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2007年3月31日 (土)

新しいパスポート

たとえ旅行先であろうとも、儲けられるなら儲けろ。
金儲けの秘訣 ・第40条)



いよいよパスポートの有効期限があと数ヶ月となったので、
新しいパスポートを申請していたのだけれど、
とくに何の問題もなかったらしく、
更新されたパスポートを取りに来るように、
というハガキが届いたのだった。

受領は、阿倍野近鉄百貨店、アベキンの8階に行く。
実は、申請には自分で行っていない。
年老いた母親に代理で書類をもっていってもらったのだ。

申請は午後4時までだし、就労時間内なので、
自分で行くためには仕事をさぼらねばならない。
しかしながら、そのへんはパスポートセンターも
考えてくれているのだろう、
代理人による申請を認めてくれているのんだ。

受領に関しては基本的に本人しかできないものの、
午後7時まではその業務を行なっているのんで、
これは、仕事場を早く出ればなんとかさぼらずにすむのんだ。
しかも、住民基本台帳ネットワークシステムのおかげで、
住民票を取りに行かずにすむ。
これも、ぼくのような勤め人には大きなメリットだ。
できれば、申請から受領まで、全部自宅からできるように
してほしいものだ。

阿倍野近鉄の付近には、まだ路面電車が走っていて、
交通量に比べ、道路幅が狭い。
近鉄百貨店が見えてから、駐車場に入るまで10分以上かかった。

窓口が閉まるまで、まだ30分ほど余裕があったものの、
急いで8階まで駆け上がる。
エレベーターを探すよりも、
手近なエスカレーターを使うのは、性格だ。
エレベーターだと、待ってる間がいらいらするのんだ。

ようやく8階につくと、まず16000円分の証紙を買う。
ラッキーなことに、この証紙でも駐車券が出るとのことで、
2時間分無料ご優待を慎んで受ける。

窓口に行くと、まず証紙を貼るようにいわれた。
貼ってもっていくと、本籍地の県名と生年月日を質問される
のだけれど、マナカナみたいな双子だと、本人確認にならんなー、
と思いつつ、どうやら質問もクリヤして、
無事新しいパスポートを受領したのであった。

さて、新しいパスポートは、ぼくの写真画像や個人情報などが
ICチップに記録されているページがあったり、
その他、いろんな面で偽造がされにくいような
工夫がなされているそうだ。

行く可能性は低いものの、アメリカ合衆国など、
この新しいパスポートでないと、審査に時間がかかったり、
入国を拒否されやすくなったりするような、
そんな国もこれから徐々に出てくるのだろうな、と思うと、
なかなかいいタイミングで、新しいパスポートに更新ができたな、
とちょっとうれしかったりするのだった。

できれば、指紋や目の虹彩情報とかも登録してもらって、
自動改札みたいに一瞬で入出国できるようにしてほしいものだ、
と思うのは、ぼくだけなんだろうかな(^^;)

前にも書いたけれど、21世紀にもなって、
いまだにスタンプで出入国情報を管理してるなんて、
誰が予想しただろう。

パスポートはもちろん、自動車の運転免許や、
クレジット情報や預金借金の状態など、
すべての個人情報が一元的に管理でき、
誰も悪事を働けない、そんな世の中に早くなってほしいものだ、
と切に願う、デジタリアンなおっさんなのである。


▼タイペイ、中正機場のパスポートコントロール。
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2007年3月28日 (水)

タケダの法則・あるいは、いつか王子様が。。。

死にかけているフェレンギ人からの忠告は信頼するな。
聞くのはかまわないが。
金儲けの秘訣 ・第73条)



Someday My Prince Will Come
とは、マイルス・ディヴィスの演奏によって有名な曲で、
アルバムのタイトルにもなっている。
邦題はたしか、いつか王子さまが、だったと思う。

あるとき、ハタチそこそこのおんなのこと話す機会があって、
かのじょがいうには、自分の部屋に天蓋付きのベッドが欲しい、
ということだった。
ぼくは、そんなもの、自分で買うもんぢゃないでしょう、
王子様が来るまで待ってたら、といったのだけれど、
それを横で聞いていた友人の女性が、
そんなこというて、この娘がほんとに待ったらどないすんのお
とのたまったのだった。

40歳代独身のかのじょは、経験的に、
王子様はそうそう現れない、と考えて発言したのだろうけれど、
自分のもとに来なかったからといって、
その娘のもとにも来ないとはかぎらんでしょう、
という感じで話は笑いながら、終わったのだった。

