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2007年1月31日 (水)

カノッサの屈辱

紅白歌合戦の司会が、仲間由紀恵さんと中居正広さん、
と発表された同じ日に、もうひとつ、なか
で始まる芸能ニュースが流れていた。

仲谷昇さんのご逝去を報じたニュースである。

正直ぼくは、役者としてのかれのことは、あまり知らなかった
のだけれど、かれが歴史学の教授役で登場した、
カノッサの屈辱、という番組が大好きだった。

20年以上前になろうか、当時の日本の世相を、
歴史上の出来事になぞらえて解説した番組で、残念ながら、
関西地方ではきちんとした形での放送はなかったような気がする。
吉本文化圏の関西では、この手のおもしろさは受入れない、
とネット局が判断したのだろうか。

ぼくは、当時の自宅では、うつりの悪かった京都テレビが、
夜の10時くらいに、バラの包みの高島屋提供で流していたのを、
とぎれとぎれに見ていたのんだ。

興味のあるひとは、その詳細をWikipediaなどでも
知ることができるので、調べていただければ、と思うけれど、
この番組のおもしろさは、なかなか文章で説明できる
種類のものではなく、みたひとでなければ、
わからないのが、歯がゆく感じられる。

CSなどでは、この番組の再放送もあったようだけれど、
いろいろな問題から、全ての回を放送することができた
わけでもないようだし、また、当時だからこそ、
よくわかるおかしさ
、というのがあった、と思うので、
単純に再放送が楽しめるひとばかりではないだろう。

最近このような知的な笑いを追求した番組がないのは、
とても残念なことだと思う。
久しぶりに、服部克久さんによる、この番組の主題曲、
夕陽、でも聴きながら、むかしを懐かしんでみるかな、
と思ったりするしだいだ。



▼なんて話を書いてるうちに、
岸田今日子さん死す、というニュースも流れてきた。
知らなかったのだけれど、仲谷昇さんとは夫婦だったんだねー、
かつて。
岸田さん、というと、ぼくらの世代では、なんといっても、
ムーミンの声を一番に思い出す。
とりあえず、だれがかばやねん、といいつつ、合掌。

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▼▼なんて書いて、またほおっておいたところ、
なんとこの番組が一瞬復活するらしい。
当然ながら、教授役は、故仲谷昇さんではなく、
白い巨塔、で鵜飼教授の怪演ぶりが記憶に新しい、
伊武雅刀さんだということだ。
どうせ伊武雅刀さんで復活するのなら、
どっちかというと、スネークマンショーの方が、
ぼくにとっては望ましいのだが、とりあえず、
カノッサの屈辱、も見ておこう、と思って調べたら、
このへんではまたネット局が放送してくれないようだ。
うーん、ぼくにとっては、あるある以上の蛮行ぢゃ、
なんとかしてくれよー(゚Д゚#)


2007年1月29日 (月)

ヤンゴン(その7)

ヤンゴンの4泊目、いよいよこの街とも今夜でお別れだ。
今日は、ホテルから、東へ東へと歩いてみる。

ヤンゴンは、3方をヤンゴン川に囲まれている、と書いたけれど、
実は、ぼくはまだ川まで到達していないのだ。
なんとなく途中で、ダウンタウンの方へ進路を変えてしまい、
まだ見ぬヤンゴン川を今日こそはでったいみてやるぞ、
という決意で歩く。

こっちの方向には、川をまたぐ橋があり、まず間違いなく、
川の様子を見られるはずだし。

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まずはヤンゴン中央駅の正面側の方へ歩く。
しかしながら、なんとなく、自分が場違いなとこへ来た
ような気がする。
ま、真っ昼間だし、命までは取られまい、と思いつつ、
スピードを緩めず、歩く。
たまに、後からついてくる人間がいないかどうか、
振り返ったり、立ち止まったりしながら。

そのうち、ひとがいないとこまで来て、一安心する。
あんまり外国人の旅行者が、物見遊山で入るべきでないような、
そんな区域だったような気がするも、
実際危なかったのかどうかはわからない。
ただ、ぼくの妖怪アンテナが、軽度の危険情報を探知
していたのんだ。

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橋を渡ると、川が見えた。
汚い水だが、けっこうでかい。
バンコクのチャオプラヤ川と同じくらいか、
まだ広いくらいだろう。
だからどうだ、ということはないのだけれど、
ほんとに川はあったのだ、とちょっと安心したのだった。
あとは、またてらてらとダウンタウンまで歩く。
途中の茶店で、紅茶を飲むも、カレー屋の紅茶には遠く及ばない。

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今日の昼も、カレーを食べに行く。
実は、カレーよりも、一緒に頼む、
甘い紅茶がどしても飲みたいのんだ。
カレーは、ついでなのだよね、本当は。
そして、今日も早寝する。
バンコク行きのエアアジア便もまた早い時間だし。


(-_-)zzz


いよいよ帰る朝、まだ夜もあけてない6時に起きて、
朝ご飯を食べる。
食堂係員のにいさんも、でんでんやる気がない。
今日はインド食コーナーがあったので、
オクラのカレーを食べてみる。
タイのカレーとは違って、日本のカレーに近く、
これはこれでとてもおいしい。
なんか、ミャンマーでは、カレーばっかり食べてるな。

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チェックアウトして、タクシーを拾う。
行きの空港よりは、多少安い料金で乗ることになった。
早朝の托鉢なのだろう、タクシーのなかから、
タイとは違う、色の濃い袈裟を着た、お坊さんの集団が見える
ふつうの観光客は、こういうのを見るために来るんだろな、
この国に。

ぼんさんが屁をこいた、などと意味もなく、言ってみる、
ミャンマーの朝、なのであったことだよ。


おわり


▼はたらくじどうしゃ@やんごん

福山通運?
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東鳩キャラメルコーン
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大栄製作所
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マーベル電設工具
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赤羽産業株式会社
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大京魚類
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中央薬品株式会社
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2007年1月27日 (土)

ヤンゴン(その6)

カインカインエーさんとは、
またホテルのロビーで待ち合わせだ。
今日から泊まるホテルは、ロイヤルパークホテルで、
外壁の塗装がピンクなのを除けば、なかなかよさげなホテルだ。
なんせ、元はソフィテルだったらしいし。
値段は、カインカインエーさんの勤める、
G&Gトラベルで、1泊45ドル。
いつも使ってるネット業者だと、たしか、55ドルだったから、
1泊で1000円以上安い計算になる。

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最初に泊まった、11時前にサミットパークビューホテルを出る。
35ドルのわりには、ご飯はおいしかったな、と思う。
ただ、街まで出るのがどうにも遠すぎる。
タクシーを拾えばいいのはわかってるのだけれど、
もちろんメーターなんかはついてないし、
なんとなく交渉がうざいので、便利なところに替わる
ような選択をするんだよね、いつも。

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さすがに全ての荷物をしょってると、
あんまりちゃっちゃとは歩けない。
それでも、30分ほど歩くと、ロイヤルパークホテルについた。
ロビーで読書しながら、カインカインエーさんを待つ。

ところが、約束の時間に来ないので、だんだん不安になってくる。
ほかのひとならば、遅刻かな、と思うのだけれど、
カインカインエーさんは、実にちゃんとしたひとなのだ。

結局、10分ほど遅れて、彼女はやってきた。
なんでも、別件で急ぎの仕事が入って遅れたそうだ。
別に急ぎのようもないぼくは、とりあえず、
待ち合わせの場所を間違えたのでなくてよかった、
と思ったのだった。
自分が間違えたかも、と思うくらい、かのじょは、
ちゃんとした印象のひとだったのんだ。
ミャンマーに、あんまりいい感情を持たずに帰ることになる、
ぼくだけれど、このたびで、かのじょだけは、
信頼のできるひとだなー、と思ったのだった。

