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2006年7月31日 (月)

漢(おとこ)の死に方

若いころ、職場に咳ばかりしてるおじさんがいた。
咳をしながら、タバコを吸っていた。
とってもタバコが好きなおじさんだった。
喫煙者でもなく、むしろ、嫌煙的な若者であったぼくは、
かれを好意的には見ていなかった。
が、かれは咳をしながらタバコを吸うことをやめなかった。

そんなかれの姿を見なくなってから、数ヶ月して、
かれが死んだことを知らせる回覧が回ってきた。
死因は、呼吸不全。

でも真相は、呼吸器系のガンだったらしかった。
まだ、若かったぼくは、死ぬほどタバコを吸うなんて、
オロカナ、としか思わなかった。

それから、けっこうな年月がたち、
自分がかれの死んだ年齢に近づいてくると、
かれがタバコをやめなかった理由も
わかるような気がしてきたんだから、不思議なことだ。

かれが自分がガンであったことを知っていたかどうか
はわからない。
ただ、咳をしてる姿はとても苦しそうだった。
それでも、タバコはうまかったのだろうな。

中島らも氏は、「アマニタ・パンセリナ」の中で、
ドラッグを真に有害なものと、そうでないものにわけ、
マリファナなど常用性がないものは、酒やタバコよりはまし、
と結論していたように記憶している。

それが正しいかどうかは、マリファナも酒もタバコもたしなまない
ぼくにはわかるべくもないが、
好きなものをやめてまで、長生きしない、
ということには一票投じたいと思う気持ちが日々強くなっている。

どうせいつかは死ぬのだし。
この世にたいした未練だってないのだし。
愛するものも、愛してくれるものも、ないのだし。

ただ、脂まみれの肉を喰らって、
みづから脂まみれの肉になって死んじまうのは、
いくら好き好きとはいえ、じゃっかん優雅さにはかける
かもしんない、と思うことだよ^^



▼タイの政府は、最近、国民の健康を気遣ってか^^;
タバコの販売に多大な制限を加えた上に、
警告の写真と文句を印刷することを義務付けた。
いくつかのバージョンがあるようだけれど、これは
「タバコの煙は、ひとを殺すことができる」。
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2006年7月29日 (土)

ありえない、のあり方

ことば、というものは変化するものだ。
これは、最近に始まった現象ではなく、
たぶん、ことば、というものが存在しはじめてからずっと、
変化し続けているのだろう。
そういう意味では、それは、言語というものの宿命であろうし、
そもそも、そういう変異こそがことばをことばとして、
存在させうる源泉なのかもしれない、とも思う。

今、英語が世界の共通言語になりつつある。
それは、ことの善し悪しは、別にして、
アメリカ合衆国の世界支配の結果であろうし、
また、英語が他のヨーロッパ言語に比して、
単純であることもその一因として、寄与しているかもしれない。

そんな英語ですら、たくさんの地域で話されるがゆえに、
地域ごとに変容しているようだ。
シンガポール人の英語などは、そのなかでも、
シングリッシュとして、とくに有名だと思うし、
アメリカとイギリス人の間でさえ、そう遠くない将来に
通訳なしに話すことはできなくなるだろう、
という予想もあるようだ。

ところで、最近、ぼくが気になる日本語がある。
ありえない、ということばだ。
ぼくの甥にあたる人物が、
といっても、小学生なのだけれど、
ぼくなら、いやだ、とか、できない、とかいう風に言うときに、
この、ありえない、ということばを使ってるようなのだ。

調べてみると、広辞苑には載ってなかったものの、
現代用語の基礎知識2006年版を引いてみると、
1239ページにちゃんと載っていた。

◆ありえない/ありえねー/にゃにゃにゃにゃーい
信じられない。不可能だ。無理だ。あってはならない。
とんでもない。非常識だ。

甥であるおとこは、前の方の意味で使い、
ぼくは、むしろ、後の方の意味で使う方が自然だと思っている。

この、ありえない、でブログ検索してみると、
下のような文章がひっかった。

①ここ横浜はなぜか二期制でなぜかサマースクール!
くそ暑い中、教室で勉強?ありえない!!でもやっちゃうのよ。
②しかも 朝9時集合遅刻厳禁 とかマジありえない・・。

ぼくからみると、どちらも、充分ありえる、と思うのだけれど、
そんなぼく自身が、かれらからみるときっと、
にゃにゃにゃにゃーい存在、になってるんだろうな。



▼タイのアイドル歌手だった、ニコル・テリオ
(今もアイドルなのかな?^^;)。
第2アルバムの1曲目、ブッサバーは、大ヒット曲だったが、
このなかに、にゃー、にゃにゃにゃにゃー、
ってフレーズ
があって、妙にかわいかったのを思い出した。
Nicolebussaba

