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2006年12月31日 (日)

CM

タイでこんなテレビCMをみた。

自分とかのじょのえさである、ホネを拾って、
るんるん気分でワンコが帰ってくる。

Cm01



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ところが、かのじょワンコは、ブルドック系のいかついワンコと
浮気の真っ最中で、ショックを受け、骨を放り出し、
走り出すワンコ。

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Cm04





Cm05



Cm06





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そして、かれは高速道路にたどり着いた。
身をようなきものに感じた、そのワンコは、
1台のベンツの前に身を投げ出した。

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Cm09





Cm10






危ない!

Cm11







しかし、自殺を図ったワンコの寸前で、
ベンツはちゃんと止まった。
あれ、生きている、、、とまどうワンコ。

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Cm13







なぜなら、それはブリヂストンタイヤ、だったから。。。

Cm14








というようなもので、なかなかに感動巨編だったのでわ、
とぼくは思ったのだった。

ところで、そのブリヂストン、であるけれど、
日系企業で、創業者が石橋、という方だったのは有名な話だ。

同様に、カメラメーカーで、ゼンザブロニカ、
という会社がかつてあり、その名称も、創業者が善三郎、
という名前だったことに由来する、らしい。

日本のカメラメーカーのネーミングは、どこも西洋風だけれど、
ニコンは、日本光学、キャノンは観音カメラ、
ミノルタにいたっては、稔る田んぼ、が語源らしいから、
ゼンザブロニカ同様、けっこう語源的には和式、だったようだ。
ただ、ライカやカールツァイスなど、
ドイツや欧米に優秀なメーカーが多かった時代に、
一種の擬態として、西洋風のネーミングを使用したのだろう。

あ、そういえば、ミノルタ、はもうカメラメーカーでは
なかったかな。
ロナウジーニョのCMに、莫大な費用かけるくらいなら、
カメラ部門、売らなくてもよかったんではないかな、
カメラつくってないメーカーの複写機なんか、
おじさんはでったい使ってやるもんかあー(泣)、

とつい愚痴っぽくなった、永遠のミノルタ好きおっさん、
なのであった(大泣)。。。




▼ご心配をおかけいたしましたが、本日無事、
ミャンマーのヤンゴンから、帰ってまいりやした(^^)
今年の戌年、皆さんにはたくさんお世話になりました。
新年もよろしくお願いいたします。
また、みなさまにとっても新年がいい年でありますように、
本場仕込みの合掌。。。(-人-)ナム~

バンコクで、紅白をみつつ。
                    ぷんぷい拝

2006年12月27日 (水)

グラモフォン

最近日本でも、amazonなんかでCDを買う機会が増えたけれど、
店舗でCDを買う場合は、海外の店、ということが多い。
DVDと違って、CDにはリージョンコードはないし、
同じ商品が安く売られていたり、
日本ではあまりみないCDがなにげに売られたりするからだ。

また、旅行中、ということで、日本なら、買わずに泳がしといて、
と思って、そのまま忘れてしまうようなものも、
今度いつあえるかわからない、と思うと、
即決してしまえる、ということもあるのんだ。

タイペイでは、海山音楽と、台北地下街にいくつか
お気に入りの店があり、バンコクでは、むかし、
タワーレコードだった、CDウェアハウスという店と、
サイアムパラゴンのグラモフォン、という店によく行く。

グラモフォン、は、なかなかに雰囲気のいい店だ。
ご近所には、BOSEやJBLを扱うオーディオショップ
なんかもあるロケーションで、
クラシックやジャス中心の品揃えも、
流れてる曲もぼくの好みにあってるし、
従業員のねーちゃんも、激しく別嬪さんだったりする。

ただ1度だけ、不快な思いをしたことがあった。
無粋な客が、ながながと携帯電話で話し始めたのんだ。
タイ、という国は、騒音に関して、概して寛容だ。
高架鉄道でも、飲食を禁じる規定はあっても、
携帯電話での通話を禁じる規定はない。
そしてそれについて、ぼくはどっちかというと、
賛成意見をもっている。

携帯電話を禁じるのであれば、電車内での会話そのものを
禁じるべきで、携帯電話での通話だけを禁止するのは、
どうにも得心がいかないのだ。
ぼくがいったことある地域で、携帯電話の通話を禁止してるのは、
日本だけなのだけれど、世界的にみたら、どうなんだろか。

そんなぼくではあるけれど、その店での携帯電話にはむかついた。
店の雰囲気にあわないし、ドアから一歩でれば、
いくらでも大声で電話できるぢゃないか。
空気読めよ。。。
と思ったわけだ。

いつ終わるかと思ったけれど、10分たっても、20分たっても、
携帯電話での馬鹿話は終わりそうにないし、
ぼくは、それ以上騒音のなかで、CDを探すことをあきらめて、
帰ることにした。

購入することにしたCDをレジの別嬪さんに渡すときに、
あの客、うるさいね、というと、
ねーちゃんは、

すみません、従業員なんです

というのだった。
どおりで、外で電話しないわけだ。

タイ、という国は、やはり懐が深い。。。





▼このサイアムパラゴンもそうだけれど、
今年、不器用に上着を着ている、
従業員のねーちゃんが目立つ。
どうも、例年よりは、涼しいようだ。
そういえば、道端の野良たちも、けっこう今年は、
服着たやつが多いなー^^;

1匹。
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2匹。
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3匹。4匹。
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着てないやつが寒そうにみえるのは、
気のせいだ、、、よね^^;
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2006年12月25日 (月)

サンタが街にやってきていた

ホテルでチェックインの手続きをしていると、
顔馴染みのフロントのねーちゃんが、
妙にあらたまって話し始めた。

ぷんぷいさん(ここだけ日本語)、
夜にクリスマスパーティがありますから、でてくださいね。

クリスマスのない国に亡命するために、
早く休みをとって、でかけてきているのに、
クリスマスの魔の手は、この敬虔な仏教国にも
ついに及ばんとしている。
おそるべし、クリスマス、と思いつつ、
そりゃどーも、ありがとう、とか言って、その場をにごす。

