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2007年11月30日 (金)

便座考

馬鹿は、ビジネスチャンスを逃す。
金儲けの秘訣 ・第110条)



たしか以前、テレビでみたんだと思うのだけれど、
イタリヤのレストランのトイレには便座がない、という話だ。
ほんとかどうかイタリヤにいったことがない、
のでしらないけれど。

なんでか、というと、イタリヤ人は、
他人が座った便座にすわるのがとてもいや、らしく、
便座なんぞ、あっても使わないのだそうだ。
さすれば、便座が必要な状況でかれらはどうするか、といえば、
中腰で用を足すか、あるいは、
自分で便座を持ち歩いている、ということだったと思う。

たしかに誰が坐ったか、わからない便座に坐る、
ということに疑念をもつ気持ちはわかるし、ぼくも外出時など、
家庭外で便器を使用しなければいけない状況では、
ある年齢までは、和式のトイレを愛用していた。
そもそも子どもの頃は、和式しかなかったしさ。

しかしながら、和式便器の利用、というのんが、
強靱な足腰の鍛錬を必要とする
ということを痛感する年齢になってきて、
最近は、もっぱら外でも洋式の方を愛用していたりする。

また、粋なイタリアンのように、
便座を持ち歩くほどのこだわりも根性もない。
かれらは、肩にひっかけたり、
首からぶらさげたりして、便座を持ち歩くのだろうか。

便座を持ち歩くのは、不便な感じがするけれど、
慣れれば、雨の日に傘を持ち歩くのと、かわらない、
といえば、かわらないのかもしれない。
思えば、かばんなんかも普通にもって歩いてるし。

イタリヤ人ほどではないかも知れないが、
最近の日本人も非常に潔癖なひとが多く、
便座除菌クリーナーだの、便座シートだの、
といった、商品もけっこうふつうに売られているけれど、
まだまだ決定打、といえるものではないような気がするのんだ。

ここは、ウォークマンで、小型カセット再生機、
という今までになかった市場を作り上げた世界のSONYが、
SONY製ならきっと、音楽が聴けたり、
動画が見れたりもできるだろうが(^^♪
TOTOかINAXと協力して、
小型で持ち運びが簡単な便座を開発して、
iPodのAppleに、一泡吹かせたりしないものか、
と思う、おっさんだったりするのんだ。

少なくても、こんなものよりは、でったい需要はある、
と、Rollyをみて、確信するしだいだ。

Rolly




 

 

 

 

▼便座、で思い出したけれど、
ベンザエースを買ってください、
ときょんきょんがCMで言ったとき、
広告の世界が激震した、という話がたしかあった。
でも、忘れてはいけないことは、
誰でもが可能なCMではないってことだ。
偉大なる、小泉今日子閣下に土下座m(_ _)mハッハ~   

2007年11月26日 (月)

年金

刑務所には、悪人を信用したお人好しが一杯いる。
金儲けの秘訣 ・第46条)


最近、年金のことがよく話題になっている。
年金の情報を特集したテレビ番組が
ゴールデンタイムに流れるなど、
未だかつてない関心の高さを示している、
といってもよいだろう。
その背景には、将来のへの年金不安や
政府への不信感があるのだろうと推察される。

しかしながら、外国の例をみるまでもなく、
年金制度自体はなんらかの形で存続するだろう、
というのが、今のところの正直なぼくの意見だ。

なんとなれば、日本国憲法は、
日本が福祉国家を目指すことを規定しているようだし、
あの憲法がしばらくは改定される見込みはないからだ。

だが、財源の確保が将来重大な問題になるのは
間違いない
だろう。
現在のような形での年金制度を維持するためには、
若者と老人の数的バランスが悪すぎる、というのもまた真実だ。

ぼくが思うに、年金はいずれ歳入・歳出で税金と一体化
されるのがよかろう、と思っている。
そのうえで、未払いの人間をなくすべく努力することが
望ましいのだろう。

現在の年金の制度的矛盾点は、年金を未払いしているひとにも、
生活保護など、違う形での福祉の恩恵
あずかれる可能性があることだ。
年金の掛け金を払う人間を増やすためには、
これは一切廃止することが望ましい、というのがぼくの意見だ。
聞くところによると、国民年金受給者は、
満額でも6、7万円しかもらえない、ということだし、
この金額よりも多い金額が、
掛け金を払っていないひとに使用されるのは、
たとえ日本が福祉国家を目指しているにしても、
どう考えても不合理で、不平等だと思うのだ。