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また、チェックインをしてもらって、ホテルの部屋のはいると、
明るくていい感じの部屋だった。
最初から、このホテルにすればよかったな、と少し後悔した。
値段も、カインカインエーとこだと、10ドルしか差がないし。
でも、順番が逆よりはよかったな、と思う。

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ここだったら、ダウンタウンまで近いし、
またカレーでも食べに行くか、と思いつつ、
ホテルに荷物を置いて、出かける3日目なのであった。

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2007年1月26日 (金)

ヤンゴン(その5)

2日目の朝、ホテルの食堂で、プノンペンよりはずっとましな
朝ごはんを食べながら思ったことは、ぼくは、このヤンゴン、
という街が好きではないかもしれないな、ということだ。

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この国のことを褒めるひとが多かったので、
過度の期待をしていたせいかも知れないが、
変な日本語で話しかけてくる輩や、金をくれ、といって、
ついてくる子どもがやったら多いのが気にかかる。
しかも、みんなしつこいし。

しかしながら、あと3泊、この地に滞在しなければならない。
なんとなく、憂鬱になりながらも、ひょっとすると、
まだなにかぼくを喜ばせることがでてくるやもしれず、
諦めるのは早い、と自分に言い聞かせる。

今日は、昨日と反対側からダウンタウンに向かう。
よく見れば、ホテルの前の道は、アーロン通りというらしい。
ひょっとして、会田雄次さんの、アーロン収容所のアーロンかな、
と思いつつ、歩く。

西、南、東、三方をヤンゴン川に囲まれた地形なので、
北に間違えて歩かない限り、最後は行き止まるはずなので、
どこにも着かない、という心配がない。
適当に街を歩きながら、探索するぼくのようなたびびとには、
心配のない街だ。

途中、バスステーションだろうか、たくさんのバスを見る。
この街で、バスを見るのはけっこう楽しい。
そのほとんどが、日本から来たのだろう、
中古の日本製なのだ。
しかも、再塗装していないので、いったいどこを走っていたか、
すぐわかるのだ。
空港のバスもそうだったけれど、日本が妙に懐かしくなる。

ぼくがとくに懐かしかったのは、京都市バスだ。
むかしむかし、あれによく乗った。
さすがに表示板は、変更されていて、だるまさんがころんだ
みたいなミャンマー文字に差し替わっているけれど、
それさえ見なければ、むかしにタイムスリップしたような、
そんな気さえしてくる。

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ぼくのように、バスに取り立てて興味のない人間ですら、
けっこう楽しいのだ。
バスマニア垂涎の光景がこの街では展開しているのだろうな、
と思ったりする。

バスを眺めているうちにまた日が暮れてくる。
あしたは、ホテルを変わる日だ。



▼バスたち@ヤンゴン
北鉄
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南海エアポートリムジン
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東洋バス
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東海バス
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千葉内陸バス
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千葉中央バス
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神戸交通
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近鉄
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琴参バス
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京阪宇治交通
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関東バス
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会津バス
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横浜市営バス
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越後交通
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運賃後払い
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スルッとKANSAIカード

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2007年1月24日 (水)

ヤンゴン(その4)

ダウンタウンまで、けっこうな距離を歩く。
やっぱこのホテルでは、街まできついな。
あとの2日間は、もう少し街よりのホテルに変わろう。

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カインカインエーさんにもらった、
ヤンゴン市内の地図は便利だった。
地球の歩き方のんは、けっこう大雑把というか、
あんまり丁寧な地図ではなく、
結局、ほとんど見ることはなかった。

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バンコクはわりと涼しかったのだけれど、
ヤンゴンは日差しがきつく、歩くにはつらい。
初めての街、というのは距離感がつかめないので、
いけどもいけども、目標の地点につかないような気がする。

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歩きながら、2日後に変わるホテルの下見もする。
もとソフィテルだったロイヤルパークホテルと、
シャングリラ系列のトレダーズホテルが便利できれいそうだ。
もひとつ、候補だったユザナガーデンホテルは、
安いけど、しょぼいので、却下と決める。

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午後2時過ぎに、そういえば、朝4時に起きてから、
まともなものを食べていないことを思い出した。
なんか食べよう、ということで、
ユザナガーデンホテル前のショッピングモールに入る。
入る前に荷物検査をされるのはうっとうしいけれど、
この国の政情には、いささか問題があるようだし、
同様に問題をかかえてそうな国々とも境を接してるのだ。
いろいろ事情もあるのだろう。
その後すぐの大晦日に、バンコクでテロがあったことを考えると、
なかなか先見の明があった、といえなくもないよな。

カフェ・アロマ、という喫茶店で、虫押さえに
アイスコーヒーとアイスクリームを食しながら、
地球の歩き方をみて、さあて、何を食べよう、と考える。
目に付いたのは、カレーだ。
そうだ、せっかくインドのそばまで来てるんだし、
カレーを食べてやろう、と決心し、
ゴーデン・シティ・チェティ・レストランという店に入る。
ぼくは、結局、滞在期間中、全昼食をこの店で取ることになる。
うまい、というよりは、楽なのだ。
どれを頼んでも出てくるのは、カレーだし。
大きな過ちを起こす心配がないからね。

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さて、と。
腹もくちくなったし、適当にホテルに帰るかな。
帰ってしなくてはならないことをまとめてみる。

①次のホテルの予約
②両替
③カメラの電池の充電
④夕食
というような、ことになろうかな。

①は、ホテルのビジネスセンターから、
カインカインエーさんにメールを打つ。
30分2ドルのネット使用料は、ちいと高いけどね。
②は、ホテルのフロントに言って、替えてもらう。
プノンペンと違って、一般の人は米ドルをいやがる傾向が
あるようなのだ。
偽物が多いのだろうか。
たしかにミャンマーのチャットを偽造する物好きは
あまりいないような気がするな。
③は、コンセントに差し込むだけだし、
④は、カレーがまだ消化されてない感じだったので、
市場で買ったバナナを食べる。

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夜の街に出かけていくのもうっとうしいし、
NHKをみながら、もってきた本を読み、
飽きたら、早寝するヤンゴンの1日目、なのであった。



▼にゃんこ@にャンゴン

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2007年1月22日 (月)

ヤンゴン(その3)

ホテルの部屋を見て、35ドルならこんなものかな、と思う。
寝るのには不便はないものの、
お風呂が暗いのが好みではないな、と思う。

ヤンゴンにいる4日間のうち、残りの2日間は、
現地で他のホテルを見てから選ぶつもりだったので、
まあいいや、と思いながら、次の行動を考える。

まずは、街に出かけるか、それとも、
シュエダゴォン・パヤーに行ってみるか。
ちょうど、部屋の窓からシュエダゴォン・パヤーが見える。
どっちとも決めないままにホテルを出かけたのだった。

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道をてれてれ歩いていると、なんだか知らないが、
妙なジイサンが話しかけてくる。
もちろん、なにを言ってるのかはわからないのだけれど、
どうも、シュエダゴォン・パヤーに行くなら、ついて来い、
といってるような気がして、ついふらふらとついていく。

ぼくには、たびの鉄則があって、
話しかけてくる相手は、どんな状況でも必ず無視する

というを守ってきた。
ところが、そのことばも通じないジイサンには、
妙な引力があった。
なんでか、逆らえないのんだ。
ミャンマー人には悪いひとはいないらしい、
という誤った先入観も影響していたんだろう。
ジイサンの後ろから、なぜかついていってしまったのだった。

かれの後ろに回ると、ぼくが逃れられない真の理由に気づいた。
まるで鬼太郎のおとーさん、のような
見事なこぶが頭に乗っている。
あれがぼくの牽引に、でったい的な力を発揮してるに違いない。