その友人は、王子様の未着に関して、
すでに悟りの境地に到達しているようなのだけれど、
また別の友人の知り合いには、40歳を遥かに超えて、
白雪姫、という意味の外国語を
メールアドレスにしている女性がいたりする。
そんなに待たれては、王子様もきっと困惑することだろう、
と上記の、悟った方のかのじょなら、いうだろうか。

しかしながら、待つことをやめてしまっては、
ほんとうに王子様が来たとき、とても残念なことになるだろう。
以前に書きかけたタケダの法則は、それに関するルールなのだ。

あれは、三浦某というサッカー選手が、
イタリアに渡った年のことだ。
残されたチームでは、タケダ、という選手が
三浦某に代わり、フォワードとして、ゴールを山と決め始めた。

当時、強豪だったそのチームで我慢して待っていたからこそ、
そのチームのエースストライカーの座が転がり込み、
その強豪チームのエースストライカーだからこそ、
その選手はゴールの量産ができた、
という側面が多分にあったと思う。

ゴールネットの前で、待たなければ、シュートも撃てないし、
シュートが撃てなければ、ゴールだって決まらないのだ。

ある場合には、一番大切なことは、しかるべきときに、
しかるべきにところに存在できるかどうか
、で、
そのほかのことは、従属的な意味しかもたない、
ということをぼくの、タケダの法則、は規定している。

もちろん、すべてのことをこれで解決しよう、
とは思っていない、のだけれど、
つねにゴール前にいれば、なんとかなる可能性はあるのんだ、
という気持ちを忘れないために、
ぼくにとっては、これは大切なルール、なのである。



▼以前このサッカー選手ととても親しかった、という噂があった、
大物の女優が、最近、しょうもない芸人と結婚したようで、
これこそ、その芸人からみると、タケダの法則、の最たるもの、
といえるかもしれないな(^^)

Someday







写真は、マイルス・デイヴィスの、
Someday My Prince Will Come
、のジャケットで、
写真の女性は、当時の奥さんだか、かのじょだか、ということだ。

2007年3月25日 (日)

バイバイ、かもちゃん

あまり長生きを望むな。裕福(ゆたか)であればいい。
金儲けの秘訣 ・第267条)



鴨志田穣(かもしだ・ゆたか)さんが亡くなられたそうだ。
作家で、このあいだイラクで亡くなった橋田信介さんと、
むかし行動を共にしていたジャーナリスト、なんて書くよりも、
漫画家の西原理恵子さんの元ダンナさん、
と書く方がご存じのひとが多いかもしれない。

最近、西原さんが、毎日新聞に連載している、
毎日かーさん、によく登場されていたので、
復縁されたのかな、と思っていたのだけれど、
今度は訃報で、また驚いたひともきっといるだろう。
かくいうぼくも、そのひとりだ。

かもちゃんのことは、西原さんの作品から知ったのだけれど、
タイで長く暮らしていたかれの作品は、
タイ好きのぼくにとって、親しみやすいものが多く、
かれの著作はほとんど購入して、繰り返し読んでいた。

とくに、かれが本格的にものを書くきっかけとなった、
アジアパー伝のシリーズ全5冊は、
その話の多くが、海外でのかれの修業時代の話で、
傑作揃いのすばらしい作品群だった、と思う。

いっしょに描かれていた西原さんの漫画で、
そのおもしろさに相乗効果が加わり、
単なるエッセーや短編小説という範疇を超えた、
新しいタイプの読み物で、一応は完結はしていたけれど、
いつかまた復活するることを望んでいた
ファンもきっと多くいただろう、と考えると、
かれの死はとても残念なことだと思う。

かれらが離婚する前に、西原さんが書いた
アジアパー伝のある作品の扉絵で、
文筆界の正司敏江・玲児を目指して、と題された、
ふたりの漫才師風の似顔絵がとてもおもしろかったのだけれど、
ほんとに離婚したときは、そこまでまねする必要ないぢゃん、
と非常に印象深く思ったことを憶えている。

晩年、かれはアルコール依存に苦しんでいて、
それが離婚の直接のきっかけだった、ようだけれど、
それを克服したあと、今度は腎臓ガンに蝕まれた、ということだ。
それ自体は、とても気の毒なことなのだけれど、
最期のときを、最愛の家族といっしょにいられたことは、
不幸中の幸いだった、といえるかもしれない。

かれの死を悼み、アジアパー伝のシリーズを
また読み返してみようかな、と思う。
ここに出入りしてるようなひとには、きっと楽しめると思うので、
まだ読んでいないひとには、お勧めしておく。
文庫にもなっているのんで、よかったら、どーぞ。

最後にかもちゃんに合掌。。。(-人-)


