意だけは立派な、おっさんなのである。


▼フィルムの1眼レフを使っていた時代に比べて、
便利になったのは、撮った写真を捜すのが楽になったことだ。
そして、写真を焼かなくなった。
ただ、ハードディスクがクラッシュして、
すべてを失う可能性もあるのだけれど、
最近は、外付けのHDDもけっこう安くなってるし、
しっかりとバックアップさえ、とっておけば、問題ないのだろう。
250GBのHDDだと、1万円ほど、
1TB(約1000GB)でも、3万円台であるらしいので、
転ばぬ先の杖、クラッシュする前のバックアップ、
しないのは、愚か、といわれてもしゃーないだろうな。

▼この理論に関しては、
縦軸に、人工の写真と天然の写真、
という概念をくわえてもよいな、と思っている。
それによって、写真は4象限に振り分けられる。
①人工の記録写真、②天然の記録写真、
③人工の芸術写真、④天然の芸術写真。

①は、証明写真や、記念撮影の写真、
②は、ドキュメンタリーや報道写真、
③は、商品の写真などの商業用の写真、
④こそが、あっしが目指してる写真、ということだ。
そんな写真がとれてるかどうか、、、、
は、ここの読者に判断してもらいましょうか(^^;)

 

 

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これぞ、天然の芸術!
いいのは、モデルではなく、
腕前なんだあ'`,、('∀`) '`,、

2007年12月16日 (日)

カラヤン

一度売れたものは、二度売れる。
金儲けの秘訣・第12条)


むかし好きだったテレビドラマに、気まぐれ天使
というのがあったのは、以前にも書いた。
そのなかで、酒井和歌子、が演じる、下着会社の部長が、

ベルリン・フィル日本公演のコンサート、
行きたいけど、チケット買えるかしら、

みたいなセリフのある回があって、
それを聞いた石立鉄男演ずる、部下のだめ社員が、

指揮者はあの世界的な巨匠、ケロヨン

と、とぼけたことを言い、

それもいうなら、カラヤン、でしょう、

と当時役者だった副部長役の、森田健作元代議士が
つっこむというシーンがたしかあった。

当時のぼくには馬鹿受けの冗談だったのだけれど、
今のひとは、ケロヨンとカラヤン、どっちも知らないだろな。

さて、時代考証してみるに、彼女が欲しがったのは、たぶん、
1977年の東京・普門館での公演のチケットだろうと思われる。
ここはクラシックのコンサートをするには大きすぎる上、
当時、音響上の問題もあって、
そのことで、ヘルベルト・フォン・カラヤンは、
多くのアンチファンをつくることになってしまった、
と記憶している。

もちろん、かれ自身が大ホールでの演奏を望んだかどうか、
はわからないものの、かれらのギャラの問題は、
ホールの決定に大きな影響
を与えていた、
ことは間違いなかっただろうし。

ぼくも、当時あんまりかれのレコードやCDはもっていなかった。
まだ学生であんまり自由になるお金がなかったぼくは、
廉価盤を買うことが多く、
ドイツ・グラモフォンから発売されていた、
人気者のかれらの最新盤は、
廉価ではあんまり発売にならなかった、
というのが一番の理由だけれど、
それ以外にも、なんとなく、かれらのCDを敬遠してたのんは、
きっとぼくがひねくれた若者だった、ということもあるのだろう。

その後、長年に渡って蜜月状態にあったベルリン・フィルと、
人事の問題などで対立したかれは、カール・ベーム亡き後の、
ウィーン・フィルとの結びつきを急速に深めていく。

そして、1989年に亡くなる間際には、ベルリンを去って、
ウィーン・フィルとの新録音の計画をソニーとの間で持っており、
実際に契約にまで至っていた、ということだ。