部屋に入ると、そのまま倒れこみたいような気もするが、
そうすれば、もう翌朝まで立ち上がれないだろう。
このホテルは、冷蔵庫の中がブランクだし、
寝るにしても、まだ夕方で、一応、最低限の買い物と、
できれば、夕食は外で食べておきたい。

ということで、長袖を脱いでTシャツになり、
ズボンを半ズボンに着替えると、頑張って外出することにした。

外はさほど暑くなく、それどころか、建物の中に入ると、
肌寒いほどの冷房の効きようだ。
そういえば、飛行機の中で、バンコクの温度26度、
って言ってたよな。

タイ人が暑いっていうくらいの真夏の日本では、
最近、冷房の温度28度にしろって、言われるんだぜ、
とバンコクの商業施設のマネージャーを正座させて、
説教したくなる

伊勢丹まで行ったものの、やはり食欲はない。
そういえば、機内食も食べたし、今日の夕食はもういいか、
とつい弱気になって、
そのまま、すごすごと帰ることにした。

途中、セブンイレブンで、飲み物とソーセージを買う。
うまいんだかうまくないだか、よくわからない、
この正体不明のソーセージは、タイにおけるぼくの好物のひとつ、
なんである。

ホテルにたどり着くと、もうクリスマスパーティは
始まってるらしく、サンタ姿のねーちゃんたちが、
ビールを飲んで行け、といってくれるものの、
風邪ひいちゃったみたいでねー、部屋で寝るよ、とか言いつつ、
結局参加しないのであった。

24日のクリスマスイブ、25日のクリスマス、
とバンコクの街をよたよたと彷徨していて思ったことは、
ここは、もうすでにクリスマスからの亡命先として、
適当でなくなりつつある、ということだ。

今はまだ、むかしの日本のように、家族でケーキを食べて
クリスマス気分を楽しんだり、ちょっと贅沢な買い物を
したりして、満足しているのだろうけれど、
そのうちきっと、何ヶ月も前から、高級レストランやら、
高級ホテルやらを予約して、耶蘇さんを困惑させるような
行為に及ぶ
のんに違いない、のんだ。

どこにいっても、寄る辺なき身のひとりもの、なのであった。



▼まずは、ケーキ。
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ついで、サンタのおねーさん^^
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こどものさんた1号。
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こどものさんた2号。でも、なぜかモデル立ち。
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サンタネコ。
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ちょっと王様の前を通りますよ、サンタ。
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暴走サンタ。
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飛行戦隊サンター(糸は見えない約束で
お願いしますbyテュブラヤプロ)。
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最後は、天使で、ごきげんよう。
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2006年12月24日 (日)

移動

出発の前日だというのに、体調がすぐれない。
たいがい、ゆっくり寝れば治るのだけれど、
その時間がいまはとれないし。
しかしながら、バンコクにさえいけば、ゆっったりと過ごせる。
それだけを頼りに今はがまんするしかないようだ。

仕事を終えたあと、実家に移動する。
実家から今回も伊丹に向かうのだ。
実家で荷物の準備をする。
自慢ではないが、大荷物だ。
でもなにかしら忘れ物をする。
今回は、ハンカチを忘れた。
まあ、なくてもなんとかなるだろうけれどもさ。

荷造りがすんでも、食欲はわかない。
こういうときは、なにも食べずに寝るのが、ぼくの流儀だ。

翌朝、5時半に起きる。
体調は戻らないけれど、行けないほどではない。
また、じいさんばあさんに送られて、伊丹空港に向かう。
年寄りは、朝から元気いっぱいだ。

成田へ向かう国内線は、いつのまにか747のジャンボから、
777に変わっている。
燃料効率の悪い747は、これからどんどん退役するんだろな、
と思うと、少し早いが、タイ式に合掌(-人-)してみる。

移転した成田の第1ターミナルは、初めてだ。
とくに目新しいデザインではないけれど、
少なくても備品関係は初々しい。
クリスマスらしい飾りつけや、サンタ姿の空港職員がいたりする。

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出国審査場は、予想通りえらく込んでる。
21世紀にもなって、いまだにパスポートがスタンプ式なんて、
いったい誰が予想しただろう。
せっかく住民基本情報カードなんてものをつくったのだ。
全部これ1枚ですむようになればいいのにな。
パスポートだけではなく、運転免許証もこれでかねる。
いろんなコストが、ものすごく削減できると思うのだけれど。
年金やら、子供の給食費を払わないやつは、外国にはいけない。
自分名義の車だって、もてない。
なかなかに名案だと思うのだけれど。

なんてばかなことを夢想しつつ、出国審査を抜け、
搭乗口とラウンジを地図で探す。
搭乗口は一番端っこだけれど、近くにラウンジがあるようなので、
しばしそこで休もう。

ラウンジは、2グレードあるようで、
ぼくのようにお情けで使用させてもらってるひとのラウンジは、
下の階にあった。
でも、なかなかシックでよいインテリアだ。

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ちょっとこばらがすいたので、おいなりさんと巻寿司をつまむ。
どちらも、海外で食べる日本食のような味がした。

飛行機は、ほぼ満席で、またもやトリプルセブンだ。
スッチーに若い別嬪さんが乗っていないのは、
今日は仕事重視のフォーメーションとみた。

ぼくの席は、3-3-3の真ん中の列の、通路側だ。
ぼくの隣、真ん真ん中に座っているのは、初老のおやじだけれど、
元気いっぱいに、赤だの、白だの、ビールだの頼み、
その結果として、まどろむぼくを無理やり起こしてトイレに行く。
反対側の席の外人は起きてるんだから、そっちから出れよ、
と思うのだけれど、
なにがあっても、どうあっても、ぼくに面倒をかける、
と決めているようだ。

1時間ほど前にハーゲンダッツのアイスクリームが出たあと、
時間ぴったりにバンコクの新空港に着く。
スワンナプームと命名されたこの空港は、
ドンムアンが手狭になったため、
わざわざ広い場所に移動したはずなのに、もう手狭になって、
エアアジアなど、一部格安航空会社を旧の空港に戻すことが
検討されているらしい。
まったく、タイ人の仕事だなー、と変に感心させられる。