2006年7月27日 (木)

水戸の御老公

このあいだ、テレビで水戸黄門のCMを見た。
むかし、格さんだか助さんだかをしてた、
里見某という役者が今の黄門さまだそうだ。
けれど、お付きの者から成り上がった、かれの黄門さまに、
なんか違和感を感じるのは、ぼくだけだろうか。

たとえば、かれのメイクだが、
ばしばしに目張りが入ってる、ような気がする。
あるいは、八代亜紀同様、もともとそんな顔なのか。
黄門さまの設定は、たしか、越後の縮緬問屋のご隠居と名乗って、
全国を漫遊してることになってたはずだ。
かれは、ご隠居、という身分をどう捉えているのだろうか。
ぼくが悪人だったとして、あんな爺をみたら、
警戒して悪事を控えるかも知れない。

まいふぇいばりっと水戸黄門といえば、東野英治郎さんだ。
かれのからからという笑い声がまだ記憶に残っている。
助さんも聞きなさい。
格さんも聞きなさい。
民百姓のことを云々。
あの黄門さまの言うことなら、ひねくれ者のぼくでも、
ちょいと聞こうかな、と思ったものだ
しかも、かれなら、由美かおるの入浴姿を覗いても、
セクハラにならないような、そんな気さえするのんだ。

その後、西村晃、佐野浅夫、石坂浩二と黄門さまは受け継がれ、
現在に至っているようだけれど、
初代の東野黄門を凌駕する黄門さまはいなかったのではないか、
というのが、ぼくの個人的な感想だ。

誰がしても、違和感があるのなら、いっそのこと、
スペシャルでいろんな黄門をしてみたら、楽しいのでわ、
と思ったりなんかする。

大滝修治のほんとにとぼけた黄門、とか、
丹波哲郎の霊界をみた黄門とか、
笠智衆の寅さんの映画のシーンからCGで作る御前様黄門、とか。
松平健の暴れん坊黄門とか、高橋英樹の桃太郎黄門とかも
おもしろそうだ。
オスギか、ピーコ主演で、おねーことばの黄門も一度くらい
あってもいいかも知れない。
しかし、そのときの題名は、水戸肛門となることだろう。

ただし、加藤剛の大岡越前黄門はだめだ。
なぜなら、大岡越前は司法を司る役人なので、
天下の副将軍のような、行政官との兼職は、
三権分立の憲法の精神にもとることになってしまうからである。
まあ、江戸時代の話だから、いいっちゅあ、いいが。

欠陥商品の件で日本の全世帯にハガキを送った松下なら、
きっとできる

明るいナショナル、の、明るいスペシャル黄門、を期待する、
家電好きおっさん、なのだった。


▼毎月、けっこう家電製品を買ってるつもりなのに、
意外とまわりにPANA製品が見つからない。
今は目覚ましになっている、むかしのH”端末、
KX-HV210くらいしかないのは、あっしが安物買いなせい(^^?
Pana_phs

2006年7月25日 (火)

最低店員vs最低客

回転寿司にたまにいく。
混んでるのはいやなので、平日の夕方とか、
仕事がひけてから、ひとりで行くのんだ。

ぼくの行く、その回転寿司屋は、とくにいつも客が少ないと思う。
ある大学の近くにあって、
店員は、おそらく大学生のアルバイトが多いのだと思うけれど、
いつも、厨房から笑いの絶えない、
というと褒めてるように聞こえるかも知れないが、
職業意識の低い店員の多い店だ。

でも、ぼくはすいてる店が好きなので、
あえて別の店に行こうとも思わない。

しかし、その日の従業員は、ふだんにもまして、最低だった。

その店では、まだシステムが古く、
画面での注文はできず、インターホンで注文をするように
なっている。
そして勘定は、別にボタンがあって、それを押すのんだ。
要は、つながるところが違うんだろう。

でも、あんまりこの手の店に来ない客だっている。
学校で、回転寿司の勘定の仕方を教えてくれる
わけではないのだし。

ちいさな子どもを連れた家族連れが、
間違えてインターホンで勘定、といった。
そしたら、厨房から、どっと笑いが起こったのだ。
客商売としては、かなり失礼な態度だと思うのだけれど、
おそらく管理する人間もいないのだろう、
家族連れが不愉快に出て行っただけだ。

