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2006年10月23日 (月)

米長哲学

こどものころの趣味は将棋だった。
渋いともいえるし、爺むさいともいえるが、
当時のこどもの趣味としては、けっこうメジャーだった
ような気もする。

しかし、いままでつづく性格というか、運勢というか、
勝負弱いぼくは、あまり強くはなれなかった。
たぶん、一番実力のあったころでもアマチュア初段くらい
だったろう。
今では、もっと弱くなっていると思う。

でも、将棋という趣味をもつことで、多くのことを学んだ
いまでも、ぼくが大切にしている考え方のひとつに、
米長哲学、というのがある。

米長邦雄永世棋聖は、中原誠永世名人の好敵手で、
ひじょうに才能にあふれた将棋指しだった。
実力もあったが、そのおちゃめな人柄や将棋以外の才能
でも異彩を放ち、とても人気があるひとだった。
自分は頭がいいので、将棋指しになり、
兄貴たちは、あたまが悪いので東大にいった

といっても、まわりが納得してしまうような、そんなひとだった。

かれが自分の信条とし、また、提唱している米長哲学とは、
自分にとって、さして重要でなく、
しかし、対戦相手にとって、重要な対局では、
普段以上にがんばって、相手をうちまかすべく努力すべき
である、という考え方だ。
そんなのプロだったら、当たり前じゃん、と思うかもしれないが、
その当時の将棋界ではメジャーな考え方ではなかった。

日本将棋連盟はちいさな団体だ。
うえからしたまで、棋士の総数は数百名、
かれがこれを言い出したころは、100人そこそこ
ではなかったかな。
トップに君臨するのは、それこそ数名だったろう。
そんななかで、消化試合のような対局の相手が、
自分にとって重要な対局に嫌がらせのように異常な闘志
で向かってきたら、人間関係も壊れようというものだ。

そんななあなあと言えなくもない状況に、
かれは、自分の哲学を公言することで、立ち向かったのだった。
どんなときにも、非情に勝負に徹する態度が、
将来の自分や将棋界全体にとってプラスになる、
とかれは考えたのだ。

そして、かれ以後の棋士には、かれの、この哲学の信奉者が多い。
米長哲学が、将棋界を活性化させ、発展させたことは、
間違いない、と思う。

ところが、である。

さしもの天才も、歳をとって焼きがまわったのか、
米長邦雄永世棋聖は、連盟会長として、
今回の名人戦問題では、きな失着を指した、ようである。

将棋連盟の執行部判断で、毎日新聞から朝日新聞へ、
名人戦を移行しようとした事件のことだ。

結果として、朝日毎日両新聞の共催、となったようだけれど、
これはいわば、発生してしまった問題を
一番ましなところで決着させるための便宜的な手段で、
朝日新聞・毎日新聞・日本将棋連盟の各団体にとって、
そもそもベストの選択であったとは到底思えない。

近いうちに根元的な解決策が必要になるのは、
火を見るより明らか、なのである。

今回の事態収拾に当たっては、
朝日も毎日もとても立派だった、と思う。
すくなくとも、表面的には、だ。
今後、どういう風に事態が進むのか、興味津々である。

米長会長には、そのときこそは、さすがは天才、
と大向こうをうならせるような、
名手を指して欲しいものだ、と思うのである。



▼囲碁と違い、将棋は今でも、畳上の格闘技、だ。
たった40枚の駒が、数百年、無限の闘いを繰り広げている。

Photo_210

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コメント

米長は「2兄は将棋が弱いから東大(1浪)に行った」と言いました。頭が悪いからとは言ってませんよ。

その長男と次男は将棋世界で3男邦雄についてインタビューを受けている。ぜひ頭が悪いかどうか確認してもらいたい。

sadakun_dさん、はじめまして。
ご意見ありがとうございます。

>米長は「2兄は将棋が弱いから東大(1浪)に行った」
>と言いました。頭が悪いからとは言ってませんよ。
実はうろ覚えで書いたので、調べなおしてみたところ、
これについては、諸説あるようでして^^、
sadakun_dさんが書かれたように言ったのを、
まわりが面白く変えていった、という話もあるようですし、
あっしもその話は聞いたことがあります。
ただ、かなり昔の話で、真実は本人しか、
あるいは、本人もきちんと憶えていない、
というのが真相に近いのでは、と思っております^^
今のところ、wikipediaの彼の項目にもこの話は
載っているようですし、必ずしもここで紹介することが間違い、
とは言い切れないのではないか、と思うのですが^^;

>その長男と次男は将棋世界で3男邦雄について
>インタビューを受けている。
>ぜひ頭が悪いかどうか確認してもらいたい。
そして、ここで重要なのは、兄たちが頭がよくない、
ということをこのことばがいっているのではなくて、
東大に行くような兄たちに、負けず劣らず、優秀であった、
米長永世棋聖が、あえて棋士になる道を選んだ、
ということをひじょうにたくみに表現している、
ということだと思うのです。
当時の状況は今とかなり違い、棋士という職業の認知度が低く、
ひとによっては、賭け事の一種のように将棋という芸術を
認識していたように思います。
そこであえて、このようなことばが語られることによって、
棋士の地位向上や、将棋のすばらしさを伝えよう、
としているのではないか、と思っております。

ただ、あっしの文章がつたなかったばっかりに、
東大に行った兄たちがほんとに賢くなかった、
と思う人がいたのであれば、
それは申し訳なく思いますが、
それは本意ではなく、上に書いたように、
棋士、という職業にはすばらしい能力をもった人がなっている、
将棋とはすばらしい芸術なのだ、ということを
あらわすことばではないか、ということを
ここで重ねて書いておきたいと思います。

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