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2006年12月 3日 (日)

ルドルフ・ゼルキン

休日のお昼は、ふだんよりも大きめの音で音楽を聴く。
もともとぼくは、大音量派ではないのんで、
BGMくらいの音量で、夜に音楽を聴くことは、
別に自分の楽しみを阻害されてるようには感じないのだけれど、
たまにふだんと違う音量で音楽を聴くのもいいものだ。

今日、ぼくのBOSEから流れてきたのんは、
ロンドン交響楽団を率いるクラウディオ・アバドと共演した、
故ルドルフ・ゼルキン、の弾くモーツァルトの
ピアノ協奏曲27番と第8番だった。
たぶんゼルキン老のものだろうが、音が大きいゆえに聞えてくる、
男性のうなり声とも、鼻歌とも、つかない声に初めて気がついた。
こういう発見もきっと、休日のよろこびのひとつ、なんだろうな。

27番のピアノ協奏曲は、モーツァルトにとっての
最後のピアノ協奏曲で、晩年、かれにとって、
かなり苦しい状況で書かれたものだというのに、
その美しい曲調は、他に比類のない作品だといってもいいほどだ。
しかしながらそれゆえだろうか、長調の曲でありながら、
聴くものに、憂い諦念を感じさせるような、
そんな印象の曲なのだ。

それに対し8番は、かれがまだ若いころに書かれた作品で、
もちろん、天才の作品であり、
すばらしいには違いがあろうはずもないのだが、
19番目くらいからの後期の作品群に比べると、
比較的演奏の種類も、耳にする機会も、少ない曲だ。

にもかかわらず、このゼルキン老とアバドのCDを聴いていると、
27番はもちろんのこと、この8番のなんと美しく、
すばらしいことか。
いままで何度も何度も、このCDを聴いておりながら、
ぼくは、いったい、なにを聴いていたのだろう、と思うほど、
かれらのこの演奏のすばらしさに、感動を新たにしたのだった。

しかしながら、ゼルキン老がお亡くなりなって久しい今、
このCDは、日本では廃盤になっているようで、
amazonで検索してみても、リストにあがっては来なかった。
この組み合わせでのモーツァルトのピアノ協奏曲の全集を
完成することを目指して、
録音が進められていたことは間違いない、ようなのだけれど、
それが達成されたのかどうかも、今のぼくにはわからない。
しかしながら、この8番目のピアノ協奏曲をあらためて聴いて、
ぜひとも、かれらの手による、
他のモーツァルトたち
も聴いてみたい、
そんな気になった、休日の午後なのだった。

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