▼かもちゃんは享年42歳。
戦場ジャーナリストとして、
幾たびもの修羅場を生き残ったかれが、
こんな形で若死にされたなんて、
ひとの運命なんて、皮肉なもんだなー、思うおっさんでやした。
あっしは、いくつで、どこで、誰にみとられて死ぬんだろか。
やっぱタイの病院で、タイ人の看護婦に、
こんにー ちゃ たーい かー
(このひと、そろそろ死ぬよ~)
なんて言われながら、死ぬんだろな^^;

Photo_418 写真はタイの中華街の甘栗屋さん

2007年3月22日 (木)

オカヤマの法則・タケダの法則

フェイザー(銃のような武器)を持った奴と議論するな。
金儲けの秘訣 ・第44条)



仕事からの帰り道、ほぼ毎日、覆面パトカーに出会う。
ぼくの通勤路は、取り締まりの重点区域らしく、
多いときだと、覆面パトカーが2台、白バイも2台ほど、
いたりもするのんだ。

ぼくは毎日のことなので、お仕事ご苦労さまでやんす、
と思うだけなのだけれど、
あるとき、白バイにくっつかれたことがあって、
悪いことにぼくはでんでん気がつかなかったのだった。

その道は片側2車線で、信号待ちのあと、
右側車線の一番前から飛び出したぼくの斜め背後に、
するりと、左側車線の端からかれはついてきたようだった。

ぼくは、頻繁に取り締まりをしていることを知っていたし、
飛び出しはしたものの、制限速度以上は出さず、
センターラインが黄色から白線に変わったところで、
白バイに気がつかないまま、左合図を出して、
左側車線に車線変更をしようとしたのだ。

白バイのお巡りさんは、ぼくの動きが予想外だったのか、
あるいは、車間距離が異常に短かったせいなのか、
ぼくはもう少しで、斜め後ろに背後霊のようにくっついていた、
その白バイとぶつかりそうになってしまったのだった。

すんで、のところで、ぼくは白バイに気づき、
車線変更をやめ、事故らずにはすんだのだけれど、
やばかったねー、とばかり、目と目がったぼくらふたりは、
お互いとても気まずかったのを憶えている。

白バイのお巡りさんは、追跡中の車に轢かれかかったことが、
プロとしてきっと恥ずかしかったのだろう
ぼくが、お巡りさんを轢かずにすんだことに安堵しつつ、
スピードを落としている間に、
猛スピードでどっかにいってしまったのだった。

それにしても、白バイのお巡りさんを轢いたりしたら、
奈良の鹿轢くよりも、きっと罪重いよね、あー、よかった。

さてそれはさておき、毎日のように覆面パトカーにあっていると、
自然と車種や色、ナンバープレートの数字さえも憶えてしまう。
そのうちの1台と、ぼくはいろんな場所で、実によく出会うのだ。
あるときなどは、ふだんあう場所から、
10㎞以上も離れたとこで、取り締まり業務しているのを
みかけたし、朝と深夜、でんでん別の場所であったこともある。
覆面パトカー、という車の性質上、よく回転灯をつけて
停止しているから、そうと気がつくのであるけれど、
こういうのんをぼくは、オカヤマの法則、と呼んでいる。

語源は、ひとむかし前に、身長2メートル30センチの
バスケットボールの選手として有名だった、岡山恭崇選手にある。

ある日、ぼくが友人と一緒にいると、向こうから、
オカヤマ選手がやってきたのだった。
友人に、でかかったねー、と言うと、かれがいうには、
オレ、むかし、東京の電車で、同じ車両に乗ったことがある、
とのたまうのだ。
友人は東京の大学出身で、その在学中に見たらしいのだが、
たしかにオカヤマ選手だったら、おなじ車両に乗っただけでも、
でったい見えるだろうし、また記憶にも残るだろう。

①ひとはたくさんのひとやものと日々出会っている
②しかし、よほどのことがない限り、その出会いをいちいち確認
や記憶できない
③だから、同じひとなどに意外と頻繁に出会っているかも
知れないが、気づいていない

というのが、ぼくのいう、オカヤマの法則、の趣旨なのだ。

だからなに?、と訊かれると、困るのだけれどね^^;

さて、タケダの法則、なのだけれど、これは。。。
え、もうどうでもいい^^?
こりゃまた、失礼。


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▼本文とは関係ないけれど、
大きい大根の表情がよいので、載せてみますた^^

2007年3月19日 (月)

花粉症

木が一番役立つのは、あんたがそれを伐採したあとだ。
金儲けの秘訣 ・第27条)