メータータクシーは、到着階の1階下、
1階から乗れるようになったようだ。
これも当初、バスで移動してから、乗る、という話だったように
記憶しているのだけれど、いつのまにか変更になっている。

タクシーに乗ると、ドアに貼ってあるナンバープレートの
シールをまずデジカメで写す。
問題が発生したときの用心にも、
問題を発生させない用心にもなるのんだ。

都心に入るまで、道はスムースで、
距離は多少ドンムアンよりは長いかな、とも思うけど、
時間的には、ぼくのホテルは、変わらないようだ。
ホテルに着くと、183バーツのメーターに、空港から乗る際の、
プラス50バーツの追加料金と、多少のチップを加えて
支払いをする。

やっとついたし。
フロントのねーちゃんは、もう顔馴染みになっていて、
久しぶり、って感じの微笑を投げてくれる。

あの微笑に迎えられたときだけは、

遠路はるばる来た甲斐があったかな、

と思わないでもない瞬間、なのだったりするんだな。


2006年12月22日 (金)

ANAで行く

12月のご希望日の便が取れました、
との電話がANAからあった。
自分の目算より早く連絡があり、うれしい誤算ではあったものの、
予定が早く確定することは喜ばしい、には違いない。

今回のたびの、往路については、2つの選択肢があった。
ひとつは、夏にシンガポールで発券したタイ航空便の、
シンガポール-バンコク-大阪-バンコク-シンガポールの、
大阪からあとの分の航空券を使用する方法。
これは当初の予定で、ちゃんと12月の希望日に
予約が入っている。

もうひとつの選択肢が、今回、電話のあった、
成田経由のANA便を利用することで、
今は、来年の4月29日に予約が入っている。
そして、このチケットは特典航空券であるがゆえに、
メリットとデメリットが存在する。

メリットは、無料であること、日時の変更が可能なことで、
デメリットは、予約が入らない日があるのんだ。

いわゆる、ブラックアウト、といわれる予約が入らない期間は、
一般的な旅行客が、ほおっておいても高い値段で、
チケットを購入してくれる繁忙期で、
特典航空券、というチケットの性質を考えるとき、
それは仕方がないことである、とぼくも思う。

そこでぼくは、海外発券の航空券とこの特典航空券を
組み合わせることで、
なるべく、このブラックアウトにひっかかないように
しかも、自分の希望日にたびに出ることができるように、
手間をかけ、頭を捻る、というわけなのだ。

当初の予定では、12月の希望日に
素直に大阪発のTG便を利用し、
来年の4月29日の日曜日、ANAの特典航空券で
出かける予定だったし、予約もちゃんととれていた。
ゴールデンウィーク初日の土曜日に出れれば完璧
だけれど、ANAの特典航空券ではその日は
ブラックアウト期間に引っかかってしまう。

でもぼくは、気づいてしまった。
12月の希望日は、ブラックアウトにはひっかっていない。
ということは、TG便とANA便を入れ替えれば、
ゴールデンウィーク初日の土曜日に出れるのではないか、
ということに。

あとは、双方で、逆の予約が入るかどうか
ということになってくるのだけれど、
期日変更のキャンセル待ちを入れていたANAの方の航空券が、
ぎりぎり、よりは、心持ち余裕があるところで、取れてきた、
というわけだ。

TG便の航空券を買うことになった、夏休み前から、
ずっとキャンセル待ちはいれていたのだけれど、
でんでん動きがなく、数ヶ月、
実は、数日前に電話で様子を訊いたところ、
ぼくを含めて、待ってる客は、20数人だったので、
たぶんとれるだろう、という風には、思っていたのだけれど、
もっとせっぱ詰まってから、返事があるのだろう、
という予想をしていたのだ。

今度は、4月のTG便を変更しなければならないが、
これは、海外発券ながら、有償のチケットなのと、
まだ時間的余裕があるので、どうにかなる、と思っていたし、
現にちゃんと問題なく変更ができた。

これで来年のゴールデンウィークに、一日長く、
たびの空にいることができる、ことになったわけだが、
パズルさながらの複雑さで、完璧な日程を組むことができた、
その時点で、ぼくは、すでに自己満足している。

計画が立ったら、行っても、行かんでも、
もうどっちゃでもええんだけど、
家におってもしゃーないし、せっかくきれいに描けたから、
なぞってみるか、計画表通り、って感じなわけだ。

たびがぬり絵、な今日のこの頃であることだよ。






▼ちなみにANAは、アナではなく、断じて、エーエヌエー、
という風に発音しなくてはならない、らしい。
就職の面接試験で、アナ、と言ったばっかしに、
不合格になった話、というのが、まことしやかに流布している。
ちなみに最近は飛行機から、全日空、の漢字も消えたらしい。
これはドル箱の中国路線で、中国人には、一日中ひま
という風に読めるからだ、というのだけれど、ホントですか(^^?
誰か、中国語に堪能な方、教えてちょんまげ。
ついでながら、TGはタイ航空の2レターだけれど、
ANAの2レター、NHはむかしの社名、日本ヘリコプター、
からきてるらしい、ていうのは知ってましたかい(^^?

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そろそろこんな写真を
貼る季節が近づいてきやした(ToT)

2006年12月20日 (水)

どないちゃうねん

最近、些細にでも自分の人生と関わりのあった、
ひとびとを妙に思い出したりする。

これが、死の直前にみるという、人生の走馬燈現象
ってやつの一環だったら、そろそろ覚悟を決めなきゃいかんな、
と思ったりもするのだが、今日はまだ生きてるようだし、
とりあえず、思い出したことを書いていたりする。

予備校のクラスメートにヤマダ先輩(仮名)、というひとがいた。
かれは、同じ予備校生ながら、3浪だということで、
私文クラスの仲間うちでは、先輩呼ばわりされていたのだった。

かれは、喫煙コーナーでタバコを吸いながら、
先代の故林家小染師匠のような、
曖昧で穏和な笑顔
を浮かべて、

最近、飯がうまあてしかたない

とよく語っていた。
逆風吹きすさび、友人もまた敵、といった感のあった、
ぎすぎすした浪人生活のなかで、
かれの存在は、まさにいっぷくのタバコのように、
ぼくたちをほっとさせてくれるものだった。

