« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月30日 (月)

快楽追求原則

むかし、なんかの漫画で目にしたシーンが心に残っている。
おっぱいに向けて、やじるしがひいてあって、
みんなこれのために頑張っている
という吹き出しがついていたのだ。

まだ若かったぼくは、そうか、人生の目的を凝縮すると、
一組のおっぱいに辿り着く
のんか、と感心したものだ。

その後、長く生きてはきたものの、
これを打ち破る人生観にはまだ出会っていない。

正の方向性か、負の方向性かは別として、
快楽追求のために、生物は生きている。
人類もそのくびきから逃れることはできない、
という結論以上のものに、だ。

他の生物と比べ、多様で複雑な経路をとることはあるものの、
動機は基本的に同一で、快楽の追求または不快からの逃走であり、
より大きな快楽のために、不快をがまんできることはあったと
しても、基本はそれが気持ちいいから、そうして生きているのだ、
ということである。

仕事のあと、どんぶりで安焼酎をかっくらうおっさんも、
聖母なんたら、っていう偉人も、
みんな快楽追求の原則に沿って、行動している。

その結果、アル中になる人もいれば、
ノーベル平和賞をもらう人もいる。
しかし、結果はそうであっても、実はそのすべての行動は、
快楽追求の原則に則った行動なのだ、と。

自分の人生がつまらなく思えたり、
自分がしたいことを見失ったときや、
身をようなきものに思いなしたときなどは、
これを思い出すことにしている。

自分にとって、快楽により近い行動はなんなのか。
どんなことが自分を喜ばせるのんか。

ただ、よくよく考えないと楽しいこともわからない、
というのもちょっと淋しい人生かもしれないが。


▼おっぱい、といえば、猿には乳房はない。
人類の女性の胸が膨らんだのは、
ひとが2本足で歩くようになったために、
性的な成熟をよりわかりやすくプレゼンテーションするためだ、
と述べたのは、デズモンド・モリスだったかな。
ぼくも別に胸のことばっかり、考えてる
わけではないんだけどね(^^ゞ

Photo_213

2006年10月28日 (土)

露店の思い出

子どもの頃、近所の神社やお寺の境内で、
たまに開催された縁日は、ひじょうな楽しみだった。
当時、娯楽といっても、今よりはかなり限定的だったし、
もちろん、東京ネズミーランド、などもない時代だ。
むろんあったとしても、千葉から遠く離れた関西の民が、
しばしば出かけていけるような、そんな時代でもなかったし。

縁日は、非日常の宝庫だった。
多種多様で不思議なお菓子や娯楽があふれていた。
子どもだったぼくには、眺めているだけでも、
わくわくしてしまうような、そんな時間だったのだ。

ある日、近所のお寺の縁日で、珍しい露店を見かけた。
そのまわりには、人だかりができていて、
掛け軸やら、鮭をくわえた木彫りの熊やら、
まわりの屋台に比べると、値の張りそうな物品を並べて、
今から思うと、ちょいと怪しい系のおいさんが、
これはいくら、あれはいくら、
といいながら、路上で、販売事業を営んでいた。

やがて、それらの物品は、これとこれとこれの3品で1万円、
という販売形式になっていった。
いわゆる、たたき売り、っというやつだ。
なかなかに口上はうまかったけれど、
でも、買い手はまだでなかった。

おいさんは、買う気のない人はあっちいってや、
とかいいながら、客をあしらっていたのだが、
ウルトラセブンのアイスラッガー並の
決め技を出すことにしたようで、
水牛だかの角の飾り物に手を出したり、引っ込めたりしながら、
最後には、決意した、という風に、
じゃあ、この角を入れて、3品で1万円でどや、といった。

その勢いに引き込まれるように、さほど豊かでもなさそうな
夫婦が買った、とばかりに手を挙げた。
しかし、その角は、小学生のぼくからみても、
プラスチック製にしか見えなかったし、
たたき売りのおいさんが、さも悩んでます、という風に見せた
所作も、幼稚園の学芸会レベルのわざとらしさで、
お尻の穴がかゆくなるような、そんな演技だったのだけれど。

でも、売買契約は成立したのだ。
おいさんは、してやったり、とばかり、にたにたしながら、
水牛風の物品その他を新聞紙で包んでいた。

冬の寒いときだった、と思うけれど、
カニの路上販売も見たことがある。
これも、たたき売り、だったと思うけれど、
これはオス、これはメス、とかいいながら、
車に積んだカニを売っていた。
だんだん値段が下がってきて、客の中の、
頭髪の不自由な、中年のおじさんが、買った、といったのだった。
そしたら、店のおやじが、オスとメス、どっちがええんや、
その頭やったら、メスには不自由してるやろ
メスをようけいれといたろ、
といって、まわりの人垣を爆笑の渦に巻き込んだのだった。
メスには不自由してるやろ、といわれた薄毛のおじさんは、
みんなに笑われながらも、ひとり冷静で、
黙ってお金を払って、カニを受取ったのだった。