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シュエダゴォン・パヤーは、地球の歩き方、によると、
ミャンマー最大の聖地、らしいが、
お寺のテーマパークみたいな施設で、
ぼくのホテルからすぐ近くだ。
こんなジイサンに連れて来られなくても、すぐにつく。

ジイサンときたら、パヤーについたとたん、
ゴミ箱の中身を興味深げに観察している。
プロの目だ。
かれの本業は、ごみの中から、いいものをあさることのようだ。
下足番のばあさんが、ぼくをどっかに連れて行こうとする。
裸足にならないと、施設内に入れないのだ。
ジイサンも一緒に来ようとして、ばあさんに激しく排除される。
どうも、かれはぼくから、案内料をせしめようとしていたようで、
たぶんばあさんから、汚いからあっちにいけ、
と言われてるらしい。

ミャンマー人の間の争いには、かかわらないようにして、
シュエダゴォン・パヤーへのエスカレーターに乗る。
けっこう高いとこにあるお寺までは、
親切にもエスカレーターがあるのんだ。
しかし、裸足でエスカレーターに乗るのんは人生で初めてだな。

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入場料は、6ドル。
けっこうな金額をふんだくられる。
よっぽど入るのやめようか、と思うくらいの金額だ。
途中、お花を1ドルで売りつけられるしさ。

ドルを出したついでに、両替もしてもらう。
5ドル渡すと、6000チャット渡される。
1ドル1200チャットは適正なレートだ。

適当にくるっと一回りして、また裸足でエスカレーターを使う。
もうジイサンも、いなかった。
これ幸いと、早足でダウンタウンに行くことにする。

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2007年1月20日 (土)

ヤンゴン(その2)

バンコクで数日を過ごし、だいぶ体調も戻ってきたころ、
いよいよヤンゴンに行くことになった。

エアアジアの、ぼくの乗ろうとする便は、どいつもこいつも、
早朝、まだ日も明けない時間帯に、毎日1便のみ、存在する。
カンボジアのプノンペンのときもそうだったし、
どうもこの航空会社は、初めての定期便は朝一でなければならぬ、
という信念をもっているのではないか、とさえ思えてくる。
早起きと値段の安さをはかりにかければ、
必ず値段の方を優先するぼくなので、
これもまた、宿命(サダメ)と諦める。

ただ、メリットがない、わけではない。
朝一の便は、遅れにくいのだ。
エアアジアの場合、遅い時間になるほど、
時間通りに飛んでくれない可能性が高まる
、ようで、
それもまた、安さゆえの宿命(サダメ)と、
諦めるべきなのだろう。

ホテルのチェックアウトを手早く済ませると、
道に出てタクシーを拾う。
今回のようにスーツケースをホテルに預けていくような場合は、
自分でタクシーを選んだ方があとでトラブルが少ないのんだ。
バンコクでは、何時であろうとタクシーはいくらでもやってくる。
むしろ、客の少ない時間帯の方が乗車拒否にあいにくい
ような気がする。

タクシーに運ちゃんに、メーターで空港まで行くかい?
って訊ねたら、OKだというので乗り込んだ。
返事になんか違和感があったので、新空港は知ってるよね、と
さらに訊いてみると、振り返った運ちゃんは、小さなおっさん、
ではなく、刈上げの女性なのであった

しかしながら、髪型や服装、話し方を見ていると、
こころはおっさんでありたい、と思うひとびと、
いわゆる、トムボーイと言われる人のようで、
それが証拠に、運転が異常におとこっぽい。
事故が怖いから、もっとゆっくり走ってよ、
と朝から笑いながら、でも、実はまじで頼む。

かれ(?)は31歳で、バンコク近県のどっかの出身、
だということだ。
なんとなく、白木みのるさんを髣髴とさせる、
容姿に愛嬌があったけれど、
運転には洒落や愛嬌どころか、妥協さえ窺えない
たのむぜよ、まったく。

なんとか事故にもあわず、無事に新空港にたどり着く。
預け荷物がないのででんでん並ばずにチェックインし、
さすれば、もうすることもなし、
写真を撮りながら、ゲートまで進むのみだ。
バンコクに来たときは、見て回る余裕がなくて、
友人からは新空港はけっこう広い、って話を聞いていたのんで、
早い目早い目に動いたせいもあるけれど、
ゲートについてみれば、搭乗時間までまだ1時間近くもあるし。
意外とスムースかもしんないよ、新空港の移動は、さ。

エアアジアFD3770便はほぼ満席の状態で、
時期的なものなのか、路線の特殊性なのか、たまたまなのか、
今まで乗ったなかで、一番子ども連れの乗客が多いかった。
ヤンゴン空港に着いたら、いったんバスに乗って、
ターミナルに移動、なのだけれど、
ついにボタンを押してしまいそうになる。
だって、日本でお降りの方は、、、って書いてあるしさ。
宣伝も、まんま日本のものだ。
空港内でさえ、日本からの中古の路線バスを使用してるのだ。

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入国の係官は意外とソフトムードで、
終始ニコニコしているのが予想外だったけれど、
怒られるよりはいいに決まってる。
入国できたら、次は、ホテルまで移動せねばならない。
タクシーの斡旋をしてるおねーちゃんは、タナカ、と呼ばれる、
粉を顔に塗りたくってる。
こっちの習慣らしいが、せっかくの別嬪さんが台無しでわ、
と思わなくもない。

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さて、ホテルに関しては、今までとは違う趣向がある。
ホテルのチェックインのときに、地元の業者さんに会い、
そのひとにお金を払うのだ。
業者は、領収書とクーポンを発行し、
ついでにチェックインの手続きもしてくれる。
インターネット決済との違いは、お金が先払いではないので、
初めてでも安心、ということだろう。
人件費が安く、ヤンゴンだけで営業してるからできるシステム
だろうけれど、なかなか面白い。
申し込みはネット経由で、支払いだけローテク、というか、
先祖帰りみたいなのを取り入れているところが肝、なのだ。

ぼくの担当は、カインカインエーさん、なのだが、
どの人だろう、と思ってロビーを見回していると、
ぷんぷいさんですか?、と女性に名前を呼ばれる。
カインカインエーさんは女性であったか、と思いつつ、
挨拶をして、チェックインの手続きをお願いする。
てきぱきして要領がいい
いろんな手続きがすんだあとで、失礼ながら、
いろいろ話を訊いてみる。
もちろん、すべて日本語で。
かのじょは、30歳過ぎで独身だということらしいけれど、
あんなに達者に日本語を操りながら、
まだ日本には行ったことないんだ、そうだ。

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日本語は、お寺でお坊さんに習った、のだという。
そのお坊さんもミャンマー人なんだろうし、勉強というのは、
する気にさえなれば、環境は関係ないのだな、と感心する。
いつもいいわけばっかり考えてる自分が恥ずかしいくらいだ。

とりあえず、カインカインエーさんがマネージャーを勤める、
G&Gトラベルで1泊35ドルだった、
サミットパークビューホテルが、今日から2晩の宿となる。

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2007年1月18日 (木)

ヤンゴン(その1)

今まで、ミャンマーには3度行ったことがある。
しかしながら、そのすべてが、タイからの陸路、
もしくは、海路での日帰り観光だった。

1度目は、メーソットからミャンワディ
2度目は、メサイからタチレク、
3度目は、ラノーンからコートーン、で、
ビザをとらないでもいける、気軽なものだったので、
長くても、2~3時間しか滞在しなかった。

今回はちゃんと飛行機で、首都だった(?)ヤンゴンに
行くことにした。
なんで行く気になったのか、といえば、
エアアジアが、この夏から、定期便を飛ばし始めたからだ。
今までは、タイ航空なんかは飛んでいたものの、
距離が近いわりには、値段が高かったし、
そのうち、エアアジアが飛んでくれるに違いない、
と思って待ってたわけだ。

