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2007年10月29日 (月)

ベートーベンのひでお

運命♪は買えない。
金儲けの秘訣 ・第236条)


クラシック音楽のなかには、その愛称ゆえに、多くの人々から、
親しまれている曲がある。
そして、そういった曲のなかには、
作曲者本人が名づけたものもあれば、
そうでないものもあったりする。

本人がイメージした内容が曲名に反映されているものは、
聴くものがそれに同意しようが同意しまいが、
それでいいのんだ、と思うのだけれど、
作曲者の預かり知らぬところで、勝手に命名された作品は、
ある意味、作曲したひとには迷惑な場合もあるだろうな、
と思ったりもする。

標題音楽の始点は、ベートーベンである、という風にむかし、
音楽の時間にたしか習った。

もちろん例外はあるだろうけれど、ロマン派以前、
ベートーベンより前に活躍した作曲家の作品には、
基本的にオペラや宗教音楽などを除けば、
純粋な器楽の音楽に表題をつける、
という考え方はなかったのんだ、ということだ。
にもかかわらず、多くの楽曲に愛称があったりするのんだ。

逆に言えば、かれ以降の音楽に関しては、
自ら発想して命名された音楽と、
勝手につけられた愛称の音楽とが混在している、
ともいえるだろう。

ぼくはベートーベンの音楽を正直あんまり熱心には
聴いてこなかった、人間なのだけれど、
運命、だの、田園、だの、合唱付き、だの、熱情、だの、
月光、だの、ワルトシュタイン、だの、ハンマークラフィーア、
だの、スプリングソナタ、だの、クロイツェルソナタ、だの、、
という愛称のあるものは、単に、交響曲第○番、だの、
ピアノソナタ第●番、だの、ヴァオリンソナタ第▲番、だの、
というよりは、親しみやすく、また、記憶に残りやすいが故に、
覚えていたりする。

数年前、ベストセラーになった村上春樹さんの、
海辺のカフカ、という小説では、ベートーベンの大公トリオ
というビアノ3重奏曲、について、
けっこうねっちりと述べられていて、
そのことで、amazonのカスタマーレビューなんかでも、
100万ドルトリオ、なんてことばを使用されながら、
話題にあがっていたようだ。

同じ小説のなかで、シューベルトのニ長調のピアノソナタ
おそらくは17番目のソナタ、についても、
同様に言及されているにもかかわらず、
amazonのサイトでは、話題にあがっておらず、
話題に上っているのは、大公トリオ、の方だけだ。
小説中に話題にあがっている、アシュケナージ盤にしても、
ブレンデル盤にしても、そのCDについて、
カフカに絡めての言及はされていないようなのだ。

やはり、なんらかの別名、というのんは、
それだけ意味を持つのんだろう、と思わざる得ないようだ。

しかしながら、ベートーベンの交響曲第3番のように、
ナポレオン・ボナパルトに献呈されるために、
英雄(えいゆう)、という別名がつけられたが、
かれが皇帝になろうとしたために、怒ったべートーベンが、
かれへの献呈を取りやめたにもかかわらず、
未だこの曲が、英雄呼ばわりされるのは、
死んだベートーベンも浮かばれないだろうと思う。

それゆえ、ぼくは、この曲を、英雄(ひでお)、と呼んでいる。
えいゆうと呼ぶべきでないのだったら、ひでお
と読むしかないぢゃないか、と思うのはぼくだけなのだろうか。

ま、この献呈にまつわる伝説も、本当のところは、
真実か否かはよくわからん、らしいのだけれどね(^^



▼ベートーベンの第3交響楽の読み方に関しては、
圧倒的多数派のえいゆう学派、
穏健保守派の、ひでお学派以外に、
急進的左派の、えいお派、
右派武闘派のえいおす派、
アナーキスト集団のひでゆう派、
スペイン国民会議派の流れを組む、ひでおす派、など、
今後も予断を許さない状況で、目下、権力闘争を続けている。

ひでお派に勝利を!
他派に血の粛清を!!