世の中に絶えて花粉のなかりせば 春の心はのどけかしまし娘

と、いにしえのひとが歌に詠んだほど、
春は、花粉のために幸せでない時期だ。

ぼくも、もうこの病に蝕まれて、10年以上になろうか。
そのあいだ、とくに積極的な治療は行なってこなかった。
黙って目をくしゃくしゃしたり、鼻水をたらしていただけだ。

治療について、いい方法がある、
という話も聞かないではないけれど、
それに使用する時間や手間などのコストを考えると、
黙って我慢してもいいか、と思って今日に至っているわけだ。

一番簡単なのは、日本国に存在する杉の木を
全部伐採してしまうこと
だと思うけれど、
なんらかの問題があるのだろう、実現には至っていないようだ。

伐採を促進するために、
花粉症の患者が被害者の会かなにかを作って、
杉の木の所有者に、民事で損害賠償裁判を起こしたり、
刑事で、被害届けを出したり、という動きがあれば、
いつでも参加したい、とは思わないでもないものの、
花粉症によって、なにか積極的に思考したり、
活動したりできるような肉体的精神的状態でもなく、
恐るべし、スギ花粉、と、
さらにかれらの凄さを思い知らされるばかりなのである。

もはや結核なんかに代わって、国民病、と呼んでもいいような、
花粉症であるけれど、即効性のある積極的な対策が進んでいない、
ように思われるのは、死に至る病、ではないせいだろう。

しかしながら、病に違いがあろうはずもなく、
同盟国であり、その他のことでは、
どんな屈辱的な命令でも忠実に聞く、アメリカ合衆国の牛肉を、
ほんの小さな狂牛病の可能性で禁輸したりしたわりには、
花粉症に対する動きの鈍さは、まったくどうしたことなのだろう。

背後には、政権与党と密接につながっている、
農林関係者の団体に対する政治的配慮があるのか、
なんていうのは、きっと花粉症で脳がうまく働かない、
おっさんの妄想なんだろうな^^



▼ついでに言うと、戦後すぐの農地改革の対象からも、
山林地主は外れていた。
日本中がリセットされたこの時代にも、
なんらかの保護が働いていたわけだ。
なにかあるんぢゃないか、と疑う方が自然だろう、
と思うのだが^^;

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ところで、沖縄では花粉症はでなかった。
老後はここで暮らしてもいいかな(^^♪
あるいは春限定でもね。。。

2007年3月16日 (金)

ぷんぷいさん、南の島へ(その6)

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飛行機が那覇に着いたのは、10時半ころだ。
ここから、関空に戻る便は夕方だから、
何時間かを沖縄で過ごすことになる。
最初の日についたのが夕方だったので、
もう少し那覇ですごそうとこういう時間設定したのんだ。

まずはゆいレールで、ずっと気になっていた、
小禄、という駅に行く。
ジャスコがあったので、どんなものが売っているのか、
いっぺん行ってみよう、と思っていたのだ。

ぼくに限らず、たびの途上に、
たび先のスーパーやデパートに行くのを
楽しみにしているひとは、意外と多いものだ。
地元のひとが行くような店にこそ、その土地ならでわ、
というようなものが売ったりするのんだ。

ジャスコに入ると、入り口に無料のコインロッカーがあって、
まだ早い時間のせいだろう、未使用のものが空いていた。
これ幸い、と背中のリュックを降ろす。
空港で預けよう、と思ってそのまま来てしまったのを
ロッカーをみて思い出したのだ。
しかも、ただだし。
けがの功名とは、まさにこのことだな。

地下の食料品売り場を見ていて、ぼくのこころを揺さぶる、
沖縄っぽいものを見つける。

ゴーヤマヨネーズ

こういうものを見ると、うまかろうがまずかろうが、
いっぺん買って食べてみたくなる。
1本500円以上もして、しかも、巨大な280グラム入り
しかないけれど、とりあえず買ってみる。

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マヨネーズを買ったあと、リュックをそのままに、
隣の赤嶺駅まで歩く。
実は1日乗車券を買ったので、
今日は気の向くまま、まだ行ったことのないとこに
ゆいレールを使って行ってみよう、という趣向なのだ。

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ゆいレールの駅は全部で15駅ある。
いっそのこと、全部の駅の乗降に挑戦してみようか、
とも思ったけれど、
こころのどっかに、

それでどうなるの?

