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2006年2月21日 (火)

ぷんぷいさん、死について語る

最近、歳をとったせいか、死についてよく考える。
もちろん、死にたいとか、そういうことではなく、
人生の終着点としての死について、
自分の残された時間について、
考える機会が増えた、ということである。
.
自分の年齢を考えると、たぶん、
人生の時間のなかで、半分は使ってしまっているだろうと思う。
ひょっとすると、もう3分の2を過ぎているのかもしれない。
もちろん、まだ折返し地点に達していない可能性もないではない。
.
生きることの難儀なところは、
自分がいつ死ぬか、予想がつかないことだ。
いろんな条件から、推察するしかない。
親や親の親戚の生存状況や病歴なんかが参考にはなる。
しかし、病気や衰弱によって死ぬとは限らないし、
ほんとのところはわからない。
.
そういえば、今はゴールデンゴール方式とかいうらしいけど、
サッカーの延長戦で、時間いっぱいするのではなく、
得点が入ったところで勝負がつくやり方を、
むかし、サドンデス(突然死)方式、といったな。
人生は、そもそもサドンデス方式だ
.
どんな生命体も死ぬ。
それは、死んで子を残す方が生命体として、有利だからだ。
.
原初の生命体は、DNAだか、RNAだか、
そういうようなものだった。
しかし、そういうものがむき出しで存在していると、
生存競争に不利だから、生命体は自らを硬いからで覆いはじめ、
生命の多様化と複雑化が始まった。
.
環境の変化などに対応するために、単純なコピーではなく、
自分のコピーに変化を持たせる戦略として、
遺伝子を混ぜ合わせる方向に生物は変化をしていった。
男女の性ができたのは、そういうことだったらしい。
.
カタツムリなどの生物が雌雄同体なのは、
動きの鈍さゆえ、生殖相手にあえない可能性への
リスクヘッジとしての進化だったのだろう。
雌雄同体であれば、であった相手とはかならず生殖可能だし、
最悪でも自家生殖が可能らしい。
.
それはともかく、どんな生命体も死ぬことで、
自分をより有利な形で残そうとしているわけだ。
.
ある意味、生まれたのんは、死ぬためである
といってもいいかもしれない。
ぼくのように、婚姻もせず、子孫も残さず、
死んでいくだろう存在でも、
妹や、パーセンテージは少ないが、いとこたちが子どもを
残してくれることで、リスクヘッジが機能している。
.
あとはいかに残された短い時間を有意義に過ごしていくか、
最近の課題は、そっちかな、って、おっちゃんは思うのだ。
.
.
▼エンタープライズ号の保安主任、ウォーフ中尉(のちに少佐)。
クリンゴン人であるかれは、戦闘での名誉ある死を尊ぶ。
クリンゴン人のご機嫌な挨拶は、
今日は死ぬにはいい日だ」、なのである。
Worf

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コメント

毎度っす!
今日は死についてか〜・・・いつ死ぬのかは、ほんま想像できませんね〜。明日かもしれないし。
何十年後かもしれないし。
ちょっとは、そんなコトも考えなあかんな〜とは思う。
なんせ、僕はノーテンキなもんで、どこかで、命は永遠のものだと思ってるふしがある。
まるで、危機感がない。
危機感をもてば 少しは今より 頑張る人になるのかなぁ〜なんて 車の中で考えたりする。
僕の命は あとどれぐらい 続くのだろうか〜
やっぱり、ピンとこないので 明日もノーテンキで過ごすのだろう(爆)

師匠、こんにちわ~

偶然にも(?)私も死というか、老後のことが最近とても心配です・・・・
たぶん私のほうがはぎちゃんより長生きするだろうから、最後はインコに見取られたいな。。。なんて、寂しい妄想を描いてます。たぶん、まるちゃんもそのころには死んでいるだろうからケアサービス付のマンションで別のインコを飼いながら暮らせるかな~?とか妙にリアルに考えるようになりましたよ(笑)

隊長、まいど^^

>なんせ、僕はノーテンキなもんで、どこかで、命は永遠のものだと思ってるふしがある。
>まるで、危機感がない。
あっしも隊長の年齢のときに、自分がいずれ死ぬのんだ、
とはでんでん考えませんでした。
ところが、最近、老眼で目が見えなくなってきたり、
身体のあちこちのパーツが故障がちになってくるにつけ、
残り時間というものを意識せずにはいられなくなってきますた。
もし、車なら買い替えを考えるかもしれませんが、
自分だとそうはいかな(^^

>やっぱり、ピンとこないので 明日もノーテンキで過ごすのだろう(爆)
元気なあいだはそれが正解っすよ^^
でも、あっしの年齢になったとき、同じように思えるかな'`,、('∀`) '`,、

はぎ妻さん、まいど^^

>偶然にも(?)私も死というか、
>老後のことが最近とても心配です・・・・
それは偶然ではなく、歳が近(以下略)

>たぶん私のほうがはぎちゃんより長生きするだろうから、
>最後はインコに見取られたいな。。。
>なんて、寂しい妄想を描いてます。
>たぶん、まるちゃんもそのころには死んでいるだろうから
>ケアサービス付のマンションで
>別のインコを飼いながら暮らせるかな~?
>とか妙にリアルに考えるようになりましたよ(笑)
あっしはたぶん、タイのどっかにいますんで、
老後年1回は、3人でいっしょにお昼ご飯を食べましょう。
真ん中あたりがいいっすね^^
第1回は、タイペイ、第2回は、ハノイ、
第3回は、海南島あたりはどうっすか(^^♪