ある日、かれは、妙にあらたまった風に切り出した。
おれ、みんなに隠してたことあるねん。
みんな、どんな告白が始まるんだろう、と緊張し、
かれの次のことばを待った。

オレ3浪、っていってたけど、実は4浪やねん。

みんな、偉大な先輩への敬意は忘れなかったものの、
はあはあ、と相槌をうちながら、
どないちゃうねん、と正直思ったものだ。

その後、ぼくはなんとか自分の志望校へ入学が決まったけれど、
先輩の噂は、ようとして聞かなかった。
ひょっとすると、もうしばらくあの場所にいてはったのかもな、
と思わないでもなかったりする。

そして十数年がたち、ぼくらが通った予備校も、
大手との競争に敗れ、廃校になってしまったらしいし、
かれがいまどこでなにをしているのか、
それこそもう知るよしもないのだけれど、
きっとまだ、どこかでだれかを和ませてるぢゃないのかな、
とふと思うのだった。



▼故林家小染師匠は、落語家として将来を嘱望されていたが、
若くしてお亡くなりになられてしまった。
お酒が好きで、酔っぱらって道で寝ていて、車に轢かれたのんだ。
忘年会の季節だけれど、寝るときは、ちゃんとふとんで
寝るようにしたいものだ。

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寝床@プラザアテネ in BKK

2006年12月18日 (月)

冷蔵庫

新しい冷蔵庫が欲しいのだけれど、
と実家の母親から相談があったのは、
たしか、7月の下旬だったと思う。
すぐに壊れそうというわけではないのだけれど、
でも、今度はナショナルの500リットルクラスのが欲しい、
とのことだった。

そういうことなら、ということで、ネットで調べてみると、
たしかに母親がいってるくらいの値段で、
希望の冷蔵庫は売っていた。

ただ、母親のみたスーパーマーケットの電気売り場だと、
そのままの値段だが、家電量販店で買うと、ポイントがついて、
そのポイントが2万円分にもなるようだから、
せめて、ヤマダ電機とかで買ったら、というと、
それにはついては異存はないようだった。

ところが、そのまま、どれを買おうかと9月の中ごろまで、
母親が悩んでいたところ、どうもこの時期に、ナショナルは
冷蔵庫のモデルチェンジをするようで、旧製品がなくなり、
新製品は6~7万円も値上がりしていることがわかったのだった。

そこで、もう一度、インターネットで検索したところ、
希望する商品は、ヤマダドットコムでも、
ビックカメラドットコムでももうすでになく、
ヨドバシドットコムに、ロゼステンレス色のみが
お取り寄せ状態で残っているだけになっていたのだった。

もし、この色でよければ、こっちから発注するけど、
一晩考えてみたら、といったはいいものの、
返事をもらう前の翌日の夕方、もいちど、
ヨドバシドットコムにアクセスすると、
頼みの綱のロゼステンレス色さえもうなくなってる始末だった。

こういうのも、一種の縁、なんだろうな、とは思ったものの、
500リットルクラス、というのは、通常6人家族とかが
使用するものだ、と、どっかのサイトの商品説明にはあり、
実家は、老夫婦とネコ一匹だけのうえに、
もひとつ、小さな冷蔵庫もあったりする。

1割ほど収容量は小さいけど、
450リットルだったら、まだ旧製品が残ってるし、
色も選べるし、こっちにしたら、というと、
これさえも在庫がなくなってはたいへん、
と今度は即決した母親であった。

結果として、50リットルとは引替えだが、
さらに3万円ほど安く買えたし、
モーター音も静かだし、選んだ色もお気に召したようなので、
結果オーライ、といった感じだったのだけれど、
最近は、買物にもスピードと決断力がいるのだなー、
ということを再認識させられた次第だ。



▼納品の際、運んできた業者さんはすごく親切でよかったけれど、
なかなか帰ろうとしなかった
ひょっとして、心づけが必要だったのか、
と母親はあとで思ったそうなのだけれど、
冷蔵庫の配達、ってチップいるのかなー(^^?
あっしは、いらない、と思うのだけれど。。。

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にゃんこ@みゃんまー



2006年12月16日 (土)

ないん

この5月にPDA型PHSのZERO3を買い
電話・手帳兼用で使用してきたのであるけれど、
じゃっかんの問題がないわけではなかった。

それは、胸のポケットに入れるにはでかすぎる、ということだ。
携帯電話を持ち始めて以来、定位置は胸ポケットで、
男性の場合、そういうひとが多いのでないか、と思う。

仕事中や自宅では、さほど問題ないのだけれど、
移動中、あるいは外出中、かばんに入れざるを得ないのは、
やはり不便でだったりしたのんだ。

電話メインの使い方をしているのであれば、
ZERO3を買ったときについてきた、
TTをふだん使いにすればいいのだけれど、
残念ながら、ぼくは圧倒的にメールメイン
の生活を送っているので、
普通のemailに対応していない、TTは使用しづらい。

そこへなかなか素敵な機種が新発売される、ということを聞き、
その新機種を毎日ネット上でながめていたのであるけれど、
見ているうちについわがものにしたい、という抗いがたい欲求
に打ち勝てるほど、ぼくは強い人間ではなかった、
ということを思い出したのは、オンラインのWillcomストアで、
その新機種、ナインの購入・決済をしたあとだった。

14日の夜、黒猫便で届いたそやつは、重さたったの67グラム、
ぼくのヌリカベくんの3分の1しかないにもかかわらず、
email機能はもちろんのこと、フルブラウザ搭載の、
なかなかの有能さを誇る、まだそのうえに、
角張ったデザインが、クールぢゃないか、
て思うのだが、どうだろうか。

ただ、テキストファイルはあけられるようだけれど、
エクセルワードファイルには対応していないようだし、
カメラはついてないし、メモリカードへの対応もなし、なので、
そういうものが必要な際は、やはりヌリカベくんに
ご出陣いただく
ことになろう、と思う。
また、海外旅行にいくときなどは、空港くらいでしか、
使用しないだろうから、ヌリカベくんのみをお供に
出かけることになろうな。