って、冗談ですよ、もちろん^^;

 

▼▼ところで、ベートーベンのすべての曲のなかで、
ぼくが一番聴く機会の多かった曲は、
ピアノ協奏曲第5番、別名、皇帝、だ。
しかしながら、これも命名の由来がよくわかってないらしい。
何枚か、この曲のCDをもっているのだけれど、
マイフェイバリットは、グレン・グールドがピアノを弾いた、
ストコフスキー指揮アメリカ交響楽団のCBS盤だ。
初めて聴く者は皆、その始まりの部分の、
異常なテンポの遅さに驚く、という、
異形中の異形の演奏なのだけれど、
何回も聴くうちに、これでなければ、物足りなくなる、
という魔力を持った、演奏でもあるのんだ。
ぼくは、皇帝を聴くときは、最近はもっぱら、これである。
普通の皇帝に飽きたひとは、
いっぺん聴いてみることをお勧めする(^^♪

 

Photo 写真は最近買った、グールドの、
オリジナルジャケットコレクション。
80枚組で、3万円を切る値段だった。
お好きな方にはお買い得な一品だと思う。

2007年10月25日 (木)

ぷんぷいさん、南へ(その7)

4日目、ハジャイからバンコクへは、
またエアアジアに乗って移動する。
朝の9時45分のFD3130便だ。

朝は6時にアラームをかけた。
朝ご飯は、6時半からだし。
そういえば、朝食のチケットに
PORK NOT SERVED
と書いてあった。

豚野郎は給仕をしなかった、という報告や伝説
とかではなく、
豚肉は出さないよ、という決意の表明らしい。
なにせリーガーデン、というホテル名からして、
中華系のホテルだし、豚肉好きの中華系顧客には、
こういう表明も重要なのだろうて。

10階の朝食用食堂は、朝早いこともあって、
客があんまりいない。
あんまりまだ食欲もないのんで、おかゆを主に食べる。

 

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さて、バンコクに帰るとするか。

チェックアウトの係のねーちゃんがかわゆかったので、
写真を撮らせてもらう。
かのじょもタイ女性がいうところの、日本人風のメイク
をしてて、仏教徒だということだ。

Photo_3








7時半にチェックアウトがすむと、空港までの手段を考える。
空のソンテウをつかまえて交渉するか、バイタクで行くか。
歩いていけるような距離ではなかった記憶がある。
少し歩いて、鉄道にかかった橋を渡る。

渡ったところにバイタクのおっちゃんたちが数人いたので、
ちょうどいい。
140B、というのを、100バーツというと、
すぐ値引きに応じた。
そらそだよな、遠いといっても、10キロもない。
サトゥンのバイタクのおっちゃんは、
10キロ以上の道のりを50バーツ、と言ったのだし。

空港に行くから、といって、そのおっちゃんは、
身につけたホルスターを仲間に預けた。
中身はナイフ、のようで、
ふだんこんなものを身につけとるんか、こいつらは、と思う。

飯でもつくるんか、とタイ語で冗談をいうも、誰も笑わない

途中空港の直前に兵隊さんによる検問があった。
たぶんこのためにホルスターを脱いだんだな、運ちゃんは。
このとき、ちょうど朝の8時。
タイ国歌がテレビやラジオや公的な施設では流れる。
検問所でもたぶんラジオなんだろうが、
タイ国歌が流れたのだった。

ぼくは曲が終わるまできちんと起立して待った。
たとえ、外国の国歌であろうと、
その土地の風習通りの敬意を示す必要がある、と思っている。
郷に入っては、郷に従え、ってわけだ。

タイでは、映画館では映画観覧前に
国王陛下を讃える映像と音楽が流れる。
その際は、観客はきちんと起立して、
それを観ることになっている。
お馬鹿な外国人、ぼくが目撃したのはファラン(西洋人)だった
けれど、のなかには、断固それを拒否する者がいる。

それがしたくないのなら、他の国になんか行くべきではない、
とぼくは思うのだ。

逆に、日本ではきちんと外国人は日本の国に敬意を抱くべきだ、
とも思っている。
いやなら、日本にいるべきではない。
それは、観光客であっても、定住外国人であっても同じことだ。

空港につくと、バイタクのおっちゃんに100B渡し、
もう20Bくれ、というのをにこやかに無視して、
空港建物内に入る。
この空港は以前たしかテロの標的になったことがあった。
けっこうものものしいのも仕方ない。

ここではきちんとしたチェックを受けて、
中に入るとずいぶんきれいになったような印象がある。
前にきたのはいつだったろう。
エアコンもないような、そんな田舎空港だったような、
そんな記憶があるのだけれど。
ひょっとして、テロの後、きれいにつくり直した、ってことかな。