でも、最近は、大人になったせいもあって、縁日には関心がない。
人の多いところが嫌い、ということもあるけれど、
露店の食品を食べたくなくなった、ということもある。
それは、大学生だか、卒業すぐだったか、のときだった
と思うのだけれど、大阪城公園でデート中、、トイレに行った、
当時のかのじょを待っていたときに見た光景が影響している、
と思う。

そこは、噴水のそばだったのだけれど、
たぶん、常設の屋台なんだろう、フランクフルト売りが出ていた。
するとその店のおやじが、バケツを持ってつかつかと、
噴水に近づいたか、と思うと、次の刹那、
噴水の水をくんで屋台に戻っていった、のんである。
その水をいったいどんなことに使ったのかは知らない。
しかし、それ以来、屋台では、飲食をしなくなったぼくは、
神経質すぎる、のんだろうかなー(^^;)



▼タイでもなるべく路上の食べ物は食べないようにしている。
でも、うまそーにみえるんだよねー。
んで、店を構えているから、清潔とはまた限んないだけれど、さ。
写真は、タイのラノーンのめし屋の女の子たち。
おいしかったけど、汚ない店だったな。。。
Photo_212

2006年10月25日 (水)

嘘・うそ・ウソ・・・

ドクターベシア:君の過去について、まだ聞きたいことがある。
ガラック:       すべて話しましたが。
ドクターベシア:だが、どれもまるで話が違うだろ。
         どの話が本当でどれがウソか教えてくれ。
ガラック:       ドクター、どれも真実です。
ドクターベシア:ウソも?
ガラック:       特にウソがね。
(スタートレックDS9での、地球人医師とカーデシア人との会話より)

生きていくうえで、一切嘘をつかずにおれたら、
きっとそれは幸せなこと、なのだろう。
いろいろな場面で、好むと好まざるにかかわらず、
嘘をつきながら、ぼくは生きてきた。
そしてきっと、多かれ少なかれ、みんな同じように
嘘をつきながら、生きているのだろうと想像している。

しかし、ついていい嘘と、いけない嘘、
というものがきっとあるのだと思う。
ついてはいけない嘘、というのは、ひとを傷つける、
とくに、自分の愛する人間を傷つける種類の嘘だ、
とぼくは考えている。

それに関しては、ぼくは誠実であろう、としてきたと思うし、
現に誠実であった自負もあるだが、
残念ながら、相手が同様のポリシーを持っていないことで、
何度も傷つくことがあったように思う。

ひとは嘘つきながら生きている。
どういう場合も、それから逃れるすべはない。
たとえ、相手が誰であったとしても。

そういう風に割り切れれば、きっと、無用に傷つくこともなかった
のだろうし、自分自身も楽だったに違いないのだろう。

浮気をしても、ばれなければいい。
内緒で借金をしても、自分で始末できれば別にいい。
しらない方が幸せなことは教えない。。。

そんな考え方だって、きっとあるのだろうと思う。
残念ながら、自分とは宗派が違うだけで。

ドラマの中で、ドクターベシアとガラックという異星人のスパイ、
という噂のある服の仕立屋のあいだでは、
もうひとつ嘘についての会話がなされたことがある。

狼がきた、と嘘をつく少年の話だ。

地球人のドクターは、その話を例に、
地球では嘘をつくことがよくないことであると、
異星人のガラックに説諭するのであるが、
それに対して、ガラックは、

わたしに言わせれば、その話の教訓は、

同じ嘘を2度つくな、ということです、

と答える。

宇宙人との異文化コミュニケーションの難しさ、
を表現しようとしたたとえ話だと思うのであるけれど、
なんとなく、この異星人の感性に近い人類が、
日本でも増えているのではないか、と思えなくもないのだが、
どんなもんだろうか(^^;)


▼ドクターベシアの吹き替えをしていた声優さんは、
シリーズ途中で変わったのだが、最初のひとは、
「クレヨンしんちゃん」のおとーさん役のひとだった。
そして、このシリーズに出てくる、オドー役の吹き替えは、
「巨人の星」の、星一徹役の声優だった。
これも一種の異文化コミュニケーションか。。。
Photo_211

2006年10月23日 (月)

米長哲学

こどものころの趣味は将棋だった。
渋いともいえるし、爺むさいともいえるが、
当時のこどもの趣味としては、けっこうメジャーだった
ような気もする。

しかし、いままでつづく性格というか、運勢というか、
勝負弱いぼくは、あまり強くはなれなかった。
たぶん、一番実力のあったころでもアマチュア初段くらい
だったろう。
今では、もっと弱くなっていると思う。

でも、将棋という趣味をもつことで、多くのことを学んだ
いまでも、ぼくが大切にしている考え方のひとつに、
米長哲学、というのがある。

米長邦雄永世棋聖は、中原誠永世名人の好敵手で、
ひじょうに才能にあふれた将棋指しだった。
実力もあったが、そのおちゃめな人柄や将棋以外の才能
でも異彩を放ち、とても人気があるひとだった。
自分は頭がいいので、将棋指しになり、
兄貴たちは、あたまが悪いので東大にいった

