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2005年12月10日 (土)

ペットとしてのタイおとこ

戦後日本の教育を斬る、みたいな^^;

タイに通いはじめたころ、免税店で
激怒する
日本人のオバサンをみた。
興奮して、大声でさけぶオバサンの話を離れたとこから
聞いていると、おつりがちがうということだ。
820バーツの買い物をして、100バーツ札で
おつりを貰うためなのか、1020バーツ払ったのに、
正しい金額が返ってこないとかいう話らしい。
いくら大声で叫んでも、日本語じゃ通じないだろし、
相手がタイ人の女のこだったせいだろう、
ずいぶん口汚くののしっていた。

そのときぼくが思ったことは、
ここがシャルルドゴール空港で、
相手がパリジェンヌでもおんなじことを
あのオバサンはしただろうか、ってことである。

ここがドンムアン空港で、
相手がタイ人のお女中だからこそ、
あのオバサンはあのような下品な振る舞いが
できたのではないか。

そういう風に考えると、戦後の民主教育は、
その部分については成果をあげているのかも知れない。

というのは、以前、タイの女の子に文句(?)を
言われたことがある。
なんで日本の女のこは、誰とでも寝るのって。

タイは階級社会である。
ハイソな女の子は、自分に見合った男の子とつきあう。
お金持ちの日本人の女の子が、彼らの区分で言うと、
日本人に見合わない階層の人間と寝たりするのんが
理解できないようだ。

でも、ぼくに文句言われてもなー^^;

タイで学生をしている友人()によると、
彼女のまわりにいる日本人の若い女のこは、
ほぼ全員タイ人のおとこがいるらしい。
ただなぜか、そのタイカレを人間としては信用していない
と言うことだ。

だから、病気のときや問題が発生すると、
自分のおとこではなく、友人()を頼ってくるそうなのである。
ものがなくなると困るから、おとこには合い鍵は渡さないものの、
その友人()には鍵を預けても大丈夫と思ってるらしい。

でも、そんなおとこといえども、つがっているのだ。
けがらわしいものに対するかのように
怒鳴り散らすさっきのオバサンとは大違いだ。
おとこがいないとさみしい、というのがその主な理由らしく、
扱いは、交尾可能なペットのようなのであるけどね。

ぷんぷいさんの感性が古いのはわかってる。
でも、なんか間違ってないか、おまえらぁ、
といいたいのやけど、やっぱり古いのか、なー^^

▼記事とはとくに関係のないタイ人のにーさん。
ちょっとダウンタウンのまっちゃんに似てる?

Photo_1

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