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空港内のショップで、ノックエアのコーヒーカップがあったので、
つい買ってしまう。
外には、タイ語でロット20%(20パーセント引き)
と貼紙があったので、20%引きじゃないの、と訊くと、
この商品はだめなのよ、といわれる。
それは残念、と思いつつ、支払うと、他の物品も含め、
720Bの代金のうち、20Bだけまけてくれた。

Nok




 

さて、飛行機に乗れば、またバンコクだ。
もうたびも終わりに近づいている、と思うと、
少し悲しい、おっさんなのであった。

Fd3130 Fd3130a






▼眠るにゃんこ(=^・^=)@ハジャイ

Photo



 

  

 

近づくと、おめめぱっちり

Photo_2



 

なんだ、このやろう、しばくぞ、みたいな。。。

2007年10月21日 (日)

ぷんぷいさん、南へ(その6)

バスは途中、ひとを降ろしたり乗せたりしながら、
ゆっくりハジャイに向かった。
2時間ほども立ったろうか、
ようやくそれらしい街並みが見えてきた。
今日は駅前のホテルのどっかに泊まる予定だ。

横の乗客のねーちゃんに、ここはハジャイか、と訊いてみる。
そうすると、ハジャイだ、という。
しかしながら、どこが降りるタイミングなのか、
イマイチわからない。
10分もたっただろうか、もいちど、ここはまだハジャイか、
と横のねーちゃんに訊いてみる。
ハジャイだ、という。
駅に行きたいのだけれど、どこで降りたらいいだろうか、
というと、もう来すぎてるよ、という。
ありがとう、といって、飛び降りて、
ソンテウ(乗合自動車)に乗って戻る。
よかった、さほど致命的ではなかったよ。

ソンテウに乗ったら、先に乗ってた女学生の2人連れに、
ソンテウの料金はいくら?と訊いてみる。
10バーツだと教えてもらって、ありがとう、と答える。
ウボンのソンテウと同じ料金だ。

ソンテウはちゃんと駅前まで運んでくれた。
サトゥンではほとんど選びようもなかったホテルだけれど、
ハジャイはまともそうなホテルがけっこうあってうれしい。
せっかくだから、いろいろまわって値段を聞いてみる。

600B、890B、890B、とけっこう昨日の
665Bのホテルと見た感じで比べても、安い。
つまり、コストパフォーマンスに優れてそうだ、ということだ。
お買い得、な感じがしてうれしい、ということでもある。
この場合は、泊まり得、というべきか。
競争原理、というのはやはり働くのんだろうな。
結局、昨日のホテルがいまいちだったので、
今日はましなホテルに泊まろう、と思い、
地球の歩き方では、高級ホテルに分類されている、
リーガーデンズプラザホテルに泊まる。
1泊1149Bだが、ほかのホテルたちとは違って、
朝食がつくというし。

チェックインの際に、立派な制服を着た、
おっちゃんが部屋の案内をしてくれる。
スーツケースがないので、おっちゃんは手ぶら、
ぼくはリュックを担いでる。
おまえよー、リュック持ちます、っていえよ
と思いながら、23階につく。

外から入ってきやすい構造だからだろう、
部屋に行くまでにガラス扉があって、キーカードがないと、
部屋のドアの前まで行けないようになっている。
10階がロビーだが、エレベーターが直通になっていないだけで、
いくらでも下のショッピングセンターから侵入可能なのだ。
むしろ、そんな造りにわざとしてるんだろな。
ついでにいうと、チェックアウトしないで消えられたら
困るからだろう、パスポートを預けさせられたしさ。

部屋の説明がすんで、
制服のおっちゃんに20バーツ渡して(なんで?)、
ありがとと言って(なんで??)も、
まだかれはなんか言っている。

 

レディ?