まずは、準備をしなければ。
はじめての場所に行くとき、事前のリサーチは大切だ。
歩き方やインターネットで、情報を集める。
一番大切なのは、ビザの情報だ。

カンボジアラオスなんかと違って、
入国地点でのビザオンアライバルは
発行していなっていない、ようなので、
事前にビザの申請をしておかなければならない。

バンコクでとる、という方法もあるにはあるのだけれど、
日程的にリスクが高いので、今回は日本でとることにした。
値段もそんなにはかわらない、ようだしね。

つぎは、泊まるところをどうするか、ということだ。
たぶん、着いてから探しても、大丈夫そうな感じはしたものの、
とりあえず最初の2日間だけ、予約を入れておくことにした。
あとの2日間は、現地でホテルを見てからでもいいだろう。

ふだん使ってるネットの業者に頼んでも良かったのだけれど、
ヤンゴン市内で営業していて、日本語でわりときちんとした、
サイトを出している会社にコンタクトをしてみることにした。

いざというときに頼りになるのは、やはり同胞かな、
と考えたわけだ。
値段も、ふだんの業者より、たぶん、あいだに仲介業者が
入っていない分、安かったしね。

申込んだ結果、ちゃんと日本語で確認のメールも届き、
ちゃんと予約が完了したのだけれど、
担当者の名前をみて、ぼくは驚いた。

カインカインエー

てっきり、日本人がつくってる、と思ったそのサイトも、
実はそのメールを書いた、ミャンマー人がつくっていたようだ。

はるかミャンマーのヤンゴンで、ミャンマーの人が、
ぼくのまわりにいる、まともな日本語書けない日本人より、
よほど達者に日本語を操ってるさまを目の当たりにして、
ゆとり教育を推進した文部官僚に、

残念、切腹、、、

などと久しぶりに叫んでみる、おっさんなのである。



▼ミャンマーのスイカ売り
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2007年1月16日 (火)

苦手

「あのね、前にあなた北海道で私に言ったでしょう?
これまでデートしたことのある女の子の中で
私がいちばん綺麗だって」
「確かにそう言った」と僕は言った。
「あれ本当なの?それとも私の機嫌を取るためのものだったの?
正直に言ってほしいんだけど」
「本当だよ。嘘じゃない」と僕は言った、
「何人くらいの人とデートしたのかしら、これまで?」
(中略)
「そんなに少しなの?」
みじめな人生なんだ」と僕は言った。
「暗くって、湿ってて、狭い」
局地的」とユキは言った。
(村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」23章より)


長く生きていると、たまに褒められたりすることもある。
しかしながら、実を言うと、褒めてもらうのんが苦手だ。
以前にも書いたけれど、天邪鬼な性格ゆえか、
きっとなにか裏があるに違いない、とか思ってしまうのだ。

もちろん、褒めておいて、いい気になったところを
辱めてやろう
、というひともなかにはいるのだろうが、
そんなひとばかりではなく、
単純に褒めてくれているひとも多いのだろうと思う。

武道でいうところの受身、を常に取っている性格、
と自分では分析しているのだけれど、
まっさかさまに落とされても、痛くないように、痛くないように、
最悪の事態に備える癖が身についてしまっているのである。

だから、世に言う、美人局(つつもたせ)とか、M資金とか、
そういうようなおいしそうな話にだけは、
ひっかからない自信がある。
だが、その反面、きっと、ほんとうにおいしい話も、
逃しているのだろう、と思う。

おつりをもらったりするときも、相手が女店員だったりしたら、
なるべく、相手の手に触れないような努力をしたりもする。
マクドナルドやら、回転寿司なんかの、
しっかりとおつりをくれようとするマニュアルで働いてる
ねーちゃんたちにぼくはとても気を使ってしまうのだ。

もちろん、かのじょたちが僕に対する個人的な好意や、
ぼくの手に触りたくて、あんなおつりをくれ方をしようと
しているわけではないことは、百も承知、なのだよ。

逆に、褒められるのが好きなひともいるようだ。
いや、むしろ、そういうひとの方が多いのかもしれないな。

以前につきあっていたかのじょがそうだった。
◎◎さんとあたしではどっちがきれい?、とか、
よく確認されたものだ。
もちろん、君の方がきれいだよ、といって、
話が済めば、それでいいのだが、
そのあと、どこがどうきれいなのか、という風に、
話はさらに展開していくのである。

ぼくは、歳をとってる分、語彙は豊富だと思っているのだけれど、
世の女性の数だけ、褒め言葉を持っているわけでもない。
たぶん、かのじょはつねに褒めてもらうことで、
自己確認のようなことをしていたのだろうけれど、
マンネリにならないように、言葉を探すのは、
なかなかに難儀な作業であったなー、と思い出したりするのんだ。

今度同じようなことが、もしあったときには、
欧米か、とかいってごまかそう、と思っている。



▼バンコクの日本料理店で食べた、たこ焼き。
たこ焼きは、すでに局地的な食べ物、ではないようだ。

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2007年1月13日 (土)

ANAで行けない

朝は7時に目覚めた。
沖縄行の便は8時50分だし、少し早すぎるけれど、
ゆっくり風呂に入ってから、空港内のラウンジでも利用しよう、
ということで、早い目に起きたのだ。

風呂から上がって、テレビを見ていると、セントレアが映ってる。
なんかいな、って思ってみると、強風で、
午前11時半までのすべてのANA便が欠航だというではないか。

え・・・?

しかし、沖縄方面は風の影響受けてないはずだし、
大丈夫なのでは、と思って、セントレアホテルならでは、
の飛行機の発着状況のチャンネルを見てみると、
やっぱり自分の乗る、8時50分の沖縄便も、欠航になってる。
問題は、相手先の空港ではなく、セントレアにあるようだ。

どないしよー。。。
昨日のラップ音は、風のおとだったか。

とりあえず、空港のANAのカウンターに行ってみるか、
ということで、ホテルをチェックアウトして、
空港内に行ってみると、まるで難民キャンプのような、
状態になっている。
こじんまりとして、無駄なくまとまってるこの空港は、
そのため、逆にこういう事態には弱いようだ。

ANAのカウンターに行くと、無料航空券の、
国際線の航空券の、国内線部分のことなので、
そっちに電話して欲しい、とのこと。

目の前にANAのカウンターがあるのに、わざわざ電話して、
自分の身の振り方を相談しなければならとは、不合理な
と思いつつも、我慢して、9時になるのを待つ。

そのときのぼくの気持ちとしては、
もし、その次の午後一の便に乗れたとしても
石垣島に着くのは、夕方の6時になってしまう。
そして、翌日は、朝の11時台の飛行機で、
また沖縄に向けて飛ばねばならない。
なら、飛ぶかどうかわからない、次の便に、
ひとを押しのけてまで、どうしても乗りたい、とは思えない。
欠航になった、午前中の2便も、けっこうな予約の入り方みたい
だったしさ。
むしろ、有償の顧客の方を優先してもらって、ぼくの予約は、
いっそのこと、日を改めてもらった方がありがたいのだが、
という感じだった。

9時になって、通じたANAの国際線の電話窓口のねーさんは、
一応、24時間以内に次の目的地に行っていただくのがルール
ですが、こんな状況ですからねー、
一度、上司と相談してみます、とのことだった。

その間に、腹ごしらえでもしよう、ということで、
名古屋といえば、やはり、ウナギかな、ということで、
朝から、うな丼を食べるのであった。

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30分ほどしてから、来た返事は、
やはりルールはルールなので、午後一の便で飛んで下さい、
予約も取れました、とのこと。
そこまでいわれたら仕方ない、と観念し、向こうの提案を受ける。
もし、その便も飛ばなかったら、どうするの?
と訊くと、そのときはまた相談ですが、たぶん、飛ぶと思います、
とのことだった。