あ〜老眼か〜

僕もちょっと、その ふしあり。

僕はもう少し 書くと・・・いらんて?(爆)
ん〜書いたけど やめた〜

ぼちぼち いきましょ〜(笑)

おはようございます♪

私は、頭以外はどこも悪くないのですが、いつの頃か、
いつ死んでも大丈夫なようにしておこうと考えるようになりました。

自分が居なくなっても、周りに変化がないようにとか、
自分自身で思い残すような事がないようにとか、
何か未練があると、死を受け止められないと思うので、
出来たら、すんなりとそういう時を迎えれるように準備しておこうかと。
なにせ、座右の銘「有終の美」が目標ですから(^^)

師匠のテーマはいつも深いですね。考えさせられます。

こんちは~!

楽しくやってま~す♪
「死ぬ」どころじゃないワ~!

>老後年1回は、3人でいっしょにお昼ご飯を食べましょう。
いいですねぇ~
って、妙にリアルに思ってしまう自分が怖いっ!
>真ん中あたりがいいっすね^^
>第1回は、タイペイ、第2回は、ハノイ、
>第3回は、海南島あたりはどうっすか(^^♪
う~ん、っていうか、そのあたりはまだ若いうちに行きたい気がしますね★

でも、はぎちゃんの知り合いがベトナムに日本人用の老人ホームを建てる計画があるみたいなので、そこでインコが飼えるのであれば私は老後ベトナムに移住してるかもしれません(笑)
そしたらもう少し近いところで会えるかもしれませんよ~
老後のオフ会っていうのも、これまたおつなもんですね~♪

隊長、まいど^^

>2006年2月22日 (水) 03時24分
隊長、休肝日ちゃんととってますか^^
あんまり飲みすぎちゃいかんですよ。
早寝早起きが生活の基本って、だれか言ってませんでしたか~(^^

論理的なショッカー戦闘員(^^)さん、い゛ー (^^)/

>いつの頃か、いつ死んでも大丈夫なように
>しておこうと考えるようになりました。
あっしも若いころ、友人に頼まれてました。
おれがもし死んだら、机の3段目の引き出しに
エロ本が隠してるから、黙って処分してくれって。
ってそういう意味じゃないっすよね、もちろん(^^ゞ

>自分が居なくなっても、周りに変化がないようにとか、
これはあっしの場合、影響ない自信がある(-_-;)

>自分自身で思い残すような事がないようにとか、
あっしはいつ死んでも未練の塊になりそう^^;

>何か未練があると、死を受け止められないと思うので、
>出来たら、すんなりとそういう時を
>迎えれるように準備しておこうかと。
>なにせ、座右の銘「有終の美」が目標ですから(^^)
有終の美、ですか^^
あっしにはなかなか到達できそうにないっすね(^^

>師匠のテーマはいつも深いですね。考えさせられます。
本人は意外と何も考えていない、という説も。。。^^

マナオさん、まいど^^

>こんちは~!
>楽しくやってま~す♪
>「死ぬ」どころじゃないワ~!
楽しくてなによりっす(^^♪
しっかり遊んでくださいな~。
そむ。さんにもよろしくね^^

はぎ妻さん、まいど^^

>でも、はぎちゃんの知り合いがベトナムに
>日本人用の老人ホームを建てる計画があるみたいなので、
>そこでインコが飼えるのであれば私は老後ベトナムに
>移住してるかもしれません(笑)
>そしたらもう少し近いところで会えるかもしれませんよ~
>老後のオフ会っていうのも、これまたおつなもんですね~♪

じゃあ、第1回目は、ホーチミンってことに。
2022年2月22日の2時22分に
カラベルホテルのロビーで。
鳥インフルエンザが流行ってる場合は、
まるちゃんは自宅待機ってことでお願いします(^^♪

メメント・モリですね~。
人の死を日常的に見る現場にいると、自分の死に方をキッチリ決めるのは大変やと実感してしまいます。
というか、人は一人で生まれ一人で死ぬというけれど、現在の日本で一人で死ぬのは難しい。先に人格としての死が訪れてそのあとで肉体が死ぬというのが多いのですから・・・。本人の意思とは無関係に死に場所まで決まっちゃうんですよね。
日野原先生は「生き方上手」という本を出されましたが、私は「死に方上手」になりたいなぁ~。

同志、まいど^^
えらい時間にすんません。

>というか、人は一人で生まれ一人で死ぬというけれど、
>現在の日本で一人で死ぬのは難しい。
>先に人格としての死が訪れてそのあとで
>肉体が死ぬというのが多いのですから・・・。
>本人の意思とは無関係に死に場所まで決まっちゃうんですよね。
ほんとにそのとおりっすね。
あっしが他人行儀に感じてる「死」と、
医療従事者である、同志が感じてる「死」とは、
おそらく同じことばでありながら、
でんでん意味合いが違うんだろうな、って思うでやんす。
参りやしたm(__)m

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