ぼくの横には、ひとりの若者が座っていた。
カウンター席の一番端で、厨房にも近い。

かれは、寿司を何皿か食べていたが、
急に、インターホンに向かって、これっ、
って注文を出した。
インターホンの横の見本の写真を指さしたのだ。
でも、回転寿司屋のインターホンにはカメラはついてない。
どうすんだろ、と思ったら、
厨房から近い席だったからだろう、かれの席の番号札と赤だしが、
流れてきた。
しかし、かれはそれを取らなかった。
なぜなら、かれがこれっ、と指さしていたのは、
茶碗蒸しだったからだ。

どっちが悪いのか、と訊かれたら、
たぶん、ちゃんと赤だしですね、
と確認しなかった店員が悪いんだろうが、
それにしても、不思議なやりとりで、
しかも、現に問題が発生している。
その赤だしは、どうなるんだろう

その後も、その最低店員と最低客の最低なやりとりは続くのだが、
最後、その客と店員が談笑してる光景を目にした。
なんとその最低なやりとりをしてたのは、
友人どうしだったようだ。
最低客は、たぶんむかし、ここでアルバイトをしてたことでも
あるんだろう。
話の雰囲気からそれがうかがえた。

ところで、くだんの赤だしなのだが、
なんと2周目は、隣の席の番号がついてまわってきた。

そう、ぼくとあとからきたおっちゃんのあたりの番号だ。
なんでやねん

3周ほどして、確認が入り、
おっちゃんがちゃいます、と答えてたけれど、
きっとぼくが無責任な発注主だと思ってることだろう。
なんでやねん

でも、ぼくは今日もまたその店に行ってしまった。
だって、すいてるんだもん(^^;)



▼タイにも回転寿司屋さんの小僧寿司ならぬ、小象寿司、
というのがあるらしいが、残念ながら、あっしは未経験。
勇気あるものの報告を待つ。
写真は、さとちゃん。
Sato

2006年7月23日 (日)

DS9

スタートレックDS9のDVDが届いた。
全170回以上に及ぶ7シーズン分のフルセットで、
DVDの枚数にしても、40~50枚になるだろう。
バラバラに買うよりは、ずいぶんお得なのだけれど、
それでも、定価ベースで12万円以上、
実売で、10万円になろうかという代物である。

ちょっとした贅沢なのだけれど、
まー、扶養しなければならない妻も子もペットさえいない
ぼくの身の上では許される範囲だろう、
と自らを納得させて、棚に並べた。

たとえば、毎日4話分、DVDを1枚ずつ見たとしても、
1ヶ月以上かかる分量だ。
たぶん、最後まで見るには、数ヶ月かかるだろうが、
ゆっくりと楽しみながら見ていこうと思う。

あと実は、奥さまは魔女、も買おうと思っている。
これは、アマゾンで、なぜか第6シーズンだけ、
定価20790円のところ、12000円ほどで売っていて、
つい勢いで買ってしまい、
第6シーズンだけ見るのも切ないので、
とりあえず第1シーズンはヨドバシドットコムで買ったのだった。
そのうち、続きもなんとかしようとおもっているけれど、
今は少し泳がせている

なんてかわいそうなおっさんなんだ、
そんなことしか楽しみがないなんて
って思ったそこの君、


君は正しい。

けど、

いーーんです、

今日もひとりスタートレックDS9をみながら、
川平ジエイになってみる、夏の夜、なのだった(~~



▼今買うと、こんなケースがもらえますだ。
Ds9box

2006年7月22日 (土)

バンコク発券は死んだ

最近、あんまり航空券を買わずにいたので
気がつかなかったのだけれど、
どうもバンコク発券が死んでしまっているようだ。

ぼくはANAのマイラーなのだけれど、
日系のキャリアだと、ゴールデンウィークや正月などの期間、
特典航空券の予約ができなかったり、
あるいは、できても予約が入りにくかったりする。
みんな同じ時期に休みが重なるためで、
ほっといても高い値段で売れる期間のチケットをわざわざ、
無料の航空券にする必要はないからなんだろう。
それで、特典航空券に海外発券の航空券を組み合わせて、
自分の都合にあうように予約を行なっていたりしてたのだ。
ぼくの場合は、目的地がタイだったので、バンコク発券だった
わけだ。

ところが、ちょっと調べてみると、直行便のある航空会社だと、
どこも1年OPENで3万バーツ以上、
バーツ高の影響もあるけど、日本円で10万円近い値段になって、
わざわざ海外で発券する意味がないような状況になっている。

そこで、今回は、比較的にまだ値段の安い、
シンガポール発券に挑戦してみた。
シンガポール-バンコク-大阪-バンコク-シンガポールの
1年OPENで、航空券代だけだと、約6万円。
バンコク-大阪は、夏休みに使用し、
大阪-バンコクは正月かゴールデンウィークに使う。
バンコクで売ってる同じタイ航空の、
バンコク-大阪-バンコクの10万円に比べると、
ぼく的には、まだがまんの範囲内であった。