この時点で、ぼくはもう今日沖縄から石垣島に行く気は
完全に失せていた。
可能性は低いものの、なんかの原因で飛行機が飛ばず、
帰って来れないと困るし、相手のいうことをいったん承諾し、
午後の便が飛ぶことを確認してから、
あとの航空券と予約を放棄する連絡をするつもりであったのだ。

そういう風に決めれば、もう空港にいる必要もない。
10時半過ぎにセントレアを去ることを決めた。
そうなれば、なんのために昨日、ここに泊まったんだろうと、
いうことにはなるけれど、
天候理由だし、泣く子とおてんとさんには、勝てないのだよね。
去り際にみると、ぼくの予約が入った沖縄行きの午後一の便は、
満席との表示がでている。
なかには、お金を払って午前の便の予約を入れてながら
キャンセルになり、この午後の便にも乗れない客がいる
んだろな、と思ったのであった。

空港から、名古屋駅までは名鉄に乗る。
車窓から見る天気は、むしろ悪化しているようにみえたけれど、
もうどうなろうと関係ない
名古屋駅に着いてから、名鉄の駅にあった電光板で
午後の便の状況を確認すると、案の定、午後一の便も
欠航
が決まったようだ。
だから、いわんこっちゃない。
自分の判断の正しさを誇り、もいちど、ANAに電話する。

また、欠航が決まったようですけど。。。

別の人が出て、24時間以内の出発がルールですが、
天候理由ですからねー、上司と相談して
日付の変更が可能かどうか、連絡させていただきます、とのこと。
たぶん、その上司、でったい、24時間以内の出発にこだわる
と思うよ。。。

電話を切って、大阪行きの近鉄の名阪特急の切符を買いに行く。
金券ショップだと、3250円で売っている。
すぐに駅で、13時発の難波行きを予約する。

結局、ナンバに着く、15時の少し前に電話がかかってきて、
駅から折り返し電話すると、本来ならば、24時間以内の
沖縄行き最終便に乗っていただかないといけないのですが、
もう席がなく、予約が入らないので、
別の日付に変更していただいてもけっこうです、とのこと。

ぼくにとっては、その方が都合はいいけれど、
なんか勝手な言いぐさだな、という気もする。
ただ、それを言ってるのが電話で話してる担当者ではなく、
背後に存在する上司であることがわかるので、
黙って受入れることにする。
今日飛べ、と言われても、もう大阪まで帰ってきてるのだしね。

というわけで、名古屋から沖縄を経由して石垣島に行く権利は、
確保できた形にはなったけれど、
実際わざわざもいちど名古屋まで出てきて、
たびの続きをするかどうかはわからない。

今回のたびは今日突然終わったのだ。
ずっと体調が悪くてまいったな。
やっぱもう歳なのかな、と思いつつ、
自宅に向かう電車に乗るのであった。


2007年1月10日 (水)

ぷんぷいさん、名古屋に飛来する

タイペイ3日目の朝は、もう移動しなければならない。
10時前にチェックアウトして、ホテルの前のバス停に、
さらに重くなった、スーツケースを押していく。

少し待つとバスも来て、スーツケースを車体の横に
ねじ込んでから、75元(約300円)払って、乗り込む。
不思議なことに、行きと帰りでは、乗るバス会社が違ったりする。
帰りの方が楽な上に安いのが、不思議だな。

いつもタイペイから、中正機場、最近の名称で言うところの、
桃園国際空港への移動のバスから、見える風景で、
不思議なのは、妙に艶かしいねーちゃんが、
空港近くの道沿いの、小さな商店にいたりする。
おそらく、ビンロウ、という中華系御用達の嗜好品を売る店だ
と思うのだけれど、なんか違和感があるんだよね。
いっぺん訪れてみたい、と思いつつ、未だ、果たせないでいる。

今回は第2ターミナルから、エアーニッポンで、名古屋に向かう。
そんな飛行機会社は知らない、という向きもあろうけれど、
ANAの子会社で、中共に対する遠慮からか、
台湾向けには、この会社が運行していることになっている。
しかし、飛行機には、しっかりANAと書いてあるし、
謎は深まるばかりだ。

早く空港には着いて、さてどうすべか、と思っていると、
3時間も前だというのに、チェックインの受付が始まり、
これはとても助かった。
スーツケースを預けて身軽になると、空港をうろうろしたりして、
時間つぶしが、できやすいしさ。

乗る飛行機は、B737、の小さな機体だ。
通路をはさんで、1列6人がけで、40列くらいだろうか。
しかも、オールエコノミーのモノクラスシートだ。
飛行時間も、2時間15分と、とても短い。
あっていう間に、名古屋に着く。

セントレアになってからは、初めての名古屋空港だ。
空港が山の中にあったころ、2度ばかし、
古い名古屋空港から、海外に行ったことがあるけれど、
それは関西空港ができる前だから、もう10年以上前のこと
なんだと思う。

まず、入国審査、そして、重いスーツケースを受取って、
税関検査を受ける。
この税関係員という生き物は、
どいつもこいつも必ずぼくを調べる。

この山のような、入国のスタンプの山は、今まで問題なく
出入国を繰り返して証なのに、また、前任者同様、
しっかりと調べてくれる。

世間話を装って、麻薬の話をしてくれるけれど、
ええ、大好きです、なんていう人間がいるんだろか。
もし、そういう風に思っているのなら、
そうとうおめでたいか、あたまが悪い。
まあ、おんなじくらい、あたまがおめでたい、
入国者がいるのかもしれないが。

まず、スーツケースをあける。
みやげ物やら、洗濯物やらが出てくるだけだ。
いつのまにか係員が増えて、ふたりがかりになってるし。
しかもふたりいても、元通り片付けられない
お前らはお猿並みの知能しかないのんか、
出した逆の順に入れていくんだよ、
って、心では思いながら、笑顔を装い、自分で片付ける
ぼくは、納税、という形で、こいつらの給与を負担したうえに、
こいつらの後片付けを強いられるのだ。

今度は、背中のリュック。

ほとんどのひとが、素通りしていくなか、
ぼくだけが、10分近く、念入りに調べられる。
しかも、当然、なんにも出てこない。
ぼくは、麻薬どころか、酒もタバコも飲まないんだって。

おまいら、みたいのなのを税金ドロボーのごくつぶし、
っていうだよ、って心では思いながらも、
もう、よろしいですか(^^)、
どうせなら、全員きちんと調べた方がいいのではないですか(^^)、
と、意見を述べつつ、税関を抜ける。

とりあえず、次回までに、スーツケースに元通り、
荷物を詰めれるようになっとけよ、おまいら

セントレアは、関空なんかに比べると、こじんまりとしているが、
なかなか機能的なつくりになっているようだ。
今日はここに泊まり、あしたは、沖縄経由で石垣島に宿泊、
そしてあさっては、沖縄で少しふらふらしてから、
関空に帰る予定なのである。

まずは、スーツケースを実家に送らなくてわ。
福山通運の窓口に行くと、おっちゃんとじいさんの間くらいの
ひとたちが、4~5人出てくる。

送り状を書くために、一眼レフを置くと、
みんな、興味津々にカメラを見てる。
そしていきなり、これ、ミノルタ、ってことは、
レンズはロッコールですかな、とか言い出す。
このひとの頭のなかでは、まだオートフォーカス以前
の常識が現役らしい。
おとこも歳をとると、けっこう楽しくてよいよな^^
おっちゃんじいちゃんたちは、明るくスーツケースを
預かってくれた。

次は、ホテルにチェックインする。
セントレアホテル、という空港内のホテルに泊まるのだ。
一番安い部屋で、1泊9450円。
市内に移動して、また帰ってくる手間を考えてると、
決して高い料金ではないと思う。