廃止された生活保護などの代わりに、各自治体、あるいは、国は、
その資金を元に、各地に住居と3回の食事を与える施設をつくる。
公的な、食事付きカプセルホテルを必要数だけつくるわけだ。
あるいは、民間の業者に委託するのも、
その方が効率的ならば、よかろう。
それが嫌ならば、自分で生きていくべく、
年金をしっかり払うなどの努力すればよいわけだ。
人権派のひとびとは、いろいろいうかもしれないが、
終電を逃したサラリーマンだって、タクシー代がなければ、
カプセルホテルを利用するのだし、
ただで利用できるのに、文句はいわないでほしいものだ。

それから今のような、更生を目指した刑法の体系も改める
刑務所を保養所と間違えてる犯罪者もいるのではないか、
と思えるほど、
最近は、凶悪犯罪が増えているようにぼくには思える。

大阪はひったくり犯の件数が毎年日本一、二を争ってる、らしい。
そのために、ひったくり犯罪にあわないための啓蒙番組なども、
短い時間ながら、放送されたりしているのだけれど、
犯罪にあわないために、被害者側だけが
注意をしなければならない社会、
というものにだれも疑問をもたないのか、とぼくは思うのだ。

たしかに、悪意はなくてもおこってしまう不幸な出来事、
というはあるだろう。
酒酔い運転など、原因がはっきりしている交通事故以外の、
事故のなかには、そんなものもあるかもしれない。
そんな事故であっても、起こした者は責任に問われるのを
逃れられないのだし。

ひったくりなどの犯罪は、偶然性の高い事故とは種類が違う、
明らかに悪意を持って行なわれる犯罪、なのだけれど、
それを予防するための努力を被害者側のみが負う、
というのは、まったくどういうことだろうか。

つまり刑罰が軽すぎる、ということが一番大きな原因なのに、
それに顔をそむけ、被害にあわないよういたしましょう、
とはいったい何事か、と思うのだ。

刑務所は更生施設から懲罰施設に変えないと、
犯罪は減らない、とぼくは思っている。

ぼくの聞いた東南アジアの某国の刑務所では、
食事の際、ごはんをもった茶碗が、
ふたりにひとつしか配給されない、ということだ。
かの国で犯罪を犯した日本人が、ことばも通じない某国人と、
そのご飯を分け合って食べる、というのを経験した、という。
そんな状況になってもいいのなら、犯罪でもなんでも犯せばいい、
という風な感じの方が、犯罪への抑止力になると思うのだ。

仮にそれで犯罪が減らなくても、
無駄な税金を犯罪者のために使用されないだけでも、
現状よりは、ましだと思う。

ぼくは毎日一生懸命働いて、税金を納めているのんは、
犯罪者を食べさせるためではないのだ、と強く思う今日この頃、
賛同いただける方は、将来ぼくが国政に打って出たときには、
清き1票を。。。



▼ブロークダウンパレス、という映画は、
東南アジアの某国で、犯罪を犯した女性の話だ。
麻薬の運び屋、はへたをすると死刑まであるのだよ。
日本とはえらい違いだ。
このへんは、日本も見習うべき、とあっしは思ってる。。。

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2007年11月22日 (木)

1000敗

他の奴には、名声を持たせろ。
あんたはそいつらの金を持っていればいい。
金儲けの秘訣 ・第191条)




将棋の棋士である、加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が、
公式戦千敗目を喫した記事を最近目にした。
しかしながら、記事を書いた報道機関のひとたちも、
どちらかというと、おもしろい記事として紹介したい
意図があるようで、その偉大さをちゃんと伝えよう
としていないことは非常に残念なことだ。
これは誰もができるようなことではなく、
とてつもなく偉大な記録なのである。

加藤一二三、という棋士は、若くして、頭角をあらわし、
末は天下を取る逸材、といわれながら、
なかなか棋界の最高峰である名人位に
昇りつめることができなかった。
かれがデビューしたころは、
大山康晴名人(のちの15世永世名人)の全盛期であり、
大山名人の力に翳りが見えてきたとき、
もうひとりの天才、中原誠(最近16世永世名人を襲名)
がすでに名人位を狙えるところまでやってきていたのんだ。