ただ、航空券は、第1区間から使用しないといけないので、
シンガポールまでなんらかの方法で行く必要がある。

そこで、直接シンガポールまで行ってもいいんだけれど、
今回は夏休みだし、バンコクから東マレーシア
コタキナバル・クチンを経由して、ジョホールバルから
シンガポールに入ることにした。

ちなみにバンコク-コタキナバルが約8千円、
コタキナバル-クチン、クチン-ジョホールバルが
それぞれ3千円弱、というのが全部込みの航空運賃だった。
格安航空会社のエアアジアを利用しての値段だけれど。

最後のバンコク-シンガポールの区間は、
使用しないでもいいけれど、せっかくだから、
来年のゴールデンウィークか夏休みにでも、
またシンガポールを起点にどっかに寄って、
バンコクに行くルートを考えるとしよう。

でも、実は、シーズナリティの産物なんだけど、
大阪-バンコク2万円台とか、大阪-ソウルイチキュッパァとか、
期間は限られるし、OPENではないので、不便ではあるけれど、
いまや、日本の航空券が実は一番安かったりする。
けっこうな世の中になったもんだと、
思うのであります^^



▼シンガポールから送られてきた航空券の入っていた封筒は、
税関手続きの為内容点検開封済
のセロハンテープで補修されていた。
公務員のみなさん、お仕事ゴクローハンです。。。(-人-)ハハ~
でも、エロ系で摘発すんのは、そろそろやめませんか?
ネットでいくらでもエグイの見放題だし、
意味がないような気がしますよぉ^^;
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2006年7月20日 (木)

働くおかまちゃん

最近、職場のおんなのひとから、
別にわたし、おとこが好きでも差別しないわよ、
同性愛者であることの告白を勧められた。

あのねー^^;
と思いつつも、ぼくくらいの年齢でずっとひとりでいて、
職場で軽度のセクハラ事件さえも起こさず、
品行方正に生きていると、
逆にそういう風に思われるのだろう。

しかも、公私を実にきっちりわけているので、
このブログで書いてあるようなことは、
いっさい職場民は知らない。
職場でチジョウレンアイザタもない、
となれば、そんな結論に至るのか、
と改めて感心したりした次第だ。

しかし、である。
ここで、もう一度、はっきりと大きな活字で言っておく。
ぼくは、

オ ン ナ が大好き、

であります(^^

ほんとがどうか試したいひとがいたら(ただし女性に限るけど)、
考慮するので、応募するように。

そういいつつも、ぼくの書いたものには、
おかまちゃんがけっこう登場する。
それは、休暇をタイで過ごすことが多いためで、
タイが、日本と違って、
おかまちゃんがふつうにふつうの職場で働ける、
そういう意味での先進国、であるためだろう。
しかし、タイ人に偏見がない、というよりは、
他人のすることに興味がない、
他人の目よりも、自分の事情を優先する
そんなタイ人の国民性のためであろうと、思う。

結果として、おまかちゃんが生きやすいのなら、
そんでいいんだろうけどさ。

ところが、である。
最近、日本がまたひとつ、真の意味での自由な国に
近づいたのではないか、と思える出来事に遭遇したのだ。
とある、家電量販店でのことだ。

痩身のおにいさんが、レジで接客をしていた。
髪をポニーテールにまとめてる。
女性なら、喜ばしいと思うところだ。
ぼくは、ポニーテールの女の子がとても好きなのだ。

ところが、そのおにーさん、スカートを履いているではないか。

念のため、近づいてみると、接客の声が低い。

かのじょ(?)を女性として遇し、
人前に立つことを許している、
その会社にブラボー、といってあげたい、
とぼくは思ったのだった。
欲しいものがなかったんで、買い物はなにもしなかった
んだけれどさ。

ただ、ひとつ気がかりなのは、
もしカノジョが、ただ声の低い、おっさん顔の女性だったのなら、

さっきのブラボーは返してね。


▼あっしに自白を迫った職場の女性に
PCのスライドショー機能を使った、ぷんぷいソフト社謹製、
脳を鍛える、おとこおんなおかま当てクイズ®
してもらったところ、写真の方はおかま認定されました。
あっしの目視では、充分女性だったんですけど^^;
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2006年7月17日 (月)

いしかわじゅんの「憂国」(その2)