といっても、まわりが納得してしまうような、そんなひとだった。

かれが自分の信条とし、また、提唱している米長哲学とは、
自分にとって、さして重要でなく、
しかし、対戦相手にとって、重要な対局では、
普段以上にがんばって、相手をうちまかすべく努力すべき
である、という考え方だ。
そんなのプロだったら、当たり前じゃん、と思うかもしれないが、
その当時の将棋界ではメジャーな考え方ではなかった。

日本将棋連盟はちいさな団体だ。
うえからしたまで、棋士の総数は数百名、
かれがこれを言い出したころは、100人そこそこ
ではなかったかな。
トップに君臨するのは、それこそ数名だったろう。
そんななかで、消化試合のような対局の相手が、
自分にとって重要な対局に嫌がらせのように異常な闘志
で向かってきたら、人間関係も壊れようというものだ。

そんななあなあと言えなくもない状況に、
かれは、自分の哲学を公言することで、立ち向かったのだった。
どんなときにも、非情に勝負に徹する態度が、
将来の自分や将棋界全体にとってプラスになる、
とかれは考えたのだ。

そして、かれ以後の棋士には、かれの、この哲学の信奉者が多い。
米長哲学が、将棋界を活性化させ、発展させたことは、
間違いない、と思う。

ところが、である。

さしもの天才も、歳をとって焼きがまわったのか、
米長邦雄永世棋聖は、連盟会長として、
今回の名人戦問題では、きな失着を指した、ようである。

将棋連盟の執行部判断で、毎日新聞から朝日新聞へ、
名人戦を移行しようとした事件のことだ。

結果として、朝日毎日両新聞の共催、となったようだけれど、
これはいわば、発生してしまった問題を
一番ましなところで決着させるための便宜的な手段で、
朝日新聞・毎日新聞・日本将棋連盟の各団体にとって、
そもそもベストの選択であったとは到底思えない。

近いうちに根元的な解決策が必要になるのは、
火を見るより明らか、なのである。

今回の事態収拾に当たっては、
朝日も毎日もとても立派だった、と思う。
すくなくとも、表面的には、だ。
今後、どういう風に事態が進むのか、興味津々である。

米長会長には、そのときこそは、さすがは天才、
と大向こうをうならせるような、
名手を指して欲しいものだ、と思うのである。



▼囲碁と違い、将棋は今でも、畳上の格闘技、だ。
たった40枚の駒が、数百年、無限の闘いを繰り広げている。

Photo_210

2006年10月21日 (土)

野良犬の自由と飼い犬のしあわせ

むかし、野良犬と飼い犬ではどっちが犬にとって、
望ましいか
、ということを考えたことがある。
一般的な野生動物は、野良の状態でいることが通常であり、
たとえ、長生きできたとしても、
動物園などで見せ物にされているのは、
たぶん、気の毒なんだろうな、と思う。

しかし、犬は、むかしからひととともに生きてきた。
飼い犬である幸せ、というのも、犬のDNAのなかに刻まれてる、
そんな気がしないでもないなー、と思う。

ところで、バンコクで怖いものはなにか、と訊かれれば、
ぼくには、2つのことをあげるだろう。

スカイトレイン(BTS)の自動改札と、野犬である。

スカイトレインの自動改札は、ドイツ製だかなんだか知らないが、
でんでん容赦がない。
日本製だと、ちょっと待ってね、って感じだが、
かの国のんは、なにしとんぢゃごりゃー、って感じで閉まるし、
しかも、非常に誤作動が多いのだ。

真偽のほどは知らないが、あれで妊婦が流産した、
という話まで当初はあった。
最近は、だいぶ誤作動も減ったようだけれど、
当初の痛いイメージから、ぼくはあれを抜けるときに、
当たってもあまり痛くない角度に体をひねって、
通り抜けるくせがついてしまったほどだ。

もうひとつの野犬、というのも恐ろしい。
昼間はけっこうだらん、としてやる気のないように見える彼ら
であるが、夜になると、集団で、噛んだろか
って感じの目でこっちを見るのんだ。
見るだけではなく、追いかけてきたりもする。
しかも、けっこうな確率で狂犬病らしいから、始末が悪い。

そういうバンコクの犬たちをみると、
犬も本来は野生動物なのだなー、と思うのだ。

ところで、いつだったか、結婚しても、恋がしたい、
結婚したら、ひとを好きになってはいけないのか
というような、馬鹿なことをいった奴がいたように記憶している。

ひとの心の中までは、何人たりとも、支配はできない
なにを思おうとそれは、自由である。

殺したろかでも、犯したろかでも、愛してるでも、
好きに考える権利はあるのだろう。

しかし、である。

それを実践するのには、現に今いる配偶者などの許可
もらうべきだ、というのがぼくの意見だ。

結婚していても、なにをしてもよいのなら、
野良でいる、ぼくたちの立場はどうなるんだ、
と思うことだよ(^^


▼タイの道端にいたかわいいワンコの頭をなでようとしたら、
手を出すと、えさと間違えて噛まれるよ、
タイ人に、と注意されたことがある。
国が変われば、犬の文化も変わるんだねー(^^;)

Photo_209

2006年10月19日 (木)