Willcomシムスタイルだと、シムカードの差し替えで、
前の機種がなにげに使える
のが便利便利、
などとちょっと自慢げにいってみたりするのだよ。

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▼あと3ヶ月我慢できずに機種変更したのんで、
Willcomストアで、20800円いたしやした。
10ヶ月超か、新規なら、10800円だったんだけどね。
で、写真は、ぼくのヌリカベくんこと、ZERO3と、
ナイン、そして、初代iPodnanoを比較のために置いてみた。
ナインの小ささ、薄さがわかっていただけるだろうか。

ちょっと、ちょっとちょっと、、、

あ、こりゃ、ナイン、ぢゃなくて、たっち、だったか^^

2006年12月15日 (金)

才能

仕事の帰り、以前に書いた回転寿司屋へと行く。
どうしたことだろう、最近ここは、
めっきり普通の回転寿司屋になってしまった。
でもまあ、混んでるというほどでもないし、
すいてた、ということ以外にも、この店には取柄がある。
実は店員のおんなのこが、妙にかわゆかったりするのんだ^^

別にそれでどうこうしよう、というつもりはないのだけれど、
でもどうせなら、かわいい娘のいる店に行きたい、
というのは、やはり人情、であろう。

さて、今日もひとりカウンターで、わしわしと食い続ける。
寿司の回転だけではなく、客の回転だって、
店にとっては重要だろうしさ。

ぼくは、どっちかというと、同じものばかりを食べる。
焼きハラス、イカオクラ、姿やりイカ、ねぎとろ巻き、、、
なんていうのが好むところだ。

しかし、けっこう腹もくちくなってきた8皿目、
ぼくは、なんとなくつぶ貝の皿をとった。
ふだんは、決してとらないのだけれど、
なぜか、貝のテカリ具合にそそられたのだ。
そして、2皿並んで流れてきたうちの、最初の方、
理由はないが、どうしてかそっちの方をとってしまったのだった。

そういえば、ぼくの勝負運のなさについても、
以前書いたことがある。
低い確率でも、必ず悪いほうを引き当てる。
じゃんけんなら、負ける
みその入った樽とくその入った樽なら、きっと、、、

ま、いいんだが。

今日も、とったそのつぶ貝の皿をみると、
姓名不詳の足の長い虫がゆっくりと移動しているではないか。
なぜなんだか。。。

ただ、みてしまった以上、さすがにそれはよう食べなくて、
かわいこちゃんのひとりを呼んで、
この皿取ったけど、パスしていいかな?
と訊く。
おねーちゃんは、かわいい顔をひきつらせて
厨房に皿を返しに行ったのだった。
まさか、虫とって、また出したりせんだろな(゚Д゚#)

しかしながら、だんだんぼくにはわかってきた。
タイで、とろみのついた台所虫の料理が出てきたり、
クンオプウンセンのエビが虫を抱えてたり、
っていうのは今まで書いたことがあるけれど、
職場で食べてた、弁当の千切りキャベツに
醤油味のドレッシングをかけたら、
それが沁みたらしい、青虫があわてて這い出てきたり、
子どものころ、食べたお好み焼きの、
鰹節のゆれ方がふだんと違うなー、と思ったら、
小さなハエの幼虫の大群が熱さに身もだえしていた、
こともあった。

そうだ、これはお店の問題ではなく、
ぼくが虫に好かれた結果なのだ。
そうでなければ、ぼくの皿にばっかり、
虫が載ってでてくる
理由がわからない。

婦女子にはさほど好かれないぼくではあるが、
決して、虫の好かない人間ではない、
自信が今日のぼくにはある、のであった。



▼AKIRASUSHI@KUCHIN
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2006年12月13日 (水)

答えのない質問

以前にも書いたかもしれないが、若いころ、
冨田勲さんのシンセサイザーによる作品をよく聴いた。
なかでも、ホルスト作曲のトミタ版惑星トミタズプラネッツは、
最高傑作だと思っている。

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今のように、シンセサイザー、という楽器が
普通に誰でも扱えるわけでもない時代に、
自分でいちから使い方を会得して、あれだけの作品を作り上げた
のは、凄い、としかいいようがないのではないだろうか。
なんせ、1970年代の話だし。
そんなすばらしい作品群をぼくはレコードで聴いていた。

そういうかれの、シンセサイザーの作品のなかで、
何作目だったか、宇宙幻想、というレコードがあった。
トミタズコスモス、というやつだ。

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これは、バッハから、ジョン・ウィリアムまでの、
年代的には広い範囲をカバーしていた、
オムニバスのレコードだった。

ジョン・ウィリアムのものは、スターウォーズのテーマで、
最後のところで、人間がロボットに口笛でエリーゼのために
の吹き方を教える、のだけれど、
ロボットは、どうしてもうまく真似ができない。
教えているうちに、人間の方がロボットにつられて、
間違ってしまい、ロボットに笑われてしまう、
ってオチが楽しかった。

そのレコードのなかに、アイヴスという作曲家の作品を
トミタが演奏した、答えのない質問、というのがあった。

もともとは、トランペット、フルート、弦楽合奏、
という特殊な構成の曲のようで、
今でも、数多くのCDが出ている作品、ではないようだ。
かくいうぼくも、このトミタのレコードでしか聴いたことがなく、
原曲は知らないままだ。

しかし、この答えのない質問、ということばは、
なかなかに含蓄のあることば、ような気がする。

歳を経て感ずるのは、人生における問題の多くは、
実はこの、答えのない質問、だったのではなかったか、
ということだ。

問題を抱えないで生きているひとはそうはいまい、と思う。
みんな多かれ少なかれ、問題を抱えて生きている。

毎日、その問題と向かい合って生きているひともいれば、
うっちゃって生きているひともいるかもしれない。

ただ、解決のための努力をしようがしまいが、
そもそもその問いには、答えなど初めから存在しない、
のかも知れなかったのんだ。

若いとき、ぼくはつまらことでよく悩んだものだ。
最近は、歳を食ったせいか、あんまりまじめに悩んだりも
しなくなったし、問題があっても、それと同居できる
ようになってきた、ようにも思う。