という意見もあって、今回はやめとくことにする。

つぎは、終点の首里駅にいってみる。
他にスーパーでもないか、窓から探すとしようか。

しかしながら、首里につくまでとくに
大きなスーパーも見つけられず、しかたなく、一駅下り歩いて、
となりの儀保駅から、国際通りに戻ることにする。
そろそろお昼ご飯の時間だし。

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途中、ハッと目をひくような、背の高い別嬪さんが乗ってくる。
ぼくは、悪い癖があって、別嬪さんがいると、
じっと見つめてしまう
のんだ。
しかしながら、別嬪さん、という生命体は、たいしたものだ。
たぶん、見られ慣れているのだろう、堂々としていて、
むしろ、こっちの方を気にしている。

今から考えると、かのじょはモデルさんか何かで、
ひょっとするとぼくのことを以前どっかであったり、
一緒に働いたことがある人間かと思って、
考えていたのかもしれない。
そのときのぼくは、肩にデジタル1眼レフを
ぶらさげているだけの手ぶらで、旅行者然としたリュックは、
ジャスコのロッカーに置いたままだったのだ。
見ようによっては、プロのカメラマンに見えなくもない。

美栄橋駅で降りるときに、素敵なかのじょのことを
振り返って見てみると、
向こうも振り返って見てた、ので笑ってしまった。

スンマセン、ぼくはカメラマンでも業界人でもありまへん。

国際通りの三越デパートの地下で、ジャスコにはなかった、
野菜のパパイヤをみつけて、購入する。
よく行く大阪・北浜のタイ料理屋のネオタイに、
冬場はたまにパパイヤが入荷してなくて、
ソムタム(青パパイヤのサラダ)を注文できないことがあり、
沖縄から帰ったら、持込みで注文してやろうと思っていたのんだ。

古酒屋(くーすや)、という店で、アグー(沖縄ぶた)の
ステーキ定食1200円を食べ終わると、もう午後の2時前だ。
そろそろ飛行機の時間だし、空港に行くか。

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今回は、食べ物の当たりが良くて、よかったな、と思う。
次回は、いつになるかはわからないけれど、
また、近々来たいものだ、とちっさな決心をする、
おっさんであったことだよ。


▼しーさーこれくしょん@なは

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2007年3月13日 (火)

ぷんぷいさん、南の島へ(その5)

石垣島の朝、やはり7時に起きる。
普通の月曜日とおんなじだ。

飛行機が9時35分、それに間に合うように、と考えると、
8時20分か40分のバスに乗ればいい。
9時発のバスだと、全日空ホテル経由だから、
空港に着くのが、9時20分。
これはちょいと間に合わない。

朝ごはんに行くと、予想に反して、けっこうひとがいる。
それがほとんど、熟年、というのだろうか、
ぼくよりは、かなりお年寄りのグループだ。

いちおう、ビジネスホテルなのだけれど、
朝ごはんは、むかしの和風旅館の朝食に近い。
生卵はついていないけれど、納豆やのりがお盆に載って出てきた。
あんまり期待していなかったのだけれど、米のごはんがおいしい。
おいしいだけではなくて、懐かしい感じのご飯なのだ。
朝から、あんまり食べると、お昼ご飯が食べられないから、
控えよう、と思っていたのだけれど、ついおかわりしてしまう。

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ぼくは、食べ物にはどちらかというとこだわりのない方だ。
前にも書いたが、並んでまでおいしいものを食べるくらいなら、
並ばす、まずいものを食べる、という信念で生きてきた。

しかしながら、この3日間、沖縄と石垣でおいしい、
と思える食事を食べてきて、保存料にまみれたコンビニの弁当で
日々生息している自分の食生活が間違ってるんぢゃないか、
という気がしてくるから、不思議なものだ。

あんまり食べると、ほんとうにあとに差し障るので、
それ以上は食べないようにして、食堂をあとにする。

荷物を片して、リュックを背中に背負う。
フロントのおねーさんは、昨日の夜にいたひとだ。
長い時間働くんだね、というと、家には帰りましたよ、と笑う。
島のどこに家があっても、職住接近でいいよな、と思う。
通勤時間30分、なんてひとはまれなんだろう、きっと。

バスターミナルまでは歩いてすぐだ。
10分前だけれど、誰もいない。
道にネコが歩いていただけだ。

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ひょっとして、貸し切り状態か、と思ったが、
じょじょにひとが増えてくる。
みんなこの近辺に泊まっているので、
あんまり早くに出る必要もないわけだ。
しかも、ここが始発だし。