タイフードフェスティバル2006

もういささか旧聞に属することではあるが、
今年も大阪は天王寺公園で、タイフードフェスティバルがあった。
今回は、3日間あって、ぶだんお世話になってる、
ネオタイさんが出店されてなかったんで、
中日に2時間ほど見に行ってきただけなのだけれど、
台風はそれて、けっこうな人出だったようだ。

びっくりしたのんは、安くもない天王寺の公営駐車場に入るのに、
30分以上かかったことだ。
昨年は電車で行ったので、気がつかなかったけれど、
ふだんはがらがらのこの駐車場が車であふれかえるのだから、
なかなかのイベントなんだろうな、と思う。

タイ好きなので、なんとなく情報が入ってきて、
日時を知ったけれど、
それ以外のところで、広告を見たわけでもなし、
それでこれだけのひとを集めるのだから、
タイ好き、タイ関係者、アジア好き、毎年このイベントを楽しみに
チェックしているひとは、実はけっこう多いのかもしれない。

ただ、大阪のお店が少なかったのは、
こういうイベントの趣旨を考えると、残念なことだ。
なじみのお店やなじみのひとにあえるのも、
こういう場所に行く、ひとつの動機付けになるんだけどね。
そういう地元のお店が手弁当でも是非とも参加したい
という趣旨のイベントに仕上がっていないのはなんでだろう、
ということを主催者は考えて欲しいものだ、と思ったりする。

ぼくが行くことにしたのんは、友人の一ノ瀬さん(仮名)
と会うためだ。
一ノ瀬さん(仮名)とは、かのじょがバンコクにいるときは
行くたびに会っていたのだけれど、
日本に帰ってくると、逆になかなか会う機会をもてないでいた。
今回、頼まれ物があったので、3日間毎日行く、
と言ってたかのじょにあうのに、都合がよかった、
というのもあったのだ。

無事、一ノ瀬さん(仮名)ともあえて、
久しくあっていなかった数人の知人にもあえて、
ぼくはなんとなくいやな天気の会場をあとにした。

でも、むかし、タイに通い詰めていたいたころのような、
どきどきはもう感じなかった。
ぼくはもうすでにそんなにタイが好きでなくなってしまった、
のかもしれないな、と、
また少し降り出した雨をワイパーでかき混ぜながら、
思ったのだった。



▼とはいうものの、どうせ次の年末年始も、
タイや、その周辺にいるのだが。
日本でいてもしょうがないし、って理由なのが、
悲しいっすけどね。。。(-人-)合掌
All_smile

2006年10月17日 (火)

七味唐辛子

香辛料、というものは不思議なものだ。
それ自体には、たぶんあまり栄養がないにもかかわらず、
食事には不可欠な存在だったりする。
しかも、その存在が、料理の味を支配してたりもするのんだ。

たとえば、わさび抜きで刺身を食べる、というのは、
ぼくにとってはけっこう荒技だ。
そして、それは多くのひとにとっても、同様であろう。
最初に考えたのはいったい誰なのか知らないが、
生の魚を食する習慣がここまで広まったのは、
わさび、というものがあったからだろう、と思う。

わさびは日本原産の植物らしい。
学名をWasabia japonica というのだ、そうだ。
日本以外の地域にあまり生の魚を食する習慣が発生しなかった
理由も理解できようというものだ。
つまり、わさびが日本にはえていたからこそ、
さしみや寿司、のような調理法が日本で発生した、
ともいえるわけだ。

ぼくはさしみだけでなく、牛肉のステーキも、
わさび醤油で食べる。
げっ、と思う人もいるかもしれないが、けっこういけるんだよ。
すき焼きや牛丼の例をひくまでもなく、
牛肉と醤油は、いいお友達で、醤油とわさびは、まぶだちだしさ。

では、ぼくにとって、一番大切な香辛料はわさびか、というと、
それは必ずしもそうではない。
自分の家で、切らしたことのない香辛料は、
タバスコと七味唐辛子、である。

ピザは、いっとき、ぼくの主食だったときがあって、
イタリア人よろしく、毎夜ピザを食べていた。
そのときはほんとうにタバスコのない人生は、考えられなかった。

七味唐辛子は、牛丼にふりかける。
七味のない状況では、牛丼は食べたくない、とさえ思う。
だからぼくは、職場にも七味唐辛子の小瓶を常備している。

こんな風に書くと、ぼくが香辛料好きの激辛おっさん、
と思われる方がいるかもしれないが、
ほんとはむしろ逆で、タイ料理も好きだが、
月に1度か2度で充分に思うような、
香辛料に関しては、やわなおっさんなのである。

以前、テレビで、ブータン人の食生活、というのがやっていて、
ブータンでは、唐辛子は香辛料でなく、野菜で、
びっくらするくらいの量をみんな当たり前のように食べている
のんを見たことがある。
それこそ、一月に何キロ、何十キロ、という世界らしい。

かれらにとっては、もうそれは辛い、とかではない、
日常の範囲の出来事なんだろう。

ぼくは、その様子を見て、刺激を刺激として感じられる世界に
生まれた幸せをほのぼのと思ったのだった。



▼ソフィテルシーロムバンコク、の2階レストラン、
ミストラルの香辛料の壁。
タバスコの大きさが、ちょうどひとの大きさっす^^
Photo_208

2006年10月15日 (日)