チェックインのとき、今日は特別に広いお部屋を
用意させていただいました、という声を聞く。
いわゆる、アップグレード、というやつだ。
値段差は、4000円くらいあるから、ちょいともうけたかな。

部屋は落ち着いた感じのいいインテリアで、
トイレと風呂は、別になっている。
ユニットバス、ではなく、洗い場があるタイプで、
海外から戻ってきて泊まると、日本に帰ってきたなー、
と感じさせてくれる。
ちょっと気に入ったかもね。

しかしながら、まだ7時前だし、ごはんも食べないと。
荷物を置いて、また空港に戻る。

搭乗階のうえ、4階が食事や商店が多く入ってるフロアのようで、
しかも、昔風、というのか、時代劇に出てくるような、
そんな街並をデザインに取り入れていて、けっこう楽しい。
でも、そのあたりを警備しているお巡りさんは、
やはり、普通のかっこうで、できれば、
おかっぴきの衣装で登場して欲しい、と思うのだけれど、
日本の警察は、まだそこまでの境地には達していないようだ。

名古屋、といえば、みそかつかなー、と思い、
なかの一軒、とんかつやさんの、和幸、という店に入り、
みそかつ定食、というのを頼むも、
名古屋秘伝の味噌だれ、には一口で充分満足し^^;、
残りは、普通のとんかつソースをつけて食べる。

とんかつもさることながら、きゃべつの千切りと
柚子ドレッシングが、とてもおいしい。
ご飯、味噌汁、きゃべつのおかわりはご自由に、とあるので、
きゃべつのお替りをしようかな、と真剣に考えたが、
おなかがいっぱいになったので、あきらめる。

レジにこの店謹製の柚子ドレッシングが売っていたので、
つい2本、買ってしまう。
あれれ、荷物、増やしちまったぜ。
しかしながら、このきゃべつの千切りのおいしさは、
ドレッシングだけではなく、どうも、きゃべつのきざみ方、
にも秘訣があるような気がするな。

さて、空港内もそこそこ見回ったし、腹もくちくなったので、
ホテルに帰って寝るとするか。

サークルKで、1リットル入りの爽健美茶と、
缶コーヒーを買って部屋に戻る。
ゆっくり風呂に入って、ちゃっちゃと寝る予定だったのが、
なかなかに寝付けない。
なんかどっかがカタカタ鳴っているような気がする。

MCハマーのラップ音

なんか構造上の欠陥でもあるのかな、とか思いつつ、
苦情をあげるほどでもないので、
小さな音で、音楽を流しながら、寝ることにする。

でも、実は、このラップ音があしたの伏線になっていたとは、
このとき、まだぷんぷいの知るところではなかったです。
ああ、なんと恐ろしいことでしょう。

この音のために、男ぷんぷいが迎える運命や如何に。
この続きは、また次回・・・


▼ちくわの店
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虎屋ういろ
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うな匠
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みそかつ定食
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ご飯、味噌汁、きゃべつのお替りはご自由に・・・

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2007年1月 8日 (月)

タイペイ2日目

昨夜早く眠ったためか、体調は回復している。
まだ咳はでるものの、ふつうに行動できそうだ。

朝はまずテレビをつける。
バンコクと違い、NHKの海外放送ではなくて、
衛星第1と第2放送を直接受信しているようで、
必ずしもおかあさんといっしょ、をみなくてもいいのは助かる。

ニュースをみていると、今日から台湾の新幹線が開業する、
というではないか。
これもなにか縁だ、別に鉄ちゃんでも祭り好きでもないが、
もし、乗れるのなら乗ってみよう、ということで、
朝から出かけることにした。

てっきり、台北車站から出てるものだと思っていたら、
板橋、というとこまで行かないといけないらしい。
台北車站で、在来線の切符を18元(約70円)で買い、
板橋駅まで行ってみる。

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なんや、たったの2駅やん。

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新幹線の切符売り場には、たしかにひとは並んでいるものの、
並べないほどではない。

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自分の順番が来たので、係員のねーさんに、
次の駅まで、次の電車で、というと、
今日の席は全部売り切れで、ない、という。
では、あしたの朝は、と訊くと、あしたも売り切れだそうだ。
そりゃそうだわな、なんせ開業日なんだし、考えが甘かった。
これもまた縁だ、と思い、
ちゃっちゃとあきらめて、タイペイに戻ることにした。

つぎに行くのは、海山音楽だな、
ということで、太平洋そごうに出かける。
そうすると、向かいに新館ができたようで、
なんとこれも本日開業だったりして、なかなかの人出だった。

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新館にもちゃんと海山音楽はあって、
それはそれでよかったのだけれど、
残念ながら、やはり、カリオストロの城、はないようだ。
なんでこれにこだわったか、というと、バンコクで偶然、
カリオストロ、のタイ語バージョンのVCDを手に入れ、
タイペイで日本語バージョンを買って帰ろう、
と思いついたわけだ。
LDは持っているが、見ようと思ったら、
機器を接続しなくてはならないし。

そんなときふいに、日本語の、涙そうそう、が流れてきた。
なんでか、唐突に涙が止まらなくなる。
最近、身体中のいろんな器官が緩みつつあるようで、
困ったものだ。
それにしても、ええ歳こいたおっさんを泣かす、
海山音楽、恐るべし

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結局、ジブリの作品11作で、1700元(約6800円)
というDVDがあったので、ちょいとお得かな、
と思って買ってみる。
あと、古畑任三郎全作品、490元(約1900円)と。
もし日本のDVDプレーヤーで、再生できなかったら、
今度は、台湾でプレーヤー買わないといかんなあ。
リージョンコードやら、記録方式やら、その手の項目は、
一応、クリアしてるようなんだけどねー。

さて、なんのかの、といってる間に、もう夜だ。
2日くらいは、あって間だね。
明日は、昼の便だから、ゆっくり寝よう。




▼板橋駅のテレビクルー
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2007年1月 6日 (土)

タイペイ初日

タイペイの空港もまた、寒かった。
考えれば、日本の10月ころの気候だということだし、
半袖1枚では、寒くても仕方ないな、と思う。
半ズボンで来なくてよかった。
これがカオシュンなんかだと、けっこう常夏に近い気候らしいが、
タイペイでは、バンコクのようにはいかないようだ。

周りの人々の格好から、明らかに浮いているが、
まあ、ホテルにつけば、スーツケースから、コートだって、
引っ張りだせるし、しばらくの我慢ということで、
ホテルのそばを通るバスに乗り込む。

バス代は110元で、空港で1万円だけ両替したら、
2600元くらいだったから、
1元、約4円、440円、というとこか。
夏のときには、約3.5円ていう計算だったから、
明らかに円が安くなっている。
バーツでも同様なことを感じたけれど、
今後の日本はどうなっていくのだろう、
と少し日本の未来を心配する

このバスは、圓山大飯店のそばも通過するのだけれど、
この辺は、慢行、の標識が多い地帯だ。
この標識をみると、なんとなくウキウキするのは、
男の本能なんだろうか。

バスの運転手は、いい感じのおっちゃんだったけれど、
ぼくの降りるべきところに来ても、まだだ、と言い張る。
ここだよ、と地図を指差し、シェイシェイと言って、
無理やり降りる

ホテルにチェックインすると、やっぱ狭いなー、と思う。
バンコクのホテルと値段は、変わらないのだけれど、
広さは、3分の1くらいかもしれない。

でもその分機能的で、シャワートイレさえついている。
日本人の客がほとんどなのだろう。
フロントのひとは、誰でも日本語を話すしさ。

体調はよくないが、とりあえず、
2つしなくてはならないことがある。
コートをひっかけて、出かけた。
目指すは、台北車站だ。
いつも行くクラシックをけっこう置いてある、
CD屋を見つけなくてはならない。
実は、いつもは歩いているうちに自然とつくので、
いったいどこにあるのか、はっきりとは認識していないのだ。
今回は、今日と明日しかないし、まず、そこに行こう、と考えた。