それでも、かれは名人戦史上に残る死闘の末に、
中原名人を下し、一度は、名人位を手中に収めた。
しかしながら同じ年、谷川浩司(引退後、
17世永世名人になる)がA級八段まで昇ってきており、
翌年名人位は、この新たなる天才の手に落ちることになる。

永世名人とは、将棋界の最高峰のタイトルである、
名人位を5期、つまり5年以上務めたものだけが許される名称で、
江戸時代から続く名人位の真の継承者、といっていい栄誉だろう。
そして、その栄誉に輝く人間は、同時代にはふたりはいない、
と永く信じられていた。
大山時代然り、中原時代然り、谷川時代また然り、なのである。

あれだけ棋界のタイトルを独り占めしていた期間が長く、
棋界の全タイトルをもっていた期間もある羽生元名人でも、
名人位に関しては、まだ4期であり、
今現在、永世名人の称号はいまだ得ていない。
そして、同世代の森内名人にさきに永世名人位の称号を
許してしまったのは、この春の出来事だった。

加藤もかれらに並ぶような天才のひとりであり、
そのかれだからこそ、千敗、という偉業を
なしとげることができたのだ。

将棋界の棋戦の多くは、トーナメント方式で勝ち上がり、
本戦に入る形式になっている。
トーナメントで負ければ、本戦のリーグ戦に入れないし、
本戦のリーグ戦に勝ち残らないと、
たくさん負けることはできないのである。
しかも、年間にたくさん対局がつくからこそ、
たくさん負けることができるので、昨年の野村楽天のように、
いくら負けても、リーグ落ちの心配もなく、
いくらでも、だらだらと負けられるシステムとは、
根元的に違うことを理解しないと、
とんちんかんな批評や批判をしてしまうことになる。

しかもかれは、70歳になろうとする現在も現役であり、
勝ち数は負け数を大きく上回る通算1200勝以上を
挙げており、まさに棋界の巨人のひとり、なのだ。

そんな風に、千敗を喫したこともまた、
かれにとっては偉大な記念碑のひとつなのだ、ということを
皆に理解してほしいとぼくは思うのんだ。





▼しかしながら、かれの奇人伝説も、
その偉人伝説に負けぬくらい数多く存在し、
かれの評価を微妙にしてるのもまた真実だ。
一般の基準からいうと、異様ともいえるほどネクタイを長く結び、
対局の際の昼食は必ず、鰻重、鰻重、また鰻重、で、
対局の立会人のときに、他人の昼食にまでも、鰻重を勧めた
という伝説さえあるのんだ。
最近の戦型は、ほとんど棒銀で、
それでも、かなりの勝率をあげているようだから、
たいしたものなのだけれど、
ここまでくると、勝負師の範疇をすでに超え、
ある意味、求道者、ある意味、偏執狂
といえるかもしれない。
またこのひとは、自分の師匠を変えた、というか、
師匠である人の名前を自分の記録から抹殺し、
別のひとにしてしまった、という伝説もあり、
このへんは、常人の想像を超えていさえいる
ような気さえする。
かれの、早口で、妙に甲高い語り口は、
NHKの将棋講座の解説なんかで見ることができるので、
興味のある人は、どうぞ。
もし、運良く対局のシーンが見られれば、
秒読みになってからの、あと何分、の連呼
の目撃者になれるかもしれないよ^_^)

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写真は、セントレアであっしが食べたうな丼。
貧乏なもんで、うな重でなくて、すんません。。。

2007年11月18日 (日)

テレサテン

誰かが真実を知るまで、嘘は嘘ではない。
金儲けの秘訣 ・第125条)





このあいだ、テレビでテレサテン、の伝記的ドラマがやっていて、
しっかり最後までみてしまったのだけれど、
そのなかで、かのじょの最期の場所となった、
タイのチェンマイのメーピンホテルが、
実際にロケの現場になっていた。

チェンマイには、今まで数度いったことがある。
メーピンには、泊まったことはないけれど、
便利なところにあるし、ロビーまでは入ったこともある。
値段の割りに施設は古く、
ぼく的には、喜んで泊まれるようなホテルではなかったけれど、
チェンマイではメジャーなホテルのひとつ、だったと思う。