新車

高級車、というカテゴリーに入るわけではないものの、
気心が知れてくると、新車はなかなかにいたれりつくせり、
ういやつであることがわかってきた。

ギアはちゃんと4速オートマだし(今までは3速オートマ。
それでも、リッター11㎞の快走ぶりだった)、
エアコンはオートだし(マニュアルエアコンは温度調節が
忙しいのだ)、
CDはハードディスクに記憶するし(カセット型のアダプターに
iPodでも音楽はちゃんと聴けたのだけどね)、
ナビもいちおうついてるし(がみがみいわれながら、
迷うのもそれなりに風情はあったけれど)、、、
って、今までがやっぱ普通ではなかっただけなのか^^;

でも、頑張って、シートは革張りのにして、
バックモニターもつけてみたのだった。

かわいこちゃんは付属してなかったものの、
物珍しさからか、たまには職場の女の子も横に乗ってくれるしさ。

なにより一番いいのんは、まだ慣れないせいで、
運転が慎重になったことだろう。

長く乗っていた前の車はまるで自分の体の一部みたいで、
通勤の際も、けっこう乱暴な運転をしてたんではなかったか、
と、今ではそんな風に反省している。
ここで、ギアを落として、ハンドルをこんだけ切って、
ギアを戻したらアクセルを一杯に踏んでって、
あんまり考えずに条件反射で運転してたような感じだった。

新車になってからは、考えながら、慎重に運転してるので、
黄色信号でアクセル踏んだり、
左側車線から、のろまな右車線のドライバーをメンチ切りながら、
追い抜いたりしなくなったのだ。
それどころか、高速道路では制限速度をあまり超えない速度
で走る、模範運転ぶりだ。

歩行者を見れば、スピードを落とし、
自転車を見れば、道を譲る。

こんなことは、以前は交通違反で捕まったときしかしなかった
ことだ。

たまになんか刺激がないと、いかんのだなあ、
と、初心に返って、ぎこちなさを堪能している、秋の空、
なのであったことだよ。


▼唯一の不満はカセットテープ型のアダプターが
使えなくなったので、iPodで音楽が聴けなくなったことかな。
HDDに音楽を複写中だが、思いのほか、めんどくさい。
外部入力端子を車に増設するかどうか、検討中だ。
携帯音楽プレーヤーは、好きなもんで、
ついいらないものまで買ってしまうしさ。
最近、買ったのはこれ。
アマゾンで、2980円。
SDカード持ってるひとには、お勧め。
2980

2006年10月14日 (土)

消化試合

誰が名付けたか知らないが、
消化試合、とはすばらしい言い回しだと思う。
主にプロ野球なんかのリーグ戦で、
優勝に関係のなくなったチームの、
シーズン後半戦の試合をいうことばだ。

興行である限りは、たとえ消化試合でも
しっかりと闘わねばならないのだろうが、
なんとなく脱力した感じがよく表現されていると思う。

さて、まったく個人的な感じではあるのだけれど、
ぼくも実は、最近自分の人生に
この消化試合的な感覚を覚えるようになってきた。

たとえば、子供がいるひとは、かれらが一人前になるまで、
というのが当座の人生の目標になろうし、
仕事に命をかけている人ならば、立身出世やら達成感が
自己実現のためのニンジン的要素になるのだろうと思う。
あるいは、子供がいない、ある一定以上の年齢の女性が、
自分の甥姪をしきりにかわいがる、
というのも生物学的には合理的な目標設定らしい。

ぼくの場合は、他人が見ると、楽しく趣味に生きるおじさん、
というふうに見えるのだろうけれど、
最近、なにをしてもさほど楽しいとも思えなくなってきた。
さりとて、結婚したりして、今さら人生の重荷
しょいこむのももう面倒くさい、
という気持ちが先に立って、人生の伴侶を求めて、
徘徊する気にもなれない、のんだ。

以前、かのじょがいたころは、
少なくともまだ前向きな気持ちが残っていて、
そんなふうには思わなかったのだけど、
今は新しくかのじょやら奥さんやらが欲しいとも思えない。

仕事にしろ、私生活にしろ、毎日、無難にこなして、
なるべく現状よりは悪くしないようにして、
無難に歳をとって、適当に死ねれば、いいかな
という感じが一番近いような気がしている。

そう、まさに人生の消化試合状態、なんである。

ただ、プロ野球と違うところは、
ぼくには来シーズンのリーグ戦はないところだろう。
いかんなー、と思いつつも、
もはや出口も入り口もの見つからない、今日このごろなのである。



▼タイでは輪廻転生、ということを多くの人が信じている。
つまり、来年のリーグ戦がある、と信じているのだ。
でも、人間に生まれるとは限らない、とは思わないのんか^^;
幸せな考え方、といえなくもないかな。。。
Atm


2006年10月11日 (水)

高いものがいい!高いものがいい?