起点は、台北地下街だ。
すると、なんとしたことだろう、8月に見た虚無僧姿の
尺八プレーヤー
が、また朗朗と、吹き鳴らしてるではないか。

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デヂャヴ

しかし、ゆっくりかれの演奏を聴いている暇は、
いまのぼくにはない。
早くCDショップを探さなくてわ。
昭和時代のムード歌謡に後ろ髪をひかれながら、立ち去る。

途中何度か、地下街においてある椅子にへたり込みながら、
ついにその店にたどり着いた。
そこは、むしろ、站前地下街、といわれる地域に近く、
コスモスホテル、に通じる3番出口にそばにあることがわかった。
次のときのために、自分用にここに書いておく。

探しものは、ゼルキンとアバドによるモーツァルトの、
ピアノ協奏曲全集
と、ルパン3世・カリオストロの城、だ。

故ゼルキン老のCDは、すぐ見つかった。
でも全集ではないようで、抜けている作品がいくつか存在する。
たぶん、なんらかの事情で完成にいたらなかったのだろう。
でも、それがわかっただけで、めっけものだ。
値段も7枚組で、たったの1400元(約5500円)
だったしさ。

カリオストロの方は、なぜかめっからない。
ほかの宮崎アニメはたいていあるのだが、
これだけが見つからない。
ほかのルパンシリーズもめっからない。
ま、ほかの店も当たってみよう、ということで、
もうひとつの目的、吉野家で牛丼を食べる。

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今日はこれくらいで勘弁しといたろ、とかいいつつ、
早いが、ホテルに帰ってゆっくりしよう。

2007年1月 5日 (金)

バンコクからタイペイへ

昨日からまた少し体調が悪い。
あさは7時の飛行機に乗るために4時に起きた。
スーツケースは、なんでかその重みを増しているようだ。
いったい、何を買ったんだろう。

でもまずは、チェックアウトして、空港にいかないと。
チェックアウトのために1階に行くと、
なんとフロントがも抜けのからだ。
どうも、改装工事のためにどっかに移動したらしい。
昨日の夕方、ホテルに帰ってきたときはたしかにあったのに。
しかたないので、スーツケースを1階に置いて、
エレベーターで順番に探して歩く。
何階に移動したか、書いとけよな。

ようやく見つけて、チェックアウトをすまし、
空港へのタクシーに乗り込む。
ちゃんとタイ航空のカウンターのへんに降ろしてくれたはいいが、
タイ航空の職員はまだきていない
むなしく15分ほど、そこで待つ。
3組ほど前にいて、2組ほど後ろの日本人が朝からうるさい
関西弁でいうところの、いきったやつで、
ぼくの前の組のチェックインに時間がかかっているのを
わざわざ見に来て、横でガン飛ばしながら、文句を言っている。
しかも、日本語で。
こういうやつは、海外に出してはいかんなー、と思う。
文句があるなら、自分の順番が回ってきたときに、
タイ航空の職員にいえよな、客ぢゃなく。
ことばは、関西方言ではなく、
家が近所ぢゃなくてよかったな、としみじみ思う。

自分の順番が回ってきたら、係員のねーちゃんが、
ここはエコノミーのチェックインカウンターだから、
次回は向こうでもチェックインできますよ、と教えてくれる。
今回は夏に片道使ったビジネス席の復路で、
タイペイまで行くのんだ。
スタアラゴールドホルダーと、そのカウンターには
書いてあったので、おそらくそうだとは思ったんだけど、
貧乏なもんで、どこがビジネスクラスの
チェックインカウンターなのかわからなかったのだ。
残念ながら、次回はないかもね、と思いつつ、
ありがとう、と言って出国エリアに向かう。

ずいぶん歩いて、免税品の受取カウンターにいく。
カウンターの女の子は、スタートレックDS9に出てきた
エズリ・ダックス似の別嬪さんで、こんな娘だったら、
死ぬほどだまされてもいいな、と不謹慎に思う。
しかし、胸には、見習い、のバッチがついていて、
動きは激しくとろく、素人のぼくがみても無駄が多い。
でも、かわいいので、そのもたもたしたさまを
頬杖をついて眺めてみる
ずいぶんかかって、受け取りがすんだ後、
君はとってもかわいいので、写真を撮らせてくれまいか、
と頼んでみる。
もちろん、撮らせてくれる。
かわいい、美人だ、と言わなれてる人の方が
猜疑心がなくて、話が早いのんだ。

まだ時間があるので、タイ航空のラウンジで休む。
エコノミーの切符で利用するときと違って、
笑顔も300パーセント増し(当社比)だ。
でも、せっかくのラウンジも、寒くで居心地が悪い。
ちょっと早い目に出て、出発ロビーで待つ。
でもやはり寒い。
この空港は、どこに行ってもクーラー全開なのだ。

飛行機は、定刻より少し遅れて、離陸する。
せっかくのビジネスクラスだけれど、ここもやっぱり寒い。
ちょっと豪華なブランケットをもらって、かぶる。
周りを見回すと、全員ブランケットをかぶってる。
冷房をなんとかしろよ、と激しく思う。

ビジネスクラスの食事もほぼ残す。
白身の魚のテリヤキソース煮、だけは、
けっこうおいしかったので、箸をつけたけれど。

あっという間に、タイペイの空港に着いた。
タイペイの空港の感想も、また寒い、だった。

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2007年1月 4日 (木)

定点観測・パンティッププラザ

パンティッププラザは、ぼくがバンコクで必ず訪れる場所
のひとつだ。
なにがそんなにぼくをひきつけるのか、といわれても、
困るのであるけれど、
ここにはぼくを喜ばせる何かが必ずあるのんだ。

たとえば、前回買ったのは、ゴム製のキーボード。
クルクル、と巻いて持ち運びができる。
こんなものをみると、ぼくはどうしたって買ってしまうのだ。
実際には使用しなかった、としてもだ。

それから、メモリカードの値段は必ず見てしまう。
前回、8GBのCFカードが、8000バーツくらいに
なっていたけれど、4ヶ月を経た今回は、
いくらくらいになっているだろうか。

目的のCFカードは、ちゃんと安くなっていた。
今回の最安値は、5720バーツ。
バーツ高を計算にいれても、もう2万円をかなり切っている。

それよりも、2GBのSDカードが1000バーツを
切っているではないか。
4枚で8GB相当、4000バーツ弱、1万3千円くらいか。

こりゃ、1枚買っとかなきゃな、ということで、
もう200バーツ足して、
2GBのミニSDカードを買うことにした。
ミニSDカードなら、ヌリカベくんでも使用可能だし。
ぼくのデジタル1眼は、600万画素で、
これ1枚で600枚以上の写真が撮れる。
むかし、フィルムカメラを使っていたときに、
フィルム1枚あたり、10円は切らなかったことを考えると、
3000円で、600枚撮れる、ってことは、1枚5円、
SDカードをたとえば、もう再使用しなかったとしても
フィルムより、安い媒体になった、っていうことだよね。

なんてこったい、と思いつつ、
次回にどんな事態が発生しているか、
ますます期待してしまう、のだね、カンタービレ。




▼なぜかえびちゃん(かな?)も、パンティップで微笑む。
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2007年1月 3日 (水)

元旦

正月の一日、いわゆる元旦にバンコクでなにをしようか、
としばし考えて、
そうだ、サイアムスクエアにあるというメイド喫茶
に行ってみよう、と思いついた。
なんで元旦にメイド喫茶なのか、という関連性はともかくとして、
なんとなくめでたい感じがしないでもない。
きっと在日本の民は、信仰心のかけらもなくても神社に
お参りにいったりしてるんだろう。
ならば、ぼくがメイド喫茶に行って、悪い、という理由も
なかろう。