ところが、である。
最近はパソコンの前から、一歩も動かなくても、
何事でもできる時代であった。

なにげに検索すると、簡単に「憂国」が手に入ったのだった。
しかも、本自体は、たったの300円、
小銭のお賽銭で、現世利益が叶ってしまった。

というわけで、久しぶりに「憂国」を読み返す。
相互SM、闇の金沢、公安のイヌ、大日本金沢塾、日蓮宗金沢派、
金沢主義者青年同盟、はぁーひゃっこいひゃっこい、
金沢明子は法律で禁止、山谷で暴動、反金沢勢力を打倒、
金沢革命、金沢明子は抽象概念化、愚民の群れ、
と目立つことばを並べると、なんとなく、
あらすじはわかるのではないだろか。
そして、最後に金沢塾塾長は、死体の山に倒れながらいうのんだ。

おまいら、知らないな、、、
金沢明子って、ブスなんだぞ

やっぱ復刻は無理だわな、これ。。。

今回もう1冊、いしかわじゅんの作品で、手に入れた本がある。
スノウ外伝、という作品で、
超能力者の村から都会に出てきた青年が主人公の、短編連作で、
若い時分に、前半の叙情的でやるせない物語群を
読んだ記憶がある。
後半は、初めて読んだ話ばかりだった。

そういえば、最初、ブログを始めたころ、
こんな風な(内容ではなく)味わいの話を書きたかったんだ、
と思い出した。

村で謎の少女に出会ったあと、
超能力者ばかりの村から、都会に向かう電車のなかで、
主人公は、いつでも帰っておいで、
おまえの戻る所はここしかなんだからね
という母親のことばを思い返している。

そして、第1話帰郷は、こう終わっている。

私は目を閉じて
少女の陰毛を思った

ギャク漫画家のいしかわじゅんではあるけれど、
この作品では、こんな感じの切ない数話が含まれている。

そして、ぼくは書きながら、
もう想う陰毛もない自分をまた憐れむのであった。

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2006年7月15日 (土)

いしかわじゅんの「憂国」(その1)

ビートルズが来日して40周年だそうだ。
FMラジオで記念番組をしていても、
ついつい耳を傾けてしまうのは、
やはりかれらの音楽の、時代を超えたすばらしさ故なのであろう。
20世紀の偉大な音楽家として、
台北の本屋の伝記コーナーのニュートンの横に
かれらの似顔絵が並ぶ日は意外に近いのかも知れない。

かれらの曲におけるぼくのベストは、ペニーレインだ。
好き嫌いを説明することは難しいのでしないけれど、
ここ数年か、あるいはもっと長く、1番好きなのはこの曲だ。
どんなことをしていても、かれらのこの曲が流れると、
手を止めて聴いてしまう。

記念番組でもそうそうにこの曲が流れて、
また、DJの紀平真理さんもちょっと懐かしくて、
そのまま家に着くまで車中のお供はこの番組になったのだった。

あっちこっち丁稚という関西限定の吉本番組で、
数年にわたって、こいさん役をやってたのは、このひとだった
と思う。

ペニーレインの次にかかった曲は、イエローサブマリンだった。
イエローサブマリンを聴いて思い出すのは、
ぼくの場合、なぜか金沢明子のイエローサブマリン音頭、だ。

けっこう流行したように思ったけれど、
正当派演歌歌手だったかのじょがこの後、
けっこうキワモノ扱いされるきっかけになった曲で、
どっかで当人は歌ったことを後悔した、
というような話も聞いたけれど、
今検索してみると代表作、と書かれてる場合も多く、
ぼくもけっこう好きだったんだよね、この曲。
しかも、なんと大滝詠一のプロデュースだったらしい。
ナイアガラサウンド類だったのね、属性としては。

この金沢明子をテーマとした、いしかわじゅんの「憂国」も、
いっしょに思い出した。
いしかわじゅんは、ギャグ漫画家であり、漫画評論家であり、
小説やエッセイの分野でも作品を発表している多芸なひとだ。
もちろん、漢字の石川淳とは別人だけど。

最近文庫で読んだ「鉄槌」もおもしろかった。
うえのどの分野にも属さない、裁判体験記のようなもの
だったけれど、このひとの才能がよくわかる本だったと思う。

「憂国」は、漫画の方でのかれの代表作だ。
残念ながら、いまはどこの出版社からもでていない。
実在する個人が重要なテーマなので、今後も復刊は難しい
だろうけれど、思い出したら、また読みたくなった。
こりゃほんとに実家の家捜ししなきゃなー。


▼ジョン・レノンのはやっぱりまだ出てないようだ。
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2006年7月13日 (木)

タブー

母親をネタにフェレンギ人をからかうことなかれ。
(金儲けの秘訣第31条)


ジダン選手の頭突き問題は、本人がTVで述べたことによって、
その真相が明らかになってきた。
もちろん、相手側のマテラッツィ選手の言い分も聞く必要が
あろうと思うし、今さら真相が明らかになったところで、
ジダン選手の退場が取り消されるわけでもない。

