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2007年11月22日 (木)

1000敗

他の奴には、名声を持たせろ。
あんたはそいつらの金を持っていればいい。
金儲けの秘訣 ・第191条)




将棋の棋士である、加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が、
公式戦千敗目を喫した記事を最近目にした。
しかしながら、記事を書いた報道機関のひとたちも、
どちらかというと、おもしろい記事として紹介したい
意図があるようで、その偉大さをちゃんと伝えよう
としていないことは非常に残念なことだ。
これは誰もができるようなことではなく、
とてつもなく偉大な記録なのである。

加藤一二三、という棋士は、若くして、頭角をあらわし、
末は天下を取る逸材、といわれながら、
なかなか棋界の最高峰である名人位に
昇りつめることができなかった。
かれがデビューしたころは、
大山康晴名人(のちの15世永世名人)の全盛期であり、
大山名人の力に翳りが見えてきたとき、
もうひとりの天才、中原誠(最近16世永世名人を襲名)
がすでに名人位を狙えるところまでやってきていたのんだ。

それでも、かれは名人戦史上に残る死闘の末に、
中原名人を下し、一度は、名人位を手中に収めた。
しかしながら同じ年、谷川浩司(引退後、
17世永世名人になる)がA級八段まで昇ってきており、
翌年名人位は、この新たなる天才の手に落ちることになる。

永世名人とは、将棋界の最高峰のタイトルである、
名人位を5期、つまり5年以上務めたものだけが許される名称で、
江戸時代から続く名人位の真の継承者、といっていい栄誉だろう。
そして、その栄誉に輝く人間は、同時代にはふたりはいない、
と永く信じられていた。
大山時代然り、中原時代然り、谷川時代また然り、なのである。

あれだけ棋界のタイトルを独り占めしていた期間が長く、
棋界の全タイトルをもっていた期間もある羽生元名人でも、
名人位に関しては、まだ4期であり、
今現在、永世名人の称号はいまだ得ていない。
そして、同世代の森内名人にさきに永世名人位の称号を
許してしまったのは、この春の出来事だった。

加藤もかれらに並ぶような天才のひとりであり、
そのかれだからこそ、千敗、という偉業を
なしとげることができたのだ。

将棋界の棋戦の多くは、トーナメント方式で勝ち上がり、
本戦に入る形式になっている。
トーナメントで負ければ、本戦のリーグ戦に入れないし、
本戦のリーグ戦に勝ち残らないと、
たくさん負けることはできないのである。
しかも、年間にたくさん対局がつくからこそ、
たくさん負けることができるので、昨年の野村楽天のように、
いくら負けても、リーグ落ちの心配もなく、
いくらでも、だらだらと負けられるシステムとは、
根元的に違うことを理解しないと、
とんちんかんな批評や批判をしてしまうことになる。

しかもかれは、70歳になろうとする現在も現役であり、
勝ち数は負け数を大きく上回る通算1200勝以上を
挙げており、まさに棋界の巨人のひとり、なのだ。

そんな風に、千敗を喫したこともまた、
かれにとっては偉大な記念碑のひとつなのだ、ということを
皆に理解してほしいとぼくは思うのんだ。





▼しかしながら、かれの奇人伝説も、
その偉人伝説に負けぬくらい数多く存在し、
かれの評価を微妙にしてるのもまた真実だ。
一般の基準からいうと、異様ともいえるほどネクタイを長く結び、
対局の際の昼食は必ず、鰻重、鰻重、また鰻重、で、
対局の立会人のときに、他人の昼食にまでも、鰻重を勧めた
という伝説さえあるのんだ。
最近の戦型は、ほとんど棒銀で、
それでも、かなりの勝率をあげているようだから、
たいしたものなのだけれど、
ここまでくると、勝負師の範疇をすでに超え、
ある意味、求道者、ある意味、偏執狂
といえるかもしれない。
またこのひとは、自分の師匠を変えた、というか、
師匠である人の名前を自分の記録から抹殺し、
別のひとにしてしまった、という伝説もあり、
このへんは、常人の想像を超えていさえいる
ような気さえする。
かれの、早口で、妙に甲高い語り口は、
NHKの将棋講座の解説なんかで見ることができるので、
興味のある人は、どうぞ。
もし、運良く対局のシーンが見られれば、
秒読みになってからの、あと何分、の連呼
の目撃者になれるかもしれないよ^_^)

Photo




 

写真は、セントレアであっしが食べたうな丼。
貧乏なもんで、うな重でなくて、すんません。。。

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コメント

同志、こんばんは。
関係ないけど将棋といえば私がいつも思い出すのは永世棋聖の米長邦雄ですね~。
彼の「泥沼流人生講座」が懐かしゅうございます・・・。

同志、まいど^^

>関係ないけど将棋といえば私がいつも思い出すのは
>永世棋聖の米長邦雄ですね~。
>彼の「泥沼流人生講座」が懐かしゅうございます・・・。
かれについては、以前、米長哲学、の項でふれますたね~。
あの当時の将棋界では、オトコマエで、
ユーモアのセンスもあり、人気者でやした。
性格は、さわやか流、将棋は、泥沼流、というのが、
キャッチフレーズだった、と認識しておりやす^^

ところで、久しくお会いしてませんが、
同志におかれましては、お元気ですかい(^^?
あっしは、ぼちぼちやっとりやす(^^ゞ

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