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2006年9月27日 (水)

帽子on帽子

むかし、仕事で借用した会場の警備員さんの話だ。
かれは、警備員さん、という職業柄か、帽子をかぶっていたが、
ぬいだその頭にもうひとつ、帽子をかぶっていた。
そう、づらだったのんだ。

しかし、通常、かつら、というものは、
髪の毛がないこと、あるいは、少ないことを偽装するために
使用するもの、であることが多いけれど、
かれのそれは、誰が見ても、どう見ても、
一瞬にして、かつらであることが、わかるしろものであった。
あんなづらをかぶっているのんは、全日本的に見ても、
かれと、ナニワのモーツァルト、といわれるあと1名だけだろう。

一緒にいった同僚の分析では、あれは実はかつらではなく、
毛の生えた帽子で、ぼくらみたいなふつうの人間がきたら、
最初の帽子を脱いで、敬意をあらわし、
もっとやんごとない高貴な方が来られたときには、
その毛帽子も脱いで最大級の敬意をあらわす、
そのためにかぶっているに違いない、ということだった。

逆にむかし、将棋界に君臨した大山康晴名人は、
実にみごとなまでの波平頭だったのだけれど、
陰で、かつらのおじさん、と呼ばれていたときがあった、そうな。
あの禿頭は実はづらで、その下には、
ふさふさとした、ミドリの黒髪を隠しているのだ、というのが、
そのあだ名の根拠だったらしい。
稀代の勝負師で、勝つためには盤外でも手段を選ばなかった
大山名人だからこそ、そんな冗談も成立したんだろう。

最近、づらで有名になったひとに耐震偽装で有名になった、
某建築士がいるが、耐震偽装だけではなく、
あたまの偽装も見破られてしまった。
おそらく、隠そうとするからこそ、他人は探ろうとするのだろう。
そんな本能が人間にはきっとあるに違いない。

某教授の手鏡事件も、よくよく考えれば、
スカートの下には下着をつけているだけで、
下着を見たければ、デパートの下着売り場に行けばいいのだし、
海岸にいけば、裸同然の女の子が見れたろうに、
とも思うのだけれど、そんなことではなく、
隠された部分の真実、をかれは追求したかった
のだろうな、と思う。

真理への探求は、自分の専門分野だけにしておけば、
悪のミラーマンに変身することもなかったろうに、
と思うけれど、某タシーロ氏の例をあげるまでもなく、
こういうのは、どうにも治らないのんだろう。

かれを客員教授として採用し、そして免職した某大学は、
結局のところ、そのへんを理解できずに、
賭に負けた、かっこうだ。

その大学は、新入生に学習支援用なのか、
iPodなんかを支給しているそうなのだけれど、
ぼくがその大学の新入生で、
そのiPodの裏面が鏡面仕上げの分ならば、
その某教授の直筆サインを入れて欲しい、と思うことだろうな。


▼アメリカンコミック風のSazae-san
でも、Dad Namiheiのあったまのてっぺんの毛はやはり1本だ。
Sazae

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