しかし、あの素敵に美しくはあったものの、
容認されるべきでない暴力行為の背後になにがあったのか、
については、全世界が興味をもっているようだし、
やはり明らかにされるべきものだろうと思う。
しかも、かれは、あの行為があったのにもかかわらず、
大会の最優秀選手にさえ、選ばれているのんだ。

実際、ヨーロッパ地区予選も、一次リーグも、
ジダン選手がいなければ通過したかどうか、
それくらい、フランスチームはできあがっていなかったし、
決勝リーグになってからの快進撃は、
ジダン選手の力によるところが大きかった、
というのは、誰の目にも明らかであろう。

ところで、ジダン選手のことはさておき、
自分の母親や兄弟姉妹が愚弄されたときに、
日本人のおとこはどう反応するのだろうか、
ということをぼくはふと思ったのだった。
かれのようにストレートに怒りを表明できるだろうか、と。

以前、友人(♀)が討論していたことを思い出した。
同年配、むかしでいうところのテキレイキ一杯一杯ぐらいの
かのじょらの、そのときのテーマは、
もし、結婚後、ダンナがそうだとわかったら、どっちがいや

①ホモ・セクシュアル
②マザコン

そして、かのじょらの結論は、2対0で、②マザコン、であった。

これが世間一般の結論かどうかは知らないけれど、
今、日本の男子は、自分がマザコンである、と言われないように、
日々汲々としているようにみえる。
マザコン、と言われないためなら、
親孝行まであきらめるは当たり前、という風にさえ思われるのだ。

韓国映画に、オルガミ、というのがあって、
たしか若きチェジウがヒロインで出演してたと思うのだけれど、
この映画は、なかなかに怖かった。

この主人公の韓国人の男性は、エリートサラリーマン風
なのだけれど、日本の基準から見ると、真性のマザコンで、
母親が、頭痛薬かなにかをもらうために、
若夫婦が裸で仲良くしてる最中の寝室に入ってきたり、
自分の息子が風呂に入ってると、母親が自分も入っていって、
体を洗ってやったりするのんだ。

でも、わざわざ映画に描かれるくらいだから、かの国では
こんな状況が絶対ないような、そんな訳でもないのだと思う。

こんなことにならないと、問題にならないような国もあれば、
日本のように、親孝行しないことが美徳になりかかってる、
そんな国もあるのんだ。

戦前の自己否定から始まった、戦後の民主日本は、
いま、曲がり角に来ていると、思う。

戦前の思想や国体なら、なんでも悪い、
そして、戦後与えられたことは全部正しい、
思考停止するのではなく、
そろそろ、自分のあたまでいろいろと考えるべき時期
きているのではないか、と、
ジダン選手の頭突きから、ぼくは思ったのだが、
ひょっとして、誇大妄想のけがあるのですか、ぼく^^;



▼チェジウは、東ちづるに似てる、って言い続けてるんだけど、
だれもそう思いませんか?
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2006年7月11日 (火)

闘いすんで、、、

イタリアの優勝で、ワールドカップサッカーが終わった。
ひねくれ者のぼくは、途中からワールドカップではなく、
EU地区対抗サッカー大会、と呼んでいた。
アルゼンチンが負け、ブラジルがまさかの敗退をしてみると、
残った4カ国は、イタリア、フランス、ドイツ、ポルトガル、
だったしさ。

このひとたちは強すぎる。
もしぼくがサッカー連盟の絶対権力者なら、
次回大会は、EU加盟国25カ国で統一チームを作り参加すること、
を条件にしてみるだろう。
リアルマドリッドもびっくりの凄い濃いチームができる
かも知れないが、連係がとれず、今大会のブラジルのように、
意外なところで、負けちまうかもしれない。

選ばれなかった有力選手の中には、
ワールドカップ出場のために母国を捨てるサッカー亡命や、
独自チームを送り出すためにEUから脱退する国が出てきたり
なんかして。
けっこう4年間、楽しめるような気がするのだが。

ヨーロッパ地区は、代表枠が多いから、
ヨーロッパ代表チームには、統一EUチームの他、
スイス、トルコ、ウクライナなど、おなじみの強豪に加え、
リヒテンシュタインとフェロー諸島が悲願の初出場を果たした、、
なんて、なかなか楽しいんぢゃないかな。

ところで、最後の最後になって、ジダン選手の退場
話題になっている。
イタリアのディフェンダー、マテラッツィ選手の胸に
見事な頭突きをかました映像が繰り返し放送されていて、
ぼくは、あのヘディングさながらの美しい頭突きに、
行為の善し悪しはもちろん別にして、
10.0をあげたい気持ちでいっぱいなのである。

