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2006年10月 7日 (土)

納車

新車を受け取り、ぼこぼこの自分の車を引き渡すことに
なっていた日は、あいにく、朝から雨が降っていた。
オープンカーを購入したわけではないのんで、
別に雨が困る、ということはないのだけれど、
なんとなく晴れてた方がいいような、そんな気がするのは、
ごく自然な感情だろう。

しかし、任意保険の切り替えを事前にこの日に指定したため、
いまさら、変更しようとも思えない。
雪であれば、考え直すところではあるけれど。

はじめてみる自分の車は、思ったよりは大きく見えた。
実際は前の車とほぼ同じサイズのはずなのだが、、、
とよくよく考えてみると、ぼくは自車のサイズではなく、
今のバージョンの自車と、新車のサイズをみて、
同じと思いこんでいたようだ。
つまり、自車も、モデルチェンジででかくなっていたようなのだ。
大きく見えるのは、当然なのだ。
実際、大きいんだから。

納車、とはいっても、ディーラーまでは自分でとりに行く。
ぼくの場合、自宅付近の方が運転の難易度が高いため、
多少慣れてから、帰りたかったのだ。

新しい車と比べると、長年、苦楽をともにした以前の車は
貧相に見えた。
値段も新車の方が高い機種だし、前車は経年劣化が著しかったし。
なんせ8年半のあいだに、10万キロ以上をともに走ったのだ。
不注意で、なんべんもぶっつけていることが、
その貧相さに拍車をかけている。

でも、そんな美しくもないかのじょだが、
ディーラーに置き去りになる様をみると、
なんとなく心が締め付けられた。
安い、というだけで買った車ではあったけれど、
この8年半、行動をともにした同志、とも言える存在
だったのだし。

思えば、かのじょはなかなかによい子ちゃんだった。
通勤にアップダウンのきつい道のりを毎日走っていたのに、
ほぼリッター11キロ以上の高燃費で走ったうえに、
パンク以外の故障は結局起こさなかった。
オイル交換だって、年に1度くらいしかしなかったのに、だ。
コストパフォーマンスのいい相棒だったのんだ。

なにかを得る、ということは、なにかを失うことだ
最近、よく感じるこのフレーズだけれど、
こいつが致命的に壊れるまで、乗ってやればよかったかな、と、
なんとなくまだよそよそしい新車に荷物を移し変えてるときに、
感じたりしたのは、人間の勝手な感傷なんだろう。

荷物を載せ換え終わって、ふと後部座席の足元をみると、
たぶん、じぶんが以前落っことしたんだろう、
50円玉が出てきた。

手切れ金かいな、もらっておくよ。
君よりも少しゴージャスなかのじょともうまくやるからね。

ディーラーのおじさんと以前のかのじょに見送られながら、
新車とお互い気まづく帰る、雨の中、なのであった。


▼タイの経済状況のよさを反映しているのが、
タクシーの新車の多さだ。
タクシンなきあとも同じように経済的繁栄を
享受できるのだろうか。
Taxibkk

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コメント

師匠、まいど^^

やっぱり車も「かのじょ」なんですね。
船みたいだな~なんて思ったり^^
新しい「かのじょ」と相性が良いといいですね^^

マナオさん、まいど^^

>やっぱり車も「かのじょ」なんですね。
>船みたいだな~なんて思ったり^^
>新しい「かのじょ」と相性が良いといいですね^^
現在、性格を把握中っす^^

↑のマナオさんのコメント、なんかおもしろい。
以前も「師匠嘘ばっかり。」って突っ込まれてたし。

で、新しい「かのじょ」、どうですかあ?

はぎちゃん、まいど^^

>↑のマナオさんのコメント、なんかおもしろい。
>以前も「師匠嘘ばっかり。」って突っ込まれてたし。
>で、新しい「かのじょ」、どうですかあ?
女房とたたみは、、、ってことばがありますが、
車もそっかな、と思うような今日この頃、
ってとこっすかね^^

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