買ったばかりの切符を、バスの運ちゃんに渡す。
空港までのバス代は、200円だ。
この島の経済にあんまり貢献してないな、と思う。

途中、ホテルを経由して、ぴったり20分で空港に着いた。
日航ホテル経由だと、15分でつき、
経由ホテルが交互になっているのが、おもしろい。

さすがにこの空港には、ビジネスクラス客用のラウンジは
ないようだ。
そもそも、飛行機のシート設定がモノクラスだものな、
と納得する。

空港の売店で、夏川りみさんがこの島の出身だというのを知る。
そのわりには、あんまりあちこちにポスターが貼ってたり、
唄がかかっていたりしていなかったな。

むかし、北海道に行ったときは、各所で、
はあーるばるきたぜぇ♪、だの、
きぃたのお、まちでわあー、もおおお♪、だの、
らーらーらららららーら♪、だのという曲を聴かされたような、
そんな記憶があるのだけれど。

この島が洗練されているのか薄情なのか、
それは知らないけんどもね^^


▼しーさーこれくしょん@いしがき

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2007年3月10日 (土)

ぷんぷいさん、南の島へ(その4)

ホテルは、市役所と離島ターミナルの間、
ホットスパーというコンビニの横にあった。
フロントは2階にあって、ちょっとかわった作りだな、と思う。

いったん、3階の部屋に入って、少し休む。
うろうろしている間にけっこうな枚数の写真も撮ったことだし、
あとは、夕飯のときに、すこしまたぶらぶらしよう、
と考えて、ごろっと横になって、本を読んでいるうちに、
3時間ほどが過ぎた。

窓の外が暗くなってきて、
もういい頃合いかな、とばかり、また辺りを徘徊する。
今日の夕飯は、どこで食べよう。

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石垣牛、というのを売りにしてる店が多いけれど、
牛はどこでも食べれるし、できれば、やぎを食べてみたい、
と思ったのだけれど、
なんとなく、やぎ汁、とか書いている店に
入りやすそうなのがなくて、
結局、てぃんさぐー、という居酒屋風の店に入った。

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まずは、オリオンビールの生中を頼む。

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ぼくは、お酒は基本的に飲まない、のだけれど、
飲めないわけではなく、好きではないだけだ。
いきなりコーラ、とか言いにくい感じの店では、
ビールを頼むことも、飲むこともあるのんだ。

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注文したのは、海ぶどう、島たこの唐揚げ、
高瀬貝のバター炒め、で、あと、お腹に余裕があれば、
イカスミのチャーハンを頼むつもりであった。

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つきだし、に続いて、まず、海ぶどうが出てきた。
以前に沖縄でも海ぶどうは食べたことがあったけれど、
今回の方が断然食感がよくて、おいしかった。
途中、たれにつけたときに、小さなエビのような虫が、
たれの中を泳ぎ回った。
きっと、新鮮なんだろうな。
聞いたところによると、沖縄で出される海ぶどうは、
季節によっては、地元産のものではなく、
ヒリピン産のものだったりするらしく、
鮮度や品質もいろいろと違いがあるんだろう。

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次の、島たこの唐揚げ、もすんごく美味で歯ごたえがあり、
高瀬貝のバター炒めも同様だったので、
もぐもぐしてるあいだに、おなかが一杯になってしまった
のは残念だった。
もっといろいろ食べたくなるような、そんなおいしい店だった。

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別のグループが、ポテトフライやら、揚げだし豆腐やらを
頼んでいるので、思わず、
なんでやねん、と小声でつっこんでしまうくらい、
海のものがおいしい店なのであった。

店のおねーさんが、調理場で仁王立ちしてるさまが
かっこよかったので、お願いして、1枚撮らせてもらって、
大満足で帰る、おっさんであったことだよ。

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▼しーさーこれくしょん@いしがき

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2007年3月 7日 (水)

ぷんぷいさん、南の島へ(その3)

朝は7時におきて10階の食堂へ行く。
このホテルは、初めて利用するのだけれど、
アップグレードもあったし、悪くない印象だ。
なによりも、駅から至近、という条件がよい。
幸いなことに、昨日も今日も今のところ、雨にはあっていないが、
駅に近いと、雨天でも行動がしやすいしね。

さて朝食だけれど、たいして選択肢はないのだが、
一応はバイキング形式、というやつだ。
キャベツの千切りがとてもおいしくて、
山盛りとったのを、お替りしたのだった。
聞くとスライサーを使って切っているらしい。
最近は家庭用のもあるらしいから、1台キャベツ用に買おうかな。

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食事が終わって、部屋に帰る途中、
エレベータで乗り合わせた客のことばに中国語を聞く。
台湾人かな?
日系の飛行機会社は国際線を飛ばしていないものの、
那覇の空港は国際空港で、中華航空機が
デイリーで就航していたと思う。
あと、中共のどっかの会社とフィリピン航空も飛んでたかな。

チェックアウトは、8時半にした。
1階に降りると、入れ替わりにエレベーターに
おまわりさんが乗ってくる。
ホテルの前には、救急車とパトカーがいた。

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いったい何が?