真相は、もうすぐ明らかになるそうなので、
それまでは、ジダンを怒らした、そのひと言を想像して
楽しみたいと思ってる。

まさか、禿茶瓶、、、とかぢゃないよねー。


▼通りすがりの闘牛の浮遊霊が私の中に入ってきた、
とかは言わんでほしい。

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2006年7月 9日 (日)

村上のおぢさん

この銀河中の金持ちの大多数は、
その富を相続ではなく盗むことで築いた。

(金儲けの秘訣第26条)


ホリエモンに続いて、村上某氏が、
検察によって、その経済活動に非合法な部分があったとして、
身柄を確保され、そして、5億円払って保釈された。

かれがホリエモンと違ってすぐに保釈されたのは、
自分の罪を素直に認めたため、だそうだ。

村上某氏は、逮捕前にずいぶん立派な演説をされ、
自分の正当性を主張したり、
一部罪を認めたり、
自分を非難した他人を非難したりしたようだ。

そのなかで、かれが言った、
お金儲けをするのは悪いことですか?
という問いはなかなかおもしろい、とぼくは思った。

ここには論理のすり替えがある。
お金儲け、という目的に犯罪性があるのではなく、
その方法に犯罪性があるのにもかかわらず、
あんな風ないい方をすると、
あれそうかな、って勘違いするひとだっているかもしれない。
でも、それで検察はごまかせないから、
あんな風に一瞬しか持たない詭弁を弄したのは、
世論を見方につけるため?
それとも、興奮して口走ったのか、
などいろいろと考えてしまうぼくなのだった。

あの演説のあと、すぐに逮捕され、あっけなく罪を認め、
保釈されたのは、たぶんそれがかれの経済活動にとって
それがベストの選択であった、ためであろう。

お金のためにベストの方法をつねに考えているかれの姿勢に、
ぼくは、金儲けの秘訣を聖典に今日も商業活動にいそしむ、
フェレンギ人の姿を重ねてしまう。

そういえば、あの萩本欽一氏と石坂浩二氏を足したようなかお、
妙に耳がでかくないかー。


▼金儲けのうまいやつほど、耳がでかい、
のは、いまや銀河中の常識のようだ。。。
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2006年7月 6日 (木)

ソウル(その3)

もひとつ、ソウルで期待していたのは、
革製品が安いらしい、ということだ。
お買い得、ということばにぼくはとてもよわいのだ。

トンデモン、だの、ナンデモン、だの
あっちこちのシジャンにいっては、ぼくたちは革製品をみた。

そのなかで、ぼくらはとてもカノジョに似合いそうな
コートを見つけた。
韓国では皮製品は安いけれど、デザインがもうひとつ、
という話もきいていたのだが、
それは、とてもすてきな代物だった。
聞けば、日本の雑誌をみて、よさげなデザインがあれば、
すぐに同じものを作れるそうだ。

なるほど

たしか、2万円くらいだったと思うけど、
ぼくは強硬に買うことを主張した。
せっかくここまできて、あんなに素敵なものを買わないと、
きっと後悔する。

結果的にぼくの主張は正しくて、
それはずっとカノジョのお気に入りのコートになった。

あとメガネもソウルで作ったけれど、
こちらの方は、いまいち使用していない。
買い物は、一種の賭で、こういうことがあっても仕方ない。
でも、旅行時の予備用メガネにはなっている。
安かったし、ロストバゲージで出てこなくても、
あきらめがつくからね。

お土産は、ほとんどロッテデパートで海苔を買って、
ぼくらのソウル滞在はおわった。

別に道行くひとに説教されることもなく
むしろ、商売人は、おおむねみんな親切だった。

2日目に乗ったタクシーのあんちゃんにはぼられそうになった
けれど、どんな街にもよくない人間はいるもんだし。

でも、もいちど行きたい、と思えるほど、
ソウルは、ぼくにとって魅力的な街ではなかった。
びっくりするくらいでんでん、別嬪さんもいなかったし。

おまえはソウルがわかってない
といえるひとがいたら、ぼくを誘ってくださいな(^^


▼アシアナ航空の地上係員。
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2006年7月 3日 (月)

ソウル(その2)

ロッテホテルから、ぼくたちは、なにはともあれ、
ミョンドンの方へ、出かけることにした。
まずは夕ごはんをどうするか、だ。

今回の旅行は、食べ物に大いに期待していた。
鶴橋であんなにおいしいものが食べれるんだもん、
本場にくれば、もっともっとおいしいものが食べられる
に違いない、というのんがぼくらの推論だった。