最近、カラヤンが亡くなってから時間が立ってきたこともあり、
かれのCDが、比較的廉価で手にはいるようになってきた。
今、ぼくの手元にあるのは、1970年代に録音された、
ブラームス交響曲全集の2枚組、なのだけれど、
そこでは、時代を感じさせない、完璧な音楽が再現されている。

そして、いろんな点で批判も多くあったけれど、やはりかれは、
ずばぬけた大指揮者、という名にふさわしい存在であり、
また、当時のベルリン・フィルは、かれによって、
見事に維持された、世界最高峰品質の楽器だったのだなー、
ということを強く感じた、おっさんなんであったことだよ。

完全主義者であり、またナルシストであることを隠そうともせず、
レコードのジャケット写真にもこだわったかれだけれど、
かれのジャケット写真同様、かれの音楽もまた、
完璧なものだったことを今更ながら知り、
これからは、意識的にかれの残した音楽的遺産を
聴いてみようかな、と思った、秋の夜更け、なのであった。


▼台湾のCDショップでも、
かれのCDは、たくさん売られていたけれど、
かれの漢字は、カラオケのカラ、に、揚げ物の揚で、
卡拉揚(赫伯特·馮·卡拉揚(Herbert von Karajan )
と書くらしい。
おおよそ芸術的とはいいがたい感じがするよねー(^^;)
台湾公演も行なっていたかれだけど、
ナルシストだっただけに、漢字が読めなくてよかった、
と思うあっしなのだった。
下は台湾語のウィキペディア。
日本人には、なんとなく意味がわかってしまうのが、
台湾語のいいところなんだな。

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赫伯特·馮·卡拉揚Herbert von Karajan
1908年4月5日1989年7月16日),
出生於薩爾斯堡,是一位奧地利指揮家
鍵盤樂器演奏家和導演
卡拉揚在指揮舞臺上活躍60年。
他帶領過歐洲眾多頂尖的樂團,
並且曾和柏林愛樂樂團有過長達30年的合作關係。
他熱衷於錄音和導演,為後人留下了大量的音像資料,
包括眾多的管弦樂,歌劇錄音和歌劇電影,
涵括從巴洛克後浪漫主義歐洲作曲家的作品。
其中一些作品,如貝多芬的交響曲還被多次錄製。
卡拉揚在音樂界享有盛譽,
甚至在中文領域被人稱為「指揮帝王」

2007年12月12日 (水)

奥さまは?

鋭い会計係は必需品だが、妻は贅沢品だ。
金儲けの秘訣 ・第86条)



それは、キャンノンボールアダレイだか、
マイルス・ディビスのバクス・グルーブだかが、
ぼくのBOSEから軽快に流れていた、
気分のいい、休日の昼下がりのことだ。

めったに鳴らない、ぼくんちの電話が鳴ったのだった。
最近は、友人とのやりとりはほぼメールで事足りるし、
メールを使えない老親たちは、ウィルコムの方に電話してくるし、
なんだろう、いったい、と思って、電話に出ると、
セールスの電話だったのだろう、
電話の主は、会社名を名乗った後、

奥さまは?

と尋ねてきたのだった。

いませんが。

とぼくは嘘偽りなく真実を正直に答えると、
かのじょは、さらに、無遠慮に、

おでかけでしょうか?

と訊いてきたのだった。

もともといませんが。

とぼくはさらに正直に真実を補足して答えたのだけれど、
電話の主の、なんとか、という会社のおねーさんは、

失礼しましたっ

というと、ただちに電話を切ってしまったのだった。

ほんとに失礼な電話やな、
たとえ、もともと奥さんがいなくても、
そんなにいきなり切らなくてもいいぢゃないか、
どうせ物売りなんだろうし、ぼくに少しは勧めるなり、
すりゃいいぢゃないか。

ぼくは、男だけれど、一応、
この家での家事全般を行なってるのだし、
ひょっとすると、今は奥さまがいなくても、
来月には結婚する予定で、
奥さまがいるようになってるかもしれないし、
ひょっとすると、奥さまがいる家庭でも、
奥さまが外で働いてる主夫がいる家庭、
だってあるかもしれないぢゃないか、

と、ただちに電話を切ってはならぬ、
その理由を矢継ぎ早やに考えたり、したのだった。

次また、奥様は?