位置について、用意、どん、



ではなくて、おんなはいらないか、と言ってるのんだ。
高級ホテルでもこの有様なのは、この街の特殊性なのだろう。
この街は、マレーシアから女を買いに来る客のために、
たくさんのホテルがひしめいてるようなのだ。
ロビーを意識しないで、部屋までいけるのは、
外で女を買った客への気遣いなわけだ。

 

Photo




  

いらないよ、どうも、と言ってお引き取り願う。
けっこう長くたびをしているけれど、
こんなに露骨にホテルの従業員から、
女性をセールスをされたのは初めて
だ。
ま、土地柄、ということで気にしないでおこう。

まずは、ご飯とメールチェックをしよう、
とシャワーを浴びてからすぐに出かける。
ホテル下のショッピングセンターの3階に、
日本語の使えるネット屋があった。
日本語環境が整っていなくても、
日本語でメールを送れるサイトも知っているのだけれど、
つい日本語を使えそうなネット屋を探してしまう。



▼犬神家風@ハジャイ

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つぎは、ご飯だ。
この辺は、イスラム系住民がまだまだ多く、
そのためにムスリムフードという看板の店も多い。
せっかくだから、そんな店を選んで入ってみる。
店のおんなのこがかわいいので、
歳を聞いてみると、12歳だと。

 

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日本だと、水着モデルやってるひともいるような歳だよね。
こっちの子は、これくらいの歳だとまるで子どもだけど、
急いで大人になる必要はないよな、と思いながら、
またハジャイの街をうろうろと歩くのだった。

 

  

▼ハジャイの夜

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▼夕食もムスリムフード。
イスラム食の方が値段が高い目、のような気がする。

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コーヒー風ではあるけれど、
中身は、コ、のつく炭酸飲料、でない、
とどうして言い切れるだろうか。。。

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いいや、言えない(反語的天の声。。。(-人-))

2007年10月17日 (水)

ぷんぷいさん、南へ(その5)

3日目、サトゥンの朝は、またか細い雨が降っていた。
なによりたびの途上の雨は困る。
昨日のように飛行機での移動であれば、さほど問題はないけれど、
バスターミナルまで移動手段が限られる場合はとても困るのだ。

ぼくは、歩くつもりだった。
もし、歩かないのであれば、バイタク、
ということになろうけれど、濡れるのんはかわらないし。
トゥクトゥクなんかがある街だといいのだけれど、
サトゥンではとんと見なかった。
雨が小降りになったころを見計らって、チェックアウトする。

昨日、デポジットで1000バーツ(約3500円)預けてるので、
お釣りの335バーツを返してくれる。
もし、1000バーツ持っていないひとは、
665バーツはもっていても泊まれないのだろうか、なんて、
ふと、思う。

領収書を待ってるあいだ、フロントのにいちゃんと世間話をする。
聞けば、このにいちゃんは、仏教徒だという。
横のねーちゃんもそうらしい。
昨日のバイタクの運ちゃんは、8割方イスラム教徒だ、
といっていたけれど、もう少し少ないかもしれないな、と思う。
ねーちゃんがかわいかったので、写真を撮らせてもらう。
タイでよくみる、日本人風(?)の化粧がよく似合ってる。

Photo Photo_2









 

 

 

地球の歩き方の地図を頼りにバス停に向かう。
前からオレンジの袈裟を着た、お坊さんが歩いてきた。
横は、モスクだ。
同じフレームにいれたかったけれど、
広角を持ち歩かない悲しさ、同時に入らない。
脳内で合体させてください、
モスク横を歩く、サトゥンの坊さん。

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かなり歩いたが、バスターミナルにはつかない。
ウボンのときと同じで、また移転したのだろうか。
横をハジャイ-サトゥンと書いたバスがたくさん走ってたので、
あるかなあ、と思ったのだが、どおもないようだ。
ガイドブックは、新しい年度のを
ほんまにそろそろ買い直した方がよさそうだな。

しかたないので、道にたまたまいた、
イスラム風のスカーフをした、ふたりの女性に、
この辺にバスターミナルはありませんか?
と訊いてみる。

道を訊くときは、ひとを選ぶのがむつかしい。
あんまり若いと恥ずかしがって、答えてくれないし、
あんまり年寄りだと方言がきつくて、言葉がわからない。
このふたりは、おばさんとおねーさんくらいの歳で、
ちょうどよかったのんだ。
ま、ほかにひともいなかった、ということもあったけれど。

おばさんたちは、ふたり乗りのバイクで、
どっかに行こうとしてたようだけれど、おばさんの方が親切に
バスターミナルまで連れてってやろうという。

えーんかいな。

歩きながら、世間話をする。
タイ語がお上手ね?
タイに住んでるの?
旅行はひとりで?
奥さんとは来ないの?