ところが、、、、である。
滞在の間、食べたご飯食べたご飯、ほとんどすべてが、
ぼくたちの期待を裏切るものであったのだ。

期待が大きすぎたのかもしれないし、
あるいは、すべてはずれの店に行ってしまったのかもしれないし、
あるいは、鶴橋でぼくたちがよく通っていた店が、
本国の水準を超えていたのかもしれない。
理由はわからない。

ぼくたちの結論としては、今後ごはんを食べるために
ソウルに来る必要はない、ということだった。
ただ、そんな結論をださなくても、
のちにぼくはカノジョに結論をだされてしまったわけだが。

ごはんを食べながら、思ったのだけれど、
よく韓国のお店ではキムチなんかが、
がーーんとサービスでついてきたりすんだけれど、
あれって、使い回し、なんだろか?ってことだ。

多少でてくるのはいいんだけど、何種類も出てきて、食べずに、
あるいは少し食べたあと、残ったそれをどうしてるのか、
ぼくは非常に気になったんだけれど。
ぼくは使い回してるのではないか、と疑っておるんですが、
だれか知ってるひとはおりますまいか(^^?

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2006年7月 1日 (土)

ソウル(その1)

ソウルに行ったときは、冬だった。
調べたら、2003年1月のことだ。
たしか引回し系ツアーの雄である、阪急トラピックスで、
前カノと行ったのだ。
そのころは、ヨン様を知る日本人はまだほとんどいなかったし、
韓流ということばも日本にはなかった。
2泊3日で行けるってことと、
ぼくたちはよく鶴橋で韓国・朝鮮系の料理を食べていて、
本場モンを食べてみたい
っていう理由だけで、寒いときにわざわざソウルに行くことに
したのだった。

関空までは自分の車で行った。
ふだんはそんなことしないんだけれど、たったの3日間だったし、
関空で業者に引き取ってもらい、
帰りも関空まで車を持ってきてもらう。
6千円だか、8千円だかで、洗車までしてくれる、というのんで、
そのときはなかなか便利なシステムだと思った記憶がある。

でも、慌ててパスポート入りのかばんを車の中に忘れてしまった
のには、われながら呆れた。
航空券の引換えをしようとして気づき、
さすがにもういっちゃっただろうと思いながら、
車のとこに戻ったら、なぜかまだそこに業者がいて、
助かったのんだ。
電車だったら、絶対に忘れなかっただろうから、
やっぱり自分の車だと油断、というか、甘えがでるんだろう。

関空からソウルまではあっという間だった。
沖縄に行くよりは、飛行機に乗ってる時間はあきらかに短い。
タイだと、5~6時間かかるのんで、これは楽だった。

最近、ぼくはいわゆるパッケージツアーというのを利用しない。
ひとりだと割高だし、ふたりでも自分の希望が
かならずしも通るわけでもないからだ。

だから、このときトラピックスで旅行をしたのんは
かえって新鮮だった。
しかも、ロッテホテルに2泊するわりには料金も安かったように
記憶している。
金額は忘れちまったけれど。

まず、インチョンの空港につく。
ふだんの旅行なら、バス乗り場を探したり、
タクシーの運ちゃんとけんかしたりしてるところ、
軽く両替して現地係員の案内で迎えの車に乗る。

なんて楽な
でも、ホテルに着くまで巨大な免税店に連れていかれる。
んで、それがすんだら、さらにミヤゲモノ屋に。

ついてすぐ土産物買うのもなんだし、結局なにも買わない。
最近はそういう客が多いのか、土産物屋もあんまりしつこくなく、
ぼくらはひとりあたりいくらで売られたんだろう
とか考えてるうちに時間が来て、
ついにホテルにチェックインすることになった。

団体客はそうなのか、それとも、ソウルではそれが普通なのか、
チェックインのロビーが上の方の階だったので、
客がぞろぞろスーツケースを押しながら、
現地係員のおばさんについていく。
ホテルで自分のスーツケースを運ぶのも、新鮮だ。
タイでは、スーツケースを自分で運ぶことはないし、
スーツケースがないと、リュックサックさえ
ボーイさんに奪われてしまうのだ。

スーツケースを押していると、

あーる晴れた、ひーるさがり、なんて歌いたくなる。

でも、ぼくだけカノジョの分のスーツケースと2個押していて、
夫婦で1個のスーツケースを押していた、
ぼくらよりも少し年長のおばさんが、手ぶらのダンナに、
あんた、ちょっとアレ見なさいよ、とか言ってる。
普通、オトコが押すものよ

かわいそうな仔牛、よりもっとかわいそうだった、ぼく。

部屋は少し古びてたものの、ちゃんとしていた。
安くても、ロッテホテルだものな。

さて、出かけるかな。


▼ホテル内をうろうろしていた、免税店の宣伝ねーさん。
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