むかしむかし、円周率の計算に人生をささげたひとがいた、
という話を聞いたことがある。
残念ながら、円周率も答えのない問いのようだったようだ。
しかも、今だったら、コンピュータを使って、
かれが一生分かけて計算した分など、瞬時に計算できてしまうし、
そのうえ、彼のしていた計算は、たしか、途中で間違っていた、
という話だった、ように記憶している。
挙げ句の果てに、最近、日本の小学校では、
円周率はおおよそ3、なんて教えることになってるらしいし。

自分のまわりの問題の、どれに正解があり、どれに正解がない
のんか、わからないし、答えのない質問に満ちた人生を、
どのように過ごすのが正解なのか、
これこそが、そもそも答えのない質問、なのかもしれない、
と思ったりするのんだ。




▼最近、平原綾香さんのデビュー曲「Jupiter」の原曲としても、
注目を浴びたホルストの惑星だが、
惑星の発見や定義が変わるたびに、
いろいろなひとから、いわれなき迫害を受けてきた。
かれがこの曲を作曲した当時、まだ、冥王星が発見されておらず、
よその誰かが冥王星を勝手に作曲し、
付け加えたCDが出たりしたのんだ。
でも、今回の惑星騒動に伴う変更で、
ホルストの惑星と、太陽系の惑星の定義は完全に一致した。
今回の惑星騒動で、一番ほっとしたのは、
今はお星さまになってしまった作曲家、なのかもしれない。

2006年12月11日 (月)

がっかり、すまそ。

今年の正月に、微乳の王国、という記事をここに載せた。
ちょうどそのころぼくはタイに滞在中で、
むかしに比べ、タイ人の体格も良くなって、これからは、
肥満の心配をしなくてはならないようになるではないか、
というような、趣旨の話だったのだけれど、
話のなかに出てくる、微乳、ということばが、
予想外の事態を引き起こしていることに最近、気がついた。

微乳、ということばを検索した結果、
このブログを訪問してくれるひとが、思いの外、多いようなのだ。
話自体はそれほど深く、微乳に関して言及しているわけでもなく、
また、ぼく自身、微乳に関して造形が深いわけでもない

むかし、世界3大がっかり名所のひとつ、といわれた、
シンガポールのマーライオンと同様、
がっかりしてここから帰る人が多いのだと推察され、
心苦しい思いしきりなのである。

その後マーライオンは、シンガポール政府の力によって、
巨大モニュメントに変身し、
きっと、がっかり度は減じているのだろう、と思うのだけれど、
ぼくのブログに関しては、検索で訪れてくれたひとを
満足に誘うような、さらなる蘊蓄もなく、
さりとて、微乳に関して、これ以上探求しよう、
という向上心も持ち合わせていないため、
まっこと、申し訳ない、と思う次第である。

しかしながら、スイカップだの、爆乳ショットだの、
巨乳属を讃えるような、
また、そういう風潮をあおるような情報があふれるなかで、
野に咲くかすみ草のような、ほのかな微乳情報を求めて、
日々活動されている、諸兄には、エールを送りたい、
そんな思いでいっぱいである。

ちなみに、ぼくは、女性のお乳ならば、どんなものでも、
受入れる覚悟はできている、のんで、
とくに希望があれば、申し出られたい(^^;)



▼アクセス解析の画面からのコピーした図をご覧いただきたい。
ここ100日ほどのあいだで、語句検索によって、
うちのブログにたどりついたひとの、検索ワードの1位が、微乳
貧乳、も9位に入っており、合計の検索数が267回で、
全体の検索数の2680回の、1割近い数字になっている
ことがわかる。
それに対し、巨乳、からたどりついたひとは、
64位の8回にすぎない。
微乳情報が、需要に対して供給が追いついていない状態
とぼくが考えた根拠はここにあったのだ。
これをビジネスに生かしたい、というひとがいたら、どーぞ^^;

(図)

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2006年12月 9日 (土)

頻脈

「…誰かに去られたあと、その場所に残ってひとりで生きる
というのは、たしかに辛いことであると思います。
それはよく承知いたしております。
しかしこの世の中に、何も求めるべきものを持たない寂寥感ほど
過酷なものは他にありません。…」
村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」第2部終章中の間宮元中尉の手紙より


ぼくは、脈が速いことではとても定評のある男だ。
たいてい、1分間につき100から120の間にいる。
一般的なひとだと、つねにジョギングしてるくらいの脈拍数、
なのだということだ。
でも、血圧は年齢を考慮しなくても決して高い水準になく、
かかりつけのお医者さんに言わせると、薬によって、
脈拍の回数を減らすには、中途半端な状況、なのだそうな。

こんなことを友人たちに話すと、みんないっせいに、
「ゾウの時間 ネズミの時間」という本を思い出すようで、
ぼくの早死にを心配してくれたり、確信してくれたりする。

要は、巨大で長生きの象も、小型で早死にのねずみも、
一生のうちに、心臓が働く回数は同じ、
すなわち、ぼくの場合に当てはめれば、脈が速い分、
きっと普通のひとよりは、早く心臓が使えなくなり、
早死にするだろう、という結論に至る、ようだ。

ぼくも、若いとき、たしか中公新書かなにかで、
ベストセラーになった、この本は、読んだ記憶があるし、
その内容に関して、異議を唱えるつもりもない。

異議なし、早死にに1票、というところだ。

だからといって、今のところ、慌てふためいて、遺書を書いたり、
戸棚に隠したエロビデオを始末したり、宗教に救いを求めたり、
というような、そんな切羽詰った感情や行動には、至っていない。

早いか遅いかはあるものの、ひとはどうせ死ぬのだし、
そのために、多大な努力を払って、
人生を時間をほんの少し延ばそう、
という境地にもまた、今のところはなっていない。