と思って、フロントにとても別嬪さんのねーちゃんに
訊いてみると、きちんとは答えてくれない。
そりゃそうだわな。
何でもかんでも話して、言いふらされたり、
ブログに書かれたりしたら、かなわんもんね^^

ついでに、中華系のお客さんは、台湾人?
と訊いてみる。
おねーさんは少し顔色を変えて、
うるさかったですか?
と逆にぼくに訊いてきた。
いや、ぼく、台湾のひとが好きなんでね、というと、
ちょっと予想外の答えだったらしく、
かわゆい顔が少しゆるんだのだった。

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ゆいレールで空港へ。
9時前に空港に着き、無事チェックインもできた。
そのまま制限エリアへ向かう。
予想に反して、保安検査場に待ってる客はいなかった。
日曜の朝ぢゃ、当たり前なのか。
ここは、行列ができやすいとこで、沖縄でもたぶん
一番殺伐とした雰囲気が味わえるエリアだと思う。

あしたはまたここに帰ってくるんだし、店ではなにも買わない。
ラウンジで少しゆったりして、飛行機へ乗り込む。
ほぼ満席だけれど、1時間くらいだし、
あっていう間に石垣島についたのだった。

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空港からは、かねてからの予定通り、歩いてホテルへ向かう。
事前に地図で見たところ、歩行可能距離だと思っていたし、
写真を撮りながら、ゆっくり歩いていくつもりだったのだ。
だいたい1時間くらいかな、と思っていたのだが、
ぴったり1時間でついた。
まだ正午になったばっかりで、ホテルにはチェックインできず、
荷物を預けて引続き、写真を撮り歩く。

若い女の子たちが、ソフトクリームを食べているのをみて、
自分も食べてみる。
なかなかにおいしい。
たぶん、気温が20度くらいはあるんだろう、
2月だというのに、ぼくにはTシャツ1枚がぴったりの気候で、
これも、ソフトクリームの味を応援しているのかもしれない。

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昼は、昨夜に引続き、沖縄料理を食べよう、ということで、
ゆらてぃく、という食堂に入って、お祭り定食2000円、
というのを頼む。
まだ、おなかに余裕があれば、なにかもう1品頼もうか、
と思ったけれど、やはりそれ以上は食べれないようだ。
うーん、満足、と思いつつ、新しくできた離島行きターミナルで、
一休みを決め込むのだった。

Photo_391 Photo_392 ねこかわゆい^^






▼しーさーこれくしょん@なは

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▼▼しーさーこれくしょん@いしがき

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2007年3月 4日 (日)

ぷんぷいさん、南の島へ(その2)

ホテルで一服したあとに、まだ日の暮れない、
国際通りに出かけることにした。
とりたててしなければならないこともない。
今日はなにか沖縄らしいものを食べようと思う。

国際通りはあいかわらずの賑わいで、
最近流行った、たらーこたらーこ♪、
のゴーヤバージョンの人形がやたら目につく。

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結局、国際通りを一往復して、
ホテルのそばの牧志駅側にほど近い、
沖縄物語、という、ぼくの感性にはあんまりあわない名前の、
地下の居酒屋風食堂に入った。

沖縄料理4品とオリオンビールの生中セットが
2000円で手頃だったのと、あと、足りなければ、
別にそーきそばでも食べようかな、という魂胆だった。

店は、いつになく混んでるらしく、
ぼくがカウンターの端にすわると、ほぼ満席になった。

それから、すべてのものが出てくるのに、1時間半かかった。
ゴーヤチャンプルをはじめ、どの料理も
味は悪くないのだけれど、セットメニューと言うことで、
一品がそれぞれハーフサイズだし、すぐに食べ終わってしまう。
本を持ってくるのを忘れたので、
間が持たないこと、おびただしいのんだ。

料理をサーブしてくれるにいちゃんも、
待たせていることを悪がってくれるが、
なんせ混んでるのだから、しょうがない。

しかたがないので、店の様子をじろじろ見ていたら、
沖縄で手広く商売している、ラーマヤナ、とかいう、
アジア雑貨店のカレンダーが目についた。
1月2月の象の絵がかわいくて、
その後、何店かこの雑貨店を見て歩いたけれど、
残念ながら、今年の分はもう品切れでない、とのことだった。

Photo_381 暗い店内でストロボ焚かず
うつしたので、こんな色ですが、
現物は茶色です^^;