ぼくは天の邪鬼のひねくれ者だ。
たとえ、値段が高くても、性能が良くても、自分に似合わない、
あるいは、自分が好きではないものは欲しくない。
そして多くの場合、ぼくはお買い得品を好む。

たとえば、自動車だとベンツには乗りたくないし、
時計だったら、ロレックスは一生買わないだろう。
たとえお金があったとしても、だ。

タイでは、ミネラルヲーターは500ミリリットル入りのもので、
約6~8バーツ(約20円前後)だろうか。
それにひきかえ、エビアン水は、30バーツくらいはしたと思う。
そして、多くのタイ人たちは、エビアン水が30バーツ分
おいしいと思っている。
なぜなら、値段が高いからだ。

別にぼくは、タイ人を笑うためにこんなことを書いている
のではない。
こんな風なレベルの思いこみ、というか、思考停止は、
タイ人に限らず、みんな多かれ少なかれもっている、と思う。
いわゆる、ブランド信仰、というやつだ。

ぼくはなるべく、この手の思考停止は避けたいと思っている。
そして、その信条の表明というか、自らへの戒めとして、
上記自動車や時計メーカーのものはもたない、
という風に決めているのである。
もちろん、軽々しくもてるような経済力もないのだけれど、さ。

ブランド力、というのは、たぶん信用の蓄積、なのであろう。
過去において、優れたプロダクツをたくさん世に送り出した結果、
できてきたもので、それを否定する気はさらさらないのだが、
ぼくは、基本的に自分の判断を第1基準にしたい人間なので、
他人が判断した結果、できあがったブランド力のみを、
価値基準にしてしまうような、そんな購買方法はとりたくない
のである。
値段のはる物に関しては、とくに、だ。

もちろん、自分で気軽に買えるような代物なら、
自分で使用することで、値段の価値があるかどうか、
試してみることは、厭わないつもりだ。
エビアン水に関しては、思い切って、30バーツも払って、
一度は飲んでみた。
その結果、そんな価値はない、目隠しして飲めば、
自分にはどっちがどっちかわからないだろう、
というのが結論だったのんだ。

だからといって、ベンツに乗ったり、ロレックスを使用したり、
するひとを批判するつもりもない。
かれがお金持ちならば、いいな、お金が余ってて、と思うし、
かれがお金持ちでないならば、いいな、
そんなお金の使い方ができて、と思うだけだ。

ただ、そのブランド品を自慢されたいのなら、
実は過去に何度もそんな経験があるのだが、
ぼくに、それを褒められたり、うらやましがられたり、
というようなことは期待しないで欲しい、のだ。

これも最近あったのだが、
ましてや、購入の相談をぼくにしないで欲しい。
ぼくからは決して、相談者が望むような意見
は出てはこないし、
相談者とぼくのあいだには、いやな空気が漂うし。
でも、ぼくはそれでも、自分が欲しくないものを
褒めたり、他人に勧めたり、できないのんだ。

なぜなら、ぼくは天の邪鬼で、ひねくれ者で、
しかも正直者、だからだ(^^;)


▼腕時計に関して言えば、以前にも書いたけれど、
すでに時間を知るためのアイテム、としての機能は
2次的なものであるような気がする。
そのひとの思想や価値観をシンボライズした、
ファッションアイテムの側面が大きいといえるだろう。
もちろん、職業上の理由で、時計を選んでいる場合は別にして。

ぼくは、ふだんはオリエントの自動巻きを使っている。
自分の思想をよく表してる、と思うのだけれど、
世間のひとは、この時計をしているおっさんをどう見るんだろう。

この時計メーカーを知らないのはいいとして、できれば、
カレーとは間違わないで欲しい。
Photo_20

2006年10月 9日 (月)

amazon

店(shop)の話はするな。買い物(shopping)の話をしろ。
船(ship)の話はするな。送料(shipping)の話をしろ。
(金儲けの秘訣64条および65条)

 

いつだったか、アマゾンでデジカメ用のメディアカードを
買ったときのことだけれど、それは、8千円もする代物だのに
佐川のメール便で届いたのだった。
1500円の本は、ペリカン便で受取りが必要だったりするし、
いったい、どんな基準で、受取印の必要性を
かれらは判断してるんだろう、と思うときがある。
単に重さ、なんだろうか(^^?

しかも、メール便で送ってくる場合は、巨大な封筒なので、
たいがい、ポストからはみ出している。
せめて、ポストからはみ出ない程度の大きさの封筒で
送って欲しいものだ、と思う。
ポストの変更が可能であれば、とっくにしているけれど、
うちはマンションなので、勝手に自分の家だけ、
ポストの変更はできないのんだ。
うちのマンションのポストが標準的なポストに比べ、
とくに小さい、ということもないようだし。
アマゾンの買物のために、宿替えもできないしさ。

とはいうのも、あんまり外出しないぼくは、
けっこうアマゾンで買物する。
ほかの通販よりもいいところは、
送料が無料になる基準が低いところだ。
1500円以上買えば、いいのんだ。
多少値段が高くても、これは購買の大きな動機になる。