タイには住んでないけれど、10年くらい前から、
よくひとりで旅行してる、独身者です。
ひとりだから、旅行もしやすいのです、と答える。
南部は危ない、と聞いていたけれど、
このへんはとてもよいとこですね。

しばらく歩き戻ると、旅行社のような建物に案内された。
別れ際に電話番号をくれた。
なにか困ったことがあれば、
わたしに電話してくれればいいからね。
どうもありがとう、といって中に入ると、
やっぱり普通の旅行社で、
ハジャイまでのバスに乗りたいんだけど、というと、
道を渡って向かいで待ってれば、あと5分でバスが来るよ、
と教えてくれた。

 

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どうもありがとう、といって向かい側に渡ると、
さっきの旅行社の前にまだあのおばさんがいた。
心配して待っていてくれたのか、と思うと、
若い方のねーちゃんの方が、バイクで迎えにきたのだった。
手を降って、どおもありがとう、とお見送りをして、
バスを待っていると、いつのまにか、
そのバイクが目の前にいるではないか。
どおもバスが来るまで、見送りをしてくれるらしい。

桂小枝師匠なら、親切にもほどがある、
と言ってるところだろう。
ほどなくバスが着て、ほんとにお礼をいって、
バイバイしたのだった。



▼サトゥンでみた、高めのにゃんこ(=^・^=)

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2007年10月13日 (土)

ぷんぷいさん、南へ(その4)

Thai










 

 

14時少し前にフェリー・ターミナルについた。
ジェティポイント、というらしい。
タクシー代は、20リンギット(約700円)くらいだった。

チケットを買おうとすると、にーちゃんが親切に案内してくれる。
でも、そこは旅行会社の窓口で、チケットオフィスではなかった。

なんや、客引きやんけ。

油断ならんなー、と思いつつ、
フェリーの窓口にたどり着いた時間がちょうど14時。
フェリーの時間が14時。
残念ながら、次の17時のチケットしか売ってくれなかった。

雨が降ってなければ、あっちこちうろうろしたいところだが、
この天気ぢゃなー。
またここには来る機会もあろう、ということで、
KFCで鶏しばいたり、本を読んだりして、時間をつぶす。

Kfc Kfc2




  
  

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16時半になって、イミグレーションがあいた。
なぜか日本人は、マレーシアのイミグレ職員に人気があるようで、
日本語で、ゴキゲンイカガデスカ、とか訊かれる。
別のブースの職員のねーちゃんまで、
笑顔で見送ってくれる人気ぶりだ。
なんでなんだろうね。

Photo






いつのまにか、雨もやんでいる。

フェリーに乗り込んでみると、外から見るほどは小さくない。
たぶん、100人以上は乗れそうだ。
そんなに乗客はいないけれど。

 

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1時間ちょい、船にゆられると、懐かしいタイが見えた。
でも、昨日の昼はたしかまだバンコクにいたんだよな。
バンコクから、シンガポールに出て、
マレーシアのジョホールに行き、
そっから、クアラルンプル、ランカウイを通って、
サトゥンからタイに戻ってきた人間はそうはいないだろうな。
ひょっとすると、1日あまりの間に達成したのは、
人類史上、初めてのひとり、かもしれない。

なぜなら、意味がないからね、その動きにさ。

ぼくがこんな妙な動きをしたのんは、
バンコク-シンガポールのチケットがあまってたからだし、
もしそのチケットがなければ、
バンコク-ランカウイをタイエアアジアで飛んで、
フェリーに乗ればいいわけだ。

というか、バンコクーシンガポールのチケットを捨てて、
そうしてもよかったのか。

あれれ?

まあそれはそれとして、タイのサトゥンの、
船つき場が見えてきた。

 

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アライバルカードをもらって記入してる間に、入国が最後になる。
入国審査のおじさんが英語で、どこに行くのだ?、と訊くので、
タイ語で、今日はサトゥンに泊まって、明日はハジャイ、
バンコクに寄ってから、日本に帰ります、と答える。
よろしい、日本に帰りなさい、それはとてもいい
と言われながら、やっと入国のはんこを押してもらえる。

タイでは、タクシン政権のときから、日本人の不法滞在、
不法労働者
のチェックに神経質になっていて、
陸路や海路の旅行者は入国のチェックが
厳しくなっているのんだ。
でも、たしか新ルールで、半年間に90日以上
タイに滞在できない

というのんができたはずだし、それさえクリヤしてれば、
そんなうっとうしいこと言わんでええんやないの、
と思いながらも、ありがとござます、
とタイ語でいって、パスポートを受け取るのであった。

バイタクのおじさんが50バーツというのを、
10キロくらいあるらしいし、値切らずに乗ることにする。
道みち、おぢさんと世間話をするに、
かれはイスラム教徒で、妻はひとり、子どもは4人、
歳は41歳だという。

しきりにおんなを勧めてくるのをかわしながら、
世間話を続けると、かれは豚肉は食べないが、
お酒は飲まないこともないらしい。
そして、マレーシアに住んでたこともあるけれど、
タイの方がかれは住みやすい、と言っていた。

指定のホテルにつくと、お金を払ったのに
運ちゃんがついてくる。
たぶん、紹介料でもせしめるのだろう。
ホテルはぼくが指定したのだけれどね。

部屋の料金は665バーツ(約2400円)。
朝食はなし。
今回のホテルの最安値で、でもこれでもたぶん、
街1番のホテルなんだと思う。

タイの南部はあんまり来る機会がなかったけれど、
悪くないな、とふと思う。
こんな田舎にいる限りは、テロの心配もなさそうだしさ。



▼サトゥンの街の食堂での夕食。

焼き飯と、、、

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野菜炒めと、、、、、コ、コーヒーかな^^;?



とネコ(=^・^=)

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2007年10月 9日 (火)

ぷんぷいさん、南へ(その3)

M









今日は、ジョホールバルから、空路で移動だ。

セナイ空港へは7時のバスに乗るつもりだった。
だから6時に起きて、シャワーを浴びたのだった。
7時45分のバスでも、たぶん大丈夫、とは思ったのだけれど、
それだと空港着が8時25分。
出発の1時間前になってしまう。
問題はないと思ったが、渋滞なんかで到着が遅れると、
今日のすべての予定が狂ってしまう。
最初の予定は特に慎重に、ということで、
少しでも危険の少ない方を選んだわけだ。

Photo Photo_2



 

 

7時前、去年シンガポールに行くときに使った、
バスターミナルにつくと、なんとなく様子がおかしい。
たしかに場所はあってるのに、乗客がいない。
そこにいたにーちゃんに訊くと、次の便は7時40分だという。
ぼくの持っていた情報は、インターネットで調べたもの、
だったのだが、それが変更されていたようだ。
こんなことなら、もっと寝れたのに。
しかしながら、タクシーで行くのも悔しいし、
飛行機の時間にあわせてあるのだろうから、間に合うだろう、
と踏んで、そのバスを待つことにした。

結局8時25分について、チェックインもできたのだけれど、
バスの客は3人だけだった。
間引きされるのも無理ないな、と納得する。

乗るのはクアラルンプル行きのエアアジア、
AK6352便だが、今度はこれが来ない。
雨で遅れているらしい。
クアラルンプルで次はランカウイ行きの、
AK6304に乗り継ぐのだが、
この間が75分しか間がないので、少し焦るのだった。

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結局、9時25分発が30分ほど遅れて出発する。
出発直前、機内で名前を呼ばれる

なんでやねん。

隣の席のおじさんは、バスでもいっしょだったひとだが、
興味深そうに英語でいろいろ聞いてくる。

なんにも悪いこと、してへんて

乗り継ぎがあるのか、というので、そうだ、というと、
その件かな?
と、通路側のかれは、親切にもぼくの代わりに、
わざわざスッチーのねーちゃんに理由を訊くてくれる。
たぶん、半分おもしろがって、だろうけれど。

どおも、半券の残し方をぼくだけ、間違ったらしい。
セナイ空港のエアアジアでは、バンコクと同様、
2枚をホッチキスでとめて、
機内に入る際に1枚回収する方式なのだが、
係員が回収すべき方でない方を回収したようだ。
そんなことで、いちいち名前を呼ぶんぢゃないよ、

恥ずかしいぢゃないか。

そんなこともあって、クアラルンプルについたのが10時40分。
同じエアアジア同士の乗り継ぎだし、
もし、間に合わなくてもペナルティなしで、
次の便には替えてもらえるだろうが、
間にあうにこしたことはないし、
急いでチェックインカウンターに走る。

よかった、まだぼくの便の受付カウンターが開いてた。
10時55分までにP3ゲートに行ってね、と言われるも、
もうほとんど時間がない。
また走って、ゲートに急ぐ。

しかしながら、待てど暮らせど、搭乗の連絡がない。
どおも遅れてたのは、ジョホールバル-クアラルンプルだけ、
ではなかったようだ。
なんだか、あわてて損したな。

結局、ランカウイ行きもずいぶん遅れて出発し、
ランカウイについたのは、定刻よりも50分ほど遅い、
13時20分近くになっていた。

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今日は、ランカウイに泊まるつもりはない。
クアラルンプールも素通り、ランカウイも素通り、なのである。
リゾート地としては、いいとこ、なんだろうけれど、
おっさんひとり、こんなとこにいてもしょうがないしさ。
かわいい女のこと来るときまで、とっておくことにしよう。

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というわけで、そのままタクシーに乗って、
フェリーターミナルに行く。
実はランカウイから、タイのサトゥンという港町の国境を越える
のが、今日のメインテーマだ。
そして、今回のたびのメインテーマ、といってもいい。

ぼくの古い地球の歩き方では13時、16時にフェリーがある、
ということになっているが、季節によっては運休になったり、
あるいは、便の時間が変わってる可能性もある。
とりあえず行ってみて、今後の展開を考えよう、というわけだ。
万一、サトゥンに直接入れないなると、
ランカウイからマレーシアの対岸、クアラプルリスあたりに
行って、そっから陸路の移動を考えるか、
最悪の場合、ランカウイの空港から、
バンコクに戻ることすら考えなくてはならない可能性もある。
まずはフェリーターミナルに行って、調べなくては、
と先を急いだ。

2007年10月 5日 (金)

ぷんぷいさん、南へ(その2)

シンガポール行きの便は意外と混んでいなかった。
エアアジアなんかの格安航空会社の影響がやはりあるのだろうか。
なんというか、近場の幹線だろうと思うのだけれど、
ええとこ6~7割の埋まり具合ってとこか。

飛行時間は約2時間、時差は1時間だから、
16時半ころにシンガポールにつく。
とはいっても、タイ時間でいうと、15時半なのだけれどね。

空港のイミグレーションは、妙に混んでいて、30分ほど並ぶ。
荷物はないので、そのままタクシーに乗って、
ボーダートゥマレーシア、という。
通じないので、もう一度、ボーダートゥジョホールバル、
というも、運ちゃんは、シンガポールのタクシーは、
マレーシアに行けない、とおっしゃる。
歩いて渡るから、橋まで連れてけ、
といったら、なんとか車を発進してくれる。

  

M M2







空港から橋まで、1年前の記憶ではそんなになかったように
思っていたのだけれど、意外と距離があって、
メーターがどんどんあがる。
近いと思ってたので、手持ちのシンガポールドルで行けるかな、
と両替しなかったのだけれど、だんだん心細くなってくる。
いざとなれば、USドルもマレーシアリンギットもあるから、
なんとかなるだろうけれど、ちょっといやな汗をかく。
なんとかメーターで、21ドル(約1500円)、
空港からの加算料金の5ドル(約350円)を合わせて、
26ドル(約1800円)だったので、足りてよかったけれど、
こんどは降ろされたところから、
どういう風に徒歩でマレーシアに抜けるのかわからず、
1時間くらいうろうろしてしまう。
暑くて、また汗をかく。

結局、降ろされた地点から、また170番のバスに乗り、
どうやらシンガポールを出国できる地点にいくことができた。
ああ、疲れた。

歩いて渡ってもよかったのだけれど、もう精も根も尽き果てて、
そのまんままた、170番のバスに乗って、
マレーシアのイミグレーションに行く。
入国カードをおくれ、と係のにーちゃんにいうと、
3、4枚ひっつかんでくれる。
そんなにいらないって。

記入が済み、またそのにーちゃんがいるブースに行くと、
どこに行くんだい、と訊かれた。

今日は、プテリホテルに泊まって、あしたはランカウイまで行く、
と答えると、うれしそうに、
ランカウイはきれいだぞ、とおっしゃる。
うれしがっていただいて、悪いんだけれど、
たぶん通過するだけなんだよね、とはいわない方がよさそうだ。

テレマカシバンニャック、というと、
アリガト、と日本語でいわれた。

 