といわれたとき、どういう風に答えたら、
むげに切られないか、対策を練ろうと、思う、
おっさん、遥か道遠し、なのであった。



▼①3年ほど前に、買い物に行ったきりです
そろそろ帰ってくるんぢゃないかなー、
なんて答えは、ほのぼのしてないだろうか。
古典的、で、いい味でてる、と思うのだが。
②ほしいです、あんたなりませんか、
と訊いて、いやです、と言われたら、
こっちから、電話を切る、というのもありそうだ。
少なくとも、切られるよりはいいような。
③魔女、
というのは、相手が、中年以上ぢゃなきゃ、
通じない、だろうな^^;

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写真は、奥さまは魔女、のDVDを買ったときに、
景品で当たった、ミュージックカード3000円分。
なんとなく惜しくて使えないまま、なくしてしまう予感・・・

▼あと、事情を知らぬ他人から、旦那さん、
と呼びかけられることもある。
決して、誰の旦那でもない、と高らかに宣言しておくぞ(-_-;)

2007年12月 8日 (土)

コーネリアス

チャンスをのがすような本能なんて役に立たない。
金儲けの秘訣 ・第215条)




子どものころ、たしかクリスマスイブの夜だった、
と思うのだけれど、その日だけ、夜更かしを許されて、
テレビで見た、映画「猿の惑星」が、印象に残っている。
リメイク、の方ではない、最初の作品の方だ。
そして、これはヒットしたのんか、シリーズ化された。

おおかたのひとは筋を知っているだろうし、繰り返さないけど、
どの作品かのなかで、たぶん、ジータさんではなく、
コーネリアスさんの方が、

猿は猿を殺さない

というセリフをいったということだ。

要は、ひとが戦争や犯罪で、同類を殺し合うことに
対する文明批判、みたいなものなんだろうけれど、
これには、むかし有力であった、コンラート・ローレンツ、
という動物学者の学説の影響があるのだろう、と思う。

かれは、種の保存、という観点から、
動物が合理的に行動している、という主張を述べていたひとで、
今では必ずしも、正しい学説とはされていないものだ。
猿の惑星の猿、は知らないが、人類以外の生命体だって、
事情があれば、殺しあいもすれば、共食いだってするだろう、
という方がむしろ正しい、とされている。

動物性善説、みたいな、考え方は、
ある時期、非常に影響力があったようで、
たとえば、手塚治虫さんの、ジャングル大帝、では、
動物たちが協力して、農業さえ行なっていた、ような記憶がある。
レオも野菜を喰ってたのか。
猫科動物の腸は短くて、草食には向いていなかったろうにね。

しかしながら、本物のレオ達は、決していいひと、
とばかりはいえないようだ。
通常ライオンは、プライド、という集団をつくり暮らしている。
ひとつのプライドには、一匹の雄ライオンと、数匹の雌、
そして、その子ども達、が、生息しているが、
プライドの主が変わるとき、雄のライオンが追い払われるか、
殺されてしまうのは、肉食獣の宿命として、
仕方のないところなのかもしれないが、
かれの子ども達も新しい主によって、
喰い殺される運命にあるのんだ。

そんな残酷な、というのは、
にんげんたちの勝手な感傷的意見で、
子どもがいては、雌ライオンたちは発情せず、
呑気にかのじょらの子育てが済むまで待っていては、
新しいプライドの主は、自分の子どもをつくる機会
を失いかねない。
そんなお人好し(?)なライオンの遺伝子は、
後代に残らないようになっているのんだ。

強い雄ライオンは、自分のこどもを残すことができるし、
そうでない雄ライオンは、自分の遺伝子を残せない。
ライオンをはじめ、どんな動物も、自分本位で、
種の保存、などは考えていないのんだ。

猿は猿を殺さない、的理想論は、
映画のなかだけ、なのであることだよ。



▼最近、日本でも離婚率が高まり、
2度3度と結婚するひとたちも多いようだ。
もちろん、あっしのように、
謙虚に結婚しない、おっさんもいるけんど^^;
そして、その際に大切なことのひとつに、連れ子の問題、がある。
自分の子どもではない子どもに虐待を行なう、
というような事件があとをたたないのは、悲しいことだ。
ひとはライオンに非ず、と胸を張っていえるような、
存在でありたいものだ、と思うのだけれどねー。

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写真は、タイの田舎でみた、子どもたち。
飴玉をあげると、両手を合わせて、ありがと(-人-)、
といった様がかわいかった。。。
ちなみに子どもが飲んでるビアシン(ライオンビール)と、
レオビール(これもライオンビール?)、
缶を再利用してるだけで、中身は、水、でやした(^^

2007年12月 4日 (火)

死ぬなら今

クリンゴンはだますな。
金儲けの秘訣 ・第50条)




タイに関する本をたくさん読んできた。
下川裕治さんや、前川健一さんの多くの著作は当然として、
あんまり著名でない方のものでも、タイに関係するというだけで、
買って読みあさっていた時期もあった。

最近は、気に入った作家のものでなければ、
内容を見てからしか買わないが、
要は選べるくらいたくさんの本が出るようになった、
ということもあるのだろう。
また、本、という媒体に頼らなくても、
タイに関する情報が、氾濫している状況も関係している。

また、かなりレベルの低い内容のものまで、
最近は出版されたりしているようで、
本、という有料の媒体、として値しないようなものを見ると、
正直むかむかするのは、ぼくだけではあるまい、
と思ったりするのんだ。

そんななかで、ぼくのなかではけっこうお気に入りなのだけれど、
その存在が謎に包まれている作家がいる。

それは、四谷ラウンド、という出版社から、
婿殿のチェンマイ日記 死ぬなら今
婿殿のチェンマイ日記 タイ人になろう
という作品を出されていた、坂田米夫(さかた・よねお)さん、
という方だ。

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おそらく筆名なのだろう、名前で検索しても、
この著作以外のことは出てこないし、
四谷ラウンド、という出版社も、この2作品が世に出たあと、
どうも倒産してしてしまったようで、
かれのその後の作品が出版される見込みあるのかないのか、
とんとわからない。

しかしながら、彼の作品は、読みやすい文体で、
また、内容もぼくにとっては非常に興味深く、
タイ人と結婚してしまった(?)かれが、
今、どうなっているのか、
是非とも、続編を期待しているのであるけれど、
手がかりすらない状況なのである。

たぶん、チェンマイのどっかで、
まだ隠遁生活の続きを送られているのだろう、
とご推察するのだけれど、
何らかの形で、続きが読みたい、
と思っている読者の期待に応えてほしい、と、
かれを知る人がいたら、伝えてほしい、と思うぼくなのである。




▼坂田さんの著作を読んでいると、タイやタイ人、
に関する感じ方が非常に自分と近い、と思ったりする。
また、作品のなかで、使われてる写真のなかに、
たぶん、隣のホテルの部屋から撮ったのだろうが、
ぼくがむかしよく使っていた、
しょぼいホテルの全景が写ってるものあり、
なにかしら、縁、のようなものも感じるのんだ。
ぼくは、このひとほど、いいひと、ではないけれどもさ。
タイ人を配偶者にもつことは、
とてもぼくにはできそうにないけれど、
自分がもしタイに暮らしたら、
こんな風になるんだろな、と思える、という意味で、
貴重な著作であったと思えるのんだ。

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写真は、今日は死ぬにはいい日だ、
がごきげんな挨拶である、クリンゴン人と、
クリンゴン語のグーグル^^;

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