しかも、買物すると、モノによっては、翌月忘れたころに、
メールでギフト券を送ってきたりする。
500円分とか、1000円分とか。
期限があるので、それを使用するために、また買物をする。
そしたら、またギフト券を送ってくる。
すっかり相手のペースにはまってるような気もするな。

さて、先日も頼んでいた品物が届いていたようで、
偶然にも、ペリカン便のおじさんとエレベータの前で出会った。
朝から2回目の訪問だったおじさんは、ぼくに会えて、
小躍りせんばかりの喜びようだった。
全世界的にみても、そのときぼくをそんなに必要としてたのんは
かれだけだっただろうし、
ぼくを見て、こんなに喜んでくれたのも、最近ではかれだけだ。
あんな風に喜んでくれると、
ぼくも、ペリカンのおじさんをひしと抱きしめて、
いつも留守にしてごめんよ、もうこんな思いはさせないからね、
といいたくなったのだから、不思議なものだ。

そういえば、数年前、新卒の就職難まっさかりの時代に
それほど好きでもない相手と結婚した女学生の話、
というのを聞いたような気がする。
なんであんな相手と結婚したの、と友人に訊かれたかのじょは、

就職活動中にずっとおまえはいらない
という風に落とされ続けたのに、
彼だけは、わたしをほんとに必要だ、って言ってくれたの、

と述べたとういうことだ。
なるほどなあ、と思う。

心の隙間をお埋めします
みたいな現象はほんとうにあるものなのだなあ、
と感心しきりの、今日この頃なのである。


▼アマゾンはクレジット決済が嫌いなひと、できないひと用に、
ショッピングカード、というのをコンビニで売り出した。
頭がいいなあ、と思う。
これを買えば、現金派のひとも、アマゾンで決済が
よりしやすくなるのんだ。
ampmでも販売するようなので、
このカードを現金ではなく、エディ決済で購入できるのであれば、
さらなるマイル獲得のために、ぼくも買おうかな、
と思っているところだ。
Photo_207

2006年10月 7日 (土)

納車

新車を受け取り、ぼこぼこの自分の車を引き渡すことに
なっていた日は、あいにく、朝から雨が降っていた。
オープンカーを購入したわけではないのんで、
別に雨が困る、ということはないのだけれど、
なんとなく晴れてた方がいいような、そんな気がするのは、
ごく自然な感情だろう。

しかし、任意保険の切り替えを事前にこの日に指定したため、
いまさら、変更しようとも思えない。
雪であれば、考え直すところではあるけれど。

はじめてみる自分の車は、思ったよりは大きく見えた。
実際は前の車とほぼ同じサイズのはずなのだが、、、
とよくよく考えてみると、ぼくは自車のサイズではなく、
今のバージョンの自車と、新車のサイズをみて、
同じと思いこんでいたようだ。
つまり、自車も、モデルチェンジででかくなっていたようなのだ。
大きく見えるのは、当然なのだ。
実際、大きいんだから。

納車、とはいっても、ディーラーまでは自分でとりに行く。
ぼくの場合、自宅付近の方が運転の難易度が高いため、
多少慣れてから、帰りたかったのだ。

新しい車と比べると、長年、苦楽をともにした以前の車は
貧相に見えた。
値段も新車の方が高い機種だし、前車は経年劣化が著しかったし。
なんせ8年半のあいだに、10万キロ以上をともに走ったのだ。
不注意で、なんべんもぶっつけていることが、
その貧相さに拍車をかけている。

でも、そんな美しくもないかのじょだが、
ディーラーに置き去りになる様をみると、
なんとなく心が締め付けられた。
安い、というだけで買った車ではあったけれど、
この8年半、行動をともにした同志、とも言える存在
だったのだし。

思えば、かのじょはなかなかによい子ちゃんだった。
通勤にアップダウンのきつい道のりを毎日走っていたのに、
ほぼリッター11キロ以上の高燃費で走ったうえに、
パンク以外の故障は結局起こさなかった。
オイル交換だって、年に1度くらいしかしなかったのに、だ。
コストパフォーマンスのいい相棒だったのんだ。

なにかを得る、ということは、なにかを失うことだ
最近、よく感じるこのフレーズだけれど、
こいつが致命的に壊れるまで、乗ってやればよかったかな、と、
なんとなくまだよそよそしい新車に荷物を移し変えてるときに、
感じたりしたのは、人間の勝手な感傷なんだろう。

荷物を載せ換え終わって、ふと後部座席の足元をみると、
たぶん、じぶんが以前落っことしたんだろう、
50円玉が出てきた。

手切れ金かいな、もらっておくよ。
君よりも少しゴージャスなかのじょともうまくやるからね。

ディーラーのおじさんと以前のかのじょに見送られながら、
新車とお互い気まづく帰る、雨の中、なのであった。


▼タイの経済状況のよさを反映しているのが、
タクシーの新車の多さだ。
タクシンなきあとも同じように経済的繁栄を
享受できるのだろうか。
Taxibkk

2006年10月 5日 (木)