あのホテルの前に麺屋さんがあって、
そこのおぢさんがエキストラ、として、テレビに出ていたようだ。
ぼくは憶えてなかったのだけれど、
チェンマイで暮らしたことのある友人の一ノ瀬さん(仮名)が、
あとで教えてくれたのだ。

さて、そのおぢさんなのだけれど、
ぼくとはまんざら無縁、というわけでもなかった。
実はもう少しで、かれのことを、
おとうさん、と呼ぶところだったのんだ。

さきほどの一ノ瀬さん(仮名)たちと、
チェンマイであったときのことだ。
メーピンホテルで待ち合わせて、
その麺屋さんへ行くことになったのだけれど、
多少タイ語を話すぼくは、
そのおぢさんと会話をしてるうちに、
おまえ、独身なら、うちの娘の婿にならないか
といわれたのんだ。

一ノ瀬さん(仮名)によると、そのおぢさんは、
メーピンホテル前のいい立地故、麺屋で大もうけして、
また、そのへんの土地持ちでもあり、
けっこうな資産家だという。
ここで麺を茹でながら、
残りの人生を過ごすのもいいかもしれない、
とぼくも思ったりしたのだった。

しかしながら、一ノ瀬さん(仮名)がいうには、
その娘にはもうすでに子どもが数人と、
それだけならまだしも、れっきとしたタイ人のダンナがいる
というではないか。

なんでやねん。

でも、結婚してるんでしょ、娘さん?、
と、そのおぢさんに訊くと、
どうもそれは、マイペンライ(どうってことはない)、
ということらしい。

そっちはマイペンライでも、こっちは気にするんだよ。
ということで、
ぼくは、かれの息子になることを諦めたのだった。

でもあのとき、ぼくもマイペンライだったら
あのドラマにぼくも出ていたのかもな、と思うと、
少し残念な気がしないでもない、おっさん、なのだったよ。



▼残念といえば、このドラマの原作者の有田芳生さん、
日本新党から、この間の参議院選に出馬したが、
結果として、落選だった。
オームウォッチャーとして、一世を風靡したかれも、
自分を冷静に見る目はもたなかった、ということか。
とりあえず、テレサとアリタに合掌。。。(-人-)

写真は、チェンマイ大学の門。

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2007年11月14日 (水)

You Must Believe in Spring

妻は仕える。兄弟は相続する。
金儲けの秘訣 ・第139条)




ピアノトリオ、といってぼくが最初に思い出すのは、
チェコのスークトリオだ。
ヴァイオリンのヨゼフ・スーク、ピアノのヤン・パネンカ、
チェロのヨゼフ・フッフロからなる三重奏団で、
3人が3人、ソリストとしても立派な演奏家でありながら、
長くトリオとして活躍してきた。

かれらの演奏に初めて触れたのは、チャイコフスキーの
ピアノ三重奏曲「偉大な演奏家の思い出のために」で、
当時の偉大なピアニスト、ニコライ・ルービンステインの死
に際して、チャイコフスキーが作曲したこの曲を、
若いころ、ぼくはカセットテープでよく聴いていた。
最近は、日本で録音されたデジタル録音初期の、
デンオン盤のCDを手に入れて、たまに聴いたりしている。

しかしながら、今一番愛聴している、ピアノトリオは、
実は、かれらではない。
ビル・エバンスが率いるトリオこそ、
今のマイファヴァリットなのである。

とくに、寝床に置いている、BOSEとiPodは、
ここんとこかれのなにがしかの作品しか再生していない。
エバンスのCDを聴きながら眠る日々が続いているわけだ。

だが今まで、ぼくはさほど熱心にビル・エバンスの音楽に
親しんできたわけではなかった。
最近偶然買った、かれらの晩年の作品である、
You Must Believe in Spring
というアルバムを手に入れてから、
かれのCDを熱心に聴くようになった。

しかしながらこのアルバムは、ビル・エバンスの作品のなかで、
必ずしも、ベスト中のベスト、とされるものではないようだ。

1961年に事故で急逝した、ベースのスコット・ラファロが
メンバーとして存在していた、非常に短い期間の作品の評価が、
JAZZに通じた人たちの間では、もっとも高いようで、
かれのトリオは、そのころの数少ない作品が、
音楽的にはもっとも優れている、といわれているらしい。

You Must Believe in Spring、というCDは、
この作品について書かれたものを読むと、
エバンスの状況が、非常に悪い時期に録音されたもののようで、
かれのもとを去った妻の自殺、そして、実の兄の自殺、
といった不幸な事件が続いたのちに演奏されており、
このCDのうちの2曲は、亡くなったかれらに捧げられた曲だ、
ということだ。

実際、兄のための曲は、「われわれはまた出会うだろう
というタイトルだし、
エバンス自身は、麻薬に重篤に依存する日々が続き、
最後の曲の副題には、痛みのない自殺
という副題までついていて、
当時のかれの心象風景が慮られる。

だが、このアルバムの演奏はみな驚くほど美しい
まさにエバンスの、白鳥のうた、ともいえるような作品群で、
どういう経緯なのかは知らないけれど、
かれが亡くなる3年前には録音が完了していたにもかかわらず、
実際に発売されたのはかれの死の翌年だったのんだ。

ぼくは生きているあいだにこのアルバムに出会えたことを
今幸せに思っている。

おまえは春をよいものだ、と信じなくてはならない
とでも、タイトル曲は、訳すのだろうか。
なんらかのメッセージ性がありそうな、なさそうな、
意味深な題名ではあるけれど、
このアルバムを聴いていると、
そんなもろもろのことがらは、もはやどうでもいいことで、
叙情的な音楽としてのある種の極みが、
そこに存在しているだけだ、
という思いを強くするのである。

そんな音を、そんな演奏を、耳にしてみたい、と思われる方は、
一度、聴いてみられるがよいよ、とお勧めする次第だ。


You_must_believe_in_spring








"You Must Believe in Spring"

1 B Minor Waltz (For Ellaine) 
2 You Must Believe In Spring 
3 Gary's Theme 
4 We Will Meet Again (For Harry) 
5 Peacocks 
6 Sometime Ago 
7 Theme From M.A.S.H. (Suicide Is Painless) 
(以下はボーナストラック)
8 Without A Song 
9 Freddie Freeloader   
10 All Of You 




2007年11月10日 (土)

サヨナラ、バンコク

うますぎる話でも、儲かる時は儲かる。
金儲けの秘訣 ・第117条)



最後の3日間はバンコクで過ごした。
そろそろ現実へ戻らねばならない、と思うと、
悲しいような、懐かしいような気分だ。

日本への飛行機は、NH954便。
朝にバンコクを出て、夕方成田につく。
残念ながらANAは、関空発着の国際線を極限まで切詰めてて、
バンコク線は、数年前、デイリー運航から一転休止して、
その後、再開されていない。

成田発着便は、日に2便、自前の便を飛ばしているのだし、
タイ航空の関空便は日に3便か4便あるようだし、
なんとかならないものか、と思うのだけれど、
関空発の国際線は儲からない
というのがこの会社では定説になっているようだ。
とくに、企業のニーズが限られていて、
有料でビジネスクラスが埋まらない、のが致命的らしい。

そういえば、今度ANAが成田とインドのムンバイを結ぶ路線
を就航させるけれど、これはたしか、
36席すべてがビジネスシートだったはずだ。
ぼくには縁がないけれど、なかなかにおもしろい試みだと思う。
ただ、こんな飛行機ばかり飛ぶようになると、
ぼくのような一般人は旅行に行けなくなるわけだけれどね。

2便あるうちの朝の便を選んだのは、
成田発の国内線の伊丹行きに接続がいいからだ。
羽田までバスで移動する必要がないのが楽なのだ。

朝5時に腕時計のアラームで目が覚める。
シャワーを浴びて、まとめておいた荷物を持って、
チェックアウトする。
お気に入りのこのホテルにまた来るのは、たぶん1年後だ。

タクシーに乗ると、珍しいものが目に入った。
最新のデジタル式タクシーメーターだ。
そういえば、新車っぽいし、
たびの終わりにこんなタクシーに当たると気分がいい。

Photo








道みち、タクシーの運ちゃんと世間話をする。
ウボンラチャタニ出身で、42、3歳だ、とかれは言った。

奥さんは何人だ?
と尋ねると、かれは笑って、
奥さんはひとり、こどもは男のこがふたりだ、と答えた。
タクシーの運転手には、タクシン支持者が多いのだろう?
と話は続く。
そうだねー、イサン地方の出身のひとが多いからね、
と運ちゃんは言う。
なるほどそういえば、タクシーの運ちゃんの出身地は、
ウボンだの、ローイエットだの、というのが多く、
南部出身者のタクシーの運ちゃんはあまり記憶にないな、と思う。
あんたら、タクシンが首相のころは、タクシンが悪い
て文句言ってて、いなくなったら、いないのが悪い、
っていうんだよな、ていうと、タクシーの運ちゃんはまた笑った。

空港には6時前について、200B渡すと、運ちゃんは笑顔で、
サヨナラ、とそれだけは日本語で言ったのだった。

チェックインカウンターに行くと、
時間が早いせいか、ひとはまばらで、
ちょうどあいていたスターアライアンスゴールドメンバー用の
チェックインカウンターに行く。
なんとなく、苦手そうな感じがする、係りのタイ人のおばさんに、
チケットとパスポートを渡すと、

ビジネスクラス窓側

と日本語で言われた。
え、いいの?
と少し目が点になる。
だって、特典航空券なのにさ、とはいわなかったけれど、
まあ、アップグレードのご招待は謹んで受けることにする。

でも、スーツケースをみると、伊丹までのタグを
つけてくれようとしているので、
申し訳ないけど、免税店で液体の化粧品の受取りがあって、
成田でスーツケースを受け取って、なかに入れたいんだけれど、
いいかな?というと、
成田-伊丹のチェックインを取り消してくれた。
ついでに、ビジネス席まで取り消されないかなあ、
という不安をよそに、
ちゃんとCクラスのボーディングパスはもらえたのだった。

それにしても、成田で税関検査はあるはずだから、
タグはついていても、自分で引き取って、もういちど、
カウンターで預ければよかったのかな、とも思うけれど、
もし、税関検査は伊丹で、あるいは、税関検査はなし、
なんていわれると、
友達に頼まれた化粧品が持って帰れなくなるのんで、
国内線のチェックインは断って正解だよね。
まったく最近は、飛行機ひとつに乗るのも
頭を使わねばならないので、かなわんわ、まったく。

せっかくのビジネスだし、乗り遅れないようにさっさと出国する。
問題の化粧品を受領するために、キングパワーの窓口に行く。
エズリ・ダックス似のかのじょは、今日はいなかった。
あのときはトレーニー、という名札をつけていたけれど、
ちゃんと正職員になれたかな。

ANAに乗るときは、インビテーションカードをくれるので、
えらそうに、ビジネスラウンジに行ってみる。
今日は、ボーディングパスもビジネスのせいか、
タイ航空の受付係員も親切だ。

今朝は、まだなにも食べてないので、
チキンソーセージとエスプレッソをいただく。
ポークではないのは、宗教的な配慮なんだろな。

適当に切り上げて、待合室に行くと、
ちょうど飛行機への案内が始まったところだった。
さっそくに乗り込むと、さすがにビジネスシートは広い。
けっこう長身で、足も長いつもりだけれど、
前の座席に届かない。
ゆったり移動できるのは、ぼくにはなによりもうれしい。
ご飯もエコノミーとは違って手がこんでいるけれど、
ぼくはなに食べてもおんなじ人間だし、
エコノミーのご飯がまずければ、食べなきゃいいだけなので、
やはりこの空間的余裕がいいよなー、と思う。

8月の下旬、きっと日本に帰ると、タイよりも暑いんだろな、
帰りたくないな、と思うけれど、職業たびびと
でないものの悲しさ、現実に帰るときはやってくる。
せめてのものはなむけのビジネス席を満喫しながら帰ろう、
と思うおっさんの夏の終わり、なのであった。


2007年11月 6日 (火)

バンコクの不思議

金のないフェレンギ人はもはやフェレンギ人ではない。
金儲けの秘訣 ・第168条)



タイに頻繁に通っていると、当たり前になって忘れているが、
ふと我に返ると、タイ人の感性の不思議さや、
タイ王国それ自身の不思議さに気づいたりする。

日本人やその他先進国の常識とは、
かなり違う感性でかれらが動いていたりするのんだ。

まさに、アメージングタイランド、というわけだ。

そして、大都会でありながら、政治的にも、
経済的にも、地理的にも、タイの中心にある、
首都のバンコクは、やはり不思議に満ちている。
タイの不思議の主たる発信源、なのかもしれないな。

今まで書いたなかにも、このバンコクのアメージング
に関するものは多かった。
おかまちゃんのトイレの謎もそのひとつだ。
しかしながら、これは世界共通の謎、なのかもしれない。

また、まだ解明されていないアメージングタイランド現象として、
多くの西洋人がなんでか、わざわざとしか思えないような、
ぶさいくなタイ女性
を連れているのか、
ということもぼくには不思議だ。
謙譲の美徳なのか、美人に飽きたのんか。
それとも、美の基準がぼくらとは激しく違うのんか。
まったくもって理解できない。

また、たくさんあるショッピングモール。
たとえば、ワールドセントラルプラザ。
以前は、ワールドトレードセンター、と名乗っていた場所だ。
ZENというデパートと、日系デパートのイセタン、
そして、たくさんの専門店からなっている。
最近、リニューアルされたばっかりだ。

スカイトレインの駅に近い、ZEN側から、
あるいは、その付近の連絡通路から入ろうとすると、
対テロ対策なんだろう、荷物検査がやたら厳しい。
南部でテロが頻発している現状では、
いたしかたないかもしれない、と思う。
しかし、イセタン側からだとほぼフリーパスで入れたりする。

中でつながってるから、ほとんど意味がない。
ぼくがテロリストなら、イセタンから入場するが、
それとも、テロリストはイセタンからは入らない
なにか別の仕掛けでもあるのだろうか。
もしくは、テロリストは、イセタンが嫌いなのか。

同じようなことは、いろんなショッピングモールで感じる。
ぼくは、どこの入り口なら、立ちどまる必要がないか、
かばんのチェックがないか、考えて行動してるくらいだ。

同じことを日本ですれば、警備体制の不備、とかいって、
責任者が袋叩きにあいそうだけれど、
バンコクでは、これはマイペンライ(どうってことない)なのだ。
また同様に、地下鉄駅では荷物の検査があるにもかかわらず、
スカイトレイン駅では行なわれていない。
なんでなんだ、いったい。

まさにタイスタイルだなー、と思ったりすることだよ。

そういえば、ずっとなんでだろ、と思っていたことに、
スカイトレインのある駅の階段で、
ぼくはなんでかいつもけつまずいてたのだった。

いままでは単なる偶然、と思っていたのだけれど、
ある日、その階段をゆっくり下りていたら、
前を下っていたタイ人のおっちゃんが、
やっぱりぼくの目の前でけつまずいてるではないか。

いったん下りきって、人がいなくなってから、
その部分に戻って確認すると、おっちゃんがけつまずいたあたり、
そしてぼくもけつまづいていたあたりの階段が
他のステップよりも、幅が広いではないか。

Bts








それで、いつもいつも、けつまずいていたのんか。

日本に帰ってから、以前BTSの階段から、
ころげ落ちてけがをした一ノ瀬さん(仮名)に、
きみが落ちたのは、まさかあの駅の、あの階段ぢゃないよねー、
と訊いたら、まさにその階段だというではないか。
これからも、数限りないひとたちが、
あの階段でけつまづいたり、転げ落ちたりすんだろうな。

そして、その謎は解決したけれど、
なんでそんな階段を作ったのんか、新たな謎ができてしまった。
たぶん、タイ人の仕事だから、寸法を間違えて、
適当につくったんだろうけれど、
そんなものが普通に存在できるのも、アメージングタイランド、
故なんだろうな、と思うのであったことだ。


▼お金キーホルダー。
こないだ、こんなものを地下鉄車内でみた。
これもまたバンコクの不思議認定なるか(^^?

Photo








▼健康の屋。
スカイトレイン開業当時からあったように記憶していているが、
客がいたのは、とんとみない。
でも、つぶれない。
ひょっとして、北某国の将軍様の諜報機関か、なにかなのか(^^?
これも、またバンコクの不思議。

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▼ダースベーダーさんも、歩く街角。
かれは、しゃべらなかったが、
写真を撮らせて、といったタイ語が通じたので、
おそらく中身はタイ人なのだろう。
なかなか友好的ダースベーダーさんですた。
これもまたバンコクの不思議。
そのむかしは、レッドマンなんていう、
全身赤色の衣装の有名なおっちゃんがいたりした。
こないだ、テレビを見てたら、ニュースで出ていたので、
まだ元気に活躍しているようだ(^^