ようやっと食事から解放されて、飲み物を買いにコンビニに入る。
那覇のコンビニに来ていつも不思議に思うことは、
待ち合わせしてるでもなさそうな女の子が、
ひとりで、コンビニの前で佇んでたり、
座り込んだりしていることが多いことだ。
自分を売ってる風でもなさそうだし、
ひょっとすると、南国ではコンビニの前が
ナンパスポットになっているのか。
コンビニにはいろんな用途があるもんだ。

同じような様子は、翌日行った、石垣島でも見られた。
ぼくは、夜出歩かないので、ひょっとすると、
日本全国で見られる現象なのかもしれないが、
地元の関西では、むしろ、グループでたむろってる、
あんちゃん達の方が多いような、
そんな気がするのだけれど、どんなもんなんだろうか。

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明日は、いよいよ石垣島へ初上陸だ。
いったいどんなとこなんだろう、と夢想しつつ、
少しひとりでいるには広過ぎる部屋で、眠るのだった。

▼しーさーこれくしょん@なは

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2007年3月 1日 (木)

ぷんぷいさん、南の島へ(その1)

時として、タダで手に入れたものは高い出費が必要になる。
金儲けの秘訣 ・第151条)


ラッキーなことにまだ雨は降っていない。
今日はこれから短いたびに出る。
実はこのあいだ、風で飛べなかった沖縄と石垣島を、
今日から2泊3日でやりなおそう、というわけなのだ。

航空券は、国際特典航空券の国内線部分、ということになる。
ほんとは、24時間以内に飛ばねばならぬ、
というルールがあるのだけれど、
飛行機が飛べないんぢゃしかたない、ということで、
ここだけ、別の日程でたびを続けることになったのんだ。
元はといえば、ただのチケットである。
2万マイル分、買物で言えば、100万円相当分を
現金の代わりにクレジットカードで決済しただけで、
台湾に行ったあげく、沖縄(往路)と
沖縄・石垣島(復路)まで行くのだから、
われながら、ずうずうしいな、まったく。
今回は、いろいろな偶然が重なった結果だけどね。

まずは、名古屋に行かねばならない。
セントレアまでは、近鉄と名鉄を乗り継いでいく。
要は、このあいだと逆に行くわけだから、話は簡単だ。
空港まで、約4時間。
もうすでに、充分に旅行といえる時間を移動している。

お昼に鰻でも食べようかな、と思って、
食堂街に行くと、どこもいっぱいで、長蛇の列ができている。
いくら昼時とはいえ、これはあんまりだなー、と思う。

関空なんかだと、閑古鳥が鳴いて、
食堂をはじめ、当初撤退する施設がたくさんでたけれど、
こっちは逆に、客には優しくない、と言えなくもない。

並んでまで食べさせていただこう、とはぼくは思わないのんで、
サークルKだか、サンクスだか、空港駅にあるコンビニで、
サンドウィッチを買った。

チェックインのときに、アップグレード券を差し出すと、
うまい具合にまだ空席があったようで、
スーパーシートプレミアムで行けることになる。
ただの特典航空券にただのアップグレード券まで使用して
申し訳ないなー、と思わないでもないけれど、
まあ、遠いむかしの修行の成果だ、
ということで、ご勘弁いただく。

ラウンジは、JAL/ANA共用だった。
名古屋のような大都市の空港なのになー、と少し驚いた。
名古屋流の合理主義なのか、場所がないせいなのか、
なかは、それなりに広かったけれど。

さっき買ったサンドウィッチをやっつけて、
一息ついたらゲートに向かう。
やっと飛行機までたどりついた。

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スーパーシートプレミアム、と名前はけっこう立派だったが、
座席はしょぼいな、と思いつつ、
離陸後すぐにうたた寝をしてしまい、
沖縄につくまでの機内の大半を寝て過ごすことになった。
寝覚めてから、お菓子のサービスをありがたくいただく。

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飛行機の沖縄着は4時半近くで、
結局、ホテルについたのは5時を過ぎていた。
一日働いたのと同じ時間、移動に費やしてきたわけで、
空港に遠い地域に住んでいるひとの苦労が偲ばれる。

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ホテルのチェックインでは、
本日はダブルの部屋にアップグレードさせていただきます、
と沖縄っぽいにいさんに言われて、ちょいとうれしい。

アップグレード、素敵なことばだ。

部屋に入る前に案内板をみると、自分の部屋のとなりは、
ひとり用らしく、自分の部屋の半分しかない。

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荷物はあんまりないけれど、やっぱ広い部屋の方がよいなー、
としみじみ思うのであった。


▼しーさーこれくしょん@なは

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