味の素

以前、ベトナムのホーチミンでのことだ。
道をへろへろ歩いていると、
ぼくのことを日本人と見抜いたんだろう、ひとりのにーちゃんが、
ぼくに、アジノモト、と呼びかけてきたのだった。
かれのうれしそうなさまに、ぼくは、なるべくアジノモトらしく、
ふるまおう、と思ったのだが、アジノモトらしさ、
をどうしたら表現できるのか、思いつかなかった。
関西人として、まだまだ発展途上だな、
と深く反省させられ、いまだに忘れることができない出来事だ。
それから、数年、ぼくはまだ、
アジノモトを完璧に演じる境地には達していない

ところで、ぼくはひとり暮らしをはじめて10年以上、
じぶんのうちに、味の素をはじめとする化学調味料類
をおいたことがない、という事実に思い当たった。

ぼくの子どもの頃、味の素は、醤油やしおと同様、
食卓にかかせないものだった。
そして、思い返すに、ぼくはふつうのひとよりはずっとずっと、
味の素が好きだった、のだった。
醤油をかけるときは当然として、あるときなどは、
みそ汁なんかにも味の素を振りかけていたのだ。

また当時、真偽のほどはさだかではないが、
おいしいと評判のお茶に、実は、お茶の販売者が、
さりげなく、味の素の成分であるグルタミン酸ソーダを
混入していた
、という話も聞いていたことがある。

ところが、である。
ある時から、たぶん、大学生くらいだったと思うけれど、
ぼくは、一切の食品に味の素が入ることを拒絶するようになった。
理由は、憶えていない。
たぶん、ださいような気がした、レベルの問題だったと思う。
それから、大学の一般教養の生物の先生が、
食品添加物の研究をしていて、そういうものに、
批判的だったことも関係あるのかもしれない。
かれは、2年連続で、をくれた、
当時のぼくにとって、いい先生だった。

世間の、味の素に対する態度も、そういう方向に動いていた
ような気がする。
ぼくのまわりに聞いても、味の素を食卓においている人、
というのは、いまや少数派、のようなのだ。

しかし、昨今の日本の状況を考えるとき、
この選択がほんとに正しかったのか、と思うときがある。
日本中で、キレル子どもや、あるいは大人が頻出している
状況について、食品の分野から、
カルシウム不足を指摘する学者がいるようなのだが、
ほんとに不足しているのは、味の素なのではないか。

日本の国も、若い人たちを中心に、白い粉に汚染されつつある、
とはもうすっかり旧聞に属する話かも知れないが、
妙なものを注射したりするのだったら、
味の素でも吸入しとけ、などと思うのんである。


おいしいソムタムには、舌が痺れるくらい味の素が入ってる。
それこそが、タイ料理の本質、ともいえるのだ^^;
Photo_206

2006年10月 3日 (火)

いしおとこ

その昔、なんらかの事情で子どもができない女性のことを、
うまずめ、と呼び、石女、と書いたらしい。
責任の所在がどこにあるのかわからないのに、
ずいぶんひどい言われようだけれど、
過去においては、そんな野蛮な時代もあった、ということだ。

さて、なんでこんないかつい出だしで、ぼくが文章を始めたか、
というと、実は、ぼくは、むかし、石を産んだことのあるのんだ。

たぶん、7~8年前のことなのだけれど、
なんとなく腰が重く、お小水がでにくいときがあった。
なんでそうなのか、人生初めての経験で、
ぼくはとまどったのだけれど、
老化現象の一種かな、と気にしないようにしていた。

しかし、症状は改善されず、むしろ、悪化の一途をたどり、
尿意はあるのに、ほんとに尿がでなくなってしまい、
ほとほと困り果ててしまったのだった。

そして、朝から数回目に、男性用の、いわゆる、
チューリップに立って、お小水を出そうとしたときに、
なにか固形のものが、チューリップのなかに飛び出していき、
今まで、でんでんでなかった待望のお水が元気よく
流れ出たのだった。

いわゆる、尿道結石、だったんだろうと思う。

残念ながら、その石は、産み落としたまま、拾わなかったけれど、
今考えれば、その抵抗勢力を、カメイシズカ石、とでも名付け、
はぎちゃんに頼んで、ネックレスにでもしてもらえばよかったな、
と、思わなくもない。

その当時ぼくは、びっくりするくらいタバスコを振った、
ピザを頻繁に食べていたのだけれど、
そういう食生活をさけるようにしたせいか、
その後、ながらく石は発生しなかった。

ところが、最近、またちょっと腰が重く、尿が出にくい。
毎日、大量に水分をとって、症状は軽減されたのだけれど、
ひょっとして、さる高貴のご家庭とときをおなじゅうして、
また出産がまぢか、だったのかも知れない。

そんな風に、いしを産める可能性のあるいしおとこ、
であるぼくだけれど、たぶん、
生涯ほんとうの子どもをもつことはなかろうと思う。
石男(うまずお)でもあるわけだ。
石男、って書くと、なんとなく石立鉄男を思い出すのんは、
ぼくだけの特殊な現象でしょうか(^^?

▼タバスコではガーリックフレーバーを愛用。
でも、日本では売っているのを見たことがなく、
わざわざタイで買ってきやす^^
Photo_205

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »