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2007年7月30日 (月)

ぷんぷいさん、夏のたびにそなえる

危険な道ほど利益も大きい。
金儲けの秘訣 ・第62条)



いよいよ暑くなってきた。
梅雨も明ければ、本格的に夏だ。
夏といえば、ぼくにとっては旅立つ季節だ。

もちろん、旅立つ、といっても、象徴的な意味合いや、
比喩的な意味合いで、旅立つわけではない。

実際に旅行に行くわけだ。

年に3度、長いたびに出れる季節のうちに、
ぼくにとっては、一番長いたびにでることが可能な季節が夏、
なのだ。

そして、ぼくはけっこうきちんと計画を立ててたびに出る。
以前にも書いたかもしれないけれど、
その方が経済的であり、効率的である、ということもあるし、
自分に義務を課すためでもある。

もし、無計画にいれば、結局、だらだらと日々を過ごしてしまう
だろうことは、今までの経験から明らかだし、
しかも年々、ぼくのたびを巡る状況は悪化しているから、
次回はないかもしれない長期休暇を悔いなく過ごすためにも、
事前の計画は大切なのである。

この夏は、10回飛行機に乗り、
飛行機に拠らない国境越えも4回予定している。
そのうち、初めての国境が3ヶ所あるから、
国境越えをたびのひとつのテーマにしている、ぼくにとっては、
なかなかに充実した計画だ、といえなくもない。

その国境がほんとうに利用できるかどうか、
わからない地点もあるにあるが、
けっこうぼくは国境運(?)があるのんで、
なんとかなりそうな気はするのんだ。

計画通り休みも取れたし、予約しなければならないホテルも、
ほぼ思い通りに予約できた。
気分良くたびができるように、あとは体調を整えるだけだ。

いつもそうなのだけれど、計画を立てている、このときが、
実は一番楽しい。
そして、思い通り計画が立ち、計画通り予約が入れば、
とても気分がよい。
結局ぼくは、この楽しみのために、たびするのんだろうな、
とまた思うのだった。


▼今回のたびでは、極力早起きしないでいいような、
プランを立てた。
寝過ごして、リカバリーができないような計画は、
プレッシャーになるので、避けたわけだ。
日本の発着のみがけっこう朝が早いものの、これはしかたない。
それにしても、早く休みがこないかな、と切に願うのであった。

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写真は、まいどおなじみエアアジア。

2007年7月27日 (金)

ネオタイ・ヤフー店

ただの広告は役に立たない。
金儲けの秘訣 ・第38条)



今日の記事は、宣伝だ。

わが最愛のタイ料理屋のネオタイさんが、
いよいよ世界制覇に乗り出した
というのは、冗談で^^;、
店に来れない遠隔地のひとのためにも、
この店のタイ料理を味わっていただけるよう、
限定されたメニューではあるものの、
料理のインターネット販売を始めた。

そもそもぼくがこの店に通うようになって、
どれくらいになるだろう、
と思って、調べてみると、もう4年半にもなるようだ。

その当時ぼくは、つきあっていたかのじょを迎えに、
車でかのじょの職場によく通っていた。
その帰り道に見えるタイ国旗は、
タイフリークのふたりにとって気になる存在で、
タイ料理屋であるならば、いっぺん食べに行こう、
とよく話し合っていたのんだ。

しかしながら、知らない店にいきなり入るのは勇気がいるし、
そもそもほんとうにタイ料理屋かどうかも、
わからなかったのだけれど、
あるとき、ぼくらは意を決して、その店に入ることにした。
店は地鶏亭、という店の2階にあり、
入りにくさは、ぱっと見以上だった。

引き返すなら今だぞ。

びびりのぼくは、心のなかで思ったけれど、
かのじょの手前、直前でやめることもできずに、
急な階段を昇りきったのだった。

入ってみると、店はいい雰囲気で、とりあえずはひと安心して、
料理を注文したのだった。

それ以後ぼくらは、ネオタイさんの定休日である日曜日以外、
よそのタイ料理屋には行かなくなった。
マナスさんの料理と、かなちゃんのホスピタリティ溢れる人柄の、
虜になってしまったのだった。

それからしばらくして、ぼくらは別れたけれど、
ネオタイさんとの付き合いは、続いている。

人生とは、こういうものだ

近隣のひとで、タイ料理が好きなひとや、
美味しいものが好きなひとは、いっぺん食べに来てほしい。

ぼくとしては、あんまり店が混むのはかなんのだけれど、
儲からなくて、商売をやめられては元も子もないし、
泣く泣くお勧めする次第だ。

また、様々な理由で来店できない、というひともあろう、
ということで、今回、ネット通販も紹介しておくことに
したわけだ。
料理以外にも、タイの小物も気分で販売しているようなので、
近くのひとも、いっぺんアクセスしてみてほしい。

では、近所の方も、遠隔地の方も、
老いも若きも、しっかり食べてくれたまえ(^o^)


ネオタイ・ヤフー店
http://store.yahoo.co.jp/neothai/

ネオタイ・ネット本店(いつのまにかできてた^^;)
http://www.neothai-goods.com/

ネオタイ・ぐるなび紹介記事
http://r.gnavi.co.jp/k354900/


▼ちなみにネオタイさんは、この夏、5周年を迎え、
記念のイベントがあるらしい。
詳細は、うえのアドレスのどれかを踏んでみてくだされ(^^♪


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写真は、バンコクのタイ料理屋のキッチン。
なぜか寝てる料理人がいるのは、ご愛嬌(^^♪

2007年7月24日 (火)

リュックサック

どんなに十分でも、十分過ぎることはない。
金儲けの秘訣 ・第67条)




ぼくが人生の伴侶、としている書物のなかに、
糸井重里の萬流コピー塾、というのんがある。
そのむかし、週刊文春に連載されたものをまとめたもので、
ぼくの知る限り、全部で8冊ほどはでているだろうか。

若き日繰り返し読み、しばらく紛失していたけれど、
最近また発見して、再読したりしている。

家元、たる糸井重里が、毎週お題を決めて、
週刊文春の読者からの投稿を募集し、
良い作品には、お点、を与え、その積算に応じて、
見習い、弟子、名取、師範、と出世していく、
というもので、今読んでも楽しい反面、
日本の常識はこのころから大きく変化したのだなー、
と感慨深いものがあったりもする。

そのなかに、ランドセル、がお題の回があり、

人生という果てしのない旅------五月みどり

という、当時のコピーを最近読み、
ランドセル、というお題から、
一般人がこんなものを創り出してしまう、
にんげんの発想力の底知れなさ、というのを痛感したりした。
しかし、ランドセル、のコピーとして成立してるんだろか(^^;)

ランドセル、にはあんまり関心はないものの、
背負うカバン、という分野において、
ぼくも、果てしのない旅、を続けてきた。

自分のための、究極の一品、を探してだ。

THE NORTHFACETUMIなどを
使っていた時期もあったけれど、
今のところの、マイフェイバリットバッグは、グレゴリーだ。
長時間背負っても疲れないし、丈夫だし、
なによりぼくにあっているのだろう、と思う。

しかしながら、旅行用の大型リュックは、
最近では、Colemanの方をを使うことが多く、
ふだん使いは、同じグレゴリーでも、
ミッションバックで、背負うことはしていない。

旅の空で、移動をしない日、カメラを使用する状況でのみ、
両手をあけておきたいので、20リットルくらいの、
グレゴリーのリュックを背負っている状況だ。

けっこうたくさんのリュックやかばんをもっているけれど、
それでも、年に1個くらいは、新しいものを
衝動的に買ってしまい、
結局、使わないままになったりするのだけれど、
背負うもの、に対する、探求の気持ちは、
とりあえず、萎える様子は今のところ、ないようだ。

人生の相棒はいないけれど、
背中の相棒、にはことかかない、おっさんなのである。



▼糸井重里の萬流コピー塾、は略して、糸萬ピ、
とも呼ばれていたが、なんで、糸萬コ、ではないのか、
関西人であるあっしには、未だにわからない。。。
この書物のなかに、週刊文春誌上では掲載されなかったけれど、
書物として纏められた際に、佳作として紹介されている
作品があり、そのなかに、宮崎哲弥、なる人物のものが、
2度ほど出てくるのだけれど、ひょっとして、
若き日の、あのひとなのか?
それとも、同姓同名の別人なのか?
どっちにしても、見習いにもなれなかった、ようだけれどね(^^)

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2007年7月21日 (土)

ぷんぷいさん、Wiiを買う

一度売れたものは、二度売れる。
金儲けの秘訣 ・第12条)




任天堂、といって思い出すのは、大学生時代、
就職課でみた、求人票だ。
当時、すでにテレビゲームの流行によって、
花札やトランプを作る、京都の地味な会社からの脱却を
図りつつあった、この会社の求人票は、
たしかに自分が在籍した大学にも貼ってあったのだけれど、
求人学部には、経済学部と商学部、
の欄にマルが打ってあるのみで、
ぼくが在籍する学部には、求人を出していなかったのんだ。

てめー、しばくぞ、えらそうに、電気式花札屋風情が、、、
当時生意気盛りだったぼくは思った記憶があるけれど、
その後、かれらが世界のNINTENDO、になり、
スーパーマリオ、よろしく、スーパー電気式花札屋、
になったところをみると、
あの求人方法はあながち間違いではなかったのだろう、
と思う。

なにせかれらは、この分野において、セガを捻りつぶし
今また、ソニーをも倒さんとする勢いで、
まったくゲーム業界では、覇者、といってもいいのだろう、
と思う。
なんぼでも、金の沸いてくる泉を持っているゆえに、
きっと諦めずに、まだまだ闘いを挑んでくるだろう、
マイクロソフトさえ、NINTENNDO、の牙城を
まだでんでん崩せてないようだしさ。

さていつだったか、日曜日の朝に、
ビックカメラドットコムのサイトを見ていると、
この会社の最新鋭機である、Wiiの販売を行なっていて、
ゲームに関心のないぼくも、
せっかく新しいテレビも買ったことだし、
なにかに利用できそうだ、ということで、
いろいろ調べたうえで買う決心をしたときには
すでに売切れていて、なんとなく、悔しい思いをしたのだけれど、
翌週の日曜日にもなんとなくまた、
同じビックカメラドットコムのサイトを見てみれば、
やはりWiiが、売っているではないか。

前回からの経験から、今回は見た瞬間そのまま購入画面に向かい、
クレジットカード情報の入力時間も惜しみ、
3万ほどあったポイントを使い、そのまま支払ったのんで、
今回は買えたのだった。

翌日早くも、発送のお知らせも来たし、
とりあえず、ネットにつないで、古いゲームの、
ギャラガ、とか、ゼビウス、とか、してみるかな、とか、
考えてみたりする、おっさんであったことだよ。


▼以前買ったDSLiteも、そういえば、
ビックカメラドットコムで、しかも、
全額ポイントで買ったような記憶がある。
なにに使おうか考えたまま、まだ開梱していないけれど^^;
Wiiも設置はしたが、まだ使用せず今日に至っている。
どちらのゲーム機も、そのままトマソン的物体になりつつある、
今日この頃だ。。。

 

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写真は、ただいまタイで開店準備中の、
ビッグカメラ、というお店のシャッターっす(^^;)

2007年7月18日 (水)

ぷんぷいさん、こっそりたびに出る(その4)

3日目の朝、昨日と同じようにおかゆを食べ、コーヒーを飲む。

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そしてそのままチェックアウトすると、
近くのバス停で行きと同じ大宥バス、いわゆる、エアバスに乗る。
バスに乗ったのは8時半なのだけれど、
飛行機の時間は実は13時半で、なんでこんなに早く乗ったか、
というと、途中下車して、桃園市内を少し歩いてやろう
と思ったのんだ。

それでなくても、日曜の昼近くは、けっこう高速が混むらしいし、
その時間帯もはずせて、一石二鳥だし、名案だ、と思ったのんだ。
どうせホテルにいてもしかたないし、
また早く空港についても、ラウンジにいるくらいだろうから、
まだ見ぬ桃園市内散策もいいだろう。

うまい具合に高速をするっと抜けて、
9時過ぎには桃園市内につく。
降車のベルを押して、バスが止まったところから、
空港に向けて歩き出す。
少し歩くと、空港まで6キロの表示がある。
ひょっとすると、最後まで歩けるか。

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みちみち写真を撮りながら、日陰の方、右側の歩道を歩く。
今回はデジタル1眼を持ってこなかったのだけれど、
こんなことになるなら、持ってくればよかったな。

あと5キロ。
暑い
日陰側といえども、建物がないところもあるし、
台湾の太陽は容赦がない。

途中、道端でアベックが記念写真を撮っている。
なんでこんなところで?
と思ったら、うしろに新幹線が走っていたのだ。
なるほど、絶景

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あと4キロ。
とても暑い






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あと3キロ。
死ぬほど暑い

途上に点々とある、檳榔屋のねーちゃんの派手なかっこう
だけが、ぼくを勇気づけてくれる

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それにしても、かのじょらの唐突さ、ときたら、どうだろう。
 

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檳榔、というのは、中華系のひとが好む嗜好品の一種で、
タバコ屋のように、その販売所が台湾内にたくさん存在する
のだけれど、その売店のねーちゃんが、妙に艶かしかったり
するのんは、経営者の経営努力、なんだろうと思う。
それにしてもまわりから、丸見えのガラスケースのような建物
に入ってるのも異様だし。

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あと2キロ、のところのバス停から、
ふたたびバスに乗ることにする。
空港、という場所はついてから乗るとこまでがまた遠いし、
なにより、その間に歩道があったかどうか、自信がなかったし。
日陰のバス停では、先客のかわいい小姐がずっと携帯電話で
話している。
かのじょを通過してぼくのとこにやってくる風
とてもいい香りがする。
おそるべし、桃園の小姐。

バスに乗ると、やはりまだまだターミナルまではだいぶ遠かった。
歩いてたら、きっと遭難していたことだろう。

第2ターミナルで、今度はANAの名古屋行きの便に
チェックインする。
ビジネスカウンターのにいちゃんはとても親切だった。
たぶんエバーエアー、長栄航空のグランドの係員だと思うけれど、
長栄航空に長栄あれ、と思わずにはいられない。
ついでに、にいちゃんの長寿と繁栄を祈る。

さっと出国すると、まずは新東陽の免税店のそばの、
フリーネットからメールのチェックをして、
ついでにトイレでシャツを着替えてから、
ビジネスラウンジに行く。

ラウンジでは、ソーセージとバナナを食べて、コーラを飲んだ。
ああ、極楽。

飛行機は3-3のレイアウトの、
オールエコノミーのモノクラスシートだけれど、
今日は座席に余裕があったのか、
ぼくの隣の席は、物理的にブロックされていた。
横に誰も来ないのはうれしいけれど、
あの邪魔っけな器具はなんとかしてほしかったな。

中部国際空港には、定刻の17時20分につき、
うっとおしい税関も今回は一瞬で抜ける。

前回と違い、今回は新しいパスポートであるがゆえに、
出入国記録がほとんどないので、調べもしないで、通すらしい。
まったく愚かしいこと、極まりないな。

名古屋駅には18時半につき、
名阪特急には19時に乗り、家には、22時少し前についた。
今日は、一日移動していた感じだけれど、
なかなかに楽しいたびだった。

こんな2泊3日のたびもいいな、と思う、
おっさんなのであったことだよ。




▼台北地下街で見かけた妙なもの。

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同じショーケースで、売ってる、iPodの本物とぱちもん。
向かって、右の色の多い方がほんもんだ。
ぱちもんの方を買おうかと思ったのだけれど、
1000元(約4000円)もするので、
今回は見逃してといてやることにした。

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一発逆転ギャンブル部、というTシャツのおやじもおもろい^^;

2007年7月16日 (月)

ぷんぷいさん、こっそりたびに出る(その3)

翌日、食堂に朝食をとりにいったら、
チェックインのときのおじさんが、
おかゆか、パンか、と訊いてくる。
いったい、何時間働いてるんだろ。
あるいは、ここまでが夜勤番の仕事の範囲なのかもしれない。

食事を済ますと、やはりまずは台北地下街に向かう。
今回は、このあいだ見ていたタッチを買おうか、
と思っていたのだけれど、うる星やつらの劇場版
宇宙戦艦ヤマトの劇場版・テレビシリーズ
VCDをみつけてしまい、ついそっちを買うことにする。
すべて、日本語発音の、台湾語字幕なので、DVDと違って、
見るときに邪魔になるだろうが、安いので我慢せねばなるまい。

こないだの続き、あしたのジョーの第2シリーズ、
ホセメンドーサ編は残念ながら、発売されていないようだ。
これは残念だけれど、そのうち出ることを祈りつつ、
CD屋をあとにした。

もう台北ですることもないな、と思いつつ、
瘴気漂う(^^;)台北地下街をてらてら歩いていると、
一番端っこの方に、メイド喫茶ができていて驚く。
ゴールデンウィークにはたしかになかった、と思うのだけれど、
さすが台北地下街、なにかしらいつもぼくを喜ばせてくれる。

▼台北女僕喫茶

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店の名前は、秋葉原、で電車の駅名表示板を模した、
看板がでていたりする。
なかでは、メイド姿の小姐がひとり、店内の掃除をしていた。
日本のメイドも、店の掃き掃除なんかはするのだろうか。
もししないのであれば、こっちの方がよりメイドらしい
といえるのかもしれない。
しかしながら、さすがに言葉の通じないこの国で、
店のなかに入っていく勇気は、ぼくにはなかったのんで、
外から写真を撮って、マンマンチャンアンとかいいつつ、
去っていったのだった。
お好きな方、もしくは、勇気ある者は、
ぜひともチャレンジしていただきたい。

台北地下街を抜けて、新光三越のまえの地下道を通りがかると、
いつきても、ビラを配っているおとこがいる。
ぼくはかれのことを、ひそかに畏敬の念をもって、王健民
と呼んでいた。
見かけは、大リーガーというよりは、
どっちかというと、ソフトバンクの孫社長に似ているのだけれど、
かれは、いつも渾身の力をこめ、思いっきりスナップをきかせて、
1枚1枚ビラを配っていたのだ。
そしてその勢いに驚いて、誰もそのビラを受け取ろうとはしない
のだけれども、そんなことには、かれは一切お構いなしに、
自分の持てる力のすべてをビラ配りにこめていたのだった。

ところが今日のかれは、口ではシェイシェイといいながら、
力をでんでん入れてない、ではないか。
豪腕投手の宿命で、ついにひじを痛めたか。
それとも、ビラを受け取ろうとしたひとに、
怪我でもさせてしまったか。
すっかり、技巧派に転身してしまったかれに、
ぼくはとてもがっかりしたのだった。

あとはとくにすることもなく、遅い昼には、吉野家で牛丼を食べ、
あちこっちのデパートやCD屋を見て回ったけれども、
それ以上欲しいものもなかった。

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それにしても、歩きすぎて左足のひざが痛い。
最近あまり歩かないせいだろうな。
毎日こんな感じで歩くと、きっと体にもいいんだろうけれど、
日本に帰ったら、しないんだろうな、と思う。

帰り際、スタバでコーヒーを飲みながら休む。

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あしたは朝からまた移動だ。
名古屋便のおかげで、朝は普通の時間に起きればいいのが楽
だけれどね。



▼セブンイレブンで買った、檸檬紅茶飲料、純喫茶
純喫茶、というネーミングがよろしいな(^^♪

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2007年7月14日 (土)

ぷんぷいさん、こっそりたびに出る(その2)

当日がきた。
今回は、2泊3日、行きの飛行機に乗ってから、
帰りの飛行機を降りるまで、48時間に満たないという、
短いたびだ。
極端なはなし、必要なものはパスポートとお金と着替えだけ、
と言っていいくらいだし、気楽なものだ。
PCもデジタル1眼レフも今回は連れて行かない。
仕事を少し早いめに抜けると、
いったん自宅に帰ってひげをそる。
今回は電気ひげそりさえ持って行かないのだ。

昨日のうちに用意をしておいたリュックをかつぎ、駅へと向かう。
幸いにして、雨は降っていない。

途中、金券ショップで名阪特急のチケットを買う。
帰りは名古屋からだから、先に買っておけば安心だし、
ひょっとして、それがゆえに1本早い電車で帰ってこれる
かもしれないしさ。

関空につくと、さっそくチェックインカウンターに行く。
すでにPCからネット経由で、
チェックインは済ませてある
のだが、
ここでパスポートのチェックがあるのんだ。
パスポートを出すと、台北からの帰りのチケットをみせろ、
といわれる。
この航空会社のものではないので、
ほんとに帰りのチケットをもってるかどうか、
かれらにはわからないわけだ。
台北の空港でチェックされたことはないけれど、
ビザなし入国の場合、30日以内の予約が入った帰りの航空券か、
もしくは、同様の予約が入った第3国への出国の航空券が必要で、
もしもっていなれば、入国を拒否される、
という建前になっている。
その際に、この客を連れてきた航空会社が、責任を持って、
連れ帰らねばならない、というルールがあるのんだ。

ぼくは、ANAのEチケットの控えを見せて、
引き換え、というわけではないけれど、
ビジネスラウンジの入場券をもらった。
飛鳥ラウンジ、というところで、初めて入るラウンジだ。
今回の行きは、なにを隠そうビジネスクラスなのだ。
しかも、特典航空券なんである。

もうあんまり便がないのんか、
閑散とした関空の出国審査を抜けて、ラウンジにたどり着いた。
コーヒーを飲んでるあいだに、出発の時間になる。

今日乗るのんは、このGWに使った航空会社の便だ。
ハンニバルに出てくる、バーニーみたいな感じのスチワードが、
飲み物のサーブにやってきた。
めったにない機会だし、シャンパンを頼んでみる。
おまえなめとんのか、と胸倉をつかまれることもなく、
華麗にグラスの乗ったお盆を差し出される。
もう少し甘いのが好みだな、と思いつつ、
泡の出る液体を飲んだのだった。

飛行機は離陸すると、梅雨の季節のせいか、けっこう長い間、
ベルト着用サインが消えなかったけれど、
安定飛行に入ると、いよいよ夕ご飯の時間だ。
さすがにビジネスクラスなので、ご飯はおいしい。
量は意外と少ないけれど、
サラダのドレッシングが選べたりするのんだ。
何人だかしらないけれど、かわいいねーさんが、
両手に瓶を持って、どっちにする?
と微笑んでくれた。

ご飯が済むと、もう台湾が間近に迫ってきている。
機内販売の飛行機形ゼムピンがほしかったけれど、
買えなかった。
残念だったが、まあいいか。

桃園国際空港には、ほぼ定刻の現地時間の21時半ころについた。
預け荷物がなかったのんで、そのまま入国したが、
バスは20分待ちのうえに高速道路が混んでて、
台北市内についたのは、23時をまわっていた。

しかしながら、ホテルは初めてにもかかわらずすぐにみつかり、
セブンイレブンで飲み物を買ってから、チェックインをする。
場所は便利だし、値段は安いが、やはりそれなりのホテルで、
今回は寝るだけなのでいいけど、長くは泊まりたくないな、
と思う。
ええとこ2日が限度だな。

バスタブのない、洗面所でシャワーを浴びて、
長い金曜日はおわるのだった。



▼出勤するねーさん@台北

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出勤するねーさんたち@台北

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2007年7月12日 (木)

ぷんぷいさん、こっそりたびに出る(その1)

昇進の直後にあまりすぐ休んではならない。
金儲けの秘訣 ・第19条)




ここのところの休日、でんでん外出もせず、
ぼーっ、と家で土日を過ごすことが続いていた。
体力的なこともあったのだけれど、
こんな週末ヒッキーな暮らしをしていてはいかんなー、
とふと思い立ち、どうせ外に出るのなら、
たびに出ようと思い立ったのだった。

ただ、別に休みを取るのはしんどい状況なので、
土日の休みだけで行って帰ってこようと考えた。
そして、公共の交通機関に予約をいれないと、
結局はあきらめてしまいそうだし、
それではやはり、と飛行機旅行をすることにする。

国内だと、行きたいのは沖縄近辺だけれど、
なかなか思うような時間の飛行機の便がただで手に入らず、
ならいっそ、海外に行くか、ということで、
ここのところ、気に入ってる台湾に行くことにする。

往路は、8月の上旬に入っている某航空会社の予約を変更し、
復路は、ANAの特典航空券で、
台北-名古屋-台北の予約を新規に入れる。
これで、8月の上旬の予約が、
名古屋発ながら、ANA便に変わり、使い勝手がよくなるし。

ANAの関空発台北行は、最近提携関係の変更に伴って、
福岡便とともに、エバー航空便名での発券のみに変わり、
日にちの変更ができなくなった、らしい。
それゆえ、ぼく的には、これから台北に行く際、
名古屋発か、成田発を選択することになるのだけれど、
成田発だと、国内線を乗り継がねばいけない。
成田発着の国内線は少ないし、そうなると、
羽田にいったん移動し、そこからまた成田に行くことになるが、
成田-羽田を時間をかけて移動するくらいなら、
名古屋に行くのもそんなに変わらないなあ、ということで、
今回は、名古屋便を選択する。

しかも、名古屋-台北間は今のところ、
けっこう特典航空券の予約が入りやすようだし、
しばらくこの路線を使ってみようかな、と思ったりしたのんだ。

つぎは、ホテルの予約をしなければならない。
台北に泊まるか、少しひねって、空港のある桃園に泊まるか。

今回は、時間がないのんで、よく事情のわかった、
台北に宿泊することにする。
今回のホテルは、楽天で1泊5千円台だ。
前回、9千円のラブホテルに懲りたので、どうせなら、
後悔しないしようのないような値段のホテルにしたのんだ。
金土と2泊しても、1万円ちょっとだし。
あんまりあてにならないけれど、
口コミ情報もそんなに悪くは書いてないし、
場所は前回のホテルの近所で、しかも、より便利なところだから、
と、まだ見ぬホテルがそんなにえぐくないことをとりあえず祈る。

あとは、出発するまでに、うまく仕事の段取りをつけないと。

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▼台湾、というのは不思議なところだ。
こんな店が、真昼間っから、けっこう明るく、
営業してたりする。。。

2007年7月 9日 (月)

変貌

経験と欲望は、若さと才能に勝る。
金儲けの秘訣 ・第49条)



むかし、とある科学者が言った、
死とは、モーツァルトが聴けなくなることだ
とは、なるほどすばらしい言葉だと思う。
今なら、コンサートホールに行かなくても、
自宅ではもちろん、歩きながらだって、
モーツァルトが聴けてしまう。
なんていい時代なんだろうね、まったく。

むかし、まだ音楽をレコードで聴いていたころに、
ぼくは、一枚のレコードを手に入れた。
ヘルベルト・フォン・カラヤンが、指揮棒をもって、
バイオリンをあごにはさんだ、ひとりの少女に語りかけている、
そんな感じのジャケットの、レコードだった。

そしてその少女こそ、天才の誉れ高かった、
アンネ・ゾフィー・ムター、その人だった。

ベルリンフィルをバックに弾かれた、
このすばらしいモーツァルトのバイオリン協奏曲の演奏は、
調べてみると、どうも1978年のことのようで、
かのじょは、まだたったの15歳だったことになる。

まだあどけなさの残るこの少女が、
こんなにすばらしいモーツァルトを演奏するんだ!
当時の世間やカラヤン同様、ぼくも驚いたのを憶えている。
そして今でも、この演奏は、CDを手に入れて、愛聴している。

また、デジタル録音初期に発売された、
ザビーネ・マイヤーのクラリネット演奏による、
モーツァルトのクラリネット五重奏曲も、
ぼくのお気に入りの一枚で、
演奏のすばらしさもさることながら、
CDジャケットに写っていた、
初々しいかのじょの姿がとても好きだった。

そして、この若き天才少女たちは、今でもその天才ぶりを
CDや演奏会などで聴かせてくれるのだけれど、
なんでだろう、西洋人であるかのじょらは、
あの愛くるしい若き日から、
その姿を激しく変容させてしまっている。
美しくない、というのではなく、
天使のように可憐だったかのじょたちは、
まったく別の何者かに変わってしまっているのんだ。

その点、日本の女性たちは、ぼくと同年代になっても、
愛くるしさはでんでん変わらないよねー、
と、心からそう思う、ぼくであることだよ(^^;)



▼そういえば、スタートレックボイジャー
可憐なケス役を演じていた、ジェニファー・リーンも、
その後、見るも無惨な姿に変貌していたとか。
ヴァッシュ役で、スタートレックネクストジェネレーション
ディープスペースナインにも登場した、
ジェニファー・ヘトリックも、けっこうきつかったなあ。
全盛時代が美しすぎると、かえって、
その後の変化が目立つのかもしれないっすね。


 

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▼▼と、ここまで書いてアップを躊躇していたとある日、
ぼくは見てはいけないものをみてしまった。
それは、大ファンだった、谷山浩子さんの今の姿である。
プロフィールをみると、もう50歳、
無理もないのかもしれないが、見た瞬間、
ショックで倒れそうになってしまいますた(T_T)
同年代の中島みゆきさんが、
それなりに美しく老いられてるだけに、谷山さんにも、
いつまでも、妖精のうたを歌える姿のままでいてほしかった、
と望むのは、ファンのエゴでしょうか?


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2007年7月 6日 (金)

カウントダウン

艦隊では、気違いは辞めることが出来る。
だけど、辞めたがってる奴はまともか、
強要されてるかどっちかだ。
金儲けの秘訣 ・第66条)



最近、少し考えていることがある。
これからの人生のことだ。

ぼくは、普通の勤め人、なのだけれど、
このまま、今の職場に定年まで勤めることについて、
ほんとにこれでいいのかな、と思うようになってきたのんだ。

勤め先は、将来はともかく、今すぐはとりあえず、
つぶれそうな状況ではないし、しがみついていれば、
まあ、なんとかなりそう、ではあるのだけれど、
若き日、ぼくは教員志望だったことを
最近、よく思い出すのんだ。

自分がいくつまで生きるか、ということは、
自分も含め、だれにもわからない、神のみぞ知る
というカテゴリーに属すること、なのだろうけれど、
ぼくはあるときから、とりあえず自分の寿命を、
仮に、60歳、と決めて生きている。
それ以上生きれれば、それは儲けもの、だし、
それより早く死ねば、ついてなかった、ということだ。

もし、ほんとに60歳近辺で死ぬとするならば、
残りの人生は、10数年にということになるし、
今の健康状態を考えると、たとえ長生きしても、
60歳を過ぎて、自由になんでもできるほど、
元気でおれるかどうかわからない。
また今から、健康のために、
今の貴重な時間を割くこともしたくない。

そういう風に仮に自分の人生を考えてみると、
定年まで、今のような勤め人をすることにげっそりしてしまう、
自分がいたりする、わけなのだ。

もし、結婚していたり、子どもがいたりすれば、
責任、というものもあるし、あるいは、
かれらのために頑張ろう、とも思わないでもないんだろうけれど、
ぼくの今の状況は、すくなくてもそうではないし、
適当な年齢になったら、とくに好きでしてる仕事でもなし、
今の職場からは飛び出して、
パートタイムでもいいから、自分の好きな仕事をするか、
仕事に当てる時間は減らし、最低限の収入で、
残りの時間は好きなことをしてもよいかな、
と思ったりするのんだ。

もちろん今後、状況が変わることも、
人生観が変わることもあるだろうから、
そのときはそのときなのだけれど、
とりあえず最近決めたことは、あと10年ほどはここで我慢して、
その後の人生は、自分のために生きるべく考えてみよう、
ということだ。

今すぐ、安定した仕事をやめる勇気もないし、
まだ、年金の受給権も発生していないから、
文字通り、長生きしたときの保険だけはかけておいて、
数年後を楽しみに、というか励みに、というか我慢の限度に、
もうすこし今を頑張るか、と思ったりするのんであった。

そのためには、今のうちに少しは蓄えをしておかねばならん
のだろうな。
ま、ぼちぼちと本気で預金でも始めますかいな(^^)




▼年金制度、破綻してもいいんだけど、
そんときは、払った分は、分割でもいいから返してね、
って、それぢゃあ、まるで年金か'`,、('∀`) '`,、
年金制度の破綻よりも、政府がやけくそになって、
無茶なインフレ誘導政策とる方が怖いなー。
円が無価値になったときに備えて、
ドル預金とかにも振り分けないとやばいかー、って、
預金ができてから、心配しろよな(^_^.)


 

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何も持たず生き、何も持たず死ぬ犬生@バンコク
そして、犬のように生きる人生@バンコク

2007年7月 3日 (火)

超芸術「トマソン」

貧乏はどんな名誉でもない。
金儲けの秘訣 ・第106条)



むかし、赤瀬川 原平というひとが、
路上観察学会 、という組織を主宰していて、
超芸術トマソン、という新しい概念を提唱したとき、
まだ若かったぼくは、なるほど、と感動したのを憶えている。

超芸術トマソン、とは、たとえば、どこにも通じていない、
にもかかわらず、なんらかの事情で存在している、
「純粋階段」、などに代表される、
存在自体が無意味であるがゆえに
芸術の高みまでに昇華してしまった事物、のことで、
その語源たる、トマソンとはむかし、
読売ジャイアンツにいた、強打者の元大リーガーで、
高額のギャラをもらっているにもかかわらず、
日本の野球になじめず、結果として、試合には出されず、
しかしながら、馘にもされず、契約が切れるまで、
ただ、ベンチに置いておかれたことで、「トマソン的物体」、
の第1号に認定された作品、というか、人物だ。

むかしの日本には、この、「トマソン的物体」が数多く存在
していたような気がする。
あるいは、トマソン的人間も。
そしてまた、いわゆる、窓際族、というような言葉に代表される、
トマソン的人物を許容する懐の深さ、というようなものがあった、
気がするのんだ。

しかしながら、最近、社会も会社もすっかり世知辛くなり、
リストラ、という名のもと、このトマソン的人物、
がいなくなりつつあるようだ。

最近、官僚の天下りについて、世間の目が厳しくなってきている、
のも、どうも、この現象の一環、ような気がするのんだ。

にもかかわらず、福祉国家、というのだろうか、
でんでん働かずに、ご飯を食べていける人間の存在、
が数多くいるようで、某政党の支持者に多い、だとか、
いつだったか秋田で、自分の娘や、近所のこどもをあやめた、
鈴香容疑者も、そのお世話になっていた、という話も聞いた。

そしてそのような費用は、税金から払われるようで、
どっかの地方自治体では、その支出が予算の10%を超えた、
なんていう、恐ろしい現実もあるようだ。

役人の天下りは税金の無駄だけれど、
福祉で食べている人間の存在は福祉国家ゆえ問題ない、
という風には、ぼくにはどうしても思えないのだけれど、
今の日本では問題ない、らしい。

いったい、どこに行こうとしているのか、ニッポン、
などと、ちょっと大仰に終わってみる、
今日のおっさんなんである、ことだよ。



働かざるもの、食うべからず、で一貫してるのなら、
あっしだって、なんにも言わないのだけれどね。
あるいは、税金の無駄遣い大いにけっこう、談合けっこう
それで日本の経済がまわっているんだ、
失業対策にもなっているのだ、というのであれば、
それもまた一理ある、と思うのだけれど。
なんとなく、衆愚政治、ということばを思い出す、
今日この頃のおっさん、
これはあっしの思い過ごしですか。。。


 

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路上で果物を売る、
おかまちゃん@バンコク。






  

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あたし、綺麗?ってか。。。
ガッショウ(-人-)

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