 
 

▼同じようでも、アセアンの重要国でも、
シンガポールとバンコクではかなり雰囲気が違う。

シンガポールでは、罰金(fine)の種類がやたら多い。
あっしもこないだ、写真を撮っただけで、しかられた^^;

それをひやかしたTシャツを見たことがある。
シンガポールの罰金の数々を背中に書いてあり、表には、
シンガポール イズ ア ファイン シティ
の文字が。。。

Photo_5






 

 

 

誰がうまいこといえといった。。。(^^;)

2007年11月 2日 (金)

カエルの絶滅

自然は変化する。
しかしラチナム(金、のような希少金属)は永遠だ。
金儲けの秘訣 ・第102条)



いつだったか、沖縄のホテルでみた記憶があるのんで、
たぶん2月の中ごろか、と思うのだけれど、
カエルが絶滅の危機に瀕している、
ニュースを見たことがある。
アフリカツメガエルだったか、ツノガエルだったかが、
ペットとして、世界に拡散して、
そのために、その種のカエルには抗体があるが、
他のカエルには抗体がない、ツボカビ、という、
両生類には致命傷になる病気が蔓延して、
カエル、という生物種が絶滅する可能性がある、というような、
そんな内容だったと思う。

ぼくはタイ人のようにカエルを喰らうわけでもないのんで、
別にいいではないか、と思っていたのだけれど、
カエルも食物連鎖の重要な環を担っていて
かれらが絶滅すると、虫が増えて、
人類をはじめ、いろんな生命体に影響を与える、
というから、虫嫌いのぼくとしては、
あんまり喜ばしい話ではないな、と思ったりしたのんだ。

あくまで、理屈上は、という話なので、
本当にどれほど大問題なのか、というのはわからないのだけれど、
自然界のバランス、というのは実に微妙なものだ、
と、このニュースを聞いて、思ったりしたのんだ。

ところで、カエル、といって、ぼくが思い出すのは、
川崎徹氏が、むかし、週刊文春に連載していた、
エッセイというか、短編小説、というか、コラム、というのんか、
そんな作品を集めて発刊された、カエルの宿、という本だ。

川崎徹さんは、CFディレクターとして、
80年代脚光を浴び、その後、テレビタレントや作家としても
大いに活躍されていた方で、フジテレビで、
ウゴウゴルーガやカノッサの屈辱の製作に携わった、
桜井郁子さんのダンナさん、でもあるひとだ。

カエルの宿を久しぶりにぱらぱらと開いたりしてみたのだけれど、
本に載っていた著者の略歴によると、
かれはふけてみえたけれど、テレビに出たり、
この本を書かれたりしていたときは、まだ30代だったようで、
今でも、60歳にはなっていないようだ。

異論はあるとは思うけれど、この本は、
ぼく的には、今読んでもなかなかにおもしろいし、
同時期に活躍されていた、イトイシゲサトさんなんかが、
まだがんがん働いておられるのに、
カワサキさんは、いったいどこでなにをしておるのだろう、
とか思ったりするのだけれど、どんなもんなんだろう。

才能のあるひと、とお見受けしていたのだけれど、
ひょっとして、坊主頭だったし、
ほんとに出家したのではあるまいな、
と、ちょっと捻った心配をしてみる、
おっさんなのであることだよ。。。(-人-)トリアエズ合掌




▼ところで、カエルの宿、の表題作、カエルの宿は、
九州の田舎町に泊まった川崎氏が、カエルの鳴き声に
眠れぬ文春編集部員の奇行を、一見ドキュメント風に
書いた文章で、楽屋落ち、といえば、言えなくもないが、
当時のぼくは、喜んで読んでた。
ふたりの編集部員は、並々ならぬ形相で、
カエルを成敗に行く様が若きぼくには妙におかしかったのだ。
ところで、今ぼくは田んぼのそばに住んでいて、
この編集部員の気持ちが少しわかったりするのが、
また不思議な因縁、でもないかな^^;

----結論。カエルが絶滅の危機に瀕すると、カエルの宿も、
発禁本になるかもしれないな、と思った。
(川崎徹のカエルの宿風に^^)


Photo

 

 

げろげーろ@すりん in Thailand


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