2012年5月20日 (日)

愕然

常に自分が買うものは把握しておけ。
金儲けの秘訣 ・第218条)


運転免許の更新にいった。
自分ではけっこう模範的なドライバーだと思っているのだが、
要所要所で捕まっていて、いまだかつて、
ゴールド免許をもらったことがない。
今回もあいだにスピード違反があり、ブルーの免許だった。
実際に運転しないまま年月を書き換えを重ねるだけで、
技術的に未熟な状態のペーパードライバーがゴールド免許で、
保険の割り引き対象になり、ぼくのように、日々運転して、
つまらない違反で普通の免許しか受け取れないのは、
本当に理屈に合ってるのか、とも思うけれど、
しかしながら、それは大きな問題でない。

心配だったのは視力だ。
ひょっとして、免許更新に足りてないのではないか、
ということだ。

結果、検眼担当の職員のおねいさんが、
あんまり見えてないですよ、といいつつ、
なんとか合格にしてくれたのんで、
事なきをえたのだけれど、いい機会なので、
運転用にメガネを新調することにした。
最近は、メガネもけっこう安いしさ。

メガネ屋で、まずは、検眼してもらう。
スタートレックに出てくる、ボーグ、
という宇宙人に改造されたヒト、
みたいな検眼用のメガネをつけて、
そのへんをうろうろ歩かされた結果、
遠近両用のめがねを作られることになった。

自分がそんなに老人だったことに愕然とする。

このぼくが、老眼???

ヒトはいろんなところで自分の老いを感じる。

肌の艶や張り、運動能力や身体能力の低下、健康診断の数値、
他人の態度、鏡に映った自分の姿。。。

そのインパクトの大小はヒトにより違うのだろうが、
ぼく的には老眼鏡はまだ先、と思っていたので、
これはなかなかに衝撃であった。
走ってこけて骨折したときだって、
自分の老いのせいばかりではなく、
運動不足や不運が重なったせいだ、と合理化できていたのにさ。

ま、メガネ屋がいうんだから、しかたない。
でも、遠近両用メガネ、慣れないせいか、見にくいんですけど。

 

▼結局、上記メガネは運転のときにしか使用していない。
だったら、普通のメガネでもよかったような気がしないでもない。
しかしながら、あれから、1年ごとに、メガネを1個ずつ作り、
もうすでに3個作った。
TPOにあわせて、というのもあるが、予備に持っていないと、
実家やら、職場やらに、置きっぱなしで、忘れてしまうしさ。
掛けてるメガネしかもってなかったときには、
忘れようもなかったが。

▼そして、今年作った4つ目のメガネは、跳ね上げ式、のものだ。
細かい字を見るたびごとにメガネをはずすのに疲れた結果、
いっぺん試してみよう、と購入にいたった。
こんなに、メガネばっかり作ってるぼくは、
メガネに目がねー、とか言ってみて、今日も独り。。。

Megane

2012年2月26日 (日)

コンプライアンス病

取り引きが公正で合法なら、無益な復讐は違法である。
金儲けの秘訣 ・第167条)


もうだいぶ前のことになるが、
ある平日の午後、たまたま休暇だったので、
実家でごはんを食べながら、テレビをみていたら、
たぶん、ちちんぷいぷい、
という関西ローカルの番組だったと思うのだけれど、
茂木健一郎氏がインタビューのなかで、
興味深いことをいっていた。

今の日本には、コンプライアンス病、
とでもいうべき病が蔓延
している。
地震の前に問題になっていた、首相や閣僚の外国人献金問題だが、
ほんとうに辞めなければならないほど、重大な問題だったのか。
地震とともに、すっかり棚上げになっているが、
もし、ほんとうに重大な問題なら、なにがあろうと、
棚上げになどしていてはいけないだろうと。
要は、焼肉屋のおばはんが、
近所のにーちゃんを個人的としてちょっと応援しただけだろう。
そのおばはんが、たまたま外国籍だったからといって、
そんなに目くじらをたてなければ、
ならないことではなかったのではないか。

これはもちろん、一例ではあるのだろうけれど、
政治の世界に関わらず、これに類することで、ご同様のことは、
死屍累々、といった感じなのは、ぼくにもよくわかる。

続けて、茂木氏は、言っていた。

また地震が起こってからも、なにかというと、
被災地の状況を考えろ、とか、
被災者の気持ちをどう思っているのだ、とか、
そんな論調の苦情を述べるひとがいるけれど、
そのヒトは被災者の気持ちを考えて、
そんなことをいっているのだろうか、と。

はっきりとはいわなかったけれど、
実は苦情がいえれば、それでいいのではないのか
という主旨がそこにはあったように思う。

以前にも書いたけれど、
このヒトは、うつけ、なところがあると思う。
最近では、納税の義務をきちんと果たしていないことがばれて、
某国営放送の仕事を降ろされたような事件もあったしさ。
しかしながら、上記に関して、確かに理解できる、
部分はあるように思うのだ。

かれは、納税の申告に関して、ずいぶんと叩かれたから、
だからこそとくにそう思ったのだろうが、
ただ献金問題の政治家に関しては、
野党時代、そもそも自分たちがそういう手法で、
当時の与党や自民党政府を叩いていたのだから、
自業自得、あるいは、因果応報ともいえるよな。
むしろ、当時のマスコミの有り様を考えれば、
まだまだ手ぬるいかもしれない。

