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2006年6月 4日 (日)

状況を楽しむ

前カノと付き合い始めたころ、
ぼくはひとつのことばを信条としていた。
状況を楽しむ、だ。

かのじょは、数少ないぼくの友人のなかで、
一番のお気に入りだった。
でも、男女としての関係に至ることは、
今流のことばでいうと、想定の範囲外だった。
なんでかは、わからない。
あくまでも、ぼくの心の中で、なんとなくかのじょとは
そうはならないような気がしたのだ。

ぼくのつたない恋愛経験のなかで、
友人関係から、恋人関係に至ったことがなかったことも、
そう思った一因かもしれない。
それまでは、恋人関係になったひとは、
知り合ってすぐにつき合うことが多かったのだった。

かのじょとの仲があやしくなってきたとき、
ぼくはぼくなりに悩んだ。
当時のぼくはずっと、一生結婚しないで、
ひとりで生きていくんだろうと思っていた。
若いし、元気だし、とくにそれでも淋しくもなかった。
ある意味、若さ故の傲慢さだったかもしれない。

もし、かのじょとつきあい始めるならば、
最終到達点は、二つしかない。
結婚するか、別れてつきあいがなくなってしまうかだ。

もし、つき合いがうまくいかなくて、
だめになってしまったら、お気に入りの友人としての
かのじょまでも失ってしまう可能性が高い。
そんなリスクを犯していいものだろうか。

しかし、結局、ぼくらは友人関係を超えてしまうことになる。

それから、ぼくは悩むことをやめてしまった。
そのときの根拠が、状況を楽しむ、だったわけだ。
どんな風に悩んでも解決できないことがある。

占い師にみてもらってり、誰かに相談したりするのは
ぼくの流儀ではなかった。
一般論や善意の第3者の意見というものが、
ぼくは嫌いだった。
利害関係のある当事者以外の意見、というものは、
結局、田中真紀子の政治的発言といっしょで、
評論家的意見に過ぎず、聞くに値しない、と思っていた。

また、問題が発生したときに、
客観的に解決できる種類のものとそうでない種類のものがあって、
借金苦なんかの現実的な問題ならともかく、
個人の心の中の問題に正解はない
というのがぼくの結論だった。

自分のルールの中で、自分なりの責任をとる。
そして、どんな状態でも、なるべく状況を楽しむ。

最初に言ったのはだれだか知らないが、

生きてるだけで儲けもの

ということにつきるんかな、と
とりあえずおっさんは結論したんだよ。。。(-人-)ナム~


▼ぼく、んもえラド。。。
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