今、これを読んでいるひとたちだって、
100年後にまだ、これを読めるくらいに元気なものは、
たぶん、ほとんどいないだろうしさ。

以前にも書いたとおり、自分にとって、苦痛な努力はしたくない。
苦しいのは、死ぬる瞬間だけで充分だ。

ただ、死ぬときくらいは本当に好きな人と一緒にいたいものだ、
とは思わないでもない。
これも、叶うかどうかは今後の人生に期待、という状況なので、
ま、ぼちぼち考えてみようかな、みまいかな、
と思ったりするは今日この頃である。


▼自分の最愛の人が、自分を最愛のひと、と思ってくれていない、
という熟年夫婦が増えているようで、ご愁傷さまな限りだ。
しかも、近年の日本では女性の方が三行半をたたきつける
パターンが多いらしく、妻に去られた男性の平均余命は、
悲惨
、の一語に尽きるようなありさまらしい。
だけど、しかたないよねー、
夫婦といっても、所詮は他人なんだしね。
みんなそれぞれに自分の幸せを追求する権利があるのだろう、
と思う。
こういう、不本意に老妻に去られたひとたちに
若く日本語のできるタイ女性を紹介し、
不幸なおっさんじいさんたちを支援するシステム
をやはり作らねば、と決意を新たにする次第だ(^o^)

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タイのビアチャン。
訳せば、象ビール。

2006年12月 7日 (木)

伊集院渚ちゃん

テレビから、懐かしい声が聞こえてきた。
日立だかの掃除機のCMのナレーションだ。
あわてて画面を凝視したが、掃除機しかうつっていない。
いま一度、確認するために、世界ふしぎ発見、をみる。
司会の草野さんは、あいかわらずパワフルさをひた隠し、
淡々と進行していく。
しかし、ぼくの目的は、もちろん、CMをみることだ。
でも、掃除機のCMは結局かからない。
しかたないから、ホームページにもいってみるけれど、
CMを見ることはできなかった。
でも、間違いない。
かのじょは、坪田直子さんだ。

以前にも書いたけれど、石立鉄男さん主演のドラマシリーズが
好きだった。
今続けてみると、日本の経済発展がよくわかって、
そういうおもしろさ、もあったりする。

その最後の方の作品に、気まぐれ天使、というのがあった。
女性の下着会社に勤めながら、童話作家を目指す主人公の
石立以外には、大学の後輩で職場の上司が森田健作さん、
職場の同僚で、恋人役が大原麗子さん(途中降板)、
大原から代わったマドンナで、石立・森田の上司役だったのが
酒井和歌子さん、石立の下宿に転がり込んでくる、
身寄りのない年寄り役が樹木希林さんで、
その孫のフーテン娘の伊集院渚ちゃん役で出演していたのが、
坪田直子さんだった。

かのじょは、とくにきれい、というわけではなかったけれど、
不思議な存在感があって、ぼくはとても好きだった。
ドラマは、最後、酒井和歌子さんにふられた石立と、
実は京都の旧家の娘さんだったかのじょが結ばれ、
めでたしめでたし、という終わり方だったように記憶している。
けれど、かのじょのその後の役者としての人生は、
あんまりめでたい感じでもなかったようで、
あまり目立った活躍の場は、残念ながらなかったようだ。

ぼくが知っているかのじょの最後の消息は、
たしかぼくが中学生のころ、新聞でみた、週刊プレイボーイ
だったかでのセクシー系のグラビア写真の広告で、
当時まじめな中学生だったぼくは、その手の週刊誌を
買いに行く勇気もなく、そのままになってしまったのを、
今はちょっと後悔している

とはいえ、今回、声だけでも聞けたことに関して、
日立製作所ならびにCM制作にかかわったひとびとに、
大きな感謝を述べたい所存だ。

ども、ありがとさん^^



▼記憶にはないのだけれど、このドラマには、
ルパン三世の声優だった、故山田康雄さんも出演していたようだ。
ルパンといえば、不二子ちゃん、というセリフを思い出すけれど、
峰不二子役の声優である、増山江威子さんは、
バカボンママの声優さんでもあった。
若いころ、バカボン・ルッパーン・バカボン・ルッパーン・・・
っていう、ひとり遊びをしてたのはあっしだけではないと思う。
でも今調べると、第1シーズンの不二子ちゃんは、
増山江威子さんぢゃなく、二階堂有希子さんだったんすねー。
Bakabonmama

2006年12月 5日 (火)

狂犬病

最近、数十年ぶりに狂犬病による死者が日本で出た、
という報道があり、
その原因がフィリピンで犬に噛まれたのを放置したため、
ということを聞いて、
うちの母親がぼくに、タイには野良犬はいないのかい、
と心配して問うてきたのだった。

以前に書いたとおり、タイにはたくさん野良犬はいるし、
野良犬とかれらの多くが罹患しているだろう狂犬病は、
ぼくがタイでとくに恐れるもののひとつである。

しかしながら、正しい対処法をとりさえすれば、
狂犬病はそれ自体死に至る病ではない、とタイ人はいう。

ここでは、かれの狂犬病対策を書いておこうと思う。
話をしてくれたタイ人によると、万国で有効な方法だ、そうだ。
しかも聞いたのは、バンコクだったしさ。

まず、噛まれないようにする。
これが一番の方法だ。
だが、噛まれたら、まず、落ち着く。
あなたがのび太くんなら、ドラえもんにせがんで過去に戻り、
噛まれないように自分に警告をする。
但し、時間規則には抵触するおそれはある。

残念ながら、あなたがのび太くんでないのなら、
噛んだ犬をよくみておく。
そして、手に棒を持って背後から近づき、
犬の頭を狙って、降りおろす。
大切なことは、必ずとどめをさすこと、だそうだ。
中途半端に力を抜くと、さらに噛まれるか、逃げられる、
かららしい。
そして、犬の死体を持って、病院にいくのである。

なんで犬の死体が必要なのか?