かれが述べた、コンプライアンス病的状況は、
確かに生産的でないようには思える。

むかしテレビで、相手を批難するばかりのメールを、
野党メール、といって、
親が子どもに一番書いてはいけないメールだ、
というのを娘の立場で述べているシーンを見たことがあるけれど、
いまや一億総野党メール時代であり、
一億総コンプライアンス病時代、なんであろう。
そして、そういった状況に敢然と立ち向かい、
支持を受けているのが、
橋下大阪元府知事・現市長なんであろうな、と思う。

むかしの日本という国は、なあなあ、でまわっていたように思う。
政治家は賄賂をもらい、就職は情実で決まり、
飼いネコの名前で銀行口座を開設して、マル優制度を悪用し、
税金を払わない、というようことができたりもした。
セクハラ、なんてことばも存在しなかったしさ。
そういう時代がよかったのか、と訊かれれば、
必ずしも、そうではないかもしれない。

しかし、茂木氏がいうように、コンプライアンス病に陥って、
本質的でないことばかりで、消耗戦をしつづけることがよいのか、
といわれれば、それもまた否であろう。

この問題解決の回答はまだ持ち合わせていないのであるけれども、
なんでこんな、社会がある意味ヒステリックな状況に
なってしまったのか、
そのあたりからもう一度分析してみることで、
解決の糸口を探さなくてはならないのかも、
と思うおっさんであることだよ。


▼コンプライアンス病、というテーマで、探した写真は、
そう、テンプラ、だったのだが、
残念ながら、みっからなかったのんで、
代わりの写真は、タイのソニー売り場にいた別嬪さんを。
テンプラの写真よりも、別嬪さんの写真が好物なのは、
あっしだけではないはず、、、かな。

Bepp

2012年1月20日 (金)

塊魂

誰であれ、魚を水から自由には出来ない。
金儲けの秘訣 ・第153条)



塊魂、というゲームがある。
これのPS3用、塊魂TRIBUTE、
という名称だったと思うが、そこそこ長い人生で、
はじめて最後まで到達できた、ビデオゲームだ。
最後の面をクリアすると、
マツザキシゲル氏の朗々たる歌唱が流れる。
だからどう、というわけではないが。
とくにうれしくもないし。
そもそも本来ゲームを趣味でするわけでもなかったのんだ。

ところで、人生もまた、ゲームのごとき、
1面ずついろんな課題をクリアしていくような側面がある。
ぼくがゲームをしないのも、この達成感、とでもいうべきものに、
あまり意味を見出せないゆえかもしれぬ。

普通の男子なら、結婚や配偶者の出産、子供の入学卒業受験就職、というようなことがそれにあたったのだろうが、
縁がなかったもので。
また、そんなステップが自らにとって、とても重要である、
とか、とても必要である、とか、思えなかったせい、
でもまたあるのだろう。

ただ、そういうステップと完全に無縁に生きていく
ということもまた無理だろう。

とくに、人生の半ばをたぶんすでに迎え、これからのぼくは、
けっこうそういう節目が増えていくように思う。

ぼくにとって、最近迎えたひとつの節目は、
年金加入期間が25年を超え、受給権を取得したことだ。
年金制度について、破綻するかもしれない、というのが、
ひとつの合言葉になって久しいが、破綻するかもしれない、
ということは、破綻しないことが前提である、ということだ。

しかも、税金とは、別に掛け金を取って維持させるべく
作られた制度が破綻する可能性がある、ということは、
それ以前に、税金などで、維持されようとしている
各種福祉制度
は、まず現状同様、維持できない
と考えるのが正しかろうと思う。
さすれば、年金制度が破綻している日本の社会は、
歳を取ったぼくたちにとって、
どんな風になっているのだろうか。
また、税金による福祉は破綻しても、年金制度だけは、
掛け金をとっているのだから、細々とでも存続している、
という可能性もあろう。
むしろ、ぼく的にはそっちの方が自然に思えるし。

それゆえに、とりあえず年金の受給権を得ることのできる期間、
働き続けることができた、ことは、ぼくにとっては、
1面クリア、という感慨ヒトシオだったわけだ。

そしてここ数年のうちに、
これに類するいくつかの節目がやってくる。

今の職場であとどれだけ働くことができるのか、
正直わからないけれど、
マツザキシゲル氏の朗々たる歌唱が聞こえる、そのときまで、
とりあえず自らにもう一鞭、というところなんだろうかな。

 
 

▼さてぼくがなんでこんなにも老後を望んでいるか、というには、
働くのがが嫌い、ということもあるが、最近、体力が失せてきた、
というのも、その大きな理由のひとつである。
以前は立つときだけ必要としていた、よいしょ、という掛け声を、
ここ数年は座るときにもしている、らしい。
知的能力や肉体的能力がひとそれぞれであるように、
老化のスピードも、ひとそれぞれ、なんだよな。

 

P1030521

▼ネコはいーなー、寝るのが仕事、でさ。
でも、向こうのタイ人女子も寝るのが仕事???

 

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