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以前も泊まった、プテリパシフィックホテルにチェックインする。
フロントのねーちゃんの英語が早口ででんでんわからないけれど、
部屋の番号と鍵カードをもらってやっと一息つく。
あんまりジョホールバルのこの界隈は、治安がよくなさそう
なので、まずセイフティボックスに大事なものを預けないと。

てぶらで、カメラだけをかかえて、また外に出る。
ご飯を食べて、飲み物を買って、部屋に帰ろう。
ああ、疲れた、疲れた。


▼夕飯は、ショッピングコンプレックスでこんなものを食べた。
こじゃれた店だったけれど、味は普通。
値段は、並以上か?
そのせいなのか、あっしのいる間、
他にひとりの客も来なかったでやんす^^;

 

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2007年10月 1日 (月)

ぷんぷいさん、南へ(その1)

口先だけで何とかなる時は、
絶対ラチナム(金、のようなもの)を使うな。
金儲けの秘訣 ・第60条)




7時過ぎにすっきり目覚める。
帰ってきたばかり、という感じは否めないが、
またたび立つ日がきたようだ。

今日は8月14日、今度はシンガポールに自分を捨ててきて、
帰巣本能に従って、バンコクに帰ってくる、というプランだ。
どっちかというと、サワンナケートに行ったときのような、
単純往復よりはこのように、最初に遠くに行ってから、
尺取虫のようにじょじょに帰ってくるたびの方が、
ぼくの好みにはあっている。

今回は、というか、今回もシンガポールは通過するだけだ。
便利でいいとこもあるのだろうけれど、
かの地は、ぼくには必要のない場所なのだ。
なにより物価が高すぎる。
泊まれるホテルがないんだよな。

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今日はしっかり朝ご飯を食べて、
準備万端でホテルをチェックアウトする。
なにせ路線バスでも、1時間かからずに空港に行けることが
わかったし、あわてる必要もない。
それでも、9時前にはもう駅に向かって歩いてる。
このいらち、というか、時間に慎重なところは、
たぶん死ぬまで治らんのだろうな。

9時半のバスに乗ると、空港には10時半にはついている。
タクシーに乗れなくなるな、馬鹿らしくて。

心配したチェックインも普通にできた、と思った刹那、
カウンター係員のもたいまさこさんみたいなおばちゃんが、
チケットオフィスに行って、700バーツ(約2400円)
支払ってこなならん、とおっしゃる。
今のチケットには、すでに空港利用料が切り込まれている
のんで、忘れていたが、
このチケットは制度がそのようになる以前に買ったものなので、
別途徴収されるわけだ。
金取るときだけはしっかりしてるよ、タイ航空。

それでも払うべきものなので、しっかり払いに行くと、
日本人か?、このチケットはシンガポールで買ったのか?、
とチケットオフィスのねーちゃんに訊かれる。
そうだ、と言ってようやく700バーツ支払わせてもらえる
おそらく、シンガポール在住の日本人かなにか、
だと思ったのだろう。
思うのはきみの勝手だ、とばかり、余計なことはいわない。
最近では、日本人でもビザのチェック厳しいせいか、
空港のカウンターで、帰りのチケットの所持を確認される
ことが多くなった。

厳密にいうと、ぼくは、帰りのチケットはもっていない。
シンガポールからジョホールバルに陸路で抜ける予定だからだ。
代わりに、ジョホールからのマレーシア国内線のチケットを
所持している。
経験的に、シンガポールのイミグレではなんにもいわれない、
と思うし、いわれてもきちんと説明がつくのだけれど、
タイ人の係員にこのへんのことを理解してもらえるかどうか、
いまいち自信がないのんだ。
意外と自分の周りの世界以外のことを知らない、
ひとや民族は多いのんだ。

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とりあえず、700バーツの支払い証明をもって、
チェックイン窓口のもたいさんのとこに戻り、
半分切り取られて、ボーディングパスを受け取る。
これでチェックイン完了、というわけだ。

タイ航空は、スターアライアンスメンバーだし、時間もあるし、
ゴールドメンバーのぼくは、エコノミークラスでも
ラウンジを使用する資格はあるのだけれど、
またあのうっとうしいタイ航空の職員の、
いやそうな顔をみるのがいやなので、適当に空港内を散策する。
そして、早い目についた待合室で本を読む。
ぼくにとっては、たびの空が一番集中して
本が読める時間なのである。


▼バンコクの新空港。
  

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