別にそれを呪術的な意味合いで使おうとか、
そういうことではもちろんない。
噛んだ犬を特定することで、
より効果的な治療が可能なのだ、ということらしい。

もちろん、生きたまま、黙って一緒にきてくれるような、
そんな平和的で友好的な狂犬なら、
死体にしてもっていく必要はないのだろう、と思う。
犬は人類の長い長い友人、なのだ。

けれど、なにせ人を噛むような狂犬である。
途中で気が変わって、医者や看護士や救急車の運転手を
噛む
かもしれないし。
やはりちゃんと始末してから、というのが、
きっとかれらが経験的に知り得た、正しさなのであろう。
人さえ噛まなければ、タイ人は野良犬にとても寛容なんである。

しかしながら、ひとを噛むような狂犬と闘って
ほんとに勝てるのか。
それ自体、無謀、って気がしないでもないけどねー。

そんな話を母親としているときに、そういえば、と思い当たった。
かのじょは、最近海外旅行にいってきたばかりなのだ。

その国には、野良犬はいなかったの?

母親によると、その国では野良犬は見かけなかった、
ということだ。
聞いた話では、その国には、食犬の風習もあるらしいし、
ひょっとして究極の狂犬病対策は、喰っちまうこと
なのかもなー^^;、
とちょこっと思わないでもないのであった。



▼犬を食べたことのある人の話によると、
犬はけっこうおいしい、とのことだ。
よその国の食文化を批判するつもりはないのだけれど、
あっしは、ちょっとご辞退申し上げたいな(^^;)

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バンコクの高架鉄道の駅でくつろぐワン君。

2006年12月 3日 (日)

ルドルフ・ゼルキン

休日のお昼は、ふだんよりも大きめの音で音楽を聴く。
もともとぼくは、大音量派ではないのんで、
BGMくらいの音量で、夜に音楽を聴くことは、
別に自分の楽しみを阻害されてるようには感じないのだけれど、
たまにふだんと違う音量で音楽を聴くのもいいものだ。

今日、ぼくのBOSEから流れてきたのんは、
ロンドン交響楽団を率いるクラウディオ・アバドと共演した、
故ルドルフ・ゼルキン、の弾くモーツァルトの
ピアノ協奏曲27番と第8番だった。
たぶんゼルキン老のものだろうが、音が大きいゆえに聞えてくる、
男性のうなり声とも、鼻歌とも、つかない声に初めて気がついた。
こういう発見もきっと、休日のよろこびのひとつ、なんだろうな。

27番のピアノ協奏曲は、モーツァルトにとっての
最後のピアノ協奏曲で、晩年、かれにとって、
かなり苦しい状況で書かれたものだというのに、
その美しい曲調は、他に比類のない作品だといってもいいほどだ。
しかしながらそれゆえだろうか、長調の曲でありながら、
聴くものに、憂い諦念を感じさせるような、
そんな印象の曲なのだ。

それに対し8番は、かれがまだ若いころに書かれた作品で、
もちろん、天才の作品であり、
すばらしいには違いがあろうはずもないのだが、
19番目くらいからの後期の作品群に比べると、
比較的演奏の種類も、耳にする機会も、少ない曲だ。

にもかかわらず、このゼルキン老とアバドのCDを聴いていると、
27番はもちろんのこと、この8番のなんと美しく、
すばらしいことか。
いままで何度も何度も、このCDを聴いておりながら、
ぼくは、いったい、なにを聴いていたのだろう、と思うほど、
かれらのこの演奏のすばらしさに、感動を新たにしたのだった。

しかしながら、ゼルキン老がお亡くなりなって久しい今、
このCDは、日本では廃盤になっているようで、
amazonで検索してみても、リストにあがっては来なかった。
この組み合わせでのモーツァルトのピアノ協奏曲の全集を
完成することを目指して、
録音が進められていたことは間違いない、ようなのだけれど、
それが達成されたのかどうかも、今のぼくにはわからない。
しかしながら、この8番目のピアノ協奏曲をあらためて聴いて、
ぜひとも、かれらの手による、
他のモーツァルトたち
も聴いてみたい、
そんな気になった、休日の午後なのだった。

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2006年12月 1日 (金)

破綻

借りたものを返す、のは当たり前のことだ。
だが、そんな当たり前のことを当たり前にできない人間もいる。
そんなひとの話だ。

かれは、職場の先輩だった。
とても立派な高校を卒業して、
とても立派な大学に進学した。
そして、いくつかの職を経て、ぼくが就職する前に、
ぼくが就職した職場に就職していた。

かれはいいひとだった。
職場には冷たい感じのひとが多いなか、
後輩のぼくに対しても、普通に接してくれた。

その後、かれもぼくも、別の部署に異動したけれど、
仕事での関わり合いはあったし、
かれは立派な先輩のままだった。

しかしある日から、かれは職場に現れなくなった。
話によると、きまづい感じの金融会社からたくさんの借金をして、
家にも帰っていないそうだ。
そして、あとでわかったことだけれど、
それ以外にもかれは、近親者や友人関係から、
借金を重ねていた、ということだ。

借金の理由はわからないが、おそらくギャンブルじゃあないかな、
というのが、親しい人たちの推測だった。
かれはおくびにもみせなかったが、
以前にも同様のことをしていて、
そのときは、親に後始末をしてもらった、ということだった。

合法と違法のライン上ぎりぎりの高利で金を貸す会社、
のことが最近、話題になっていて、
きっとこのようなシステムに属するひとたちは、
よくない行ないをしているのだろう、と思う。

しかし、である。
なんでそんな高利の金なんか借りる人間がいるのだろう、
という疑問もまたぼくにはあるのんだ。

もちろん、その日食べるものもない、とか、
せっぱつまった事情があれば話は別だけれども、
少なくとも、ぼくの立派な先輩は、そんな立場には
いなかったはずだ。
預金の金利が小数点以下の時代に、
2桁や、それ以上の金利のお金を借りようなんて、
普通の神経で考えると、どうかしてる、としか思えない。

それでも、借りずにはいられないひとたちの存在、
というものがそこにはあるのんだ。

ぼくの先輩は、結局、職場には帰ってこなかった。
今日はどこまでいったやら
とまた思わずにはいられない、ぼくであったことだよ。


▼どうなってもいい、と思えるくらい、楽しいことがある、
というのは、ある意味、羨ましい気もするな。
今日は貼るものがないので、とりあえずタイの別嬪さんと、
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それに見とれるおじさんたち、でも貼っとこうかな(^^
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