しかしながら、そのまま行くのもなんだし、昨夜テロのあった、
アヌサワリーのバス停に行ってみる。
たしかにテレビクルーが取材に来てたりはしているが、
思いのほか、ふつうだ。
バス停の支柱がへっこんで、背もたれが割れたりもしているが、
爆弾のせいかどうもわからない。
それよりも、実行犯は誰なんだろう。
いったい、なにを主張したかったのか。
それが一番の問題だな。

さて、テロの現場も見たのんで、サイアムスクエアに移動するも、
メイド喫茶の場所がわからない。
しまっている店も多い。
しかも、最初来たときと違って、
バンコクは熱帯らしい蒸し暑さを取り戻しつつあり、
歩いて探すのがつらくなってくる。
とりあえず、いったんサイアムパラゴン、
というショッピングモールに退避する。

テロの影響か、地方に帰っている都民が多いのか、
タイ人よりも観光客が多い印象を受ける。
しかも、メイド喫茶、ってタイ語でなんていうんやろ

メイド喫茶、もうええや。

さっさとあきらめて、中華街に行くことにする。
毎年、買ってる日めくりを買いに行かねば、っていうわけだ。

ところが、タクシーがでんでん止まってくれない。
止まっても、行ってくれない。

ええかげん、腹がたってくるが、これは譲れないので、
来たバスに適当に乗ってみる。
なんでか、ちゃんと、中華街のそばまで行く。
ざまみれ、タクシー、7バーツ(約20円)ですんでやんの。

日めくりも、巨大なのが250バーツで売っていた。
去年は、たしか200バーツだったよな、と思いつつ、
正月早々、値切るのもな、と思って黙って買う。

帰りは、少し歩いて、地下鉄のフアランポーン駅から、
高架鉄道を乗り継いで帰る。
伊勢丹の向かいの、BigCというスーパーに入ろうとすると、
なんと持ち物検査があるではないか。
テロの影響かと思うけど、よそではでんでんしてなくて、
ここだけしてもなー、と思う。
地下鉄も高架鉄道も素通しだし。
そっちの方がやばい、と思うんだけどね。

スーパーで買ったドリアンを道端で食らって夕食とする。
帰ってお腹がすいたら、中華街で買った甘栗もあるしね。

なんとなく、お正月っぽくないのは、タイにいるせいなのか、
おっさんひとりのせいなのか。
ま、帰って、栗食べながら考えよう、と思う、
2007年元日の夕方、なのであった。



▼高架鉄道ビクトリーモニュメント駅にいた、取材の車
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取材の様子
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へっこんだバス停の支柱と割れた背もたれ
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普通に座ってるタイ人
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2007年1月 2日 (火)

まだ見ぬ、オガムくん

誤って記憶していまったまま、
重大な局面まで修正されないで恥をかいてしまったことは、
誰しも経験があるだろうと思う。
ぼくも、このブログのなかで、男子用小便器をチューリップ、
と書いてしまい、やさしい同志の、教育的指導を受けたのは、
つい最近のことだ。

こんなブログなら、間違えたとしてもどうってことはないけれど、
たとえば、ニュースキャスターなんかは、
ニュースの信憑性にもかかわる問題にもなってしまう。
みのもんたさんのように、とぼけたキャラクターを売りにしてる
ようなひとなら、いいのかもしれないが、プロレスやF1など、
主にスポーツの分野でその頭角を現してきた某キャスターが、
ワールドカップの予選だったか、
サッカーの勝ち点の意味を知らずに、
頓珍漢なインタビューをしてしまった事件などは、
各方面から大きな顰蹙を買ってしまったようだ。

どっかで誰かが注意をしてくれていれば、
そんな大事にはいたらなかったのに、
とかれは、周りを恨んだかもしれない。
しかし、注意しにくい感じの人、というのはいるものだ。

ぼくも、数年前、同様に事態に遭遇したことがある。
とある人物と、仕事の関係で、数度にわたって、
メールでのやりとりをしたときのことだ。

相手が年上で、しかも偉い方だったので、
ぼくは自分の名前のあとに、、という字をつけて、
いつもメールを閉じていた。

ぼくが、みのもんた、という名前だったとすれば、
◎◎カンパニー みの拝、という感じだ。
自分なりに、へりくだったつもりだったわけだ。

ところが、相手は、その、拝、というのをぼくの名前だ、
と思ったようで、ぼく宛のメールには、必ず、みの拝様、
というように書いてメールをくれるようになったのである。

ぼくは悩んだ。
次回メールで、みのもんた拝、というように、
フルネームで書けば、かれはきっと、
自分の間違いに気づくだろう。

しかし、相手は今偉いうえに、
関西で一番優秀なので有名な高校と、
関西で一番入学が難しい大学を卒業した経歴をもったひと
だった。
こういうひとは、概してプライドが高い。

さりげなく、であったとしても、ぼくなんぞに間違いを指摘
されたとなると、いたく傷つかれる可能性がある。

べつにかれが傷つくのはいっこうにかまわないけれど、
怒りの矛先がこっちに向かない、とも限らない。

結局、ぼくは、最後まで、拝、という名前で届くかれのメールに、
積極的な修正を加えようとはしなかった。

しかしながら、どこの世界に、自分の子どもに、
拝(オガム)なんて命名をする親がいるだろう、
なんて思ったりしたのだが、
この広い日本には、まだ見ぬオガムくんがいるやも知れず、
これからの人生は、まだ見ぬオガムくんとの対面に
費やしてみたいもんだ、と思う、今日この頃なのである。





▼この辺りの諸国なら、オガムなんていうのは、
けっこういけてる名前なのかもしれない。
ということで、またもや本場仕込みの合掌(-人-)。。。

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2007年1月 1日 (月)

テロ

紅白歌合戦が終わって、ゆくとしくるとし、をなんとなく見る。
残念ながら、バンコクではほかに日本語チャンネルがないし、
たとえ、それがおかあさんといっしょ、であっても、
日本語のテレビが見たければ、仕方ない。

さいわいにして、ゆくとしくるとし、は30分で終わり、
テレビではニュースが始まった。

タイのバンコクで、同時多発テロがあり、
商店街で2人が死亡、数十人が怪我、とな。
そんな物騒なのはどこだ、と思ってみていると、
なんと自分が今日行ってた駅の周辺ではないか。
しかも、時間は30分違いくらいだ。

同じ駅といっても、たぶん一番離れてるエリアだし、
ぼくはテロの後、知らずにそこを訪れたのんで、
そういう意味では巻き込まれる可能性はなかった、とは思うけど、
それでもあんまり気分のいいことではないよな。
しかも、でんでん気づかないで、よりによって、
日本語のテレビで知るなんて、なんて間抜けなぼく。。。
たしかに普段と車の渋滞が逆だな、とは思ったんだけれどね。

しかも、いつも行くとこではなく、
今回はたまたま用があって、出かけていったのんだ。
ちょっと段取りが悪くて、いったんホテルに帰ったため、
時間がなくて、テロの当該エリアには行かなかったけれど、
段取りがよかったら、てらてらその辺歩いてて、
巻き込まれなかった、という保証はないよな、とも思う。

なんせ死人もでているそうだし。
なかなかに剣呑な出来事だよなー。

でも、とりあえずOKだったのだし、
神さんだか仏さんだか知らないけれど、もう少し、
生きててもいいよ、って許可が出たんだと思う、おっさん、
実は意外と、楽天家。。。
さあて、今日はどこに行く、っかなー。




▼遅ればせながら、明けまして、おめでとうございまーす。
皆さんには、新年から幸運がありますように。
またも、本場仕込みの合掌(-人-)。。。

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